六道仙人モードで纏っていたチャクラの衣が解けて消えていく。
「戦闘が始まって963時間と24分38秒。粘ったな、赤銅ヨロイ。」
息が……できない。吸っても喉で止まるような気がする。だが、あと一人と黒ゼツだけだろう。そして、その一人を切る覚悟もしている。
連合の侍から奪った刀を地面に突き立て、杖のようにしてフラフラと立ち上がる。まだ、あと少し命のストックもあるし、何か間違いがあっても間違いなく勝てる。
「……勝ったと思ったか?」
目を見開く。
黒ゼツの声で意識がはっきりした。
「はッぁ、ふう……どういう意味だ?」
「理解していない、いや、理解したくないのだろう。」
そう言って、黒ゼツは右の掌を怠慢な動きで天に向ける。
「オレは始めにこう言った。」
嫌味な声で奴は俺に絶望を突き付ける。
「『正確ニハ、イクツモノ精神ガ混在シタ空間ダ。ソシテ、オ前ノ敵デアル世界ダ』と。」
「ハ……ハハ。」
「分かったようだな。お前の敵は……“世界”だ。」
黒ゼツの体から出てくる人間たち。忍連合軍の忍には入っていない滝や草などマイナーな隠れ里の忍たち、実力が足りず連合軍に召集されなかった下忍たち、賞金稼ぎを生業にしていると思われる荒くれものたち、そして、俺たち忍連合軍が守るべき存在である民間人たち。
どんどん黒ゼツから湧き出てくる絶望。思わず、視線を下に落とす。
……これは?
ゆらりと外の様子が映っていた。
涙を流しながら、声を荒げながら、黄色のシルエットが舞う。
……そうだよな。
何も上手くいかなくて欲しいものが手の中からすり抜けていつまで経っても幸運はやって来なくて膝をついて頭を抱えて涙を流して喉が枯れるまで叫んで頼れる人もいなくて嫌だと感情を吐き出して誰にも認められなくて他の人と比べて自分は劣っていると思い知って産まれた時の才能がないと自分を嫌いになって未来なんか高が知れているって自己完結して暗い部屋の中で孤独を味わって無い物ねだりの夢想に飛び込んで現実を省みなくて夢なんかやっぱり叶わなくて諦めて投げ遣りになって周りの物をぐしゃぐしゃにして辛酸の中に身を浸して好きだったものが下らない理由で嫌いになって他人との距離が上手く取れなくて誰かに騙されて信じていた人に裏切られて裏切って信じてくれる人もいなくて誰一人として自分のことを理解してくれる人なんていなくて自分以外の誰かに認めて欲しいと爪が剥がれるぐらい足掻いて壁にぶち当たって体が悲鳴を上げるほど頑張っても慢心に足を取られて結果が出なくて何故できないんだと怒鳴られて近くの出来る人間と比べられて自分自身の評価と周りの評価のギャップに納得いかなくて嫌な言葉に耳を塞いで聞こえないと自分を誤魔化して忘れようとしても忘れられなくてふとした時に失敗した時の光景を思い出してしまって自己嫌悪に陥って期待してくれた人の期待に応えられなくて託されたものを守り切れなくて頭の中がグルグルして眠れなくて無気力に溺れてやりたくないことを無理やりさせられて誰かの命を奪って手を血に染めて友達が死ぬ所を目の前で見て、そして、強がって自分は大丈夫だと言い聞かせてきた感情が全て剥がれ落ちて絶望が襲ってきても。
それでも……それでも!
「何一つ諦めて生きていくつもりはない……俺の忍道だ!」
自分に喝を入れる。目の前がはっきりした。足に力を入れて、走り出す。
「アァアアアアッ!」
刀を地面から引き抜いて黒ゼツへと向かう。その間に襲い掛かってくる人間を切り捨てる。飛んでくる刃物に傷を付けられ、目の前が赤くなるが歩みを止めない。
突然、後頭部に衝撃が走る。地面に倒れ込むと背中から腹に向けて何本もの刀が差し込まれた。視界が黒に染まり、体の傷が癒える。精神は摩耗して、もうチャクラを練ることもできないがスタミナは回復した。地獄道の閻魔の口の中から飛び出しながら、先ほどまで体に刺さっていた刀を振り回し幾人もの人間を切る。
倒れ込むほどに角度をつけ刀を振り、一転、上に切り上げる。俺の両側から血が飛び散るのと同時に刀が折れた。折れた刀を手の中で回転させ逆刃に持ち変える。倒れていく人間の間を駆け抜け、跳び上がりながら体を回転させて数人を切りつける。背中に鋭い痛みが走った。切りつけられた背中から血が流れる。すばやく前に出て、後ろは見ずに手に持った折れた刀を牽制のために投げつけた。しかし、バランスが崩れた体は地面へと落ちていく。そして、出来た大きな隙を逃さず、幾人もの人間が俺に向かって思い思いの武器を振りかぶる。
諦めねェ…。
手を地面につき、そのまま縦に体を回転させる。上に上がった踵が前にいた二人の顔を捕らえた。両手を地面から離し、体の前に交差させる。凶刃と共に俺の体は地面に叩きつけられた。俺の体に迫っていた刃は腕の骨で止まり致命傷を防ぐ。体を回転させ、刃から抜け出すと、右手が地面に落ちた。
切り落とされなかった左手を使い、体を起こす。横から差し込まれた槍を掴んで引き寄せて、槍を持っている者に頭突きを喰らわせる。槍を得た。しかし、少し時間が足りなかった。背中から胸に銀色が抜けた。視界がまた黒に包まれ、体に刺さった刀が抜かれる。抜かれて宙に浮かんでいた刀を再生した右手で掴み、左手に持つ槍と共に閻魔の口の中から戦場に再び繰り出す。
殺し殺され、また殺し。
だが、少しずつ道は開けてくる。血が飛び散り、動きを止めた身体は空に還っていく。いくつものチャクラを還し、命を消費していく。
ただ、前へ。
それだけを胸に人波を避け、裂き、弾き、進んでいくと黒い人影が見えた。目の前に両手に持つ刀を投げつけ、目の前の二人に突き立てる。倒れていく二人の内、一人の胸から刀を抜き取り、体を回転させて周りの人たちを切り裂く。
血飛沫の中、地面を蹴り前へと進む。目の前の人間の首を切りつけ、できた俺の隙を狙って振るわれた刀を避けるが、横から投げられたナイフは避けきれず、それは右肩に深く刺さった。刀が右手から離れる。体が止まった俺を見て、周りの人間がすぐさまスペースを詰めようとする。
「ラアァ!」
左肩を使った当て身でスペースを無理矢理作り、体を滑り込ませる。黒ゼツまで……あと2m。
やっとだ。やっと黒ゼツを捕らえた。
「クッ!」
動かない右腕に刺さった小刀を引き抜き、中腰に構えて距離を詰める。あと1歩に迫った瞬間、黒ゼツの体が膨らんだ。
「ああ。」
覚悟はしていた。していたハズだった。俺が奴に攻撃を仕掛けようとするタイミングで間違いなく使ってくると踏んでいた。そして、その予想は見事に当たった。
なのに……。
なのに、何故、動けない?
///
二人で空を見上げる。
「私はさ。空が好きなんだ。」
分かるよ。
「春の霧に包まれた朝焼けとか夏の突き抜けるような青空とか秋の何となく寂しくなる夕暮れとか冬の星がたくさんの夜空とか。」
彼女は俺を見る。
「けど、そんなキレイな景色もアンタがいないと色褪せちゃうんだよね。」
へ?……なんか照れるな。
「アンタに加えて団子があれば、もう完璧。」
彼女は指を唇に当てて小首をワザとらしく傾げる。負けたよ。団子を買ってあげましょう。
「好き。」
俺の方が好きだし。
「私は大好きだし。」
俺はもっと大好きだし。
「私はもっともっと大好きだし。」
“もっと”って二つ使うのはズルくない?
「じゃあ、何て言えばいいの?」
“これ以上ないほど大好き”とか?
「これ以上ないほど大好き。」
ちょっと待って。
「ヨロイの番。」
あー、えーっと“なぜなら……お前は生きている?”
「何それ?」
ポーンって出てきた。
「フーン……ま!私の勝ちってことで。」
湯呑を傾ける。
「映画、おもしろかった。」
そりゃ、よかった。
「何?おもしろくなかった?」
物語はハッピーエンドじゃないとスッキリしないんだよ。
「分かってないな。主人公は死ぬ時、笑ってたし。ハッピーエンドだよ。それじゃ、ダメなの?」
悪くないけど、好きとは言えない。恋人を残して死ぬなんて俺は絶対、嫌だね。
「それはそうだけど……そうだ!」
彼女は身を乗り出して俺に顔を近づけて、両手で俺の右手を包んだ。
「じゃあ、約束。アンタとずっといっしょにいる。」
眩しくて思わず目を閉じてしまうような笑顔で、彼女は俺の右手の小指に自分の右手の小指を絡めた。
///
閉じた目を細く開く。
彼女が持つクナイが俺の腹に突き刺さり、力が抜けた俺の左手からナイフは何も傷つけず飛び出し、俺の手の届かない所に落ちて軽い音を立てる。
彼女が身を引くと俺の腹から血が噴き出し、足元に血溜りを広げていく。景色が変わる。黒しか見えない。全身に強い衝撃を受ける。だが、痛みは分からない。ただ、自分が地面に伏しているということは分かった。
ふと、気づいた。
このまま、俺は死ぬのか?
目を動かし、俺を刺した女を見る。
――なぁ、泣くなよ。いや、泣けるのかよ。
チャクラだけで操られているのに感情があるんだ。
――言葉は伝わるのかな?
彼女は何も言わずに俺を見下ろす。
――大好きだよ、アンコ。
視線を合わせた後、俺は両目を閉じる。
「終わったな。」
黒ゼツの宣言と共に周りの気配が急速に消えていく。
「もう命のストックもないようだな。戦争に入ってから悉く邪魔されたが、これでもう邪魔者はナルトとサスケだけ。……長かった。ここまで長かった。やっと、今から再び母の時代が始まるのだ!」
黒ゼツの得意げな声が聞こえなくなった。その代わりに水を撒き散らしたような音が聞こえた。
「なッ…何ッだ、これは?」
地面に黒ゼツが倒れ込んだのであろう衝撃を感じた。
「ヨロッイ!お前か!?お前が!?一体、どうやってッ!?」
クナイが空を切る音と何かを切った音が響く。そして、何かがゴロンと地面に転がる音も。
黒ゼツ。俺はこう言っていただろ。
『何一つ諦めて生きていくつもりはない。これが俺の忍道だ!』って。
口を開こうとしたがスタミナが最後に使った第三の目に持っていかれていた。もう指一つ動かせない。666〜サタン〜のつばめやメイがポンポン使っていたから、そんなにキツクないと思っていたんだけどな。万物創造の術でチャクラを取られ、更に、使う時にもスタミナの消費を伴うこの第三の目。
プログラムを物質に注入して思い通りに動かす能力を持つ。生物以外しか使えないが、チャクラという物質には使うことができた。忍術に使うことができるのは確認済みだったが、チャクラそのものにも効果があることが証明された。
意識が朦朧として動かない俺の体は持ち上げられうつ伏せだった体が仰向けにさせられる。体の感覚がなくなっていく中、唇に触れた感覚だけははっきりとしていた。
ハハ、そこまでは第三の目でプログラミングしていないんだけどな。体に力が入るようになっていく。
体を起こし彼女を抱き寄せる。
「何度も……約束破ってごめん。」
腕の中でアンコが微笑んだ気がした。アンコの体が青い光に包まれ、俺の体の中へと融けていく。アンコから貰ったチャクラで体の状態は安定した。そして、敵はもういない。
白くなっていく精神世界。黒ゼツがいなくなったことで俺の支配下に置くことができた。
上を見上げ、息を整えて、両手を床へと当てる。
瞬間、莫大な情報が流れ込んできた。情報の海に飛び込む。
「ジョーカーは2枚だけじゃなかったんだな。」
外の光景に一つ頷く。
「これでラストだ。」
頭から床に飛び込み、白い空間を通り抜ける。
+++
景色が変わった。岩が宙に浮いている光景が目に入る。頭から地面に落ちていく体に天道の力を作用させて宙を飛び、足から荒野に降り立つ。降り立った地点には4人の姿があった。
「ヨロイ!」
「よくやってくれた、カカシ。」
カカシからナルトたちへと視線を移す。
「そして、ナルト、サスケ、サクラ。全世界を代表して言葉を述べさせてもらう。ありがとう。」
「ヨロイの兄ちゃん?」
「……お別れだ。」
「どういうことだってばよ!?」
「分かっているだろ?人柱力は尾獣を抜かれたら死ぬ。」
「けど……オレは生きてるし、ヨロイの兄ちゃんも!?」
ナルトの頭を撫でると、ナルトは口を閉じ、涙を堪えた表情でオレを見上げる。
「大きく、なったな。」
「うん。」
「お前と初めて会った時からもう10年か。」
「うん。オレってばヨロイの兄ちゃんと会ってなかったら里を飛び出してたかもしんねェ。ヨロイの兄ちゃんと会えたから、オレってば今までやってこれた。」
「そんなことねェよ。」
「?」
「俺の知っているお前は不器用で頑張り屋で、それで、夢を決して曲げない忍だ。お前は俺がいなくてもしっかりやっていたハズだ。そして、これからも。だろ?ナルト?」
「うん…うん。」
ナルトの頭から手を離し、次はサスケの頭に手を置く。
「思えば、お前とはこの中でカカシの次に長い付き合いだな。」
無言でサスケは撫でられ続けている。
「サスケ。お前は愛情深い奴だ。けど、それが独りよがりだと女に嫌われるぞ。もっと相手が欲しがる言葉とかを掛けてやれ。顔はいいんだから勿体ない。」
「うるせェ。」
「先輩のアドバイスは聞いておくもんだ。意外に役に立つぞ。あとな、ライバルとはぶつかり合え。自分の意見を真っ向から言え。そして、相手の意見も真っ向から受け止めろ。」
「ああ。お前に言われなくてもそのつもりだ。」
サスケに微笑んで、サクラに顔を向ける。
「サクラ。よくやった、本当によくやった。」
「え?あ、はい!」
「兄弟子として俺も鼻が高いよ。」
「そう言えば、綱手様の弟子って…。」
「ああ。お前は綱手様に似て強いくノ一になって世界を救った。それも、六道仙人の力を持たない一人の人間が。この中で一番誇れるぞ。」
「でも、私はナルトやサスケくんと比べて何も…!?」
サクラの頬を引っ張る。
「ひひゃい!」
「誇れっつってんだ。」
サクラの頬から手を離すと、サクラは目を白黒させていた。
「お前はいい忍だ。そして、いい女だ。ここまで、一途に一人の人間を想い続けることができる奴はほとんどいない。そして、それが世界を救った立役者だ。ナルトやサスケほどの活躍じゃなくても、それでも、お前がいたからこそカグヤに勝てた。だろ?」
「そう……ですね。ありがとうございます。」
そう言って、サクラは名前の如く綺麗な笑顔を見せた。
「カカシ。」
「全く。オレが“部下”に言いたかったことをほとんど言っちゃって。」
「悪ィ。」
「だから、オレは“仲間”のお前に言おうと思う。……世界を救ってくれてありがとう。」
「どういたしまして。」
笑い合う俺とカカシ。それだけで十分だった。
「それじゃ、そろそろ元の世界に送るぞ。」
パンッと掌を合わせる。
最後に四人を見遣り、術を発動させる。
「畜生道 逆口寄せの術。」
四人と九体の尾獣たちを見送り、踵を返す。……痛いな。胸に手を置き、一旦、息を整える。覚悟していたとはいえ、するとなると少し怖い。
頭を振って、気持ちを切り替える。地面に大の字に寝転がり視界にカグヤの封印石を収める。
「アメノウズメ。」
視界の中心から白色が広がっていく。その白はカグヤの封印石を飲み込み、更に広範囲へと広がっていく。
視界が、いや、世界が白へと、何もない白紙の状態へと戻っていく光景を見つめる俺の頭上から声が降りてきた。
「ヨロイ。」
「爺さんか。……ハハハ。何だよ、この下手な二次創作の終わり方は?」
六道仙人その人がいた。彼は体を横たえている俺の横に腰掛ける。
「済まぬな。お主にこのような…」
「気にするな。キツかったけど、その分、楽しめたし。充分だ。うん、充分だよ。」
「…死亡フラグ満載の爆心地な地雷原を裸で突っ切らせて。」
「あ、まだ根に持ってるんだ。」
爺さんは口を閉じ、優しい表情を浮かべた。爺さんの表情に釣られて、俺の表情も同じようなものに変わる。
「なぁ、爺さん。」
「何だ?」
「俺がやってきたことに意味はあったのかな?俺がいなくても世界はナルトが救ったんじゃないか?」
「大筋は変わらんだろう。世界は救われる。お主のいうハッピーエンドが決まっていたのやも知れん。だが…」
「うん?」
「…ワシを含めてお主に救われた者はたくさんいる。」
「そうか。」
「そうじゃ。」
全てが白に染まっていく。俺の体も例外には入らず、カグヤが作り出した世界と共に消えていき、残されたのは繋ぐ力、チャクラだけだった。
「それでは、案内しよう。」
「どこに?」
「
ああ……それは素晴らしい。
最期に笑顔が零れ、俺という存在は完全にこの世界から消失した。
第三部 完