暗殺教室─私の進む道─   作:0波音0

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プロの時間

 

「もう5月かぁ早いね」

 

渚くんが教室の黒板に日付を書いているのを見て、茅野さんが呟く。……そっか、毎日が濃いから忘れてたけど、いつの間にかE組に来てから1ヶ月近くたってたんだ。

月が三日月になって……私とカルマくんの停学が明けてE組に来て……色々仕掛けたけど個人での殺せんせーの暗殺は諦めて……私は優しい世界(居場所)を見つけた。今では、E組の人たちを信用してもいいと思ってる。だって、警戒するのが申し訳ないほどみんな真っ直ぐで、優しい人たちだって知ったから。上辺だけ見て付き合う人じゃないって分かって、おしゃべりしたり、一緒に過ごしたりするのに緊張することが少なくなって来た。

……私は私として受け入れてくれるみんなを、否定するしかないと思ってた世界を、……いつか、信頼出来れば、いいな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あー……今日から来た外国語の臨時講師を紹介する」

 

「イリーナ・イェラビッチと申します!皆さんよろしく!!」

 

朝のホームルームの時に、珍しく殺せんせーだけじゃなくて烏間先生も教室に入ってきた……一人の女の人を伴って。その人は金髪のものすごい美人でグラマラスボディ……ティオさんに言わせればお姉ちゃんに引けを取らない、とらんじすたぐらまー……という奴なのだろう。その人は殺せんせーにベッタリで、何だかハートが飛んでいるようにも見えた。そちらを見て呆れたように…?付き合いきれない、みたいな感じで烏間先生が紹介する。

 

「そいつは若干特殊な体つきだが、気にしないでやってくれ」

 

「ヅラです」

 

「構いません!!」

 

入ってきた時から、殺せんせーに髪の毛が生えてるなー……とは思ってたけど……あれ、カツラだったんだ。それをバラしたってことは、あのイリーナ……先生はカツラを付けた殺せんせーにしかあった事が無かったってことなのかな。

 

「……すっげー美人」

 

「おっぱいやべーな」

 

「……で、なんでベタベタなの?」

 

ほんと、何があったらあんなにベタベタになるんだろ。一目惚れ?……優しくされた、とか、助けられた、とか…かな。

 

「本格的な外国語に触れさせたいとの学校の意向だ。英語の半分は彼女の受け持ちで文句は無いな?」

 

「……仕方ありませんねぇ」

 

そう言いながらも、あまり気にしていないように見える殺せんせー。むしろ、金髪美人のとらんじすたぐらまーに腕へ引っつかれてて、そっちを気にしているように思えた。……いつもなら殺せんせーの気持ちがすぐわかる顔色、まだ変わんないけど……実際どうなんだろ。

 

「なんかすごい先生来たね。しかも殺せんせーにすごく好意あるっぽいし」

 

「……うん。…………でも、これは暗殺のヒントになるかもよ?タコ型生物の殺せんせーが……人間の女の人にベタベタされても戸惑うだけだ」

 

そしてメモを構える渚くん。

 

「いつも独特の顔色を見せる殺せんせーが……戸惑う時はどんな顔か?」

 

みんなが注目する中、殺せんせーは……イリーナ先生の大きな胸を見て顔をピンクに染めてにやけた。

 

「……いや、普通にデレデレじゃねーか」

 

「……何のひねりも無い顔だね」

 

「……うん、人間もありなんだ」

 

「そーいえば、アミサちゃんが見つけたエロ本も人間だったわ……あんま見てなかったから忘れてたけど」

 

エロ本……というものはよく分からないけど、私が見つけたものってことは……あのジェラートと一緒にせんせーに渡した謎の本のこと……なのかな。見つけてすぐにカルマくんにはあんまり見ないようにって言われたし、せんせーは隠した上で教えてくれないし、結局誰からもアレの正体を聞いてないから(唯一岡島くんが教えてくれそうだったけど、聞く前にカルマくんや片岡さん、渚くんや岡野さんに潰されてた)、私は見てないんだよね……

 

「ああ……見れば見るほど素敵ですわぁ……その正露丸みたいなつぶらな瞳……曖昧な関節……、私、とりこになってしまいそう」

 

「いやぁお恥ずかしい」

 

「(騙されないで殺せんせー!!)」

「(そこがツボな女なんていないから!!)」

 

 

新しい先生が来て、また今日も一日が始まる。殺せんせーはデレデレしてるけど……私たちはそこまで鈍くない。この時期にこのクラスにやって来る先生は、けっこうな確率で只者じゃないはずだ。最初からいた(先生)じゃなくて、国家機密の殺せんせーがいると分かっていて、学校が普通に先生として入れるわけがない。ということは、国が雇った何か、だ。

それに、……『私』は彼女と面識がある。向こうはそれを知らないだろうけど、『私』はよく知っているのだ。記憶の中の彼女と、今、前で先生をする彼女……全然違う印象を与えるそれに、静かにすごいなぁ、と考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼休み、殺せんせーと私たちは校庭でサッカーをしていた。正確には、殺せんせーを真ん中にして先生から出されるパスを受けた生徒が、ボールを返すと同時に暗殺を仕掛ける権利を得る、という烏間先生考案の『暗殺サッカー』だ。

 

「ヘイ、パス!!」

「へい暗殺!!」

 

パスを受け取った瞬間に、エアガンで対先生BB弾を放つカルマくん。殺せんせーは直前まで避けずにギリギリに顔だけを動かした。

 

「ヘイ、パス!!」

「へい…暗殺!」

 

二刀流で走り込み、アクロバティックな動きで対先生ナイフを振るう岡野さん。先生は体ごとマッハで避ける。

 

「ヘイ、パス!!」

「へい、……暗、殺!」

 

そして……私はパスをもらうと上空へボールを蹴り上げ、それを受けようと先生が目を上に向け…受けた瞬間、前から一本投げ、後ろへ走り込んでナイフを振り下ろす。……一本避けて余裕の顔だった殺せんせーは二回目のナイフも残像を歪ませて避けた。

 

「殺せんせー!」

 

と、その時イリーナ先生が校舎から出てきて殺せんせーに駆け寄る。当然暗殺サッカーは中断し、殺せんせーはイリーナ先生の相手をすることになった。手持ち無沙汰になった私たちは、二人のやりとりを見守る。

 

「烏間先生から聞きましたわ。すっごく足がお速いんですって?」

 

「いやぁそれほどでもないですねぇ」

 

「お願いがあるの。一度本場のベトナムコーヒーを飲んでみたくて……私が英語を教えてる間に買って来て下さらない?」

 

「お安いご用ですベトナムに良い店を知ってますか……らっ!!」

 

すごい風を巻き起こしながら一瞬で上空へ飛び上がったかと思うと、どこかへ向けて飛び去って行った殺せんせー……言葉通りなら、ベトナムへ向かったんだと思う。今は昼休みだけどもうすぐ五時間目が始まる時間、次はイリーナ先生が受け持つ英語ってことで確かに殺せんせーの出番はないけど……自由だなぁ……

 

「で、えーと……イリーナ……先生?授業始まるし教室戻ります?」

 

「授業?……ああ、各自適当に自習でもしてなさい」

 

さっきまでの殺せんせーに対する態度を一変させて、冷たい目でこっちを見るイリーナ先生。おもむろにタバコへ火をつけると、煙を吐き出してやる気がなさそうに話し出した。

 

「それとファーストネームで気安く呼ぶのやめてくれる?あのタコの前以外では先生を演じるつもりも無いし『イェラビッチお姉様』と呼びなさい」

 

「……………………………………」

 

いきなりの高飛車な言い様……クラスのみんなが何も言えなくなった時、口火を切ったのは、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、どーすんの?ビッチねえさん」

 

「略すな!!」

 

やっぱりカルマくんでした。

と、ここで一つ疑問が……[bitch]は《やらしい女、雌犬》って意味があったはず。……確かイリーナ先生は東欧のスラブ出身だったはずだ…なら、苗字のアレの意味は、スラヴ系の人名に含まれる《~の子》を意味する[Vic]ではないのだろうか?

 

「カルマくん、『イェラビッチ』の省略は『ビッチ』なの?『ヴィチュ』じゃなくて?」

 

「ん?…………ふふ、そーそー。だからアミサちゃんもそう呼んであげなよ」

 

「うん、分かった……ビッチお姉様、だね!」

 

「あんたらねぇ!!!」

 

「……あれ、ウソだよな。めっちゃいい笑顔だし」

 

「カルマの奴、さらっと嘘を教えたぞ…」

 

「そしてそれを全く疑わない真尾さん…」

 

私の知識より、カルマくんのいうことの方があってることが多いもん……私より頭いいんだし。まぁイタズラとか、からかいたくて言った可能性もあるけど、それはそれ、これはこれだ。ちなみにお姉様をつけたのは、本人がそう呼んで欲しいと言ったから。これくらいは希望にそわなくちゃ。

 

「と、それより……あんた殺し屋なんでしょ?クラス総がかりで殺せないモンスター……ビッチねえさん1人で殺れんの?」

 

「……ガキが。大人にはね大人の殺り方があるのよ。……潮田渚ってあんたよね?」

 

「……?」

 

イリーナ先生……基、ビッチお姉様が不思議そうに見ている渚くんに近づくと、おもむろに渚くんの両頬を両手ではさんで……

 

「なぁっ……!!?」

 

「おぉ〜……」

 

────キス、した。

 

─10HIT

──20HIT

───30HIT

 

唇を離した時には、渚くんはぐったりしてた。…………え、キスって、攻撃に使えるものだったっけ……?茅野さんは真っ赤になって驚いてるし、カルマくんはなんか興味深そうな笑顔だし、他の人は驚いて言葉も出ない様子だし……この場は一瞬でカオスになった。

 

「……後で教員室にいらっしゃい。あんたが調べた奴の情報聞いてみたいわ。ま……強制的に話させる方法なんていくらでもあるけどね。

……その他も!!有力な情報持ってる子は話しに来なさい!良い事してあげるわよ?女子にはオトコだって貸してあげるし。技術も人脈も全て有るのがプロの仕事よ。ガキは外野でおとなしく拝んでなさい」

 

旧校舎へ来る道を登ってきた三人の男たち……彼らを後ろに従えて、ビッチお姉様は言いたいことを言い切ると小銃を取り出して、……まだ誘惑する雰囲気を出していたのを一変、殺気を見せた。

 

「あと、少しでも私の暗殺の邪魔をしたら……殺すわよ」

 

そして踵を返すと男たちと一緒に殺せんせーの暗殺計画を立て始めた。

それを見ている私たちは思う。

渚くんが気絶するほど上手いキス……

従えてきた強そうな男達……

「殺す」という言葉の重み……

ビッチお姉様が本物の殺し屋なのだと実感した時だった。

……でも同時に、クラスの大半が感じたんだろうな。この先生は……嫌いだ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

渚side

 

英語の時間。教室へ戻ってきてもビッチ先生は、『自習』とデカデカと黒板に書いたあと、教卓のところに座ってiPadを延々と触っているだけで授業をしようとしない。みんな、新しい先生だし……殺し屋だしで、なかなか取っ付きにくくて黙っているけど、僕たちのことを全く考えないそれに、不満ばかり溜まっているのが事実だ。

ふと、こっちを見てくる視線に気づいて寒気がした。……思い出すのは殺せんせーの弱点とかをビッチ先生に話した時のこと。

 

〝今までに二人が協力して、それぞれ一本と三本なら触手を破壊できた人はいるけど……その程度じゃ殺せんせーは余裕でした。多分……全ての触手を同時に壊す位じゃないと、とどめを刺す前に逃げられます〟

 

教員室で僕を壁ドン……の格好で壁際に追い込みながら、タバコを吸うビッチ先生。一応メモをとって、しっかり情報を持っているのは僕で間違いないから協力するけど……

 

〝あと……闇討ちするなら、タバコ、やめた方がいいよ。殺せんせー鼻無いのに、鼻良いから〟

 

あの時は杉野とタケノコのサトを食べてたんだよね……匂いで寄ってきた先生も先生だけど、タケノコとキノコの差を見分けた嗅覚もすごかったのを覚えてる。

はぁ……あんなに嬉しくない壁ドンははじめてだった……いや、したことも無いし今後されたいとも思わないけど。

そんなことを考えてれば、みんながしびれを切らし始めた。

 

「なー、ビッチねえさん授業してくれよー」

 

「そーだよ、ビッチねえさん」

 

「一応ここじゃ先生なんだろ、ビッチねえさん」

 

ビッチビッチと呼ぶたびに、言葉の槍がビッチ先生に突き刺さっているかのようだ。……あ、沈んだ。

 

「あー!!ビッチビッチうるさいわね!!まず正確な発音が違う!!あんたら日本人はBとVの区別もつかないのね!!ちゃんとした区別をつけて言えてたのは、最初のチビちゃんだけなわけ?!……正しいVの発音を教えたげるわ、まず歯で下唇を軽く噛む!!ほら!!」

 

みんな、指示に従って下唇を噛む……やっとちゃんとした授業が始まったんだと思って。

…………でも。

 

「……そう。そのまま1時間過ごしていれば静かでいいわ」

 

「「「(……なんだこの授業!?)」」」

 

唇を噛みながら、でも先生だから何も言えなくて……みんな、悶々としたまま一時間を過ごすしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────パァンッ

 

五時間目の体育の時間。

今日は射撃練習……烏間先生監督の元、動かない的に向けて順番に撃っていく。私はそこまで射撃は得意じゃない……反動があるとどうしても銃がぶれてしまい、狙いが合わせられないのだ。投げナイフなら得意なのだけど……基本は近距離型だと思ってる。

順番を待っていると、倉庫を見上げた三村くんがなにかに気づいたようで、私たちに声をかける。

 

「……おいおいマジか……二人で倉庫にしけこんでくぜ」

 

「……なーんかガッカリだな。殺せんせー、あんな見え見えの女に引っかかって」

 

「……烏間先生、私達……あの女の事好きになれません」

 

「……すまない。プロの彼女に一任しろとの国の指示でな。……だが、わずか1日で全ての準備を整える手際……殺し屋として一流なのは確かだろう」

 

そんな会話をしていると、突然殺せんせーとビッチお姉様が入っていった倉庫の方から凄まじい銃声が響き始めた。みんな、慌てて倉庫の方に注目する……もう射撃練習どころじゃないし授業も終わりに近かったから、烏間先生も何も言わない。

 

「な、…なに!?」

 

「これって銃声……?」

 

「…………でも、このにおいって……」

 

「真尾さん?」

 

「……火薬の匂いがする。殺せんせーって、実弾、効くの?」

 

私たちに支給されている武器の一つである、エアガンと対先生BB弾。中学生が実弾を扱う本物の暗殺者になってしまうのを防ぐ措置……と言われればそれまでだが、ナイフと合わせて殺せんせーに効果的なことは、実際に使った私はよく分かってる。火薬の匂いがする時点で、ビッチお姉様が使ったのは十中八九実弾だろう……効いて、いるのだろうか?

 

「いやあぁぁぁあぁ!!」

 

────ヌルヌルヌルヌル

 

「!!」

 

「な、何!?銃声の次は鋭い悲鳴とヌルヌル音が!!」

 

────ヌルヌルヌルヌルヌルヌル……

 

「いやああぁぁぁ……いや……ぁ……」

 

「めっちゃ執拗にヌルヌルされてるぞ!!」

 

「行ってみようぜ!!」

 

銃声のあとでビッチお姉様の悲鳴が上がった、それは暗殺に失敗した事実を表す……ヌルヌル音の説明はつかないけれど。気になった私たちは、倉庫の入口へと走り込んだ。と、ちょうどその時、倉庫の扉を開いて出てきた大きな人影が……

 

「!殺せんせー!!」

 

「おっぱいは?!」

 

「いやぁ……もう少し楽しみたかったですが……皆さんとの授業の方が楽しみですから」

 

「な、中で何があったんですか……」

 

最初はピンク色のデレデレした顔で倉庫から出てきた殺せんせーだったけど、私たちと話すうちにいつもの黄色い顔色に戻っていた。……普通の顔に戻ったってことは、私たちの先生に戻ったということ……私は少しだけ安心したと同時に、失敗したビッチお姉様が気にかかった。

そこで、ゆっくりと……そしてフラフラとしながらビッチお姉様が倉庫から出てくる。その姿は見たこともないような体操服(ハチマキ付き)を着せられていた。

 

「あぁ!?ビッチねえさんが、健康的でレトロな服にされている!!」

 

「まさか……わずか1分であんな事されるなんて……肩と腰のこりをほぐされて、オイルと小顔とリンパのマッサージされて……早着替えさせられて……その上まさか……触手とヌルヌルであんな事を……」

 

「……殺せんせー何したの?」

 

「さぁねぇ……大人には大人の手入れがありますから」

 

「悪い大人の顔だ!!」

 

「おとなのていれ……?」

 

「気にしなくていいよ、多分」

 

「さ、教室に戻りますよ」

 

「「「はーい」」」

 

 

殺せんせーについて教室へ戻った私たちは、ビッチお姉様の言葉を聞いていなかった。……ある意味、この仕打ちをされてはプロの殺し屋として当たり前の反応ではあったのだけど。

 

 

「許せない……こんな無様な失敗、はじめてだわ……。この屈辱は、プロとして絶対に返す!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────タン、タン、タン、タン

 

相変わらず自習と書きなぐられた黒板と静かな教室に、ビッチお姉様がタブレットを苛立たしげに叩く音だけが響く。

 

「必死だね、ビッチねえさん。あんな事されちゃぁ、プライドズタズタだろうね」

 

「……だからって、タブレットに当たるのはかわいそうだと思うの」

 

「……なんか違うと思うよ、それ」

 

私とカルマくんが話しているとこちらをビッチお姉様がキッと睨みつけてきた。私たちに意識が向いたことを確認した磯貝くんが、その機会を逃すまいとすぐさま声をかける。

 

「先生」

 

「……何よ」

 

「授業してくれないから殺せんせーと交代してくれませんか?一応俺等今年受験なんでて……」

 

「はん!あの凶悪生物に教わりたいの?地球の危機と受験を比べられるなんて……ガキは平和でいいわね~。それに聞けばあんた達E組って……この学校の落ちこぼれだそうじゃない。勉強なんて今さらしても意味無いでしょ」

 

E組のみんながそれに反応する。……確かに、私たちのクラスは本校舎に比べてしまえば落ちこぼれだ……それでも進みたい道があるから、頑張ってる。それを勝手に国が雇って、勝手に教師という立場に入ったくせに、勝手に役目(先生)を放棄する人に、否定される……不満に思っても仕方が無いと思う。

 

「そうだ!!じゃあこうしましょ。私が暗殺に成功したらひとり五百万円分けてあげる!!あんたたちがこれから一生目にする事ない大金よ!!無駄な勉強するよりずっと有益でしょだから黙って私に従い……」

 

言葉を遮るように、消しゴムが投げつけられた。驚いたビッチお姉様がこちらを見る頃には……E組の怒りは、我慢の限界を超えていた。

 

「……出てけよ」

 

「出てけくそビッチ!!」

 

「殺せんせーと代わってよ!!」

 

「なっ……なによあんた達その態度っ!殺すわよ!?」

 

「上等だよ殺ってみろコラァ!!」

 

「そーだそーだ!!巨乳なんていらない!!」

 

「そこ!?」

 

一部、よく分からない主張はあったけど、全員の意見は一致していた。すなわち……このままならこの人を、私たちの先生としては認めない、ということ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気分転換に暗殺バトミントンを行い、少しスッキリしたE組のみんなは、次の授業の準備をすることなくそれぞれが好きな場所で好きなようにくつろいでいた。

……その時、ヒールの音が響く……この校舎でヒールを履く人物なんて、一人しかいない。

ガラリとドアを開けたビッチお姉様が、私たちを見ることなく黒板に英文を連ねる。

 

「You are incredible in bed, repeat!……ホラ!!」

 

「ユ、ユーアー、インクレディブル、インベッド」

 

綺麗な英語発音を聞いて、でもいきなりの事にポカンとしながら席につき始める、私たち。今度は日本語で繰り返しを催促されて今度は渋々繰り返すと、ビッチお姉様は淡々と説明を始めた。

 

「アメリカでとあるVIPを暗殺したとき、まずそいつのボディーガードに色仕掛けで接近したわ。その時彼が私に言った言葉よ。意味は……『ベッドでの君はスゴイよ……』」

 

「(中学生になんて英文読ませるんだよ!?)」

 

「………?」

 

周りで顔を赤くしたり、赤くしながらも青くなってる人がいるけどどうしたんだろ……ベッドですごい、ってことは寝相でも悪いのかな……じゃあこの英文を言った相手は失礼なことを言ったってこと?よく分からないまま、ビッチお姉様の説明は続く。

 

「外国語を短い時間で習得するには、その国の恋人を作るのが手っ取り早いとよく言われるわ。相手の気持ちをよく知りたいから、必死で言葉を理解しようとするのよね。私は仕事上必要な時……その方法で新たな言語を身につけてきた。だから私の授業では……外人の口説き方を教えてあげる。プロの暗殺者直伝の仲良くなる会話のコツ……身につければ実際に外人と会った時に必ず役立つわ」

 

「外人と……」

 

「受験に必要な勉強なんて……あのタコに教わりなさい。私が教えられるのはあくまで実践的な会話術だけ。もし……それでもあんた達が私を先生と思えなかったら……その時は暗殺を諦めて出ていくわ。……そ、それなら文句無いでしょ?

……あと……悪かったわよ、いろいろ

 

「「「……………………、あはははははっ!!」」」

 

いきなりの態度の変化、私たちは耐えきれずに笑い出す。あんなに殺すとか言っていたのに、この短い休み時間のあいだにビッチお姉様に何があったのだろう?

 

「何ビクビクしてんのさ。さっきまで殺すとか言ってたくせに」

 

「んなっ!?」

 

「なんか普通に先生になっちゃったな」

 

「もうビッチねえさんなんて呼べないね」

 

「……!!あんた達……わかってくれたのね」

 

認められたことを嬉しそうに、少し涙ぐみながら私たちの言葉を聞く先生。……でも、そこで終わらせないのがE組だ。

 

「考えてみりゃ先生に向かって失礼な呼び方だったよね。」

 

「うん、呼び方変えないとね」

 

「じゃ、ビッチ先生で」

 

「えっ………、と。ねぇキミ達、せっかくだからビッチから離れてみない?ホラ気安くファーストネームで呼んでくれて構わないのよ」

 

「でもなぁ……もうすっかりビッチで固定されちゃったし」

 

「うん、イリーナ先生よりビッチ先生の方がしっくりくるよ」

 

「そんなわけでよろしくビッチ先生!!」

 

「授業始めようぜビッチ先生!!」

 

「キーッ!!やっぱりキライよあんた達!!」

 

……と、結局こうなるわけだ。

それでも、E組に受け入れられた先生は前よりも生き生きとしてると思う。このまま、頑張ってくれたらいいな。笑い声の溢れる教室に、私はそんなことを考えていた。……さて、私はなんて、彼女のことを呼ぼうかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

E組にイリーナ先生が初めてやって来てから一週間ほど過ぎたある日のこと。

 

「あの、イリーナ先生……これ」

 

「あ、あんたはイリーナって呼んでくれるのね……!?…って、なによそれ……手紙?」

 

「えっと、…なんか、黒い格好の人から、イリーナ先生にって、…さっきの、お昼休みに。……〝月の欠片が会いに来た〟って言えば、イリーナなら分かるって…言ってた」

 

「!……そう、わかったわ。……にしても、あんたよく受け取れたわね……怖がりなのに」

 

「……なんででしょう…?不思議と、怖くなかった、です」

 

「なんだよ、ビッチ先生、ラブレターか何かか!?」

 

「……そんなものよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?」

 

「どうかしたの?カルマくん」

 

「俺、アミサちゃんと昼休みずっと一緒にいたのに……。あんな手紙、いつもらったんだろ?」

 

 

 




──真っ暗な夜。
唯一の光源は、月と星の光のみ。
そんな中で、一人……夜のE組校舎の校庭に、現れた女性がいた。

「手紙では、ここが指定されていたけど……」

「……イリーナか?」

そこに、新たな人物の声が響く。
音も無く現れたのは……黒衣に身を包み、顔を仮面で隠した人物。見た目も、声も、体の特徴も見えず……性別を判断することは出来ない。いきなりの事に女性は飛び退き、その人物を確認すると安堵するように体の力を抜く。

「…!相変わらず、闇夜に紛れすぎよ……ひさしぶりね。いきなり呼び出されて驚いたわ」

「ふふ、それが私の生きる場所だからな。……ここにいる、と噂を聞いてな……顔見知りとして、会っておこうと思っただけだ」

「……そう。……それにしても……日本にいたのね。ここでは早々仕事もないでしょう?」

「そうだな……だが、お前も面白いことに首を突っ込んでいるようだが?」

「……今の私じゃ不可能だわ……痛感した。今は依頼達成の機会を見るつもり。……あなたも参加するの?」

「危険な時に介入はするつもりはあるが、それ以外で手を出す気は無い。契約がある訳でも無いからな……この件では自由に動かせてもらう」

「……じゃあ、協力は?少しでもガキどもの能力はあげておきたいところだし」

「…………………………、気が向けば…な。
私もそれなりに忙しい。……例えば、超生物を昼夜問わず狙う輩の相手とか」

「……!他の殺し屋による、学校での襲撃がないのは…」

「ご想像にお任せする。
──では、私はこのあたりで失礼しよう。あぁ、いつも出られるとは限らないが、何かあればそれに連絡しろ……顔見知りの縁だ、協力できることはする」

そうして、黒衣の人物はまた、音も無く闇夜へ溶けて行った。
校庭に、一人の女性を残したまま。





「ちょ、……もう。いきなり来て、いきなり帰るのもいつも通りね……、
…でも、会えてよかったわ、
──────銀」


++++++++++++++++++++


長かったですが、ちょうどいい切り場所もなかったので……胸の時間、大人の時間、プロの時間、をひとまとめにしました。
初のイリーナ先生の登場回、いかがでしたか?

最後の銀(イン)は、この物語の中で結構……いや、かなり重要なポジションとなります。ネタバレになるので詳細は明かせませんが……この小説の元ネタをよく知る方たちなら、何を言いたいかわかったかと。
よく知らない方は、検索or今後少しずつ情報を小出しにしていきますので、楽しみにしていてください。

それでは、また、次のお話で。


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