暗殺教室─私の進む道─   作:0波音0

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紡ぐ時間sideイトナ

俺がE組に来てから6日目……ようやく学校での生活、というものを思い出し始めた。シロに拾われるまでは別の中学ではあるものの、俺も学校に通ってはいた。だが、拾われて以降は暗殺のためという普通の中学生とは違う目的で椚ヶ丘中学校に転校した上、触手のメンテナンスや訓練諸々の理由からここへ来なかったから……久しぶりすぎて脳が勉強することを拒否する、むしろやりたくない。だがこの教室は勉強すること以外に暗殺がある、それをするためには標的(ターゲット)からの条件である勉強をしなくてはならない……となれば避けては通れない。

憂鬱な気分をあまり変わらない自信のある表情の裏に隠し、帰りはどうするか、また村松のまずいラーメン屋にでも寄るか、そんなことを考えていたら、帰りのHRが終わった瞬間に殺せんせーがマッハでやってきて有無を言わせず連れ去られた……何処だ此処。室内ってことはわかるが、触手に巻かれて気づいた時にはクラスとは違う教室の椅子に座らされていて……目の前には紙束を揺らしてニヤニヤ笑う黄色いタコがいたんだからわけが分からない。

 

「……なんだ、一体」

 

「ヌルフフフ……イトナ君もE組の仲間ですからねぇ……当然やることは決まってます」

 

その言葉と共にバサりと机の上に広げられたのは、結構な量のある紙の束……ちらっと上から見てみた限りでも数式漢字英語の羅列……まさか、今からこれ全部をやれというのか?

 

「……今日の授業も俺だけ小テストやらプリントだったと思うが」

 

「イトナ君は最近まで学校に通っていませんでしたから、基礎がわからない生徒に応用を教えるはずがありません。追いつくまでは別メニューです」

 

……それで俺にだけ授業中にタコの分身が近くに付いていたわけか。静かに分身は不可能なようで、音に敏感なのか、気配に敏感なのか、単に鬱陶しかったのか……時々アミサがチラチラと嫌そうにこちらを見ていたぞ。

 

「E組は先生の暗殺と並行して、本校舎復帰の最低ボーダーである50位以内を目指しています。そのためにもまずはイトナ君の現在の学力を把握する必要がありますから」

 

「……俺はやるとは言ってな」

 

「さあ!これが全て終われば帰れますよォ!」

 

「い……、……今から五教科、全部やれと……?」

 

「ええ、もちろん」

 

はい最初のテスト、と何の躊躇いも戸惑う時間も与えてもらえず、俺の手に鉛筆とテスト用紙を持たせ、淡々と問題を解かされることになった。

大体なんだ、勉強することは百歩譲っていいとして……今日まで1週間あったのに、なぜ今から全てをやらせようとする?なんで授業も終わって開放されたあとに、また2人きりで勉強させられなくちゃいけない?……いや、別の見方をするなら、俺とこいつは今2人きり……机に対先生ナイフを隠して暗殺するチャンスを見計らえば、

 

「あ、そういうのまだいいんで。はい、次のテスト」

 

「……………………」

 

………………殺す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、次の日の放課後……上海蟹を食べに行くだとかで、あいつが教室から飛び立って行ったのを確認したあと、カバンからそっといくつかの部品を取り出し組み立て始める。とにかく腹が立って仕方がなかったから、俺の得意分野を活かし、失敗覚悟(ダメもと)で殺しに行く準備だ。

隣の席では、俺の手元が気になるのかアミサがこちらをチラチラと見ているのだが、見るたびに青ざめた顔で視線を逸らしていて……これでも怒りは隠しているつもりなんだが、俺が怯えさせているのか?

 

「イトナくん、それは?」

 

「仕返し用戦闘車……の、部品諸々だ」

 

「細かいのがいっぱい……仕返しって、やっぱり昨日……」

 

「……あのタコに次から次へとテスト受けさせられた……見てたなら助けてくれ」

 

「うわぁ……って私、殺せんせーがイトナくん連れ去ったとこしか見てないよ」

 

やはり気になっていたんだろう、カバンを片付ける手を止めて、興味津々に俺の手元を観察し始めた。というか、見てたのか……正直見てたなら助けて欲しかった。怒りからか手に持ったドライバーが折れそうなくらいミシミシいっているが、気にする余裕はない、折れなければいい、使えれば。アミサはか細い声で「それ……」と言いながら俺の持つドライバーを不安そうに指さしているが、気にしない。

だが、イライラとしていても手元は真剣だ……親父の工場で一通りかじったとはいえ、こういう細かい作業は丁寧さが命だから。……よし、この組み立てが終われば次ははんだか……俺は本校舎に通ったことがない(というかそもそも行ったことがない)から中がどうなのか知らないが、そこと比べて劣等感を与えるためにE組は底辺の設備とされているのだと聞いていた。しかし、律が問題なく駆動できているように十分な電力は通っているから、俺はいつでも好きな時に電子工作ができるというわけだ……助かる。

 

「……じゃあ、この戦闘車作戦が終わったら、私の家においでよ。……お疲れ様会、しよう?私、何か作って待ってるから」

 

「……俺はアミサの家、知らない」

 

途中から何か考え込んでいるとは思っていたが……まさか家に招こうとするとは思わなかった。俺が慣れない勉強に疲れていると察して言い出したことなのか……名案だとばかりに手を叩いてこちらを向いた。ニコニコとしながら俺の返事を待つアミサにどう答えるべきか迷って……迷った末に出た言葉は、断りでも申し出を受ける言葉でもなく、家を知らない、という一言だけだった。

 

「あれ……?あ……そっか、そうだよね。殺せんせーの下着泥棒疑惑の新聞が出た前の日、泥棒役はイトナくんがやってたって言ってたから私の家に来たのイトナくんだと勝手に思ってた……ごめんね」

 

「……いや、いい」

 

彼女は疑ったことを申し訳なさそうに謝っているが、謝る必要は無い……「知らない」などと言ったが、実際はアミサの家に行ったことがあるからだ。

アミサはE組に初めて登校した時……最初の暗殺の時に、挑発してきたカルマを除いて唯一俺に声をかけに来た。二度目の暗殺では姿を見ることは出来なくて、飛び降りてきたカルマによって容態を知らされた……なんとも思っていないはずのただの一クラスメイト……なのに、何故かその名前が頭の中に残っていた。

シロの用意したFカップ以上の巨乳女性のリストには彼女も載っていて……毎回何気なく選んでいたそれの中に名前を見つけた時、思わず次の目的地に決めていた。家の近くまで行って、外に本来の目的である下着が干されていなかったことに安心したようながっかりしたような気持ちになって、それでもその日は他へ行く気にもなれなかったからそのまま見ていれば……特に音を立てたつもりもなかったのに、本人が顔を出したんだ。彼女は俺に気付いていなかったようだが、隠れている場所をまっすぐ見つめていたから……完全にバレたと思っていた。

嘘をついたことを誤魔化すように手元の作業を再開させ、隣の様子を伺えばどこか残念そうに耳を垂らす小動物がいた……いや、イメージでしかないが、そう見えた。だが、教えて貰ってもいないのにたどり着けてはおかしい……そうだ、なにも俺一人で行かなくちゃいけないわけじゃないだろう。

 

「……他に呼んでもいいか?」

 

「他にって、誰かをってこと?私の家、そんなに広くないから、E組の人であんまり大人数にならなければいいけど……誰か誘いたいの?」

 

「とりあえずカルマ。行き方教えてもらう」

 

「あ、なるほど……うん、いいよ。来る日になったら教えてね」

 

「あぁ。その時成果を話せるよう努力する」

 

むしろ、カルマを誘わず一人で行く方が危険だと思う……提案してから思い出してよかったと内心安心していた。小指を立てる意味を知らないらしいアミサはともかく、カルマ本人とクラスメイトの反応から、2人はまだ付き合っていないのだろう。ただ、カルマはかなりあからさまだ……俺は彼女に弟分として見られているのにそれでも牽制してくるくらいだから、黙って行った場合は考えたくない。

そこまで話したところでアミサが席を立つ……これからあのビッチ先生の放課後講座とやらを受けに行くのだろう。話は終わりだと手元へ視線を戻しつつ、なんとなく思い立ち楽しみにしておくという意味も込めて、教室を出ていく彼女に空いた手を振っておいた。

 

 

++++++++++++++++

 

 

「寺坂がアホ面で言った。『100回失敗してもいい』と……だから、失敗覚悟(だめもと)で殺しに行く」

 

アミサがビッチ先生のいる教員室へ行ったあとに「何をしているの」と彼女と同じようなことを聞きに来た渚の質問に答えていると、いつの間にか周りにはE組の男子が集まっていた。逆に女子はほぼ全員が帰宅したようで、さっき顔を上げた時にはもう教室に残っているのは男子だけになっていた。手元をのぞき込まれながら、ハイテクだ、細かいなどと言われるがこれらの技術は親父の工場がまだ軌道に乗っていた時に、手遊びの代わりに覚えたものばかりだから、そこまで賞賛されると少し気恥ずかしい……俺の感覚からすると、そんなに難しいものでもないから寺坂以外誰でも簡単に扱える、といじりつつ言っておく。

大体の内部改造を終え、装甲を付け直して教室の床へとラジコンを下ろす……テスト走行だ。ちょうど俺の周りには男子が集まっているから、そのまま障害物になってくれ。ガン・カメラを見ながら手元のコントローラーをいじり、ラジコンを走らせる……ギアの駆動音はほとんど抑えられているな、予定通り。あとは壁際に設置した空き缶へ距離をとって主砲を向け……撃つ!

 

────カカカァンッ

 

「すっげぇ……走ってる時も撃つ時もほとんど音がしねぇ」

 

「電子制御を多用することでギアの駆動音を抑えている。ガン・カメラはスマホのものを流用した……銃の照準と連動しつつ、コントローラーに映像を送る」

 

「おぉ、スパイっぽいな!」

 

「これで狙えるとして……一体どこを?」

 

「……お前らに教えといてやる。狙うべき理想の一点……シロから聞いた、標的の急所だ」

 

殺せんせーを暗殺するにあたって、政府と関係をもっていたシロは、E組が仕掛けた暗殺の報告書を元に作戦を立てていた……それを聞いた限りでは、E組は触手だったり頭だったりと目に見えているところを狙って仕掛けていたということを聞いている。触手を切り離せば確かに運動能力は下げることが出来るが……それで絶命させられるわけではなく、それまででしかない。

俺は、弱体化させるだけじゃなく、上手くいけば一発で仕留められる方法を知っている。俺があちら側にいたからこそ得た情報……あの時は俺が勝つためだけの情報(もの)でしかなかったが、これからは俺等が勝つために有効活用させてもらおう。これからは1人でやらなくていい……こいつらと一緒に、たった一回の勝利を目指せばいいのだから。

 

「奴には【心臓】がある。位置はネクタイの真下……そこを殺れば一発で絶命できるそうだ」

 

もう、シロの手駒でも殺せんせーの弟でもない。

──E組の堀部糸成だ。

 

 

++++++++++++++++

 

 

いくら小回りがきく車体でも、ピンポイントで狙える銃口が備えられていても、本番で壊れては意味が無い。だから暗殺に備えて試運転を重ねておこうと校舎内を走らせ始めたあたりでカルマが欠伸をしだした……小さい画面を野郎共が揃ってのぞき込んでいるだけっていう状況に飽きてきたんだろう。先に帰ると言ってカバンをとると、一人教室を出ていってしまった。

暗殺のために集まって作業していることもあって、一応呼び止めた磯貝がため息をついているのを渚が苦笑いで慰め、それを横目に俺が操るラジコンがちょうど教員室を横切ろうとした時……ラジコンに搭載したカメラとマイクが人の気配を拾った。聞こえてきたのはビッチ先生に挨拶をする数人の女子の声……アミサ達の放課後講座とやらが終わったんだろう。バレないように車体の動きを止めてすぐに教員室の扉が開く。

 

『ねぇ、帰りにカフェ寄っていこーよ、ケーキ食べたい!』

 

『行く行く!』

 

『言われたそばから寄り道じゃん、それ』

 

『あははっ!アミサは行ける?』

 

『うん、行きたい!』

 

「「「………………………………………………」」」

 

だんだんと遠ざかっていくその声……ではなく、この場にいたほとんどの男子が注目していたのは、ただ一箇所だった。ラジコンは当たり前だが小さい。それこそ人間の足首あたりまでの高さまでしかない。それ故に映りそうになったのだ……教員室から出てきた女子達のスカートの中が。

 

「……見えたか?」

 

「いや、カメラが追いつかなかった……視野が狭すぎるんだ!」

 

「カメラ、もっと大きいのにできないのか!?」

 

「無理だ、重量がかさむ。機動力が落ち、標的の補足が難しくなる」

 

「ならば、カメラのレンズを魚眼にしたらどうだろうか」

《─参謀─竹林考太郎》

 

「「「竹林!!」」」

 

魚眼レンズの使用にあたって歪み補正のプログラムを組む必要性から、小型の魚眼レンズを用意すると言い出した《─カメラ整備─岡島大河》が用途は説明しないまま律を巻き込んだ。標的への照準を合わせやすくするためのカメラ機能……それの使用用途がずれ始めた会話に俺が調整役の立場から返答していると、カメラに映った女子達が廊下の角を曲がりきろうとするところで、アミサが1人足を止めてこちらを振り返っているのが見えた。……これ、このラジコンの存在バレてるよな。

先に歩いていく他の女子を見送ってから彼女は戦闘車の近くにしゃがみこむと、まじまじと見つつ車体へ手を伸ばし……瞬間カメラに映った光景に俺は目を見開いて、反射的に画面を手で隠していた。……こいつは絶対気付いてないけど、確かに今、スカートの中が映ったぞ。しかも見えてはいけないものだった気しかしない……少し詳しく言うなら、()()()()()()()()()()()()()()()、という。……俺も一応年頃だ、気にはなるが色々な意味で見なかったことにしなければ後がやばい……大事なことだから二回言うぞ、色々な意味で、だ。唯一の救いは俺以外には見た奴がいなさそうなことか……。

顔を上げてみると、男性陣はスカートの中を見るという目的のために必要そうな機能を次々と意見していた……渚と磯貝が離れた場所で「下着ドロにはドン引きしてたくせに」と、盛り上がるこいつらに対してドン引きしていた。俺はその中に入ってないと信じておく。しかし、こいつらの目的は完全に脱線しているが、暗殺に役立つ機能であることに変わりはない、だから役立てようとしっかりと聞いていた時……

 

────コンコンコン

 

「「「!!!?」」」

 

「あ、えと……お、お邪魔してごめんなさい……そ、そんなに驚かれるとは思わなくて……」

 

「お、おー……」

 

「真尾か、お前でよかったよ……」

 

「???」

 

先程画面に映った一人であるアミサが教室に現れ、分かりやすいくらいに男子が驚き慌てている。だが、この一週間の付き合いで学んだ……彼女は良くも悪くも素直で天然だから、多分この不自然なごまかしを全く疑いもしていないんだろう。首をかしげつつうまく俺等の輪の中には入れず困った表情をしている彼女に、元々慌てる理由のない磯貝が声をかけた。

 

「お前らなぁ……ま、いいか。どうしたんだ?」

 

「その……コレ、教員室の前のとこに……イトナくんが作ってたやつだよね?多分廊下のへこみに引っかかってたんだと思う……動かなかったから、持ってきちゃった」

 

コントローラーの画面を見ていなくて(隠していて)気付かなかったが、彼女の手元には俺等の話題の中心である戦闘車が抱えられていた。存在がバレていたことに息を呑む男子達……おい、落ちていたから拾って届けに来た、という善意の行動が、お前等の反応のせいで余計なお世話か何かだったかと勘違いしてアミサが落ち込んでいるぞ。

このままだと彼女を落ち込ませたまま帰すことになりかねない……そう判断した俺は、わざと特に何か反応することなく差し出されたラジコンをそっと受け取り、装甲を外す。

 

「助かる。……ちなみになんで気付いた?できる限り最小限の駆動音に抑えていたはずだ」

 

「んー……色、かな。教員室から出た時に、なんか廊下に違和感があるなって……」

 

「……なるほど、要改造点だな」

 

「それなら俺の得意分野だ……引き受けた。学校迷彩、俺が塗ろう」

《─偽装効果担当─菅谷創介》

 

迷ってるところを見ると彼女が音で気付いた可能性も若干あるだろう。そこも改造点だが車体の色が目立つことも考えものだ……俺は専門外だから、考えてもなかった弱点だ。そう思いながら装甲を見ていると、菅谷が得意分野だと名乗りを上げる。

 

「じゃ、じゃあ、頑張って完成させてください……お邪魔しましたっ!」

 

「意見ありがとな〜!」

 

「気をつけて帰れよ!」

 

それからも男子で盛り上がっていると、居づらくなってきたのだろう……アミサがおじぎしてから教室を出ていった。彼女がいては目的の対象である女子達に話が伝わってしまう、と明言できずにいた相談が、彼女が出ていったことで安心したように遠慮なく飛び交う隠しもしない言葉での話し合いがまた始まる。この教室から見える、E組校舎に来るための山道を女子達が降っていくのを確認したあと、再びラジコンを走らせることになった。今度は室内よりもデコボコが多い校舎外をメインに走らせる。

 

「これも全て暗殺のためだ!行け!……えーっと、……試作品ZERO号!」

 

下駄箱から校庭へ飛び出した……瞬間、階段から落ちて横転した。

 

「……復帰させてくる!」

《─高機動復元士─木村正義》

 

「段差に強い足回りも必要じゃないか?」

 

「俺が開発する。駆動系や金属加工には覚えがある」

《─駆動系設計補助─吉田大成》

 

「ラジコンは人間とはサイズが違う……快適に走り回れるように俺が歩いて地図を作ろう」

《─ロードマップ制作─前原陽斗》

 

エロと殺しとモノ作り……この要素だけで、気が付けば周りには人が集まっていた。ただ……触手があった頃は俺もエロ方面にかなり敏感だった自信があるが、一部を除いてここまで食いついた上、積極的になるものなんだな、といういらない気付きもあったわけだが。どこか影が差したようにカッコつけている雰囲気に、渚と磯貝に関しては引いてるぞ。

ラジコンの改良改造について様々な意見が出たが、吉田の足回りの仕上げや菅谷の塗装、前原のマップ制作などすぐに出来ないものや、岡島のように一度帰らなくては準備出来ないものなどがあるため、今日のところはここで解散し、明日の朝一番でまた集合することとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、朝6時30分。

学校のカリキュラムが始まるのは8時45分のため、これのために集まった男子以外、E組校舎には誰もいない。ちなみに最初からE組教室内に設置されている律は8時に起動するため、俺等のやろうとしている全容を知ることは無い、はずだ。多分。

朝早くに集まるために朝食を食べていないだろうと、E組の中でトップクラスの料理上手、《─糧食補給班─村松拓哉》が持参した朝食を味わいながら、吉田、菅谷の改良をラジコンに組み込んでいく。今この場には、途中で帰宅したカルマ以外は遅刻せずに全員揃っている……基本ギリギリにしか来ない奴等までしっかり揃っていることから、男としては逃せないイベントなのだろう。

そして始まった試運転……もしかしたら俺以外が操縦することになるかもしれないと、順番にコントローラーを回していく。千葉や三村など、何人かはエロについてではなく純粋にラジコンや映像に興味があったらしく、嬉しそうに操作する姿を見ていると……最初は仕返しのために作り始めたものではあったが、やって良かったと、そう、思う。

 

「イトナ、これだけ皆で改良してるんだ。機体に開発ネームでもつけないか?」

 

「……考えてみる」

 

……触手が俺に聞いてきた。

 

どうなりたいか

──と。

 

『強くなりたい』と答えたら、それしか考えられなくなった。ただ朦朧として、戦って勝つことしか。

 

〝最初は細い糸でいい。徐々に紡いで強くなれ。それが『糸成』、お前の名前に込めた願いだ〟

 

……何で忘れてたのかな、自分のルーツを。

 

〝一緒に、E組で思い出を作ろうよ。あったかくて優しいたくさんの友だちと一緒に。ちょっと変わってて楽しい先生たちと一緒に〟

 

アミサ(ねえさん)……最初から……最初から、()()から始めればよかったのかな

 

「あ、ほらぶつかったじゃねーか。寺坂全然下手じゃん!」

 

「ンだと!?」

 

「……ん?」

 

今の操縦者である寺坂がチクチクといじられているのを横目にコントローラーの画面へと目を落とす、と……何か、大きな影が映りこんだような……?

コントローラーに手を伸ばし、周りの奴等が不思議そうにしている中、カメラの向きをその影を作るものへと向ける、と……

 

『……キュ?』

 

「「「バケモンでたーーッ!?」」」

 

「逃げろ!いや、撃て!」

 

「主砲の威力が全然足りてねぇ!!」

 

「ここも要改造だ!?」

 

「「「って、うわぁあぁあ!!??」」」

 

++++++++++++++++

 

木村が現場へ行き、戦闘車を回収してきてくれたが……ついた時にはイタチによって破壊しつくされた後だったようだ。ラジコンの残骸を囲み、次からは移動と射撃を分担した方がもしもに備えやすいと《─搭載砲手─千葉龍之介》を任命したり、その他諸々の反省点を挙げていく。確かに残念ではあった……だが、この一回の失敗で諦めるつもりは無い。開発には失敗(ミス)が付き物なのだから。マジックのキャップを開け、無事に残った装甲へと走らせる……『糸成1号』、と。

 

「糸成1号は失敗作だ。だが、ここから紡いで強くする。100回失敗したっていい……最後には必ず殺す。よろしくな、お前等」

 

「おうよ!」

 

「よっしゃ!3月までにはこいつで女子全員のスカートの中を偵察するぜ!」

 

「スカートの中がなんですって?」

 

「片岡ァ!?」

 

……趣旨が変わってるぞ。同じようなことを考えていたんだろう、渚も呆れたように発言した岡島を見ているのが分かる。

直後、岡島の肩へと置かれた手の持ち主は……いつから教室に居たのだろう、クラス委員の片岡のものだった。なんとか弁解しようとしているが、後ろから他の女子達も着いてきていて……誤魔化せるのか、これ。とりあえず言い出しっぺは俺じゃないため、矢面に立っている岡島をサラッと売っておく。……一応、一番最初に映像に食いついたことに間違いはないのだし。

ふと、顔を上げて時計を確認してみれば、時間は8時……竹林が言っていた通り、律が起動して魚眼レンズで撮影した写真の補正プログラムが完成したことを告げ、いわゆる覗きをしようとしていた裏付けとなってしまった。

 

「なにやってんの?」

 

「ちょっと、痴情のもつれが……」

 

「ふーん……」

 

罪を擦り付けあっていたが、止めはしないもののずっと傍観者の立ち位置を保ち続けた磯貝と渚以外に登校してきた女子達の厳しい視線、説教が繰り広げられることになった。ただ、岡島や前原といった明確な首謀者がいた事で、俺にはあまりその余波は来ていない。

と、この喧騒を聞いて来たのだろう……男子の中で唯一事情を何も知らずにアミサを伴ったカルマが教室に入ってきた。彼等の登校に気付いたのは俺だけじゃなく、説教していた女子メンバーもそちらを振り向いていた。あまりにも一斉に、しかも説教の雰囲気そのままに振り向くものだから、アミサは怯えたようにカルマの後ろに隠れてしまっている。

 

「ちょうどいいところに来たわ、カルマ!」

 

「いや、先に確認よ。あんた、こいつらが何やってたか知ってる?」

 

「何って……せんせー暗殺用の戦闘車じゃないわけ?俺興味無いから途中で帰ったけど」

 

「「「よし、カルマは白だ」」」

 

「「???」」

 

誰一人として、カルマに情報を流す者はいなかったらしい。何が起きたのかこの教室の中で二人だけが全くわからない様子で不思議そうにしていた。

かなり怯えたまま、それでも恐る恐る事情を知りたそうに顔を覗かせるアミサに気付いた原と茅野がアミサの気を引いてこちらをあまり気にしなくてもいい環境を作ってくれた。今伝えたら、唯一女子達の中で男子が女子達を狙っていることを知りかけていたという責任からパニックになることは目に見えているからな……彼女は全く悪くなくても気にするに決まってる。アミサの意識が逸れたその隙に、女子達はカルマに状況を伝えながら説教を再開し始めた。

 

「こいつらそのラジコンのカメラで女子のスカートの中を見ようとしてたのよ!」

 

「アミサはあんたらの態度を疑ってないけどね、女子に隠して実行してる上、来たのがアミサでよかったって……女子に対してよからぬ事考えてるんじゃないかって思ってたのよ!」

 

「だから、実行に移す前にイタチに壊されたんだって!」

 

「どーだか……」

 

「てか実行しようとしてる時点で一緒よ!」

 

「へー……ねぇ、アミーシャの見た奴いるの?いるなら俺とお話しよっか?あ、もちろん何でもありのね」

 

「殺される……!」

 

「だから見てねぇって!」

 

……アミサ、やっぱりあの時に教室へ来た時の雰囲気、分かってなかったんだな。ただ、違和感は感じていたのか、あの後ケーキを食べに行くと言っていた女子達に相談したのだろう。カルマが状況をハッキリ理解して、クラス公認である自分の想い人も被害にあいそうだったと知るやいなや、元々ハイライトの感じない瞳からさらに光が消えた。……物凄く、怒ってるな。さりげなくアミサを預かる原と茅野も含めて背に庇いながら手をバキバキと鳴らし、男子に詰め寄っているところは流石としか言いようがない。

ふと、ここで俺はこの仕返しをするにあたって、アミサとひとつの約束をしていたことを思い出した。仕返しを、暗殺を実行する前に趣旨は脱線するわ、要のラジコンは壊れるわでグダグダなままになってしまったが、終わりは終わりだろう。約束を果たすために俺は席を立って、彼女と威嚇するカルマの元へと足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アミサ、終わったから今日がいい」

 

「……?」

 

「家、呼んでくれるんだろ?」

 

「はぁ?なんでイトナがアミーシャの家に、」

 

「カルマ、俺は今日サボる。いい場所教えろ……その時話す」

 

「ふーん?……いいよ」

 

女子達に説教される一部を除いた他の男子達を尻目にカルマのサボり場所へと案内してもらう。後ろから俺が逃げたことに対する抗議の声が上がっているのが聞こえたが、……知ったことか。

案内された先でアミサ宅訪問理由とその他E組や暗殺関連含めた諸々の話題で今日の授業をサボり、カルマと意気投合した。……何を話したか、詳しい内容は避けるが……カルマがE組の他の奴等に言うと騒ぎ立てられるからとなかなか話せないことを、少しばかり話せて気が楽になったようだ、とだけ言っておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そっか、あの戦闘車壊れちゃったんだ……」

 

カルマは訪問理由を話した時に、教室へ戻ってからは渚にも声をかけ、18時頃、予定通り俺がアミサの家を知らないから案内してもらったという体でお邪魔する。迎えてくれた彼女は、道中教えられた通り一人で待っていて……俺等が来たことに気が付くと嬉しそうに笑っていた。

 

「いや、開発に失敗はつきもの……今回ダメなら次、それもダメならまたやればいい」

 

「イトナ君、淡々と作業してたもんね……新たな仕事人が誕生したみたいだったよ」

 

「それが何をどうしたら覗きに発展しちゃうかな……」

 

「年頃の男子ってことにしといて」

 

あとは仕上げだけだから、と手伝おうとした渚を含めて俺等をテーブルにつかせて何かしら作業をする彼女へ、あの場では教えられなかったラジコン作戦の全容を掻い摘んで話すと、嫌悪感はないようだが呆れの滲んだ声色で小さく笑っていた。アミサ曰く、女子達に話したのは俺が男子達の輪の中心になって一つのことに取り組む姿が嬉しかったから、それを誰かに言いたかっただけだったらしい。ただ、説明が苦手なために話をまとめることが出来ず、見たまま聞いたままを全て伝えたところ……聞いた女子達が俺等の態度に疑問を持つことになったのだろうと推測できた。

 

「あはは……でも、無事に一段落したから……はい、できたよ」

 

「……うまそう」

 

「美味いよ〜アミーシャが作るの。たまに作ってる最中に爆発音するけど」

 

「カルマ君の家に泊まった時はアミサちゃんがご飯作るんだっけ?」

 

「そうそう、最近原さんに料理習ってるらしくてだんだん上達してるから、今日も楽しみだったんだよね」

 

「もっと上手くならなくちゃ、カルマに負けたくないし……その、3人とも男の人だし足りるかわからないけど……1週間お疲れ様でした。……召し上がれ」

 

「「「いただきます」」」

 

爆発音とはなんだと思えば、料理をしていると数回に一度の割合で、ねこまんまやUマテリアルという金属が出来上がるらしい……ねこまんまならまだしも、金属が出来るってどういう事だ。それを聞いてしまうと今回の料理にも混入しているのではないかと勘ぐってしまうのは仕方ないだろう。

だが、普通にうまそうだ……アミサに促されるまま口にすれば、久々に食べた温かい食事に箸が進む。……いや

別に毎日食べれていないわけじゃない、村松の家に食べに行くこともあるし。……ただ、アミサと、カルマと、渚と……家族のように集まって食べることが、あたたかく感じるだけで。

少し話を聞けば、渚はともかく、アミサとカルマはほとんど家族が家にいないため、大抵どちらかの家で一緒に過ごすことが多いのだとか。だからこんなに夫婦感があるのかと言えば、アミサは顔を真っ赤にして固まり、カルマはニヤニヤと彼女の赤くなった頬をつついて、渚はそれを宥めようと立ち上がっていた……なるほど、多分あとはアミサが受け入れれば引っ付くな、この二人。

この食事会を機に週に1、2回……勉強嫌いでも待ち時間があるから課題をするようにと条件を出されたが、主にアミサとカルマと俺の3人で調理する役を回しつつ、俺は『家族での食事』というあたたかさを感じるものを経験できるようになる。

 

 

 

 

 




「アミサ、カルマ。今日いいか?」
「うん、いいよ」
「あー、今日は俺担当か……イトナ、何食べたいとかリクエストは?」
「ラーメン以外」
「それリクエストって言わない」
「昨日も村松くんの家行ったんだね……」
「あぁ。まずいラーメンでも何故かたまに食べたくなる味だ。……つくづく村松の料理の腕からは考えられない古さだ」
「おいコライトナァ!?」
「事実だろ」
「事実じゃん」
「私は村松くんのラーメンは食べたことないから……なんとも。あ、ごはんはおいしいと思うよ!」



「……なんで誰もイトナが真尾の家に通うことに突っ込まないんだ」
「あいつも一応盗撮の実行犯だぞ」
「日頃の行いの差でしょ」
「あとは……3人とも、普段から親が近くにいないって共通点があるからってのもあるんじゃないかな」


++++++++++++++++++++


遅くなってしまいました、紡ぐ時間・イトナ編です。内容自体はアミサ編と変わりませんが、捉え方や男子目線だと実はこうだった、というのを書いたつもりです。原作とは少し解釈が違っているかも知れませんが、この小説オリジナルの展開と捉えていただければ幸いです。

次回はコードネームの時間……オリ主のソレは、もう何度も作中に出てきている言葉が使われるかとwどう頑張っても保護者達からすればこう思わざるを得ない、といいますか……早めに更新できるように頑張ります!

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