暗殺教室─私の進む道─   作:0波音0

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運動会の時間

──ワアァァァッ!

 

『100mはA・B・C・D組がリードを許す苦しい展開!負けるな!我が校のエリート達!』

 

ついに椚ヶ丘中学校体育祭……これまでに練習してきた成果を見せる本番だ。相変わらずのアウェイな雰囲気は変わらず、今、個人競技の100m走で2位と大きく差をつけて走る木村くんが頑張ってるけど、放送部の実況はわざとらしくE組のことを呼ばない。……1位に変わりはないし、さすがな活躍を見せる木村くんもかっこいいし、何より他人なのに親ばかを発揮してる私たちE組の絶対的な味方である殺せんせーがいるからあんまり気にならないけど。

とはいっても元陸上部の木村くん以外、運動会の中心的な競技であるトラック競技でいい成績が出ない。陽菜乃ちゃんも言ってるけど、暗殺訓練という普通の中学生以上に高度な体育を毎日繰り返しているから、毎日部活で鍛えてる本校舎の生徒とでもいい勝負ができると思ってたんだけど……。

 

「当たり前だ、100m走を2秒も3秒も縮める訓練はしていない。開けた場所で速く走るのは……それを専門に訓練してきた者が強い」

 

「そっか、私たちのは木の上や崖の上っていう狭くて不安定な場所で自由に、且つスピードを保ったまま動く訓練……」

 

「だから2位は取れても、陸上部とかには勝てないのか〜……」

 

陸上部は走る、投げる、跳ぶ……例えるならそれぞれ専門とする力に集中してそれを中心的に伸ばしたスペシャリストたちを育成しているようなもの。対する私たちは暗殺……突出したものではなく必ず決めるべき一撃の前段階を作るための訓練が主であり、普通ならやらないような特殊な動きを専門としている。目指すところも繰り返している訓練の過程も違うのだから、勝てなくて当たり前だ。

だけど、それは日常的な動作で行われる種目だから。暗殺のために私たちが伸ばしてきた力は基礎体力、バランス力、動体視力や距離感覚……それらは普通に学校生活を送ってきた本校舎の生徒たちに比べて群を抜いている。だからこそ、非日常的な種目、非日常的な場面でその力は発揮される。

 

「原さん、最下位だ……!」

 

「がんばれ!おかーさんっ!」

 

私がおかーさんと呼んでいる寿美鈴ちゃんは、自他ともに認める『動けるデブ』らしい。ふくよか、なら分かるけど太ってはないんじゃないかな……包み込む感じなだけで。……とと、話が脱線しちゃった……えっと、走る速さはお世辞にも速いとは言えなくて、今もパン食い競走では最下位。同じ走順の他クラスの人たちは、既にパン食いに挑戦している……でも、身長より少し高いところに吊るされたパンは揺れるから、腕を使えず口だけで取らなければならないこの競技……バランスをうまく取れなくてみんなフラフラと苦戦していて。あ、ようやくおかーさんも追いつい、え!?

 

「飲み物よ、パンは」

 

「「「かっけぇ!!」」」

 

口の端にぶつかりでもしてパンが揺れたらくわえることなんてまずできない……のを、正確に、1回のジャンプでくわえてみせたおかーさんは、そのままゴクリとパンを吸い込むように食べてしまった。唖然とする対戦相手や審判を置いて名言を残し、颯爽とゴールテープを切ったその姿は、E組全員が思わず見惚れるほどかっこよかった。

 

私とカルマも出場することになっている二人三脚では。

 

「わ、わ!カルマ、ひなたちゃんと前原くん1番だよ!」

 

「……でもケンカしてね?あの2人……」

 

「ホントだ……でも、お互い支えてないのに体幹全くぶれてない」

 

私たちよりも早く走順が回ってきたひなたちゃんたちは、走り出して早々に、……前原くんがひなたちゃんを支えるために、だと思うんだけど……腰に置いていた手をひなたちゃんが叩き落とし、ケンカし始めた。だというのに、口喧嘩をしながらも足の歩幅、スピード、回転の大きさなどが全く変わらない。しかも上半身から上全部を使って喧嘩しているにもかかわらず、バランスを崩すことなく走りきった。ああいうの、何ていうんだっけ……喧嘩するほど仲がいい、みたいな……?あ、足の紐を取ったひなたちゃんが前原くんに飛び蹴りした。

 

「「…………」」

 

「俺等はまともなのやろう。ついでに密着してるのを浅野に見せつけてやる……

「私たちは普通なのやろう。…………へ?」

 

「……なんでもない。ほら本校舎の奴等に、俺等ならもっと息ピッタリだってのを見せてやろーじゃん?」

 

「……うん、2人でみんなをビックリさせる!」

 

暗殺教室が始まってから、もっというならその前から、私とカルマは近くに居続けた……だからこそ、相手の呼吸は手に取るようにわかる。私たちの走順が回ってきた……観客、というか本校舎の人たちがどよめいているのがわかるし、E組の人たちはやっぱりかという表情。……この競技は二人三脚、本来ならほとんど同じ身長でペアを組む方が有利になるに決まってるし、足を結んでいるから歩幅や速さはどちらかに合わせることになる……よって、歩幅が大きく足の速い人同士のほうがいい。

 

何が言いたいのか、もうお分かりだろう。E組が走るから、だけでなく……私、身長145cm、カルマ、身長175cm……見事なでこぼこコンビで登場したことによるどよめきだ。

 

同じ走順の人たちもバカにしたようにこちらを指さして笑っているし、周りがみんな正気か?って目で見てるのがわかる……いいよ、別に。これからみんなの度肝を抜きにいってあげるから。

 

「位置について、よー……い、」

 

────パァン!

 

『さあ、第12走者達が一斉に、……なんだァ!?あいつら、ちゃんと足結んでるよな?!』

 

走る前に全く打ち合わせなかったけど、お互い最初に出した足は紐を結んだ内側から……すんなり足を踏み出せた後は、()()()()自然体で走る。つまり、私を気遣う小さな走りではなく、前へ前へ大きな走りでどんどん相手を引き離していく。カルマの歩幅は当然私より広いから、軽い走りで私は大股走りとなる……だったら、カルマの走りに合わせて私が思い切り()()()()()()()。足は繋がっているのだから、連れて行ってもらえばいい。

体育祭前に事前練習をした時に、なんだこれなら簡単なことだね、なんて私たちは軽く言い合ってたんだけど、一緒に練習してたひなたちゃんたちや見てたE組メンバーからは揃って、

 

「「「いや、その理屈が通用するのはお前等くらいだわ」」」

 

って言われた。身長差があるからこそカルマは私の肩、私はカルマの服の裾とお互いに手を添える位置も自然に決まってたし、どう走れば負担にならないのかもお互いを知っているからこそ特に相談しなくてもいけると判断したのだし、相手をよく理解してれば誰でもできるよね?……みたいに思っていたのだけど、違うのかな。あっという間にゴールして振り返れば2位以下に大差をつけていて、1位になった瞬間E組だけは歓声をあげてくれたのが嬉しかった。ゴールまで実況しにくかったのか……E組アウェイ感を出すための文句が思いつかなかったのかは分からないけど、2位がゴールするまで本校舎の生徒も放送もとても静かでした、とだけ報告しておきます。

 

「おかえりー!1位おめでとう!」

 

「容赦ないし引き離してたなー」

 

「本気出すまでもなかったよ……作戦では、俺は目立った方がよかったよね?……アミーシャ、平気?俺、結構真面目に走ったけど」

 

「ふふ、ついてけたからだいじょぶだよ」

 

「笑顔……しかも全く息が切れてねぇ……」

 

「アミサって、こういうところが謎だよね」

 

他にも障害物競走の網抜けでは、小柄な体を生かしてカエデちゃんがものすごい速さでくぐり抜けて差をつけていて……あんまり詳しく説明するとカエデちゃんが怒っちゃうので、障害物競走についてはこれだけにしておく。

 

お昼ご飯の後にあった借り物競走……実はこの借り物競争には、時々ものすごい借り物が混ざっているという噂が種目決めが始まる前から流れていて、出場種目を選ぶ時にあまり人気がなかった。

例えば『新品の割り箸』……お弁当の時間が終わってる時間のに、新品の割り箸を持ってる人なんてそんなにいない。

例えば『理事長の私物』……どこからどう持ってこいと。

ちなみに審判に言い訳さえ通じれば合格するので、口が上手い人は有利な種目らしい。……そんな噂が流れていたけど、お題が難しいということは走るスピードはそんなに関係ないということ……そこで、棒倒しまで体力を温存するため、そして本気を出さなくてもいいように、1人はこのあとの棒倒しで重要らしいイトナくんが出ることになった。

そんな彼が引き当てたお題は『賞味期限が近いもの』(帰ってきてから教えてもらった)……暑い屋外での体育祭だから腐らせないためにも持ってきてる人がほぼいないだろう、という難題だったみたい。……のだが、封筒を拾って中身を読んだ瞬間に、彼が迷わず歩いて向かったのはE組の待機席で観戦していたイリーナ先生の元。無言でその手を掴むとゴールへと歩き出した……って、ええ……賞味期限……。イトナくんがお題をまさかの『物』じゃなくて『者』で解釈してきたせいで、審判も目が点になってたよ、あれは。それでも言葉巧みにイリーナ先生にはお題を悟らせないで勘違いさせつつ、審判からは見事合格を勝ち取っていたのがすごかった。

ちなみに少し興味があったから、女子枠で私も参加した。イトナくんの何人か後が私の走順……ピストルの音とともに前に出て、適当な封筒を掴むと中身を見ずにE組の近くへと走っておく。これまでの傾向から人を借りることが多いし、物を借りる場合でも個性豊かなE組のところなら、多分なんでも揃うと思ったから。

 

「……なんであの子はお題の確認をせずに、とりあえずって感じでE組来るかな」

 

「信頼してるんでしょ、E組ならなんとかなるって」

 

メグちゃん、ひなたちゃん、その通りです。近くについて歩きながら引いたお題を確認すると、

 

「……『専門家』……」

 

これまたものすごく限定されるものが来た。ゴールにいる審判、E組以外のお題確認は素通りに近いのに、イトナくんの時には引き止めてわざわざ理由を聞いていたところをみると、私の時もそうなる可能性が高い。

……じゃあ、教科の専門家である先生は……だめ、本校舎の先生だと絶対協力してくれないし、むしろ頼みたくない。

私含めて誰か友だちに……にわか知識じゃダメ、多分審判は穴をつこうとするからボロが出たらおしまいだ。

……物知りな浅野くんは……本校舎の集まった中に入りに行けと?……絶対無理。

なら竹林くんは?爆薬の専門家だし……なんでそんなこと知ってるのかって言われそう、いろんな意味で危険だから却下。となると他に……あ、そうだ。

 

「……陽菜乃ちゃん!」

 

「私っ?うん、りょーかいだよ〜!」

 

シュッと立ち上がった彼女は、説明なしでの要請だったにもかかわらず、すぐに着いてきてくれた。生き物ならなんでも来いな彼女だったらきっと……

 

「お題を確認しまーす……『専門家』」

 

「はい、陽菜乃ちゃんは生き物の専門家です!」

 

「……ふーん、じゃあ証明してくれる?」

 

やっぱりきた、事実確認のイジワル……借り物の対象として陽菜乃ちゃんを選んだのは私だけど、これに関しては私が何か言えるわけじゃないから彼女に任せるしかない……お願いできる?と、隣を見たら陽菜乃ちゃんは笑顔でオーケーサインを出してくれた。

 

「じゃあ、審判さん。何かお題を出してくださいな」

 

「はぁ?……何でもいいだろ、その辺にいるアリとかで……」

 

「いいよ、アリだね〜……アリはハチ目・スズメバチ上科・アリ科の昆虫で、体長はだいたい1mmから大きいのだと3cmくらいかな〜。基本的に女王アリ、働きアリ、兵隊アリ、雄アリ、処女女王アリなんてのに分化してるのが普通だけど、アミメアリは働きアリしかいなかったはずだし、オオクロアリは働きアリと兵隊アリの区別がつかないくらい似てるって聞いたことあるな……だから一回自分でも確認してみたいって思ってるんだ〜!もう基本どこにでもどんな場所にでも住んでるけど、その種類、世界で1万種類以上!日本だけでも〜、なんと280種以上生息してるって言うからすごいよね!E組の裏山にも何種類もいるわけだけど、夏休みに昆虫採集した時はムネアカオオアリとかアシナガアリなんかもいたな〜……そうそう、そのアシナガアリだけでも日本では15種類くらい確認されてるんだって!同じ名前なのに全然違うんだよ?すごいよね〜!そうだ、裏山での昆虫採集といえば珍しいホワイトアイのミヤマクワガタも生息してるの見つけちゃったんだ!アルビノ個体とか学術的にも珍しいからすごく嬉しかったし、あのクワガタさん、優しい人に引き取ってもらえたけど今も元気にしてるかな〜!そうそう、あの山には絶滅危惧種と言われるニホンカンウソなんかも生息してるって噂があって、なんと……」

 

「もういい!わかった!合格でいい!」

 

「「いえーい!」」

 

口を挟ませないマシンガントークでの説明の上、まだまだ続きそうな生き物話に審判は遮るようにして合格を出した。陽菜乃ちゃんはまだまだ話したりなそうだったけど、ひとまず借り物……借り人?は、クリアだ!ゴールテープを切ってから2人でハイタッチして、E組の方へとピースをして見せれば、見てたみんなも笑いながら返してくれました!

これは席に戻ってから教えてもらったことなんだけど、審判のところで不正がないように全校生徒が公平にジャッジをするって名目で、私の時やイトナくんの時にはマイクが入っていたみたい。つまり、全校生徒が聞いてたわけだ……あの陽菜乃ちゃんが楽しそうに語りまくっていて、途中からE組のある山に生息する生物へと話が脱線しつつあったアリ談義を。それを知ってたから止めるためにも審判は合格判定を出したのかもしれないね……興味がなかったらずっとは聞いてはられないよ、アリさんのうんちく話。

 

「陽菜ちゃん、さすが!」

 

「確かにあれは専門家だわ……真似できん」

 

「はじめは火薬について竹林くんに話してもらおうとも思ったんだけどね……烏間先生に怒られるかなって」

 

「なんでそんな危険物について知ってるんだって聞かれたら終わりだもんね、それ」

 

こんな感じで個人競技が終わっていき、体育祭の目玉であるクラス対抗の団体戦が行われるが……球技大会の時のように、E組はほとんどの団体競技には出る権利がないから、総合優勝は絶対にできない。だからこそ、体育祭の一番最後に行われるエキシビション……E組からA組へ叩きつけた挑戦状ってことになってる、棒倒しへと全力を注げるわけだ。

だけど棒倒しは男子の競技……私たち女子は、何の力になることも出来ない。一応、私はアーツでの支援ができるけど、余りあからさまなものを使ってしまえば、身体能力の向上に慣れていない体が壊れてしまうかもしれないし、体がついていけなくていつもの力すら出せなくなる可能性がある。なにより……自分たちの力だけでぶつかりたいと言われたら、能力アップ系の手伝いなんてできるわけがないよね。

 

「ここまでの個人競技のように、各自の個性も武器になります。それをどう活かすか……それは磯貝君次第ですよ」

 

個性、か……個性。殺せんせーがその言葉を言った時、私の方をちらりと見てきたのには気づいていた……聞いて、ふと思い立った秘策……これなら、アーツは使わない。私にしかできなくて、この場面で役に立つだろう、うってつけのものがある。私でも1人では思いつけなかったこの策を殺せんせーが知っていたのかはともかく、ちゃくちゃくと棒倒しの時間が近づいてきていた。そんな中、男子は明るく振舞おうとはしていたけど、緊張の色が全く隠せていなくて……。私たちは人数差で劣る分、他の部分で負けるわけにはいかない……そこで、A組の戦術を少しでも得られないかと偵察した時に、知ってしまったんだ……A組の、浅野くんの目的を。

 

今、運動場の中心で行われている種目はクラス対抗の綱引き……()()()、A組の圧勝で幕を閉じた。()()()()()()、浅野くんが前に話していた外国の友人が研修留学としてA組に加入しているから。同じ15歳ということで、中学3年生の種目に一緒に出ることになんの問題もない……並べられたそれは当たり前の理屈だけど、この人たちは揃って大柄であり何らかのスポーツに秀でた人達だと推測できることから、実力差を考慮した公平な試合ができているとは言えないだろう。

そんな人たちを研修留学と称し、助っ人として呼び寄せた浅野くんはA組の人たちに語った。棒倒しを通して、成績不良なだけでなく素行不良なE組に反省をさせたいと。綺麗な言葉の裏側には、「E組をたっぷりと痛みつけても構わない」「来週に迫る中間テストに影響が出るくらいに」と、ルールを守りながらE組を完全敗北に追い込み、そのうえ今後に支障をきたす流れを植え付けようとする真の目的が隠されていた。

 

「どうしよう、俺のせいで皆が痛めつけられたら……」

 

今回の件を一番気にしていたのは、他でもない原因を作ってしまった磯貝くんだ。自分だけならいつでも潰せたものを、このタイミングで持ち出してきた……最近目障りになってきたE組を一気に潰してしまう機会を与えてしまったのだから、と。

 

「確かに、磯貝君がいくら万能とはいえ、浅野君は見たことのないほど完成度が高い……1人、軽々と君の上を行くでしょう。しかし、1人の力では限界があるものです」

 

そういってカメラを構えた殺せんせー……画面の中には、磯貝くんを囲むように映り込む、笑顔のE組男子の面々がいた。ゆっくりとハチマキを磯貝くんの頭に巻きながら、殺せんせーは告げていく。

 

「仲間を率いて戦う力……その点で君は浅野君をも上回れます。君がピンチになったとしても、皆が共有して戦ってくれる……それが君の人徳です。先生も、浅野君ではなく君の担任になれた事が嬉しいですよ」

 

ポン、と最後に彼の肩を叩いて離れた殺せんせーは、次に私の方を向いて触手を伸ばしてきた。……あの喫茶店騒ぎの後、殺せんせーを見て沈んだ顔をしていた私に、何か言いたいことがあると察していたんだろう。ちゃんと話さなければ解放しませんとばかりに世話を焼かれた。ドロドロとした心の内を全部さらすことはしたくなくて、当たり障りのないことを話しておいたんだけど……その時に、私でも棒倒しに役立ちたいと漏らしたことがあったのを覚えていてくれたんだと思う。

 

「アミサさん、アーツの使用で身体能力の向上をすることは、先生も磯貝君やカルマ君たち司令塔も反対しました。しかし、さっきの表情……先生はアミサさんの全てを知っている訳ではありませんが、あなたにしかない個性で、何か役立てるものを見つけたのではありませんか?」

 

「……うん、これならドーピングではないと思う。えと……カルマ、渚くん。アルカンシェルに行った時に、私たちの戦い方について話したことあるよね……何を使うか覚えてる?」

 

「え?えーと……確か、武器とか導力魔法を使う……だよね?」

 

「あと、渚君のに加えて個々人それぞれが独自に持ってるクラフト、必殺技のSクラフト、でしょ?」

 

「ふふ、正解。……武器は言わずもがなで、アーツが精神力を使って発動するのだとしたら、クラフトは体力……闘志、って言った方がいいかな……それを使うの」

 

「それが……?」

 

殺せんせーが詳しいことを説明せずに私へ出番をバトンパスしてきて、ホントにやってもいいのか迷いはしたけど……実行するなら今しかない、そう思った。いきなり別世界のようなことを話し始めた私とカルマたちを、E組のみんなが不思議そうに見ているのが分かる。

 

「……その中でもクラフトっていうのは、攻撃するものもあれば自分や仲間を補助するために使うものもあるの……その中には、分け与えるものもあるの」

 

私は話しながら男子に移動してもらい、棒を持つ寺坂くんとリーダーである磯貝くんを中心にして1箇所に集めていき、私は1人、数歩離れたところで足を止めた。

 

「これは、今から戦ってくるみんなへ……私からの応援(エール)だから」

 

大きく息を吸い込み、体勢を低くして構えをとる……その後、軽く地面を蹴りながら、私はいつも戦闘でやってきたように気を溜めていき、クラフトの効果対象である男子の周りを転々と舞っていく。クラフト名のように……静かに月を、魅せるように。私の跳んだ跡には、キラキラとした光が一緒に舞い、対象へと降り注ぐ……最後に強く地面を蹴って男子の頭上へと跳んで……ここまでに溜め込んだ気を一気に解放した。

 

「……なんだァ、この光ってんの……」

 

「すげ、何か力湧いてくる……!」

 

「俺、結構午前の競技で体力使ってたつもりだったんだけど……」

 

使い方も理屈も全部知ってはいたけど、私はこれまで基本一人だったから、このクラフトを使ったことは無かった。……お姉ちゃんが、自分で見つけ出した仲間に対して応援を送り、サポートする姿をただ見ていただけ。……だからこのクラフトの存在すら、さっきまで忘れていたんだ。寺坂くんが言った光ってるヤツは、多分私が分けたCP(クラフトポイント)……つまり、闘志が可視化したものなんじゃないかな。これなら、身体能力を向上させたというよりは体力を、やる気を引き上げただけだから問題にはならないよね……?

 

「……サポートクラフトの《月舞》っていうの。闘志を分け与える……って説明すればいいかな。ほら、なにか大事なことをする前に踊り子が祈りを込めた踊りを踊るとか、聞いたことない?あんな感じだと思ってもらえれば……」

 

「なるほど……」

 

「はー、私達までビックリしたー!」

 

「今見て思った。女子皆で応援のダンスか何か出来たんじゃない?ほら、あれ……」

 

「チア?」

 

「それ!あー、思い付かなかったのが悔しい、悔しいから……男子!私達の分まで頑張ってきて!」

 

「「「いってらっしゃい!!」」」

 

驚いたように自分の拳を握ったり開いたり、その場で軽く準備運動をして体の動きを確かめたりしている男子たちが、私の、女子たちのエールを受けて次第に笑顔になっていく。バッと勢いよく顔を上げた磯貝くんの表情に、さっきまでの緊張の色はもうなかった。

 

「……ここまでやられちゃ、うだうだ言ってられないな。……よっし皆!!いつも通り殺る気で行くぞ!!

 

「「「おお!!」」」

 

──体育祭のエキシビション、A組対E組の棒倒し……開始!

 

 

 

 




「ねぇ、アミーシャ」
「なぁに?」
「さっきの《月舞》ってさ……アルカンシェルの舞台で見た、リーシャさんと同じフリ入れたのってわざと?」
「!……気づいてたんだ。うん、わざと。クラフトには、ホントは最後のジャンプだけでいいの」
「そっか……踊るの、楽しい?すごくいい顔してた」
「……うん。お姉ちゃんはやっぱり憧れだけど……私も、……私が見つけた光を見てみたくなった、かも」
「……俺さ、アミーシャに告白するより前に言ったことあったよね。『俺がアミーシャの光になる』って」
「……うん、」
「勢いで自信つく前に告っちゃったんだけどさ……今日の俺、絶対見てて。アミーシャの迷いを払える、前に進めるための存在になれてるかどうか……最後まで」
「…………分かった、見てるよ、最後まで」






「そろそろ、私の気持ちに見て見ぬふりはしたくない……ちゃんと、答えを出したいから」


++++++++++++++++++++


運動会、棒倒しに入る前まで、でした!
今回力を入れて書いた場所は2つ。
1つ目は、陽菜乃ちゃんのうんちく話です。W⚫k⚫ped⚫aさん、お世話になりました。最初はベタに『好きな人』とか何かしらハプニングだったり相変わらずの天然炸裂させようかな、と思ってました。書いている最中に、突然今回書いたネタが降ってきたため、急遽コチラに。あまり見ない展開になったのでは?書いてて楽しかったです。

2つ目は《月舞》のクラフトを入れることでした。軌跡シリーズをご存知の読者さんにはわかると思いますが、アーツには攻撃力アップ、防御力アップ、スピードアップ、相手の防御力ダウン、スピードダウンなどなどの恩恵を与えるものが普通にあります。ついでに言うならそんなクラフトを持つキャラクターだっています。……それを中学生同士のやり合いに持ち出したらドーピングだよね、と。約一名A組側にホントにドーピングしてる人いるけど、E組の男子全員がやったら圧倒的すぎて崩壊するよね、このお話一応微原作沿いだからそこまで外れたくないよね(と言いながらよく脱線させたり追加しまくっててますが)、といったことからアーツは辞めにしました。代わりにオリ主の元になっているキャラクターには、丁度いいクラフトがありましたのでそのまま流用しました。効果は『スピード25%アップ、クラフトポイント30上昇』……あ、スピードアップ入ってました笑気にしない方向で行きます←

次回は棒倒しです。


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