暗殺教室─私の進む道─   作:0波音0

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修学旅行の時間・5時間目

渚side

 

「やっぱ一位は神崎か……ま、嫌いな奴いないわな」

 

「で?うまく班に引き込んだ杉野はどーだったん?」

 

「それがさぁ……色々トラブルあってさ。じっくり話すタイミングが少なかったわ」

 

「あー、なんか大変だったらしいな」

 

今、僕達は男子部屋に集まって、『気になる女子ランキング』というものをしている……男子だけが集まったからこそできる話題だ。

匿名で票を理由付きで紙に書いて集め、磯貝君が集計してくれたそれは……1位神崎さん、2位矢田さんとアミサちゃん、3位倉橋さんと茅野、4位片岡さんと続く……集計されて集まった理由がちょっと酷いものもあるから、余計に女子には言えない代物が出来上がってる。

まぁ、誰が誰に入れたのか気になるとはいえ、岡島くんみたいに一番やりたがってたくせに迷いすぎて投票してなかったり、まず部屋にいない人もいたりするってわけで全員が投票してるわけじゃないけど……なんとなく、このクラスの好みの傾向がわかった気がした。

 

「お、面白そうなことしてんじゃん」

 

色々話していたら、部屋にいなかった人の一人であるカルマ君が……レモン煮オレかな……を片手に部屋へ入ってきた。お風呂でのアレはなんとか回復したみたいで、今はもういつもの顔だ。そしてそのまま僕たちの集まる輪の中に入ってきて、ランキングをまとめた紙を手に取る。

 

「カルマ、いいところに来た。お前、気になる子いる?」

 

「気になる……んー、俺は奥田さんかな」

 

「言うのかよ」

 

「お、意外。なんで?」

 

「だって彼女、怪しい薬とかクロロホルムとか作れそ……いや、作れるわ。だから、俺のイタズラの幅を広げるためにも、他にどんなのが作れるのかが気になる」

 

「うわ、希望ですらねぇ、イタズラできるの確定かよ……」

 

「絶対くっつけたくないのにすでに真尾を含めてグループ化してる事実な……」

 

カルマ君のあげた奥田さんを気になる理由がかなり物騒なせいで、聞いた男子のみんながひいている……。グループ化というのは、奥田さんが殺せんせーを正面から毒殺しようとしたあの時からのことで、

①奥田さんがアミサちゃんに物騒な食材を分けてもらって薬品を試作

②アミサちゃんがそれを使ってお菓子を作る

③カルマ君がそれを使って殺せんせーにいたずらを仕掛ける

……という、サイクルが出来てるやつのことだ。今までに成功したことはないけど、材料の見た目のグロさで精神的なダメージは与えられているみたいで、たまにアミサちゃんが楽しそうに成果を教えてくれる。

どうしようもない事実を再確認したところで、立ち直りが早いほうだった前原君がカルマ君を見ながら本当に意外そうにポツリと言ったことにみんなが食いつくことになる。

 

「でもさぁ、ホント意外だな。俺、絶対真尾って言うと思ってた」

 

「俺も。小さいのに胸デカイし!」

 

「見てても癒されるけど、構うと更に世話を焼きたくなる小動物だしな」

 

「岡島は後でシめる。……だってこれ、気になる奴っしょ?アミサちゃんの事は気になる以前に誰よりもよく知ってるし」

 

そう、多分ここにいる全員が思ったことだろう……あれほどいつも一緒にいるのに、なんで気になる子にアミサちゃんを上げなかったのか、と。もちろんこの場で正直に言う必要は無いからしらばっくれたっていいんだけど、言ってくれたら儲けもの……くらいのノリだ。そうしたら僕やカルマ君にとっては当たり前のことが理由だった……確かに気になるようなことはないね、気になるってなる前にもうだいたい知ってるんだから。

でも、多分カルマ君はこの質問の『気になる』っていうのを『興味のある人』って意味で捉えてるんだと思う。ここでの意味は『好きになるかもしれない人』の方だと思うんだけどな……もしかしてわかってて答えをはぐらかしてる?うわぁ、カルマ君なら普通にそれもあり得る……

 

「なんでそこまで言えるんだよ」

 

「俺の前で気を抜いて生活できるようになるまで2年間、近くで世話焼き続けたから」

 

「停学になった時もアミサちゃんが家で一人になるからってカルマ君の家にお泊まりさせてたくらいだもんね……」

 

「なにそれ初耳」

 

「言ってないし〜」

 

得意げに言ってるカルマ君に、僕も納得だ……僕だってカルマ君とほとんど同じくらいアミサちゃんと一緒にいたけど、唯一僕だけが離れていた時期がある……それが停学期間。その時期も含めると誰よりもアミサちゃんのそばにいて、誰よりもよく知っているのはカルマ君で間違いない。多分、ランキング上位に彼女の名前があるからこそ彼なりの意趣返しをしたつもりなんだろう。

だけどこの後、たったの一言でカルマ君の余裕な態度がいとも簡単に崩されることになるなんて、誰も考えてもみなかったんだ。

 

「お前ホント好きなんだな、真尾のこと」

 

「…………は?」

 

菅谷君が呆れたような笑みでカルマ君に言ったそれに、カルマ君はきょとんとした顔で数回まばたきをして固まった。僕は何を今更……って感じに声をかけようとしたんだけど、明らかに彼の様子が変で何も言えなくなった。

 

「いつもそばに居てさ、何かあればすぐにフォローに入って……」

 

「俺らが可愛がってると分かりやすいくらいに拗ねるし。……俺らにも構わせろよな」

 

「あの事件の時には俺らそっちのけで飛び出してったし……あれ、後ろから来たのが殺せんせーじゃなかったらどうなってた事か……」

 

「挙句の果てにはさっきの風呂であの反応、なぁ……?」

 

「はぁ?だってそんなの当り前じゃん。目ぇ離したら、他のやつ、に……、…………」

 

「……カルマ?」

 

他のみんなはカルマ君の反応を「何言ってんだこいつら」みたいな意味で言ったんだと捉えたみたいで、今のカルマ君の様子に気付かないまま普段の様子や最近の出来事を羅列していく。

あげられた数々の行いに、カルマ君は反論しようとしたんだろう。いつものように話そうとして……途中でピタリと黙って動かなくなった。今まで普通に話していたのにいきなり黙ったことから、みんなが怪訝そうに見つめる。カルマ君は何かを考えるようにゆっくりと手を口元に持っていき、下を向いた、かと思えば。

 

「──────ッ!!?」

 

……目を見開いて、ボッと音がしそうなほど一瞬で首まで真っ赤になった。

 

「…………あれ、そう、なら…………俺…………、……ぇ……?」

 

「……え、カルマ君、もしかして……」

 

「「「(今、自覚しちゃった感じ?)」」」

 

顔を真っ赤にして口元を隠し、混乱しながら何かを確認するかのようにブツブツと呟くその姿は誰も、……一年から同じクラスでしょっちゅう一緒にいた僕ですら見たことがない……有り体な言い方をするなら、僕らが初めて目撃した彼の中学三年生らしい、反応だった。

ていうか、自覚、してなかったんだ……カルマ君の事だからてっきり分かっててはぐらかしてるんだと思ってたんだけど。

 

「……そういえばアミサちゃんが髪をバッサリ切った時、本人よりも残念そうに短くなった髪をいじってた上、僕に指摘されるまで触ってるのを気づいてなかったってこと、あったなぁ……」

 

「真尾が髪を切った時期って……確かだいぶ前じゃねぇか。一時期本校舎で有名になった事件だから覚えてるけど……無自覚の頃でそれか。……真尾本人はどう思ってんだか」

 

一人、初めて自覚した感情にパニックになって慌ててるカルマ君を放って、僕が思う、カルマ君がアミサちゃんに好意を向けてると確信した出来事を話せば、みんなは生暖かい目で彼を見ていた。

 

「はは……みんな、この投票結果は、……あー、……カルマの反応も男子の秘密な。カルマについては本人が本気出してオープンにしてからなら公開OKということで」

 

「まぁ、そうだよな。さすがに今はな……」

 

「ここまでパニクられると、いくら俺らがゲスくてもいじれんわ……」

 

予想外過ぎることが起きて、かなり反応しづらそうな磯貝君がまとめようとする。さりげなく公開OKの条件をカルマ君の了承を得ないままに付け足す当たり、さすがの磯貝君もこのクラスのゲスさに影響されているとみえる。多分、筆頭は幼馴染らしい前原君なんだろうけど。カルマ君のことは置いといても、ランキングは女子にも先生にも知られるわけにはいかない……色々と、やばいから、ほんとに。

 

「ま、知られたくないやつが大半だろうし、女子や先生に絶対知られないようにしな…い……と……」

 

僕達を見回して、念押しするようにいう磯貝君がある一点を目にした瞬間に尻すぼみになった。

 

「おばんです。なるほろなるほろ……

やっと自覚した、と……」

 

いつから居たのか……顔をピンクに染めた殺せんせーが襖を開けて顔を出していて、僕達が無言で見つめる中メモをして……ふすまを元通り閉め、逃げた。カルマ君のことをメモっていたあたり、相当前からいたんじゃ……

 

「…………殺す!!」

 

パニックになってたカルマ君まで呆然と殺せんせーが消えた方を見ていたけど……どこに仕舞っていたのか、対先生ナイフを2本構えて、僕達に向けられていないはずなのに感じるほどのものすごい殺気とともに廊下へ飛び出していった。それにハッとしたように他の男子も慌てて殺せんせーを追いかけることになった。

そりゃあ自覚した直後に、よりにもよって殺せんせーにバレるなんて……カルマ君がキレるに決まってる。とりあえず先生……プライバシーの侵害です。

 

 

 

 

 

アミサside

 

「……へ…?好きな、人……」

 

「そうよ、こういう時はそういう話で盛り上がるものでしょ?」

 

「はいはーい!私、烏間先生!」

 

「ハイハイ、そんなのはみんなそうでしょ。クラスの男子だと例えばってことよ」

 

女子部屋への招集の理由は、恋バナ……というものをするためだったらしいです。好きな人とか、気になる人を女子みんなで共有するんだって……。男子禁制の女子しかいない、ここだからこそできる本音のぶつけ合いなんだって、さっき莉桜ちゃんに教えてもらったから、ここでカルマくんと渚くんの格好いいところを話して、特にカルマくんは女子からも男子からも遠巻きにされがちだから、その溝を埋めよう……!なんて思っていたら、メグちゃんにコレは軽い暴露大会みたいなものだから、そこまで本気でやらなくてもいいものなんだと言われ、愛美ちゃんにはちょっとそれだと趣旨が変わっちゃいますよって言われてしまいました……好きな人の事を話すって莉桜ちゃん言ってたのにな……でも、こういう話をするのは初めてだから、聞くのがすごく楽しみ。

まず口火を切ったのは陽菜乃ちゃんで、いつも公言してる通り烏間先生だった。烏間先生を好きになるのは私もよくわかる……指導者としてとても高い実力を持っていると思うし、普段からストイックな面もあって……え、クラスの中の男子じゃなきゃダメなのです?莉桜ちゃん曰く、E組でマシなのは磯貝くんと前原くんくらいらしい。前原くんはタラシってみんな言うけど優しいし周りをよく見てる人だと思うけどな……女の人を自覚して口説いてる分、まだいいと思うし。磯貝くんが非の打ち所がないって言うのは賛成です。カルマくんが顔だけならかっこいいのに素行不良なのが残念って言われているのにはムッとしてしまって、少し不満だったのが顔に出てたみたいで…、愛美ちゃんが隣でくすくす笑っていた。

 

「でも、意外と怖くないですよ?今回事件に巻き込まれて、実はよく考えて喧嘩してるんだってわかりましたし」

 

「よく考えて喧嘩に持ってく不自然さに気付こうよ奥田さん……!……まあ、普段はおとなしいし」

 

「野生動物か。……アミサに対してはペットみたいだけど」

 

「で、聞き役に徹しちゃってるけど……この会を開いた本命はあんたよアミサ!」

 

「ひゃい!?」

 

二人のかっこいいところをたくさん話して、誤解されてるのを無くすのが出来ないなら、ホントに聞き役で終わるつもりだったのに……莉桜ちゃんに勢いよく指をさされて指名されたせいで驚いて、変な声が出ました。

……好きな人、か……なら普通にE組の友だちのことをあげれば……

 

「いないの?好きな人……あ、もちろん異性で恋愛的な意味でってことだからね!」

 

「えぇ……考えたこと、ないかも……」

 

「えー!?」

 

「カルマくんと渚くんは!?」

 

「二人はは私のヒーローだもん……それに、異性としての好きってどんな気持ちなのか、わかんなくて…」

 

見事に友だちじゃダメだと先回りされて、一応しっかり考えることにした。カルマくんと渚くんについて聞かれたけど、私にとっての二人はヒーローだから。私は『当たり前』から外れた『異端』だと、誰にも認められなくて苦しんでいた環境()で初めて私を見てくれて、そして初めてできた友だちの二人……それに、普段の生活でも自然と甘えさせてくれる存在。……それ以外に感情があるのかは、考えたことないし、わからない。そう言えばみんな納得してくれたようで、でもこの歳でその感情を知らないのはもったいない、とみんな私に教えようと頭を捻り始めた。

 

「あー…たしかに難しいよね。なんだろ、やっぱり一番はドキドキする人じゃない?その人のことが頭から離れなくて気付いたら考えちゃってるとか……」

 

「その人と話してると安心するって言うか、一緒にいて楽?っていうか…」

 

「あとあれかな……他の女の人と一緒にいると、私も近くに行きたい、いいな、ずるいって思ったり?」

 

「これだけじゃないけど、他の男子と違って特別なら、好きになる可能性はあるかもね」

 

「……………、……」

 

いつも頭から離れない、考えている人……ドキドキする人、と言われてもピンと来なくて困ってしまったのだけど、そのあとの例は思い当たるところがあって少し考えた。

その人と話していると安心して、一緒に居ると楽な気持ちでいられる……当然カルマくんと渚くんの二人ともだ。一番私が安心して近くにいられるし、何かあったら頼りに行くのもこの二人だ。でも、これは『好き』では無いのだろう……そう思った。だってこれは今では四班の人達にも同じように感じでいることだから、この『好き』はきっと友だちとしての好きなんだろうと思う。

他の女の人と一緒にいると、私も近くに行きたい、いいな、ずるいと思う……これを聞いて、ふと……ある光景が頭に浮かんだ。

 

〝ほらね、アミサちゃんは普通っしょ?〟

 

そういって、彼女の肩を軽く叩いたのを見て……少しだけ胸の奥がチクリと痛んだ気がしたのを思い出した。私が一番近くにいたから、私のことを一番分かってくれているからそういうことを普通に言ってくれたんだって分かってる。それでも、私じゃない人にスキンシップを取る彼の姿をほとんど見たことがなくて……目の前で見た時、何故か……痛んだんだ。

これが、ずるいって思う気持ち……なのかな。でも叩かれるのをずるいってなんで思ったんだろう。

 

「……どう?」

 

「………でも、…や、やっぱり、分かんないっ……!」

 

「その反応……お姉さんたちに話してみなさーい?」

 

「くすぐってやる〜っ!」

 

「きゃあっ、……あ、あははははっ、い、いないよ…っ!なんか胸がチクッてした人は、いたけど……!これだけじゃわかんないっ…!うぅ〜、くすぐったい、よぉ…っ……」

 

「それってヤキモチ焼いてるんじゃないの、ほらほら…!」

 

ハッキリとしないからいない、って言ったつもりだったのに、カエデちゃんと莉桜ちゃんに押し倒されてくすぐりの刑に。くすぐったくて、笑いながらじゃれていると襖が開く。

 

「おーい、ガキども。もうすぐ就寝時間だってことを一応言いに来たわよ〜」

 

ビールの六缶パックを片手に一応先生をしに来たイリーナ先生だった。だるそうに来てるけど、本当に一応覗きに来た程度なんだろう……どうせ夜通しおしゃべりするんでしょ、と言い残して出ていこうとしたくらいなんだから。

次の矛先を見つけたみんなは、ここぞとばかりにイリーナ先生を部屋の中に招き入れる。経験豊富な大人の話……それを聞き出すために、みんなで持ち寄って夜に食べようとしていたお菓子で交渉すれば、意外とあっさりと乗ってくれた。

 

「「「えぇーーーっ!?」」」

 

「ビッチ先生、まだ二十歳!?」

 

「経験豊富だからもっと上かと思ってた……」

 

「ねー、毒蛾みたいなキャラのくせに」

 

「そう、濃い人生が作る毒蛾のような色気が……誰だ今毒蛾っつったの!?」

 

「ツッコミが遅いよ……」

 

女子全員でもてなせば、イリーナ先生は窓際に座ってビールを飲み始めた。そして驚く彼女の実年齢……私たちと五つくらいしか違わないなんて、誰も予想していなかったから。多くの男の人との恋愛談や、授業で話してもらえる経験談、資料は私たちでは早々触れる機会が無くて縁遠い、もっと年上の人が経験するようなものばかりだから、てっきり……

 

「はぁ……いい?女の賞味期限は短いの。あんた達は私と違って……危険とは縁遠い国に生まれたのよ。感謝して全力で女を磨きなさい」

 

「「「………」」」

 

イリーナ先生がお菓子を口に運びながら、普段の如何にもビッチな態度を一変させて、真剣に思っているとわかる言葉を私たちにぶつけてくる。……そうだ、彼女は私たちの外国語教師だって言っても本職は殺し屋……殺し屋はいつも命の危険と隣り合わせなんだから、命を扱うという本当の意味を、重みを知らない中学生には同じ道を歩いて欲しくないんだろう……。みんなが生意気とか、ビッチ先生らしくないとか言っている中で私はそう考えていた。

そんなふうに少しのあいだ聴き逃していたのだけど、気がつけばイリーナ先生の落としてきた男の人の話を聞くことになって、ふと横を見たら……

 

「ひぇっ、こ、殺せんせー…!?」

 

「おいソコォッ!なに女の園に混じってんのよ!!」

 

「いいじゃないですか、私だって聞きたいですよ」

 

何かいた。何か、は、いつの間にか紛れ込んだ殺せんせーだったみたいで、顔をピンクに染めてニヤニヤとイリーナ先生の話を聞こうとしていた。あれ、殺せんせーって、男の人……の扱いでいいのかな……確かこの恋バナというのは男子禁制では……?

紛れ込んで聞こうとするなら、恋バナの一つや二つ話していけというみんなの要求を、脱兎のごとく逃げ出して回避しようとしている殺せんせー……イリーナ先生の号令に合わせて女子全員で追う。

 

「逃げやがった!捕らえて吐かせて殺すのよ!!」

 

それからはもう、廊下では凄まじいことになっていた。声を聞いている限り、殺せんせーは男子部屋の方でも何かやらかしたらしくて、まさかの挟み撃ちになって勝手にテンパって大慌てしてた。……その中でも男子の筆頭がカルマくんだったことに驚いた……普段仕掛けるなら個人か少人数なのに、みんなと一緒に殺るなんて、意外……あ、今ちょっとかすった。何となくほっこりしつつ、私はそこまで殺せんせーを捕まえて恋バナを吐かせたいとは思っていなかったから、この騒ぎが落ち着くまで少し静かなロビーまで避難することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「……行ってくれば?」

 

「……他の奴らには適当に言っといてよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロビーに設置された自販機の前に立ち、ラインナップを見ていく……無難なお茶とか水とかもいいけど、一応お風呂のあとだからスポーツドリンク系の方がよかったりするのかな?……あ、煮オレがある……レモン煮オレ……カルマ君がいつも飲んでるのとは違うけど、これもきっと好きなんだろうな……

 

〝気付いたら考えちゃってるとか〟

 

……、なんで今、その事を思い出したんだろう。振り切るように頭を振ってその考えを追い出そうとしている時だった。

 

「……何か飲むの?」

 

「…っ!?」

 

急にかけられた声にバッと振り向けば、たった今考えていた人(カルマくん)がそこにいて首をかしげていた。ほんの少し前まで殺せんせーを追いかけてたからかな……少し顔が赤く、息も切れているようだった。私は驚いたからか内心バクバクしているけど、顔に出さないように意識しながら正面に向き直る。

 

「あ、ごめん、そこまで驚くとは思わなかった」

 

「う、ううん、平気。殺せんせーはもういいの?なんかみんなの話聞いてる限り、男子部屋の方でも何かやっちゃったみたいだけど……」

 

「あー、……あんまよくないけど、いっかなって。せっかくアミサちゃん見つけたし、ちょっと話したいなと思ってさ」

 

そう言うと自販機へ歩いていき、お金を入れ始めるカルマくん。……あんまりよくないのに、いいってどういう事だろう……?疑問に思いながら見ているとガコンガコンと二つ落ちる音が……え、二つ?

 

「ん、アミサちゃんフルーツ好きだし飲みやすいと思うよ」

 

「え、あ、お金……!」

 

「いーよ、奢り。そっちで飲もうよ」

 

渡されたのは、私がさっき見てたレモン煮オレ。慌ててお金を出そうとしたけど手をひらひらさせながら断って、ソファの方へ歩いていっちゃった……。ありがたく奢ってもらうことにして私もソファに座り、初めて飲むレモン煮オレに挑戦……あ、思ってたよりも甘過ぎなくて飲みやすいかもしれない。口をつけた瞬間にちょっと驚いた顔をしたのが見えたのか、隣で笑う声がした。

 

「これ思ってたより、おいしい……レモンの味がちゃんとある」

 

「でしょ?」

 

でもスムーズに話せたのはここまでだった。それからはしばらくお互い煮オレを飲むだけで、うまく話が続かない。今まで一緒にいる間にも何も話さない時間とか、普通にあったのに……隣を変に意識してしまって、どうすればいいのか分からなくなってきた。……みんなが変なことを言うからだ。

 

「ねぇ…」

「あ、あの…」

 

とりあえず、何か言わなきゃと思って声を出すと見事に声が被り、思わず顔を見合わせて数秒……先に言っていいよ、と相手に促したのも同時でつい笑い出してしまった。でもおかげで少し落ち着いて、さっきまで変な空気だったのがなくなったように感じた。

じゃ、先に話そうかな……と前置きをしてカルマくんが、話し出す。

 

「茅野ちゃんが言ってるのを聞いたんだけど……バチバチしたものに助けられたって。それってさ、もしかして……」

 

「……多分、カルマくんが考えてるとおりだと思う。私がE組行きを言われた時に、先生(あの人)に捨てられた時に使ったのと同じ、《魔眼》……自覚はなかったけど、私にも使えたみたい」

 

「なんでそんなゲームみたいな技を使えるのか、とかは聞いていいの?」

 

「……話してもいいんだけど、長くなっちゃうから……これを言うには、私の故郷で発達してる技術の話からしなくちゃいけなくなるし……」

 

そう、話すこと自体は別にいい……カルマくんなら、突拍子もない私の事情を聞いても受け入れてくれるんじゃないかって思えるし……逆にいたずらの幅が広がるって嬉々として計画に組み込みそうだ。

問題は日本(こっち)にはない技術である導力についてから話さなくてはならないために、どうしても時間がかかってしまうことだ。それに、『私』については話せないから、言葉を選ばなくてはいけないけど……今はうまくまとめる自信がない。だから、今は整理がつくまで答えるわけにはいかなかった。

 

「……いつかは、話してくれるんだよね?」

 

「……うん」

 

「ならいいよ。…………ゲームとかなら技を使うための数値とかあるじゃん?なんか副作用とかあったりするわけ?」

 

「副作用……私、《魔眼》を使えるってこと知らなかったの。だから無理やり力を引き出して使ってるようなもので………うん、まあ……」

 

「…………で?」

 

「………、……………使った後、目の奥が熱くて、痛かったデス…………あぅっ」

 

副作用というか、代償というか……それを言ったら、また怒られる気しかしなくてとても言いづらく、言葉を濁したところ……カルマくんにものすごくいい笑顔を向けられ……答えるまで諦めてくれなさそうだったから、黙っていることは出来なかった。……正直に言ったのに、無言でデコピンをされました……怒られるよりもちょっと心に来たかもしれない。安易に使うの禁止、練習もだからねと言われて……実は折をみて少しずつ使う練習をしようとしていた私は、ビクりと肩を揺らしてしまい、その考えもバレて盛大にため息をつかれた。

 

「はぁ……とりあえず、知りたかったことは聞けたからいいや…………で、アミサちゃんは何を話したかったの?」

 

「……私、は……」

 

最初の話初めに同時に声をかけたとはいえ、私は何かすごく言いたいことがあるってわけでもなかったから……どうしようかと、私が話し始めるのを待っている彼の顔を見ているうちに、ふと、ずっと言いたいと考えていたことを思い出した。

 

「カルマくん、少し頭下げて……?」

 

「……?いいけど……、っ!?」

 

「やっぱり、少し腫れてる……」

 

煮オレを机の上に置いて、カルマくんを手招く。座っていてもカルマくんの頭は高い位置にあって、少しこちらに下げてもらい……前からカルマくんの頭を軽く抱き込むようにして後頭部に触れる。祇園の路地裏で拉致される前……カルマくんが高校生に鈍器で殴られた場所だ。だいぶ時間が経ったこともあって腫れは引いてきているみたいだけど、まだ少しだけ熱を持っていて存在を主張しているようだ。

いきなり触ってしまったからか、カルマくんは微動だにしないけど……気にせず腫れたところから手を離し、抱き込んだまま頭を撫でる。

 

「あの時、私が捕まって……そのせい、だよね。いつもだったらあれくらいの気配……カルマくんなら、ものともしないはずだもん。私が飛び出したせいで、勝手に人質になって……また、いらない怪我させちゃった……ごめんなさい」

 

……直接的な原因はやっぱり私だと思う。カエデちゃんと有希子ちゃんも捕まっていてそちらにも意識を取られながら、近い方を先に助けようとした結果なんだろうから。迷惑をかけ続けて、危険を呼び込むようなことにもなってしまって……もうそろそろ、呆れられて見捨てられるんじゃないかって思えて。でも、せめて謝りたいと思っていたのに助けてもらってすぐは、頭の中がグチャグチャになっていたし、……帰りは気づいたら眠ってしまったしで、謝る機会がなくなってしまっていたのだ。

カルマくんが固まっていた少しの間撫で続けていたのだけど、目が合ったかと思えば彼はハッとしたように目を見開き、顔を赤くして視線がウロウロと揺れているように見えた。

 

「……アミサちゃん、一度離して」

 

「!……うん」

 

「…はぁ……無意識にこれやってるんだからタチ悪いよね……」

 

言われた通りに解放すると、カルマくんは煮オレを持っていない方の手で、頭をガシガシとかきながら私から離れていった。机の上に缶を置いて、大きくため息をつくのを見て……これは呆れられたかな、って覚悟を決めて下を向いた、ら。

 

「いっ……!」

 

「どうせ、自分だけのせいだって思ってたんでしょ。……アレは、人数差とか非戦闘員ばっかなのを考えずに油断してた俺のせいなんだから、アミサちゃんが気にすることはないの。……だから、俺の方こそごめん……腹、痛むんでしょ?」

 

向き直ったカルマくんに再びデコピンをされた。同じところを2度もデコピンされたせいか、地味に痛むおでこを両手で押さえて見上げれば、優しくこっちを見る顔があって……本当に、なんでこんな私を見捨てないでくれるのか、不思議でしかない。

 

「俺もアミサちゃんに怪我をさせるきっかけになってる……だから、おあいこってことで。それに、どっちかと言えば俺は謝るよりも他の言葉の方が欲しいな〜?」

 

「……あ、ぅ…………助けに来てくれて、ありがと、です……すごく怖かったけど、来てくれるって、信じてた」

 

「……ん、よし」

 

詰まりながらもお礼の言葉をいうと、先程とは逆転してカルマくんが私の頭を撫でてくれた。

あの時、誰かに助けを求めたくても言葉に出来なくて……でも頭の中では助けを求めるなら、この人しかいないって思ってた。そうしたら、本当に来てくれて……それに、何も考えられなくなってた私を連れ戻してくれた。あたたかくて何だかドキドキするような気持ちのまま、撫で続けるカルマくんの手に軽く触れる。

 

「……やっぱり、カルマくんの手はいつもあったかい。あったかくて、安心する、私の(しるべ)……」

 

「……アミサちゃ、……ん……?」

 

「?どうか、したの……、……あ。」

 

私はこの手に助けられてきた。我を忘れて堕ちるところを引き戻してくれた。パニックになっていた所を落ち着かせてくれた。それ以外でも普段から私を導いてくれる……その感謝が伝えたくて自然と浮かんできた言葉と笑顔を向けた。

それに対してカルマくんが何か言いかけ……たと思ったら、私の背中側を見て無言になった。気になってそちらを見てみれば……

 

「……あー、もー、じれったい…!」

「真尾の行動怖ぇ……あれ、いろんな意味で暴力だよな」

「アミサちゃん、ほんとに幸せそうですね……」

「でも、自分が何やらかしてるのかは分かってないよね、多分」

「ちょっと、殺せんせー重いって」

「いいじゃないですか、ヌルフフフフフ……」

「ねえ、バレるって、もう少し静かに…!」

 

 

「もうバレてるんだけど。何やってんのお前等……消されたいの?」

 

 

「「「げ。」」」

 

いつの間にやら廊下であった先程までの騒ぎは収まり、中心にいたメンバーが廊下の影からこちらを覗き見ていたらしい。いつからいたんだろ…、全然気にしてなかったから気付かなかった。

ゆら、と静かに立ち上がったカルマくんは、これまたいたずらを仕掛ける時のような笑顔を浮かべると……いつの間にか覗いていた彼らの近くでナイフを弄んでいた。殺せんせーはまたいつの間にか逃げ出していて、姿がない……他のみんなは特に男子がカルマくんをなだめようと色々声をかけている。カルマくんのとりあえずの標的は殺せんせーだったみたいで、今は壁を背にしてみんなとおしゃべりしているみたいだ。

 

「本ト、いつからいたわけ……」

 

「真尾がお前の心配して後頭部触ってたあたりだな」

 

「よりにもよって、そこからかよ……!」

 

「カルマ君、顔真っ赤だったもんね……アミサちゃんの突拍子もない行動には慣れてたつもりだったけど、本当に斜め上を行くよ……」

 

「渚君まで……はぁ……」

 

あんまり声は聞こえてこないけど、カルマくんが頭を抱えているのは見える。そこでふと気づく。私は育ってきた環境の影響で、気配には敏感な方だと思う。害を与えそうな気配は意識していなくても察知しやすい……でも、彼らがいることに気がつけなかった。私はいつの間にか、意識して警戒しなくてもいい相手、と思っているのかな。

まだハッキリしないから、なんとも言えないけど。とりあえず、私の方にも向かってきている何人かの女子たちとお話することに集中しようと思う。

 

 

 




「カルマと話してどうよ?」
「んー……やっぱり、優しいし……受け入れてくれるし……あったかいなぁって再確認した、かな」
「あー……あっちは変わった気がするけどこっちはダメだ」


「あとは寝オチるまで、布団でだべろー。どうせ女しかいないんだから、男の話で。E組以外でも可」
「なんでもいいけど、誰かいい話ない〜?」
「……あ、私、すごいってみんなが言う男の人なら知ってるよ?」
「どんなの?」
「なんかね、すごく優しくてみんなのことを考えてて頭もいい完璧なリーダーなんだけど……友だちの仲間がつけたあだ名は、『弟系草食男子を装った喰いまくりのリア充野郎』って人」
「どんだけ属性持ってるんだその人」
「なにそれ、詳しく」
「んー、詳しく……あ、友だちに聞いたんだけどね?敵に従わざるを得なかった元仲間なお姉さんに対して一騎打ちを仕掛けて、『この勝負、俺が勝ったら君は俺がもらう』って言ったんだって。ちなみに本人的には仲間にって意味だったんだけど、周りにはそう聞こえなかったって教えてもらったの」
「「「うわぁ……」」」
「……やっぱり、すごい発言なの…?」
「むしろ気づいてないアンタがスゴい」
「そんな人が近くにいたなら、そりゃあこんな動じない性格にもなるわ……」
「ていうか、すごいってそういう意味のなんだね……」


++++++++++++++++++++


これで、修学旅行編はおしまいとなります。
長くなりましたが、如何だったでしょうか?
カルマの自覚はここでさせたくて、今まで色々頑張ってきました。今後どうなるかは謎……殺せんせーはホクホクしていることでしょう。
あ、オリ主は、まだ無理です。

最後の話題に出てきた男の人は、言わずもがな弟ブルジョワジーで弟貴族のあの人です。
ちなみに友だちは、特務支援課の中でもほぼ同じ年のあの子です。ネットワークを通じて、毒舌を交えながらめんどくさそうに教えてくれたんだとか。



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