「おーい進藤!期末の順位表見たか?」
「おう!俺、ギリッギリ50位で入ってたぜ……」
「見た見た。今回のテスト鬼畜すぎだって……よくそれで50位とか取れたよな、お前」
「負けたくない理由があったからな。……ま、どんな方法使ったかは知らんが、結局抜かれちまったけどさ」
「ふーん……」
「そんなことより、今回の上位争いはまさかの結果だよなぁ……」
「まさに番狂わせ!面白いことになった!」
「まさか浅野含めA組がなぁ……」
「てかさ、お前ら気付いたか?」
「ああ、アレだろ?」
「やっぱり気になるよな。うちの成績発表ってクラスは公開されないから……でも、さすがに大体のやつの名前は知ってるつもりだったんだけど……」
「「「あれ、誰だ……?」」」
◆
「……さて皆さん、集大成の答案を返却します。君達の二本目の刃は……
こんなにやった事がないってくらい、みんながみんな机にかじりついて真剣に勉強し、得意な教科を教えあい、E組のみんなで挑んだ2学期期末テストがついに終わった。挑むまでは長く感じたのに、終わってみたらあっという間……早くも3日が過ぎて教壇に立つ殺せんせーの
E組の教室中が静かに殺せんせーを見つめている。暗殺力、なんていうこの教室で学んだ見えない刃は、他人に……ましてや一般人には上手く伝わらないけど、学力だったらどんな人にでもハッキリとした、学生として1番わかりやすい力の指標。それがはっきりと示されるわけだから、成績開示を今か今かと待つそれだけの時間は、心臓がバクバクする音まで周りに聞こえちゃうんじゃないかってくらい張り詰めた空気が教室の中を流れていた。……だというのに、そんな私たちの緊張をよそに殺せんせーはヌルヌル笑っていて通常運転だ。
─ヒュヒュッ、ピピピッ
「「「!!」」」
「細かい点数を四の五の言うのはよしましょう。今回の焦点は……総合順位で全員トップ50を取れたかどうか!本校舎でも今ごろは……総合順位が張り出されているころでしょうし、このE組でも、順位を先に発表してしまいます!」
1学期の期末テストのように、1教科ずつ点数や順位を発表することなく……殺せんせーは固唾を飲んで結果を待っている私たちに、マッハで答案を返却した。私を含め、みんなが1つ1つのテスト結果を確認する間もなく、殺せんせーは黒板に期末テストのトップ50までの大きな順位表を貼り出している。ホントなら、自分のテストを確認してから順位表を見た方がいいのかもしれない……でも、それよりも。
「……アミーシャ、答案見た?」
「……ううん、まだ。……何となく、
「……俺も、楽しみは取っとくべきかなーって」
殺せんせーから返却されたけど、点数とか、マルの数とか、そういうのが目に入る前に私はテスト用紙を机に伏せた……のと、ほぼ同時に隣からも紙を置く音が聞こえた。思わず反応してそちらを向いてみると、勉強に関してではいつになく真剣な表情をしたカルマが私の手元を見ていて……立ち上がると順位表が見える位置まで私の手を引いていく。多分、カルマが気にしてるのはテストの点数じゃない……今回のテストでカルマが、私が、そして浅野くんが学年のどの位置にいるか、だ。そしてそれは、個人的にA組への転級を賭けられている私だって同じこと……殺せんせーが言った通り、点数じゃなくて順位が重要なんだ。ガタリ、ガタリとE組全員がテストを片手に、順位表を見ようと席から立ち上がって黒板へと近寄っていく。
今回のテストは凄まじい難易度だったおかげで、確実に平均点ラインが低いはず。そして、満点を出してる人もそんなにたくさん居ないだろう……つまり、それぞれの教科の得意不得意が明確に表れ、順位も白黒ハッキリつく上に1点を争う結果になってると予想できる。今更ながらに緊張で手が震えてきて、繋いだままだったカルマの手を思わず強く握りしめて……そっと握り返されたことで、不思議と肩の力が抜けていった、気がした。顔を上げ、順位表から自分の名前を50位から順番に探す。いくつもの見知らぬ他クラスの名前、見知ったE組生の名前を通り過ぎていって……そして。
1 | 赤羽 業 500 |
1 | Amixia Mao 500 |
3 | 浅野学秀 497 |
4 | ・・・・ ・・・ |
「…………!」
「……あ……!」
カルマと私(・)の名前が並んでいるのを見つけた。しかも2人して500点満点、浅野くんより上の順位……私の、私たちの勝ちだ。
「カル……!」
「「「やったぁ!!全員50位以内、ついに達成!!」」」
「みゃっ!?」
「(かるみゃ……)っと……コイツら寺坂の順位で目標達成確信したな、これ」
ほっとしたような、それでいてなんとも言い表せない不思議な気分が湧き上がってきて、勢いよく隣の彼へと顔を向けた……直後、教室中に湧き上がった歓声。勢いそのままに、私はカルマに飛びついてE組の勢いから隠れるように背中へと張り付いた。後ろ手に軽く体を叩くようにあやされるけど、……恥ずかしさで出て行けない……そうだった、私個人の賭けで頭いっぱいだったけど、E組としても浅野くんから依頼されてたんだった。
「ヌルフフフフ……お熱いですねぇ。さてどうですか、お2人とも?高レベルの戦場で狙って1位を取った気分は?」
「……んー、別にって感じ」
「う、えと……安心した、かな」
「そうですかそうですか。完璧を誇った浅野君との勝敗は……数学の最終問題で分かれたそうです」
「ああ、……あれね。なんかよくわかんないけど……皆と1年過ごしてなきゃ解けなかった気がする。……そんな問題だったよ」
「…………ぇ……」
「どーかした?」
「う、ううん、なんでもない」
口ではあんまり興味無さそうに話してるカルマだけど、ホッとしたように1つ息を吐いてる……少しだけ照れたように頬を染めてるところを見ると、緊張はしてたんだろうね。沸き立つE組のみんなを見渡しながら静かに話す彼を見て、近くにいた渚くんやカエデちゃんが笑っている。……それにしても、『みんなと過したから解けた』って、どういうことなんだろう?口振りからしてあの大量の計算式をこなしたとは思えないし、私と同じように、原子の集合体の中にはまた原子が存在するってことに気づいたとか……?でも、それにE組のみんなとすごした1年に何のかかわりがあるのかな、……私はそういうの分からないけど。少し疑問に思いながらも、私は楽しそうに笑い合うクラスメイトたちを見て、そっと息をついた。
++++++++++++++++
その後、皆が自分たちのテスト結果と順位表を見ながらの反省会……もとい大騒ぎはしばらく収まることがなかった。
44 | 木村正義 321 |
45 | 内田皇輔 320 |
45 | 菅谷創介 320 |
47 | 寺坂竜馬 317 |
48 | 森川美化 308 |
「ひぇ、A組の奴と同率45位……」
「俺と菅谷で1点差かよ!?あっぶねぇ〜」
「マジで1点を争う勝負だったんだな……俺、よく取れたわこんな点数」
41 | 岡野ひなた 324 |
42 | 御山田一成 323 |
42 | 前原陽斗 323 |
「「…………」」
「やった、前原に勝った!」
「ウソだろ、サルに負けた……!」
「だ・れ・が……サルですってぇッ!?」
「イッテェ!?そーゆーすぐに手が出るところだよ!」
「誰が出させてんのよ!」
「俺だけど!たかが1点じゃねーか!」
「たかが1点でも勝ちは勝ちよ!」
「お前らこんな時まで喧嘩すんのやめろ!」
「イテテ……まーしかし、ここまで長かったわー……」
「はぁはぁ……本当に私達、A組に勝てたんだね」
37 | 岡本暁星 335 |
38 | 杉野友人 333 |
39 | 倉橋陽菜乃 331 |
40 | 吉田大成 327 |
「吉田君、頑張ったじゃない!」
「あ、ああ!原もありがとな、帰ってからも差し入れとか助かったわ」
「寺やんも〜!頑張ったよね、えーいっ」
「ふ、ふん!」
「うおお……初めて進藤抜いた……!」
「よかったね、杉野!」
「ああ!……んあ、進藤からメール?……マジか、言われてみれば……」
「?」
31 | 自 律 342 |
31 | 玉虫慶真 342 |
33 | 矢田桃花 340 |
34 | 堀部糸成 339 |
35 | 山鹿皐月 337 |
「どーよ、イトナ?」
「……俺には、今までのテストっていう比較対象がない。だが、初めて見る点数だ、とは思う」
「いいんだよ、それで。暗殺の次に達成したい悲願だったしね」
「……矢田、泣いてるのか?」
「!う、嬉し泣きだから!気にしないで!」
「?……そうか」
『これは……お父上へ直ぐに報告しなくては!』
「うん、偽律さんも喜ぶよ!」
21 | 奥田愛美 377 |
22 | 岡島大河 365 |
23 | 矢野貴章 363 |
24 | 長沢寿理亜 360 |
25 | 茅野カエデ 356 |
26 | 水野武丸 355 |
27 | 村松拓哉 350 |
「ふぃ〜……これもヌルヌル講習早めに受けてた成果か?」
「村松……」
「1人で抜けがけかよ……」
「お前らだって、俺が誘った時にやればよかったじゃねーか!」
「か、カエデちゃんっ!」
「やったね、奥田さん!……私も、やれるんだっ……」
「?……カエデちゃん……?」
「ん?なーに、奥田さん」
「い、いえっ!……カエデちゃんが別人に見えた、なんて……そんなの失礼ですよね……」
15 | 潮田 渚 402 |
16 | 瀬尾智也 401 |
17 | 三村航輝 392 |
18 | 不破優月 389 |
19 | 狭間綺羅々 381 |
「あわわ……瀬尾君抜いちゃった」
「なーぎさ!どう?」
「わ、茅野!……えっと、50位以内どころか20位以内とか……うん、これで母さんにいい報告ができるよ」
「よかったね!」
「……ふふ、なんとかなるもんね」
「狭間、お前なんか変わったな」
「……何がよ」
「……いや、変わんねーわ」
「みんな、志望校に行けるんじゃ……?!」
「女の子にもモテモテだぜ!」
「やるな、俺達!いぇーいモテモテー!!」
「フッ、最終回っぽいよね」
「ちょっと、終わっちゃダメよ!」
10 | 千葉龍之介 429 |
11 | 原寿美鈴 426 |
12 | 小山夏彦 421 |
13 | 荒木鉄平 418 |
14 | 速水凛香 410 |
「どう?」
「これなら、第一志望何とかなりそうだ」
「建築の勉強、したいんだっけ」
「ああ。だから理系に強い高校に進みたいんだ」
「ふーん……」
4 | 中村莉桜 461 |
5 | 磯貝悠馬 457 |
6 | 竹林考太郎 447 |
7 | 片岡メグ 443 |
8 | 神崎有希子 437 |
9 | 榊原 蓮 435 |
「っ……」
「?体調悪いのか、竹林」
「ああ、いや……E組に落ちて、色々な事があったけど……残ってよかったなって」
「なーにシケたツラしてんだよ!」
「うわっ!?」
「そうだ、面が悪いのは寺坂だけでいい」
「ンだとコラァ!」
「寺坂締めてる締めてる!!!」
「よかったね、神崎さん」
「片岡さん……ふふ、うん。頑張ってよかった」
緊張で張りつめていた表情も、皆笑顔になって緩んでいる。そっと見上げてみれば、ニコニコしながら私達の様子を見ている殺せんせーの周りには花が飛んでいるようで。そういえばテストの前も、テストが終わってからも、それこそ順位を貼り出す時も……殺せんせーは全然慌ててなかった気がする。……そっか、殺せんせーは私達がやり遂げることになんの疑問ももってなかったんだ。……ただ、最初から最後まで、ずっと信じてくれていたんだ。
「しっかし……A組の連中、今頃真っ青な顔してんだろうなぁ」
「俺達に負けるなんて思ってもなかっただろうからな!」
「ちなみに、A組はテスト前半の教科までは絶好調でした。ところが……後半の教科になるにつれ難関問題で引っかかる生徒が増えたようです」
「そりゃそうだわ、殺意ってそんなに長く続かないよ。日頃から暗殺訓練しててもさ、1日ずっと殺す気でいるのは大変だもん。殺意でドーピングしたいなら……一夜漬けの殺意じゃなくて、時間をかけてじっくり育てるべきだよ」
────殺意。……殺意、か。
その言葉を聞いた瞬間、スっと周りの音が遠ざかって、私の心の中が急速に冷えていったような感覚がした。……っ、まだ、まだだよ。……1日ずっと殺す気でいるのは辛い、ね。一般人から考えたらそれが当たり前の感覚、だよね。対象だけを見つめ続けて、臨機応変に殺す方法を考え続けて、じっと隙を狙い続ける。よっぽどの執念がなければ淡々と同じことを『し続ける』って行為は苦痛でしかない。
彼女は日頃から殺意を育てているE組でもそれを保ち続けるのは大変だって言うけど……じっくり育てた殺意っていうのは、E組にだってあるんだよ?今も虎視眈々と息を潜めて、機会を狙い続けている獣の存在……だけど、誰も気づかないし、気づかせない。おさまれ、収まれ、おさまれ……きっと、最後まで、最期まで隠し通す。そして、全てをやりきったらあとは消えるだけ。それまでは演じ続けよう。みんなが望む私でいよう……目立たないように、それでいてここにいても不自然でないように。
「アミーシャ、どうかしたの?」
「あは、アミサちゃんも流石に疲れちゃった?」
「みんな、はしゃいでるもんね」
……そうでしょ?
「ううん、なんでもないよ。カルマ、渚くん、……カエデちゃん」
……
◆
「あ、そういやさ……進藤からメール来てて疑問だったんだけど、なんで本名でテスト受けたんだ?真尾」
「あ、確かに……知ってるからこそスルーしちゃってたけど、おおやけに出しちゃってよかったの?アレ」
そろそろ先生が話しますよ〜、と殺せんせーがブニョンブニョンとした手拍子を打ったのを聞いて、みんながのんびり自分の席へと戻っていく。E組が50位以内を取れた喜びで、ほぼ全員がテスト用紙を放り出しちゃってたから、それらを回収しつつ、だけど。
席へ戻る途中、杉野くんが思い出したように私へと向き直ってそんなことを言った。彼の指が指す先には……順位表の私の名前。E組の『真尾有美紗』ではなく、本名の『Amixia Mao』と書かれたそれは、テストの名前欄に本名を書いて受験したのだということを表していた。どんなに書類を偽装したとしても理事長先生だけは知ってることだし、私の行動でどうしたいのかをしっかり汲み取ってくれたからこそ、私の名前が載ったのだと思う。
「ホントは、無記名のつもりだったんだけど……」
「何か言ったかー?」
「ううん、何も。……私、は…………私は、さいごくらい私でありたいって……思ったから、かな」
「……?……ああ、本名でやりたかったってことか!」
進藤くんにこの事を伝えてもいいかと聞かれ、他言無用にしてくれるならと条件をつけると、杉野くんは伝言役を快く引き受けてくれた。軽く笑いながら席に着く。机に伏せたままだったテスト用紙を見ずに机の中にしまい、教壇に立つ殺せんせーを見る。真実をにごした作り話、杉野くんは簡単に信じてくれたけど……うーん、ピシピシと突き刺さる視線……隣の席の彼は信じてくれてなさそうだ。まあ、後から問い詰められそうだけど、とりあえず今は乗り切ったからいいことにしよう。
「さて皆さん、晴れて全員E組を抜ける資格を得たわけですが……この山から出たい人はまだいますか?」
「いないに決まってんだろ!」
「2本目の刃はちゃんと持てたし、こっからが本番でしょこの教室は!」
「こんな殺しやすい環境は他に無いし……ねッ!」
仕切り直しとばかりに殺せんせーが私たちに問掛ける……このE組から出る最低ラインの学年50位以内の成績はクリアした、あとは元のクラス担任が受入許可を出せば本校舎に戻れる、戻りたい生徒は戻ればいい、と。E組生は2学期の期末テストが終わったすぐ後に転級申請を出さないと、自動的に椚ヶ丘高校への内部進学は不可能となる。外部受験をするなら椚ヶ丘高校に入ることはできるけど……内部生に比べるとやっぱり狭き門だから、これが楽に進学するためのラストチャンスだ。
でも、殺せんせーもE組のみんながなんて答えを出すのかは分かりきってるんだろう……お茶を飲みながらのんびりと聞いてきてるわけだし。武器を構え、メグちゃんの最初の射撃を合図にE組全員が一斉射撃をする……お茶をこぼさないまま軽々と避けていく殺せんせーに、笑顔で、暗殺で答える。それを見て、受けて、先生はとても嬉しそうだ。
「ヌルフフフ……茨の道を選びますねぇ。よろしい!では、今回のご褒美に先生の弱点を教えて
「──ッ!!」
…………にゅや、アミサさん?」
「どうかし……?!」
────ドッ……ガシャアァアン!!
殺せんせーの話し声の裏側で、ピリッとした感覚が私の体を走った。何、とは上手く言い表せない嫌な感覚、気配。殺せんせーの話の途中だったけど思わずその場で立ち上がり、嫌な予感がした方向……窓の向こうへ視線をやったその瞬間、突然響いた物凄い轟音と激しい揺れ。
思わず耳を押さえたけど、そんなことで止まってもいられなくて、校舎の揺れに逆らって窓際へと走る。バンッと音を立てて勢いよく開き、辺りを確認……運動場に異常はない……、なら、……!
「何アレ……」
「校舎が……!」
私が外に原因があると考えて走ったのを追いかけてきたんだろう、メグちゃんが教室前側の窓から顔を出して驚愕の声を上げた。視線の先には半分くらいが解体されて、崩れているE組の校舎……さっきの轟音と衝撃はきっとこれが原因だ。私たちの声に教室の中にいたみんなも窓に近づいてきて……同じように崩れた校舎と解体を続けようとショベルを振り上げる重機を見上げて呆然としている。
「────だめ」
ここには、烏間先生がいて、イリーナ先生がいて、殺せんせーがいる。
たくさんのことを学べる場所だ。
違った分野に触れられる場所。
たくさんのことを教えてもらった場所。
たくさんの人に出会えた場所。
殺せんせーを暗殺するために確保された、E組のための場所。
E組が、成長するための場所。
私が生きてきた中ではじめてをたくさん知った場所。
……私が、『私』でいられる場所。
「……っ!」
「アミサちゃん!?」
そこを壊されるなんて……イヤだ。
「……エニグマ、駆動……全てを守る盾と化せ《
────ガァンッ!!
「「「!!!」」」
誰も動けないのをいいことに、止められる前に私は窓から飛び出し、崩された木材や解体を進めようとする重機を足場に校舎の上へと飛び上がる。その間に詠唱しておいたアーツ……全ての物理的な攻撃を防ぐことができるソレを身に纏い、振り下ろされるショベルカーの真下へ入る。両手で受け止めたら物凄い音がしたけど、一応私も、防いでいる校舎も無傷だ。
校舎を破壊する直前に飛び込んだ私の姿が見えたからなのか、崩すはずだった校舎が無傷でショベルが何かにせき止められたかのように動かなくなったからなのか、ショベルカーを操作していた作業者のおじさんが慌てて様子を見に来る。私を見つけて目を見開いたおじさんたちは、直ぐに手を伸ばしてきた。
「き、君!そんな場所へ入り込むなんて……危険じゃないか!」
「1度重機を止めろ!屋根の上に子どもがいる!」
「…………め……」
「ほら、早く降りてきなさい……よく無傷で……この校舎はこれからおじさん達が直ぐに解体するから、離れたところで、」
「……だめ……っ」
「どうします?といいますか、場所は選んだとはいえ、まだ中には人がいるんですよね?避難させてからの方が……」
「……ッダメ!……ここは、私たちの暗殺の舞台、で、大事な居場所なんです……勝手に無くさないで!」
「し、しかし……」
「ダメ!!」
────バチチチッ
私が怒りの感情を表に出して威嚇しているのを見て、作業者のおじさん達は戸惑ったように動きを止めた。この人たちは上の人からの指示に従っているだけ、それが誰かはわからないけど勝手に動くことはできないはず。少しの間、私が一方的に睨みつけて威嚇する時間が流れたが、それを遮るように、パンパンッと
「真尾さん、降りてきなさい。校舎内に残る生徒達は退出の準備をしてください」
「「「理事長!!」」」
「今朝の理事会で決定しました。この旧校舎は今日を以て取り壊します」
校舎を壊す業者に指示を出していたのは、浅野理事長先生だった……あと3ヶ月くらいで卒業っていうこの中途半端な時期に、この人は何を言いだすのだろう。理事長先生がいうには、この校舎を壊して卒業までの残り3ヶ月……新しく開校する系列学校の新しいE組校舎、そこの性能試験に協力しろということだった。常に見張られ、自分の意思では逃げ出せず、まるで刑務所の生活を強いられた中での勉強……それが、理事長先生の考える教育理論の完成系だという。
「い、今さら移れって……それに、勝手すぎる!」
「嫌だよ!この校舎で卒業してぇ!」
そんな理不尽に対する私たちの当然の反論には全く耳を貸さず、私たちの前に出てくれた殺せんせーに対しても理事長先生は態度を崩さない。それどころか……
「……ああ、勘違いなさらずに。新しい学び舎にあなたの存在はないのだから……私の教育にもうあなたは用済みだ」
そう言って理事長先生が懐から取り出したのは、1枚の書類。
「今ここで、私があなたを殺します」
「ヒイィィィィィィィィィィィィッッ!!」
それは、椚ヶ丘中学校の理事長だから……上に立つ支配者だからこそ行使できる権限……殺せんせーの解雇通知だった。
それを私は、意識の端っこで、聞き流していた。
++++++++++++++++
カルマside
「皆、怪我はないか!?」
「ちょっと、いきなり何が起こったのよ!」
「か、烏間先生〜!ビッチ先生も〜!」
あの轟音と揺れで気が付かないはずがないんだけど……教員室にいたはずの烏間先生とビッチ先生の2人がE組の教室へ駆け込んできた。すぐさま倉橋さんが烏間先生の元へ走り、半分くらい泣きそうになりながら分かる限りのことのあらましを説明している。
話が一段落するまでの間、俺は外の様子を伺う。俺等の代わりに殺せんせーが理事長先生に相対してくれて……って、プラカード掲げながらデモっぽいことしてんだけど何してんの?……解雇通知見せられて動揺した結果?ふーん。何、聞いてなかったもんしょうがないじゃん杉野。俺はあのやり取りよりも、飛び出してったまま帰ってこないアミーシャの方が大事だし。アミーシャが上がっていった屋根の方を見る。……姿は見えないけど、微かに拒絶するような声は聞こえてくる。……いつだったかな聞いたことがある気が……、
──や、やだっ!……ッいやぁぁあぁぁあ!!!──
……これ、やばい前兆なんじゃ?
「ねー烏間先生、俺ちょっと外に行ってきていい?」
「?……ああ、君が自主的に動くということは真尾さんか……ん?真尾さんがなぜ外に!?」
「……俺はなんだと思われてんの」
「アミサちゃん大好き人間。えっと、校舎が壊された直後にそこの窓から出ていっちゃって……」
「これ以上校舎壊されたくなくて飛び出したんだと思う……けど」
「受け止めたような音したもんな、ガァンって。……アーツ使う駆動音したから、無傷だとは思うけど」
「ここで出たか、アミサの無自覚自己犠牲」
「……なるほど、状況は理解した」
「うん。そんで多分だけど、アミーシャ暴走してる」
「「「……は!?」」」
「だから、
「!……行ってこい。可能なら真尾さんを止めてほしい」
「おーけー」
バチバチという火花が走る音というか、電気が弾けるような音というか。それが未だに聞こえてくるのと、少し苦しそうな息遣い……こっちは重機動かしてたおっさん達のだね。正直俺は彼女さえ無事ならあのおっさん達はどうでもいいんだけど……俺にとっても大事になりつつある居場所を、理事長の命令とはいえ壊そうとしたヤツらなんて、心底どうでもいいから。
それでも、烏間先生は『アミーシャを止めるように』と指示を出した……ふーん、助けるんだ。一応従ってあげた方がいいかな……あの言い方じゃ、止めさえすればどうしたっていいとも聞こえるけどさ。そっと教室の窓から外に出て、崖上りの要領で校舎の屋根へ登る。屋根の上を探してみれば案の定、彼女は無表情なまま作業者のおっさん達を睨みつけていた。アミーシャから目を離せないまま体の自由も奪われている様子を見る限り、確実に彼女の《魔眼》の効果だろう。
「……アミーシャ」
「……め、だめ、ダメ……ここは、ダメなの……」
「そうだね、ダメだよ。ここは俺等E組の居場所。だけどアミーシャが悪役になる必要も無い」
「……だめ、とめなきゃ、ここ、」
「だいじょーぶ。殺せんせーが何とかしてくれるって。だってここ俺等の教室であると同時に、一応殺せんせーの家でもあるわけだしさ、必死に守ること間違いなしだって。だから……ほら、もういいよ」
「……も、いい……?……ぁ、あ……とめ、なきゃ……まが……あ、あぁぁァあ……と、まらな……」
「うん、……止めてあげる」
ゆっくり近付くと、彼女は小さくブツブツと呟いていて……内容を聞いて納得する。そっか、アミーシャも居場所を壊されることに過敏に反応しただけなんだ。それで久しぶりに《魔眼》を使ったら制御しきれなくなった、と……原因、理事長決定じゃね?
俺の声は聞こえているのかいないのか微妙なところがあったけど、話しつつアミーシャの想いに寄せて会話を繋げていると少しずつ変化が見え始めた。上手くいけば、俺は声をかけるだけで済むんじゃないかと思ったけど、……甘かったよね。この子なりに暴走してる《魔眼》の力を止めようとしてるのは分かる、でもガクガクと震える手で目を押さえたり爪を立てようとし始めた時点で、ヤバいと感じてアミーシャの両手を押さえる。とりあえずかなり力が入ってて厳しかったけど、何とか後ろ手に一纏めにして片手で拘束し、もう片手でアミーシャの目を塞ぐ。強制的に目を合わせないようにしてしまえば、作業者のおっさん達は動けるはずだ……確かこれは目を合わせることで発動するって言ってた気がするし。で、アミーシャの力が抜けてきたところで彼女の手を押さえていた手を頭を支えるように移動させ……
「…………」
「……ん…!……!?……〜っ」
「………………口、開けて」
「……ん、ん………っ……っ、……」
「…………ん、」
「〜〜っ!、……、…………」
「……、はっ、…………落ちたかな」
そのまま唇を合わせる。目を塞がれ、そのままキスまでされて混乱してるだろうけど……下手にまた暴走されても怖いし、アミーシャにも負担だろうから、手っ取り早く気絶させることにした。最初は俺の舌から逃げたり、軽く体を押し返そうとするような抵抗があったけど、だんだんと力が抜けていって……クタりと力が抜け、落ちた。キスは気を逸らすための手段であって、本命は後頭動脈を押さえること。ここを押さえると脳が酸欠状態になって、長く続けると失神する。流石に気絶した彼女にキスし続けるような趣味はないから、そっと唇を離す。……なんか俺、アミーシャとキスする時ってほとんどアミーシャが死にかけてる時のような気がするんだけど。気のせい?
アミーシャを抱き抱えて、屋根から飛び下りると、ちょうど理事長先生が殺せんせーに暗殺宣言をしたところだった。解雇通知が殺せんせーを暗殺の舞台に上げるための道具、みたいな事言ってるけど……結局のところはさ、
「確かに理事長あんたは超人的だけど……思いつきで殺れるほど、うちのタコ甘くないよ?」
「ふふ……取り壊しは一時中断してください。中で仕事をしてきます」
正直、この1年近く暗殺を狙ってきた俺等でも無理だったのに、突然来た理事長先生が突然仕掛けてもうまくいかないとしか思えない。信用できなくて不振なものを見る目の俺等全員へ教室の中から外に出るように指示したあと、理事長先生は殺せんせーに対して一言だけ言った。
もしも解雇クビが嫌ならば、もしもこの教室を守りたいのならば、私とギャンブルをしてもらいます、と。
「アミサちゃん……!」
「ぐったりしてるけど、なに?怪我は?大丈夫なの!?」
「死んでねーよな?重機の下敷きになってたんなら……!」
「……あー、ごめん。気絶させたのは俺」
「か、カルマが!?」
「あのままほっとく方が危険だって判断した。目を覚ましたら謝っとくよ……もっとも、気絶してて良かったと思うけど」
「……まあな。理事長は俺等がまだ校舎内にいるって分かってんのに重機で校舎破壊してきたんだ。どんな手を使ってくるかわからねーぞ」
「私達が校舎の外に出されてる時点で、ろくな手じゃないわよ……!イトナの時ですら、校舎にいられたのに!」
「危険だって言ってるようなもんだよな……とにかく、壊れたら困るもの?は持ち出すぞ!」
「あ、律……!」
『心配ご無用です!私は動けませんが、何かあっても反撃するだけの武器が備わってますから!』
「あー、うん。大丈夫な気がしてきた。でも、一応気をつけてね」
『はいっ!』
「カルマ君。どうやって気絶させたの?」
「え、なんで?気になんの?」
「アミサちゃん、警戒心強いしさ……どんなにカルマ君に気を許してても、気絶させられることなんてなさそうだなって……」
「……渚君ならいいか。……キス、だよ」
「………………え。」
「だぁから、キスだって。キスしながら……ここ、この辺押さえんの。ここを押さえてやると、頭に酸素が回らなくなってボーッとすんだってさ〜……で、長めにやると失神、結果こうなる」
「……それって、ただ押さえるだけじゃダメだったの?」
「んー、それでもいいかもしれないけど……もともとキスで酸欠状態に近付けといた方が、効果が出るまでに時間がかからないみたいだからさ」
「へ、へー……」
「渚君も、覚えときなよ。いつか役に立つと思うよ?」
「へ!?や、役に立つことなんてないでしょ!?護身術としてキスとかやだよ!?」
「……何言ってんの?」
「?」
「調べた限り、ボーッとする感覚って気持ちのいいキスと同じ感じらしいよ。将来役に立つって……ああ、渚君は俺と卒業旅行で取りに行くから関係ないか……」
「取らないよ!それと、将来役に立つってそう言う……!?」
「うん、セッ……」
「言わなくていいから!!!!!」
++++++++++++++++++++
オリ主は今回無記名にしなかったため、書いたそのままで順位表に載りました。そのため、『あれは誰だ!』なことが起こりましたが、結局謎の人物ということで、本校舎の面々からは忘れられるのでしょう……500点満点とってる時点で無理かもしれませんが。
途中、いきなり入れたカエデsideのお話に騙されてくださった読者さんはいるのでしょうか?わざと誰視点かを書かずに書いたので、オリ主視点だと思って読み進めた読者さんがいるのでは!?と、少しだけワクワクしています。
人を気絶させる時、スタンガン以外によく聞くのは『首筋に手刀を落とす』『鳩尾を殴る』とかですが、これ、素人がやってもあんまり効果ないらしいです。鳩尾の方は肺を殴りあげれば有り得るらしいですが、手刀の方は……叩いた方の手が痛いか、最悪シに至らしめる……という情報を得て、今回はこっちの方法にしました。カルマ君も言ってますが、このカップル、まともな時に全然キスしない(笑)小説にあげてる分だけでもファーストキスはプールでオリ主が溺れた時の人工呼吸、2回目はお付き合い始めた時、3回目は進路相談の時、4回目は今回のお話となってます。……あれ、そうでもないかも?
フリートークでは、カルマ君は渚君にだけキスの秘密を明かしています。漫画を見てみると、132話ショックのあの時、渚君は後頭動脈を押さえてるような気がするんですよね……と思って、繋げてみました。私が忘れていなければ、この会話はまた使われます。
では、次回は教員採用試験の話……オリ主気絶中ですが進めたいと思います。