それでもいい方は、どうぞお進み下さい!
椚ヶ丘中学校は3年E組だけが山の上の旧校舎に通っていて、あとの生徒は本校舎がある麓に集まっている。生徒の大部分が本校舎に通っているということは、学校全体で行われることは基本なんでも本校舎で行うことになる。E組としては、殺せんせーを見られるわけにはいかないからそれでいいんだけど、月に1回ある全校集会だったり召集されることがあると不便だ。
「おーい、皆揃ってるか?」
「プリント配るから席に座って!……はい、上から3枚取って回して」
今も本校舎で行われるクラス委員会にE組の学級委員として出席した磯貝くんとメグちゃんが帰ってきたばかり……最初の頃だったら疲れてたり文句を言ったりしてたかもしれない。でも、今では訓練になるし気にしてないんだとか……なんか、私たちの学級委員たちがかっこいい。
そんな2人が私たちに配った資料をパラパラとめくって目を通す……様々な行事や
「演劇発表会かー……」
「なにもこんな2学期末のこの時期にやらなくてもいいのに」
「しかも例によって……俺等だけ予算は少ないわ、セットとかは
配られたプリントには演劇発表会の要項や当日の日程などが書かれている。1時間ごとに2~3クラスということは、1クラスあたりの持ち時間はだいたい20分~30分……それだけの舞台発表を考えなくちゃいけない。そして例によって例のごとく、E組の扱いは変わらない……何がって、プリントには全校行事だから全学年のタイムテーブルが載ってるわけなんだけど、3年E組の書いてある場所が。
「『おべんとうタイムwith3-E』って。酒の肴じゃないんだから;」
「真面目な人以外、見る人なんていないよ〜……あとは馬鹿にするためにご飯の片手間に見るか、かな〜」
「受験の必要が無い本校舎生徒と違って、俺等E組は受験があるんだからどうにかならないかって浅野に文句は言ったんだけどな……そしたらこう返されたよ」
〝短期間でセリフや段取りをきっちり憶えてこなす訓練、これも椚ヶ丘の教育方針だ。それに……どうせ君達だ、何とかするんだろ〟
「……言うじゃん、あいつ」
他の学年、クラスは1時間をいくつかに分けて発表するけど、E組はお昼ご飯の時間である1時間分を使って行うって……E組表向きの扱いの悪さは全然変わってない。だけど、浅野くんのように『私たちならなんとかする』っていう信頼を向けてくれる人がいる。きっとE組はまた何かやってくれると期待してくれる人がいる。何も変わってないようで、どこか足りなかった歯車がはまって、前以上に動けるようになったような……そんな感覚。これはこれで前よりずっと居心地がいい。
「よっしゃ、やるならさっさと役と台本決めて終わらそうぜ!」
「何がいいかな?E組は1時間も持ち時間があるとはいえ、別に全部使い切らなくてもいいだろうし……それか短いのを2本やるかだね」
「渚君、渚君、主役やんなよ、阿部定。石田じゃなくて自分のを取って使う感じで」
「なんかまた危なそうなオファーが来た!?」
「……阿部定って確か……むぐ、」
「わー!待て待てストップだ真尾!確かに今回の社会の範囲に入ってたしお前なら調べちゃってるかもしれないけど、詳細は口に出さない方がいい……内容的にヤバいから」
女性だし、たくさんお店を変えながら身売りしてた人じゃなかったっけ……と続けようとした所で、磯貝くんに口を塞がれた。倫理的?によくないんだって……社会の勉強をしてる時にチラッと書いてあったから調べただけなんだけど、あんまり大きな声で言うものではないからって。
そのまま喋れないなりに抵抗もしないでいれば、目の前を通学カバンが結構な勢いで通り過ぎて行った。飛んできた方向を見てみると、手を払って小道具係を希望してるカエデちゃんがいることから、投げた犯人は彼女なわけで……標的となった寺坂くんが失礼なことを言ったんだろう、多分。そのあたりで磯貝くんが手を離してくれた。
「監督は三村で、脚本は狭間が適任じゃないか?」
「おっけー、いいぜ」
「じゃあ主役はどうする?」
「あ、じゃあ俺が王子でアミーシャを姫役で。内容はなんでもいいけど」
「カルマ……お前って本当にブレないよな」
「なんでもいいが1番困るのよ……ベースになる話か、混合でもいいからアイディア出しなさい」
「じゃあ……童話系のミックスとか」
「『じゃあ』の割に範囲がほとんど狭まってないからやり直し」
「先生、主役やりたい」
磯貝くんがこの演劇発表会の中心で動ける人選を考え、選ばれた三村くんと綺羅々ちゃんがさっそく自分で動ける範囲で準備に動く。カルマが綺羅々ちゃんと色々言い合い、劇の内容を決め始める。
そんな会話が続く中で、演劇発表会の要項を見つめていた殺せんせーがボソリと呟いた事で教室の空気が凍り、みんなの目が点になる。そして始まる一斉射撃……殺せんせー、みんなが楽しそうな中自分もやりたくなるのはわかる気がするけど、学生主体の行事でその発言はどうかと思う。
「やれるわけねーだろ国家機密が!!」
「そもそも大の大人が出しゃばって来んじゃねーよ!!」
「だ、だって!先生劇の主役とか1度やってみたかったし!皆さんと同じステージに立ちたいし!!」
「いーわよ。書いたげる、殺せんせー主役にした脚本」
殺せんせーから唐突に落とされた爆弾に対する、みんなから返事代わりの弾幕をいつもの様に避けながら殺せんせーがわがままを言っていると、綺羅々ちゃんが承諾してくれて、殺せんせーは目に見えて嬉しそうな表情をうかべる。早速ノートにペンを走らせ始めている綺羅々ちゃんは、前まで特別他人とかかわろうとしないで影を好む人って感じだったけど、どこか変わった気がする。……そういえば、浅野くんと会った日の女子会にも参加してたっけ。ずっと飲み物飲みながら本を読んでただけって聞いてるけど、その場にいてくれるだけで違うと思ったんだ。
「標的や暗殺仲間の望みを叶えるくらいなら、国語力だけの暗殺者にも出来ることよ……というわけで杉野、アンタは神崎と組んで脇を固めなさい」
「え、いーのかよ!?か、神崎さんと共演……!」
「演技力無くても良ければ……頑張ろうね」
「主役、主役……!」
「ふふ、嬉しそうだね、殺せんせー。杉野くんもだけど」
「余裕そうだけどアミサ、アンタも1本主役やるんだから覚悟しときなさいよ」
「……、……え、あれ本気だったの……!?」
「時間的に2本出来るって言ってたじゃない。殺せんせー主役の短いのと、カルマリクエストのを1本やるわよ。ただし、私は闇が好きなの……在り来りなものは書かないけどいいのね?」
「いーよ。ついでに生徒会長を挑発出来そうなのを期待してる」
「ふ、それに関しては面白そうだから乗ってあげるわ」
「え、え、ええぇ……」
「クックックッ……言葉はね、爪痕残してナンボなのよ」
私が賛成も拒否も何も言う前に、気がつけば私も舞台に上がることが前提で話が進んでしまったらしい。話の内容もカルマと綺羅々ちゃんが楽しそうに案を出し合いながら進めてるし、他の意見が出てこないならこのまま決まるんだろうけど……あの、みんな、私の意思は……?
相手役がカルマならまだ安心してできそうだし、舞台が嫌ってわけじゃないからなんとかなると信じよう……でも綺羅々ちゃんのあの表情と言葉から考えて、平和なお話じゃないんだろうなぁ……
◆
そして、演劇発表会当日……
「……人、いっぱい居る……」
「全校行事ですから」
「……学園祭のステージより緊張する……」
「今回は1人でやらなくていい分、気が楽でしょ?」
「…………心臓、バクバクします……」
舞台の上は明るくて、見ている生徒側は真っ暗だから全然見えないとはいえ……人の多さは感じられる。こっそりと舞台袖から客席を見たあとに裏で縮こまっていたら、愛美ちゃんと渚くんが声をかけに来てくれた。確かにあの時と比べて気は楽だけど、上手くできるかの不安はいつでもあるに決まってる。
「それにしても狭間さん、すごい脚本だね。……両方とも」
「あの4人を動かすのって面白いのよ、気が付いたら筆がのってたわ……我ながら大作を書きあげたと思うんだけど」
「なぁ、これってホントにあの童話がベースか……?初っ端壮大なファンタジーの世界だぞ」
「殺せんせー主役の方がかすみそうだね……本人は満足そうだけど」
「それはそうでしょ。舞台の真ん中で立ってるだけの『桃太郎』とは違って2本目ではセリフもあるんだし」
「『桃太郎』っていっても、既に出だしから大分ダークだけどな……さすが狭間監修の脚本だ……」
今舞台では、E組前半の演劇である『桃太郎』を上演しているところ……誰でも知ってる桃太郎とは全然違うお話だけど。上手いこと昔話と現代の内容を混ぜて、見ている人たちにリアリティを与え……誰かが言った通り人の心の闇をテーマにしてるから、つい気になってしまう演劇となっている。殺せんせー念願の主役は『桃太郎の桃』の役……桃太郎じゃなくて、桃なのが重要なのです。これを主役と言っていいのかは甚だ疑問なんだけど、真ん中でじっとしているだけの先生が満足そうな笑顔でホクホクしてるからこれでいいんだろう、きっと。
いつまでもうずくまってばかりはいられないと思いながらも、私が落ち着けずに舞台袖を歩き回ったりセリフを反復したりしている内に、前半の劇は終盤になり始めている。
『────鬼ヶ島は……私達人間の心の中にあるのかもしれません。生まれてくる桃の子にも……いつか鬼が宿るのでしょうか……』
「ヌルフフフフフフ……」
「「「…………………………………………、……………………お、重いわ!!」」」
「嫌がらせか?嫌がらせなのか!!?」
「つーか食欲なくなっちまったじゃねーか!」
……うん、お昼ご飯のおともに見るような演劇ではないよね。なんとも言えないような顔で私たちは顔を見合せ、桃殺せんせーを連れて戻ってくるカエデちゃんを待つ。次はそんなに重いお話ではないと思うよ……どう受け取られるかは、演じる私たちにかかってるけど。
「磯貝から連絡だ。下手も準備出来たってさ」
「……よし、行くぞ!本校舎の奴らを興奮の渦に叩き込もうぜ!」
「「「おー!」」」
◆
渚side
『深い深い森の中。ここには可愛らしい妖精達が暮らしていました』
E組オリジナル変則桃太郎によるブーイングの嵐が起きる中、体育館に再び律のナレーションが響いて、ざわざわとした空気がだんだんと静かになっていく。……他のクラスで2本演劇をしたところが無いから余計になのかもしれないけど、これから何かが起きるという雰囲気にはなったと思う。
それを見計らって、矢田さんや倉橋さんといった何人かの女子が舞台へ上がった……ピンクのワンピースに羽を付けた彼女たちは妖精役で、くるくる回ったりセットの花を摘んだりさっきのブーイングでステージに投げ込まれたゴミを拾ったり、とにかく自由に動き回る。
『仲良く遊ぶ妖精達の中には1人、人間が混ざっていることがありました。彼はこの森がある、王国の王子様……彼は厳格な政治手腕だけでなく人とかかわることが好きで、その性格から国民達にも慕われ赤の王子と呼ばれていました。そんな彼が今よりずっと幼い頃、森で迷子になった王子を1人の妖精が助けたことで縁を結び、それから毎日のように森に通うようになったのです。自分を助けてくれた妖精達の中でも1番幼い、白の少女と会うために』
律のナレーションと共に1度舞台袖まで戻ってきた矢田さんに手を引かれ、先に舞台に上がった彼女達とは色違いの白いワンピースと羽を着て、頭に花冠を被ったアミサちゃんが舞台へ上がる。そして反対側の袖からは、赤を基調とした服に身を包んだカルマ君がやってきた。そっと、矢田さんに肩を押されてカルマ君の正面まで来たアミサちゃんはワンピースの裾を持ってお辞儀して……カルマ君もそれに応えるように膝を折って彼女の手を取る。やるからには本物をとビッチ先生にさんざん仕込まれた、王子様とお姫様がするようなそれっぽい仕草だ。
『森にやってくるたびにいつも一緒に過ごす2人は仲睦まじく、少女の姉達も優しく見守ります。これからもずっとこんな毎日が続く……そう信じて疑わないほど、優しい日々でした。
ただ、この日はいつもとは違いました。いつもの様に王子を森の入口まで送り届け、帰ろうとした少女を王子は呼び止めます』
「実は俺、明日誕生日なんだ」
「わぁ、おめでとう……何歳になるの?」
「15歳。これで俺もやっと大人って認められる」
「……ぁ……そう、なんだ」
「それで……明日、城でパーティを開くんだ。君にも来て欲しくって。もし、1人が不安ならお姉さん達も連れてきてくれていいし……どう?」
「……うん、嬉しい。楽しみに……してるね……」
「どうしたの?」
「……なんでも、ないよ」
『年齢について話してからどこか寂しそうな表情を浮かべる少女を不思議に思いながらも、王子は城へ帰っていきました』
律のナレーションの間に仕草と一緒に軽く仕込まれたダンスを踊ったり、座って話したり。その姿は僕達がE組でよく見る2人の姿と重なって、なんだか見てるだけでほっこりする……まあ、つまりはいつもと変わらないってことなんだけど。
妖精である
『翌日。誕生日を迎えた王子は、仲よくなった少女達を……特に幼い頃助けられ、初恋の相手ともいえる少女を城に迎え入れようといつもの様に森の中へと入りました。15歳になった王族は婚姻を結ぶことが出来る……身分違いの恋は難しいとはいえ、彼女ならきっと認めてもらえる。サプライズで誕生日パーティ中に求婚したら彼女はどんな反応を見せるのだろう。そんなイタズラまがいのことを考えながら、王子はいつも彼女と会っている場所へ向かいます。……ですが、』
アミサちゃんは戻ってきたカルマ君へ静かに手を伸ばしたけど、彼は舞台の中央に立つ彼女を素通りした。
「……なんで誰もいないんだ……?……おーい!」
「……王子様……私は、ここにいるよ」
「……約束、したのに……あの子は約束を破る様な子じゃないのにな……」
「……やっぱり、〝大人〟になったあなたには……私は見えてないんだね……」
『……王子は知りませんでした。少女が人間ではなく妖精だということを。妖精が見えて、触れることが出来るのは子どもだけだということを。この日、この国で成人と認められる15歳の誕生日を迎えた王子は〝大人〟となり……妖精を見ることは出来なくなっていたのです』
「どこにもいない……クソッ、このまま〝さようなら〟になんてするもんか。絶対に見つけだしてやる……!」
「……私だって、何も伝えてないのに〝さよなら〟なんてヤダよ……。だけど私は妖精、あなたは人間……私もあなたと同じ人間に、なれたらいいのに」
『その日から少女は毎日泣いてばかり……姉達がどんなに慰めても暗い表情ばかり浮かべていました。人間になりたい、人間になれたら王子の近くにいられるのに……そう悩み続ける少女に姉達は、森に住む魔女について教えます』
少しだけセットを変え、魔女役として黒いローブのような衣装を着た狭間さんが出てくる。……脚本を書いただけじゃなく、魔女なら性に合ってるからって引き受けてくれて……言っちゃ悪いけど似合いすぎてる。カルマ君やアミサちゃんの様に色で表すとしたら、黒の魔女って感じかな。
「……何かしら、小さなお客様?」
「魔女さん、私、人間になりたいの。……大人が……王子様が姿を見ることが出来る人間に……そのために私があげられるものならなんでもあげます」
「……そう、別にいいわよ。ただし、人間にする代わりにアンタの声を貰うわ……そして、王子と結ばれなければアンタの存在は空気に溶けて消えてしまう。それでもいいの?」
「……構いません、もう一度王子様に会えるなら!」
「寿命の無い妖精から、たった80年程度しか生きられない
「ありがと、ございます……!」
ここまでの流れを見ていて、何となくこの劇の原作にしている童話が何か分かった人もいるんじゃないかな?……そう、これは『人魚姫』……舞台で海の中を表現するのは難しそうなのと、狭間さんと三村君がアミサちゃんだからこそ出来る表現を使いたいと言い出したことで、人魚姫を妖精に、舞台を海の中から森の中に、その他いくつか設定を変えて演じることになったんだ。妖精とか子どもとか……少しだけ『ピーターパン』の世界観も混ざってるんだったかな。
『そして、妖精の少女は王子とのいつもの待ち合わせ場所へ行き、躊躇うことなく薬を飲みました。次に会う約束をしたわけではないけれど、ここで待っていれば会える気がしたから……』
あ、また暗転して舞台が変わった。アミサちゃんが狭間さんから受け取った薬……一応それらしく見せるために色の着いた飲み物が入ってるらしいビンを一気にあおる。慌てて口元を抑えた彼女はビンを取り落とした。
──カラン
「!!……んぐ……~……っ!」
『薬を飲んですぐに意識が薄れ、同時に焼け付くような痛みが喉を走り、少女はその場に倒れてしまいました』
アミサちゃん、すごい演技力だ……あの苦しみ方とかリアルだし……って、あれ?なんか、実際に苦しんでる様に見えるんだけど……この場面では気絶してるはずなのに若干身動きして口押さえてるし……後で聞いてみようかな。
そうこうしている内に、照明があたって舞台は朝を表現する。再度カルマ君が舞台に現れて、倒れているアミサちゃんを見つけて駆け寄った。
「……!やっと、やっと見つけた……!……ねぇ、起きてよ」
「…………!」
「何日も会えなくなって心配したんだけど……もう、どこに行ってたのさ」
「……………、……、」
「……何も言わないんじゃ分かんないし……」
「…………、……、…………」
「…………もしかして、声が出ない、とか……?」
「………………………(コクン)」
「そんな……ううん、でもいーや。君は見つかったんだから……」
『少女を見つけた王子が少女を揺り起こしますが、どんなに問いかけても返ってくるのは空気の音だけ……目を覚ました少女は、既に声を失った後でした。会えなかった何日もの間に、何があったのか……王子には分かりません。それでもと再会を喜んだ王子は声以外は無事な様子の少女を抱きしめ、お城へと連れ帰りました』
森の中を表現するには、E組の校舎周りにいくらでも素材があったから楽だったけど、豪華なお城のセットなんてこの短期間で準備した挙句ここまで持ち込むなんて無理だ。ということで、わざとセットを全部外して何も無い白い空間に……西洋のお城は白くて綺麗だからそれでいいでしょ、と言ったのは誰だったかな……。
カルマ君とアミサちゃんの前に、側付きの役である千葉君と速水さんの2人が歩み寄った。
「王子、どちらへ行かれて……ッ!……その者は?」
「俺の客人。本トは誕生日に連れてくるつもりだったんだけど、事件に巻き込まれたみたいで遅くなった……丁重に持て成してくれる?」
「誕生日……、まさか、王子が幼い頃からずっとお話されていた方ですか?」
「……見つかったのですね。どうぞ、こちらへ」
「……」
「大丈夫、この2人は王……父上じゃなくて俺に忠誠を誓ってくれてるんだ。例え父上に認められなくても絶対に君に危害を加えることは無いから安心して」
『不安そうに何度も振り返る少女を側付き2人に預け、王子は父である王様に今回の件を報告します。遅れてしまったが、お嫁さんとなる候補の女性を連れてきた、と』
「話は分かった……だが、身分が違う娘なのだろう?王族は民を導く者……好きあっているからとそのような政治も知らぬ者をおいそれと認めてやるわけにはいかん」
「でも、俺は……」
「
「……その言葉、確かに聞きましたから」
ここの場面では王様役である殺せんせーが声だけ登場している。単に王子を目立たせたいのだから、王様は声だけにしようということにしたのだけど……こうしておいて良かったかもしれない。舞台に1人跪くカルマ君の声だけじゃなく、姿の見えない殺せんせーの声が響いて……うわぁ、なんか王様っていうより魔王っぽい。
『それから1ヶ月の間、会えなかった日々を埋めるように王子は少女と過ごしました。声を出すことが出来なくても、何故か少女が何を伝えたいのか王子には何となく分かり……少女は少女で、王子の勉学の時間に様々なことを一緒に学び、王子が城の騎士達と剣術を学ぶ際も見守り続けました。
そして、約束の1ヶ月……王子は前のように白の少女を側付きに預け、結果を聞くために再び王様に謁見します』
「……あの娘を城に置くことは許そう。だが、お前と婚姻を結ぶことは許可できない」
「……ッ!何故ですか!?確かに彼女は勉学などしたことも無い身分ではありましたが、この1ヶ月……俺と共に学ぶ事でかなりの知識を吸収し、家庭教師も驚く程の実力を備えています!王女として迎え入れるのに相応しいと……!」
「口のきけぬ者を、国母として認めるわけにはいかないからだ」
「……ッ」
「あの少女の実力は目を見張るものがある上、私は嫌っているわけではない。しかしお前は将来、私の跡を継いで国を動かす存在となる……側で支える王妃が口をきけぬと、良からぬ輩に利用されて終いだ。
……今、我が国では隣国と良い関係を結びたいと話を進めている。こちらのお前と同年代で双子の王子と王女がそうだ……意味は分かるな?」
「……そんな……」
「婚姻は結べないが、このまま城で共に過ごせることに変わりはないだろう」
……と、ここで僕と茅野の出番だ。隣国の双子の
僕等が舞台へ上がり、青の王子と緑の王女だと自己紹介したところで、実は王様との謁見が始まったあたりで舞台に出ていたアミサちゃんが舞台袖に向かって走っていった。……ここまでの会話を聞いてしまったからだ。
『王子と王様達の会話を聞いてしまった白の少女は、城の外にある庭の隅で座り込んでいました。王様の配慮で、王子と結婚することは出来なくても、自分を大切にしてくれる人の側にいることは出来る……しかし、少女は泣いていました。だって魔女は言っていたから……〝王子と結ばれなければ白の少女は空気に溶けて消えてしまう〟と。その時、庭の影から少女を呼ぶ声が聞こえたのです』
「こ、……こっちですよ、こっち」
「……っ?!」
「あ、これ?えへへ、可愛い妹を亡くしたくなくて、私達も魔女さんにお願いしてきたんだよ〜。そしたら、羽と交換でこの短剣を貰ったの」
「空は飛べなくなっちゃったけど、特に変わりはないし気にならないから」
「王子があなた以外と結婚した次の日……朝日が昇る時がリミット。その前に、これで王子を殺すの……そうすれば、あなたは消えなくて済むし、妖精に戻れるって言ってたよ」
「……、……?」
「『私が王子様を殺すのか』って?無理なら、私達が殺ってあげるからさ。人間になってもあなたは私達の大切な妹……消えて欲しくなんてないもん」
服装は初めと同じだけど羽を無くした奥田さん、倉橋さん、岡野さん、矢田さんがアミサちゃんに声をかける。少しセリフに詰まりながらも奥田さんが話し始めて、ナイフ……対先生ナイフにアルミホイルを巻いて銀色に見せた物を矢田さんがアミサちゃんに手渡した。躊躇う様子を見せた彼女から、無理しなくてもいいとナイフを受け取ろうとした岡野さんを制して、アミサちゃんがナイフを服の中にしまう。……そろそろクライマックスだ。
『王様の決定に逆らうことは出来ず、王子は隣国の緑の王女と結婚することになりました。白の少女が存在していられる時間はどんどん無くなっていきます。そして、白の少女が姉達に教えられたリミットの直前……少女は静かに王子様の部屋へと忍び込みました』
「……、」
横になるカルマ君の近くへアミサちゃんが近寄っていく。壁には窓の代わりに菅谷君が描いた朝日が昇る直前の風景画が貼ってあった。それを一瞥した後、アミサちゃんは服の中に隠していたナイフを手に持ち、王子に突き立てようと思い切り振り上げて……、……そのまま振り下ろすことはなかった。自分の前で眠る相手を殺さなければ、自分の存在が消えてしまう……そうだとしても、好きな相手に手を下すことは出来なかったから。
そっと身を屈め、眠る王子の頭を軽く撫でると、白の少女は部屋から出ていこうとする……が、その腕を眠っていたはずの王子が掴んで止める。
「……ねぇ、俺を殺さないの?」
「……ッ!?」
「俺も、君のお姉さん達に会ったんだよ……俺を殺せば、君は元の生活に戻れるんだろ?元はといえば、俺が無理やり君をこっちに連れてきたのがいけなかったんだからさ……ほら、このナイフで俺を殺して元通りだ」
だから殺せと、カルマ君はアミサちゃんのナイフを持つ腕を取り、自分の胸にナイフを向けたけど……アミサちゃんは、静かに首を横に振った。そっと、手を重ねて窓の外へと視線を向ける……いつの間にか夜明け前の風景画には、朝日が登っていた。
「なんで……!……ねぇ、なんか光って……」
「………、……」
「『お別れ』って、……」
「──だいすきです、王子様──」
「!」
『白の少女は、王子を殺すことは出来ませんでした。好きになった相手の命を奪ってまで、生き続けたいとは思わなかったのです。魔女の計らいでしょうか……朝日が昇り、光の中に溶け消えていく白の少女は最期に声を取り戻し、いつの間にか姿が見えなくなっていました』
ふ、と笑みを浮かべたアミサちゃんが、カルマ君に顔を寄せ……キスをする。その瞬間、彼女の周りに銀色に光る蝶が舞い始め……気が付くと、最期まで被っていた花の冠を残して彼女の姿はどこにもなくなっていた。これが狭間さん達が使いたいと言ったアミサちゃんにしかできない表現……彼女が《月光蝶》のクラフトを使って姿を隠す際、光る蝶の幻影が見えると聞いて思いついたんだって。むしろ、これを入れたいがためにこのお話を作ったらしい。カルマ君は呆然とした様に、アミサちゃんの姿が見えなくなった空間を見ていたけど、残された花の冠をそっと手に取って抱きしめ、静かに座り込んだ。
……という所で舞台の照明が消えたけど、まだこの劇は終わりじゃない。僕等は……特に今の今まで舞台に出ていたカルマ君とアミサちゃんの2人は急いで舞台袖に駆け戻ってきて準備をする。
『時は現代。ここは椚ヶ丘……今朝もたくさんの学生達が町を歩いています』
律のナレーションが流れた瞬間、観客席がザワついた。そりゃあそうだ、たった今までファンタジーのような世界観が舞台の演劇だったのに、ナレーションの中にここ、『椚ヶ丘』という地名が出てきたのだから。
そして、照明や進行の関係で袖に残らざるを得ないE組の生徒以外全員が、椚ヶ丘中学校の制服を着て舞台を歩く……まるで朝の登校風景のように友達とじゃれあったり単語帳片手に歩いたり。そして僕はというと、服を着替えていつもの黒いカーディガンを羽織ったカルマ君の隣を歩く。不意にカルマ君が誰かの腕を掴み、僕は彼のいきなりの行動を不思議に思って足を止める。周りを歩いていた僕等以外のE組生たちがはけると、舞台の上には僕とカルマ君、そしてカルマ君に手を取られたアミサちゃんが振り返ってこちらを見ている。
「……え……?」
「ねぇ、君は──」
ここで、照明は一気に消され、舞台は暗転。
◆
「……え、嘘、続きはどうなったんだよ!?」
「意味深に終わるな!ってか気になって飯に手がつかなかったじゃねーか!!」
暗転した後、そっと舞台袖から【完】と書かれた札を三村くんが出した途端、静かになっていた観客席から一気に声が上がった。1本目の『桃太郎』よりもいいお話だと思って演じたんだけど……結局何をしてもブーイングは来るんだね……
「お、終わったぁ〜……」
「お疲れ様!」
「ちょっとー、ブーイングの内容おかしくない?食べられなかったのは自分のせいでしょー?むしろ私達は食べずに
「うわ、生徒会長の顔怖ッ!いろんな意味で色々やらかしたからかなぁ」
「とりあえず、小道具諸々回収して校舎に戻るぞ!」
観客席はブーイングの声でうるさいくらいだけど、舞台にいる私たちの方だって負けないくらい声を上げて指示を出しあっていた。だって聞こえないもん、それくらい声を張り上げなくちゃ。
最後のシーンのために全員が制服には着替えていたから、あとは舞台上に残ってる小道具を回収して、舞台袖に置いてある衣装の類を分担して運べば帰れる。上手と下手に分かれて指示を出してくれている磯貝くんと三村くんの指示で動き、ブーイングやら最後の結末をあえて明確にしないまま終わらせたことへの文句を聴きながら、私たちはE組の校舎へと帰還した。
++++++++++++++++
E組はお昼ご飯の時間に発表だったからまだ誰も食べてなくて、教室に戻ってきてすぐにみんながお昼ご飯を広げる。いっそ机じゃなくてブルーシート敷いてみんなで食べよう、なんて言い出したのは誰だったか……なんだか、みんなでピクニックに来たノリになってる。
教室の中はみんながみんな、それぞれの頑張りを讃え合う。やり切ったと綺羅々ちゃんや殺せんせーが静かながら満足そうに喜んでる反面、普段の様子とはかけ離れた演技を見せてくれた杉野くんは机に突っ伏したり、有希子ちゃんに褒められて持ち上がったりと忙しそうだ。小道具専門で動いたクラスメイトもいたけど、大半がどちらかの演劇にキャストとして出ていたから、意外な姿ばかり見られて面白かった。
「アミサちゃんすごかったよ〜!特に後半!喋れない設定だから一切セリフ無いはずなのに、すごい色々伝わってくる演技だったもん!」
「そ、そうかな……でも、みんなの支えがあってこそだよ。ありがと……」
「ご、ごめんなさいぃ〜……私、緊張してどもってしまいました……」
「奥田さんも全然よかったって;ほら、このおかず交換しよ?」
「あー!矢田さんずるい!私とも!」
反省があったり褒めあったり。みんなそれぞれで頑張ったこの演劇発表会で、この中学での学校行事は最後……全部終わったんだ。
「先生、2つとも大きな役がもらえて幸せです……」
「桃太郎はともかく王様の時、殺せんせーキャラ変えたっしょ。いきなりやんないでよ……焦ったじゃん」
「いやぁ、ついつい熱が入ってしまいました。先生の相手役はカルマ君だけでしたから、器用な君でしたらフォローしてくれるだろうと思いまして」
「声だけの演技でいい殺せんせーと違って、俺舞台にピンだったんだから誤魔化すの相当大変だったんだけど?」
「先生的には、カルマ君の大切な恋人を認めない役柄でしたから、何時キレられるかと……」
「そんなの練習中から報復しまくってるけど」
「にゅやっ!?そ、そういえば変なことが何度も起きたような……」
「あー、殺せんせー。何回かあった差し入れ、あれほとんど全部カルマの仕込みありだぜ?」
「殺せんせーの避難場所に色々仕掛けてたのもカルマ君だったような気がする」
「あ!そういや裏山のエロ本スポットが荒らされてたのも……!」
「それは俺じゃない」
時々会話が脱線しつつ、結構重要な役を一緒に演じられた殺せんせーは満面の笑み。それに、普段過ごすだけじゃわからない私たちの姿や魅力を見つけられて、かなり嬉しそうだ。
次は、冬休み……烏間先生の協力で、かなり大掛かりな暗殺にも取り組める。今度こそ、殺るよ……覚悟してね、殺せんせー!
「そういえばさ、アミサちゃんが飲んでた、あの〝人間になる薬〟の正体ってなんだったの?」
「あ、それ私も気になってた。近くへ行った時に冗談じゃなく本当に泣きかけてたし……そんなに不味いものだったの?」
「というかよく飲んだな、そんな得体の知れないもの」
「用意したのがカルマ君だから躊躇せず飲めたんでしょ……」
「…………レ……」
「「「へ?」」」
「……豚角煮オレ……新発売だって、前にカルマが言ってた……すごい味だった」
「泣きかけてた理由、まさに選んだカルマ君のせいじゃん;」
「ゲ、ゲテモノで有名な煮オレシリーズがさらなる刺客を生み出したってか……」
「真尾、お前よく生きてたな……」
「……フルーツのならおいしいけど、アレを笑顔で飲みながらおもしろい味の一言で片付けられるカルマはすごいと思うの……思い出したら……うぷ……」
「そんなにか;」
++++++++++++++++++++
演劇、原作と全く同じにしないために色々考えていたら更新が遅くなりました。別ルートの演劇の時間用に考えた内容以外にも色々考えたのですが……実は暗殺者だった説のある『シンデレラ』とか。『ヘンゼルとグレーテル』とか。主役じゃないけど暗殺が絡んでくる『白雪姫』とか。《月光蝶》の設定を使いたくて蝶々の出てくる童話、暗殺教室に絡めて暗殺物と考えた結果、蝶=妖精の結論に達し、『妖精姫(ベースは人魚姫)』という形に。よく言いますよね、妖精は子どもにしか見えないとか←
というわけで、配役や役割分担もせっかく考えたので下に貼っておきます。……クラス全員、いますよね?
★劇の配役&裏方★
総監督兼上手側進行:三村
監督兼下手側進行:磯貝
脚本:狭間
【桃太郎】
ナレーション:律
桃:殺せんせー
おじいさん:杉野
おばあさん:神崎
弁護士:竹林、片岡
村の男達:寺坂、村松、吉田
警察:中村
犬、サル、キジ:前原、岡島、イトナ
小道具係:カエデ(川)、矢田(煙)
【人魚姫(妖精姫)】
ナレーション:律
白の少女:オリ主
赤の王子:カルマ
妖精の姉達:倉橋、矢田、奥田、岡野
黒の魔女:狭間
王様:殺せんせー
側付き:千葉、速水
騎士:木村、不破
青の王子:渚
緑の王女:カエデ
小道具係:原(衣装)、菅谷(風景画)
それでは次回のおはなしで。