暗殺教室─私の進む道─   作:0波音0

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二学期末の時間

学園祭が終わり、生きてきた中で『縁』を結んできた懐かしい人達との時間もいつかは終わるもの……お姉ちゃんたちが日本の地を発ってから少しして。お祭り気分が抜けきらない中、なんとか普通の学校生活に戻りつつあった……と言いたいけど、学園祭が終わったということはもうすぐ冬休みがある。冬休みの前には、私とカルマが浅野くんたちを相手に直接啖呵を切っちゃった最後の勝負が待ち受けている。

 

「さぁて、この1年の集大成……いよいよ次は『学』の決戦です。トップを取る心構えはありますか?カルマ君、アミサさん」

 

「さぁねぇ……バカだから難しい事わかんないや」

 

「心構え……えっと、特にない、かな……?それよりカルマは分かるけど……なんで私?」

 

「あ?お前等2人がE組の成績ツートップだからに決まってんじゃねーか」

 

「アミサちゃんは前回の中間テスト、カルマ君と学年同率2位だったでしょう?殺せんせーもですけど皆期待してるって事ですよ」

 

「え、えぇ……でも勝てたことないし、それに前回のはその、……勝負のためだったし……すごいのはカルマとどんどん成績を上げてるみんなでしょ?」

 

「……うん

(こう考えると真尾ってホンッッットーに自己評価低いな……つーか、勝ってるから。お前1学期期末でカルマ抜かしてE組単独トップだったから)」

 

「そだね……

(多分完全に意識の外よ……大方『油断したカルマの実力は本気じゃないから、本気だったら勝てるわけない』とか思ってんじゃない?リーシャさんの話を聞いたあとにこれ見ちゃうと余計にそう感じるよね……)」

 

ちなみに決戦といえば、雰囲気に飲まれていつの間にかやる気になって取り組んでいた学園祭……あれの総合成績は次の日には本校舎に貼り出されていたらしい。例によって杉野くんのスマホに進藤くんが近況報告がてらって連絡してきてくれたのと、浅野くんがメッセージアプリで掲示を写真に撮って送ってくれたことで判明したんだ。……校舎が違うにしたって結果くらいすぐに通知してくれてもいいのに……本校舎の人たち(生徒というより先生)はそんなにE組に嫌がらせがしたいのかなぁ、……したいんだろうな。

……とと、思わず脱線してた……結果発表についてだったよね、総合成績で私たちE組は高等部の3年A組に続いて3位でした。浅野くんたち中学部3年A組が堂々の1位……スマホに送られた順位表の写真を見たE組は、浅野くんがこれを送ってくれたのは結果を教えてくれようとした善意なのか、私がみんなにも写真を見せることを想定した嫌がらせなのかで意見が分かれてた。……後者の方が圧倒的多数だったんだけど、なんで。

 

「ヌルフフフ……一学期の中間の時、先生は『クラス全員50位以内』という目標を課しましたね。あの時の事を謝ります、先生が成果を焦りすぎたし……敵の強かさも計算外でした」

 

「あー……直前にテスト範囲大幅に変えられた奴か」

 

「でも、なんだかんだいって全員順位上げてたよね」

 

「ケアレスミス以外で出来なかったのって、範囲外の問題くらいだったもんな」

 

殺せんせーに第2の刃として学力を鍛えられていたからこそ、高得点問題が割り振られていた範囲外はどうにもならない人が多かった代わりに、それ以外の基礎問題+αで挽回している人ばかりだった1学期の中間テスト。範囲外でも諦めずに部分点狙いで取り組んだクラスメイトは少なからずいたから、50位以内には入れなかったけど健闘したという人もいる。アレはある意味E組として、初めて学校という組織に対抗することを意識した勝負だった。

 

「そうですねぇ……君達の成長は目を見張るものがあって、出ていこうとしていた私を引き止めてくれた。そんな君達は様々な経験を通して頭脳も精神もより成長した。どんな策略や障害(トラブル)にも負けず、目標を達成できるはずです」

 

──堂々と全員50位以内に入り、堂々と本校舎復帰の資格を獲得した上で、堂々とE組として卒業しましょう。

 

にこやかにそう言いきった殺せんせーに、私たちは……特に普段あまり勉強に乗り気じゃない人たちまでがやる気十分だ。むしろ学園祭では勝てなかった分ここで取り返してやろうって意気込みが強い。ただ、一つ問題があるとするなら……

 

「そう上手くいくかな……これも進藤からの情報なんだけどさ、A組の担任が変わったらしい。新しい担任はなんと……浅野理事長だ」

 

「来たか……ついにラスボス降臨」

 

「そうですか、とうとう……!」

 

今までE組とA組が勝負してきたものは、全部五英傑が……浅野くんが先頭に立ってA組を引っ張ってきた。もちろん今回のテストでもそうなるだろうって私たちは思ってたんだけど……理事長先生が出てきたとなれば話は別。異様なカリスマ性と人を操る言葉と眼力、2日前に変更されたテスト範囲を本校舎の生徒全員に教えあげるほどの授業の腕……理事長先生の指導を受けたA組は、これまでと比べ物にならないくらい化け物じみた強敵になるだろう。

でも、そんな人が前に出てきたということは、浅野くんは……

 

「…………」

 

殺せんせーが前でこれからの予定を話しているのをなんとなく聞きながら、私は机の下に隠したスマホのメッセージを見つめる。開いているトークルームの相手は浅野くん……日付は、学園祭の結果発表がされた日、つまり2日前だ。

 

 

 

【浅野学秀(2)】

《浅野学秀:ステージの協力ありがとう。怖がりな君があの局面で独断のフェイクを入れるなんて……本当、君には驚かされてばかりだよ。

 

《アミサ:私こそ、歌わせてくれてありがとう。あのね、E組みんなが感謝してる……それに、浅野くんのこと見直したって。

 

《浅野学秀:ふん、E組ごときに見直されても嬉しくないがな。……そうだ、E組に通知が行くのがいつになるか分からないから僕が教えてあげるよ。これが学園祭の総合成績だ。

 

~写真を送信しました~

 

《アミサ:……E組が、3位……

 

《浅野学秀:2日目の途中で店を閉めたにしてはよくやったな。勝利を確信していた僕ですら、圧倒的大差をつけて勝つのは諦めたよ。

 

《浅野学秀:これから蓮達を連れてこの結果について理事長先生へ報告に行く。それが終わったら、久しぶりに4人も連れてどこかへお茶しに行こうか。

 

《アミサ:うん、楽しみにしてる。あと、ずっと言えなかったこと……ちゃんと、報告させてください。

 

《浅野学秀:……わかった、聞くよ。じゃあ、行ってくる。

 

《アミサ:いってらっしゃい。

 

 

 

《浅野学秀:しばらく、約束は果たせそうにない

 

《アミサ:浅野くん?どうしたの、何かあったの……?

 

 

 

──理事長先生に五英傑のみんなで報告しに行く。そのメッセージの少し後に、短いメッセージが送られてきて……それを最後に彼の返信が来なくなった。E組は旧校舎で過ごすから、本校舎で何が起きているかを詳しく知ることができない……だからこそ、杉野くん経由で進藤くんが情報を流してくれたりするんだけど。浅野くんも同じように私へ情報を流してくれていて、結構詳しく説明もしてくれていたのに……この文面からは何かがあったことしかわからない。

ぼーっと、返信が届かない彼とのトーク画面を見ていた私は、音もなく静かに近づいてきていた殺せんせーに気がついてなかった。

 

「こら!スマホを触っているのは見えてますよアミサさん。先生の話を聞きなさ、」

 

「っ!返して!」

 

「にゅっ!?あ、アミサさんっ!?」

 

「アミーシャ……?……先生、借りるよ」

 

「あ、こらカルマ君!」

 

「アミーシャがそんな反応するなんてよっぽどでしょ……って、……何コレ」

 

完全に油断してたから、スマホをしっかり握ってなかった。先生の触手が私の手の中のスマホを抜き取って……反射的に立ち上がって取り返そうとしたんだけど、私の反応に慌てたのか殺せんせーは軽く私が届かない程度まで持ち上げただけでワタワタと触手を動かしている。そんな殺せんせーの触手()から軽々とスマホを取りあげた──私に届かない程度の高さって事は、私より身長が高ければ届くってこと──カルマは、表示したままだったトーク画面を見て眉をひそめた。……見られちゃったし、いきなりの事でみんなにも注目されてしまった。

 

「……アミーシャ」

 

「……、……さっき、杉野くんが言ってた通り、理事長先生がA組の担任になった……その、前の日のトーク。……返信がね、こないの」

 

「……浅野クンから?」

 

「……浅野くんって結構律儀だから……絶対に既読で終わらないの……何かしら、返事をくれる。なのに、……それに、一緒にいたはずの他の4人のこと、なんにも書かれてない。全然わかんないけど何かあったとしか……」

 

「……そうか、真尾は受けたことないのか……理事長先生の授業」

 

「……へ?」

 

この程度のことで動揺してたなんて知られたくなかったんだけど……カルマに説明してと言外に含めながら名前を呼ばれて、不安な気持ちをゆっくりと話す。校舎が違うだけで状況を把握できない歯がゆさ、手伝いにも話を聞くに行くことすらままならない悔しさ……それらを打ち明けていると、磯貝くんが納得したようにひとつ頷いた。受けた事がないんだったら、なんで俺等があの人をラスボス扱いしてるのか……本当の意味では理解してるわけないよな、と。

 

「俺が2年の時、教科担任が体調不良ってことで代理で入ったのが理事長先生でさ……とにかく凄かったよ。次にあの人の授業を受けたら、多分もう逆らえる気がしない」

 

「一度だけだったから何とかなったようなもんだよな、アレ。ほとんど洗脳教育みたいなもんだったぞ」

 

「俺も、あれはもう受けたくないわ。めちゃくちゃ分かりやすい代わりに、完全に自分の力でってよりか……理事長先生によって限界以上に学ばされてるって感覚だったもんな。理事長先生がA組の担任になったのは昨日……ってことはA組は今日1日その授業を受けてるって事だ」

 

「……そんなに、」

 

磯貝くんと前原くん、それに三村くんが話すそれは初めて知ったことだった……彼等はたった1時間だけのことだったみたいだけど、今でもその授業の感覚を覚えてるって。球技大会の野球とか鷹岡先生の解雇のこととかで、理事長先生の教師としての手腕や信念は知ってたつもりだったけど……そんなにいうほど、なんだ。

 

「……ま、浅野クンはだいじょーぶなんじゃないの?」

 

「カルマ……おま、そんな適当に」

 

「あ、訂正するわ……浅野クン()()ならね。仮にも親子だし癪だけど地頭良いし……多分大変な事になってるA組の中でもあいつだけなら正気だよ、……他は知らないけど」

 

「お前なぁ……フォローしたいのか突き放したいのかどっちだよ」

 

「両方かなー……浅野クン達は敵だからね、いろんな意味で。それにさ、アイツが何もしないでやられっぱなしだと思う?」

 

「……思わない」

 

スマホを私に返しながらくしゃりと私の髪を撫でていくカルマの手のひら。なんだかんだと上からものを言いはするけど……友達とか対等っていうよりは手下とか手駒とか思ってそうだけど、A組の人たちを気にかけている浅野くんのことだもん。きっと、何か策を考えてる最中だよね、自分の中で整理してるんだよね……だから、返信がないんだよね。想像するしかない山を降りた先で闘う浅野くん(ともだち)を思って、私はスマホを握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「理事長と殺せんせーってさ、なんかちょっと似てるよね」

 

「……どこが?」

 

あの後、仕切り直しとばかりに今後のテスト対策について殺せんせーから説明があって……それがこれまでにない取り組みだったから、みんなで驚いて……みんなでやる気になった。諸々のことは明日以降、少しずつ取り組みながら決めていくことになり、今はみんなで山を降りて帰り道だ。その途中で、思い出したように優月ちゃんが言い出したこと……ホントに、どこが?

 

「ほら、2人とも……異常な力持ってんのに普通に先生やってるとこ。理事長なんてあれだけの才覚があれば……総理でも財界のボスでも狙えただろうに、たった1つの学園の教育に専念してる。そりゃ、手強くて当然だよ」

 

言われてみれば、確かに似てるかもしれない。

方や超生物の人外、方や完璧人間って感じはするけど、向かっている場所は同じ……何事にも『良い』 生徒を育てるってところ。そこまではよく分かるんだけど……なんで2人して何でも出来そうなのに『教育すること』に執着してるのかまではよく分からないんだけどね。

 

「なるほど……あ、あれ?浅野君だ」

 

「え……」

 

「ほら……」

 

カエデちゃんが指さすほうを見てみると、腕を組みながら校舎を背にして立っている浅野くんがいる。この場所は体育館へ繋がる渡り廊下とE組の校舎がある山へ登る道くらいしかないから、本校舎の人はほとんど来る理由のない場所……そこに浅野くんがいるってことは、E組を待っていた……?

カエデちゃんの声で私たちが近くまで来たことを察したんだろう、彼は校舎から背を離してこちらへと歩いてくる。

 

「なんか用かよ」

 

「偵察に来るようなタマじゃないだろうに」

 

「…………」

 

少しだけ俯いて握りしめた彼の拳が、小さく震えているように見えた。

 

「こんな事は言いたくないが……君達に依頼がある」

 

「……?」

 

「単刀直入に言う。あの()怪物を君達に殺して欲しい」

 

それは、私たちも全く予想していなかった依頼だった。

 

 

 

 

 

++++++++++++++++

 

 

 

 

 

「殺す……って……」

 

「もちろん、物理的に殺して欲しいわけじゃない。殺して欲しいのは……あいつの教育方針。……今のA組は、まるで地獄だ」

 

浅野くんは依頼する上で必要なことだからと、私たちにA組の現状を教えてくれた。それは、彼からのメッセージを見ている時から想像していた通り……ううん、それ以上に悲惨な状況。理事長先生は『E組()を憎み、蔑み、陥れる事で強さを手に入れる』ことを教育方針として掲げている。自分はああはなりたくない、だから努力する……自分はE組とは違う、選ばれた存在なんだから、E組なんかが自分より上に立つのはおかしい。それがこの学校でのE組の存在意義であり、私たちや歴代の先輩たちが味わってきた苦汁。

だけど、殺せんせーがE組の担任になってから私たちは変わった。前を向くようになった。上を目指すようになった。絶対に勝てないといわれたものでも勝利したり、対等な勝負まで持ち込んだり……とにかく、『E組は底辺で最悪な場所』という椚ヶ丘中学校の『当たり前』を崩しつつある。それが、理事長先生は気に入らない。

 

「『負けるはずのないA組が、E組に遅れを取っている』『底辺の存在が、自分達上回りつつある』……憎い、悔しい、陥れたい。そんなE組への憎悪を唯一の支えに限界を超えて勉強させる……もしあれで勝ってしまったら、彼等はこの先その方法しか信じなくなる」

 

「……じゃあ、私等にどうして欲しいっていうの?」

 

「簡単な話だ、次の期末でE組(きみたち)に上位を独占してほしい。むろん1位は僕になるが、優秀な生徒が優秀な成績でも意味が無い。君達のようなゴミクズがA組を上回ってこそ……理事長の教育をぶち壊せる。──時として敗北は……人の目を覚まさせる。だからどうか……正しい敗北を、僕の仲間と、父親に」

 

……言ってることはひどいけど、言いたいことはよくわかる。目指すところがあって限界以上に努力して得る強さならまだしも、陥れるため、蔑むためと人を蹴落とすことを目的にしても、その得られる力には限界があるしいつかガタがくる……自分の力として役に立つわけがない。浅野くんはそれに気づいたからこそ、こうして嫌っているE組に頭を下げてまで頼みに来たんだ。本気で……他人のことを気遣って……、……え、なに?

 

「え、他人の心配してる場合?1位取るの君じゃなくて俺等なんだけど」

 

「わ、わぁっ!」

 

「………ッ!」

 

「「「(カルマ……一気に空気が台無しに……)」」」

 

後ろの方でことの成り行きを見ていたはずなのに、いきなり隣から肩を組まれて浅野くんの目の前まで連れ出された……もちろん犯人はカルマなんだけど。そんなカルマの空気を読まない発言で、浅野くんの額に青筋が浮かぶ……い、イラつかせてるようにしか聞こえないよ……!?わざとだよね?

 

「言ったじゃん、次はE組全員容赦しないって。俺とアミーシャで同点1位取って、その下もE組……浅野クンは10番あたりがいいとこだね」

 

「おーおー、カルマがついに1位宣言……巻き込み事故で真尾も宣言したことになんのか?」

 

「え、えぇッ!?私も……っ!?」

 

「いや私もっていうより、お前はもうちょっと欲張れよ……」

 

「一学期期末と同じ結果はごめんだけどね」

 

「っ、ちょ、それ掘り下げないでよ……」

 

「今度は俺にも負けんじゃねーのか、ええ!?」

 

「……………………………………………………………………。」

 

「どわッ、イッ、がぁッ!?ま、マジで蹴んな……デェッ!?」

 

「……今のは寺坂くんが煽るタイミングを見誤ったせいだと思う……」

 

サラッと私を巻き込んでの1位宣言は、E組からしてみれば飄々と大変なものは避けて通るカルマが本気になったと思えるもので、少し嬉しくなる。でも、カルマにとっては黒歴史っていうのかな……舐めてかかって痛い目にあった1学期の期末テストを竹林くんに掘り返されて、罰が悪そうに顔を赤らめた……というところで、悪ノリした寺坂くんが彼を煽って、無言のまま倍返し以上の反撃(お腹への膝蹴り)で返されてる。竹林くんはカルマより上の成績を取ったからカルマは何も言い返せないだろうけど、寺坂くんが言ったら……って、うわぁ、痛そう……

 

「今までだって本気で勝ちに行ってたし、今回だって勝ちに行く。いつも俺等とお前らはそうして来ただろ。勝ったら嬉しく、負けたら悔しい、そんでその後は格付けとか無し……もうそろそろそれでいいじゃんか。『こいつらと戦えて良かった』って、A組(おまえら)が感じてくれるよう頑張るからさ」

 

「余計なこと考えてないでさ……殺す気で来なよ。それが一番楽しいよ」

 

「……浅野くん。誰かの期待に応えるとか、誰かに煽られた殺意なんかじゃなくて……自分の衝動で動くっていうのも……案外いいものだよ」

 

「……フッ、面白い。ならば僕も本気でやらせてもらう。……そうだ、この勝負のあと……必ず約束を果たそう。その時は僕と君の同率1位を祝おうじゃないか」

 

カルマを発端とした私たちの勢いに、最初は浅野くんも気圧されてて……でも、次の瞬間には不敵に笑ういつもの自信たっぷりの彼へと戻っていた。よかった、浅野くんはまだ正気で、彼自身を見失ってない。

背を向けて正門へと歩き出した浅野くんは、思い出したように足を止め、軽くこちらに顔を向けてニヤリと笑いスマホを軽く振って再び歩き出した。ほとんどどういう意味か分からなかったんだけど……

 

「……カルマ、何がなんでも1位取らなきゃなんねーぞ、これ」

 

「……あの野郎、本トにムカつく……ッ!何が『同率1位は僕と君』だ!何がなんでも勝ってやるッ!」

 

「……………………?……??」

 

「一応聞くけど……アミサちゃん、状況わかってる?」

 

「……、……ごめん、あんまり分かってない……」

 

「あー……ですよねー……」

 

約束っていうのが私とのお茶会のことなんだろうっていうのはなんとなく分かった……だって、浅野くんがこのメンバーの中で私以外とメッセージアプリのアカウントを交換してる人なんていないだろうし。そう考えればアレは私宛のメッセージ……なんだろうけど、察せれたのはそこまでだった。寺坂くんがボソリと呟いた言葉とカルマが地団駄踏んで怒ってる様子から多分挑発したのは彼に対してで……あれ?私宛のメッセージがいつの間にカルマ宛に変わったの……?前から私は2人は仲よし説を推してるけど、その通りで2人にしか通じない何かがあるとか……?

ごちゃごちゃ考えても私がよく分かってないのに気づいたんだろう……渚くんが確認するように聞いてくれたけど、ごめんね、ほとんど分かってない。正直に答えたら、当事者に伝わってないよ浅野くん……っ!ってがくりと項垂れてたんだけど、……私のせいなのかな、これ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから私たちはとにかく、がむしゃらに勉強した。分からないことがあれば、前以上に本気で分裂してる殺せんせーの分身に聞きまくった。正しい発音なんかはイリーナ先生にお願いして、ネイティブな生の声で何度も確認した。

そして今回のテストで先生役は殺せんせーやイリーナ先生だけじゃない……私たちは殺せんせー考案の新しい試みも実践した。それは授業以外の自習時間に得意教科を生徒同士で教え合うこと。

 

「んー……多分菅谷君は何となく分かってるけど、訳文にする時に意味を混同させてるんだよ。『he-his-him』それぞれ順番に意味は?」

 

「あー……『彼、彼の、彼は』……?」

 

「惜しい、『彼は・彼が、彼の、彼を・彼に』だよ」

 

「なんでそんなに意味があるんだよ、全部彼じゃん……」

 

「これは代名詞で、文の中に入れると使い方によって形が変わるとしかいいようがないなぁ……それに、英語は日本語と違って──」

 

英語は1学期の期末テストで学年1位を取る程の実力者である莉桜ちゃんや、毎回英語の上位争いにくい込んでくる渚くんが得意といえる。渚くんが基礎や単語系、莉桜ちゃんが長文読解だったり難しい読みかえ問題とかを説明してるみたい。

 

「ここ!ここ大事だから!」

 

「なるほど、重要な人類史の裏側にはそんな愛憎劇が……!」

 

「俺等の生きる現代はその上に成り立ってんだな……!」

 

「…………ねぇ、これって日本史なんだよね、なんでこんなにドロドロしてんの!?あとなんでちょくちょくエロが入ってくるの!?」

 

「決まってるじゃないか……エロは世界を救うからだ!

 

「(意味がわからない……)」

 

「お市の方は俺の嫁……?浅井長政の嫁じゃなくて……?」

 

「真尾、お前にはまだ早いぜ……せめてエロ本の素晴らしさがわかってからじゃなきゃな!」

 

「……んーと……読まないからずっと無理だと思うな……

 

「……アミーシャ、別の教科やろう。ここは悪影響しかないし、必要なら俺が教えるから」

 

「え、でも」

 

俺が教えるから

 

「……う、うん」

 

「(真尾を参加させられないのは残念だが……岡島、英断だ)」

 

「(確かに、真尾を参加させる努力をするよりは、カルマの逆鱗に触れないようにしたほうが賢明だよな……)」

 

「(ただ、止めるのに必死で気付いてないがカルマよ……この流れでその言い方だと、教える内容が日本史じゃなくて保健体育か何かにも取れるぞ)」

 

「「「(それな)」」」

 

日本史では岡島くん……最初、キリッとした顔で前まで歩いていき、始めてみる真剣な表情で何を教えてくれるのかと思ってたら……彼は彼だった。確かに史実だとは思うけど歴史をそんな側面から覚えるなんて想像もしなかった。……でも、前原くんとか寺坂組の男子とか、勉強嫌いのイトナくんまで真剣に参加してるのを見ると、ありなのかもしれない。……私は遠ざけられたから概要しかわからずに終わったけど。

 

「はい、違ーう」

 

「ぐっ……いちいち叩くな!てかどっから持ってきたんだよその竹刀!」

 

「え、体育倉庫にあったけど。1度やってみたかったんだよね〜、スパルタ教師の真似事」

 

「やってみたかったんだよね〜……じゃねーよ!体罰だぞこんなの!」

 

「俺、先生じゃないし〜。ほらほら、やるよ……三角形の面積を求めるには底辺と高さが必要、分かってるのは三角形の3辺だけ、つまり高さが分からない。代わりに全ての辺に接する円がすっぽり収まるわけ……この円が内接円ね。で、内接円の中心=円の半径=どの辺からも距離が等しい……ここまで分かる?」

 

「……おう」

 

「てことは、もう面積求められるでしょ?」

 

「……なんで?」

 

「だーかーらー……」

 

「……くっそ、これで教えるのが下手なら文句言えんのに……分かりやすいから何も言えねぇ……」

 

「ケッケッケ……オマケで漸化式の特殊解の使い方も教えてやるからさ〜、なんとか着いてきてよ。……あの捻くれた理事長の事だから、目立たないところも『ここも範囲表にありましたから』とかって、テスト問題に入れてきそうなんだよね、コレ……」

 

数学はカルマと私。範囲表の端っこにコラムとして載っていた漸化式が出題される可能性を呟くカルマは、竹刀を肩にかけていて……生徒役が間違えたりうるさかったりするとその人を容赦なく叩いてる。何でもテレビドラマに出てきた悪役教師の真似をしてるらしくて……教師のお手本となる役もあったはずなのに、わざわざ悪役を選ぶあたりがカルマらしい。確か、カルマの進路希望って……

 

「……悪の官僚の予行練習?悪の……竹刀持って……、……各省庁に殴り込み?」

 

「「「そんな物理的な官僚がいてたまるか!!」」」

 

「アミサ、アホ共は放っといていいから。ここ教えて」

 

「あ、うん。サイコロの組み合わせの確率だから……」

 

「この空気作っといて放置って……」

 

「お前も大物だよ、ホント……」

 

他にも国語は有希子ちゃん、世界史は磯貝くん、理科は愛美ちゃんというように各教科のスペシャリストが中心になって教師役をしている。自分で勉強して自分の刃を磨くだけじゃなく、人に教えることで教える側もより深く理解できるし、なによりチームワークが強くなる。

……もしも、ここで無様な結果を出してしまったら──たとえ暗殺に成功したとしても、多分私たちは胸を張ることはできない。生徒は殺し、先生は教えたこの暗殺教室。その先生の教え通り、第2の刃を全員が身につけたっていうことを……標的(ターゲット)に報告できないままじゃ卒業なんてできないから!

 

 

 

────そして、決戦の日。

 

 

 

テストを受けるために本校舎へ足を運んだ私たちE組は、背を伸ばしてまっすぐ前を見ていた。緊張してないって言うのは嘘になるけど……あれだけ今まで以上に、みんなで頑張ってきたんだ。やる気……ううん、問スターを倒すために殺る気で満ち溢れている。本校舎の生徒は自分たちのクラスでテストを受けることになるけど、私たちは校舎の端にある空き教室が試験会場になる……そこへ向かう途中、他のクラスの前を通ることになるんだけど。

 

……すE組殺すE組殺すE組殺すE組殺すE組殺すE組殺すE組殺すE組殺すE組殺すE組殺すE組殺すE組殺すE組殺すE組殺すE組殺すE組……

 

「なんっつー目をしてやがんだ……殺気立つってこの事か」

 

「恐ろしく気合い入ってんじゃんA組の奴ら。カルマにアミサ、アンタら勝てんの?」

 

「どうだろ?……でも、」

 

「本気で殺す気ある奴がいたら手強いよね」

 

浅野くんが言っていた通り、廊下から見えるA組生たちはE組に対する憎悪でかなり怖い目をして私たちを見ていた。殺気立っててまるで呪文のようにくりかえされるそれは理事長先生の教育の賜物……なんだろうけど、それがいつまで続くか。あの殺気立つA組生徒の隙間からチラッと見えたのは、一人席について目を閉じている浅野くん……やっぱり、私たち以外で本気で殺す気で挑んでくるのは……彼だろう。

 

試験会場の教室につき、席に座る。

まずは英語。テスト用紙が配られ、試験開始の合図までの静寂の時間……さすがにここまで大事になってるテストでは、試験監督の先生も邪魔してこないみたい。

 

椚ヶ丘中学校の2人の怪物(殺せんせーと理事長先生)に殺意を教育された生徒たち。因縁に決着をつけるべく、今……

 

「……始めっ!!」

 

────紙の上で、殺し合う!!

 

 

 

 

 




「(E組殺すE組殺すE組殺すE組殺すE組殺す……)」

「(負けるものか、責任者を外されたとはいえ……支配者は僕だ!)」

「(問題を見てすぐに時間配分を決めなくっちゃ)」

「(……そろそろ、捨てる準備を始めなきゃ)」

「(鉛筆、足りっかなー……)」

「(うわ、裏面向けてても問題数の多さが透けて見える……)」

「(……負けるものか、今度こそ、完璧に勝利してみせる)」


++++++++++++++++++++


2学期、期末テストの時間です。
前回までのオリジナル話は一旦終わり、暗殺教室の原作側へと戻ります。オリ主がいるので、テストの様子や結果などに一部改変が含まれることになります。

今回のフリースペースは、テストが始まる前の心の中の声です。どれが誰か……わかるものもあると思いますが、という感じを意識して書きました。カルマ、浅野くん、オリ主はとりあえずいます。

では次回、テスト結果までお話が書けると思います。




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