魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

111 / 218
第一一〇話

 ソーマファミリアの団員が消えた事で一気に手薄になり、包囲の突破およびに目的地への到着は容易であった。

 西のメインストリートを超えて第六区画、西と南西の大通りに挟まれた区画。

 片腕と片目を失った俺の姿を見た者達のどよめきを無視して進む先、ヘスティア様の示した目的地がそこにあった。

 

「ここ、は……」

「アポロンファミリアの本拠ですね」

 

 背の高い鉄柵に広々とした植栽豊かな前庭、荘厳とまではいかずとも重厚さが見て取れる巨大な石造りの屋敷。門に飾られた弓矢と太陽のエンブレム。アポロンファミリアの本拠だ。

 当然の様に、その前庭には不自然に置かれた総金属製の大型弩(バリスタ)があった。一機二機なんてもんじゃない、十機単位で整列させられた其れが空に向けてその照準を向けていた。

 もし、キューイを使って直接殴り込みをかけようとしていたら、その何十機もある大型弩(バリスタ)の矢の雨に撃たれて粉微塵になっていた可能性が高い。

 

「殴り込みに来たんじゃない、どけどけ! しっ、しっ!」

 

 幸いな事に、キューイとヴァンが死んだ事で警戒を解いていたのか大型弩(バリスタ)に人員は配置されていない。

 正門を潜り抜けようとしたヘスティア様に対し、門兵が槍で押しとどめようとするが、神威を僅かに放ち威圧するヘスティア様の前に屈して道をあける。

 正面門から乗り込んだ前庭。大型弩(バリスタ)用の人員として残っていたのか、それとも此方が乗り込んでくる事を想定していたのか20人近い団員が一斉に飛び出してきて構えた。

 ヘスティア様はそれに構う事なく敵中ど真ん中を突っ切って進んでいく。その後ろを俺とベルが警戒しながら進む。不意打ちでヘスティア様が殺されれば、等といらぬ警戒をして周囲を睨めば、相手方も此方を睨み返してくる。

 進み切った先、ちょうど玄関口らしき所に此方の来訪を見越していたかのように、欲深い色を顔面全体で映し出した醜悪な顔を晒す神アポロンが悠々と立っていた。

 

「やぁ、ヘスティア。こんなところまで乗り込んできて、どうしたというんだい?」

 

 ニヤニヤと笑いながら出迎えてくれる男神。ヘスティア様に睨まれても平然そうにしていた神アポロンの視線が俺に止まる。表情を消し、悲し気な表情を浮かべた彼は大業な仕草で手で顔を覆った。

 

「ああ、なんと惨い────哀れな。抵抗さえせねば彼女の綺麗な指も、美しかった碧眼も失われるなどという悲劇に襲われることなどなかったというのに……だから私は言ったのだぞヘスティア、後悔するぞとな」

 

 演劇の舞台に立つ俳優の様に、悲し気に顔を覆い隠し、両手を大きく広げてヘスティア様を見下す神アポロン。ヘスティア様から怒気と、より一層強まった神威が放たれ、神アポロンの神威とヘスティア様の神威がぶつかり合う。

 ヘスティア様は言葉を発しなかった。それでもその身から発せられる怒りの度合いは見ずともわかる。ピリピリと肌を突き刺す様な怒りを隠しもしないヘスティア様。

 側仕えをする小人族(パルゥム)のルアン────つい昨日、包帯グルグル巻きの木乃伊だった彼は今は平然と側仕えをさせられている────を伴ってヘスティア様の前まで悠々と歩いてきて、止まった。

 一方的にヘスティア様を見下す神アポロン。対するヘスティア様はただ静かにアポロンを睨んでいる。

 

「……パルゥム君、その手袋を貸してくれ」

「え……は、はい」

 

 有無を言わせない声に加え、戸惑ったルアンを睨むことなく神威での威圧で早くしろと急かしたヘスティア様に、ルアンはうろたえながらも手袋を手渡す。

 ヘスティア様らしくない程に、強引なやり口だ。その怒りの度合いがどれほど深いのかがわかる。とても、とても怒ってる。

 渡された手袋をギリィッ、と握りしめたヘスティア様は、神アポロンの顔目掛け渾身の力で投げ付けた。

 

「「!?」」

「ヘスティア様、本気ですか……」

 

 相手に手袋を投げつけるというのは、西洋の風習で、決闘を申し込むしるしだったはずだ。つまり────ヘスティアファミリアはこの時点をもってして、アポロンファミリアとの決闘、『戦争遊戯(ウォーゲーム)』を受ける事になった。

 

「上等だっ! 受けて立ってやる! 戦争遊戯(ウォーゲーム)を!!」

 

 高らかに叫んだ最終的な返答。此方の戦力は二人と竜三匹、対する相手は軽く百を超え、それに加えて全員分の火精霊の護布(サラマンダーウール)に下級とはいえ魔剣、対竜用兵器を何十機単位で揃えられるだけの資金力────資金力はいささか不自然さはあるが────がある相手だ。普通に考えれば、勝ち目はない。

 

「ここに双方の合意はなった────諸君、戦争遊戯(ウォーゲーム)だ!」

 

 神アポロンが両手を開いた瞬間。敷地内のそこら中から一斉に神々が現れた。

 

『いぇええええええええええええええええええ!!』

 

 神々が身勝手に面白半分に行動したのか。それともヘスティア様が『戦争遊戯を受けた』という事実を目にした証人という役割を与えて此方に逃げられない様にしたのか。

 後者だろう。庭の茂みや木の上からだけでなく、本拠の窓を開けて此方を見下ろす神すら居るのだ。屋敷に招いておいて前者でした等という事はありえまい。

 

『ギルドに戦争遊戯(ウォーゲーム)の申請をしろ!』

『臨時の神会(デナトゥス)も開くぞ』

『漲ってきたー!』

『久々の(まつり)やー!』

 

 飛び交う興奮の声々。娯楽に飢える神々の真骨頂が発揮され、あっという間にお祭り騒ぎである。神ロキの声も交じっている。

 

「聞いての通りだ。試合(ゲーム)の詳細は神会(デナトゥス)で決める。日程は後で伝えよう……楽しもうじゃないか、ヘスティア?」

 

 にんまりと、策が成ったとでも言いたい様な醜悪な笑み。背筋がゾワりとする。

 睨み返すヘスティア様を他所に、神アポロンはそのまま背を向けて屋敷へと帰っていく。腰を抜かしていたらしいルアンが這いずる様にアポロンを追いかけていったのを見つつ、ヘスティア様を見た。

 戦力差的に、勝負にならない。それでも受けるだけの理由があるのだ。

 

「二人とも聞いてくれ。一週間だ」

 

 ヘスティア様の蒼い瞳が此方を射抜く。姿勢を正し、ヘスティア様を見上げた。

 

戦争遊戯(ウォーゲーム)の開催まで、一週間、ボクがなんとしてでも稼いでみせる」

「えっ……」

「一週間……」

「その一週間の間に、ベル君、ミリア君、出来る限り強くなってくれ。今日ボク達を襲ってきた誰よりも、何よりも強くなってくれ! 君たちなら出来る!!」

 

 強い信頼を向けられている。持ち得る全てを、俺達に賭けてくれた。

 地位も、財産も、命すらも、俺とベルに賭けた。

 

「御意、一週間で出来る限りの事をし、必ずヘスティア様に勝利を……」

 

 跪いて、宣言する。

 敗北は死と知れ、これは約束で、誓いだ。

 ベルが身を震わせて立ち尽くす横で、俺は即座に反転。出来る限りの事はすると誓った。

 

「ベル、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それだけを言い残し。俺はお祭り騒ぎのまま去っていこうとする神々を追った。

 

 

 

 

 

 神ロキを探して回ると、すぐに見つかった。走り回る朱色の髪がそこらの通行人に『戦争遊戯やぞー!』『(まつり)やぞー!』と片っ端から声をかけてははしゃぎ回っている姿があった。

 急ぎ神ロキに近づいてその腕を掴んだ。

 

「神ロキッ! 依頼をっ」

「うぉっ!? 何や、うちは(まつり)は楽しむけど手ぇだす積りは────」

 

 急に腕を掴まれてたたらを踏んだロキが鬱陶し気に此方を見下ろし、顔を見て動きを止めた。此方を覗き込んでくる瞳をじっと見つめると、神ロキの哀れみを含む視線が突き刺さった。

 

「腕と目は、アポロン所にやられたんか。同情はしたるが、うちは医神やないんや。諦め────」

「話を聞いてください」

 

 ロキの言葉を強引に押しとどめ、ロキを押し倒して耳元に口を寄せ、小声でささやく。

 

「神ロキ、もし……もしも無くなったこの腕を()()()としたらどうしますか」

 

 ピタリと、神ロキが動きを止め、此方の肩を掴んで押しのけ。じぃーっと此方を見つめてきた。

 真偽を見極める瞳に射抜かれる。

 

「嘘やないんやな?」

神ヘスティア(我が主神)に誓って」

 

 神ロキの視線が揺れ、溜息を零した。

 

「話は聞いたる。ディアンケヒトん所行けばええんか?」

「はい」

 

 

 

 

 

 ディアンケヒトファミリアの本拠にして店舗があるのは北西のメインストリートだ。いつもなら冒険者が多いこの通りだが、今は神々が駆けずり回っている姿ばかりが目立つ。

 光玉と薬草のエンブレムが飾られた清潔な白一色の建物。ディアンケヒトファミリアの治療院の扉をけ破る勢いで開けた神ロキが大声で叫んだ。

 

「ディアンケヒトおるんやろ! 出てこいやぁ!」

 

 中に居た薬師らしき人物がビクりと肩を震わせ。俺の姿を見た瞬間にぎょっとした顔を浮かべ、がちゃがちゃと棚の商品をいくつか落っことしながら店の奥に駆けていった。

 しばらくすると、アミッドさんが駆けてきた。神ロキに頭を下げ、俺に駆け寄ってくる。

 

「ノースリスさん、その腕は……先程から騒ぎになっていた様子ですが、その時にですか?」

「おうアミッドたん。ミリアの腕を再生させれるってホンマなん?」

「……っ、すいません。お答えしかねます」

 

 びくりと肩を震わせ、即座に此方を見たアミッドさんが目を細めて此方を見据えた。

 

「契約内容に、未完成の薬については他派閥に公表しない事とあったはずですが」

「すいません。それについても話し合いを行いたいです」

 

 契約を破った。それは非常に重い事だ、けれど今はそれよりも重要な事がある。というよりこのままヘスティアファミリアが潰れた場合、契約の履行が行えなくなる。それに────もしヘスティアファミリアが負けたら、俺は命を断つ。つまり『再生薬』に必要不可欠な『キューイの血』を入手する手段が失われる事を意味する。

 これはある意味脅しだ、『再生薬』の研究を続けたければ、ヘスティアファミリアに協力しろ。出来ないなら、契約を破棄するという。

 ジーっと此方を責める様な視線で見つめてきたアミッドさんが深い溜息を零して、俺と神ロキを奥の部屋に招いた。

 治療用の寝台の設置された治療室らしき部屋に案内され、そこに寝かされる。

 

「あの、話し合いを────」

「馬鹿を言え、怪我人なんかと話す気は無い」

 

 不機嫌そうな声が響いた。

 白い清潔そうなローブを着込んだ男神がずしずしと入ってきて此方を見下ろし、唐突に顔を押さえられ覗き込まれる。

 

「会うのは初めてだな。とりあえず動くな」

「よぅ、ディアンケヒト、なんや不機嫌そうやな」

「ふん、神ロキか……ミリア・ノースリス、面倒事に巻き込まれおって」

 

 不機嫌ですと顔に書いてあるその男神。神ディアンケヒトが数人の団員に指示を出し、俺の体を寝台に縄で縛り付け始めた。まてまて、何をされるんだ。

 

「ちょっと、話を────」

「だから怪我人と話す事等無いわ。大人しくしていろ。アミッド」

 

 問答無用といった形でアミッドさんが何かの薬品に漬けた針をブスッと首の辺りにぶっ刺してきた。瞬間、視界がぐにゃりと歪み、手足の力が抜ける。毒物かと必死に抵抗しようとした所で肩を押さえられた。

 

「落ち着いてください。冒険者用の麻酔です。意識が落ちる程ではありませんが四半刻程麻痺します。今から『再生薬』を使いますのでそのまま待っていてください」

 

 欠損部位の再生には非常に強い不快感の様なモノを伴う。それに加え、再生中の部位に刺激を与えると激痛となるらしい。耳元で説明されるさ中、神ディアンケヒトが小瓶をもって近づいてこようとし、神ロキが興味深そうにその小瓶をじろじろと眺め、手を伸ばそうとして神ディアンケヒトに叩かれていた。

 

「やめろ、邪魔をするな」

「えぇやんちょっとぐらい。それが()()()()()()()()()()()なんか?」

「ノースリス、貴様恨むぞ」

 

 いまだに未完成だというのに、だとか、完成してから発表して皆を驚かせる積りだった、だとか。グチグチと文句を零す神ディアンケヒトに謝罪しようとし、舌まで麻痺してまともにしゃべれないのに気付いた。

 体が上手く動かない。縛られたうえで麻痺毒まで使われた影響で身動きが取れない。

 神ロキがニヤけた顔で此方を覗き込んで来た。

 

「今ならやりたい放題やなぁ」

 

 手をわきわきと怪しく動かしながら近づいてくる神ロキ。別に触るのは構わんが、触った場合は此方の言う事を聞いてもらおうとじっと見つめていると、ガシィッと両腕を神ディアンケヒトの眷属に掴まれた。

 

「今は邪魔だ、後で話を聞いてやる。外で待っていろ」

「ちょい、うちも興味あるんやけどっ」

 

 ずりずりと神ロキが治療室から引っ張り出されたのち、ようやくディアンケヒトが小瓶を俺の前で揺らして口を開いた。

 

「良いか、これは貴様の連れていた赤い飛竜の血から作られたモノだ。失った腕程度なら余裕で再生できるだろう。ただし、再生には強い不快感を伴う。そのうえでお前の眼球に関しては再生するか不明だ」

 

 安全である事は確実に保証する。そういいながら目の前で揺らされる小瓶。中身はまるでスライムの様な粘性の強いドロリとした恐ろしく赤い液体が入っている。待て、それ飲むのか? 凄まじく飲み辛そうなそれ、しかも全身麻酔で意識はあれど体がまともに動かない状態で? 窒息死しそうだぞ。

 警戒に目を見開いて訴えかけると、神ディアンケヒトが不愉快そうに眉を顰め口元を覆うマスクを身に着け始めた。他の者達も同様のマスクを身に着けている。まて嫌な予感が────神ディアンケヒトが小瓶の蓋を開けた。

 瞬間、ズブリと鼻から脳髄に向かって釘をぶっ刺したかのような痛みすら伴う独特な匂いが漂った。麻痺してなかったら鼻を押さえて転げまわるだろう匂い。ただ、臭い訳じゃない、なんというか痛い匂いだ。鼻に刺さる様な、それでいて悪臭という訳ではない。不可思議な匂いに麻痺しているはずの体がびくりと跳ねる。

 

「我慢しろ。貴様への罰だ」

 

 マスクを着けていても辛いのか神ディアンケヒトも、他の薬師や医術士も鼻を押さえている。

 彼が小瓶を俺の無くなった腕の付け根辺りに垂らしていく。ねっとりとした、本当にスライム染みた粘度を持つ液体────半ば固体と液体の中間にすら見えるそれが、腕に付着する。

 瞬間、熱が弾けた。びくりと体が震える、灼熱の液体が垂らされたかのように、皮膚が一瞬で焼けた感覚に囚われ────麻酔のおかげか痛みは無い。ただ熱い、熱く、欠損していた右腕の先が溶岩の中に突っ込んでいる様な不可思議な感覚。固定されているせいで腕がどうなっているのかは見えないが、徐々に腕の熱が引いていく感覚を味わいつつも、グチュグチュという肉をかき混ぜる様な不愉快な音に背筋が凍る。

 痛みが無いのが逆に怖い。

 小瓶一つ分を腕に垂らし終え、二本目の小瓶を取り出して今度は頭を押さえられて、蓋の開けられた小瓶が顔の前に晒される。ま、まってくれ!

 小瓶からあふれ出た匂いが鼻に突き刺さり、息が詰まる。半ば呼吸困難に近い状態におかれるなか、右目で見える景色の中、小瓶がゆっくりと傾けられる。神ディアンケヒトやアミッドさんが何か話しているが聞こえない。

 ドロリとしたスライムが、顔に────左目に垂らされた瞬間。光が弾けて世界が真っ白に染まった。

 悲鳴を零す事も出来ない。ただ灼熱が左の眼孔の中で暴れ狂い、身を捩る事も出来ずに獣の様な絶叫が響くのを耳にした。というか俺の口から勝手に飛び出していた。

 

「おい、聞こえているか」

「ノースリスさん、聞こえますか?」

 

 気が付けば真っ暗になっていた。どれぐらい時間が経ったのかいまいち把握できない。一分か、一時間か、数日か、まるで深い眠りについていたかのように体に張り付いて離れない疲労感。目を見開き────あまりの眩しさに目を細めた。

 右目の正面に魔石灯の明かりが突き刺さった。ちらちらと動いてる事と、微かに見えた景色からディアンケヒトが俺の目に光を当てている事だけはわかった。

 

「眩しいです……」

「眩しいか? こっちもか?」

 

 そういって左目にも光を当ててくる。ズブリと突き刺された様な痛みを感じ、思わず痛みに呻く。

 

「ぐぅっ……痛いです……」

「痛いだと? ふむ……少し待て」

 

 瞼越しにすら感じる光、それが退けられた。目の奥がズキズキと痛んでいる。強い光を見たときの反応だろう。確かに光が退けられたが目を開けようとした所で眩しさに思わず顔を庇う。

 ふと目を見開いた所で気付いた。右腕で光を遮る様に顔を庇っていた。俺の、右腕でである。

 

「……本当に治ってる」

 

 呆然と自身の右腕を見ていると、不機嫌さが天元突破しそうな雰囲気を醸し出している神ディアンケヒトが頭の上から覗き込んで来た。

 

「ノースリス、お前はバカにしているのか? 我がファミリアで開発した『再生薬』だぞ。失敗する事等────待て、ノースリス、お前の目は何色だ?」

 

 言葉の途中で驚愕したらしい神ディアンケヒト。思わず目を細めるさ中、眼も再生している事に気付いた。若干見え方が左右で差があるのか少し慣れないが、それでも完全に眼球を失っていた左目が治った事に安堵しつつ、神ディアンケヒトの問いに答えた。

 

「碧眼ですよ。それよりも腕も眼もちゃんと治ったみたいですね」

「……ノースリスさん、今、鏡を持ってきますので少しお待ちを」

 

 周囲の治療士たちが慌ただしく動く中、ディアンケヒトが俺の右腕を触りつつも口を開いた。

 

「腕の再生には成功したな。ただ、やはり色素関連に異常が残るか」

「色素……?」

「左腕と比べてみろ。右腕の方が色が白くなっている。目の色なんて顕著過ぎるぐらいだ」

 

 神ディアンケヒトに言われた通り、右腕と左腕を比べてみて気付いた。差は一目瞭然、右腕が白い。もともとが色白な肌ではあったが、今の右腕は真っ白通り越して血管すら浮かびかねない程に色が薄い。

 駆けてくる音が響いて、鏡を持った医療士が神ディアンケヒトに鏡を手渡す。その鏡はそのまま俺の方に差し出された。

 

「見てみろ」

 

 ぶっきらぼうで不機嫌そうな言い方。よほど気に食わない事でもあったのだろう……若干嫌な予感を感じ取りつつも鏡を手に取り、覗き込んだ。

 顔が腫れ上がる事もなく、いつも通りの蒼玉を思わせる碧眼。のはずだった。

 右目は確かに碧眼なのだ。だが、左目は────赤い。ベルのルベライトの瞳よりも、なお紅い。

 俗に言う、虹彩異色症、オッドアイと呼ばれる状態になっていた。というよりこれは……。

 

「再生はすれど、色素までは再生しない。結果────元と違う色。血の色になる。言ってしまえば白子症(アルビノ)化してしまう訳だな」

 

 はぁ……左目が赤い。紅い……まぁ、確かにちょっと中二病臭い感じはするが、見えるなら別に構わないだろう。

 

「この欠点も直さないとならんな。と、それよりもノースリス、話は聞いているがロキのやつに情報を零したそうだな」

「あ、その件についてなのですが────」

戦争遊戯(ウォーゲーム)については聞いている。全く、アポロンの奴め……奴から大量の高位回復薬(ハイ・ポーション)の発注がかかっておったが断って正解だったな」

 

 苛立たし気な雰囲気の神ディアンケヒト。彼曰く、数日前に唐突にアポロンファミリアから大量の高位回復薬(ハイ・ポーション)の発注がかかったらしい。それに加え────ヘスティアファミリアのミリア・ノースリスとの取引量を増やしたくはないかと持ち掛けられたそうな。

 今まで以上に取引する素材の量を増やしてやるから手伝え、そう持ち掛けられたらしい。それに対し神ディアンケヒトは最初は乗り気だったそうな……マジか。

 ただ、詳しく話を聞いていく内にディアンケヒトがブチ切れて破談になったらしい?

 

「アポロンの奴は素材を他の医療ファミリアにも卸すと宣ったのだ」

 

 俺の連れている竜の素材、現在のディアンケヒトファミリアとの契約上、俺は他の医療ファミリアと新たに素材の取引契約を事は許されていない。例外としてミアハファミリアだけは元から取引があったので問題ないが、他の競争相手に素材を渡されたくない訳だ。

 現状の取引量を増やすならまだしも、他の競争相手にまで素材を渡されたら無意味。それについてアポロンに訴えるもアポロン側もすでに他の医療ファミリアと契約を結んだ直後だったので無理だと断ったらしい。結果、ディアンケヒトが『そんな馬鹿げた話に付き合えるか!』と破談。

 

「うわぁ……」

「ですので、現状、我々ディアンケヒトファミリアはヘスティアファミリアに協力姿勢をとる事になっています……が……」

 

 客室に案内された直後、再生した俺の腕や目を見て────特に目を見たロキが『オッドアイ幼女キタァアアアアッ!』と叫び出してひと悶着あった訳なんだが……今この瞬間も悶着が続いている。

 

「んで、うちからの条件やけど、今後『再生薬』が完成したら半額でうちに卸せや」

「ダメだ。2割だ」

「半額や、それは譲らんで。もしそれを呑むっちゅうなら────ヘスティアファミリアの戦力強化に協力したる」

 

 オラリオにおいて、失った手足の再生というのは治療士、薬師などの医療系派閥に関わる者達の悲願。それを成せる素材が現状『キューイの血』のみ。それを他派閥に渡したくない神ディアンケヒトからすればヘスティアファミリアになんとしてでも戦争遊戯(ウォーゲーム)で勝利して欲しい。

 そのために、俺は神ロキに取引を持ち掛けたのだ。未完成ではあるが半年前までの欠損を再生させることができる────若干、白化現象という副作用はあるが────『再生薬』を今でも優先してひそかに取引する権利を与える代わりに、今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)に向けて、ロキファミリアの協力の元、俺とベルの特訓を行って欲しいというものだ。

 

「どのみちヘスティアファミリアが潰れたらミリアは自害するで? せやったら半額でも破格やろ」

「……くっ、覚えていろよロキ」

「取引成立やな」

 

 『再生薬』の価値を考えれば、十二分に可能性のある取引であり。実際、神ロキもこの取引には乗り気だ。

 先にロキファミリアの本拠に向かったベルと合流し、ロキファミリアで特訓……不安は残るが、第一級冒険者の手を借り受けられるだけの根回しはできた。

 ……直接、ロキファミリアにアポロンファミリアを滅ぼしてもらう事も考えたが、それは違う。

 

「神ロキ、直ぐに向かいましょう」

「やる気に満ちとるな。ええで、ファミリアの皆にはうちが話つけたる。急ごか」

 

 ヒュアキントスだけは、俺の────俺とベルの手で仕留める。




 原作では隠れて特訓という形でしたが、今作では堂々と真正面から『取引』という形で特訓を付けてもらう形に。
 『再生薬』もあるしね。部位欠損治せる唯一の薬って事で取引する材料としては十分だと思ったので。
 これでアイズさんティオネさんだけじゃなく、フィンやガレス、リヴェリア様にも特訓を付けてもらえ────ベートさんにボコボコにされそう。


 腕と目の再生。『未完成』って事で副作用を考えた結果。再生部位の『白化現象』、俗に言う『アルビノ』状態になるって事にしました。
 神の恩恵持ちだし、多少の症状は緩和または無視できる程度って事でいいでしょう(てきとう)。
 右目が蒼、左目が紅。ヘスティア様が蒼でベル君が紅。家族とお揃い!
 なお属性追加によって神様の注目度が上がる模様。


 執筆時間おおよそ3時間。やっぱこのぐらい時間かけた方が楽だね。1時間違うだけで精神的にすごく楽だもん。


 『ダンまち×TSロリ』が増えろぉ。盆休み中に書き溜めた人が居て、お盆明けに公開されるって形で一気に増える事を願って……。


-追記-
他作品のタイトルあげてまで名指ししたりはしないですが、更新してる作品あれば確実にチェックしてます。更新してくれる人には感謝を。

‐追記2‐
短編で恋愛ルートinヘスティアを投稿しました。
タイトルは『魔銃使いは恋に堕ちた』です。
興味があれば、どうぞ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。