中学校では、主要五教科以外……もっと狭めて、体育の時間は週に何回あるのが普通なんだろう。1年生、2年生の頃を参考に考えて、保健の時間を除いたら2、3時間なんじゃないだろうか、と思う。浅野くんにも毎日体操服を持っていくなんてE組では何をしているんだ、と言われたことがあるくらいだから、本校舎ではそれくらいが普通なんだろう。……なんでいきなりこんなことを言い出したのかというと、私たちE組は暗殺教室だからこそ、体育の時間は暗殺技術の訓練が行われていて、1日休めばその技術を取り戻すのに何日もかかる……という考えの元、毎日必ず体育の授業があるからだ。
今日も同じように体育の授業が行われる。いつもと同じように体操服に着替え、烏間先生に指定された集合場所に集まる……今回はE組専用プールのさらに上流、その近くの崖の上だ。
「2学期から教える応用暗殺訓練、火薬に続くもう1つの柱が『フリーランニング』だ」
「フリーランニング……?」
「言葉で教えるよりも実際に見た方が早い。三村君、今からあそこに見える一本松まで行こう。大まかでいい、どのように行って何秒かかる?」
「え、うーん……崖を這い降りて、小川は狭いところを飛び越えて……茂みの無い右の方から回り込む、最後にあの岩よじ登って……1分で行けりゃ上出来ですかね」
指名された三村くんは、崖の下をのぞき込み、目的地である一本松までの道筋を描いていく。舗装された人の手が入った道というものは存在しないけど、いわゆるけもの道、というものはどんな山にもあるもので、三村くんの提示したルートも、邪魔な岩場や茂みを避けたもので、1分でたどり着ければいい方、という見方だった。他のみんなもそのルートで納得なのか頷く人がたくさんいる。
「なるほど……では、真尾さん。
烏間先生は三村くんの答えに満足気な笑みを浮かべると、ネクタイを外してそれと一緒にストップウォッチを預けていた……どうやら、先生が実際にやって見せてくれるらしい。烏間先生がネクタイを外す……万が一を考えてスーツだけど引っかかるもののない、動ける格好へと準備をする様子を見ていると、私にも指名が来た。少しだけ、考えてから道順を描く……フリーランニング……フリー……自由、ということなら。
「……崖を
「「「え」」」
「ふっ……では、行ってみせよう。これは1学期でやったアスレチックや
そう、言ったと同時に烏間先生は崖から飛び降りた。背面から落ちる格好を、空中で体をひねって体制を整え着地、三村くんの予想した小川の細いところではなく滝となっている岩場を足場にして渡り大幅にショートカット、茂みの脇を通ることなく生えていた木の高さを利用して一本松の生える岩を蹴って上まで到達してしまった。時間にしてたったの10秒。
「真尾さんが言った通り、これは自由な走り……つまり、道無き道で行動する体術だ。熟練して極めれば……ビルからビルへ忍者のように踏破する事も可能になる」
道無き道を行く……つまり、今までは平面上での暗殺ばかりだったのが、道具を使わなくても高さを利用したものに取り組めるようになるということ。仕掛け1つ1つの幅が大きく広がるし、素早いだけでなく空中を自由に動く殺せんせーと同じフィールドに立つことができるというわけだ。
みんな、今までできなかった動きを、テレビなどのフィクションの世界でしかありえない、誰もが1度は憧れたアクロバティックな動きができるようになるかもしれないとワクワクしているのがわかる。
「だが、これも火薬と同じように……初心者にはまだ高等技術であることに変わりない。使い方を誤れば死にかねない危険なものだ。危険な場所や裏山以外で試したり、俺の教えた以上の技術を使う事は厳禁とする」
「「「はいっ!」」」
いきなり高度な技なんて成功するわけがない……まずは怪我をしないために受け身の練習から順番に取り組んでいくことに文句を言う人なんて誰一人いなかった。むしろ、適当にやって次の技術指南へ進むのが遅くなるよりも、しっかりこなしてどんどん新しいことに挑戦させてもらえる方が楽しいと分かっているからこそ、全員が真剣に取り組んでいた。
◆
フリーランニングを習い始めてから1週間……体を動かすのが苦手なメンバーでもだいぶ形になり、基本的な縦移動や枝移動、ロングジャンプなどをモノにし始めた頃だった。
────ガラッ
「おはよ、ございます」
「ふぁ〜……ねむ……」
「はい、逮捕します」
「……ふぇ?」
「は?」
いつものようにおしゃべりしながら登校したのに、山道を登りきったあたりで眠いしめんどいとか言い出したカルマが、教室へ行く前にサボろうとUターンしようとした。教室にすら入ろうとしないカルマに呆れたように笑う渚くんと杉野くんを横目に、せめてカバンを教室に置いてからにしてと私が手を引きながら教室に入ったところで……既に教室にいた殺せんせーに手錠をかけられた。私が右手首、カルマが左手首と、確かにちょうど私が引いていたから繋いでたけど……なぜか片手ずつ。
「……何コレ」
「カルマ君は教室に来る前からサボろうした罪です。アミサさんは…………癒しのオーラをふりまいて周りをほっこりさせた罪で」
「アミーシャの罪状って、絶対今考えたよね」
「そんでもってカルマ君はともかく、アミサちゃんのは意味わかんないよ……」
「殺せんせー何言ってるの?アミサちゃんが癒しオーラふりまくのはいつもの事じゃん!」
「茅野さん、それなんか違う」
「無知で無垢な真尾相手に手錠プレイ……エロい!」
「おーかーじーまー?」
多分教室の窓から見てたんだろう……カルマが山道を登りきったあとにサボりに行こうとしたところと、背中を押す渚くんと杉野くん、その手を引っ張る私を。なんで手錠?って思ったんだけど、殺せんせーを見てみればサングラスにフーセンガム、警察官の制服とたまにやってるコスプレの一環だったみたいだ。
とりあえず、教室の入口に入っただけでこのカオス具合、ついでによく分からない逮捕理由に扉を開けた姿勢のまま固まっていると、カルマに繋がった右手をいきなり引かれて、彼の身体に思い切りダイブすることになった。
「わ、ぷっ?」
「へぇ……なんかいいね、コレ」
「……?」
「俺だけに縛られて思いのままってシチュ、よくない?」
「え、あの、カルマ……その、近い……ひゃっ」
「って、コラーーッ!そこ、エロい雰囲気にもっていかない!!」
「「「発端は殺せんせーでしょ!!」」」
私の右手はカルマの左手ごと背中に回され、彼の空いた右手でわざとらしく私の頬を撫でられ顔を近づけられ……慌ててカルマの胸を押し返そうとしたけど片手で彼を押し返すことなんてできるはずなくて……え、カルマ、今、首舐めた……!?ざわってする感覚に、知らない人だったら蹴るなり攻撃加えるなりしようと思うけど、相手はカルマだから逃げるに逃げられなくて……わたわたしていたら、殺せんせーが気づいて騒ぎ出した。
「えー、いいじゃん、せっかく繋いでくれたんだから楽しませてよ」
「カルマ、真尾がパニクって泣きそうになってるからやめてやれ」
「ちぇ……じゃあ、せめてこれで」
「あいつ、色々溜まってんな……ドSに磨きがかかってる」
「しょうがないよ、あの天然を相手にしてるんだから」
「思いっきり今の状況を利用して引っ付いてるよね……」
「本当にあれで付き合ってないとか嘘だろ……てか何度目だこのセリフ」
磯貝くんがカルマを止めてくれて、メグちゃんがカルマの背後に回って手錠を外してくれた……鍵がついてるわけじゃなくて、金具をずらすと簡単に取れるものだったみたい。手錠は外してもらったけど、カルマは離れてくれる気は無いみたいでそのまま抱きしめられてます……私、抱き枕か何か……?恥ずかしいけどあったかくて居心地がいいのもあるから突き放せないし、もうこのままでいいかな……
「で、何なんだよ殺せんせー……朝っぱらから悪徳警官みたいなカッコしてよー」
「ヌルフフフフ……最近皆さんフリーランニングをやってますね。せっかくだからそれを使った遊びをやってみませんか?」
「遊びぃ?ケッ、どーせロクな……」
「それはケイドロ!裏山を全て使った3D鬼ごっこ!!」
「けーどろ……?」
「警察チームと泥棒チームに分かれて、鬼ごっこすんの。で、捕まったら牢屋行き……ただし、警察に捕まってない泥棒が牢屋に捕まった泥棒にタッチできたらその泥棒は牢屋から逃げれるっていう鬼ごっこ。……分かった?」
「……うん、なんとなく」
分からない遊びにはてなを浮かべていたら、カルマがすぐにルールを説明してくれて、なんとなくでいーよってそのまま頭を撫でてもらった……その間にも殺せんせーの説明は続く。
私たちは泥棒チーム、殺せんせーと烏間先生が警察官で、1時間逃げ切ったら私たちの勝ち……なぜか提案者である殺せんせーじゃなくて烏間先生のお財布でケーキを奢ってくれるみたい。逆に全員が捕まったら宿題が2倍になる、と……2学期になってから勉強の量がただでさえ増えてるのに、それが2倍はちょっと嫌だ。
「ちょ、待ってよ!殺せんせーから1時間も逃げきれるわけないじゃん!」
「その点はご心配なく。最初に追いかけるのは烏間先生のみ……先生は校庭の牢屋スペースで待機し、ラスト1分で動き出します」
それだったら、何とかなるかもしれない。怪物先生2人組が相手でも、あの広い裏山をめいっぱい使うのなら勝機はありそうだ。やる気になったE組に、「なんで俺が……」とでも言い出しそうな烏間先生がちょっとかわいそうな気がしたけど、私たちはご褒美の獲得と罰ゲームの回避のために本気だ。こうして、殺せんせーの独断により、今日の1時間目の体育の授業はケイドロをすることに決まった。
◆
フリーランニングを駆使したケイドロ。裏山全部をフィールドとしているし、平面だけでなく高さも自由に使えることもあって、とてもワクワクする……鬼ごっこだってことを忘れてしまいそうだ。とりあえずバラバラに逃げることも考えたけど、気がつけば私たちは自然と一緒に過ごすことが多い班ごとに逃げる形になっていた。
「そこ、どうやって行ったのー?」
「木ぃ伝うやり方教わったろー?」
「わ、わあっ!?」
「うわぁっ、だ、大丈夫奥田さん?ほら、手、貸すから……」
「渚君、一緒に落ちないようにね〜」
「有希子ちゃん、捕まえたっ!」
「ふふ、捕まっちゃった」
まだ烏間先生が追いかけ始めるまでに余裕があるから、いくつかの基本動作を確認しながらできる限り距離をとっていく……途中の4班はこんな感じです。愛美ちゃんとカエデちゃんが少し動くのが苦手って感じだけど、ジャンプ位置の把握が苦手なだけでそれさえ手伝えばどこへでも跳べている。有希子ちゃんは笑顔でさらっと移動していくし、男子メンバーは言わずもがな……烏間先生だって生身の人間なんだし、あの身体能力をもってしても生徒相手に本気出して化け物じみたことはしないだろう……特に杉野くんなんて今までと違うフィールドを走り回れるからすごく楽しげな顔をしている。
『皆さん、ケイドロ開始まであと1分です!そろそろ烏間警官が動き出しますよ〜』
「律ちゃんも警察官だ!婦警さんだっけ……似合ってるね」
『ありがとうございますっ!今回は逮捕人数のお知らせなどでお手伝いしますね!あとは泥棒チームでの連絡係をします!』
今回は体育の授業中ではあるけど全員がスマホ……連絡手段をもって散っている。烏間先生曰く、慣れないフィールド、もしくは慣れていても広くてみんながバラバラになってしまったとして連携がうまく取れないとに全員がやられてしまう可能性がある。それは素人である私たちが1番避けなくてはならないこと……今回は裏山全部ということで、ちょうどその練習にもなるだろうから取り入れてみようってなったんだ。
開始の笛を鳴らした律ちゃんも一緒に和やかにおしゃべりしていた時だった。
画面の中の律ちゃんが『あ』と一言いったかと思えば、4班全員のスマホから小さくバイブの音がして……
『岡島さん、速水さん、千葉さん、不破さん、アウト〜』
「「「…………え。」」」
開始して、まだ5分も経ってないと思うんですが。前言撤回……烏間先生は、本気だ。
++++++++++++++++
牢屋組からの情報提供によると、タッチされるまで烏間先生の接近には気づけず、いつの間にか背後まで来ていて捕まったと……ちなみに牢屋ではただ助けを待っているのではなく、それぞれの苦手科目のドリルをやらされているんだとか。
『菅谷さん、ビッチ先生、アウト〜♪』
「律ちゃん楽しそうだね〜」
『はいっ!とっても楽しいです!』
「楽しそうなのはいいけど……ヤバいよ、どんどん殺られてく……!」
「殺戮の裏山ですね……!」
「……逮捕じゃなかったっけ」
開始数分……残り時間を半分どころかほとんど残した状態で、既に6人捕まっている。バラバラに散っているはずなのにこのスピード……全員捕まってしまうのも時間の問題だ。……あれ、でも確か、カルマのルール説明では……
「カルマ、牢屋から泥棒が逃げれるって言ってなかったっけ……?」
「!そうですよ、これってケイドロですよね?だったら……」
「タッチすれば解放できる!ナイスだ真尾に奥田!さっさと解放して、振り出しに戻してやろうじゃん!」
「……バカだね〜、杉野は」
そう言ってすぐさま牢屋の見える位置へと走り出した杉野くんを慌てて追いかけていくと、走って向かう最中、呆れたようにカルマが言った。仲間を助けに行くことの何をバカだと言うのかって思ったけど、草むらから牢屋を見てみれば納得……
「ラスト1分まで牢屋から動かないって言ってたじゃん。誰があの音速タコの目を盗んでタッチできるよ……それが出来るなら、とっくに殺してるって」
「ですよね〜……あ、じゃあ真尾!お前ならあそこまで行けるんじゃ……!」
「……私は行けるかもしれないけど、助けた人、またタッチされない?」
「……ですよね、分かってたよ!!」
そんなことを話しているうちにも、竹林くんとおかーさん、寺坂くん、村松くん、綺羅々ちゃん、吉田くんが捕まったことが知らされる……烏間先生、本気出しすぎてちょっと怖い。このままだと、30分も経たずに全滅もありえちゃうよ……
その時岡島くんがこっちを見て、私たちが助けに来ていることに気づいてくれた。多分岡島くんが気づいたってことは殺せんせーも気づいてる。だけど殺せんせーは私たちがここにいたとしても牢屋から出ない=捕まえには来ないから、とりあえず殺せんせーに見逃してもらえればなんとかなれば助けられるよなってことになり、杉野くんがジェスチャーでそれを伝えようと頑張っている……と。
「……?岡島くん、殺せんせーに何か渡した……?」
「あー……なんか僕、分かった気がする……分かりたくなかったけど」
「それね。女性陣はここで待機。助けには男が行くよ」
「おうよ!」
岡島くんが立ち上がって助けに来いって思いっきり手を振っているのを見て、カルマと渚くん、杉野くんが飛び出していった。牢屋のすぐ側まで3人が近づいているのに殺せんせーは振り向きもしない……何か、取引のようなものでもしたんだろうか……?とりあえず、まだ牢屋に到着していない寺坂くんたち以外の6人の脱走に成功した。
「おかえりなさい!」
「みなさん、無事でよかったです……!」
「信じてたよ、カッコよかった」
「か、神崎さんに信じてもらえてた……!俺頑張ってよかった!」
「たかが1回脱走に手を貸しただけで感動しないでよ……」
再び集合して裏山に潜ったところで、スマホが震える……律ちゃんが岡島くんからの連絡を繋いでくれた。
『泥棒チームに連絡!律に頼んで烏間先生が近くにいないメンバーにだけ繋いでるからそのつもりで聞いてくれ!この5分後、俺が捕まってなければ俺が、捕まってたら千葉から同じ内容で連絡する!』
走りながらなのか、少し息が乱れた連絡で、ちょっとした逃げ方についての説明がされた……それは、殺せんせーがこっそり吹き込んだ……捕まったからこそ得られた逃走のコツについてだった。
このケイドロはただの鬼ごっこじゃない、
たとえ捕まったとしても、桃花ちゃんのように習った交渉術を使って逃げ出したり殺せんせーの隙をついて泥棒同士で助け合ったり……そして、また得た情報や烏間先生の位置、気づいたことをスマホを通して交換していく。いつの間にか私たちは今までにやったことのない、散らばっている仲間と連絡を取り合って協力し合う、ということが普通にできるようになっていた。
「はぁ、はぁ……あと何分で殺せんせーは動き出す……?」
「10分……いや、5、6分ってとこじゃないかな」
「烏間先生を何とかかわしきっても、殺せんせーなら1分で裏山全部を回って残りを捕まえるのも可能だよね……なんとか逃げ切る方法は……」
プール近くの茂みに身を潜めながら四方を見張って烏間先生の追跡を逃れながら、1番の勝負どころであるラスト1分の作戦を立てていくみんな。泥棒はだいぶ捕まりにくくなってきた……だからこそ、殺せんせーから1人でも逃げ切れば私たちの勝ちだ。
その時、じっとプールを見つめていたカルマがスマホに呼びかけた……作戦を思いついたから、磯貝くんと話を詰めたい、でも一応泥棒チームは全員話を聞いていてほしい、と。
『──カルマ、いいぞ。どうした?』
「E組で特に機動力のあるやつ、磯貝からみて誰がいる?あ、男女含めて5、6人ね」
『機動力か……前原、木村、カルマ、片岡、岡野、真尾……このあたりじゃないか?』
「……今、俺等4班、プールにいるんだよね……ここから遠いメンバーで烏間先生を出来るだけ引き離せる?」
『!なるほど、そういうことか……今呼んだメンバーで誰が行ける?』
『──前原だ、今山葡萄の茂み近くにいる。行けるぞ!』
『──その辺りなら南にある崖の岩場付近で待ち構えたらどう?そこならすぐに片岡行けます!あ、岡野さんも行けるって!』
『──じゃあ俺もそっち行く!……あー、烏間先生相手か……怖っ』
「よし……それじゃあ俺等4班はタコ相手ってわけだ……全員頼んだよ」
「あ、あの!私もひとつ思いついたことがあるの!」
『その声は真尾か?いいぞ、言ってみてくれ!』
「あのね……」
プールで殺せんせーを待ち構える、機動力のあるメンバーで烏間先生をここから離す、これだけの情報で大体の作戦は察した。多分作戦を立てる上で磯貝くんを指名したのは、クラス委員で全体の能力をよく把握していると判断したからなんだろう。サクサクとそれぞれの役割を決めていき、烏間先生に追いかけられている泥棒メンバーから今の居場所を割り出していく。
そして、待ち構える4人の方へと烏間先生を誘導するために本気で逃げるが捕まる可能性の高い囮役の生徒を作る、ということを聞いて1つ、やってみたいことができた。それを1つの作戦として提示してみると、磯貝くんも4班で話を聞いていたみんなも全員が吹き出した……まさか、そんなことを私が言い出すと思わなかったって。
++++++++++++++++
烏間side
タコが簡単に生徒の脱走を見逃した件について叱責した後、どうしたことか生徒達の気配を追うことが困難になった……足跡、枝、草木の乱れ……それらの痕跡がほとんど見えなくなったのだ。あいつは生徒達が牢屋にいるうちに、逃走のコツを吹き込んだというわけか……生徒達も短時間でよくここまで学習した。そして生徒達にはあえて連絡手段を持つようにとだけ伝えていたが、裏の意図もしっかり気付いていたようだ……すなわち、協力・連携のための連絡手段として使え、というものに。
このままでは、俺1人で全員を捕まえることは不可能だろう……そもそも奴1人でも、1分あれば全員捕らえてしまうだろうがな。そんなことを考えていると、俺の前には4人の生徒が待ち構えていた……E組の中でも特に機動力に優れたメンバーで固められている。俺に挑戦しようというわけか、面白い。
「左前方の崖は危険だから立ち入るな……そこ以外で勝負だ」
「「「はい!」」」
4人ともまだまだ荒削りだが、かなりいい動きをしている……1学期から積み上げた基礎をしっかりモノにしているな。本気の俺から逃げるにはまだ足りないが、これからのスキルアップに期待できるな。4人ともを捕まえたあと、スマホを確認する……残り、約1分30秒。
「もうすぐラスト1分だ……やつが動けばこのケイドロ、君等の負けだな」
「へへ……俺等の勝ちっスよ、烏間先生」
「何……?」
一体、何を言い出す?奴なら1分あれば裏山全体を飛び回り、残りを捕まえることも容易いだろう。それにこの4人を相手にする前にも何人か牢屋送りにし、運良く逃げられそうな機動力のあるメンバーをも今ここで俺が潰した……いったい何を企んでいる?
「烏間先生、殺せんせーの上に乗って一緒に空飛んだりしないでしょ?」
「……当たり前だ、そんな暇があれば刺している」
なんだ、俺は何を見落としている……?
「じゃあ、ここから1分で
「……!しまった……!!」
++++++++++++++++
カルマside
────ごぼっ……
水中にナイフを突き立て、体勢を整える。水面に黄色い影が映りこんだ瞬間、俺等は笑う。人間である烏間先生が相手ではこの作戦は意味をなさない、が、殺せんせーは水が弱点だ……だから、殺せんせーの手が及ばない水中で残りの1分を耐えてしまえばいい。ネックである烏間先生は、前原たちがおびき寄せてくれるはず……陸地に残った茅野ちゃんたちが成功したって合図をくれたから、あとは俺等が耐えきれば勝ちだ!
『……5、4、3、2、1、タイムアーップ!!全員逮捕ならず!よって、泥棒側の勝ち!……泥棒側、警察側だけでのリンクでしたが、全体のスマホを送受信に変更しますね!』
「「「ぷはっ!!」」」
「あー……1分って結構しんどい……」
「俺、よく息続いたなってものすごく思うわ……」
「お疲れ様、渚、カルマ君、杉野君」
「泥棒側の勝利は3人のおかげだね」
「ここにはないですけど、校舎に戻ったらタオルの用意しますね」
「くっ、先生の弱点をここで使うとは……してやられました」
「なーにいってんの。水着写真の煩悩にもやられてたくせに」
「にゅやっ!?そ、それは烏間先生には秘密にしといてください!!」
「……殺せんせー、スマホ、今送受信……」
『ほほう……お前、モノで釣られたな!?』
「ひぃぃぃっ!?」
E組のみんなの疲れてはいるけど楽しそうな笑い声が響く……先生たちも、俺等の勝ちを喜んでいるのが伝わってきた。殺せんせーの自爆によって職務怠慢が烏間先生に対して明らかにされたところで、俺等が代表してもう1つの仕掛けをネタばらしすることにする。俺等が考え実行し、教師2人を出し抜いて、泥棒側が勝利した方法だけではない、あることを。
「それに……俺等の仕掛けはこれだけじゃないよ?」
「にゅや……?」
「律、結果よろしく」
『はいっ……泥棒側、最終逮捕者は
「にゅ……7名……!?」
『……馬鹿な、俺はおびき寄せられた4人の生徒を捕まえるまでに、10名近く捕まえて牢屋送りにしたはずだぞ!?ということは逮捕者は少なくても15名はいるはず……』
「あははっ!殺せんせー、俺等4班を見てもまだわかんない?」
「4班ですか……カルマ君、渚君、杉野君、茅野さん、奥田さん、神崎さん……アミサさんがいないっ!?」
『……まさかっ!?』
そう、4班はプールに集合していて水の中に潜っていたのは俺、渚君、杉野の3人。陸地で待機して作戦の成功などを俺等に教えてくれていたのが茅野ちゃん、奥田さん、神崎さん。4班は、あと1人……アミーシャも一員だけどここにはいない、つまり。
「烏間先生はまず圏外、殺せんせーは俺等が水中にいることに動揺して他の事を考えられなかっただろうし」
『えへへ……その間に、私が捕まった人たちを解放しちゃいました』
スマホからアミーシャの声と解放された泥棒チームの声が聞こえる。アミーシャが、「鬼ごっこに勝つだけじゃなくて、もう1つくらい先生を驚かせたい」とこの作戦……気配を断つことに長けている彼女を牢屋スペースへやり、先生2人が別のことで手一杯になっているあいだに捕まった人を解放する、と言い出したのには、思わず笑った。だってこのケイドロは泥棒側が1人でも逃げ切ればそれでいいのに、囮役4人と殺せんせーを油断させる役3人以外を助けるっていう、やる必要のないことで驚かせたいなんて……やっぱり彼女はどこかズレているのだから。
殺せんせーは狙い通り、水中の俺等をどうにかすることで頭がいっぱいになってたし、そもそも烏間先生は牢屋にすら戻れない位置までおびき出されていた。見事、2つのことで怪物先生2人を出し抜いたってわけだ。ケイドロは俺等生徒の勝ち、ご褒美でケーキっいう甘いものにもありつけたし、気分よく終わることが出来た。
まさか俺等の知らないうちに、椚ヶ丘市内では、ある問題が噂されていたことなんて、知りもせず。
「ところでカルマ君よ」
「何、中村サン」
「あんた達が手錠で繋がれた写真、いる?」
「いる」
「即答!?」
「え、莉桜ちゃんいつ撮ったの……!?」
「いやー、メモリアル的に残さなくちゃいけないかなーって、本能?」
「えぇぇ……」
「ほら、どのケーキにするの?」
「フルーツいっぱいのやつがいい……けど、それも何種類かあって……」
「……じゃあ俺こっちでアミーシャそっちね。俺の分、少し分けてあげる」
「あ、なら僕もこれ選ぶから分けようよ……久々に3人でさ」
「!……へへ、うんっ」
「あの3人、『わけっこ』っていう行為に慣れてんな……」
「俺も弟妹とよくやるぞ?……よし、俺も仲間に入ってこよっかな……おーい」
「磯貝はあの輪に入っても警戒されない、さすがはうちのイケメン代表……」
「ずりーぞイケメン」
「貧乏なくせに」
「どういう意味だ、聞こえてるぞ、特に最後」
++++++++++++++++++++
ケイドロ、アニメでは水中シーンなかったのが残念でした。と、いうことで、この小説ではバッチリ入れてあります。あの作戦の考案者は誰だったんでしょうか……今回は、カルマはこの時点では、まだ司令塔としての爪を出していないので、磯貝くんと一緒に考えた体で作っています。この頃から律ちゃんを通した連携プレーは出来てたんじゃないかな、という作者の期待と妄想があります。
では、また次回……久しぶりの彼が登場!