魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第一三二話

 植栽豊な前庭。しっかりとした鉄柵に囲まれた石造りの屋敷。

 前の本拠が崩れかけの廃教会にある隠し扉の奥、手狭な地下室だった頃の事を思えば、今のこの本拠(ホーム)になったのはかなりの進歩だろう────内装に目を瞑ればの話だが。

 

「おのれアポロン……こんな置き土産をしていくだなんて」

「ちゃんと本拠の内装も確認しておけば良かったですね」

 

 綺麗に並べられた石畳の上で座り込んで地面を眺めていた。

 本来なら喜ぶべき所なのだが、余りの内装の酷さに深い溜息を零す。

 ヴェルフが無言で噴水に向かって鏨と金槌を振るっているのから目を逸らし、青い芝生に寝っ転がって空を仰いでいるヘスティア様とベル、リリの三人を見つけ、同じように彼らの横に並んで寝ころんだ。

 ディンケやルシアンが戻ってきたらどうしようか。ロキファミリアからの増援組の三人が芝生に腰掛けて項垂れている。

 

「ねぇ、改装費って足りそう……?」

「あー、今から貸金庫を片っ端から開けて確かめますか」

 

 じゃらじゃらと音を立てる鍵束を見せれば、メルヴィスが手を伸ばしてガシッと掴んできた。

 

「私達が確かめに行って来ましょう。安心してください、ラウル先輩みたいにちょろまかしたりはしませんので」

 

 ラウル先輩……? ああ、ロキファミリアの【超凡夫(ハイ・ノービス)】ラウル・ノールドさんか。あの人、確かLv.4だったはずだが、ちょろまかしたりする人なのか? まあ、どうでもいいけど。

 

「ええ、お願いします」

「私達も行くね」

 

 鍵束を渡すと、メルヴィスがアマゾネス二人を引き連れて足早に逃げる様に屋敷を去っていく。まあ、彼らはロキの眷属な訳だし、此処で持ち逃げはしないだろう。

 視線を屋敷から噴水の傍に向ければ、ヴェルフが金槌と鑿を手にしてしゃがみこんでいるのが見えた。

 

「ヴェルフは何をしてるんですか?」

「あ? ああ、アポロンを始末してる」

 

 さらっと恐ろしい事言ってるな。いや、間違ってないんだけど。

 噴水の装飾、よくよく見てみると確かにアポロンの微笑みが彫り込まれているのだ。最初に見つけた瞬間にベルが吹っ飛んで頭から芝生にダイブしたんだ。それに続いてリリとヘスティア様が噴水から飛び退いて────ヴェルフがアポロンだけを片っ端から削り落とすに至る。

 

「屋敷中のアポロン抹殺依頼を────」

「やめろ、あんな屋敷には一歩も入りたくない」

 

 ぐるんっと勢いよく振り返ったヴェルフが真顔で宣言する。俺だって入りたくないよ。

 くだらないやり取りを繰り返すさ中、視界を覆い隠す影が差す。目の前にぬっと顔を突き出してきたのはキューイ。何事かと眉を顰めてると、誰か来たと呟く。

 誰か、と言われても特に思い当たる人物は無い。まだ片付け終わってないこの本拠に訪ねてくる相手がいるとは思えないのだが。

 キューイの顔を押しのけて身を起こして門の方を見れば、閉じられた門の向こう側に数台の箱馬車が停まっていた。その箱馬車の徽章(エンブレム)は『笑う道化師』。ロキファミリアの徽章(エンブレム)だ。

 御者席にはヒューマンの男性と猫人の女性。前者はラウル・ノールド、後者はアナキティ・オータム。どちらも第二級冒険者だ。なぜか正装を身に纏っているのが気になるが。

 

「ヘスティア様、ロキファミリアが訪ねてきたみたいですよ」

「何だって?」

 

 がばっと勢い良くヘスティア様が身を起こし、ベルやリリものそりと身を起こす。それを尻目に立ち上がって埃を叩き落としてから門に向かう。

 仰々しい様子で箱馬車から降りてきたのは、ロキファミリア団長、フィン・ディムナと副団長のリヴェリア・リヨス・アールヴ。彼らにエスコートされた神ロキの左右に控えた彼らを門を開けつつ出迎える。

 

「今朝ぶりですね神ロキ、何か用でしょうか」

「なんだいロキ、何をしに来たんだ」

 

 警戒する小動物の様な雰囲気で対応するヘスティア様。一応、世話になった相手だしもっと友好的に────無理か。犬猿の仲らしいし。

 

「何や、あのボロ教会からでっかくなった本拠を見に来てやったんやで」

「ああそうかい。ボクらを笑いに来たんだろ。こんなぶっ飛んだ本拠を奪って良かったねって」

 

 いや、まあ……神ロキの性格上、有り得なくはないのが何とも言えないのだが、いくら何でも斜に構えすぎでは。

 不快感を与えてしまったかと神ロキを伺えば、眉を顰めていた。不快感を覚えたというよりは、疑問を覚えた感じではあるが。

 

「ん? ぶっ飛んだ本拠? 普通にええ屋敷やん。何が不満なんや」

「はぁ? この屋敷が良い屋敷だって? 冗談も大概にしてくれよ」

「あー、ヘスティア様。本拠が酷過ぎた事に腹を立ててるのはわかります。ですが神ロキに当たるのはやめましょう……」

 

 普通にフィンとリヴェリア様も首を傾げているし、とりあえず此処は用件を伺おう。話はそれからだ。

 

「主神が失礼を、とりあえず用件を伺ってもよろしいでしょうか?」

「なんや他人行儀やな。もっと甘えてもええんやで?」

 

 いや、ヘスティア様以外に甘えるのはちょっと遠慮しとくが。

 距離を詰めようとしてきたロキから身を引くと、リヴェリア様が神ロキの首根っこを掴んで止める。代わりにフィンが前に出てきた。

 

「ロキ、話が進まない」

「すまないね、実は祝勝会についての話をしたくてね」

 

 あー……本拠の後始末を考えると祝勝会に費用使う余裕は全くないんだが。

 頬を掻きつつ遅れてやってきたリリとベルを振り返り、首を横に振った。

 

「祝勝会については、まあ開催したくはありますが……その、屋敷の方で色々入り用でして……」

 

 賠償金として貸金庫の鍵と武装を押収したが、武装は思った通り二束三文。せいぜいが十万を超えるか超えないか程度しかなく、貸金庫の方は現在確認中。その上で屋敷の後始末で金がいくらかかるかわからんから祝勝会を開く費用が捻出できそうにない。

 暫くはダンジョン籠りで祝勝会と屋敷の改修費を溜めなくては……他にも、借金もあるしね。

 

「と言う訳でして、祝勝会を開く余裕は無くてですね」

「はぁ? あれだけの激戦を勝利したんやろ? 祝勝会の一つぐらい開くやろ、普通」

 

 うん、まあ。神ロキの言う通りだ。

 本来なら世話になったロキファミリアやガネーシャファミリア、ディアンケヒトファミリア。タケミカヅチ様の所もそうだし、ミアハ様とナァーザさんも招待した大規模な祝勝会を開くべきだろう。普通なら、そうだが。

 

「た、確かにその通りかもしれないけど……お金が……」

「何を抜かしとるんやドチビ、お前の為に眷属()が頑張ったんやぞ、それを酒用意しといて出迎えんで何が主神やドアホ!」

「ぐぬぬ……」

 

 祝勝会は派閥に余裕が出来てからと言う事にしたいが、協力してくれた他派閥の事を考えると……でも屋敷のあれこれとか、ヘファイストス様への借金とか……。

 ヘスティア様と二人でぐぬぬと唸っていると、神ロキがこれ見よがしな溜息を零して馬車を示した。

 

「ま、そうやろなと思っとったから会場とかは用意しといたったわ」

「はい? え? 会場?」

「せや、祝勝会。やるんやろ?」

 

 いや、やりたいけど費用が捻出できないって話で────え、ロキが出してくれるの?

 驚愕と共に質問すれば、神ロキがやれやれと肩を竦め、代わりにフィンが答えてくれた。

 

「実は戦争遊戯が終わった後にアポロンの様子を見たロキが賠償金はとれそうにないから代わりに祝勝会の費用出そうかって話をしてね」

「会場は既に借りている。開催は今晩だ……すまないな、急な話で」

 

 リヴェリア様の補足を聞く限り、既に祝勝会の為の会場は用意されてるらしい。しかも開催は今晩────関係各派閥には既に招待状を送付済み。後は主役であるヘスティアファミリアの面々を残すのみ。

 全くそんな話を聞いていなかった為、寝耳に水なのだが。

 

「というか、酷い酷いとは言うとるが、そんなに酷い屋敷なんか? ガネーシャんとこより酷い屋敷なん?」

 

 興味深げに聞いてきたロキを見て、ヘスティア様が眉を顰める。ベルやリリにも視線を巡らせ、ロキはニヤリと笑みを浮かべた。

 

「なんや逆に興味沸いてきたわ。ちょい中見せてー」

「見たいですか? ────後悔しても知りませんよ?」

 

 屋敷の見取り図に線を引いて順路を描き、神ロキに手渡す。

 リリが驚愕の表情を浮かべているが、まあ一度興味を持ったら気が済むまで自由にしてあげないと色々と面倒だろうし、此処は逝ってもらおう。どうせヘスティアファミリアの本拠になったとはいえ、まだ重要な資料なんかが保管されてる訳でもないし。

 

「どうぞ」

「んじゃウチはちょいと探索いってくるわ。フィン、リヴェリア後は任せるで」

 

 受け取った神ロキがウキウキ気分で屋敷の玄関に歩いていく。その途中で噴水の彫刻を削り落とすヴェルフを見て首を傾げつつも、彼女は屋敷の扉を開け────閉じて全力疾走で戻ってきた。

 

「ちょい待ち、なんやあれ、めっちゃおもろいやん!」

「────その見取り図の終点まで行ってからその台詞をお願いします」

 

 終点はもちろん、お風呂である。爆笑気味の神ロキを追い払う様に邪険に扱うと、ロキはもっと面白いモノがあるのかともう一度屋敷の中に戻っていった。

 

「……一応、僕も同行するよ。リヴェリア、後は任せる」

「ああ、少し興味はあるが。そんなに酷いのか?」

「…………見たいならどうぞ。責任は負いませんが」

 

 フィンが眉を顰めつつも神ロキを追うのを見送る。

 ようやくと言った様子でリヴェリア様がため息交じりに口を開いた。

 

「すまないな。急な話で悪いが、今からこの馬車に乗ってもらう。それと衣装もロキが用意した、デザインは問題ないが、寸法に関しては保証しかねる。とりあえず馬車に乗ってくれ」

「ディンケさん達は────」

「ガネーシャ組は問題ない。既に神ガネーシャに話は通してある。少し遅れるとは言っていたが」

 

 ディアンケヒトファミリアの方で治療を受けていたグランとフィアの両名は既に回収済みだそうだ。道理で戻ってくるのが遅いと────貸金庫を確認に行った三人もさくっと第一級冒険者二名が拉致しているらしい。何それ恐い。

 余りにも計画的な犯行になすすべなくヘスティアファミリアの面々は馬車に乗せられることになった。

 

 

 

 

「なんでぴったりなサイズなんでしょうか……」

「ロキが用意したドレスを着るなんて」

「デザインは良いじゃないですか」

 

 会場として貸し出された煌びやかな豪邸。

 嫌がらせかと勘繰ってしまいそうになるが、多分そう言った意図は微塵も無いだろう。アポロンが神の宴の会場として利用したあの絢爛豪華な宮殿を思わせる会場施設。

 今回の宴の主目的は戦争遊戯(ウォーゲーム)の戦勝者であるヘスティアファミリアへの祝賀。既にロキファミリアの眷属達が会場の設営を終え、協力してくれた各派閥の関係者も会場入り済み。

 残すは主賓である俺達ヘスティアファミリアを残すのみとなっている。

 

「リリ、こんなドレスを着るなんて初めてです……浮いてませんかね」

「うう……派手過ぎではないでしょうか」

 

 リリもミコトも十二分に似合ってるから良いだろう。俺のドレスはいつぞやの黒い奴だ。

 ヘスティア様も似合ってるし────って、それよりも既に皆を待たせてるから、早く行くべきだろう。

 

「行きましょうか」

 

 化粧室として貸し与えられた部屋から出ると、ロキの眷属が恭しい仕草で先導してくれる。

 途中、着慣れない正装に身を強張らせたベルとやけに張り切っているヴェルフの姿があった。

 

「ベル様! どうですかリリのドレス、似合ってますか?」

「こらリリルカ君、ベル君にべたべたするんじゃない!」

「似合ってるよリリ、ヘスティア様も」

 

 いつも通りに騒ぎ出す三人に溜息を零していると、ヴェルフがはきはきとした様子で急かしてくる。

 

「早く行こうぜ。皆を待たせてるんだからな」

「ヴェルフ殿はだいぶ張り切っている様子ですが、何かあったのですか?」

 

 張り切った様子のヴェルフにミコトが問いかければ、彼は若干照れ臭そうに答えてくれた。

 

「ヘファイストス様も来てるからな」

 

 あー、なるほど。まあ普段ドレス着るタイプの女神じゃないだろうしね。

 気になる女性の着飾った姿が楽しみな訳か。なるほどなるほど……と、ベル達はいつまでいちゃついてる訳だろうね。

 

「ほら、三人とも行きますよ。ヴェルフも女神の着飾った姿が楽しみみたいですし」

「俺をだしに使うなよ」

 

 

 

 両階段の踊り場に足を踏み入れると、会場を一望できた。

 アポロン主催の宴に比べると、いささか参加者の数は少ないのは仕方ないだろう。今回の宴はヘスティアファミリアと協力してくれた派閥。それと関係派閥しか招待していないのだから。

 人数は少なくとも、会場の騒がしさは前の比ではない────主にガネーシャ様の熱気によってだが。

 

「俺がガネーシャだ!」

「ガネーシャ、主賓の女神ヘスティアが会場入りした、少し押さえた方が良い」

「ふむ、この俺ガネーシャがヘスティアファミリアの勝利を祝って────」

「やめてくれ、頼むから」

 

 ガネーシャ様と眷属の女性────ガネーシャファミリアの団長【像神の杖(アンクーシャ)】シャクティ・ヴァルマ。第一級冒険者だ────がかなり場を盛り上げている。と言うか一色に染め上げようとする神を止めようとしてる。すごく大変そうだ。

 他には、相変わらずの面をした神ヘルメスとその眷属のアスフィ。

 神ロキと幹部連中。フィンやリヴェリア様だけではなく、ガレス・ランドロックも正装姿で参加している姿が見える。ベルの視線は既にアイズさんに釘付けになっているが、ティオナさんやティオネさんも十二分に美しい。レフィーヤは、アイズさんに見惚れてるみたいだ。と言うかベートさんが燕尾服着ると浮くなぁ、あの人の目付き鋭すぎ────あ、睨まれた。目を合わせんとこ……。

 タケミカヅチ様とその眷属達。初々しい様子で桜花と千草が肩を並べ────他の子達は豪華な食事に目を奪われてる様子だ。まあ普段は節制を心掛けて仕送りをしてる派閥だし、こういった機会が無ければ豪勢な食事にはありつけないだろうし仕方ないか。

 ミアハ様とナァーザさんは……ディアンケヒト様とアミッドさんのペアで睨み合い……。いや、ディアンケヒト様がミアハ様に突っかかっていき、ナァーザさんが噛み付き返してミアハ様とアミッドさんが仲裁してるな。

 ヘファイストス様と椿さんの二人も会場に居た。ヴェルフは既にヘファイストス様に釘付けだな。というか椿さんは普段通りの着流しじゃないか? あの人、ドレス着てないぞ。

 

「やっと来たかドチビ、待ちくたびれたで」

「うるさいなあ、こんな急に宴だなんて、これでも急いだんだぞ」

 

 さっきまでベル君にヘスティア様とリリのドレス、どっちがより似合ってるかを判断させようとしてた件については黙っておくべきだろう。

 

「ほれ、主賓がお出ましや。さっさと挨拶しいや」

 

 神ロキに促され、ヘスティア様が此方を振り返った。

 

「それじゃあ、ベル君。挨拶をお願いできるかな?」

「え、えぇ!? 僕がですか!?」

 

 そりゃ、ヘスティアファミリアの団長な訳だしね。

 ベルの腰の辺りを押して一歩前に出す。驚きの表情で振り返るベルに笑いかけると困惑した様子で周囲を見回した。

 ヴェルフも、リリも、ミコトも。他の面々も全員がベルが団長である事を受け入れてる。少なくとも、俺は団長の器ではない事は確かだ。ぶっちゃけ精神的に脆い部分があるのは否定できないしね。副団長として派閥の方針にちょろっと口出しする程度がお似合いさ。

 

「ほら、胸を張りなよ。ボク達の派閥は中堅って呼べるぐらいに大きくなったんだ」

 

 ヘスティア様とベルと俺の三人だけの小さな、派閥と呼ぶには小さな規模だったヘスティアファミリア。

 今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)を通し、ベル、俺、そして増援としてやってきたディンケとフィアの四名がランクアップしてLv.3になった事で、派閥構成員の内Lv.3が六名、Lv.2が六名、残る一名がLv.1と言う中堅と呼ぶには少し大きく、上位と呼ぶには小さい中途半端な規模の派閥に転じた。

 今までの何処か締まりのない集まりではなく、一つの派閥になったのだ。団長っぽい何かとか、副団長っぽいなにかとか、そういった曖昧なモノではなく、明確な線引きをしておくべきだろう。

 

「ベル、女神ヘスティアの最初の眷属は間違いなく貴方ですよ」

 

 ベルが居なければ、俺はヘスティア様と出会う事すらなかった訳だしね。

 団長として相応しい選択が出来るか否かは、関係無い。ヘスティアファミリアの団長はベル・クラネルで決定だ。

 

「と言う訳だ、団長くん、頼んだよ」

 

 噛み締める様に再度皆を見回し、頷いたベルが両階段の踊り場から会場を見下ろした。

 

「ええっと……今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)に勝利できたのは、皆の協力があってこそで────」

 

 初々しい、と言うべきだろうか。

 一言一言噛み締める様に放たれるベルの言葉は、言い方は悪いがやはり足りないモノは多い。もっと会場に響く話し方があるだろう。団長として立つならもっと胸を張って堂々とするべきだ。指摘する部分は数え切れないが────初めてだから仕方ない。誰だってそうだろう。

 この場所から、ベルは団長として歩み始めるのだ。

 まずは第一歩、ヘスティアファミリア結成と同じ様に。

 

「────皆が居てくれたから。僕たちは勝てたんだって本当にそう思う」

 

 まあ、問題は山積みだがね。

 モンスターの調教(テイム)資格をヘスティアファミリアで所有する事になる訳だし、屋敷の問題もそうだ。ヘファイストス様への借金もあるし、一年後には構成員の半分以上が元の派閥へと帰属する事になる。

 新しい眷属を増やすにしろ、まずは屋敷の問題の解決を────今は、そんな事は忘れて、勝利を祝うべきか。

 

「────ヘスティアファミリアの勝利を祝って」

『乾杯』

 

 

 

 挨拶もそこそこに会場に降り立てば、其処では既に手遅れな具合で酔っ払っているドワーフが数人。ジョッキを打ち付け合っては並々と注がれたエールを一気に飲み干していく姿には圧倒される。既に何杯目かはわからない。

 よく見ると数十樽単位で会場の片隅に酒が用意されており、中心ではグランとルシアンが肩を組み合って飲んでいる姿があった。って、ルシアンはそっち側なのか、ドワーフに交じってヒューマンが酒をガバガバ飲んでいる姿には若干驚いたぞ。

 ガネーシャ様がヘスティア様と会話を交わしているのを横目に、会場をふらふらと移動していく。

 ニヤけ面のヘルメスとアスフィさんに祝いの言葉を述べられ、ディアンケヒト様に感謝を伝え、タケミカヅチ様やミアハ様にも既に礼を述べている。今回の宴の主催者の神ロキはイリスとメルヴィスの二人に囲まれて酒を呷っている。ロキと共に酒を呷って騒ぐイリスと、迷惑そうだが嫌そうではないメルヴィスが随分と対照的だ。

 ベルはロキファミリアの第一級冒険者数名に囲まれてわいわいしており、リリはフィアとサイアに連れられて豚の丸焼きと格闘を繰り広げている。冒険者らしく大雑把に切り分けられた塊肉のそれに齧りつく三人。

 ヴェルフはヘファイストス様の方へ向かおうとして椿に捕らえられて質問攻め。ヘファイストス様の近くに行きたいヴェルフと、魔剣について聞きたい椿のやり取りをヘファイストス様がため息交じりに眺めている。

 ディンケは一人で壁際でちびちびと酒を飲んでいるが、一応楽しんではいるみたいだ。エリウッドはガネーシャ様の近くにいるシャクティさんと話し込んでいるらしい。

 皆、宴を十二分に楽しんでいるみたいだ。

 

 アポロン主催の『神の宴』の時とは異なり、今日はゆったりとした気分で宴を楽しめそうだ。

 

「やあ、楽しんでいるかい?」

「どうも、楽しませて貰ってますよ」

 

 グラスを両手に持ったフィンに片方を差し出され、受け取りながらも答える。

 

「それは良かった。前の宴は楽しめなかったみたいだからね」

「まあ、楽しむ余裕は無かったですね」

 

 地獄の真っ只中にしか思えなかったからね。とはいえ────少し羽目を外し過ぎではないだろうか。

 

「礼服、かなり汚れてますけど」

 

 主にドワーフ連中。酒が飛び散ろうが無関係と言わんばかりにグラスを打ち付け合いながらの飲み比べだ。もう収拾がつかなそうなんだがな。絶対染みになるぞ。

 

「ああ、構わないよ。その費用もロキファミリアが持つから」

「随分と、羽振りが良いですね」

 

 挙句の果てに元ハゲファミリア本拠の改修費まで出してくれるらしいしな。羽振りが良すぎる気がする。

 まあ、ロキ曰く『一年後に帰ってくる子らが死んだ目して帰ってくるとか冗談やないやろ』とのことだが、それでも改修費は安くはない。それもロキが紹介状を書いてくれた上でゴブニュファミリアに依頼を出してるのだ。羽振りが良すぎるし何か企んでるのではと訝しんでも仕方ないと思う。

 

「ああ、それについて少し話があってね。向こうで話そうか。キミはそういうのに敏感だし、全部話しておかないと楽しむのに邪魔だろう?」

 

 ……楽しんではいるが、やはり警戒はしてしまう。無駄に羽振りが良い奴とか警戒せざるをえないし。

 開け放たれた大窓に近づき、そのままバルコニーへと足を運ぶ。

 外に出た瞬間、澄んだ空気に包まれる。会場の熱気────主にガネーシャ様やドワーフ連中の────との落差から感じられる温度差に少しだけ身震いし、フィンがバルコニーの一角に設置された長椅子を示したのでそこに腰掛ける。

 

「それで、何を話せば良いんですかね」

 

 主に、ステイタス関連かね。他から見れば、明らかに異質なステイタスをしている俺に探りを入れたいのだろう。そう思ってフィンに質問を投げかけると、降参とでも言う様に肩を竦められた。

 

「確かに、それも気になる。けれどその前に羽振りの良さについて説明させてもらおうかな」

 

 此方への質問の前に、此方の疑問に答えてくれる。そう言ってフィンは軽い調子で説明してくれた。

 どうやらそんなに難しい事ではないらしい。神々同士で賭けをしていたのだ────それもちょっと額が桁違いの────それで勝った事で得た利益がこの宴の費用として使われているのだとか。序に、屋敷の改修費もそこから出す、と。

 

「いくら賭けたんですかね」

 

 賭けの内容は、戦争遊戯(ウォーゲーム)の勝敗についてだろう。

 ヘスティアが勝つ方に賭けて勝ったのだというのは予測が付く。問題はその金額と、勝ち金だ。

 

「ヘスティアファミリアの勝利に────五〇〇〇万ヴァリスかな」

 

 …………はい? え? 五〇〇〇万? 馬鹿じゃねぇの?

 

「いや、負けてたらどうするんですか」

 

 ヘスティアファミリアが敗北してたら大損だぞ。それも五人も眷属を失った上で、である。しかも契約に関しても負けたら完全に無効になるし、損しかないじゃん。

 

「あはは、まあそうだね。負ければ大損間違いなしだ。だけど、大した金額ではないよ?」

 

 あ、ああ、なるほど。ロキファミリアの規模や総資産額からすれば五〇〇〇万って数字はそこまでではないのか。……いや、結構な金額だろ。

 

「腕の治療費。再生薬一本当たり一〇〇〇万、合計でその額さ。まあ賭けというよりは、キミ達への信頼かな」

 

 勝利を信じたからこそ、賭けに乗ったと。まあ結果的に勝ってるから良いのか。

 勝手に賭けの対象にされた事に思うところが無いと言えば嘘になるが、こっちも美味しい思いが出来てるわけだし、言うだけ野暮って奴だな。

 

「なるほど、というか良くそんな大金を賭け合う相手が居ましたね」

「キミも良く知ってる神さ。派閥資産を全賭けしてたみたいでね」

 

 それって────商売神か? だとすると納得できる。

 アポロンの本拠を半ば強引に確保しようとしたのも、賭けに負けて無一文になったからではないだろうか。まあ、結果的にガネーシャ様に引き渡したのでどうなったのかは知らんが。

 

「で、勝ち金は────」

「良いです。聞きたくありません」

 

 億単位の金額なのは間違いないだろう。倍でも一億だし。

 

「二〇億だよ」

「どうして言ったんですか、止めましたよね」

 

 なにその金額、恐いんだけど……と言うか、何? 商売神って億単位で賭けたの? リスク管理……の必要無かったわ。傍から見たらヘスティアファミリアに勝ち目無いし、確実に勝てると思ってたんだろう。

 

「と言う訳で、今回の会場費も、キミ達の屋敷の改修費も全額出しても有り余るヴァリスを手に入れたからね」

「ご機嫌取りですか」

「それもあるし、今後も友好的な関係を築いていきたいと思ってる」

 

 なるほど、ヘスティアファミリアにそれだけの価値があると示したい訳か。

 確かに『再生薬』だけを見てもヘスティアファミリアに友好的にする価値がある。とはいえ契約上、半額で卸す事にはなってるのでこれ以上親密になっても仕方ないと思うんだがね。

 

「そちらの事情は理解しました。その上で私の事について答えましょう。と言っても、全部は無理ですよ」

 

 流石にね? とはいえ、『狙撃型(クーシー・スナイパー)』と『汎用型(ニンフ)』については話すが。

 

「じゃあお言葉に甘えて────キミは()()()()()()()使()()()()?」

 

 薄く微笑みの表情を浮かべたフィンの質問に、ごく自然に首を傾げてとぼけた。

 

「はい? 広域回復魔法? 微妙な回復魔法は使えますけど、広域となると────」

「一八階層。黒い階層主。小さな金髪の小人族が広域回復魔法を使って支援を行った」

 

 あ、これ、多分割れてる。雑多な情報に紛れた真実をしっかりと引き当ててきてる。確信を得た状態での質問だった訳か、とぼけなきゃよかった。

 

「はぁ、そうですね。使えますよ」

「ふむ、となると────キミは四つのステイタスを持つ訳か」

 

 四つ? 一つ目がニンフ、二つ目がスナイパー、三つ目でサンクチュアリ……あと一つ割れてる? あれ、おかしい。初期のニンフはわかる。スナイパーは戦争遊戯中に全力で使った。サンクチュアリは十八階層の一件から、だとすると最後の一つは何処から漏れた?

 

「質問です。三つは特定される心当たりがあるんですが、四つ目がわからないんですが」

「ああ、酒場で大々的に話しているのを聞いたんだ。確か────モルド・ラトローだったかな? 彼がミリア・ノースリスが小人族なのに犬人(シアンスロープ)みたいな耳を生やして無数の()()()()()()()()撃ってきた、ってね」

 

 モルド・ラトロー、ああー十八階層でベルを襲撃した奴だな。なるほど……あの糞野郎、情報をばら撒きやがった、今度見つけたら半殺しにしてやる。

 まあ、まだ全てのクラスが明かされた訳じゃないからなんとかなるか。

 

「僕の予測では、少なくともあと一個はあると見てるんだけど……どうかな?」

 

 両手を上げて降参を示す。この勇者、勘が鋭過ぎる。どうして錯綜する情報の中から、的確に正解を引っこ抜いてくるんだか。余りの恐ろしさに背筋が凍りそうだ。

 正直、彼だけは敵に回したくない。こういった勘の鋭い奴って言うのは、敵に回すととんでもなく厄介なのだから。

 

「ええ、正解ですよ。とはいえどんな性質を持つかは話せませんが」

「構わないよ。となると、五つの変化か……恐ろしいね。敵にだけは回したくないよ」

 

 俺もフィンは敵に回したくないね。

 五つの変化があると割れてしまった訳だが、これからはクラス選択をしっかりと考えないといけないな。

 

 どうするかなぁ。()()()()()()()()()()()()()の内、どっちかを晒すべきか。それとも今までの手札である『クーシー・アサルト』を晒すべきか。

 んー、晒すなら『フェアリー・ドラゴニュート』よりは『ケットシー・ドールズ』の方かなぁ。あっちの方が悪目立ちしそうだし。

 まあ、一度にクラスチェンジを二つまで設定できるから今までより多彩にはなるか……特殊ではあるが。

 

 

 




 新しいクラス。皆さんお待ちかねの『フェアリー・ドラゴニュート』実装。
 序に猫耳(ケットシー・ドールズ)も追加だぞ。

 基礎:ニンフ型。
 第一:アサルト、スナイパー、ファクトリー、サンクチュアリ
 第二:ドラゴニュート、ドールズ

 基礎+第一から1つ+第二から1つ。
 同時に2つのサブクラスを選べるぞ。やったね! チートオリ主もびっくりなチートっぷりを発揮していけるね!

 まあ、当然、欠点もしっかりあるので無双なんてしませんがね。



 それで、ミリアちゃんのクラスチェンジが三つもフィンに特定されてるというね。
 まあ、スナイパーは当然として、サンクチュアリとファクトリーは情報不足なんですけどね。ある程度の性質はバレましたがファクトリーの罠関連についてはフィンも知らないので、やろうと思えばファクトリー型一つで二つのクラスだと誤認させる事もできなくはない…………すぐバレそうなのはご愛敬。勘とかいうチートがヤバい。

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