泣き虫提督と水面に立つ小さな波   作:鈴索

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6話 いざ1-1!

「……作戦の内容はちゃんと覚えたか?」

「バッチリです」

「迷ったりしないか?まっすぐ帰って来られるな?」

「抜かりはないよ」

「怪我に気を付けるんだぞ」

「分かってます」

「他にも、何か緊急事態が起こったらすぐ……「あー、もう、うるせーっ!何回同じこと注意してると思ってるんですかっ」

「だが……」

 連日の晴天とは打って変わった、重苦しい雲の立ち込める今日。

 漣と響は初の実戦に出るのであった。

 提督は日が悪いだとか戦備が整ってないだとか、何かと理由をつけて出撃を延ばそうとしたが二人の頑な希望もあって渋々承諾したのだが、今になって、持ち前らしき心配性で以て彼女達の出発を遅らせていた。

「提督」

 ふと彼の背中に声が掛かる。後ろを振り向くと、見かねた大淀が立っていた。

「待つこともあなたのお仕事です。彼女たちを信じてください」

 少々険しい顔で諫める大淀に、提督も神妙な顔になったかと思うと、海の上にたゆたう少女達に向き直った。

「その、すまなかった」

「分かってくれれば良いんです」

「危険があればすぐに帰って来る。だから、大丈夫だよ」

「……分かった」

 彼の言葉を皮切りに、主機が駆動を始めた。

 徐々に前進し、海原へと向かっていく。

「それじゃあ……」

 二人は顔を見合わせて、波止場に立つ提督と大淀を振り返って、手を振った。

「いってきます」「いってくる」

 彼女らの元気な姿に、彼は何か口をぱくぱくとさせて漸く声を発した。

「いってらっしゃい」

 提督と大淀も手を振り返して、二人の初陣を見送った。

「……はぁ」

 やがて姿が見えなくなるとがっくりと肩を落とした提督に、大淀がゆっくり歩み寄る。

「あまり気になさらないでください。艦娘はとっても強いのですから」

「いや、心配なのも確かなんですが、自分のふがいなさが嫌になりまして」

「優しさは自分の弱さではありません。その気持ちはどうかお忘れにならぬよう」

「はい……」

 まだしょぼくれている提督を何とか励まそうと大淀は思考を巡らせ、ある考えを思い付いた。

「て、適材適所、というものですよ。それぞれがなせることをしているだけです」

「そういうものかな」

「そういうものです。さ、冷えますから鎮守府へ戻りましょう?」

 釈然としない何かを抱えながら、提督は大淀に促されて踵を返すのであった。

(なら、俺は……?)

 

 〇

 

 青一辺倒の海の上を、漣と響は波飛沫を立てて進んでいた。

 そこは鎮守府近海と銘打たれた海域であったが、母港は既に振り返れども見えない。

「私は、右舷と前方を見張るから、響ちゃんは……」

「左舷と後方、だね?」

「そういうこと」

 意思疎通の問題なさも確認して、満足げに漣は向き直った。

 というわけで、二人が敵艦の発見に努めてかれこれ数時間。

 艦載機や電波探知機があれば最善だが、生憎二人はそんな装備を持ち合わせていない。

 流石に長時間の目視による索敵とは疲れるもので。

「ねぇ、漣」

  なんとなく退屈を感じ始めた頃、先に口を開いたのは響だった。

「どしたの?」

  彼女の呼び掛けに即座に漣が振り向くと、

「いや、敵を見つけたというじゃないんだけど……」

 そう、ちょっぴり申し訳なそうに付け加えた。

「司令官の名前って、なんだろう?」

「名前……そういえば、私も知らないや」

 漣は束の間空を見上げた。

 素性の良く分からない(他人のことを言えたものではないが)、冴えない男の顔が浮かび上がる。

「言いそびれたのかな」

「うーん、なにか隠しているような気もするんだよねぇ……まぁ、大した理由じゃなさそうだけど」

 そんなことをぼやいている内に、一面の青に映る小さな黒い点が目に留まった。

「響ちゃん」

「む」

 漣の声で場は緊張を取り戻し、二人は警戒を厳にする。

「前方に駆逐級一隻」

「接近して、一気に叩こうか」

「そうね、最大戦速!」

 二人は縦列で主機の出力を限界ギリギリまで引っ張り深海棲艦に接近する。

 波を掻き分ける音に駆逐ハ級が気付いた頃には、お互い目にハッキリと見える距離まで縮まっていた。

「__!」

 艦というよりは魚、或いは弾丸のような外見。

 その体は墨を被った如く真っ黒で、頭部らしき翠に輝く不気味な一つ目と、ヒトガタの歯揃えから覗く主砲がなんとも異様であった。

 そんな怪物の声に怯むことなく、二人は同航戦を仕掛ける。

「昨日の要領で……」

 漣は自らの12.7cm連装砲をしっかりと握り締め、戦速を二段階ほど落として、駆逐ハ級に向ける。

 響も同様に構え、戦いの火蓋が切って落とされた。

「そこなのね!」

 腹の底に届く重たい音と共に、反動が微かに漣の体を揺らす。大して索敵も行っていなかったハ級は、反撃の準備もろくに出来ぬまま、滑らかな弾道を描く砲弾をもろに食らった。

 ハ級は大破しても尚あがこうと試みたが、

「無駄だね」

 最早ただの的でしかなく、響が容赦なく止めを刺した。

 もうもうと黒煙を吐くそれは、弱々しい呻きを漏らしたのち突如として浮力を失い、海の底へと消えていった。

「駆逐ハ級の撃沈を確認。我が方、損傷無し!」

「今のところ周囲に危険の兆候もない。戦闘終了だ」

「まぁ、ちょっと本気を出せば、凄いでしょ?」

 誰にともなく腕を組んで誇らしげな漣に、響は微笑んで返した。

「その調子で次も行こうか」

「モチ……と、その前に」

 漣がポケットから何やら取り出す。

 金で縁取られたそれは、方角が細かく示されており、赤と銀の指針が震えていた。いわゆる、羅針盤と呼ばれる代物らしいが、

「回して……それっ」

 どうやら用途は違うようで。

 漣が針を指で弾くと指針はルーレットのように勢い良く回り、やがて北東を指してピタリと動きを止めた。

 結果を見て、響は持参した海図と照らし合わせる。

「どうやら、敵本隊の居るルートからは外れたみたいだ」

「ありゃ。まぁ、また今度ってことで。行こっ、響ちゃん」

 響はコクリと頷いて、二人は再び主機の出力を上げ、羅針盤の指す北東へ足を伸ばした。

 

 ○

 

 しばらくまた海上を進む二人。垂れ込めていた暗い雲はいつの間にか退き、遠く晴れ間が覗いていた。

 先ほどの戦闘による高揚感も手伝ってか、二人の表情も出発前より明るい。たといどんなに小さくとも、戦果を上げたことが彼女達を喜ばせたのだ。

 かといって索敵を怠っていたわけではなく、今度は響が敵を発見した。

「居た。左舷、駆逐級二隻。こちらに向かってくる」

「このままだと位置的に不味いので、方向転換!」

「了解」

 二人は主機の出力を調整して旋回し、敵のはぐれ部隊へと向かって 前進する。

 距離の差はじわじわと縮まり、お互いがその姿をはっきり見てとれた。反航戦だ。

「てぇっ!」

 漣が先制して砲を放った。弧を描く二連の弾が、軌道上の駆逐イ級に見事に命中した。

 しかもどうやら急所であったらしく、イ級はそのままおぞましい叫びを残して海底に消えた。

「___」

 負けじと今度はロ級が発砲した。人間めいた歯列ががばと開き、黒々と煌めく砲門が火を噴く。

「回避ーっ!」

 二人は回避行動である之字運動で以て、直撃を免れた。

 が、砲弾が水面に着弾した際に鉄片が跳ね、響の展開する装甲板を削った。

「っ」

 お返しとばかりに、響は砲を突き出して発射する。

 曳光弾が次々と付近に弾着し、衝撃でロ級は中破まで追い込まれた。

「魚雷よーい、発射!」

 漣の掛け声に合わせて、腿に装着したホルダーが回転し、ロックが外れた魚雷が水面に滑り落ちていく。響の両脇に備えた魚雷も同様に、海へ飛び込んでいった。

 計十二発の海中を突き進む槍は完全にロ級の行く手を阻み、完全にその運命は断たれた。

「やたっ」

 魚雷の命中と敵の撃沈に、漣は思わず拳を握った。

 砲戦は演習の経験があったが、魚雷の扱いは初めてだったのだ。

「ボクたちの、勝利だ」

 響も初陣の結果に満足げに呟く。

 もう暗雲は過ぎ去り、澄んだ青空が二人を見守っていた。

  しばし余韻に浸ったあと、彼女は気を取り直して海図を確認する。

「……これ以上の進撃は、作戦海域の離脱になってしまうね」

「ご主人様じゃないけど、無理は禁物。ってことで、今日は鎮守府に帰ろっか」

「うん。彼にも一言、言ってやらなければ」

「むふふ、そのとーりっ」

 響の言葉に漣も嬉しげに頷いて、二人は母港への道を辿るのであった。


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