暗殺教室─私の進む道─   作:0波音0

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教員試験の時間

教室の中には外で対峙していた殺せんせーと理事長先生の2人だけが入り、逆に中にいた私たちE組生徒は各自の荷物と一緒に外へ出され、窓から中を見つめている。あの人はたった1人でどんな暗殺を仕掛けるというのだろう……そんな思いで見ていると、理事長先生は5つの机を半円を描くように並べ、その上に5教科の問題集を置きはじめた。

 

「5教科の問題集と5つの手榴弾を用意しました。うち4つは対先生手榴弾、残り1つは対人用……本物の手榴弾です。どれも見た目や匂いでは区別がつかず、ピンを抜いてレバーが起きた瞬間爆発するように作らせました」

 

そう、私たちにも分かるように暗殺方法を説明しながら1つの手榴弾を手に取り、レバーを抑えながらピンを抜く理事長先生。そしてそれを適当なページを開いた問題集の間に、レバーを起こさないように抑えながら挟み込んだ。

 

「この問題集を開き、ページ右上の問題を1問解いてください」

 

「!!?そんなの、開いた瞬間レバーが起きて……」

 

「そう、ほぼ確実に爆発を食らう。ですが解けるまでは一切動いてはいけません。順番はあなたが先に4冊解き、残った1冊を私が解く……このギャンブルで私を殺すかギブアップさせられれば、あなたとE組がここに残るのを認めましょう」

 

そう……それが理事長先生の言った『教室を守りたければ』って言葉の意味だったんだ。殺せんせーを暗殺するために存在する暗殺教室を続けられるか否かって意味の他に、手榴弾による教室そのものの破壊が含まれてる。被爆したとしてそれが対先生弾だったら被害に合うのは殺せんせーだけ……対人用の手榴弾だったら殺せんせーには効かないし、理事長先生の時まで残ったならギブアップすればいい。

唐突に理事長先生は寺坂くんを指名して殺せんせーの勝つ可能性を計算させる。今回の期末テストのためにみっちり勉強した寺坂くんはしっかりと正解を導き出した……圧倒的に不公平で理不尽な暗殺だと結論もつけ加えて。

 

「社会に出たらこんな理不尽の連続だよ、強者と弱者の間では特にね。だから私は……君達にも強者側になれと教えてきた。さぁ、チャレンジしますか?これは……あなたの教職に対する本気度を見る試験でもある。私があなたなら……迷わずやりますがね」

 

クビをチラつかせ、誰から見てもあからさまに絶対有利な賭け(ギャンブル)を仕掛ける。殺せんせーは暗殺を受ける立場であり、国をあげて暗殺を狙っている標的(ターゲット)……すなわち、殺しに来る相手を拒む権利はない。不公平とはいえ、最後の手榴弾を受けると宣言している理事長先生がいる限り、誠実な先生としてあり続けたい殺せんせーとしても、受けざるを得ない。

 

「…………」

 

「どう思う、アミサちゃん」

 

「……殺せんせーとしてやらざるを得ない環境でなおかつ対人用(あたり)以外を選ばなくちゃいけないプレッシャー。……シロさんとイトナくんの暗殺、ううん、今までのどの暗殺よりも暗殺できる確率が高いと思う」

 

「マジか……」

 

問題を解くまで動けない、ということで殺せんせーはこれから開く問題集の前の椅子に座って何やらためらっている様子。……やっぱり、緊張するんだろう。問題集を開いて解いてすぐに閉じれば、レバーは起ききらないから爆発もしない……殺せんせーのスピードがあればその動作はできなくはないと思うけど、いきなり見た問題をすぐに解けるものなのか。

意を決した様にバッと開いた数学の問題集、と、同時にものすごい速さで触手が動いてるのが見えたけど、あの動きは答えを書いてるっていうより……頭、抱えてる?

 

────バアァンッ!

 

爆発、というより弾けるような音が響いて、それと同時にかなりの勢いで飛び散ってきた対先生BB弾の雨からとっさに顔をかばう。中の様子が見やすいようにって窓を開けて見ていたから、衝撃で外までBB弾は跳んできたんだ。火薬の煙がだんだん落ち着いてきて、その向こうに見えたのは……着ているアカデミックローブから露出した部分に対先生BB弾をまともに受けて、触手や顔に穴があき、溶け出している殺せんせーだった。

 

「まずは1ヒット……あと3回耐えられればあなたの勝ちです。さ、回復する前にさっさと次を解いて下さい」

 

「あんなの……あと3発耐えられるダメージじゃねぇ!」

 

こんな単純な方法で……殺れちゃうのかな?……でも、カルマが手のひらに貼り付けた対先生ナイフの欠片で簡単に触手を破壊できたくらいだし……案外単純なものの方が有効なのかもしれない。

 

「さあ、殺せんせー。私の教育の礎のひとつとなって下さい」

 

どこまでも自分の信じる教育のために、使えるものはどんなものでも利用して真っ直ぐな理事長先生に急かされ、殺せんせーはゆっくりと次の問題集……社会へと触手を伸ばした。

 

 

 

 

 

……ら、次の瞬間には問題集の表紙に、問いに対する答えの書かれた付箋が貼ってあった。

 

 

 

 

 

「「「……え、」」」

 

「はい、開いて解いて閉じました」

 

周りでみんなが驚いた声を上げ、理事長先生が固まった。

 

「……んー……どんだけ見えた?俺、開いて閉じて書いてる動作なら見えたけど」

 

「うん。問題集開いたあとに、問題の上に付箋を置いて書いて剥がして閉じて貼ってた」

 

「そこまでは見えなかったよ。俺は書いてる動作だけだな……でも、他の奴らだって見え方は違っても分かっただろ?」

 

「いや、カルマ君とアミサちゃんと磯貝君だけじゃないかな……」

 

「この動体視力バケモノ軍団め……」

 

「ごめん、私もちょっと見えた」

 

「茅野も!?」

 

カルマがなんてこともないように聞いてきたから私も普通に答えたんだけど、どうやらみんなには殺せんせーのあの動きは何が起きたか分からないってくらいのスピードだったみたい。カルマと磯貝くんとカエデちゃんも見えたみたいだから普通なんだと思ってた。……でも、社会は成功したのに……なんで1問目の数学はあんなにテンパってたんだろう。

 

「この問題集シリーズ、ほぼほぼどのページにどの問題があるのか憶えています。数学だけ難関でした……生徒に長く貸していたので忘れてまして……」

 

「!あ……も、もしかしなくてもこれ!?」

 

「はい。ですが、それのおかげで今回の数学では点数アップですよ、矢田さん」

 

殺せんせーが少し照れたように言うと、桃花ちゃんが慌てて外に持ってきた自分のカバンを漁り……中から数学の問題集を取り出した。確かに、理事長先生が偶然選んで持ってきた今ギャンブルに使っている問題集シリーズの本だ。たまたま覚えていたのかと思いきや、日本全国で発売されている全ての問題集を憶えているみたいで……教師になるからってそこまでするなんて、やっぱり殺せんせーは理事長先生とはまた違った教育熱心な先生だと思う。

先生はそのまま順調に国語、理科と問題を解いていって……最後に残ったのは英語の1冊、最初の約束通り理事長先生が解く問題集だ。

 

「どうですか?目の前に自分の死がある気分は。死の直前に垣間見る走馬灯……その完璧な脳裏に何が映っているのでしょうか?」

 

最初の数学の問題集は対先生手榴弾だった……けど、残りの殺せんせー担当の問題集3つは爆発させることなくクリアしている。ということは、最後の1つが対人用か対先生手榴弾(本物か偽物か)の区別がつかないってこと。中身が対先生手榴弾だとして理事長先生が問題集を開いて無事なら賭けは殺せんせーの負けになるけど……1/4の確率で理事長先生が危険なことにも変わりない。

長い、長い沈黙の中で、理事長先生は何を考えているんだろう。殺せんせーの言う通り、死を目前として走馬灯を見ているってこともありえるのかな。

 

「さぁ、浅野理事長。最後の一冊を開きますか?いくらあなたが優れていても……もしも本物の爆弾入りの問題集だったらタダでは済まない」

 

「アンタが持ち出した賭けだぜ!死にたくなけりゃ、潔く負けを認めちまえよ!……ヒィッ!?」

 

「っ、それに私達、もし理事長が殺せんせーをクビにしても構いません!」

 

「この校舎から離れるのは寂しいけど……私達は殺せんせーについていきます」

 

「家出してでも、どこかの山奥に篭もってでも。僕等は3月まで暗殺教室を続けます」

 

殺せんせーの勝利がほぼ決まって、危険なギャンブルは理事長先生が勝負から降りれば終わりという段階になり、余裕を取り戻した吉田くんが理事長先生に啖呵をきって……すぐに睨まれてメグちゃんに縋った。それを容赦なく引き剥がしたメグちゃんとにこやかに笑う有希子ちゃん、磯貝くんが続く。殺せんせーは嬉しそうに泣きながら涙を拭ってるけど……理事長先生は、怯えもためらいもどこかに捨ててきたような顔をしていた。

 

「………今年のE組の生徒は……いつも私の教育の邪魔をする。ここまで正面切って刃向かわれたのは何度目だろうか……」

 

どこか血走った目で問題集を見つめながら、独り言のように呟く理事長先生に、私はある不安が過った。……そんなことはあって欲しくない、生きるか死ぬかのギャンブルなんて簡単にのらないで欲しい、だから早くギブアップして欲しい……そう思ったけど、どうしても不安はぬぐえなくて、念の為にと力を込める。

 

「殺せんせー……私の教育論ではね、あなたがもし地球を滅ぼすなら……それでもいいんですよ」

 

そういうや否や、理事長先生は問題集に手をかけたのを見て、私は心を決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カルマside

 

「────────だめ」

 

「アミーシャ……?ちょ、何してッ!」

 

理事長が問題集に手をかけた瞬間、小さな、小さな制止の声が聞こえたと共に、小さな体が窓を越えて教室の中へと飛び込んでいく。俺のすぐ隣にいたから動きには気付けたけどいきなり過ぎたし、それくらい素早くってさり気ない動作だったから、予想も出来てなかった俺を含めて誰1人として彼女の動きを止めることができなかった。

 

────ドグォッ!!

 

アミーシャが教室に飛び込んだ直後、理事長が問題集を開いた瞬間にレバーが起きて……先程の対先生手榴弾の爆発とは比べ物にならない轟音と衝撃が起きる。……本物の、対人用の手榴弾が爆発した。

 

「……ぁ、アミーシャッ!」

 

「……え、嘘、あの子中にいるの!?」

 

「待って、今入ったらカルマ君が危ないって!」

 

殺せんせーがクリアする前に対先生手榴弾4回の被爆で死ぬ……その予定が、自分の番まで存命してしまった。最初の4冊は殺せんせーのスピードがあったから対処できた今回の暗殺。だけどどんなに完璧だとしても理事長は人間だ……人の域を超えるほどじゃない(とは思うけど、実際はどうなんだろうね)から、同じ条件の1冊でもクリアすることなんてほぼ不可能だろう。そんなことは理事長本人も分かっているはず……ということは、理事長は分かっていて自爆を選んだんだ。

生身の人間が本物の手榴弾の爆発を間近で受けて無事でいられるはずがない。理事長はもちろん……爆発直前で中へ入ってしまったアミーシャだって。こんな時くらいポンコツでいてくれた方が気楽でいいのに、瞬時に判断してしまった俺の頭脳が最悪の結果を告げ……まだ爆発による煙が立ちこめる室内へ飛び込もうとして、クラスメイトに抑え込まれた。どけよ、危険だろうがなんだろうが、早く彼女の無事を確認しないと────

 

「あ、アミサさんっ!?なんて無茶な真似をしたんですか!!」

 

煙が立ち込めている教室内……まだ晴れてないんだけど、殺せんせーが大慌てする声が聞こえてきて、彼女を呼ぶ声が聞こえて、俺はやっと暴れるのをやめた。だんだんと晴れていく煙の向こうに、人影より先に茶色の淡い光が見えた。

問題集や手榴弾が置かれていた机は木っ端微塵に吹っ飛び、木の破片や木屑で荒れた教室内に彼等はいた。もともとギャンブルをしていた位置に立ち、慌てたように触手を伸ばしている殺せんせー。床に尻餅をつきながら呆然としている理事長先生。そして……そんな理事長を押し倒した犯人だと思われるアミーシャが肩で息をしながら床に座り込んでいた。

 

「…………なぜ、君が…………」

 

「……あ、あはは……理事長先生なら、なんとなく逃げない、あのまま自爆を選ぶんじゃないかって……そう思ったら、体が動いちゃってました……」

 

「動いちゃってました〜……じゃありません!そんな無茶しなくとも、先生には脱皮という奥の手がありましたから、至近距離で爆発を受ける理事長を守ることが十分可能だったのに……」

 

呆然としながら危険を冒してまで自分を守ったアミーシャを見て呟く理事長と、見るからに顔を真っ赤にしてぷんすこ怒りながら触手をくねらせる殺せんせーを不思議そうに見た彼女は、キョトンとした表情のままさも当然のことのように言った。

 

「……でも、それだと守れたのは理事長先生だけでしょう?」

 

「……、……まさか……俺とイリーナか?」

 

「「「……!!」」」

 

「……はい。私たち生徒側よりも近い距離で見てたから……」

 

最初は、誰にもアミーシャのいっている意味がわからなくて首を傾げていたんだけど、答えを導き出したのは守られた1人である……烏間先生だった。烏間先生とビッチ先生は生徒では無いのと、防衛省所属、防衛省からの依頼で雇われた殺し屋ということで、暗殺を見届ける立場にある。だから理事長の暗殺も教室の扉を開けたまま出入口付近から見ていて、距離も近かったから巻き込まれる可能性がないとは言いきれなかった。烏間先生とビッチ先生なら十分自分で対処できたと思うけど……アミーシャだもんねぇ……危ないかもしれないって思った時点で我慢できなかったんだろう。

 

「……もしや、この茶色の光がアーツなのかな?」

 

「……、1度だけ、どんな物理的な攻撃・被害でも防いでくれる障壁を生み出す、«アダマスガード»(地属性補助魔法)というアーツです。複数人同時に効果がある代わりに、1度にかけられる範囲が狭くて……先生たちみんなを範囲に入れるには、どうしても理事長先生に移動してもらうか私自身が起点になるために、教室に入らなきゃいけなかったんです」

 

「はぁ……先生、脱皮しなくて正解でした……物理的なものから守るアーツということは、きっと守るつもりでかけた皮を攻撃判定として弾き、爆発直前に障壁が消えていたかもしれませんから」

 

「……2人して、私を守ろうとした……なぜ、私が自爆を選ぶと?」

 

「似た者同士だからです。お互いに意地っ張りで教育バカ、自分の命を使ってでも教育の完成を目指すでしょう……それに……私の求めた教育の理想は、十数年前のあなたの教育とそっくりでした」

 

『いい生徒』に育って欲しい。

将来社会で長所を発揮できる人材を育てたい。

思いやりを持ち、自分の長所も他人の短所もよく理解できる生徒になって欲しい。

理事長の元々の教育は、殺せんせーのそんな教育とそっくりだったらしい……何があって今の変に『強者と弱者』に固執するものになったのかまでは知らないけど。似た者同士の2人の教育バカの道が違ったのは、E組を弱者として『捨てた』か『拾った』かという小さなこと。

それでも、と殺せんせーは言う。E組は弱者と置いても、纏まった人数が揃ってて同じ境遇を共有してるから校内いじめに耐えられるし、1人で溜め込まずに相談できる集団だと。その集団を作り出したのは、他でもない理事長なのだと……捨てたつもりの『弱者』を、気付かないうちに育て続けていたのだと。

 

「殺すのではなく生かす教育。これからも……お互いの理想の教育を貫きましょう」

 

殺せんせーだって暗殺をするといっても、対象は殺せんせーただ1人……人間の命を奪え、殺し屋になれと育てているわけじゃない。だからこそ、それをも利用して生かすための教育をするのだと、対先生ナイフを理事長に手渡す殺せんせー。

 

「……私の教育は常に正しい……この十年余りで強い生徒を数多く輩出してきた。ですごあなたも今私のシステムを認めたことですし……恩情をもってこのE組は存続させる事とします。……それと、たまには私も殺りに来ていいですかね」

 

「もちろんです。好敵手にはナイフが似合う」

 

ナイフを手に、少しの間黙り込んでいた理事長は、ソレをネクタイピンに押し当てながら……笑った。邪悪な狂気的な雰囲気のない、何も企んでないあの人の笑顔とか初めて見た気がするんだけど……俺。そのまま教室を出ていこうとした理事長だったんだけど、ふと、黒板に目を向けてから何かを考え出し……アミーシャに視線を向けた。

 

「そうだ、……真尾さん」

 

「……ッ!」

 

「怒られる、と思うくらいなら自分を犠牲にして危険に飛び込むのはやめなさい。……だが、今回それに助けられたのも事実だからね……」

 

名前を呼ばれた瞬間に肩をビクつかせて縮こまったE組の小動物(アミーシャ)に、後から俺等も説教することになるだろういつもの自己犠牲による人助けを注意すると、理事長が懐から取り出したのは……赤ペン?

 

「……君はどちらでいきたいのかな?」

 

「……ぇ……」

 

「おや、今回無記名にしたのはそういう意味じゃなかったのかい?私の読み違いか……」

 

「違っ……わ、私は……さいごくらい、私でありたい……!」

 

「……ふっ、そうか」

 

俺等全員、アミーシャと理事長の間だけで成立している会話についていけないでいると、彼女の答えを聞いた理事長は手に持った赤ペンのフタを開けて……

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

向かった先は貼りっぱなしにしてあったのにあの爆発の中でもそこまで影響を受けていなかった順位表……その欄外、俺の欄のすぐ上にアミーシャ・マオと彼女の名前、順位、テストの点数を加筆していく。

 

「ふむ……浅野君以下に大きく順位変動が起きてしまうが……まあなんとかなるだろう」

 

「あ、あの……」

 

「なに、規定だから無記名の君は外していたが、本来君のような成績優秀者を学校の記録に入れれば、この椚ヶ丘のレベルはさらに上がるからね。当然の措置だよ」

 

「「「(本当にどこまでも教育のため……)」」」

 

理事長はにこやかにそう言ってのけたけど、アミーシャを1位に入れるということは浅野クンから下のトップ50が全員1つずつ順位が下がるってのは、なんとかなるレベルなんだろうか……なんとか()()んだろうな、この人なら。教育のために。

理事長が今度こそ教室を出ていったあとに、何ともなしに見送ってたけどはたと気がつく……今、理事長……

 

「……ねぇ、今普通にスルーしてたけどさ……」

 

「理事長、アミサちゃんの名前、順位表に書き込んでったよね?あれってE組限定の措置ってわけじゃないよね?」

 

「浅野以下に順位変動が出るって言ってたから、学年全体だろ。それより……真尾を入れても寺坂は47位だ」

 

「……ということは……!」

 

「「「今度こそ、全員50位以内達成だ!!」」」

 

流れ作業のようにアミーシャを今回の期末テスト結果に組み込んで去っていったから、理事長がいる間に何も反応ができなかったけど……これって、そういうことなんでしょ?今度こそ間違いなくE組全員が揃って目標達成が確定したとなり、テスト返却直後の喧騒が戻ってきた。喜びの歓声が爆発したのを見て、アミーシャは周りの騒ぎ様に驚いたのかビクビクしてたのが見えたけど、女性陣にもみくちゃにされて姿が見えなくなった。そういやあの子、順位表張り出される前には逃げ出してたから、こいつらのこの様子見てないわ……そりゃ驚くよね。

 

「よかったね、カルマ君」

 

「……それは無茶からの生還って意味で?」

 

「うーん……それもだけど、浅野君と競ってた方。自分こそがアミサちゃんと同率1位を取るってやつ……アミサちゃんの想定外の行動とったせいでどうなることかと思ったけど」

 

「……ま、当然だよね」

 

すすすっと静かに近寄ってきた渚君が、隣に並んで俺の視線の先を見ながら彼女について話す。アミーシャの奇想天外な行動で全部吹っ飛んでたけど、そういやテスト前に浅野クンとそんな話してたわ。1学期の期末は俺の慢心であんなことになったけど……今回は本気で解いて(殺して)本気で狙って本気で1位を取りに行ったんだ。

 

 

 

今回こそは文句なく俺の完全勝利でいいでしょ?

 

 

 

女子に囲まれて嬉しそうに笑うアミーシャを見ながら、俺は渚君に差し出された握りこぶしに、自分の拳を合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、壊れた校舎は俺等が直すのかよ」

 

「理事長は?」

 

「『君達には一教室あれば充分でしょう』だって」

 

「そこら辺はブレないな……」

 

理事長先生は殺せんせーの暗殺とともに、校舎を解体する業者さんと重機を引き連れて帰っていった……うん、壊したものをそのまんまにして帰っちゃったんだ。E組の存続は認めても扱い方は相変わらずで、言い分も含めなんとも理事長先生らしい……といえばらしいのかもしれない。そしてその壊れた部分を誰かに頼ることなく、自分たちで修理できちゃうE組もすごいよね。設計はわかばパークの時と同じく千葉くんが担当してくれてます。

力仕事でもあるから、高所での作業や木材運びのほとんどが男子の仕事で、ほとんどの女子は足が着くところで釘を打ったり工具を運んだり。ほぼ1日仕事になるからってことで、残りの女子数人がおにぎりなどの差し入れを作っている。ちなみに私は身軽な方だし動く作業に回ってるんだけど……

 

「こらアミサ!スカートで飛び回らない!」

 

「ねえアミサちゃん、もうこの際カルマ君のでいいからさ、ジャージ借りて下に履こう?」

 

「ちゃんとスパッツ履いてるから見えてもだいじょぶなのに……それに……カルマのおっきいもん……動きにくくなるからやだ!」

 

「ぶっ!?」

 

「『変態終末期』が鼻血出した!校舎に付けるなよ?!」

 

「言い方!!もう少し目的語を付けよう!?」

 

「う〜……それに、ひなたちゃんもスカートなのに……私だってスカートの方が動きやすい……」

 

「岡野はいいんだよ、サルだから!」

 

ま〜え〜は〜ら〜ッ!!どーいうことよっ!

 

イダッ!……ほら、そーゆーとこだって!!」

 

今日はテスト返しが主だったから私もだけど体操服を持ってきてない人ばかりだし、何人か使わずに置いてある体操服はあるけど着替えようにも着替える場所すら理事長先生が壊しちゃったから、修復作業は制服だ。だから女子はみんなスカートなんだけど、何故か私ばかりみんなに動くことを止められる……私と同じ格好で同じ仕事してる人、他にもいるのに!だから思ったことをそのまま言ったら何故か岡島くんは鼻血を出してうずくまり、ひなたちゃんと前原くんがケンカし始めた。

 

「……危機感の無さ(あのあたり)、ホントに成長しないよね……アミサちゃんの作業してる周りには男子ばっかりなのにさ」

 

「さすがは別名『無自覚天然爆撃機』……ホントに容赦ない。俺等下での作業でよかったな……ついでとばかりに周りを巻き込んでる」

 

「カルマのがおっきいって……まさか!お前らまだ中学生だぞ!?けしからん!」

 

「うるさい『変態終末期』、聞き耳立てて鼻血出すな。絶対真尾の発言で変な変換したんだろ、お前」

 

「いやいやあの照れながらの表情を見ろ……案外ハズレでもないんじゃ……」

 

あー、手が滑りそうだけど下には何にもないし落としても平気だよね、よいしょー……っと」

 

「悪かったカルマ!俺が下に居るしそれは『手が滑った』んじゃなくて『投げ捨てる』っていうんだ!」

 

……言い合いを始めたのは2人どころじゃなかったかもしれない。しぶしぶ屋根から降りたところで、エプロンを付けた陽菜乃ちゃんからたくさんおにぎりが乗ったお盆を渡された。配ればいいのかな?

 

「あ、そーいえばさ先生。理事長先生の暗殺でそれどころじゃなくなってたけど……テストのご褒美は?」

 

「にゅ?……ああそうでした。先生の決定的弱点を教えてあげるんでした」

 

「「「!」」」

 

陽菜乃ちゃんの問いに全員が手を止めて殺せんせーに注目した。そういえば、そんなこと言いかけてた気がする……殺せんせー本人が明かす、殺せんせー最大の弱点とは?

 

「実は先生、意外とパワーがないんです……スピードに特化しすぎて。特に静止状態だと、触手1本なら人間1人でも押さえられる」

 

「つまり皆で触手を捕まえれば、動きを止められる……!」

 

殺せんせー最大の武器はやっぱりマッハ20と言われるスピードだ。どんなに技術を磨いたって、どんなに気配を殺せたって、避けられたら全部意味が無い……その動きを止められるのだとしたら!

早速とばかりに殺せんせーの近くにいる人が触手を掴んでみようと手を伸ばしている。殺せんせーもわざと動かないでいてくれるみたいだし、試させてくれるんだと思ったんだけど。

 

──にゅるん

 

──ぬるん

 

──ぬるぬるん

 

って、それが出来たら最初から苦労してねーよ!!

 

不可能なのわかってて教えただろこのタコ!!

 

「ふーむ、ダメですかねぇ……あ、要領はあのヌタウナギを掴む感覚です」

 

ほとんどの奴が触ったことねーよヌタウナギ!!

 

そういえば、殺せんせーの触手って粘液があるのを忘れてた。自分で調整してヌメリや粘りを纏わせられるんだから、動かなくったって私たちの拘束から抜け出すのなんて簡単に決まってるよね……せめて粘液がない時しか無理かな。

1学期から目指し続けた目標を達成して、役に立つんだか立たないんだか、そんな弱点を教えられた、今回の期末テスト。A組とE組の勝負には決着がついたけど、暗殺の決着はまだまだなんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 




……E組みんなで頑張るのも……行事も。
……もう、あと少しだけ。はやいなぁ……
自分を諦めて暗闇に捕われていたみんなも、上を向くだけじゃなくて前を目指して……私の知る、誰よりも眩しい存在になり始めた。
……もう、ほとんど迷いはないけれど。
……もうすぐ、答えを出さなくちゃいけない。
殺せんせーの暗殺について、そして……



…………私の、進む道を。





「君はどちらで『いきたい』のかな?」

「……私は、『さいご』くらい私でありたい」





++++++++++++++++++++


教員試験の時間でした。
殺せんせー(超生物)対理事長先生(完璧超人)の戦いは、どちらも教育バカで人を育てることに人生をかけてるってあたりが似たもの同士なんだなって再認識する場面だと思ってます。

無記名にしたテスト結果、ここで回収できました。生徒のレベルを上げまくる理事長先生は、規定だから無記名=0点扱いとしてましたけど、機会があるのなら成績優秀者を逃がすつもりは無いんじゃないかな……と考え、この流れに。0点が1人居れば偏差値が下がるのと同様に、100点が1人増えたら偏差値が少しは上がります……よね?

『いきたい』=?
『さいご』=?
……アレです、理事長先生はなんでも知っている←

では、次は浅野君とお茶会ですかね。
演劇発表会も一緒に行われるかと思います。



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