暗殺教室─私の進む道─   作:0波音0

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ビジョンの時間

殺せんせーがマッハを駆使してE組専用のプールを作ってくれたおかげで、机に伏せたりだれて動けなくなっていた過酷な夏のE組生活でも楽しみが生まれ、元のように勉強に取り組める生徒が増えてきた。それだけじゃない……これまで殺せんせーとE組の教室で一緒に生活してきて、少しずつ見つけてきた弱点……今まではどれも決定打にするには足りないものばかりだったけど、ついに見つけたのだ。暗殺成功の足がかりになり得るもの……それこそが、殺せんせーは【泳げない】というものだった。

メグちゃんやカエデちゃん、渚くんが殺せんせーに隠れて暗殺のための準備をしていた時に、ひょんなことから本人が最大の弱点だと告白してくれたらしい……これを暗殺にうまく組み込めば、勝てるかもしれない。この情報がクラスに広がると、長い夏の間にどう仕掛けようかという話題が上がって当然……なんだけど、私には数人、様子がおかしい人たちがいるように感じていた。

 

「……寺坂くん、どうかしたの……?」

 

「はぁ?」

 

「なんか、最近イライラしてるっていうか焦ってるというか……居心地が悪そう」

 

「……何でもねーよ……」

 

その筆頭は寺坂くん……村松くんや吉田くん、挟間さんも様子がおかしいといえばおかしいのだけど、最近一緒にいない時の3人はクラスを観察するように見ているのをよく見かける。寺坂くんは、最近は特にほとんど一人でつまらなさそうに席に座っているか、サボって教室にも学校にもどこにもいないか、のどちらかばかりだ。

 

「アミサ、そんなのほっといてこっちおいで」

 

「そんなのって、もう……じゃあ寺坂くん、また、後でね」

 

今じゃ寺坂くんは少しクラスから浮いていて、進んで話しかけに行く人や絡みに行く人をほとんど見ない……よく一緒にいる3人や私、磯貝くんだけじゃないかってくらいだ。カルマに呼ばれて一言声をかけると、彼は私を片手で追い払うようにして手を振り、また怠そうに教室を眺め始めた。自分の席に戻ると、彼は隣でプールバックの準備をしながら結構大きな水鉄砲をいじっている最中だった。

 

「全く……アミサって臆病なのか度胸あるのか時々わかんなくなるよね」

 

「怖がりな自覚はあるけど、寺坂くんは怖い人じゃないよ?……わぁ、カルマ、今日はそれ持ってきたの?」

 

「これ?うん、射撃の訓練にもなるし……攻撃じゃないからあのタコも油断するんじゃね?」

 

……みんな、寺坂くんは怖い、危ない、乱暴者だっていう。だけど、私はあまり考えたことがないし感じたこともない……確かに乱暴な所はあると思うけど……でも、話しかけたら返してくれるし、意外と周りをよく見て聞いているし、彼の話す言葉の中には温度が含まれていると思うから。温度の含まれない、上辺だけの言葉を並べている人の方が、よっぽど怖い。

 

「そういえば朝、イリーナ先生とお話したんだけどね、『あんた達ガキどもばっかり涼んでんじゃないわよ!私のセクシーな水着で悩殺してやるわ……!』だって。なんかよく分かんないけど燃えてた」

 

「悩殺って……ビッチ先生、そのガキどもに見せてどうするんだ「おい、皆来てくれ!プールが大変だぞ!!」……って……は?」

 

「……カルマ、行ってみようよ」

 

休み時間の間にプールへ行っていたのだろう、岡島くんがかなり慌てた様子で教室に飛び込んできた。プールが大変って……それだけ言ってまた外へ駆け出していってしまったから何があったのか、はっきり分からない。教室で準備をしていた他のみんなもその声を聞いてバラバラと向かい出し、私たちも足を向ける。……教室を出る直前に目が合った寺坂くんが、ニヤリと笑った気がした。

岡島くんの先導でプールにつくとそこは……あのきれいな設備が形もないくらいにめちゃくちゃに荒らされていた。コースロープは切られ、休憩スペースの椅子や飛び込み台が壊されて水の上に浮かび、空き缶や雑誌などのゴミも捨てられている。水だけは途切れることなく流れ続けているからキレイだけど……。ここは中学校の私有地とはいえE組……本校舎よりはセキュリティがしっかりしてない場所だから、誰かが入ってきて荒らした、とも考えられるけど……昨日まで普通だったのに一晩でここまで荒れるものだろうか。

 

「……ひでぇ、メチャメチャじゃねーか」

 

「ビッチ先生がセクシー水着を披露する機会を逃して呆然としてる……」

 

「あーあー、こりゃ大変だなぁ」

 

「ま、いーんじゃね?プールとかめんどいし」

 

プールを荒らされたことに憤るみんなの中で、ニヤニヤとその様子を見ながら嗤っている寺坂くん、吉田くん、村松くんの3人……あれ、寺坂くんはともかく、あとの2人はなんだかぎこちないというか……微妙な顔をしているというか。

渚くんもそれが気になったのか彼らの方を見ている……寺坂くんたちを疑ってるのかな。でも、寺坂くんはそんな考えをくだらないと言い切ってるし、その会話を聞いていたらしい殺せんせーが一瞬でプールを修理したために犯人探しは有耶無耶になって分からないまま、終わった。自然と私とカルマ、渚くん、杉野くんが集まったけど、話題はやっぱり先程の3人のことで……

 

「寺坂の様子が変?」

 

「…うーん……元々あの3人は勉強も暗殺も積極的な方じゃなかったけど……特に彼がイラ立ってるっていうか……プールを壊した主犯は多分寺坂君だし」

 

「え、寺坂くんは違うっていってたし、村松くんが言ってた通りプール入りたくないだけじゃなかったの……?」

 

「真尾、お前人が好いな……まぁ放っとけよ。いじめっ子で通してきたあいつ的には面白くねーんだろ」

 

「殺していい教室なんて、楽しまない方がもったいないと思うけどね〜……よし、今なら油断してるかな……っと!」

 

「にゅやっ!?か、カルマ君いきなり何するんですか!?」

 

「……持ってきてたんだ、水鉄砲……」

 

蝉の鳴く私たちの夏。もやもやする気持ちが無くならないまま今日も楽しくプール遊び……だけど、プールが火種となって起きた事件は、これだけで終わらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プールの事件があったその日の昼休み。みんながお昼ご飯を食べ終わって残りの時間を好きに過ごし始めた頃、殺せんせーが教室に廃材を持ってきて何かを作り始めた。何やってるのか聞いてみたら、プールを作った時、先程直した時に出た廃材で作りたいものがあるんだって。出来てからのお楽しみです〜って、鼻歌を歌いながらマッハで作る部分と丁寧に磨く部分とがあるせいか、教室に残っていた生徒たちは興味津々……輪郭ができ始めると何かに気づいたのか、吉田くんの目が光った気がする。

 

「ふぃー……できました!」

 

「うお……!ま、マジかよ殺せんせー!!これ、前に俺と話してたバイクじゃねーか!すげぇ、本物みてーだ……!!」

 

確か、吉田くんの実家がバイクの販売店なんだって寿美鈴おかーさんが教えてくれたはず……それだけバイクが好きなんだろうなぁ……すごく目がキラキラしてる。興奮した様に話す吉田くんと殺せんせーが盛り上がる中、今まで外にいたらしい寺坂くんが教室の扉を開けて、その様子を見た瞬間に固まっていた。

 

「……何してんだよ、吉田」

 

「あ、寺坂……いやぁ、この前こいつとバイクの話で盛り上がっちまってよ、うちの学校こういうのに興味あるやついねーから……」

 

「先生は大人な上に漢字の『漢』と書いて漢の中の漢……この手の趣味もひととおり齧ってます。……しかもこのバイク、最高時速300km出るんですって。先生一度本物に乗ってみたいモンです」

 

「アホか、抱き抱えて飛んだ方が速えだろ!」

 

当たり前のことを言って吉田くんにツッコまれる殺せんせー。そのやりとりを聞いていたみんなが思わず笑い出した、時……何が気に入らなかったのかな……寺坂くんが思い切り木造バイクを蹴り倒して、殺せんせーを泣かせてしまった。この昼休みの間を使って、結構頑張った力作だったから……それを見ていたみんなが一緒になって寺坂くんを責める。寺坂くんは余計に苛立たしげに机の中に手を突っ込んで何かを取り出した。

 

「テメーら虫みたいにブンブンうるせぇなぁ……駆除してやるよ!」

 

そう言って寺坂くんが教室の床に叩きつけたものは……スプレー缶!?普通に使わないでそんなことをしたら……!

案の定叩きつけられた瞬間にそれは破裂し、中身が吹き出し、煙が教室中に充満する。スプレー独特の匂いが溢れて、私も近くにいたし避けようもなく吸い込んじゃったのだけど、……なんでだろ、目も、喉も痛くない……あまり刺激がないように感じる。誰かが言った殺虫剤という言葉を寺坂くんは否定しなかった……もし本当に殺虫剤だというなら、人が吸い込んだら害があるはずなのに。一応カーディガンの袖で口元を覆いながら寺坂くんの方を見ていると、同じように口を覆いながらカルマが隣に近づいてきて心配そうに声をかけてきた。

 

「へーき?」

 

「……うん、煙たいけど、あんまり痛いとかの刺激がないから……」

 

「寺坂君!ヤンチャするにも限度ってものが……「触んじゃねーよモンスター……気持ちわりーんだよ、テメーも、モンスターに操られて仲良しこよしのE組(テメーら)も!」」

 

顔を真っ赤にして叱る殺せんせーが寺坂くんの肩に触手を置くけど、彼はそれを払い除けて言った……『気持ち悪い』って。それを聞いてみんなの雰囲気が一気に悪くなり、彼に対して不満の感情が向けられているのが分かる。……クラスで仲良くすることの何が彼は嫌なんだろう……殺せんせーが気持ち悪い、その殺せんせーと関わることで繋がった私たちが気持ち悪い……じゃあ、殺せんせーが来る前だったら……?

 

「……寺坂くんは、変わったのが嫌なの……?」

 

「……!……チッ」

 

「ていうかさぁ……何がそんなに嫌なのかねぇ。気に入らないなら殺しゃいいじゃん。せっかくそれが許可されてる教室なのに」

 

私の言葉に寺坂くんは一瞬目を開く反応を見せたけど、すぐに舌打ちをして顔を逸らしてしまった。誰も何も言わない中、呟いた私の声は思ったより響いていて何人かが「え、」というような反応を見せた、気がした。そしてほとんど間を置かずにすかさずカルマが煽る……そう、気に入らないなら殺ればいい。殺ればいいけど一人ではどうにもならない、だからみんなが協力しようとしているんだから……でも、

 

「っ、何だカルマ……テメー俺に喧嘩売ってんのか?上等だよ、だいたいテメーは最初から……」

 

「ダメだってば寺坂ぁ……ケンカするなら口より先に手ぇ出さなきゃ……」

 

「ッ!?……放せ!くだらねー……!」

 

……寺坂くんは、そんな気持ちにはなれないのかな……。カルマが寺坂くんの口を掴んで黙らせた……話すよりも手を出せ……気に入らないなら殺せばいいという言葉をそのまま喧嘩に表してみせたけど、寺坂くんはその手を振り払って教室から出ていってしまった。なんとか一緒に平和にやれるといいのに、そう寺坂くんと交流を持ち続けている磯貝くんが悔しそうに言って……思い出したように私の近くへ来た。

 

「……なあ真尾……、さっきの言葉の意味って聞いてもいいか?『変わったのが嫌』って……」

 

「……渚くんから聞いたんだけど、E組って2年の3月から始まってるんだよね?私とカルマがE組(ここ)に来た時には殺せんせーがもういたから、それより前のことは分かんないけど……殺せんせーが、殺せんせーによって繋がった私たちが嫌ってことは、前に、戻りたいのかなって……」

 

「…………前って、」

 

「……私は本校舎にいた時は周りを全然見てなかったから、寺坂くんが前、どうだったかなんて知らない……どう過ごしてたかなんて、わからない。私が知ってるのはE組で、私と話してくれる寺坂くんだけだから……」

 

焦りと苛立ちで、孤立している寺坂くん……なんとか、どんな形でもいいから馴染んでくれるといいのに。早く、彼も含めてE組の日常、になるといいのに。出ていった寺坂くんはその日はもう、帰ってこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寺坂side

地球の危機とか、暗殺のための自分磨きとか。

……落ちこぼれからの脱出とか。

正直なところどーでもいい。

その日その日を楽して適当に生きたいだけだ。

だから、俺は……

 

「ご苦労様。プールの破壊、薬剤散布、薬剤混入……君のおかげで効率よく準備が出来た。はい、報酬の10万円。また次も頼むよ」

 

……ふん、楽して稼げる……こっちの方が居心地がいいな……

 

「なにせあのタコは鼻が利く。だから君のような内部の人間に頼んだのさ……イトナの性能をフルに活かす舞台作りを。」

 

堀部イトナ……あのタコを今までで一番追い詰めた改造人間。

 

「……そいつ、なんか変わったな。目と、髪型か?」

 

「その通りさ……髪型が変わった、それはつまり触手が変わったことを意味している。前回の反省を活かし、綿密な育成計画を立てて、より強力に調整したんだ。……寺坂竜馬、私には君の気持ちがよくわかるよ……安心しなさい、私の計画通り動いてくれればすぐにでも奴を殺し、奴が来る前のE組に戻してあげよう」

 

そう、俺の望みは『元の、目的も何も無いE組で楽に暮らすこと』……それさえ叶えば、

 

〝……寺坂くんは、変わったのが嫌なの……?〟

 

「…………、」

 

……あいつは、それを見透かしてたってのか?

その時、イトナが俺の顔を覗き込んできた。

 

「な、何だよ」

 

「お前は……あのクラスの赤髪の奴より弱い。馬力も体格もあいつより勝るのに……何故か分かるか?」

 

いきなり俺の目に手を伸ばし、無理やり開かせてくる……目の奥を覗き込むように、奥にある何かを見つめるようにしながらこいつは話す。

 

「お前の目にはビジョンがない。勝利への意志も手段も情熱もない。目の前の草を漠然と喰ってるノロマな牛は、牛を殺すビジョンをもった狼には勝てない……それに、『          』」

 

「!!?」

 

俺にとって、かなり衝撃的な言葉を残し、そして手を離すと、イトナは踵を返して去っていく。

 

「な、……なんなんだあの野郎、相変わらず!!」

 

「ごめんごめん、私の躾が行き届いてなくてね……君は我々の計画を実行するには適任なんだ。決行は……明日の放課後だ」

 

…………まあいい。こいつらの計画さえ実行すれば、あの教室は元に戻る。居心地の悪さだって元に戻る。……ビジョン……そう、本気で殺すビジョンさえあれば、俺には楽して殺すビジョンが既に示されてんだ。仲良しこよししてる、あいつらとは違うんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お前、あの爪を隠した小動物にすら勝てないだろうな』

 

 

 

 

 

 

 




「寺坂ってさ、バカじゃん?」
「……寺坂くんは、頭で作戦とか立てるのには向いてないけど、動ける人だと思う」
「つまり、バカってことでしょ?自分では考えてないバカ……何かやらかしそうなんだよね〜」
「……言ってることは重いのに、軽い……でも、他人の考えとかを信じて動く……素直なとこもあるんじゃないかな……」
「……ああ、そういや前例あったっけ。……何もないといいね」


++++++++++++++++++++


区切りがよかったので、短いですがここで切ります。
オリ主は倉橋さんと同じように寺坂くんのリズムを素で崩す存在。人の本質を見て話すので、寺坂くんもちょっとだけ素直に……でも、ちょっと接し方に困ってるところはあるかもしれません。

今回はあまり後書きにかけることもないので、また次回に!




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