少々波も荒立つ雲の多い晴れの日に、響と漣は工廠の一区画に居た。
提督から正式な海域攻略を始める前に砲戦演習を行うよう通達されたのである。
彼の、工廠に何かしらの訓練用具があるだろうという判断で、二人は工廠に向かい明石に問い合わせたところ、
「提督さんが視察に来たとき、片付けちゃって……なんなら新しく作ろっか?」
「いえいえ、場所さえ分かれば大丈夫です」
「そう?じゃあ、その場所なんだけど……」
そう言って示された場所が、今彼女達の立つ、倉庫と記された控えめに表してもゴミの山だった。
○
「しかし……」
「多いね……」
二人は各々溜め息を吐いた。
いくつも積み上がり山脈を築いている雑多なガラクタ群に、気が滅入るのも無理はない。時折、作業場の衝撃でポロポロとペンギンめいた謎のぬいぐるみが落っこちて、どことなく虚ろな目で闖入者を見つめた。
「やっぱり、明石さんに頼もうか?」
響が傍らの漣に訊ねるが、彼女は首を振った。
「一度断った手前とても頼みづらいから、とにかく探してみよ。多分すぐ見つかる……ハズ」
そう言うと、乱雑に片された山の一つに早速手を掛けた。
ダンボールやその中身を少しずつ取り除く作業に、響も無言で頷いて手伝い始める。
果たして数分後、漣が歓声を上げた。
「…あっ、あったよ、響ちゃん!」
「本当かい?」
廃棄物の山から顔を上げた響は、ぬいぐるみやら何やらを掻き分けて彼女の元に辿り着く。
見ると、山の底に埋まっていたそれは数体の標的板だった。
海で使用するためか目立つ色の浮標がくっついている。
「これで演習できるね」
「うん。早く艤装を着けて、海に出よっ」
二人は浮き足立つ気分で、営舎に置いた装備を取りに行くのであった。
○
鎮守府から離れて程なくした海上。
ゆらりゆらりと揺れる波に乗りながら、艤装を装着し終えた漣と響が、それぞれ一体ずつ標的板を脇に抱え主機を噴かしていた。
「ここら辺に浮かせようか。あまり遠いと、流されてしまうだろうし」
「おっけー」
それぞれが適当な間隔を空けて、海上に標的板を設置する。
深海棲艦を模したらしいそのハリボテは、心もとなげに揺らめいた。
流されないか慎重に見張りつつある程度距離を取り、いざ準備は整った。
首に提げた自分の12.7cm連装砲の把手を握って青眼に構え、左手は上部に添える。
そして、狙いを合わせようとしたほんの一瞬、眩暈のように視界がぐらついた。
「 っ!」
誤射しては大変なので、漣は慌てて武器を下ろし酔いを覚ますように頭を振った。
そんな彼女の様子を案じてか、響が漣の顔を覗き込む。
「大丈夫?」
「うん。へーき」
「なら、良かった」
響は彼女が無事であることを見届けてから、自らの標的に向き直った。
「……」
先の眩みのあと、再び顔を上げた漣の心にふと妙な疑問が沸いた。
どうでもいいような、どうでもよくないような、そんなおぼろ気な何か。
「……ねぇ、響ちゃん」
「何だい?」
邪険にするでもなく、しかし視線は標的との距離を予測したまま、響は返事をする。
「響ちゃんはどんな風に、
「そうだね……」
落ち着いて息を整え、右肩にマウントされた12.7cm連装砲で狙うために前傾して、
「誰かに呼ばれた気がした、かな。何を言ってたかは覚えてないけど」
「あとは、自分が゛響゛として生まれた。それだけさ」
「そっか……」
瞬間、腹の底に重く響く爆音が轟き、髪が逆巻く程の衝撃波が起こった。
執務室で足の爪を切っていた提督は、驚いて姿勢を崩して小指を机にぶつけ、痛みの余り涙をこぼした。
その音の正体である、響が放った実弾は見事に的に弾着し、言わずもがな板は粉々に砕け散って海の藻屑と化した。
仰天して思考が真っ白になった漣を他所に、響は煙を上げる自分の砲をちらと見て、言った。
「……弾薬を間違えてしまったみたいだ。取り替えて来る」
冷静なのか天然なのか。
空色の髪の不思議な少女の後ろ姿を、漣はあんぐりと口を開けたまま見送るのであった。