暗殺教室─私の進む道─   作:0波音0

61 / 108
堀部イトナの時間

イトナside

────意識がトんでいた。

俺が力を追い求めることになった所以……信じ続けて、裏切られて、受け入れたくないもの……それを象徴するモノがたくさんある携帯電話ショップを破壊している最中に、俺を追いかけてきたE組と標的(ヤツら)。クラスメイトっていってもシロに勝手に登録されたに過ぎないからなんとも思わず、ただ、暗殺に利用すればいいとさえ考えていた。

なのに、何なんだ……俺の事は放っておけばいいのに、なんでお前等はかかわってくる……?しかも1人や2人じゃない、クラス全員で。俺は、お前等を利用してるのに。……シロに俺自身を利用されていることは分かってた、それでも、力を得られるなら構わなかった。小さい力なんて意味が無い、大きな、誰も追随を許さない力で、勝利を得なければ……

 

「……ぅ……トナ、く……」

 

「!」

 

「へーき……?すこしは、いたく……ない……?」

 

……なんで、お前はここにいる……?

ゆっくりと目を開いたのに暗くて何も見えなくて、だけど、何か柔らかく暖かいものに包まれていることだけはハッキリと分かった。……そういえば、こいつらと話している時にはあれほど触手を溶かされる激痛が走っていたのに、目を覚ましてからは拒絶反応による痛みだけ……それに、あれだけ引きずられたはずの体に痛みをあまり感じない。むしろ、時間が経つにつれて治っていくような……こいつに、庇われているから?

 

「イトナ君、アミサさん!」

 

「……せんせ……」

 

「意識があるんですね、すぐに……!……これは、」

 

……追いかけてきたのか、兄さん……俺は頭からこいつに抱えられているから、外の様子は腕の隙間からくらいしか見えないが声は聞こえる。視界にはネットを挟んで俺等に触手()を伸ばす黄色い超生物を写すが、それに触れる前に止めてしまった。……あぁ、やっぱりこれは触手を溶かす物質で出来ている、そしてそれからこいつは庇ってくれているんだ。

それを理解した時、俺等を中心に照らすようライトが向けられた。こいつの小さな体では庇いきれない俺の触手が硬直する……このライトも、きっと。

 

「お察しの通り。そしてここが君達の墓場だ」

 

──撃て、狙いはイトナとお嬢さんだ。

 

シロの声が響く。それと同時にいくつもの銃声も鳴り響きはじめた。標的は兄さん……兄さんの弱点ということは、俺にとっても弱点……あれをまともに喰らえば、俺はきっと死ぬ。だが、体は動きそうにない……こちらへとんでくる弾をを見ているしかできないと覚悟を決めたというのに。俺を片手で抱え直したこいつは、もう片手で何かを操作している……こいつ、この状況でも俺を庇うつもりなのか?

 

「……あの弾は、私にあたっても……いたい、だけ。……イトナくんは、……イトナくんだけは、必ず、守るから…………っ……駆動……«アダマスガード»(土属性完全物理防御)……」

 

ふわりと、圧力光線以外の光に包まれ、光の盾のようなものに囲まれる……服や風圧を駆使して弾を防ぎながら、俺等の捕らわれたネットを外そうと奮闘する兄さんが見逃してしまった流れ弾、それは俺を守ろうとするこいつの光の盾に当たり、その盾は消えてしまった。……1度きりの盾なのか?それ以降はこいつが体を張って受けていく……

 

……俺は、無力だ。

力が無かったから協力者にも見捨てられた。

 

〝良い目だ。君の目には勝利への執念が宿っている。その執念こそ私が作った強力な細胞を使いこなすのに不可欠なものだ〟

 

あの日、雨の中路地裏で俺が1人で雨に打たれていたところにシロはやってきた。俺がなんでこんな所にいるのか、何を求めているのか……全てを見透かしているような言動だった。

 

〝私と一緒に『足し算』をやらないか?勝利への道筋を考えるのは私に任せろ。君の執念(プラス)私の技術(イコール)勝利を掴む『力』になる。力があれば、君はこの世の誰よりも強くなれる〟

 

力への執念があったから得体の知れない細胞の激痛にも耐えられた。勝利への執念があったから何度も何度も喰らいつけた。……なのに、執念は届かなくて、しかも殺す相手に守られている。俺は、こんなザコ達に負けるのか……?

 

「だいじょぶ、だよ」

 

ぎゅ、と俺を抱く腕に力が入った。

 

「イトナくんも、私も、先生も。今は1人じゃないから」

 

どういう事なのかは全く分からなかったけど、根拠も何も無いその言葉には何故か安心するところがあって、自然と肩の力が抜けた。

 

 

 

 

 

「死ねばいいと思うよ、ザコ共」

 

 

 

 

 

ゾクリと背中を冷たい何かが通り過ぎたかと思った。地を這うような怒りに満ちた声とドガガッとかなりの打撃音が響くとともに、木の上から俺等に向けられていた銃撃が1つ減った。それを皮切りにまた一つ、またひとつ……

 

「……、……、……」

 

「ちょ、カルマストップ!それ以上は死ぬから!」

 

「あ゛?」

 

「怖っ!?」

 

あの赤髪……俺が見た限りあのクラス(E組)の中で多分一番を争うほどに強いヤツ、そいつが一番槍として木から射手を蹴り落としたらしい。木の上で蹴りつけた後にかかと落としで蹴り落とした上、着地点で白服の体を踏み潰し、その上足蹴……少し見えた限りでも1人に対して追撃をかけまくっているが、何がそこまで赤髪を怒らせているんだ。

他の生徒達も次々と白服を突き落とし、地面では簀巻きにしている。

 

「……おまえら、なんで……」

 

「勘違いしないでよね。シロのやつにムカついてただけなんだから……殺せんせーが行かなけりゃ私達だって放っといてたし」

 

「2人とも、大丈夫か!?」

 

「すぐに出してやるからな……茅野、タオル持ってきてくれ!」

 

「う、うん!」

 

近くでネットを外そうと手を伸ばす奴らがいて、その向こうでは俺等を庇うようにE組の生徒が立ち、担任がシロと相対している……何やら睨み合いをしていたようだが、俺は今度こそシロに切り捨てられた(見捨てられた)。去っていくトラックと、その姿を見たが最後、俺の意識は暗転した。

 

 

++++++++++++++++

 

 

「イトナ君にはほとんど外傷ありません。アミサさんは……イトナ君を庇った分傷が多いですね……頭を打っているようですが()()()後遺症もなく回復するでしょう。なので、今日はもう絶対安静です」

 

シロさんが去ったあと、前原くんと磯貝くんが私たちをネットの中から助け出してくれた。……ネットの中から出ることができたのに、私は意識があっても全く体を起こせなくてボーッとしていたら慌てた殺せんせーが触手を使って調べてくれた。神経とかに異常はなく、頭に打撲痕があったから脳震盪による一時的な意識障害から来てるんだろうとの事だった……そういえば、ここに連れてこられるまでに頭ぶつけたなぁ……『イトナくんに«アースグロウ»(時間経過とともに体力を回復するアーツ)をかける』ことを優先してたから忘れてたけど。一応効果範囲がかなり広いアーツだから、私にもかかってるはずなんだけど……これはあれかな、詠唱放棄の代償かな?

 

「……ぅ…………だいじょ、ぶ……です……これくらい、回復すれば……」

 

「ほら、体起こそうとしないの。……その回復だって、精神力か何か使うんじゃないの?アミサ、意識あるだけ軽く考えてそうだけど……」

 

「イトナの怪我の具合を見る限り、自分じゃなくてイトナを優先してたんじゃないか?物理的にも、アーツの優先順位的にも……」

 

「……絶対ダメ、今日はもう使用禁止。治癒効果は欲しいからエニグマ携帯するのはいいけど……もうだいぶ頑張ったんだから大人しくしてて。……先生、全部終わったら俺の家連れてくよ。それでいい?」

 

「そうですねぇ……1人にすると悪化させそうですし、明日から……もうすぐ今日ですかね、土曜日曜と休みですしアミサさんはカルマ君に存分に甘やかされてきなさい」

 

メグちゃんや磯貝くんの言ってる事が、あながち間違いじゃないから否定出来ずに目をそらしていたら、気がつけばカルマの家にお泊まり&甘やかしコースが殺せんせー公認で決定されていました……こうなったらカルマはホントに何もさせてくれないと思う。だけど、このままイトナくんがどうなるのか分からないまま連れて帰られるのは嫌だ、そう訴えたら、

 

「全部終わったらって言ったでしょ。最後まで居ていいよ……代わりに移動は抱っこかおんぶだから」

 

とのことで、自分で動かせてもらえないことは確定してました。両手が開けれるって理由からおんぶしてもらうことにして……これから何らかの対策を立てて移動するまでは、近くに座ってくれたカルマに寄りかからせてもらって座ってます。

 

「さて、サラッと真尾を連れ帰る発言してるカルマは置いとくとして、問題はイトナだよな……」

 

「触手か……シロ、確かこのままだと余命2、3日って言ってたよね」

 

「後天的に移植されたんだよね?なんとか切り離せないのかな」

 

「ふむ……触手は意志の強さで動かすものであり、イトナ君に力や勝利への病的な執着がある限り……触手細胞は強く癒着して離れません。……彼の執着を消さなければ……」

 

なぜ、イトナくんは力や勝利へ執着することになったのか……原因がわからなければ、外からかけられる言葉は全て意味の無いものとなってしまう。だから「一緒に探そう」ではダメだ。彼が見えなくなっている先を示せる言葉を、態度を見せなければ……きっと受け入れてくれない。

 

「その事なんだけどさ……ちょっといいかな」

 

素直に原因やここまでに至った身の上話をしてくれるとは思えない、そうみんなで頭を悩ませているところで声を上げたのは優月ちゃんだった。なぜ、携帯電話ショップばかりを襲撃していたのか……そこから彼に繋がる何かがないかと律ちゃんと協力して調べていると、イトナくんは『堀部電子製作所』という小さな町工場の一人息子だということが分かったのだという。律ちゃんから送られてきたアドレスを開いて、みんなも各々のスマホでそれを確認する……私はカルマ君が開いたページを莉桜ちゃんと一緒にのぞきこんだ。そこに書かれていたのは、小さな町工場だけど世界的にスマホ部品を提供していたが、一昨年負債を抱えて倒産……息子(イトナくん)1人を残して両親が雲隠れしてしまった、という事実。……なんとなく、彼の執着の理由が分かってきた。

 

「……ケッ、つまんねー……それでグレただけって話かァ」

 

どうすればいいんだろうって悩み、重たい空気が流れている中、1人だけ動き出した人がいた。

 

「みんなそれぞれ悩みあンだよ……重い軽いはあンだろーが。けどそんな悩みとか苦労とかわりとどーでもよくなったりするんだわ」

 

村松くんと吉田くんの肩を軽く叩き、綺羅々ちゃんの方を向く……彼女が頷くのを確認した後、彼はまだ気を失っているイトナくんの襟首を掴んで持ち上げた。

 

「俺等んとこでこいつの面倒見させろや。それで死んだらそこまでだろ」

 

乱暴な言葉だけど、彼にはなにか考えがあるのかな……イトナくんの心を開かせるためにも、肩の力を抜かせてやるためにもと、寺坂くんがそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イトナくんを寺坂くんたちに任せて、私たちは静かにあとを追う……確実に暴走を止めれるわけじゃないから気休めでしかないけど少しでも負担を減らせるように、触手のない素のイトナくんでいられるように、と彼が気絶している間に対触手ネットをリメイクしたバンダナで頭を覆わせてもらった。気がついたイトナくんはそれに触って少し不思議そうな顔をしている。

そして、イトナくんが目を覚ましたことでついに作戦がはじまるんだろう……寺坂くんが考えた作戦ってどんなのだろうと少しワクワクしながら見ていると、真剣な表情で綺羅々ちゃんたちの方を振り向いた彼は言い切った。

 

「さて、お前等……どーすっべ、これから」

 

「寺坂くん……」

 

「自信満々に言い切った割に、何も考えてなかったんだ……」

 

「しょーがないよ、あいつ基本バカだもん」

 

以上、追いかけながら物陰から覗いている私たちの評価である。

だって、誰もがどうすればいいかわからなくて動けない中、1番最初に受け入れて面倒見るとまで言い切ったんだもん……なにか考えがあってのことだと思うじゃないですか。……でも、もしかしたら、でしかないけど……寺坂くんはイトナくんにどこか自分を重ねていたりするのかな。

 

このあと、寺坂くんたちは順番にイトナくんを連れて回った。

 

殺せんせーがバーベキューの話をした時に反応してたしお腹がすいてるんじゃないか、何か食べれば肩の力は抜けるでしょ……ということで、まずは何よりも腹ごしらえだと村松くんの実家であるラーメン屋さんへ行ったり……

 

「自分の家ではあるけど、村松曰く『まずい』らしい……イトナはどう評価するかな」

 

「村松くんの料理は美味しいのに……?」

 

「……なんでアミーシャ、村松の料理の味とか知ってんの?」

 

「前にね、おかーさんと料理対決してたの。2人ともおいしかったからまた作ってほしいって言ったら、今でもたまに作ってくれるんだ」

 

「へー……」

 

「もう、そんな恨めしそうに見なくったって、カルマ君も今日連れ帰ってから作ってあげればいいじゃない」

 

「……そっか、……うん、そうしよう」

 

「(あんな美味しそうに食べる幸せそうな笑顔見せられたら、対決も何も関係なく餌付けしたくなるわよね。村松君も珍しく照れながらハマってたし)」

 

「あはは……

(餌付けって言っちゃったよ原さん……)」

 

吉田くんの実家であるバイクの販売店の横に設置されている試運転用のサーキット……家の敷地内ということで無免許の吉田くんも運転できるらしくて、バイクの後ろにイトナくんを乗せて走り回ってみたり……

 

「……計画も何も考えてなさそうだね」

 

「うん、ただ遊んでるだけな気がする……って、あ!」

 

「……ブレイクターン、だったか?見事に吹っ飛ばしたな……本当にこのまま任せて大丈夫なのか?」

 

「あ、でも狭間さんなら頭もいいから……」

 

愛美ちゃんの期待虚しく、綺羅々ちゃんが取り出したのは1冊400ページくらいはあるんじゃないかっていうくらい分厚い本。それを奨めていたり……寺坂くんが難しすぎるだろってここまで聞こえる声で怒ってやめさせてたけど、速読に自信のある私でもあれ全部読むのには1日欲しいなぁ……って、

 

「……ねぇ、様子、おかしい……」

 

「は……」

 

ビリッと音を立ててイトナくんの頭からまた触手が暴れ出す……暴走だ。それに気づいた寺坂くんたちは巻き込まれる前に一旦離れようと走り出した、けど。

……寺坂くん1人だけが何かに気づいたのか、それとも何かを聞き取ったのか……足を止めてイトナくんに向き直った。

 

「おう、イトナ。俺も考えてたよ……あんなタコ、今日にでも殺してーってな。でもな、テメーにゃ今すぐ奴を殺すなんて無理なんだよ。無理のあるビジョンなんざ捨てちまいな、楽になるぜ」

 

「うるさいっ!!」

 

「……っ、2回目だし弱ってるから捕まえやすいわ……今回は真尾の手助けもねーから吐きそうなくらいクソ痛てーけどな」

 

イトナくんは触手で力の差を見せつけようとしたんだろう……寺坂くんに向けて、容赦なく触手を振るった、けど、意思を持ってぶつけられた触手は正面から寺坂くんは受け止められた。それにどこか呆然とした様子でイトナくんは固まる。

 

「……吐きそーといや、村松ん家のラーメン思い出したわ」

 

「あン!?」

 

「あいつ、あのタコに経営の勉強奨められてんだ……今はまずくていい、いつか店を継ぐ時になったら、新しい味と経営手腕で繁盛させてやれって。吉田も同じ事言われてた……()()()役に立てばいいって。……なぁ、イトナ」

 

「……?」

 

「一度や二度負けたくらいでグレてんじゃねぇ。()()()勝てりゃあいーじゃねーかよ」

 

ゴン、と結構痛そうな音を立てて寺坂くんがイトナくんの頭を殴った。……確かに寺坂くんの言う通りだ。暗殺の期限が決まっているとはいえ今すぐに勝つ必要は無い、1回で決めなくちゃいけないわけじゃない……3月までにたった1回……私たちの刃が殺せんせーに届けばいい。

でも、今まで目の前の標的を追うことで自分を保ってきていたイトナくんは、代わりになる方法が浮かばないせいか先を見ることが出来なくなっている。耐えられない、どうすればいい、そう呟くように頭を抱えた彼に対して、寺坂くんは何でもないことのようにサラッと言い切った。

 

「はァ?今日みてーにバカやって過ごすんだよ。そのためにE組(おれら)がいるんだろーが」

 

清々しいくらいに、軽く言い切った。だれも、根拠をもって、自信をもって軽く言えないだろうことなのに、なんの迷いもなく本心から。

 

「あのバカさぁ、よっと……あーいう適当な事平気で言う。……でもね、バカの一言はこーいう時力抜いてくれんのよ」

 

カルマが私をおぶり直しながら呆れたような、安心したような……信頼を向けた声色でそう呟いた。それを聞いたみんなは納得したように頷く。

……寺坂くんは、まっすぐだ。まっすぐぶつかって、嘘がつけなくて、難しいことを考えずに自分の思いをぶつける……だから、そのぶつけてくる言葉の裏なんて読まなくていいし、自然と受け入れられる。

 

「俺は……焦ってたのか……」

 

「……おう、だと思うぜ」

 

イトナくんが現状を受け入れることができたのか……強ばっていた体や触手の力が抜けたのが遠目でもわかる。それを見て、寺坂くんも受け止めた触手を離した……ちょっとまだ痛そうにお腹をさすってはいるけど、言葉が届いたからか安心したような笑顔を見せている。

暗殺の標的が近くにいては、余計に刺激してしまうだろうからって離れたところから見守っていた殺せんせーも、もう平気だろうから、とピンセットを構えてゆったりと近づいていった。

 

「目から執着の色が消えましたね、イトナ君。今なら君を苦しめる触手細胞を取り払えます。1つの大きな力を失う代わり、多くの仲間を君は得ます……君も、殺しに来てくれますね」

 

「…………勝手にしろ。この触手(ちから)も、兄弟設定も……もう、飽きた」

 

そう言って、彼がふわりと浮かべた笑顔は……今までに見たことがない穏やかなものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

殺せんせーの言葉を有言実行とばかりに、カルマの家に連れ帰られてからはホントに何にもさせてもらえませんでした。いつもお泊まりすると私が料理を作ったり洗濯、掃除って家の中のことをさせてもらってるけど、カルマも元々親が海外に行ってていないことが多くてほとんど一人暮らしをしてるようなものだから、何でもできるんだよね……。おかげで何もしなくていいお休み、みたいな休日になったんだけど……ここまで甘やかされると、何にもできなくなりそうで悔しい。今度ギャフンと言わせるために、おかーさんにご飯を習おうと思う……そこくらいは、負けたくない。

 

そして、月曜日……

 

「あ……!」

 

「おー、来たか。もう壁壊して入ってくるのはナシな!」

 

「おはー!そのバンダナ似合ってるね〜」

 

触手の暴走の時に破れてしまったバンダナを新しく作り直して身につけ、インナーはタートルネックなのは変わらないけどちゃんと椚ヶ丘中学校の制服を着たイトナくんが登校してきた。

 

「おはようございます、イトナ君。気分はどうですか?」

 

「……最悪だ、力を失ったんだから。でも、弱くなった気はしない。最後は殺すぞ……殺せんせー」

 

今日からはイトナくんもE組に正式に加入……これでE組29人が全員揃った。ちなみに、イトナくんはあれから寺坂くんたちと一緒にいるのが落ち着くと判断したのか、休日も一緒に行動していたみたい……今も、今日の放課後にお金が無いからラーメンを村松くんの家で食べたいっておねだりしてる。なんだかんだいってるけど寺坂くんたちのグループには面倒見がいい人ばかり揃ってるから、彼らなりにかわいがってるんだと思う。

空いていた私の左隣の席も埋まり、近くの人たちもそれぞれが彼に声をかけていく。もちろん私も例外じゃなく、寺坂くんたちのところからこちらへ来て、机に荷物を置いて中身を引き出しにしまい始めている彼に声をかける。

 

「おはよ、です……イトナくん!」

 

「あぁ。……お前は名前が2つあるのか?」

 

「……え?…え、と……?」

 

はじめてこの教室に来た時からイトナくんの言葉は少ないというか唐突なものが多い……なんというか、ものすごく削りすぎて何について聞いているのかわからない時がある。今回も、わかるような分からないような問いかけをされて私は思わず聞き返していた。私に伝わっていないと察したのか、イトナくんは軽く下を向き顎に手を当てて少し考えると、顔を上げて軽く首をかしげた。

 

「俺がはじめてこの教室に来た時、お前は『真尾有美紗』だった。この教室の奴らも『真尾』か『アミサ』呼びだ。だが、カルマ(こいつ)は『アミーシャ』と呼んでいる……だから、気になった」

 

順序だてて説明してもらってハッとした……そうだ、私が自分の名前が偽名であること……あと、本名をみんなに伝えたのは沖縄での暗殺旅行の時だ。その時はイトナくんがいなかったし、カルマがみんなの前でアミーシャと呼び始めたのもこの時期だからイトナくんが疑問に思って当然のこと。

同じクラスになった事だし、彼にも伝えておくべきだよね?ちょっと言いづらそうに『お前』って私を呼ぶのは、呼び方で迷ってるんだと思うし。そう考えて、私はイトナくんに向き直る。

 

「このクラスのみんなが知ってる事だし、イトナくんにもちゃんと自己紹介するね。私は真尾有美紗ってここでは名乗ってるけど、本名はアミーシャ・マオ。これからはお隣同士だし……よろしくね」

 

「そうか……俺は堀部イトナだ。呼び方とかは今まで通りでいい……俺はアミサと呼んでもいいか?」

 

「うん!」

 

渚くんとカルマ、殺せんせー以外のこのクラスの男子には『真尾』って呼ばれるからちょっと新鮮……前に女子にはお話したけど、私はアミサって名前も気に入ってるし、E組だけが呼ぶ特別な名前でもあるから……大事にしてもらえるのは嬉しいな。

 

「……ちなみにイトナ、なんで本名で呼ぼうとしなかったの?」

 

「……だって、アミサはカルマの()()だろ?」

 

カルマが席に座ったまま問いかけたことに対して、イトナくんはそう言って左手の小指を立て、軽く顔の横で振って見せた……途端、カルマは固まり、私たちのやりとりを見ていたらしいE組のクラスメイトたちが吹き出した。机叩いて笑ってる人もいるけど、あれって何か面白いサインだったのかな……?

イトナくんは「違うのか?」って不思議そうに私に聞いてきたけど、私に聞かないで。私、そもそもその小指を立てることの意味がわかりません。いつものように意味は教えてもらえなかったけど、クラスメイトたちの反応からイトナくんなりに納得はしたみたいで、本名で呼ぶのはカルマの特権だと思ったからだ、って説明していた。

なにはともあれ、これで一件落着、なのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 




「くそ、ああやって流れで言えば、今頃俺も下の名前で呼べたり真尾から呼んでもらえたのか……?!」
「真尾が下の名前で呼んだり呼ばれたりしてるのは女子全員と、カルマと渚とイトナか……」
「あ、そういや俺1回だけ『陽斗くん』呼びしてもらったことあったわ」
「何ィ!?裏切り者!」
「てかなんで!?」
「ほら、妹役で……」
「あれか、雨の日の仕返し……あの後カルマと真尾以外烏間先生の雷落されたヤツな」
「……あれ、アミサちゃんの名前呼びの法則、みんな気付いてなかったの?」
「「「そんなのあるのか!?」」」
「え、うん。全員、そう言ったからでしょ?」

〝は〜い、俺はご存知の通り赤羽業ね、みんな気軽に下の名前で呼んでよ。よろしく〜!〟
〝僕は、出来たら渚って下の名前で呼んでくれると嬉しいな〟
〝兄妹ってことは名前で呼ばないとおかしいよな……この役の間はとりあえず、陽斗って呼んでくれ〟
〝堀部イトナだ。名前で呼んであげてください〟
〝……俺は堀部イトナだ。呼び方とかは今まで通りでいい〟

「「「……………あ。」」」
「女子に関してはアミサちゃんから歩み寄った結果だけど、男子に関してはそれだと思うよ」
「じゃあ、今からでも言えば……!」
「あー……言えばしてくれるとは思うけど……」
「へぇ、俺の前で()()アミーシャのことを名前で呼ぶって?今までさっさと言い出さなかったくせに、()()?」
「前と違うのはカルマ君が自覚済みっていうね……」
「…………俺、今のままでいいわ……」
「……俺も……」



「そういえば、前も思ったがアミサは結構胸があるんだな」
「……!?え、……え!?」
「……ガン見してたな、そういや」
「あー、それに対触手ネットから庇うためにイトナを抱えてたね……」
「…………」
「カルマ、落ち着け。あれは不可抗力な上に完全なる真尾の善意から来る行動だ」
「……わかってる、けどさぁ……!」
「安心しろ、確かにアミサは俺の守備範囲だし好みだ。……だが、カルマの嫁に手を出す気は無い」
「……嫁て……さっきは濁してたのに……」
「俺にとってアミサは、どちらかというと……暖かく()包み込んでくれる()姉さん、だ」
「色々副声音が聞こえそうな言い方だな、オイ」
「……ちょっと、いきなりアミーシャがそう言われて受け入れるはずが、」
「わぁ……みんな、私のこと妹っていうから、お姉ちゃんっていってもらえるのは新鮮だなぁ……!」
「」
「……受け入れてるな」
「……おいカルマ、嫁は嬉しそうにしてるぞ」
「花が飛んで見える……旦那的にはどうなのよ」
「そうか、ならカルマは俺の兄さんか……半端な男には姉さんはやらないぞ、兄さん」
「兄弟設定飽きたって言ってなかったっけ……!?なんでここにきて急にめんどくさい事になってるわけ!?」


++++++++++++++++++++


イトナくん、正式加入の回でした。
この回の主役はイトナくんですが、準主役、もしくはダブルヒーロー枠で寺坂くんの見せ場だと思います。男気というか、仲間思いというか……だから寺坂組のみんながなんだかんだ言いながらも寺坂くんを筆頭にしてついて行くんじゃないでしょうか。作者的にキャラクターをそう解釈しています。

地味に今回のフリートークは楽しく書かせていただきました。前話で言ってました、この小説ではイトナくんにとってのオリ主のポジションは姉です。ただし、守ってくれる包容力のある姉というよりは、危なっかしいから守らなくちゃいけない誰よりも暖かい姉と言った方がいいのかもしれません。書いているうちに、カルマがいじられてました(なんでだろう)。こうなってくるとこの話のカルマはどこか殺Qの赤い悪魔が憑依してる気がしてきます。
※バグはありません。

では、次はラジコン回!どうやって男視点のみを表現するかが過大でしょうか……がんばります。



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。