逢魔が時…。
日が暮れて闇夜が訪れる時。赤と紺が空を占め人恋しくなるのは、なぜだろうか?
その理由は魑魅魍魎に出会う禍々しい時とされているからなのかもしれない。
「私の役目よね、大蛇丸。」
「無理よ。」
木からニョルンと突き出した瘤に殺気を向けながら話しかけるアンコ。その顔色はお世辞にも良いとはいえない。それもそうだろう。アンコにとって…彼もまた大切だった人だから。
彼女は目をギュッと瞑り、迷いを捨て去る。彼を殺すことを決め袖口から出した小刀は果たして放たれることはなかった。舌がアンコの左腕を絡め取る。舌はアンコの握力を奪い、その手から小刀を落とさせる結果にさせる。
しかし、逃がさないという強い意志を持った術が舌の動きを止める。“潜影蛇手”。袖口から蛇を口寄せし、対象を拘束する術だ。アンコはそのまま背負い投げの要領で舌ごと木の瘤を引きずり出す。引きずり出された人影は不敵な笑みを浮かべると、自身の舌を勢いよく元に戻し始めた。
しかし、その先端はアンコがしっかりと握っている。そのため、舌は口に戻らない。その代わりに、その人影の方が引きずられるようにアンコに引き寄せられていく。人影は引きずられた勢いを利用してアンコに当身をするが、大したダメージは与えられなかったようだ。アンコはすぐに人影の手を掴み、その手と自分の手をクナイで木に縫い付ける。
「へっ!つかまえた。大蛇丸、アンタの左手借りるわよ。」
余談ではあるが、術の印は自分の両手で組むのが一般的だ。しかし、実は他人と協力して組むこともできる。相手が自分とは逆の手を使い、印を組み上げ術を発動することで一人当たりのチャクラの消費量を減らすことができる。とは言っても、この方法が取られることはほとんどない。なぜなら、戦闘で使うには、隙が大きいからである。印を組みながらだと、横に伸びた状態で組むことが多くなる。そうすると、敵の攻撃が当たる面が多くなる。その上、熟練のコンビでない限りは自分一人で印を組む方が圧倒的に早い。そのため、この方法が取られるのは、例外以外ではなかなか目にかかれない。
他人と協力して印を組む数少ない例外。それは、戦闘で別々の人間が違う腕を一本ずつ無くした時、それか、相手と自分の両方に効果を及ぼす術を使用する場合のみだ。
「そう…。アナタも私もここで死ぬのよ。“忍法 双蛇相殺の”…」
「フフ…自殺するつもり?」
「!!」
「影分身よ…。」
木に縫い付けられていた影分身が音を出して、その姿を煙へと変える。
「仮にも、お前は里の特別上忍なんだからね…。私の教えた禁術ばかり使っちゃ駄目だろ。」
「今さら…何しに来た…!?」
質問された人影は、剥がれかけていた顔の変装を右手で全て剥ぎ取りながら左手で印を組む。
「久しぶりの再会だというのに…えらく冷たいのね…アンコ。」
顔を顰めるアンコの後ろに瞬身の術で姿を現す。
「こっちはアンタの顔なんかみたくなかったっての!」
「久しぶりね…ヨロイ。」
「ヨロイ!なんでアンタがここに?」
「森の中で他の奴らはどうしてるかなぁと思って遊びでチャクラを感知してみたら、嫌ぁーなチャクラを感じるじゃねぇか。これはチャンスと思って喜び勇んで駆け付けた訳ですよ。」
「チャンス?」
「大蛇丸…。アンタを殺すチャンスだ!」
薄ら笑いを浮かべている大蛇丸様を指差す。
「で、アンタの目的は?」
「…まさか火影様を暗殺でもしに来たっての?」
「いーや、いや!その為にはまだ部下が足りなくて…この里の優秀そうなのにツバつけておこうと思ってね…。そうそう、アンコ。さっき、お前と同じ呪印をプレゼントしてきたところでね。尤も、法術で封印されているみたいだけど…。ヨロイ、あなたかしら?」
「ご名答。」
おもしろくなさそうに見える感じで大蛇丸様に向かって拍手する。
「相変わらず勝手な奴ね、アンタは。まず死ぬわよ、その子。」
「生き残るのは10に1つの確率だけど、お前と同じで死なない方かもしれないしね。」
「えらく気に入ってるのね、その子…。」
「嫉妬してるの?ねぇ…?お前を使い捨てたことまだ根に持ってるんだ、アハ…。」
「!」
「お前と違って優秀そうな子でね…。なんせ、うちは一族の血を引く少年だから…。容姿も美しいし、私の世継ぎになれる器ね。あの子が生きていたとしたら…面白い事になる。くれぐれもこの試験、中断させないでね…。」
大蛇丸様はゆっくりと立ち上がる。準備として影分身の印を組み、もう一人の俺を出す。準備が終わったので、大蛇丸様にアイコンタクトで合図する。合図が通じたのだろう。大蛇丸様は口を開き話し始める。
「さて…ウチの里も3人ほどお世話になってる…。楽しませて貰うわ…。もし、私の愉しみを奪うようなことがあれば…木ノ葉の里は終わりだと思いなさい…。」
「その前にアンタを終わらせるけどな!」
シスイ仕込みの瞬身の術で大蛇丸様の元まで移動し、チャクラを込めた腕を振るう。轟音と共に木の幹が吹き飛ぶが、大蛇丸様には当たらない。地面に降り立った大蛇丸様を木の上から見下ろす。
「そうね…。あなたがどれだけ強くなったか見てあげるわ。来なさい。」
「泣きべそかいても知らねぇよ!」
先程、殴り倒した木が立てる音に負けないように大蛇丸様に向かって声をぶつける。一拍遅れて、俺も地面に向かって降り立つ。アンコは影分身に任せているから大丈夫だと判断し、大蛇丸様にクナイを突き出すがそのクナイは易々と草薙の剣に止められてしまった。
だが、それで終わる俺ではない。クナイをもう一本腰のポーチから取り出し、二本のクナイで大蛇丸様を切り裂こうと下から上へと振り上げる。そのクナイは大蛇丸様の頬を切り裂き、傷を付ける。
「なかなかやるじゃない。」
「そういうアンタは弱くなったんじゃないのか?」
クナイを構えなおすと、後ろからアンコが叫んだ。
「待て、ヨロイ!私も…私も闘う!」
「無理だ。お前でも、大蛇丸相手じゃキツイ。」
影分身がアンコの肩を掴む。
そして、本体である俺は大蛇丸様にクナイを振り下ろす。が、草薙の剣で防がれ鍔迫り合いの状態に持ち込まれる。
「あら、本当に私を殺すつもりなの?」
「アンコをここから連れ出すまでそういった話は止めましょうよ。」
「そんなに心配しないでもいいわよ。どうせあの子が気付く訳ないんだし。」
後ろから聞こえていたアンコと俺の影分身体の声が聞こえなくなった。影分身体がアンコを連れて飛雷神の術で飛んだ証拠だ。
大蛇丸様との鍔迫り合いを解き、少し距離を置く。
「あぁあ~!」
ガリガリと頭を掻きながら、息を大きく吐く。
「やっぱ、シリアスは似合わねぇッスわ。」
「そうね、見ていて滑稽だったわ。」
そう言って、フフフと含み笑いをする大蛇丸様。これまでの大蛇丸様と対立したセリフなどは全て演技だ。大蛇丸様が里抜けしてから、俺は大蛇丸様を見張るようダンゾウ様に言いつけられ、更に、大蛇丸様からは木ノ葉の情報を集めるように言いつけられていた。俗に言う二重スパイってやつだ。
大蛇丸様に話しかけながら懐に手を入れる。
「こんな滑稽な事、大蛇丸様がここまで大胆に動かなかったらしなくてもよかったんですけどね。…これ、どうぞ。つーか、意味ないですけど。」
先程、カブトから受け取ったパッチテストの結果を木に寄り掛かっている大蛇丸様に渡す。
アンコとの会話を聞く限りは、大蛇丸様はサスケにもう接触したらしい。この報告はサスケの呪印について、安全かそうじゃないかのことだから呪印を与えた後は意味がないって訳だ。せっかくカブトがしてくれたのに。
「あら、パッチテストね。」
「そうです。…サスケはどうでした?先程の会話ではその場で死んだってことはなかったように思いましたけど…。」
「ええ、大丈夫よ。私の長年の経験から導き出される勘を信用しなさい。…あの子は呪印をこれまでのどの実験体よりも使いこなすことができるわ。」
「そうなればいいですけどね…。強くなったサスケに足元は掬われない様にしてくださいよ。」
「うちはのひよっこに私が負ける訳ないじゃない。とは言っても、かなりの資質を秘めているのは事実ね。あの子が厄介な存在になる前に体を頂かないとねェ。」
「…。」
長い舌で舌舐めずりをしている変態が目の前に居た。
『おまわりさん、ホモヤローがここにいます!』って叫びたかったが、もしそんなことをいったら蛇を首に巻き付けられる結果になるので今回は何も言わずに冷たい目で大蛇丸様を見ていたら、大蛇丸様は突然話の流れを変える。
「そういえば、“砂”の方には伝えたかしら?」
「いえ、まだですが第二の試験終了後にバキさんに計画書を渡す予定です。それと“音”だけの計画書を三代目に流す予定です。」
「順調ということね。」
「はい。」
大蛇丸様が黙ると途端に静かになった。しばらくして口を開く大蛇丸様の声はいつもと変わらなかった。
「“木ノ葉”を潰すわよ。そして、私は…全てを手に入れる!」
「あー、まぁ、ガンバレ?」
厨二病全開の大蛇丸様にかける言葉は特に思いつかなかったから適当に流したらむっちゃ睨まれた。怖い。
「さーません。そんな目で睨まれると足がガタガタ震えてこれからに差し支えるんで睨まないで頂けると助かるんですが…。あ、まだちょっと顔怖いですね、さーません。さっきの顔でいいです、あ、そうそう、もう少し目尻を下げて…もう少し。オーライ、ライ、ライ。…ダメですね、全然下がらない。」
「人の顔で遊ぶのはやめなさい、殺すわよ。」
「さーません、つい。それと…。」
右手に作った対立の印を大蛇丸様に向ける。
「俺が“音”のスパイってバレないように少し闘っていただけますか?このまま何もしてなかったらアンコに疑われるかもしれないんで。」
「それもそうね。フフフ、私も久しぶりにあなたと闘ってみたかったのもあるし。…さぁ、来なさい。」
大蛇丸様も対立の印を組む。瞬きをすると、目の前に銀色の刀身が見えた。チャクラで強化した腹筋と背筋を使い、上体を後ろに凄い勢いで逸らす。
「Trinity! Help!」
トリニティーはいないけどマトリックス避けをしたら、このセリフを言いたくなるのはお約束だからだろう。地面に頭がつくギリギリで体を止め、前に目線を戻すと大蛇丸様が草薙の剣を大きく振り上げていた。チャクラの鎧を纏い、背中から手の形に形態変化させたチャクラの鎧を地面に埋め込む。大蛇丸様の剣が俺の体に振り下ろされるのはそれと同時だった。チャクラの鎧は斬撃を阻む。
「大蛇丸様ぁ~。対立の印組んでから攻撃に移るまでが早いッスよ、早漏ですか?」
「そんな訳ないじゃない。今の私の体を忘れたの?」
そうだった、今の大蛇丸様の体は女だったわ。てか、『私の体を忘れたの?』ってアンコに聞かれたら誤解されそうな表現を使わないで欲しい。俺を得意げな顔で見下ろす大蛇丸様に物凄くイラッとしたので、地面に潜り込ませて置いた手の形をしたチャクラの鎧を大蛇丸様に向かって突き上げさせる。しかし、流石は大蛇丸様だ。バックステップで軽く避けられる。
上体を起こし、大蛇丸様を正面に映す。スナップを効かして右手を振ると、掌に黒刀が現れる。口寄せの術、特に潜影蛇手の応用だ。チャクラを込めて予め設定していた動きをすると、契約した武器を時空間から呼び寄せる術式を組んでいる。黒刀を構え、大蛇丸様に向かって駆け出す。
大蛇丸様に向かって黒刀を振ると、それに合わせて弾かれる。刀の技術は一級品だな、やっぱ。チャクラを腕に集めて力で押してみるか。
力一杯切り上げると、大蛇丸様ごと宙に浮かせることができた。刀を体の前に出したまま大蛇丸様に向かって当身をし、木に向かってそのまま押し当てるが大蛇丸様の体勢は崩れない。それどころか、左腕を俺に向けてくる。…マズイな。気配を感じる。
刀から左手を離し、腰のポーチから飛雷神の術のマーキングが付いたクナイを取り出し、上に放り投げクナイの場所に飛雷神で飛ぶ。飛んだ瞬間、それまで俺がいた場所を大量の蛇が通り抜ける。
もう一本、マーキング付きクナイを取り出し大蛇丸様に向かって投げるが、大蛇丸様はクナイの進行方向から体をずらす。クナイはもう当たらないが、クナイを当てるためだけに投げた訳じゃない。俺の左手にチャクラの渦が回り始める。
「飛雷神 二ノ段!?」
「甘いわよ。」
大蛇丸様の横を通り過ぎる瞬間のクナイに飛んで、左手に作った螺旋丸を大蛇丸様にぶち当てようとしたが、左手を大蛇丸様に抑えられ当てることはできなかった。
「…さーません。」
そう言い残し、大蛇丸様の左手から出てきた蛇を避ける時に使ったマーキング付きのクナイの元に飛ぶ。自由落下で頭上から落ちてきたそのクナイの位置はちょうど大蛇丸様の後ろだ。
「飛雷神 三ノ段!」
「!!」
黒刀を横一文字に振る。黒刀は抵抗なく大蛇丸様の体を切り離し、大蛇丸様の体を腰から上下に泣き別れにする。二つに分かれて、そのまま地面に落下していく大蛇丸様の体を追い俺も地面に降りる。
「大蛇丸様。やっぱり弱くなりました?」
「…あなたも気づいているでしょう?早く終わらせなければならなくなった理由に。」
切った所から蛇が生えてグジュグジュ言いながら元に戻っている途中の大蛇丸様を気持ち悪いなあと思いながら受け答えをする。数秒も経たずに体を直してみせた大蛇丸様はやっぱり人外だと再確認する。
「もう時間切れっぽいですね。じゃ、このままの方向に大突破で吹き飛ばしお願いします。」
「ええ。ヨロイ、それじゃあ第二の試験が終わった後に会いましょう。」
「ういっす。」
チャクラの鎧を纏った後、大蛇丸様の風遁 大突破が俺の体を吹き飛ばす。何百メートル吹き飛ばされただろうか?体勢を立て直し、地面に降り立つ。チャクラの鎧を解き、辺りを見渡す。大蛇丸様、ちょっとやり過ぎじゃない?
吹き飛ばされてきた方向の木は全て薙ぎ倒されている。まるで、子どもの時にガイと見に行った怪獣映画のワンシーンの様だ。
昔のことを思い浮かべていると、後ろから声が掛けられた。
「ヨロイ、無事か!?」
「ええ、大した怪我はありません。…先輩、すみません。大蛇丸を捕まえられませんでした。」
「な!?奴がこの里に?」
暗部の仮面を被った忍が話しかけてきた。アンコが大蛇丸様のことに気づいたと同時に応援を呼んでいた小隊だろう。この小隊のチャクラが俺と大蛇丸様が闘っている所に近づいていたため、さっさとトンズラしなくちゃならなかった訳だ。大蛇丸様でも暗部二人を同時に相手にするのは骨が折れるだろうし、俺が下手を打つ可能性もある。その可能性を潰すために姿を消したのはいい一手と言える。
暗部の人に顔を向け、彼の質問に答える。
「ええ、間違いなく大蛇丸です。三代目には影分身でアンコと共に報告しています。…先輩、この中忍試験はこのまま続行でお願いします。」
「…そうしかないな。大蛇丸のいう通りにするのは癪だが、奴は何をしてくるかわからん。奴が中忍試験の続行を望むなら下手に荒立てないほうがいいな。」
「俺たちも一応、三代目様に報告してくる。ヨロイ、お前はこのまま中忍試験を続けろ。そして、受験者たちに大蛇丸が何かしないかどうか見張って置け。」
「了解です。」
「頼んだぞ。」
そう言って、瞬身の術で姿を消す先輩たち。
彼らを見送って、そっと笑みを浮かべる。
あかんわ、君ら完全に大蛇丸様の“力”を履き違えてるわ。
大蛇丸様が怖いんは多くの強力な術を遣えるからやない、術を多く持ってるんは恐ろしい能力やけどそれ一つやったら殺されても従わへん奴は山ほどおる。 あのデタラメな血継限界の一族らがそれぞれの思惑あれど一つの集団として形を成し得たんは、ただひとつ。強いからや。大蛇丸様の全ての能力が他の誰とも掛け離れてるからや。
“術に用心する”?あかん不用心や。“他の全てに用心する”?あかんまだ不用心や。空が落ちるとか大地が裂けるとか君らの知恵を総動員してあらゆる不運に用心しても大蛇丸様の能力はその用心の遥か上や。
暗部が大蛇丸様をどうこうしようが意味がない。それができるのはこの里でただ一人。
「三代目火影。あなたの手腕にかかってきますよ。」