暗殺教室─私の進む道─   作:0波音0

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今回、閲覧注意です。


終わりの時間・2時間目

渚side

……ずっと、僕等の側で守ってきたつもりだったアミサちゃんが、これまでに何度も僕等を助けてくれた《(イン)》の正体だった。驚きと、どこか彼女の様々な言動や疑問に答えが出そうな納得感で複雑な気持ちになってくる。今思えば、《銀》が現れたのは夏休みの特訓でカルマ曰くアミサちゃんが風邪で寝込んでいた時……、死神にやられて気を失っている間にアミサちゃんがどこかへ迷い込んでしまった時……、そして、夜中に母さんに連れられてここで殺し屋と対峙した時。全てアミサちゃんがいない時だった……E組とまあまあかかわりのあった《銀》なのに、《()》と彼女が同時に存在していた時は1度もなかったんだ。あまりにも入れ替わりに違和感がなかったせいで気付けなかった。

 

「そろそろ、動けるくらいには修復できましたよね……、超生物さん?」

 

「アミサさん……、……なぜ……、私は、あなたのお姉さんからリーシャさん自身が《銀》なのだと聞かされて……」

 

「リーシャお姉ちゃんがそう言ってたの……?……ふふ、表向きはそうだよ。でも、暗殺者としての能力は私の方があるんだって父様が……だからこそ、本来は一子相伝の家業なのに長女じゃない私も例外として『道』を継承してるの。……それより、質問に答えてください……ある程度なら、いけますか?」

 

「……ええ、完全には程遠いですが」

 

再び構え始めた2代目の触手を見てか、感情の見えない無機質にも聞こえる声色でアミサちゃんが殺せんせーに声をかけた。フラつきながらも立ち上がった殺せんせーは、僕等を背に守り続けながら《銀》……アミサちゃんの元へと近付いていく。彼女がこの場へ来てから、全ての攻撃を彼女が引き受けていたおかげで、殺せんせーは完全回復は無理でも動ける程度には回復できていたらしい。……それでも2代目死神の全力攻撃(フルパワー)を僕等を庇って何度も受けている先生が、《銀》……アミサちゃんがいるとはいえ、2代目と柳沢の連携についていけるとは思えない。どうするのかと思って見ていれば、1つ頷いたアミサちゃんは殺せんせーから柳沢達へと視線を戻してすぐ、なんてことも無いように言い切った。

 

「そうですか。じゃあ、あの男の人の方をなんとかしてきてください。私が2代目さんを引き受けますから」

 

「「「な……っ!?」」」

 

「な……、な、何を言ってるんですかッ!?先程までの柳沢は、可能なら殲滅、次いで貴女の仮面を割ることに2代目を集中させていたかのように見えます!その目的を達した以上、先ほどよりも攻撃に遠慮は……!」

 

「……だからこそ、です。まだ、体力的にも私の方が戦えますし……それに、これ以上の全力戦闘を相手にするのは、()()()()()()に困るでしょう?」

 

「!!……お見通し、ですか……ですが、それでも任せるわけにはいきません。貴女が認めなかろうと、アミサさんは……アミーシャ・マオさんは私の大事な生徒です!生徒を守らない先生なんていませんから!」

 

僕等全員が何を言い出すのか、それにせめて戦う相手が逆じゃないのかとさえ言いたくなる提案をした彼女に、殺せんせーも当然反対しにかかる。途中、名称を伏せられてなんの事だか分からない会話を経ても、アミサちゃんは全く折れる様子がなくて……心配して守ろうとする殺せんせーにそっと向けられた視線は、あたたかいものだった。

 

「……だったら……さっさと倒して、助けに来てね、……殺せんせー」

 

「!……仕方ありませんねぇ……ええ、もちろんです!」

 

ふわ、と少し痛々しい笑顔を向けた彼女は、さっきまで『暗殺者()標的(超生物)』という向き合い方をしていたんだと思う。でも今のは、『E組の生徒(アミサちゃん)E組の先生(殺せんせー)』だ……仕事ではなく、E組の生徒として殺せんせーにお願いしたんだろう。

立場を変えただけで状況が変わったわけじゃないけど、アミサちゃんが折れるつもりがないこと、そして先生を信じているんだと暗に言っているのを察して、殺せんせーは提案を飲むことに決めたらしい。すぐさま柳沢の方へと飛んで行った殺せんせーを見送ったアミサちゃんは、ゆっくりと僕等の方へと振り返った。

 

「……私、みんなのことが大好きだよ」

 

バチバチと音を立て始めた2代目死神の触手を横目にふわりと笑った彼女は、これまでずっと見てきた姿となんにも変わらない、小さくてどこかに強さを秘めているままだった。でも、すぐそこにいるはずなのにこっちを見つめる雰囲気はとても儚げで……今にも消えてしまうんじゃないかってほど、危なげだった。

 

「多分、私の隠し事はこれで全部。……ありがと、これまでこんな偽りだらけの私と一緒にいてくれて……。……これが終わったら、ホントにさよならするから、今だけ許してね」

 

「真尾……?」

 

「アミサちゃん……何言って……」

 

「……暗い、暗い裏の世界しか知らなかった私に、たくさんの光の世界を教えてくれたE組のみんな……私の事情を誰にも話さないでいてくれた烏間先生とイリーナ先生。閉じこもっていた私が外を見るきっかけをくれた渚くん、世界を開いてくれた殺せんせー……私にたくさんの感情を、……人を愛するって気持ちを教えてくれたカルマ。みんな、みんな私の大切だから……だから、この《銀》としての力でみんなを守る。私の進む道は……大事なものを守るために、戦うことだって決めたから!」

 

そう言うやいなや、僕等の制止の声も聞かずに飛び出して行ったアミサちゃんは、再び2代目死神の触手とぶつかり始めた。先程以上のスピードと威力になった触手による怒涛の攻撃についていく彼女は、仮面をつけていた時の戦闘より格段にスピードが上がっているように見える。上から突き刺さる触手を飛んで避け、触手を足場に駆け上がっては本体を大剣で斬りつける。弾き飛ばされれば空中で体勢を立て直し、クナイや符を使った飛び道具を飛ばして攻撃の手を弛めない。《銀》としての実力は何度か見てきてたけど、それが彼女だと分かった上での戦いは初めて見る……なんというか、まるで踊っているようで。

 

「……あの子……あんなに強かったの……?」

 

「あんな気迫……訓練でもどこでも見たことない」

 

「……真尾さんは、君達にだけはバレたくないとかなり注意を払っていたからな。正体がバレないために能力のセーブ、そして見た目を偽る体型操作などに力の幾分かを回していたから、今までは本気を出せなかったんだろう」

 

「烏間先生!」

 

音速と音速のバトルには参加できないと僕等と同じく離れた所で様子を見ていた烏間先生だけど、アミサちゃんと殺せんせーに戦力が分散した今、僕等の所へ来る余裕はできたらしい……ビッチ先生と一緒に生徒の無事を確認しに来てくれた。その言葉から、烏間先生はアミサちゃんが《銀》であると知った上でこの1年を過ごしてきたんだということがわかる。烏間先生には言えて、僕等には言えない事情だったのか。殺せんせーの暗殺という生死に関わることに一緒に関わってきたのに、信じてもらえてなかったのか。そんな思いからだろう……何人かのクラスメイトが烏間先生へ詰め寄る。

 

「なんで、言ってくれたら!」

 

「先生達は知ってたんでしょ?なんで私達には……っ」

 

「言ったところで、君達は受け入れられたか?」

 

「……っそれは、」

 

「彼女を暗殺者と知らず、同じ教室の中でずっと一緒に生活していた……真尾さんは既に仕事とはいえ人に手をかけている。受け入れてもらえないのが怖い、暗殺者と一般人は生きるべき場所が違うし、影の道を行く自分が光の道を歩く君達を巻き込みたくない、……そう言っていた」

 

「そんな……」

 

「……私ですらアミサが《銀》だって知ったのは、あのカエデの暗殺の夜なのよ?同業者である私にすら偽って……抱え込むのと同時に隠すことで周りを守ってたのよ。ほんとバカな子……」

 

「ビッチ先生まで……そっか、ビッチ先生は元々知り合いって言ってたもんね」

 

先生達も隠したくて隠していたわけじゃない。……アミサちゃんの思いを知っていたから、そしてこの1年の間たくさん頑張ってきたことを知ってるからこそ、無理をしてきた代わりにその思いを最後まで叶えてあげたかったんだ。きっと暗殺者として依頼した《銀》としてだけでなく、1人の生徒として見ていた烏間先生、元々同じ暗殺者として友人関係を築いていたビッチ先生だって、今、この場を彼女に任せなければならない状況を苦しんでる。

 

「……私、何も知らなかったら怖がったり避けたりしちゃってたかもしれません……でも、今は違います!ここまでいろんな苦楽を共にしてきたんですから……っ」

 

「俺もそう思う……あの子はただ、怖がりなだけだよ。それに相変わらずの勘違いと自己評価の低さだよね」

 

そんな空気の中、奥田さんがぎゅ、と胸の前で手を握りしめて言った言葉は、僕等の中に1つの波紋を生み出した。そうだ、過去では受け入れられないかもしれないけど、今の僕等だったら。そして、奥田さんに続くようにここまで黙りを続けていたカルマがやっと口を開いた。はぁ、と呆れたように息を吐いた彼は不安の色を目に映しながらもあの戦闘から目を離さないでいて……

 

「……カルマ」

 

「自分がどれだけこの教室で愛されてきて、俺を含めてどれだけの奴に影響を与えてきたのか分かってないんだから、そう言うしかないっしょ?俺等がどう思ってるのか分かってないなら、分からせてやればいいんだよ……全部終わったら、連れ戻す」

 

「……そうだね……うん、それがいいよ。信じるからこそ今はアミサに任せよう」

 

「ここにいても足でまといにしかならないしね……、皆、向こうまで逃げよう!……それで、全部終わったら僕等E組で……全員で迎えに行こうよ!」

 

もちろん、茅野も一緒に。戦いに巻き込まれないように、戦うアミサちゃんや殺せんせーの邪魔にならないように、それでいて様子は見えるように……それを考えると、触手を持たないアミサちゃん以外は通り抜けられないバリアの外が1番安全だ。腕の中で眠るように動かない茅野をもう一度抱き直し、僕はE組の先陣を切るように走り出す。

そして、戦場の声も姿も確認できるけど、僕等に危険は少ないだろう場所へ避難してから振り返ると……、……やっぱり体格差も戦力差もある強化された人外を相手に、たった1人でなんて、無理があったんだ。休むことの無い全力戦闘での疲労やたった1人で受け続けた小さなダメージが溜まっていたんだろう……アミサちゃんがあのバチバチとした2代目の触手を避けた瞬間にフラつき、ブラインドとして隠されていた次の攻撃が迫っているのに気が付けないまま。僕等は大剣を持つ彼女の右腕が吹き飛ばされた瞬間を目撃してしまったんだ。

 

「……ッ、アミー……!」

 

「ダメだってカルマ!!」

 

「お前が行っても意味ない、逆にアイツの覚悟を無駄にしちまう……!」

 

案の定、思わずというように飛び出して中に戻ろうとしたカルマを磯貝君と前原君の2人が押さえつける。万が一、カルマがその2人を振り切っても抑えられるように寺坂君達数人の男子もも近くに立ってくれている……皆、一様に青くなってる顔なのに変わりはないけど、アミサちゃんの戦いから視線を完全に外すことはできなかった。茅野の時と同じだ、不安だからだけじゃなく僕等を守るために戦う彼女から目を離すことは、どうしても失礼だと思えてしまったから……。

利き腕である右腕を失い、彼女の得物といえる大剣も手元にない……これでは戦いようがない。そう誰もが絶望しかけた、時だった。彼女の身体が青い光……戦術導力器を駆動した光に包まれる。

 

「……腕を失ったくらいで……止まると思わないで!」

 

アーツが発動し、駆動光に似ている蒼い雫のような光が彼女の右腕のあった場所に収束してすぐ……先端に鈎爪の付けられた長い鎖が、彼女に残った左手から放たれた。アミサちゃんの腕を吹き飛ばすために突き出していた2代目の触手、触手を突き出して前傾していた身体、そしてその他の触手に巻きついて拘束していき、それらに絡み合いながら地面に突き刺さって2代目の身体を拘束していく。当然身動きが取れなくなった2代目は身体を暴れさせて逃れようとするが、ミシミシと壊れそうな音を立てながらも鎖は切れない……でも、それも時間の問題だろう。

 

「ホントなら……殺せんせーに直接お別れさせてあげるべきなんだろうけど……ごめんね、私が終わらせてあげる」

 

遠目だと、動きはわかっても表情までは見えない……でも、きっと優しい顔をしていたんじゃないかな、……そんな声だった。左手に何か……終わらせるって言葉と大きさからして、多分対先生ナイフだと思われるそれを構えた彼女は、2代目死神の懐めがけて走り出して……それで。

 

 

 

 

 

────メキメキメキ……ドゴォッ!

 

 

 

 

 

「「「!!!!」」」

 

アミサちゃんが2代目死神の懐へ入り込む直前、ついに鎖が引きちぎられた。普通なら気付いた瞬間反射的に身体が強ばるなり逃げようと本能的に行動したりするだろう。……それをふまえても《銀》であるアミサちゃんなら、どんなに勢いがついていても避けたり1度離れて体勢を立て直してから仕掛け直したりできただろうに。鎖の拘束から解放された触手を勢いよく向けられているのに、彼女は走るスピードを落とすこと無く、自身に向けられた触手に臆すること無く、そのまま突っ込んでいき……2代目死神の心臓にナイフを突き刺した。

────代わりに身体を、無数の触手に穿たれながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

渚side

 

なんで、……君は、

 

「……私は、これでいいの。……ねぇ、貴方は本当に何も伝えなくてもいいの……?」

 

…………僕は、あの人に……先生みたいに、なりたかった……ただ、見て欲しかっただけなんだ

 

「……うん、伝えてあげる……私が、貴方とせんせーの、最後の会話を奪っちゃった代わりに……」

 

…………ありがとう

 

蛍のような光の粒子となって、2代目死神が夜の闇に溶けていく────魔人と称される暗殺者《銀》であるアミサちゃんと、人ならざるモノと化した2代目死神との戦いが終わった。2代目死神は、得た力の代償として死の期限が既に決まっていたことから、楽にするしか手段がなかったわけだけど、柳沢に関しては国がバックについていることで殺してしまえば犯罪者だ……殺せんせーも倒しあぐねているようで、まだ向こうは終わりそうにない。

皆、あまりの光景に、身体も心も動かなくなってしまったかのように、空気が凍っていた。目の前で2代目死神が最後の光となって空へ昇っていった……その2代目死神が消えるということは、アミサちゃんのお腹を貫いていた触手も消えるということと同義だ。穿った穴を塞ぐ栓の役割をしていた触手が消えた瞬間、彼女の腹部からおびただしい量の血が溢れ出し……自力で自分の身体を支えられなくなった彼女は、重力に従って静かに地面へと倒れこんだ。そこでようやく、金縛りのように動けなくなっていた僕等の身体は、ぎこちないけど動かせるようになっていることに気がついて皆、反射的に走り出す。

 

「アミサちゃん!血がッ」

 

「真尾さん…………っタオル!誰か持ってないか!?すぐに圧迫止血を行う!」

 

「タオル……!先生、厚手のハンカチなら!」

 

「なんで、避けもしないで自分を犠牲にするような事……ッ!」

 

三者三様……そんな言葉があっているほど、E組のクラスメイト達はアミサちゃんに駆け寄り声をかける。夜に溶けるくらい真っ黒だったはずの《銀》としての衣装……アーツで血を止めていたとはいえ、タダでさえ右腕を吹き飛ばされたことでその鮮血に染まっていたのに、彼女のお腹からも流れ出た血液でさらに赤黒く染まっているのが、この暗さでも、よくわかった。倒れたまま全然動かない彼女を揺すっていいのかすら分からない……せめて止血だけでもしたくて、タオルやハンカチなどをかき集めて烏間先生が圧迫してるけど……苦しむ様子もなく、その表情はまるで眠っているだけのようで……

 

「…………ぅ、……」

 

「……!まだ意識がある!!」

 

「アミサちゃん、アミサちゃんッ!!」

 

もう死んでしまったのではないか、そう思った矢先に小さく反応したうめき声が聞こえた。意識が朦朧としているのだろう……あれだけ気配に敏感で、どんなに小さな音にでもすぐに反応を返していた彼女が誰が声をかけても大きく反応を見せないでされるがままになっている。……なのに、烏間先生と場所を代わって彼女の上半身を軽く地面から抱き上げたカルマには、かすかにピクリと反応を示した。体を持ち上げられたのもあるんだろうけど、ゆるゆると視線を上げてカルマの顔あたりをぼんやりと見ている……って、ぼんやりと?カルマ君に向ける彼女の視線がズレてるような気がするけど、まさか……

 

「……アミーシャ、なんで……」

 

「……へへ、ホントは最後まで……見てるだけのつもりだったの……もう、私はかんけいないからって……なのに、カエデちゃ、みてたら……つい、とびだしちゃった……」

 

「関係ないなんて……ここがアミーシャの居場所じゃんか……!……そうだエニグマ……ッ!あれで回復すれば……ッちょ、複雑だなこの服……どこにあんの……!」

 

「もう、いーよ……なんにも、見えないもん……まにあわないって……わかってる」

 

「……簡単に諦めんな!……あ、あった!…………ぁ……」

 

……やっぱり、自分に向けられた声と体の揺れに反応して視線を向けているだけだったんだ。……彼女の、……アミサちゃんの目は、もう何も映していない。だんだんと呂律が回らず鈍くなっていく反応に、カルマ君は慌てながらも複雑な衣装の中から彼女が装備しているだろう戦術導力器を探し始めた。前に特務支援課の人が言っていた……他人の導力器でも使えないことはないって。知識だけならイトナ君にもありそうだけど、発動経験があるのはカルマだけ……以前試した時はは苦手な属性だったせいで不発だったけど、それじゃなければ発動するかもしれない。感覚を知っているからこそ、彼に賭けるしかない、そう思ったのに。

なんとか導力器探し出し、腕の血を止めたのと同じようにアーツを使おうと蓋を開いたカルマは……一気に青ざめた。疑問に思って横から覗いた僕でも分かった……導力器の中の回路は潰れたり捻れたりしてぐちゃぐちゃで、いくつかセットされていたガラス玉は砕けてしまっていたから。多分2代目死神との交戦中に壊したんだと思うけど、……ここまでボロボロだとそう短時間で直せるものじゃないって事くらい察しがつく。この場で唯一この機械の修理をできる可能性があるイトナ君を振り返ってみたけど、同じように導力器をみた彼は静かに目を閉じて首を横に振った……直せない、そういう事だろう。

 

「……《銀》として……もう、いらないものは捨てたはず、だったのになぁ……」

 

「……そんなの、アミーシャが《銀》だからじゃない……アミーシャがアミーシャだからでしょ……。俺等を『いらないもの』じゃなくて『大切だ』って思ってるからの行動だろ……!」

 

「……そっ……かぁ……、大切……。……ねえ、みんなのこと……まもれたよね……?」

 

「……ッ、それは……」

 

「……ふふ……カエデちゃんは、へーきだよ。きっと、殺せんせーが……ゴホッごぽ……ッ」

 

「そ、そうだよ、殺せんせー、殺せんせーは今どうなってんの!?」

 

「……あっちで今なんか光った……前にも使ってたエネルギー砲じゃないかな……」

 

「そうか、吹き飛ばすだけなら……!アイツも触手を埋め込んでる、バリアは越えられないから……!」

 

アミサちゃんから『皆を守れたか』と聞かれて、咄嗟に答えられず言葉に詰まってしまった。アミサちゃんが出てくる前に2代目に殺られてしまった茅野は、僕の腕の中で息もしないで横たわっている……なのに、それを見たアミサちゃんは大丈夫だと笑う。殺せんせーが……何?最後まで言い終わる前に、何度も苦しそうに咳き込んだ上に血を吐き出してしまった。

皆、アミサちゃんが助かる最後の希望を殺せんせーに託している……向こうの方で何か光ってるし、こっちに来てくれるのも時間の問題だろう。それまで何とか意識をつなごうと、皆で代わる代わる話しかけ続けた……だけど、大きく咳き込んだあと、小さく笑った彼女は首を横に振った。

 

「……ね、せんせーに、つたえて……2代目は……ころせんせ、みたいに、なりたかったんだって……見てほしかったんだって……わたしじゃ、むり……だから……」

 

「……自分で伝えればいいじゃん!あと少しだから……まだ自分をもって!!」

 

「殺せんせーが来れば、もしかしたらがあるかもしれないんだから!」

 

どんなに訴えても、彼女は自分がどうなるのか理解しているように小さく首を横に振るばかりで……茅野の時点で鼻をすすっていた倉橋さんや神崎さん、奥田さんなんかは、この先を察して泣き出してしまっている。

 

「……アミーシャ……ッ」

 

「……へへ、……なんで、かな……もう、いたくないの……さむいのに……カルマはあったかい、ねぇ……」

 

「……ッ!ねえ、諦めんなって言ってんじゃん!ずっと一緒に居るって誓っただろ……どんな秘密があってもアミーシャを恋人としてそばに置くって約束した、1人にしないって……!」

 

「………そ、かぁ……おぼえてて、くれて……うれし、な……。……ねー、カル……、なか、ないで……、……」

 

「何、聞こえな……!」

 

──ごめんね、だいすきだったよ……あいしてた

 

約束を、誓いを、カルマが今でも覚えているのだと知って、アミサちゃんは本当に嬉しそうに笑顔を浮かべながら何か言おうと口を動かしている。だけど、もうヒューヒューという空気の音しか聞こえなくて、カルマが何とか聞き取ろうと彼女の口元に耳を近づけ……目を見開いて彼女の顔を凝視した。

ゆら、とアミサちゃんの左手が上がり、すぐ近くに近付けているカルマの頬を1度だけ撫でて……パタリと、力なく地面に落ちて、

 

「……アミーシャ……?……ごめんねって何……?……ねぇ、」

 

「……………………………」

 

「冗談でしょ……?やっとE組に、……俺の前に戻ってきたのに……」

 

「……………………………」

 

「ほら、起きてよ……前みたいに、いつもみたいに『おはよう』ってさ……言ってよ……ッねぇってば!」

 

「……………………………」

 

「なんで……、 なんでなんだよ……ッ!!……う、あああぁぁ……ッ!」

 

……カルマの腕の中で、静かに息を引き取った。ピクリとも動かなくなったアミサちゃんを抱えたカルマの超体育着がどんどん彼女の血の色に染まっていく……。彼女の死に顔は今にも起き出しそうな寝顔にしか見えなくて、目覚めることを願って何度も何度も声をかけて、それで、……初めて、カルマは僕等全員の前で隠しもせずに涙を流した。どんな時でも飄々とした態度を取り続け、表情を取り繕い、泣きそうに顔を歪めていても涙ひとつ見せたことがなかったのに……この教室の中で1番付き合いの長い僕ですら、初めて見た涙だった。

茅野が倒れアミサちゃんまでもが……大きすぎる犠牲に誰も、勝利を喜ばない……喜べない。慟哭するカルマの叫ぶような声に、みんな悲痛な面持ちで顔を背けたり俯いたり……生徒だけじゃなく烏間先生達も彼等を見ていられなくて、誰もが彼等から意識を外した。クラスメイトが亡くなったってだけじゃない、カルマにとっては半身のように大切にしていた最愛の恋人を犠牲に生き残ったようなもの……失った喪失感は茅野の犠牲以上だろう。……僕も、こんな不安定な腕の中なんかじゃなくて、安全な地面に茅野を下ろしてやりたい。グラウンドのド真ん中を目指すよりは、校舎の近くの方が近いし安全だと、敷くものを取ってくるという千葉君に甘えて、カルマとアミサちゃんはしばらく2人きりにしてあげようと背を向けた。

 

 

 

でも、これが間違いだった。僕等にとっての絶望は、これで終わりじゃなかったんだ。

 

 

 

カラン、という金属が地面に落ちるような音が聞こえた気がして、この周辺に金属で何か落ちるようなものでもあっただろうかと周りを確認したあとに、そういえばまだ見ていなかったな、くらいの感覚でなんとなく振り返る。そこには、体育着の上着を脱いでから声を押し殺して涙を流しながら地面に落ちた何かに手を伸ばし……それを掴んでそのまま自分のお腹に向けて振り落としたカルマの姿があった。

 

「ちょ、カルマ!何して……!」

 

「え……」

 

「なんだ……?」

 

躊躇いは一切なくて、最初は悔しさのあまり拳で自分のお腹を殴っただけだと思ったんだ……だけど、グチャりと嫌な音を立てて突きたてられたソレを引き抜いたのを見てゾッとした。月明かりに照らされて目に入ってきたのは、赤い血が付着しても鈍い金属の光を変わらず反射している物体……あれはアミサちゃんのクナイだ。再び振り上げられたそれを止めようにも、僕は茅野を抱えているから声しかかけられないし、他の皆も気が付くのが遅くて。そのままもう1度振り下ろされた刃は、カルマの身体に突き刺さり、さっきよりも深くを抉りとるように切り裂いていた。

……飛び散る赤に、もう何度目かわからない誰かの悲鳴が上がる……なんで僕は、こんな状態のカルマを残して2人きりにしようなんて考えてしまったんだろう。

 

「カルマ!」

 

「何やって……ッ」

 

「カルマ、どうして……」

 

「……渚ぁ、茅野ちゃんがおちそーだよ……あー……イッてぇ……はは、腹に穴があくのって、こんな感じなんだ……はじめて、知った……」

 

「赤羽君、なんてことを……それを知るために自分の身体を使ったのか?」

 

「まさか……最初から、それこそアミーシャと2人で崖、飛び降りた時から……決めてたこと、だから……。だから、……烏間せんせ、ごめんねー教室から、3人も……てあて、しなくていい、からさー……」

 

「…………そうか」

 

超体育着を脱いだのは、ダイラタンシーフレームによってクナイの刃が防がれてしまうのを防ぐため……座っていた姿勢が辛くなってきたんだろうカルマは、大事な宝物のように抱えていたアミサちゃんの身体ごと地面に倒れてしまった。こんな時ですらアミサちゃんの身体を抱きしめて、自分の下敷きにならないように気を付けているのが……もう、彼らしくて。烏間先生が応急手当をしようと手を伸ばしたけど、カルマはそれをクナイを持つ手で振り払った。弱ってる人間の手だし、烏間先生なら楽々抑え込めそうなのに……振り払われた手やカルマの傷をじっと見ていた烏間先生は静かに目を閉じると立ち上がって、カルマを囲む僕等の輪から出て背を向けてしまった。

 

「え、烏間先生どこに……」

 

「……内臓がえぐれている……然るべき処置をすれば助かるだろうが、今から病院に運ぶには時間が足りない。それに……」

 

「げほっ……俺等をまもる、ために……痛かった、よね……。……ねー、アミーシャにもらった、いのちだけ、ど……俺が、ダメだった……抱えて生きんのさ……」

 

「……あの様子を見る限り、助かっても真尾さんがいなければ再び自傷する可能性が高い。……教師なら、何と引き換えても助けるべきなんだろうが……再び彼自身に自分を壊させるくらいなら、いっそ……」

 

「「「…………」」」

 

傷の深さだけでなく、抱き寄せたアミサちゃんを大事そうに撫でながら、うわ言のように話しかけているカルマを見て、烏間先生は治療はできないと判断したらしい。したとしても、今後生きることを拒否してしまえば、何度でも起こることだから、と。……ただでさえ、カルマはアミサちゃんがいなくなってから彼女の遺志を継ごうと無理をしてきていた……いつか戻ってきた時に、彼女が惹かれてくれた自分のままであるために、そして約束を守り続けるために。だけど目の前でその彼女を失って、精神的に限界が来ていたんだ……アミサちゃんの願いに反しても、後を追おうと考えてしまうくらいに。

……僕は、カルマを誤解していた……勝手気ままで怖いもの無しで、そのくせスマートで何でも出来る……強くて、ひたすら前を見続ける、弱さなんて見せない強い人なんだって。本質的には多分それでいいんだ、ただ、本当に弱い側面を『見せない』ってだけで。隠したり取り繕うのがうまいんだ……そういうのを無意識に引き出していたのがアミサちゃん……そのアミサちゃんを失ったことで、せき止めていたストッパーも無くしたんだろう。

 

「……アミーシャは、こわがりで……さみしがり、だから。オレは、ひとり……しない、よ……やくそくどーり……ずっと……しんでも、いっしょ……に……」

 

だんだんとアミサちゃんの頭を撫でる手がゆっくりになっていき、笑みを浮かべたのを最後にその瞳から光が消えて……カルマはそのまま、動かなくなってしまった。

 

 

 

──────……

 

 

 

『死んでも、一緒にいるから』

 

あの、まだ無謀な暗殺を2人がしていた時にしたという約束だ。1学期末テストの後に、E組の誰もが律を通して会話を聞いていたからその約束のことを知っている。……まさか、本当に実行するなんて思うはず、ないじゃないか。

皆の悲痛な悲鳴を頼りに、柳沢をなんとか無効化して近付いてきた殺せんせーは、僕の腕にいる茅野と、地面に寄り添って眠っているようなカルマとアミサちゃんを見て、たった一言……『そうですか』と呟いた。

そして、ゆっくりと空中から降りてきたのは……殺せんせーの細い触手によって保管されていたらしい、茅野の血液や体細胞……あの激しいバトルの中で回収なんてしてたんだ。こんなに酷い傷口なのに茅野の血が全然流れていないと感じたのは、殺せんせーが回収して保管していたから。アミサちゃんが殺せんせーに代わって2代目死神の相手を引き受けたのは、茅野の生命線を守るため。僕等が気付いてないだけで、アミサちゃんも殺せんせーも僕等を守り続けてたんだ。……そして、針も糸も使うことなく、殺せんせーの触手による茅野の手術が行われた。それによって、跡1つ残さずに傷口がふさがっていく……電気ショックで再び動き出した心臓により、茅野は息を吹き返した。

 

 

 

──────……ザザッ……

 

 

 

「……また、助けてもらっちゃった……」

 

「何度でもそうしますよ……お姉さんでもそうしたでしょう」

 

皆、茅野の蘇生を一様に喜んだ。飛びついたり、抱きしめたり、胴上げなんてしようとした人すらいた。その場にいさえすれば、体をバラバラにされても蘇生できるよう備えていたと言う殺せんせー……僕等は、これで3人ともが助かると一気に希望をもった。……だけど。

 

「……すみません……、アミサさんとカルマ君は……」

 

アミサちゃんもカルマも、致命傷となった傷は殺せんせーが柳沢と交戦している最中だった。茅野の時のように、その現場を見ていたり精密な触手の操作をして飛び散ったそれらを集めたりする事が、殺せんせーには出来なかった、……タイミングが悪かったんだ。僕等の目の前で命を絶ったカルマはともかく、アミサちゃんに関しては大々的に戦っていたわけだから、離れたところで戦っていた殺せんせーも見ていたのかもしれない……でも、手を止めない柳沢との激しい交戦の中で、触手の繊細な操作はやっぱり無理で……間に合わなかったんだ。

……今、はっきりと理解した、……せざるを得なかった。大切な2人の友達の死を、僕も、誰も、止めることができなかったのだ、と。

 

 

 

──────……ザザザザッ……

 

 

 

 

 

「さて、皆さん……殺し時ですよ」

 

 

 

 

 

──────ザザッ……ザー…………………プツリ。

 

 

 

 

 




クラスメイトを2人も失った上に……恩師まで、自分達の手で殺さなくちゃいけないのか。

それくらい、いつもこの教室の中心にいた3人ともの存在が大きかったんだ。

酷な選択を迫っているのは分かっているが、決めて欲しいと先生達は言う。

僕等の頭の中はもう、ぐちゃぐちゃだった。

……だけど、決めなくちゃいけない。

レーザーの発射時刻は迫っていて……決断の時は迫っていた。

僕等は、────


++++++++++++++++++++


バッドエンド。


偶然ですが、番外編含めちょうど100話目の投稿です。
これが1つ目の分岐の先にあるエンドとなります。
元々全部1人で抱え込みがちなオリ主が、カルマの、渚の、E組の、そして先生たちの選択の先に、誰かに頼ることを選ぶことに考えが向かずに、1人で戦うことを選択してしまったがために訪れた結末でした。

1つのエンドでオリ主が自己犠牲で死んでしまうのは、元々考えていた内容でした……カルマの後追いは、読者様方に何を言われるかと思いながらも、これまでのかかわりや言動を考えるとありえると書いている途中で思い、こんな展開に。また、お話の中には入れることが出来ませんでしたが、演劇発表会の『妖精姫』は『人魚姫』だけでなく、『ロミオとジュリエット』もリスペクトしていました。全てはこの結末に繋げるために。

では、まず第一部をここで閉じさせていただきます。


同時投稿の【断章:???の想い】もぜひ読んでいただけるとありがたいです。


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