目の前を羽が舞う。その幻想的な風景は人を夢の中へと誘う悪魔の誘惑だ。
辺りを見渡すと、人が眠りに着く中、幻術返しをする者も意外と多く見受けられる。反対方向の客席も眠っている様子があるということから、あらかじめ潜ませておいた俺の影分身体だけじゃなくカブトも動いたと見て取れる。
顔を正面から左横に向け、火影・風影の貴賓席を確認すると煙が上がっていた。
…合図だ。
足を手すりに乗せ、アンコに言い放つ。
「アンコ、ここを頼む!」
返事は聞かずにその場を離れる。返事を待っていたら『私も行く』とか言ってゴネられるかもしれないし。十字に印を組み、術を発動させる。
「多重影分身の術!」
分身体は里の各地に向かわせ、そして、本体である俺は貴賓席の屋根に降り立つ。屋根の上には既に四紫炎陣が完成しており、その横には燃えている暗部の姿が一つあった。このまま放って置くのはあまりにも可哀想なので、水遁の水を使い消火する。幸いなことに、消火した後の臭いはキツクなかった、もとい、あまり重症ではなかった。
「ヨロイ、そいつの治療を頼む。それが終わったら、俺たちの援護だ。」
「了解。」
暗部の部隊長から命令が飛ばされる。印を組み、医療忍術である掌仙術を使い、傷ついた暗部の忍を回復させる。周りの様子をそっと窺うと、四紫炎陣の中の大蛇丸様と三代目の闘いを注視しており、俺を気にする者はいない。その上、今、治療している暗部の忍は気を失っている。
そっと右手の親指を噛み、流れ出た血で屋根の上に二重に術式を書き込む。次いで、神楽心眼で木ノ葉の里の様子を探っていく。里の各地に飛ばした影分身たちが張った結界が至る所にあるのが確認できた。これで、大蛇丸様への贄は確保した。木ノ葉の一般人を結界忍術で戦闘の流れ弾から保護すると共に、木ノ葉崩しが成功した暁には彼らを人体実験の検体として扱うことができる。
とはいえ、三代目と大蛇丸様の闘いの結果により、今後のプランが変わっていく。これからをいち早く判断する為、前を向く。
「…くっ。」
「この結界は内側からじゃないと崩せんな…。」
「火影様があいつら四人のどいつかさえやってくれれば、加勢できるんだが。」
暗部が悔しそうに呟くが、音の四人衆はその言葉を嘲笑うかのように、自分たちを守るようにもう一枚結界を張る。
「フン…。そう簡単には出れそうもないのォ。」
「心にも無い。アナタにとっては足手まといに入って来られる方がやりにくいでしょう。」
足手まとい認定された暗部の隊長が舌打ちをする。
「チィ…。」
「隊長。」
「なんだ、ヨロイ?」
「俺は隊長のこと、足手まといだなんて思ってませんよ。…イタイイタイイタイ!」
爽やかな笑顔で隊長を慰めて挙げたら、無言でアイアンクローをされた。
+++
そんな隊長たち暗部の忍といること小一時間。
三代目のチャクラが…消えた。
それと同時に大蛇丸様のチャクラもガクッと減ったのを感じ取れた。おそらく、屍鬼封尽で大蛇丸様の腕のみを封印したのだろう。結局は原作通りか…。まぁ、ベストではないものの、悪くはない。
神楽心眼で探っていた俺だけが感知できたらしい。ここにいる暗部に感知タイプの忍はいない。すべて戦闘タイプの忍だけだ。
さて、俺はどう動くべきか…。ここは、スパイとして木ノ葉に留まった方がいいだろう。そう俺が結論を出していると、大蛇丸様の声が響いた。
「ヨロイィィィイッ!今すぐに来なさい!」
ああ、無理だな。主に大蛇丸様のせいで木ノ葉に留まるのは、おしゃかになってしまった。
すばやく印を組み、こちらに振り向いた暗部の4人を幻術に嵌めて意識を奪う。
ドサッという音と共に倒れ込んだ暗部の間を通り抜け、大蛇丸様の元に向かう。四人衆が四紫炎陣を解き道ができたので、走り出そうとした瞬間、後ろから気配がした。
「ヨロイ…。」
「…アンコか。」
振り向き、後ろに居たアンコと目を合わせる。
「アンタ…まさか…。」
「まぁ、少し待て。こんな賑やかな状況じゃ話もできない。」
煙幕弾を上に向かって放り投げる。それは、青い煙を帯としながら空へと向かった。『作戦失敗、そして、撤退』の合図だ。これで、木ノ葉に残っていた音と砂は撤退行動に移るだろう。そして、俺の後ろに居た大蛇丸様と四人衆の気配が消えた。
中忍試験が始まる前に、暗部を2名生け捕りにして、その2名と成り替わり俺の影分身体とカブトが中忍試験会場へと入り込んでいた。その影分身体が大蛇丸様の元へと赴き、大蛇丸様を連れて飛雷神の術で姿を消したということが何の前触れもなしに大蛇丸様たちのチャクラが消えたことから見て取れる。
これで、アンコとゆっくり話すことができる。
「待たせたな。で、アンコ。何が聞きたい?」
「…アンタ、里を裏切ったのか?」
「いや、少し違う。」
アンコの問に否と答える。
「…俺は元から大蛇丸様の部下だ。木ノ葉に連れてこられた時から、俺の師はあの人でこれまでも、そして、これからもそれは変わらない。つーわけだから、木ノ葉に忠誠を誓った訳でもない俺が裏切ったとは言えないな。」
「屁理屈を言うな!」
アンコが目に涙を浮かべて、これ以上聞きたくないというように頭を横に振って叫ぶ。
「アンタは…アンタも…。」
涙が溢れ、アンコの頬を濡らす。
「私を裏切るのか?」
「…ああ、そうなるな。」
すぐには答えることができなかった。一拍、間を置き答えた自分に驚く。四代目やシスイが死んだ時もそうだった。結果は分かっているのにも関わらず、それどころか見捨てる事を決心して、更にその“死”を利用しようと考えていた時もこんな気持ちになった。まだ、忍にはなりきれていないらしい。
「…そうか。」
アンコは黙ってクナイを抜く。
「おいおい。お前が俺を殺せるのか?」
「子どもの時とは違う。私は“木ノ葉”のみたらしアンコだ。“音”の赤胴ヨロイ。」
「ハハッ、そういうことじゃねェよ。俺相手にそんなに不用心じゃダメだろ?…そこは俺の術の効果範囲内だぞ。」
「!」
今頃気づいても遅い。足を踏み鳴らすと、四方からチャクラで出来た白い結界が倒れている暗部の忍ごとアンコを閉じ込める。先程、屋根に俺の血でもって術式を書いていたのはこの結界。封印と結界系の術を改良し、解くことがかなり難いようにした。木ノ葉の三忍といえども、一つ解くのに6時間以上はかかる代物だ。この解呪時間は大蛇丸様で一回確かめて、本人からお墨付きを頂いた代物。木ノ葉の忍がそう易々と解けるものじゃない。
「お前に殺されやしねーよ。」
「くっ!出せ!」
「…アンコ。」
アンコを正面から見据える。雰囲気が変わった俺の声に気づいたのだろう。アンコは声を押さえる。
「ごめんな。水遁 水陣壁!」
「グハッ!」
「クッ!」
二代目火影と同じような運用方法、水遁 水陣壁の術で自分の周りをすべてガードしたと考えて貰えればいい、で両横から来た攻撃を止める。
「お前たちも来たのか…カカシ、ガイ。」
「…。」
「ヨロイ、お前…。なぜだ?」
ガイが信じられないという顔で見てくる。
「そうだな…。特に理由はないよ。大蛇丸様の命令だから、としか言えないな。」
「あんな奴の命令をなぜ聞いているんだ!?」
「俺がいねーと大蛇丸様の外道ポイントがカンストしちまうからな。その御陰で俺も血で汚れちまったけど。」
「何を言っているのかさっぱり分からん!お前…カカシ?」
カカシが真っ赤になって叫ぶガイの肩を掴み無言で止める。ややあって、カカシが口を開いた。
「お前は木ノ葉を裏切る。それでいいんだな?」
「いや、少し違う。」
「!?」
カカシに背を向け、三代目の遺体に向かって歩く。
「三代目の意志だ。三代目は常々、大蛇丸をどうにかしたいと俺に溢していた。それも、自分の手で幕を下ろしたいと、な。」
「嘘だ!」
アンコが何か言っているが、ヒステリーを起こした女とは会話ができない。カカシとガイはそれを分かっているのだろう。アンコに何もいうことなく、俺を見ていた。
三代目の遺体の傍に膝を付き、カカシたちから見えないように懐から巻物を出し、広げたそれを三代目の遺体の上に置く。
「大蛇丸が里を襲う可能性があるかもしれないから、彼が里抜けをする前から親交があった俺をスパイとして大蛇丸の元に向かわせていたんだ。もちろん、三代目にはこの木ノ葉崩しの計画についても伝えている。それで、大規模な侵攻作戦にも関わらず、被害は最小に抑えられていたんだ。まぁ、何が言いたいかっていうと、俺が三代目の命で大蛇丸に取り入っている、そして、三代目の遺志を引き継ぎ大蛇丸を殺すから後は任せろってこと。おわかり?」
巻物の図柄が変わった。契約完了っと。巻物を懐にしまう。そろそろしゃべる内容が思いつかなくなってきたからちょうど良かった。
「ああ、言い忘れていたことがあった。アンコの言う通りだ。」
立ち上がり、カカシたちを、そして、アンコを見る。
「悪ィ。今の嘘。」
飛雷神の術でその場から姿を消す。最後に見たのは夕日に照らされる俺の最も愛した人だった。