暗殺教室─私の進む道─   作:0波音0

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イケメンの時間

side渚

2学期の新しい暗殺技術訓練も波に乗り、毎日少しずつレベルアップを自覚しつつある今日この頃。とある情報を入手した僕達は、密かに真相の究明を……というのは建前で、学校終わりの放課後に興味本位で学校から程遠いこの喫茶店、「kunugi-kaze」へと潜入していた。

メンバーは僕と茅野、片岡さん、前原君、岡島君の5人……本当はアミサちゃんも誘ったんだけど、昨日のうちに浅野君からお茶に誘われたから行ってくると放課後になり次第、山を降りていった。まだまだ特定の人以外に対人恐怖症よりは軽いけど怯えを見せる彼女は、本校舎の生徒の中で浅野君なら平気らしく……今では五英傑の面々とも少しなら一緒にいられるらしい。彼女曰く、E組以外の人と慣れる練習をしている最中で、五英傑が人を見下すところはやっぱり苦手だし接触するのは無理だけど、彼等の言葉の端々に真っ直ぐな本心が見え隠れしているのに気付いたら、近くにいて苦にならない時も増えたんだとか。……これを聞いたカルマ君は笑顔で送り出してたけど、アミサちゃんの姿が見えなくなった途端に不機嫌になっていたのはしょうがない事だよね……むしろ僕もあんまりいい気はしない。アミサちゃんの世界が広がることは嬉しいんだけど、ね。

閑話休題(それはさておき)

 

「いらっしゃいませ!……あ、いつもどうも、原田さん、伊東さん!」

 

「ゆーまちゃん元気〜?もう、コーヒーよりもゆーまちゃんが目当てだわこの店」

 

「いやいや、そんなん言ったら店長がグレちゃいますよ」

 

僕等の目の前で繰り広げられるテンポのいい会話とテキパキとした接客……常連さんなのだろう、マダム達のいつもの注文をしっかりおさえた上で店のおすすめも紹介するという気遣い。実にイケメンだ、僕等E組のリーダーである……磯貝君は。E組のメンバーはそれぞれ一人一人にいいところや秀でたところがあるけど……E組一番のイケメンと問えば、全員が口を揃えて磯貝君だと答えるだろう。

 

「お前ら粘るな〜、紅茶一杯で」

 

「いーだろ、バイトしてんの黙っててやってんだからさ」

 

「はいはい、ゆすられてやりますよ……出涸らしだけど、紅茶オマケな」

 

「「(イケメンだぁ……!)」」

 

顔がいい、という意味でのイケメンでもあるけど、磯貝君の場合はその人柄にある。前原君のナンパ癖やカルマ君の喧嘩早さのような危なっかしいところがなく、友達には優しく、目上の人には礼儀正しく、人が嫌がるようなことや人の目に触れない地味なことでも率先してやる。全ての能力がE組の中でもトップクラスで、どんな事でもそつなくこなす能力がある。まさしく『イケメン』とは彼のためにある言葉のようだ。

 

「大量の食器を運ぶ姿すらイケメンだわ……」

 

「E組に落とされた原因である校則違反(アルバイト)も、母子家庭で貧乏なのを少しでも家計の足しにしたいから、だもんな……」

 

「理由すらイケメン……」

 

「殺してぇ……」

 

「あいつの欠点なんて貧乏くらいだけどさ、それすらイケメンに変えちゃうのよ」

 

そう言って磯貝君のイケメンっぷりをどんどんあげていく前原君。曰く、私服は激安店のものを安く見せずに清潔に着こなしてみせるとか。曰く、前に目撃した夏祭りの金魚すくいでとった金魚を、金魚だとは思えないほどの絶品料理として出してくれただとか。曰く、磯貝君がトイレから出たあとのペーパーホルダーはキレイに三角に折りたたまれていたとか。……同じことをしている岡島君が汚らわしいという評価を受けているのは、普段から変態なところをオープンにしすぎているからだと思う。

他にも、僕だったら近所のおばさん達におもちゃにされるところを、磯貝君ではマダムキラーを発揮して可愛がられていたり。エンドのE組に落とされても本校舎からの女子人気はまだ高いままで、片岡さんと並んで女子からラブレターを貰ってたり。

 

「イケメンにしか似合わない事があるんですよ……磯貝君や……先生にしか」

 

「「「イケめ……なんだ貴様!?」」」

 

突然僕等の会話に割り込んできたのは、隣のテーブル席でハニートーストを貪っている殺せんせー(変装バージョン)だった。勢いで先生のことまでイケメンって言うところだった、危ない。校則でバイト禁止になっている椚ヶ丘中学校の先生なのに、ここまで堂々と生徒のバイト先に顔を出していいのかと思えば、今も食べているハニートーストが絶品だから、それに免じて黙認してるんだとか。甘いもの好きの殺せんせーらしい理由だった。

 

「でも皆さん、彼がいくらイケメンでも、さほど腹が立たないでしょう?それは何故です?」

 

「何故って……」

 

「だってさ、単純にいい奴だもんアイツ。それ以外に理由いる?」

 

そうだ、ただ顔がいいだけでそれをひけらかしていたりすれば、腹も立つし好きにはなれない。でも磯貝君の場合は、いつも謙虚でとにかく人がいい。もし彼を苦手とするなら、眩しすぎるくらいにいい人なところくらいなんじゃないかな。前原君の言葉に、イケメン滅べな対抗姿勢を見せていた岡島君すら頷いているから間違いないよね。僕等の反応を見た殺せんせーも嬉しそうで……あ、またお客さんが来たみたい……

 

「いらっしゃいま……!」

 

「おや?」

 

「情報通り、バイトをしている生徒がいるぞ?」

 

「これで2度目の重大校則違反……見損なったよ、磯貝君」

 

ドアベルの音とともに店内へ入ってきたのは、五英傑。さっきも言ったけど、椚ヶ丘中学校ではバイトは校則違反……それをよりによって彼等に見つかってしまうなんて。でも、この喫茶店は中学校から少し離れたところにあって……それなのにこう狙ってこれるものだろうか?いや、情報通りってことは偶然ここに来た訳じゃなくて、磯貝君がバイトをしてるのを知っていてわざと見つけに来たってこと……最悪だ。

……あれ?浅野君がここにいるってことは……

 

「……磯貝、くん……」

 

浅野君の後ろから店の中へ入ってきた彼女と目が合って、サァッと、顔から血の気が引いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「真尾さん、こっち」

 

「あ……その、お、……お待たせ、しました……」

 

「頭なんて下げないで……女性を待たせる方が男として恥ずかしいことなんだから」

 

「別にとって食いやしねーよ。だからそうビクビクすんな……おら、」

 

「っ」

 

「瀬尾?彼女は特定の人以外に人馴れしてないんだ。あまり怖がらせるような真似は慎んでもらおうか」

 

「単に瀬尾の言葉が乱暴だから怯えられてるんだと思うけどね」

 

「キシシ……女の扱いは上手いって豪語してなかったか?」

 

放課後になって、昨日誘われていた通り浅野君たちとお茶をしに行くために本校舎の正門へ足早に向かえば、彼らは既に揃っていた。ま、待たせてしまった……若干浅野くん側に寄りながら他の五英傑の人たちにも頭を下げれば気にするな、と言ってもらえて安心した。……意訳すれば、そういう意味でいいよね?

E組校舎を出ようとしたら渚くんたちに一緒に帰ろうと誘われたけど丁重にお断りさせてもらった。特に隠すことでもないから、浅野くんに誘ってもらったことを伝えたら……カルマと渚くんの顔が笑顔なのに固まってビックリしたけど。何かあったのかと思ったら、私がE組以外の人に囲まれても平気なのに驚いたって……私だって、頑張ってるんだから。いつまでもずっとE組といられるわけじゃないし、トラウマになったのは盲目に信じたせい……だったら、自分でちゃんと見て聞いて判断すればいい、これまでだってそうしてきたんだもん。

浅野くんはともかく、他の五英傑はいいのかとも聞かれたけど、榊原くんはスキンシップが多いのから逃げれば話してること自体は怖くないし、瀬尾くんも荒木くんも小山くんも、何か言ってくることはあってもそのあと不器用そうに気にかけてくれたりするのだ……だから、大勢の本校舎の生徒に囲まれるよりもリハビリに向いていたりする。今日だって。

 

「先に文具の補充だけ済ませたいんだ。本屋へ寄っていいかい?」

 

「浅野君、本屋よりもあっちの文具屋まで足を伸ばした方がいいんじゃないかい?ほら、彼女もいるし……」

 

「ある程度時間を潰さないと()()()もいないしな」

 

「ふむ……それもそうだ。真尾さん、かまわないかな?」

 

「え、と……はい。むしろ、私が連れていってもらうんですから……着いてきます」

 

浅野くんに軽く手を引かれ、顔を上げてみると少し苦笑い気味に本屋へ寄りたいと言われた。教室で筆箱を開いてみたら筆記具が残り僅かになっていたことに気づいたんだとか……浅野くんの方から中学校から少し離れた喫茶店へお茶しに行こう、と誘ったのに先に寄り道することが申し訳ないってことだったみたい。むしろ、私が行ったことのない場所へ連れていってもらうのだからそんな軽い寄り道なんて私には気にならないし、なんなら私も少し買い足しておこうか、そう考えて私もカバンから筆箱を取り出して確認する……あ、蛍光ペンが切れそう。小山くんが言ってたことは気にはなったけど……私も知っておくべきことなら、彼らは隠さずに教えてくれる……ということは知らせたくないか知らなくていいことなんだろう。

その後行った文具屋では、元々用事があった浅野くんに連れられるまま、何も考えずに普段から使っているものを手に取ろうとしたのだけど……一瞬開いた筆箱の中身を覚えられていたのか小山くんに「暗記ならこういうのもいい」と勧められたり、放送部で新聞とかにも興味が強い荒木くんがそういう筆記に向いたものをいくつか選んでくれたり、身長が小さい分届かなかったり人に埋もれやすい私を瀬尾くんがぶっきらぼうに助けてくれたり、浅野くんと榊原くんが2人で意見を出し合っておすすめの文庫本とか参考書を見繕ってリストアップしてくれてたり……本系は次の機会に持ち越したけど、何かと世話を焼かれた。……今日までにも数回、こうやって浅野くんに誘われるたびにこの4人とも一緒に過ごしてきたけど……あまり、差別的な態度を感じたことがなかったりする。それが、いつも疑問だった。

 

「…………」

 

「真尾さん、どうしたんだい?……あぁ、こいつらがいると話しづらいなら離れた所で僕が話を聞くし、言ってごらん」

 

「……え、と……失礼なこと、言うかもしれないけど……その……私、E組だよ……?異端児って呼ぶ人も、いるし……浅野くんは何回かお茶してるから分かるけど……4人にとっては、私って、邪魔じゃ……」

 

「「「「…………」」」」

 

本屋から目的地である喫茶店へ向かう道を歩きながら、そんな疑問を考えていれば顔に出ていたみたいで……斜め前を歩いていた浅野くんが気づいて足を止めてくれた。黙ってることもできるけど……浅野くんって、隠し事をさせないって威圧がちょっとあるから、黙っておくのって苦しいんだよね。……これがカルマだと、私が何も言ってないのに全部察しちゃうから、それはそれで思うことはあるけど。とりあえず、せっかくきっかけをくれたし、ということで、かねてからの疑問を小さくぶつけてみる。と、浅野くんが「あぁ……」と4人の方へ顔を向けると、その4人は4人でお互いに顔を見合わせていた。

 

「……そんなことで悩んでたのかい?……まったく、少しは信用を得られたかと思ってたんだけどね……おい、言いたいことがあるなら言え」

 

「あー……ハッキリ言ってE組は俺らにとっちゃあ下の存在ってのは変わらねぇ。だが俺等のリーダーがお前だけは認めてるからな……だったら俺等なりにお前と付き合わせてもらうまでだ」

 

「ちなみに3人はともかく、僕は一学期末テストの時くらいから君のことは認めているよ?やっぱり君のような花をあの掃き溜めに置いておくには惜しいと思うけどね……おっと、まだダメかい?」

 

代表して瀬尾くんと榊原くんが答えてくれたけど……何とも彼等らしい言葉での返答が返ってきた。私のことは全面的に認めているわけではないけど、浅野くんのおかげでそこまで嫌悪感があるわけでもない……といったところかな。椚ヶ丘中学校の『当たり前』に染まってはいても、本質的には人を見ているんだって言うのは感じる、気がする。当然、E組の方が居心地はいいし私の居場所ではあるけど、……少しだけなら、この人たちのそばを信じてもいいかもしれない。少しずつ、〝外〟に慣れるための練習場所として……さりげなく隣に立った榊原くんが頭を撫でようとした時は、最小限の動きで逃げさせてもらったけど。……それはまだ無理です。

そうこうしている内に、目的地が見えてきた……というところで、浅野くん以外の4人がニヤニヤと何かを企むような表情で先行して店へと入っていく。どうしたんだろうと思っていたら、浅野くんに小さな声で謝られた。

 

「え……」

 

「今日、僕が君を誘った本当の目的はお茶じゃない。この後、君には第三者的な立ち位置で事を見てほしいんだ。もちろん、味方をするかどうかは自由……叶うなら後から彼等を諭してやってくれ」

 

何のことを言っているのか全くわからなくて……そのまま店へと足を踏み入れる浅野くんに続いて喫茶店「kunugi-kaze」へ入ってから……ようやく、彼等のやりたいことに察しがついた。

 

「……磯貝、くん……」

 

喫茶店の制服姿で、呆然と固まっている磯貝くんが。お客さんとして来ていたんだろう……渚くんたちがいるのを、見つけてしまったから。

 

 

++++++++++++++++

 

 

「以前にアルバイトが発覚して、君はE組に落ちることになった……なのに、あれから反省していないようだね」

 

「……浅野、このことは黙っててくれないかな。今月いっぱいで必要な金は稼げるからさ」

 

榊原くんの話術によって、ことを荒らげる前に磯貝くんを喫茶店の外へと連れ出すことができた。磯貝くんは体の弱いお母さんと弟妹のいる母子家庭で、家は貧乏だって言ってた……今月いっぱいで、って金額が決まってるなら生活費っていうよりもお母さんの病院代とか、そういうものためなのかな。……それでも、アルバイトって、校則違反じゃなかったっけ……?しっかりしてる磯貝くんがそれを知らないはずはないと思うんだけど……

 

「……そうだな、僕もできればチャンスをあげたい。だからといって無条件で解放なんてことは、生徒会長としてするわけにはいかない……一つ、条件を出そうか」

 

そう言って浅野くんが提示したのは『闘志を示す』ことだった。椚ヶ丘中学校の校風は社会に出て戦える志を持つ者を尊ぶというもの……違反行為を帳消しにするほどの闘志を、浅野くんだけでなく全校生徒の前で示すこと、それが条件だった。その手っ取り早い舞台として近いうちにある体育祭で棒倒しに参加し、A組と戦い、勝つことを提案。棒倒しは男子の種目……E組男子は15人、A組は28人という倍近い戦力差……それでもE組から挑戦状を叩きつけたという事実に置き換えれば、それも闘志を示したことになる。

そこまで言って浅野くんは言葉を止めて私の背に手を乗せ、磯貝くんたちの方へと軽く押し出した。浅野くんを見上げてみれば、1つ頷かれて……さっき、お店へ入る前に言われたことを任したいってことなんだと解釈した。去り際に私の頭を軽く撫でてから彼は残りの4人を伴い去っていった。姿が見えなくなってから磯貝くんたちを見れば、少しバツが悪そうな顔をしつつもどこか反発しているような表情を浮かべていて……私は、小さく両手を握りしめた。どちらかの事情を知っていて肩入れした意見じゃない……何も知らずにこの状況を見ていた私が、ちゃんと言わなくちゃ。

 

「アミサちゃんの浅野君との約束って、この喫茶店に来る事だったんだね」

 

「……うん、昨日の夜に、お茶しないかって……お店も律ちゃんが下調べしてくれて、それで……」

 

誰も話し出そうとしなかった空気の中で、口火を切ったのは渚くんだった。そう、昨日の内に下調べをしてくれた律ちゃんの情報の中に、磯貝くんがアルバイトをしている、というものは無かったんだ。だから、私は何も知らずに、ただお茶をするだけだろうと誘いに乗った。……まさか、これが目的だったとは思いもしなかったけど。磯貝くんが一歩、私の方へと足を踏み出した……多分、説明をしようとしたんだろう……口を開いたところで遮る。

 

「真尾……あのさ、」

 

「……事情は知ってるよ、同じクラスだもん。でも、私は磯貝くんが悪いと思うから……何かしらの罰則は必要だと思う」

 

「っおい!A組なんかの味方すんのかよ!」

 

「だって!……だって、浅野くんは何も間違ったこと、言ってないもん……。アルバイトが校則違反っていうのは生徒手帳にも入学要項にもしっかり書いてあること……それに同意して、この中学校に入学してきたんでしょ……?他のみんながちゃんと守ってることなんだよ。浅野くんが生徒会長として、見過ごせないって言うのは当たり前だよ」

 

「「「…………」」」

 

家庭の事情があるから、といって1人だけ特別扱いをして許すことは出来ない。それをしてしまったら、きちんと校則を守っている他の生徒たちに示しがつかないし、何より校則を破る抜け穴としての前例を作ってしまうことになる。まぁ、確かに浅野くんが何かを企んでいて、このタイミングで磯貝くんを追い詰めに来たっていうのも否定できないけど……でも、付け入る隙を作ってしまったのはこちらに違いないし、()()()()()()()()の浅野くんたちに非は一切ない。

 

「……とりあえず、これは当事者の磯貝君だけの問題じゃない。明日の学校で他の男子にも話さなくちゃ」

 

「ついでに店の中から早く聞きたそうにこっちみてる担任にも言わなきゃなー……」

 

「あ、殺せんせー……いたんだ」

 

「ハニートーストのために通ってたらしいよ」

 

「(じゃあ、殺せんせーこそ校則違反を認めちゃってたんだ……)……そっ…か……」

 

「アミサちゃん……」

 

喧嘩早くて素行不良だったり、服装を整えなかったり、サボりだったり……そんな軽い校則違反くらいなら誰でもやっちゃうものだから、そんなに問題にはならない。なって個人の軽い書き取りとか掃除とか……それくらいのペナルティで終わる。でも、今回のようなものは一発でE組落ちになる程の重大なもので……実際に磯貝くんはそれでE組に落とされてる。それを見て見ぬふりをしてしまう教師があっていいのかな……私なりの正義とはいえ、硬い考えだとは思う……でも、信念を曲げていいものかもよくわからない。……ううん、今は、そんな個人的な感情で悩んでる場合じゃない。少しだけ心に積もった先生に対する不信感を押し隠し、棒倒しについてどう説明するかと議論しながら先を歩く前原くんや岡島くんたちを追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、磯貝くんのアルバイトの事実に目を瞑ってもらうために、体育祭の棒倒しでA組に勝つ必要があるということを男子に説明すると、反対するとかやる気がない……なんてことはなく、むしろ何で棒倒し?というノリだった。棒倒しは戦力差で戦況は大きく左右するけど、いかに相手の妨害をしつつ棒の先端に取り付けるか、という戦略ゲームでもある。寺坂くんの言うように、全校生徒の前で無様に負ける姿を晒し、E組に恥をかかせたいって考えはあるだろうけど……浅野くんのことだ、手っ取り早く戦力差やリーダーとしての資質を見せつけることの出来る場として使おうとしてるんじゃないかな。一度ペナルティを受けてE組落ちしている磯貝くんは、次は退学もありえる……学校に残りたいのなら、この提案を受けざるを得ない。

 

「いや、やる必要は無いよ。浅野の事だから何されるか分かったもんじゃないし……真尾も昨日言ってただろ。俺が播いた種なんだ、俺が責任を全てもつよ」

 

退学(クビ)上等!なんて言ってるけど……それで簡単に納得できるE組じゃない。案の定、大きなブーイングが起きることになった。

 

「難しく考えんなよ、磯貝。A組のガリ勉どもに棒倒しで勝ちゃいいんだろ?楽勝じゃん!」

 

「むしろバイトがバレてラッキーだな!」

 

「日頃の恨み、まとめて返すチャンスじゃねーか」

 

「倒すどころかへし折ってやろーぜ、なぁイケメン!」

 

「お前ら……よし、やってやるか!」

 

元々E組はほとんどの団体競技に出られない……球技大会の時のように、1クラス余る、という素敵な理由で出場権がないのだ。きっかけは最悪だったけど、E組全員が……男子だけとはいえ一致団結して臨む競技ができたことで、大盛り上がりになっていた。 磯貝くんの机に対先生ナイフを立てて前原くんが円陣を組む……それに乗る形で他の男子たちが集まって手を合わせていく……磯貝くんも、自分のためにまとまってくれたみんなに嬉しそうだ。

女子は教室の後ろの方に集まっていて、私は自分の席に座ってその様子を見ていたんだけど……そっとその輪の中から磯貝くんが抜け出してこちらに歩いてきて……近くにしゃがむと座る私と目の高さを合わせて、まっすぐこちらを見つめてくる。それに対して、私も見つめ返す……何か、言いたいことがあるってことなんだよね……?

 

「……どうしたの?」

 

「……昨日、真尾は俺に何かしらの罰則が必要だって言っただろ?確かにあれは分かっててやってた校則違反だから、バレたらやばいってことも分かってた。でも、バイトはもう終わりだし、棒倒しに勝てば浅野は黙認するって言ったから、校則違反の事実は有耶無耶になる」

 

「…………でも、もし負けたら、E組からいなくなっちゃうんでしょ……?さっき、それでいいって言った……」

 

「正直、俺の問題にみんなを巻き込んで怪我させたり、嫌な思いさせるくらいなら退学上等って思ってるのは変わらない。普通ならこれで許されないことなんだろうけどさ……みんなが一緒に戦ってくれるって言ったら……俺も、E組から出ていきたくなくなった」

 

頬を掻きながら照れたように笑う彼が男子の方を振り返ると、男子のみんなが拳を突き出してやる気を示していた。私の近くにいた女子はといえば、男子ったらしょうがないよねという見守る姿勢で……A組にさえ勝てれば今までと同じように過ごせる、こんな破格の条件、私は反対したいわけじゃない。

 

「だったら、もう昨日みたいにいなくなっちゃう原因作らない……?棒倒しも、負けない……?」

 

ちゃんと、なんでこうなったのかを理解していて、もう1回が起きなければ……それでいい。校則違反を絶対するななんて言いたいわけじゃない……した結果、大事にならないようにして欲しいだけ。E組の仲間が欠けて欲しくないだけ。結局は傷ついて欲しくないだけなんだ。

 

「バイトはなぁ……少しでも家計の足しになるならって殺せんせー巻き込んで黙ってたけど、今後はいざとなれば学校に話を通すなりなんなり対策立てるよ。棒倒しだって、俺一人で戦わなくちゃいけないわけじゃないんだ……負けるつもりは無いよ」

 

「……ん、わかった。だったら、私、応援する……お手伝いも、何でもがんばる」

 

「ありがとう。……ごめんな、真尾は人に厳しいことを言うの苦手なのに嫌な役目をさせて」

 

「……だって、誰も、……っ……」

 

「ああぁぁ……悪かった、ごめん!本当にここまでの大事はもう起こさないから!な?……か、カルマヘルプ!」

 

「そこまで頑張ったのに俺呼ぶんだ」

 

さっきまでは自分のせいだから、と一人で全部背負い込もうとしていた磯貝くん。だけど、今回のことを踏まえてこれからのことを考えてくれてるみたいだし、私も浅野くんに頼まれてやったこととはいえ……いろいろ怖かったけど、頑張って伝えてよかった。E組から出ていきたくない、負けるつもりはない、そんな言葉とともに頭を撫でられて……安心したら張り詰めていた分の緊張が一気に解けていっぱいいっぱいだったものが全部出てきそうになった。……泣いては、ないんだから……磯貝くんが目の前で大慌てしてるのは分かってるけど、私、泣いてないもん。

いつの間にか召喚されてたカルマに撫でられ、私は顔を埋めて抱きつかせてもらいながら何とか気持ちを落ち着かせようとしている間、磯貝くんは何人かの男子にもみくちゃにされていた。体育祭までの作戦立案、練習時間……女子メンバーには男子よりも余裕がある分、サポートを頑張ろうと思う。

……ところで、どこまでならお手伝いと称してアーツを使っても許されるんだろうか……下手に使うとドーピングでズルだよね?……これも要相談案件、指揮官ともちゃんと話しておかなくちゃ。

 

 

 

 

 

 




「流れるように真尾と和解したな……」
「あれを素でやってんだもんなー」
「イケメン腹立つわー」
「いてっ!前原、痛いって……」
「磯貝、バイトをするなら内職にした方がバレない。俺もしてる……紹介するか?」
「お前もか」
「そうだね、アルバイトをせざるを得ないなら見つからないものにしないと」
「今回のもイケメンが目立って浅野の所まで話が行っちまったんじゃねーの?」
「なんでそうなるんだよ……」
「で、どんなバイトなんだよ」
「スマホ修理のバイト」
「それはイトナにしか出来ないだろ……」
「そうか?簡単だと思うが」
「……ごめん、嬉しいけど他のを探すよ」



「男子ー!怪我したらこっちに来てねー!」
「軽傷なら私らで十分対処出来るし、もし、捻挫とかっぽいならアミサに診てもらって!」
「乱用はできないそうですから、間違っても大怪我はしないでくださいねー!」
「ほら、応援もお手伝いの1つよ。何言うか思いつかないなら、自分の役割叫んどきなさい」
「役割?……え、えと……ひ、瀕死になってても回復出来るから……っ!練習頑張って……!」
「「「瀕死!?」」」
「「「(それはイコール死んでこいってことか!?)」」」
「ぶっ……くくっ、久々のアミーシャ節……っ!」
「カルマ、あれって冗談か……?」
「確実に本気だね……実際に瀕死回復のアーツもあったはずだし。ほら見てよ、あのやりきった顔」
「まだ始まってもないぞ!?」


+++++++++++++++++++


体育祭、どんな種目があるんだろう。
作者の知ってる体育祭にはパン食い競走も二人三脚もあみ抜けも棒倒しも無かったから、作品の中に何をどう描写すればいいのか大いに迷ってます。そうか、これこそ捏造すればいいのか……!なんて結論にいたりそうなので、次回おかしかったら教えてください。一場面くらいはオリ主の個人競技を入れたい、な……!

そして作者は五英傑に夢を見ている気がします。これこの人達じゃない……!けど、後悔はないのでこのまま突き進みます。

次回、棒倒しを始める直前まで書く予定です。2話どころか3話に分かれそうです。



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