──8月31日。
今日で中学3年生の夏休みが終わる。明日からまた学校が、暗殺教室での生活が始まるんだ。
パタン、と手元の参考書を閉じてから机の下のスペースに重ねる……重ねた場所には浅野くんからオススメされた参考書などから勉強に使ったノート、その他色々見えるところには置いておきたくない資料などなどをとりあえず置いている。部屋を広く使えるように、それでいて邪魔にならずに置ける場所って考えてそうなったんだよね。
その後、机に伏せて目を瞑り、夏休みの出来事を順番に思い出していく……暗殺旅行、恋の相談、カフェ巡り、ショッピング、アミューズメント施設……全部の思い出に、カルマや渚くんだけじゃなくて、浅野くん、クラスの友だちっていう存在があって、自然と笑みがこぼれた。楽しかった……
────コンコン
「…………」
突然響いたノックの音に顔を上げる……ここには私以外誰もいないはず、ノックの音が鳴るなんておかしい。音のした方向を警戒しながら向いてみると、
「…………殺せんせー?」
窓の外で焦った様子で「開けてください」と口パク(言ってるかもしれないけど、窓越しだから声は聞こえてこない)をしながら、窓の鍵を指さしている殺せんせーがいた。……不審者かと思った。とりあえず害のない相手ということがわかったから警戒するのをやめて立ち上がり、窓の鍵を解除し、開ける。途端に適当に冷やされていた室内へ夏らしいムワッとした空気が流れ込んできた。
「……先生、どうしたの?」
「どうしたのはこちらのセリフです!熱中症か脱水症か何かで倒れているのかと思いましたよ……!?」
どうやら私がやることを無くして机に溶けていたのを見て、勘違いさせてしまったみたいだ。1度教室でやらかした前科があるから余計に心配をかけてしまったみたいで、すぐさま触手が伸びてきて頭や首などの体温を測りはじめた。部屋の中はクーラーつけてるんだから、脱水症状ならともかく熱中症は簡単にならないと思うな……とは思うけど、あまりの慌てように私が悪いように思えてきて、謝っておくことにした。
「ふぃ〜……安心しました。ただでさえアミサさんは一人暮らしですぐに誰かが来ることが出来ないんですから……」
「あはは……ごめんねせんせー。もし何かあったら誰かに連絡するからへーきだよ……アミサは、1人じゃないんだから」
「はい、そうしてください。……とと、忘れるところでした」
「?……夏祭りの、お知らせ……」
ハンカチで顔に浮かんだ汗を吹いた殺せんせーが、思い出したようにいそいそと取り出したのは、『夏祭りのお知らせ─今晩7時空いてたら椚ヶ丘駅に集合!!─』という文字が書かれた看板だった。今日思い立ってクラスみんなに声をかけて回ってます、と言いながらニコニコしている殺せんせーを視界に入れながら、思い出す……そういえば、みんなで遊びに行った時に何度か電車も使ったけど、駅に夏祭りとか花火大会とかのポスターが貼ってあったなぁ……と。今日が、その夏祭りの日だったんだ。
「声かけて回ってるって……E組、みんないるの……?」
「それが、思い立ったのが遅くて……既に用事があると、断る人が意外に多くて傷ついてます……」
「……そう、なんだ……」
「……、……あぁ、そういえば『アミーシャが来るなら行ってあげてもいい、むしろ来ないなら行かない』と言い切った人が一人」
「…………もしかしなくても、カルマだね」
最初は殺せんせーが集めている擬似クラス行事のようなものだけど、集まりが悪いなら行ってもな……と考えて行くかどうか迷っていた。だって行ってみたら私1人、なんて絶対にいやだ。
私が迷っていることを察したんだろう、殺せんせーがいかにも今思い出しました、とばかりにボソリと口にした言葉は、カルマのものだと思う……彼しか私のことを本名で呼ばないからほぼほぼ確実だよね。なんで私がカルマの参加不参加の理由になってるのかは分からないけど、殺せんせーはかなり必死に行こうと声をかけてきている。無理もないよね、私が行かないといえばカルマも行かない、つまり、参加者が2人私の選択で増減するんだから、……なにげに私、重要な選択を強いられてたりするのだろうか。
「先生、そんなに必死にならなくても行くよ……せっかく行くのに1人になるのが嫌だっただけだから」
「おぉ、本当ですか!ちなみに先程渚君も誘いに行きまして、多分彼も来てくれると思いますよ」
「!……3人でお祭り、まわれたりするのかな……」
「おや、お祭りは行ったことがあるんですか?」
「うん、中学1年生の時に連れてってもらったの……お祭りは浴衣っていうの着るんだって教えてもらって、3人で買いに行って……あ、浴衣……着れるかな……」
すごく嬉しそうな殺せんせーの情報で、まだ日本のお祭りを知らなかった頃のことを思い出した。はじめていくなら浴衣を着ていった方がより楽しめるって言われたけど、浴衣がなにか分からないし当然着方も知らない……ということをカルマと渚くんの2人に伝えたら、予想通りだったみたいで大きなお店に連れていかれた。そこで3人で浴衣を選んで……カルマがドクロ柄の浴衣をネタで買っていたのをよく覚えてる……ほんとに着てきてたし。
身長はあのころより伸びたとはいえあんまり変わりないし、大きめのを買ったからなんとかなると思う。問題は、3サイズも大きくなってしまった胸だ。前にインターネットで調べたら、大きい人は着こなすのが難しいし見た目が悪くなるって書いてあったから……男の人(だよね?)の殺せんせーに聞いていいものかわからないけど、物知りだし。
「……殺せんせー、浴衣のきれいな着方ってありますか……?」
「ふむ、着こなしの話ですね?浴衣は直線的なラインが特徴ですから……さすがにこの時間になってからサラシや専用の道具を買いに行くわけにもいきませんし……タオルを巻いて身体を寸銅の形にしたり、スポーツタイプの下着を身につけるとかでしょうか」
「……がんばってみる」
「はい、頑張ってください。では先生は他の人を誘ってきます。また後で会いましょう!」
そう言うと、殺せんせーは音を立てて姿を消した。まだまだ誘う気満々だなぁ……このまま外国の誰か、例えばロヴロさんみたいに、殺せんせーにとって身内認定してる人とかも片っ端から誘いにいったりして。……さすがに外国の人は誘わないよね、先生でも。
クローゼットを開き、中学1年生以来、手入れはしていても袖を通していなかった浴衣を取り出す……赤地に水色と白の花が描かれた浴衣に、紺色地に銀糸の蝶が描かれた帯のそれは、私とカルマと渚くんの髪色が全て入っていたから気に入っているものだ。軽く鏡に向かって合わせてみたけど丈はだいじょぶそう……1人での着方もお店の人に教えてもらったし、多分できる……着方を復習しながら荷物を出している時だった。
────ピロン
小さくスマホが音を立て、律ちゃんが顔を出す。
『アミサさんっ!矢田さんからメッセージを受信しました!』
「律ちゃんありがと、……!」
◆
カルマside
夏休みの最終日……課題は初日、てか沖縄旅行の前に済ませてるし、特にやらなきゃいけない事もないから片手間にゲームやってたら、鍵を開けたままにしてたらからか突然、部屋の窓が開いた。顔を出したのは殺せんせーで、半泣き……じゃない、ほぼガチ泣きで用事で断る人が多いとか傷ついてるとか言って夏祭りに誘われた……あと少し早く来てたらゲームの前にやってたのを見られるところだった、あぶな。ちら、と窓からは多分見えてないだろう場所に積み上げた勉強道具に意識をやる……努力してるとこ見られるなんて、なんかやだし。
一応、あまりにも必死だし予定もないから行く気にはなったけど……夏祭りと聞いて、中一の頃にアミーシャと渚君との3人で行った日のことを思い出した……なんかタコは来る人少ないとか言ってるけど、2人は来るのかな、なんて考えて。だから伝言を頼んだ。渚君はともかく、彼女は多分暇してると思うし、ああ言っておけば彼女のことだから「なんか重要な選択を強いられてる」とか考えてオーケーする可能性上がると思うし。
伝言を聞いて苦笑い気味の殺せんせーをさっさと追い出し、中一の頃、3人で浴衣を買いに行った時にノリと勢いで選んだ浴衣を取り出す……いやー……うん、まだ着れるね!私服で行こうとも思ったけど、渚君、アミーシャの3人で祭りをまわれるかもしれないなら……また、あの頃と同じように3人で揃えてみるのもアリかと思ったから。
「なのに……結局集まったのは野郎だけってどーゆーことさ。しかも浴衣着てきてんの俺だけじゃん。空気読んでよ、特に渚君」
「ごめん、まさかカルマ君がノリと勢いで買ったそれ着てくるなんて思わなくて……」
「ドクロかよ……」
「中二病……」
「えー、イカしてるっしょ?そんで言うなら中三病と言え」
と、いうわけで、物の見事に渚君には裏切られた。午後7時少し前に椚ヶ丘駅に来てみれば、渚君、千葉、岡島、磯貝、前原が集まっていて、女子は1人も姿がみえない。それに俺以外みんな洋服って……俺1人がこの集団の中ではしゃいでるみたいで浮いてるじゃん……しかも、え、殺せんせーほんとにこれだけしか集められなかったわけ?
とりあえず、俺の浴衣に対する散々な評価は俺の持論を押し通しはしたけど、1人だけ浴衣着てこの集団で祭りに行けるほど行きたいわけじゃないし、殺せんせーに言って彼女に伝えてもらった伝言通り帰ってやろうかな……そう思い始めた時だった。普段の暗殺訓練で鍛えられた俺等の耳に、カランコロン、と下駄で走る複数の足音が聞こえたのは。
「ほら〜、男子もう来てるじゃん!」
「うわ、ホントだ……ごめーん!遅れた!」
「大丈夫?まだ走れる?」
「う、うん……!…わっ!……へーき!」
「へーき、じゃないでしょ!ほら、もう見えてきたしスピード落とすから浴衣整えて……」
「うぅ、ありがと桃花ちゃん……」
やってきたのはE組の女子達……片岡さん、神崎さん、茅野ちゃん、速水さん、そして矢田さんと倉橋さんに世話を焼かれながら走ってきたアミーシャだった。……あ、もう一人いるわ。
「どーよ、男ども。私がスタイリングしてやった女子の浴衣姿は!」
「「「おぉ……」」」
「おーーっ!!」
多分女性陣が遅れてきた理由はこれだ。ビッチ先生がやりきった表情でドヤ顔をしている後ろにはこっちを見ながらニコニコ笑っている女性陣。全員文句なしに綺麗に整えられていて……まあ、つまりは浴衣を着てきていた。見た瞬間思わずというような声を上げる俺等男性陣-1……なんで-1かって?即行カメラを構えて写真を連写し始めた岡島だけは思わずどころか思いっきり声を上げてるからに決まってるじゃん。
そんなのは置いといて、俺は矢田さん達に軽く背を押され、俺の前まで連れてこられた彼女から目が離せなかった……だって、彼女が着ているのって、
「えへへ、カルマと渚くんがいるなら、と思って着てきたの……一緒に選んだ浴衣。カルマのも懐かしい……」
「……っへぇ、うまく着こなしてるじゃん。髪が長かった時もよかったけど、今も似合ってる」
「……!……ありがと。髪の毛とかはイリーナ先生がやってくれたんだ。……渚くん、浴衣着てない……」
「う、うぅ……ごめん……」
少しだけ照れたようにしながら笑うアミーシャは、髪を結ってる以外はあの頃のようで……それでも、完全に子どもらしかったあの頃よりも、どこか色気というか大人の片鱗すら感じさせる姿を見て……とっさにいつも通りの俺をなんとか装うので精一杯だった。やばい、2年ぶりの浴衣、めちゃくちゃいい……!
そして、嬉しそうに軽く結われた髪に触れた彼女は、渚君の方を見て残念そうにポツリと言葉をこぼす。泣きそうな小動物のような雰囲気に、俺には言い返していた渚君もさすがに謝っていた。ほら、やっぱりアミーシャも期待してたじゃん……俺等3人で揃って浴衣を着て夏祭りに来た時と同じように、あの時と同じ浴衣で揃いたいって。
「いやぁ、思いの外集まってくれて良かった良かった。誰も来なかったら先生自殺しようかと思いました」
「あー、じゃあ来ない方が正解だったか」
「いえいえ、先生はみなさんが来てくれて嬉しいですよ!では、楽しみましょうか!」
++++++++++++++++
集まったとはいえ先生含めて15人で行動するのは迷惑にしかならない、ということで、花火が始まったらまた合流することにして小さなグループで楽しむことになった。私は渚くんが浴衣を着ていないとはいえ、はじめての夏祭りの時と同じように一緒に夜店をまわる。今回はカエデちゃんも一緒で、私とカエデちゃん、カルマと渚くんが並んで歩く。
「次はどうしようね〜、アミサちゃんは何か食べたいのある?」
「私、わたあめ食べたいな、袋入ってなくていいから大きいの……!」
「あ、ならあの店とかどう?あっちの店より50円安い!」
「ホントだ……!夜店1つで値段ちがうんだね」
興味のある夜店を見つけては駆け寄っては見てまわり、時々男子2人をおいてけぼりにして私たちだけで盛り上がっている時さえあった。さっき、休憩用のベンチでラムネを飲んでる有希子ちゃんとメグちゃんにあったり、浴衣姿の女の人を撮ってた岡島くんに私たちの4人での写真をお願いしたりといつも通りの過ごし方をしているクラスメイトもいれば、
「どうしたの、2人してへこんで」
「射的で出禁食らった……」
「イージー過ぎて調子乗った……どうしようコレ……アミサ、欲しいのある?」
「わ、お人形さん……ふわふわのある?」
「……左手のあたりにあった気がする。あげるから取って」
という感じに、普段から射撃成績のいい千葉くんと凛香ちゃんの2人が、景品を撃ち落としすぎて射的から出禁になるという事態を引き起こしていたり(ふわふわな手触りのクマのぬいぐるみをもらった)、
「うわ、磯貝君なにその、うごめいてる袋……」
「金魚すくい!100円でこんなにもらえるのっていいよな!」
「磯貝、ほんと何でもそつなくこなすもんよー……」
「コツだよ、ナイフ切る感覚と似てるぞ。うち貧乏だし、これで1食分浮いたからありがたいわ」
「そっか」
「ふーん、そーなんだ……え、1食分?」
「…………え?食うの!?」
ナイフ術の感覚を金魚すくいに活かして大量にすくい、磯貝くんが袋いっぱいのギュウギュウ詰めで金魚をもらっていたりしていた。ちなみにそんなにたくさんどうするのかと思ったら、まさかの食用で全員が絶句した……前原くんでさえありえないという顔をしている。磯貝くんは早速焼くか煮るか揚げるかって調理方法を考え始めてるけど、金魚すくいやさんだって誰だって、観賞用じゃないまさかの食べる用途だなんて思いもしないよね……
暗殺技術の繊細な部分を活かして、悪気なく夜店を荒らして回っているE組の生徒たち。みんなの荒稼ぎに対して呆れた様子の渚くんまで、カエデちゃんと2人でヨーヨー釣りをしていて、足元には釣ったヨーヨーがたくさん転がっている……そろそろ踏んでしまいそうだ。
そうそう、通常運転といえば私たちの中にも1人いる。
「ねーぇ、おじさん。俺、今5000円使って全部5等以下じゃん?糸と商品の残り数から、4等以上が一回も出ない確率を計算すると……なーんと0.05%。本トに当たる糸あるのかな〜?おまわりさん呼んで確かめてもらおっか!」
「わ、わかったよ、金返すから、黙ってろ坊主」
「いやいや、返金のために5000円も投資したんじゃないのよ。ゲーム機欲しいなぁ〜」
「……カルマ君はねちっこいな〜……」
「最初から大当たりはないって見抜いてたな」
なんかキョロキョロしながらゲーム系の夜店を見ているな、とは思ってたけど、挑戦する人みんなが5等以下の景品をもらっていく糸くじのお店をしばらく観察してたかと思えば、ちょっと行ってくると一言いって挑戦しに行ってしまったカルマ。5000円使うまでは「あれ?」「次こそ…」とか言いながら、お店のおじさんの調子をうまくのせていき、その後はニコニコ怖いくらいの笑顔を浮かべながら、理詰めで見事ゲーム機をゲットしていた。ホクホク顔でゲーム機片手に戻ってきたカルマは、ゲーム機以外で取った景品を私たちに配り、満足したみたい。
全員お目当ての夜店は全部まわれたし、そろそろ花火もはじまるから殺せんせーがいってた待ち合わせ場所へと足を進める。私は、本当に大きく作ってもらえたわたあめと、帯にさした凛香ちゃんにもらったクマさん、巾着カゴからのぞいているカルマが分けてくれたワンちゃんのぬいぐるみを軽く揺らしながら置いていかれないように早足で進む。浴衣って足を出しにくい……なれない歩幅に四苦八苦しながら少しずつ空いていく間隔に焦っていると、ゲーム機を抱えたカルマがふと振り返って足を止めた。渚くんとカエデちゃんはカルマが足を止めたことに気づかなかったみたいでそのまま進んでいく。やっと追いついて、足を止めた彼に合わせて立ち止まると、頭上から大きなため息をつかれた。
「はぁ……追いつけないなら声かけなよ、あと少し気付くの遅かったらはぐれてたよ?」
「う……だって、私が足遅いのがいけないんだし……」
「遅いなんて思ったことないけど?今日は浴衣だからアミーシャには馴染みがなさすぎて歩きにくいし、仕方ないっしょ」
「……それは、そう、だけど……」
「ゲーム機結構でかいからさ〜、その手のヤツ、どれか持ってやるってのができないからなんとか頑張れ」
「えぇぇ、私のなんだからカルマが手ぶらでもちゃんと持つって……、……カルマ、集合場所こっちだっけ?」
追いついた時には渚くんもカエデちゃんも夜店を行き交う人に姿が埋もれて見えなくなっていた。私が追いついたのを見計らって、さっきよりもずっとゆっくり……話しながら私の歩調に合わせて歩き始めた彼に合わせて、いつもより少しゆっくり歩く。……歩幅、というか歩調を合わせるってこんな感覚なんだ……内心少し変なところで感動していると、周りが静かになっていることに気づく。集合場所ってここまで一通りが少ないとこだっけ……?E組の人たち、みんないないし。
「ん?……別行動しようと思って」
「え、でも、いなかったら心配かけちゃうんじゃ……それに、企画したの殺せんせーだし、」
「渚君にメッセージ送っといたからへーきっしょ。タコは今、俺等E組が荒稼ぎして店仕舞いした店の跡地に新しく店立てて夜店やってるよ」
「へーき、ならいいのかな……?ていうか私たち、先生の手伝いになっちゃってたんだね……」
話しながらも足は動かし続ける。私たちの歩く場所は少しだけ坂道になっていて、木の階段はあるけど舗装されていない道は細く、まわりは木々に囲まれている……どこに向かうんだろう……そう思いながらついていけば、人もまばらになってきた頃、まわりを木に囲まれた場所から一気に開いた高台に足を踏み入れていた。人はほとんどいない。祭りの喧騒を背後にして、眼下には椚ヶ丘市の街明かりが広がっている。手招かれた先にはいくつかベンチが設置してあり、空いているところに並んで腰掛ける。そして、
────ヒュルルルルル……ドォン……
いくつもの大輪の花火が、私たちの正面の夜空に打ち上がった。
「ふ、わぁ……すごい……こんなにキレイに見えるんだ……!」
「……本トはさ、去年連れてくるつもりだったんだ」
見たこともないくらい、視界を何にも邪魔されてないキレイな花火に目を向けていると、小さく呟くような声が聞こえた。話を聞こうとカルマの方を見てみたけど、彼は花火の方を見てて、特に私に聞かせようとしているというよりは……だから、私も花火に目を戻す。
「中一の時は神社から見たけど、木が邪魔してて見えないのもあったし、来年こそはって探したんだよ。……でも、この時期くらいから俺と渚君が疎遠になって、こうやって夏祭りに来ることもなかったから」
「…………」
「だから……もしかしたら、最後の夏祭りになるかもしれないし、絶対に連れてきたかった。……ま、最後になんて、するつもりは無いけどね」
そう言って彼はベンチの背もたれに体重をかけたのか、軽く木の軋む音がした。無言で花火を眺める私たちのあいだに、それ以上の言葉は何もなく、ただ、花火の打ち上がる、ドーン、ドーンという音だけが響いていた。
多分、彼は返答を求めてるわけじゃないと思う……もう1度カルマへと目を向けると、まっすぐと打ち上がる光の花をじっと見つめているから。
「夏休み……こんなに忙しくて、こんなに楽しかったの、私、はじめて……このままみんなと、カルマたちと一緒にいられたら……」
──それができたら、なによりも幸せ……なんだけどな。
夏休みも今日でおしまい
明日から二学期がはじまる
「渚、茅野さん、こっちだよ!」
「神社の屋根に殺せんせーが上げてくれるって」
「罰当たりじゃない!?」
「バレなきゃ問題ないって!……あれ、カルマと真尾は?」
「え、……あれ?はぐれた!?」
「いつの間に……アミサちゃんだけならともかくカルマ君まで……ん?通知……あー、そういえばそうだっけ……」
「渚、1人で納得しないでよ……」
「ごめんごめん、……去年、僕等のせいで連れて行けなかった場所で花火を見せてやるんだってさ」
「渚たちのせい……?」
「お、ちょっとは進展するんじゃね?」
「……人気のない所じゃないわよね?」
「え!?あー……うん、入口が狭いとこだから、ほとんどの人は気付かない場所にあるね……抜ければ広いんだけど」
「!!!?!?」
「メグちゃん落ち着いて!」
「本当にメグちゃん、保護者だよね」
「アミサ限定のね」
「だってあの子危なっかしい……!女子にも保護者がいたっていいでしょ?過保護上等よ!」
「あ、きた」
「アミサ!気分悪いとかそういうのない!?」
「え、ど、どしたの、メグちゃん……?」
「アミサちゃん、スパッツはいてるからってスカートなのにジャンプするわ捲ろうとするわ、慣れた人には疑いなくついてくわで危機感薄いから、メグちゃんそれが不安なんだよ……」
「危機感……?……私、ホントに危なくなりそうなら、E組を頼るつもりだよ?アミサは、ひとりぼっちじゃないもん。みんな、いるから」
「もう……ほんと癒しの小動物……!」
「……虫は私達が払うから」
「最強です仕事人」
「でも、自分で危機管理できるように私達も頑張ろう……」
「片岡さん、俺が何かした前提で話すのやめてくれないかな……」
「お前はこっちな、あっちは女子が話す」
「お前等こうやって別々に話聞くの好きだよね……」
「カルマ君、こうでもして聞かないと暴走しそうだか
ら」
「前科があるしな」
「………(否定出来ない)」
「それで?少しは進展したか?したよな?!」
「チューくらいはしたか!?」
「特に何も」
「「「特に何も!?」」」
「ヘタレだなお前……」
「仕事人、明日校舎裏な」
「拒否する」
「2人っきりで、花火だぞ……!?絶好の夢のシチュじゃねーか!!」
「そのまま雰囲気に持ってけよ!」
「うるさいよ、変態に浮気5回」
「「おい!」」
+++++++++++++++++++
今回更新が遅くなりました。
夏祭り編が終了……これで夏休みも終わりです。
原作では浴衣を着ていなかった数人にもこのお話では着てもらいました。オリ主が矢田さんからもらったメッセージは、『殺せんせーに聞いたけど、お祭り来るんだよね?お祭り行く女子集めて、ビッチ先生が着付けとかしてくれるらしいから一緒に行こ!』というようなものです。きっと髪型とか帯の結び方で工夫が凝らされているに違いありません……!
では、次回からは2学期です!