暗殺教室─私の進む道─   作:0波音0

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このお話から第2部のような扱いになります。
同じ内容でも視点が変わったり、少し流れが変わったりしてますので、探してみてください。


《中学三年生》【第二部】
戦闘訓練の時間


 

 

 

 

「〜〜っやだ、……来ないで、ください!」

 

 

 

……初めて出会ったあの日、彼女は不良に襲われていた。

 

 

 

「ねー、お兄さんら。なにやってんの?」

 

「──ガァッ!」

 

「え、なに〜?聞こえなーい!あははははっ!あ、カバン持ってて〜」

 

「あー、うん。程々にね」

 

 

 

最初は暇つぶし程度だったんだ。いつものように俺なりの正義で、偶然見つけたし助けたいと思ったから間に入って彼女の代わりに不良の相手をしてやっただけだった。

 

 

 

「なーにー?俺も混ぜてよ」

 

「あ、終わったんだ」

 

 

 

そしたらケンカしてる俺より先に、彼の方が彼女と話して少し打ち解けていて……理由は分からないけど無性に腹が立った。気が付いたら2人の間に割り込んでたし、彼を彼女の視界から外すように遮っていた……まるで俺に注目を向けたいかのように。

 

 

 

「あの、助けてくれて……ありがとう。いきなりで、どうしようもなくて……怖かった、から……」

 

「ううん、僕はなんにもしてないよ。むしろしてたのは……」

 

「あれなら本気になる必要も無いくらいだよ」

 

「生き生きと不良の中に飛び込んでいったもんね……」

 

 

 

思わずなんてこともないように装って、得意気に不良共(アイツら)を見下してやった……まあ、実際これまで敵無しだった俺はかなり得意気だったわけだけど。彼に関しては、まあまあ俺と付き合ってきて俺の事をよく知っていたから、またかとばかりに苦笑い気味で一歩ひきながら俺のことを見てたな。なのに初対面の彼女は……

 

 

 

「僕は潮田渚。よろしくね」

 

「赤羽業。……見たところ同じ学校同じ学年みたいだし、気軽に下の名前で読んでよ」

 

「僕も下の名前でいいよ」

 

「私は、有美紗、……真尾有美紗、です。よろしくね……カルマくん、渚くん」

 

 

 

そんな俺等を最初、呆然と見つめていたのに、ふわりと笑顔をみせて自己紹介を返してくれたんだ。それは、まるで自分を救ったヒーローに憧れるような表情(かお)だった……と思う。目の前で喧嘩を見たくせに怯えず、むしろ血を流させた方に笑顔を向けた彼女に、俺は何かがザワついて落ち着かない気分になって……何故か熱くなった顔を見られる前に、慌てる彼女を抱き上げて移動していた。

 

 

 

 

 

気付いてなかっただけで、俺はその時からきっと心のどこかで確信していたんだ。

 

 

 

 

 

────俺は、この子を好きになるって。

 

 

 

 

 

++++++++++++++++

 

 

 

 

 

「……なんか、2人に似てるなぁって…つい」

 

あまりにも彼女が世間知らず過ぎることが判明してから始まった『勉強会』。とにかく女の子が喜ぶ……()()()()()()()()()()()無い知恵絞って考えては様々な場所へと連れていった。

彼女がずっと手にしていて、手放そうとしなかったことから気付いたら購入していたソレは、最期まで俺等のカバンに下がっていた。

 

 

────パチリ

 

 

「……ごめん、なさい……私が迷惑かけちゃった……カルマくんがしなくていい怪我、いっぱい……っ!」

 

彼女が大切にしていた長い長い髪……それを切ることになったのは俺が原因だったっけ。決定的な隙を一瞬作るためだけに、バッサリと……なのに、彼女が気にしていたのは最後まで俺の事だけだった。巻き込まれたのは彼女の方なのに……恨み言ひとつ吐かず、ボロボロと泣いていた。

 

 

────パチリ

 

 

「……カルマくん、…いなく、ならない?…もう、信じるの、やだよ……」

 

ただでさえ精神的に疲弊していた毎日に決定打……先生が俺等の中で死んだ日。彼女は心を壊し、誰も彼もが信じられなくなった。唯一、同じ境遇にいた俺だけを信じて一時的に外の世界を全て拒否してしまった彼女は、殺せんせーが助けてくれたんだ。

 

 

────パチリ

 

 

「……あ、ぅ…………助けに来てくれて、ありがと、です……すごく怖かったけど、来てくれるって、信じてた」

 

少しずつ少しずつ改善していく人への恐怖……なのに、それを抉るように拉致されてしまった修学旅行。聞けば怖くて仕方がなかった時に、唯一助けを求めたのが俺だったとか。俺は彼女への気持ちに気付いてるのに彼女は全く意識してくれてなくて、かなり落ち込んだのを覚えてる。……この頃だったかな、彼女の自己犠牲について特に目に付くようになってきたのは。

 

 

────パチリ

 

 

「──ごめん、本トに。迷惑なんかじゃないから……むしろ、頼ってよ。俺はアミサに頼ってほしいし、俺だって一緒にいたいんだから」

 

「…………うん」

 

「腕も、ごめん。俺、あの時は抑えらんなくなってた。怖かった……?」

 

「…………うん、真っ黒でぐちゃぐちゃしたものしか、感じなかった、から」

 

「うわ、それは俺でも嫌だわ…………E組の皆のこと、正直侮ってたよ。俺も負けてらんないや」

 

「……、うん……ッ…」

 

俺を全然意識してくれなくて……いや、そもそも男に対してだけじゃなく、彼女の自分に対して向けられる感情に疎すぎるところか。だんだん『俺だけの特権』みたいなのが無くなっていくことに勝手に嫉妬してたせいで、一方的ではあったけど、初めて喧嘩らしい喧嘩をした1学期の期末テスト。結局、喧嘩中もその後も彼女は一切変わらなかった……俺が目を逸らしてる間も、ずっと、ずっと真っ直ぐに向き合ってくれていた。

 

 

────パチリ

 

 

「……隠しごとなんて……そんなの、出会った時からいっぱいしてるよ」

 

夏休みの沖縄で……彼女の隠された実力を垣間見た暗殺計画。『自分達と違う』これまでにもそんな部分をたくさん見せられていたはずなのに、何故かそれが自然すぎて違和感をもてなかった。泣きそうな顔をした『隠しごと』もこれから先、長い間知ることはできなかったんだ。

 

 

────パチリ

 

 

「……私も、カルマのことが好き。だけど、私はまだカルマにどうしても言えないことがある……それは、これからも言えないままかもしれない。それでも……こんな私でも、そばに置いてくれますか……?」

 

すごく時間はかかったけど、テストで勝負して得た権利で、告白の返事をもらった。まだ話せないことがある、不安そうに言いながらも確かに彼女の本心からの返事だった。この後真っ赤な彼女をからかってたら、最初のキスが人工呼吸なんて嫌だからやり直しがしたいなんて言い出して……ここで断ったら男じゃないと思う。でも、どこで覚えてきたんだろう、こんな煽り……ビッチ先生か?

 

 

────────パチリ

 

 

 

 

 

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……なんか、懐かしいものを見た気がする。一緒に過ごすうちにいろんな表情を見て、いろんな彼女を知った……はは、どれもこれも彼女が自分を二の次にしてる言動ばっかだな、こう思い出してみるとさ。

 

 

 

 

 

…………、懐かしい……?……思い出してみると?

なんで俺、こんな前のことなんて考えてるんだ……しかも、全部彼女との記憶ばかり……俺だってそれなりに他人と関わって生きてきたはずなのに、登場人物が俺と彼女以外にほとんど居ないって変じゃね……?……目の前のソレはユラユラ揺れながら次々と泡のように浮かんできて、思い出してはパチリと消えていく。

 

 

 

 

 

……ああ、そうか。これは夢だ。

夢ってのは、自分の記憶や経験したものをもとにして見るって言うし、それなら納得できる……明晰夢って言うんだっけ、こう……夢だと自覚しながら見る夢って。ま、その割にはリアルすぎて変な夢な気もするけど……

 

 

 

 

 

パチリ、パチリ、パチリ、パチリ……

 

 

 

 

 

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「そろそろ、動けるくらいには修復できましたよね……、超生物さん?」

 

「アミサさん……、……なぜ……、私は、あなたのお姉さんからリーシャさん自身が《(イン)》なのだと聞かされて……」

 

「リーシャお姉ちゃんがそう言ってたの……?……ふふ、表向きはそうだよ。でも、暗殺者としての能力は私の方があるんだって父様が……だからこそ、本来は一子相伝の家業なのに長女じゃない私も例外として『道』を継承してるの。……それより、質問に答えてください……ある程度は、いけますか?」

 

「……ええ、完全には程遠いですが」

 

こちらの戦闘意志を感じ取ったのか……再び触手を構え始めた2代目を見て、感情を感じさせない無機質な声色でアミーシャが殺せんせーに声をかけた。フラつきながらも立ち上がった殺せんせーは、俺等を背に守り続けながら《銀》……いや、アミーシャの元へと近付いていく。彼女がこの場へ来てから全ての攻撃を引き受けていたおかげで、殺せんせーは完全回復は無理でも動ける程度には回復できていたらしい。……それでも2代目死神の全力(フルパワー)攻撃を俺等を庇って何度も受けている先生が、アミーシャがいるとはいえドーピング有りな上に命を全く省みない2代目と柳沢の連携についていけるとは思えない……。先生の調子を確認してどうするのかと思っていれば、1つ頷いたアミーシャは殺せんせーから柳沢達へと視線を戻してすぐ、大した事をなんてことも無いように言い切った。

 

「そうですか。じゃあ、あの男の人の方をなんとかしてきてください。私が2代目さんを引き受けますから」

 

「「「な……っ!?」」」

 

「な……、な、何を言ってるんですかッ!?先程までの柳沢は、可能なら殲滅、次いで貴女の仮面を割ることに2代目を集中させていたかのように見えます!その目的を達した以上、先ほどよりも攻撃に遠慮は……!」

 

「……だからこそ、です。まだ、私の方が戦えますし……それに、これ以上の全力戦闘を相手にするのは、()()()()()()に困るでしょう?」

 

「!!……お見通し、ですか……ですが、それでも任せるわけにはいきません。貴女が認めなかろうと、アミサさんは……アミーシャ・マオさんは私の大事な生徒です!生徒を守らない先生なんていませんから!」

 

俺等全員がいきなり何を言い出すのか、それにせめて戦う相手が逆じゃないのかとさえ言いたくなる提案をした彼女に、殺せんせーも当然反対しにかかる。……なんで人外である殺せんせーが人間卒業中の人間相手で、人間であるアミーシャの相手があのバケモノ級の2代目死神になるんだよ。ただ、こう言い出した時のこの子って、ホンっトーに折れないんだよね……。

あくまで『《銀》と一時的に協力する超生物』ってスタンスで会話するアミーシャに対して、謎な会話でもめげなかった殺せんせーは『生徒と先生』という心配を向けた。どこまでも先生ってことに誇りをもち、責任を主張する殺せんせーに、アミーシャは困ったように笑って。

 

「……だったら……さっさと倒して、助けに来てね、……殺せんせー」

 

「!……仕方ありませんねぇ……ええ、もちろんです!」

 

ふわ、と少し痛々しい顔を向けたアミーシャ……生徒に信じられてるって解釈したのか殺せんせーはすぐさま柳沢の方へと文字通り飛んで行った。生徒が先生として頼れば、殺せんせーは先生として生徒の願いを叶えないわけにはいかないもんね。ただ……殺せんせー、これの意味分かってんのかな?アミーシャは『柳沢を倒してからじゃなきゃ、共闘するつもりは無い』って言ってんのに……裏を返せば結局の所、1人で戦えば俺等の誰もが犠牲にならなくて済むし、自分を助けに来るくらいなら元凶を潰せって言ってるようなものじゃん。まったく自分を大事にしろってあれほど言ってんのに……。

俺がアミーシャの意図を読んでるなんて夢にも思ってないんだろうね……殺せんせーを見送った彼女は、ゆっくりと俺等へ振り返ってふわりと笑う。

 

「……私、みんなのことが大好きだよ」

 

すぐ目の前にいるはずなのに、雰囲気はとても儚げで……今にも消えてしまうんじゃないかってほど、危なげだった。泣きそうな顔しちゃってさ……何か覚悟して、やらかそうとしてるんでしょ?

 

「多分、私の隠し事はこれで全部。……ありがと、これまでこんな偽りだらけの私と一緒にいてくれて……。……これが終わったら、ホントにさよならするから、今だけ許してね」

 

「真尾……?」

 

「アミサちゃん……何言って……」

 

「……暗い、暗い裏の世界しか知らなかった私に、たくさんの光の世界を教えてくれたE組のみんな……私の事情を誰にも話さないでいてくれた烏間先生とイリーナ先生。閉じこもっていた私が外を見るきっかけをくれた渚くん、世界を開いてくれた殺せんせー……私にたくさんの感情を、……人を愛するって気持ちを教えてくれたカルマ。みんな、みんな私の大切だから……だから、この《銀》としての力でみんなを守る。私の進む道は……大事なものを守るために、戦うことだって決めたから!」

 

そう言うやいなや制止の声をかける暇もなく飛び出して行った彼女は、再び2代目死神の触手とぶつかり始めた。先程以上のスピードと威力の触手の攻撃についていくアミーシャは、仮面をつけていた時の戦闘より格段にスピードが上がっているように見える。上から突き刺さる触手を飛んで避け、触手を足場に駆け上がっては本体を大剣で斬りつける。弾き飛ばされれば空中で体勢を立て直し、クナイや符を使った飛び道具を飛ばして攻撃の手を弛めない。

 

「……あの子……あんなに強かったの……?」

 

「あんな気迫……訓練でもどこでも見たことない」

 

「……真尾さんは、君達にだけはバレたくないとかなり注意を払っていたからな。正体がバレないために能力のセーブ、そして見た目を偽る体型操作などに力の幾分かを回していたから、今までは本気を出せなかったんだろう」

 

「烏間先生!」

 

「なんで、言ってくれたら!」

 

「先生達は知ってたんでしょ?なんで私達には……っ」

 

「言ったところで、君達は受け入れられたか?」

 

「……っそれは、」

 

「彼女を暗殺者と知らず、同じ教室の中でずっと一緒に生活していた……真尾さんは既に仕事とはいえ人に手をかけている。受け入れてもらえないのが怖い、暗殺者と一般人は生きるべき場所が違うし、影の道を行く自分が光の道を歩く君達を巻き込みたくない、……そう言っていた」

 

「そんな……」

 

「……私ですらアミサが《銀》だって知ったのは、あのカエデの暗殺の夜なのよ?同業者である私にすら偽って……抱え込むのと同時に隠すことで周りを守ってたのよ。ほんとバカな子……」

 

「ビッチ先生まで……そっか、ビッチ先生は元々知り合いって言ってたもんね」

 

他の奴らはあの戦いの激しさに、先生達がアミーシャのことを知っていながら黙っていたことに驚いたり怒りを感じたりしてるみたいだけど……俺は色々と話を聞いて、やっと納得した気がする。今まで俺が感じていた様々な違和感がやっと線で繋がったんだ。

 

殺気や小さな音、ちょっとした気配に敏感なこと……最初からずっとアミーシャは言ってたじゃん。幼い頃から自分の家業を継ぐために訓練ばかりしていたからだって……ハッキリ言う事はなかったけどそれが《銀》としての教育だったと考えれば納得がいく。驚異的な身体能力や普通に生活していたら知っていそうなことも分からなかった世間知らずな部分もそうだ。

 

頑なに自分の戦術導力器(オーブメント)のラインを見せようとしなかったこと……使う導力器は個人のオーダーメイド、俺等に見られたらラインで正体がバレる可能性があったから。気付かなかった原因はただ1つ……導力器のカバーは変えられる、それを忘れていたから。俺等の前にいる時は赤のカバー、《銀》として現れる時は陰陽太極図とストラップに付け替えていたんだ。

 

死神事件でフードを被ったあの子の姿をどこかで見たことがあると思っていた……当たり前だ、《銀》という姿で俺等と対峙していたのだから。身長はほとんど変わってない代わりに、声色や体型は全然違ったから直ぐに結び付かなかっただけ。それに……アミーシャがいない時にだけ現れていた《銀》だけど、アミーシャじゃないっていう思い込みがあったんだ。風邪をひいて高熱を出してアミーシャが布団から動けないって時に……俺は《銀》と会っていたから。

 

俺は自分の中で整理して納得できたし、むしろ秘密を知ったからこそアミーシャという存在を本当の意味で知ることができた。これまでに暗殺者として人を殺してきたことなんて関係ない、それどころか俺に出会う前の彼女を知ったことで、俺はあの子の全部を知れたわけだ……暗殺者として生きてきたアミーシャのことを受け入れた以上、もう彼女拒む理由は無くなった。だけど他の奴らもそうとは限らない……アミーシャを拒む可能性を不安視しているクラスメイトに対して口を開こうとしたら、俺より先に前に出た子がいたんだ。

 

「……私、何も知らなかったら怖がったり避けたりしちゃってたかもしれません……でも、今は違います!ここまでいろんな苦楽を共にしてきたんですから……っ」

 

「俺もそう思う……あの子はただ、怖がりなだけだよ。それに相変わらずの勘違いと自己評価の低さだよね」

 

それは、多分E組の中でもアミーシャに次いで大人しくて怖がりで……それでいて大胆なところがある奥田さんだった。ぎゅ、と胸の前で手を握りしめて言った言葉は、彼女らしい拙いものではあったけど……なによりも真っ直ぐな感情だ。便乗するように俺も言葉を続ければ、奥田さんはほっとしたように笑みを浮かべる。

 

「……カルマ」

 

「自分がどれだけこの教室で愛されてきて、俺を含めてどれだけの奴に影響を与えてきたのか分かってないんだから、そう言うしかないっしょ?俺等がどう思ってるのか分かってないなら、分からせてやればいいんだよ……全部終わったら、連れ戻す」

 

「……そうだね……うん、それがいいよ。信じるからこそ今はアミサに任せよう」

 

「ここにいても足でまといにしかならないしね……、皆、向こうまで逃げよう!……それで、全部終わったら僕等E組で……全員で迎えに行こうよ!」

 

そう、全部終わったら笑顔で迎えに行けばいいんだ。居場所がなくてひとりぼっちだというのなら、ここがアミーシャの居場所で、帰ってくる場所なんだと伝えよう。信じて頼ることができる奴らがこんなにもいるんだって……偽物の愛なんかじゃない、恋愛でも友情でも俺等は本物の愛情を向けているんだってことを。それに分かろうとしないなら、分からせてやればいい。いくらでも手段はあるし、これから時間も人手もある……そうだ恋人って立場も積極的に使わせてもらおうか。

 

 

 

 

 

……だから、だからどうか……

……お願いだから無事で……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────ごめんね、だいすきだったよ……あいしてた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────────ッ!?」

 

「あ、起きた」

 

「…………え、」

 

誰かの声が聞こえた気がした瞬間、何も考えられなくなるくらい頭の中が真っ白になって……俺は叫び声を上げた、のかもしれない。

気が付いたら周りに音や景色が戻ってきていて、目の前には心配そうな顔をした何人かのクラスメイトと、黄緑色の髪の……男性?女性?……あー、とにかく線の細い中性的な人が俺の顔色を伺っていて……って、え、何事?

 

「見た限り外傷はなさそうだけど、結構な勢いで投げ飛ばしちゃったからね……どこか痛みはあるかい?」

 

「……え、は、……あの……?」

 

「あー、もう!カルマの奇襲でもダメかー! 」

 

「あの、ワジさん、どんだけ隙がないんですか……一撃与えるどころか何もさせてもらえないんですけど……」

 

「しかも表情一切変えずに対応された……」

 

「うーん、これでも結構驚いてるんだけどな……、それに赤羽君だっけ?僕に足技以外を使わせてる時点で君、かなり戦闘レベルが高いと思うよ」

 

………………、……そうだ、今は椚ヶ丘中の学園祭の真っ只中で……今日は2日目。夏休みのホテルに潜入した時、アミーシャと渚君に惚れたらしい男によって繁盛したE組の店へ、アミーシャに会うためにアルカンシェルの3人と、向こうにいた時にお世話になってたっていうクロスベル警察の特務支援課の人達が遊びに来て……、それで、今はそれぞれのメンバーから自分が学びたい分野の相手を選んで戦闘指南を受けているんだった。

俺は最初にティオさんから自分では知りえない細部の情報を教えてもらい、次に俺とタイプが似ているらしいワジさんへとりあえず奇襲をしかけてみて……たった今、軽々と投げ飛ばされたんだ。一瞬意識がトんでたみたいだし、それで心配させてしまったんだろう……中村なんて既に心配通り越して悔しがってやがる。確認ついでに軽く体を動かしてみながら立ち上がり、特に異常はないことを告げたのに、ワジさんは俺の顔を覗き込みながら訝しげに口を開いた。

 

「悪夢でも見てたような顔をしてるけど……本当に大丈夫かい?」

 

「あ、はい。何か変な夢でも見てたみたいで……、……って、夢……?その割には妙にリアルな……、……あれ」

 

「カルマ?」

 

「……どんな夢だったんだ……?」

 

「いや、俺に聞かれたって答えられるわけないだろ……」

 

そんなに調子を疑われるほど酷い顔色してんのか、俺……といっても自覚ないし、もうどんな夢だったのか全く思い出せないんだけど。思わず半ば無意識に、近くにいた杉野に疑問を投げちゃったけど、答えられるとは思ってないから安心して……むしろ答えたら引くわ。

 

「……ちょっと混乱してるみたいだけど問題はないみたいだね……さて、次はどうしようか?個人の組手でもさっきみたいに1対多数でも僕は構わないよ」

 

「それならもう1回皆で……」

 

「あ、俺は個人での組手で。ワジさんの体術少しでも習得しときたいし」

 

「……お前って本当に個人主義だよな……」

 

「木村もやればいーじゃん」

 

「ワジさん相手じゃお前みたいに上手く立ち回れるわけないから絶対イヤだ」

 

「フフ、君達E組は本当に仲がいいんだね……じゃあ、赤羽君との組手は君達との集団戦の後にしようか。1度リセットするのも大切だと思うよ」

 

「……お願いします」

 

今気付いたけど、ワジさんって俺より身長低いから俺の事を今まで下から覗き込んでたんだ……なんなんだ、あの中性的な容姿でビッチ先生みたいに自分の魅せ方を理解してるような自然な色気。ティオさんもワジさんのことをホストだか何だかって紹介してたし、この人多分俺等の反応全部予測した上でやってる。ふとその仮説に思い当たってジト目で見てたら楽しげに微笑まれて流された……余裕かよ。

……さっきから中村がワジさんに1発当てたら性別を答えてもらうんだって意気込んでた理由がわかった、確かに気になるね。……このワジさん1人対多数の集団戦が終わったあとは俺の番だ、少しくらい協力してやろうか。1度頭を振って雑念を追い出す……よし、少しスッキリした。ここからは、集中……俺の番が来るまで自分の頭の中を整理すること、今のE組の動きや得意不得意を知ること、そして次の個人戦(タイマン)に向けてワジさんの動きを少しでも盗むことに専念することにした。

 

 

 

 

 

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そして……

 

「さすがに1対1だと攻撃を当てる当てないを基準に勝敗を決めるのは難しいから、適当なルールを決めようか」

 

「……俺が決めていいの?せめてお互いに意見出し合わない?」

 

「そう?じゃあまずは武器の使用についてかな……君達が普段使ってるのは対先生武器……だっけ、それを貸してくれるなら僕もそれを使うけど」

 

「……お互い武器無しの素手がいい。代わりに先に膝を着いた方が負けってルールは無しにしてくれない?……どうせ他の奴ら潰れてるしさ、ワジさんさえよければ俺の限界まで付き合ってよ」

 

「いいね、それでいこう。時間は?」

 

「無制限」

 

「フフ、そうこなくちゃ」

 

……という感じに、ワジさんとお互いにタイマンのルールを決めていった。いくらケンカ慣れしてるとはいえ、日常的に魔物(人外)との戦闘を繰り返してきている人達に普通に挑んだって勝てるはずがないんだから、ある程度俺が戦える場を作らなくちゃいけない。結構慎重に頭使いながらワジさんと話していて改めて思ったけど、この人愉快犯というか……思っていた以上に掴みどころがない。だからこそ油断できないっていうか、付き合いにくそうっていうか……あー、うん、下手に言葉で表そうとすると意味わかんなくなってきたし、別にいいや、気にしなくて。

あ、俺の前にワジさんに対して集団戦仕掛けてたクラスメイトはどうしてるのかって?誰も口挟まないから居ないように見えるかもしれないけど、俺等が楽しく自分達のルール決めてる向こうにいるよー……全員疲れきってぶっ倒れてるけど。

 

「……カルマの奴、いつになくマジメだねー……」

 

「……そうかー……?いつもみたく策略めぐらせてんのがそう見えるだけなんじゃ……」

 

「……んー……なんか、目的をもってカルマが技を盗もうとしてるというか……ほら、夏休みのホテルでのこと聞いたんだけど、烏間先生の防御テクニックで例えるとアイツにとってソレは『見てたら覚えた』程度なわけ。つまり必要性があって覚えたり、必死に身につけたわけじゃない」

 

「……てことは、結構本気(マジ)?カルマの方から近付いてるってことはさ……」

 

……元気そうだね、お前ら。聞かせようとしてんのか、声を潜めてるつもりなのか微妙なとこなのがまたねー……あの集団に中村がいる時点でお察しだしめんどいから無視するけど、俺に対して失礼じゃね?いつも何に対しても……イタズラ挑発ケンカに関しては特に真面目ですけど、俺は。当然、俺に聞こえたってことはそう遠くない距離に立っているワジさんにだって聞こえてるわけで、クスクスと笑いながら話しかけてきた。

 

「準備はいいかい?先に()()があるなら待ってるし済ませてきたっていいんだよ?」

 

「……もちろん、これが終わってから実践させてもらいますから」

 

「はは、さすがだね!じゃあ、────おいで」

 

この組手で盗んだ技術をそのままあそこで失礼な事言ってる奴らにぶつけてきます、って含みをもたせて言ったのを彼は正確に汲み取ってくれたらしい……止めもせず、むしろもっとやってしまえとばかりに笑って肯定された。前言撤回、この人めっちゃ仲良くなれそう。

そんなことを考えている間に一転して雰囲気が真剣なものになったワジさんが構えをとり、俺から仕掛けるように促された。お言葉に甘えて、先に仕掛けさせてもらおう。後ろ足で地面を蹴り、ワジさんの正面から……と見せかけて、フェイントをかけつつ少し斜め左あたりへと途中で進路を変えて走る。上手いこと進行方向へ注意を向けてくれたのを確認してから、地面を踏み切り反対側へと飛びながら蹴りを繰り出す。ワジさんの反応を見る様子見を兼ねてたんだけど、ヒットする瞬間に軽々と足を掴まれ阻まれた。

 

「やっべ……!」

 

「正面から来なかったのは正解、注意を引いた逆から仕掛けるのもオーケー。でも相手の力量を図るために飛び蹴りを使うのは感心しないよ……こう、空中で捕らわれたら反撃に転じられないから、ねッ!」

 

「ぐっ……く、そっ!」

 

「うん、着地はそれでいい……次に同じような状況があったとして、可能なら真っ直ぐ避けずに左右どっちかへズレてみて」

 

「……はい!」

 

掴まれたと言うよりは飛び蹴りの殺せなかった勢いを流された感じか……勢いをそのままに投げ飛ばされた。無様に地面に転がるのは避けたい……っ、慌てて地面に両手をついて反動をつけ空中で回転するように跳ね上がり、上手く足から着地する。勢いを殺す過程で距離は取れたけど、位置はワジさんの真正面だ。これじゃあ射線が真っ直ぐな武器相手だと、体勢整える前に恰好の的となって危険すぎる……実際ワジさんにもそこを指摘された。

 

「次は僕の番。……連撃いくからできる限り捌いてみなよ」

 

「っ!はや……っ」

 

体勢を完全に立て直す前にワジさんが勢いよく突っ込んできて腕を振るう。足技がどうとかって言っておきながら、遠慮なく殴ってくるじゃん……!身体に向けて打ち込まれるもの、顔を狙うもの、下からのアッパー……殺せんせーや烏間先生お墨付きの動体視力が無かったら、これ全部直撃してたんじゃない?思わずそう考えてしまうほど、俺の微かな隙を見つけて確実にそこを狙ってくる。腕をクロスして守ったり、烏間先生の防御テクニックを駆使したりやさっきのワジさんが俺の蹴りを防いだように片腕で勢いを流してダメージを減らしたりしながらなんとか全てに対応する。ここまで連続の乱打だとどこかに攻撃の切れ目があるはず……この連撃の嵐からなんとか抜け出そうと隙を伺っていると、急に目の前からワジさんの姿が消えた。

 

「え、消え……がっ!?」

 

「僕の攻撃は足技が主だって君は知ってるじゃないか。ボクシングじゃないんだから、いくらパンチに目がいっていたとしても下からの蹴りあげを忘れないで」

 

「……〜っ、は、い……」

 

「衝撃は殺してるね……突然入れたアッパーは捌けるのに蹴りあげに直前まで気付かないってことは、殺気の乗った腕だけに集中してたのか。……君は警戒心があるからこそ、そういう殺気とかの判別に長けてる。ただ、対策を練っておかないといつか裏をかかれそうだ」

 

消えたと思ったのは俺の勘違いで、連撃の合間にしゃがんで視界から消え、そのまま蹴りあげてきたらしい。腕での攻撃に対する防御だけに気を取られていた……完全に足技の存在を忘れていた俺のミスだ。……何やってんだよ、俺……グリップ(おじさんぬ)との戦いで、相手の全てを警戒することの大切さを学び直したじゃないか。咄嗟に顎を上にあげて衝撃を殺したとはいえ、蹴りあげられたことで頭の中が揺れている感覚が残ってなかなか立ち上がれない。早く治まれ……追撃が来る前に移動しないと……っ

 

「……《ヴァイスカード》」

 

「!」

 

ワジさんが自分の心臓のあたりに右手を当て、何か技の詠唱のようなものを呟くと、その右手に持ってる金色のメダルか何かに光が集まり始めた。それはだんだんとトランプ大のカードの形にまとまり始めて……これ、アミーシャがずっと前に言ってた戦うために各々が持つ固有の技、『クラフト』ってやつなんじゃ。この状態でクラフトなんてくらったら負け決定じゃん、無理矢理にでも避けてやる。揺れる視界と平衡感覚がおかしくなってるせいで思うように体が動かない中、無理矢理身体をズラそうとしたら、当の本人からストップがかかる。

 

「多分脳震盪だ……弾かないでそのまま受けて」

 

「……っ、」

 

弾かないで受けてって、そのまま受けたら俺限界じゃね……?そうは思っても身体が満足に動かせないから、受けるしかないんだけど。受ける衝撃を想像して思わず腕で顔を覆いながら目を閉じたんだけど、一向に衝撃を感じない……それどころか、視界の揺れが治まってるし体が軽くなって……。顔を上げて身体を確認してみればさっきのカードはどこにもなく、向こうからはワジさんがニコニコと笑いながらこちらへ歩いてくるところだった。

 

「これ回復するクラフトだから当たっても平気だよ……って、遅かったかな?」

 

「……、……ありがとうございます。ねぇ、ワジさん……間違いなく俺が『クラフト』の存在知ってるからこそ、今の説明しなかったんでしょ?」

 

「さぁ、どうだろうね」

 

……またもや先入観にやられた。クラフトについてアミーシャは俺に『戦いの中で攻撃や補助をする技』とだけ教えてくれていた……だから、『ダメージを与える』ための必殺技や攻撃力アップのような補助系の技の総称だと解釈してた。だけど今の《ヴァイスカード》は明らかに回復技だった……ひくりと口のはしがひきつったのが自覚できる。キレイにはぐらかされたけど、俺がアミーシャに聞いてクラフトをある程度知ってる上で勘違いしてるって判断したから、回復しつつからかってきたんだこの人。

 

「あは、怒らない怒らない」

 

「……怒ってない、なんかしてやられてんのが悔しいだけ……って、ちょっと、頭、揺れる……っ!」

 

「フフ、……僕のせいって分かってるけど、あの子の前でその顔しないようにね。結構そういうのに敏感だし」

 

「……それってさ、ワジさんがアミーシャに責められるから?」

 

「いや、それは別にいいよ。怒ってるあの子も可愛いし。それよりも自分が説明不足だったせいで君を油断させたって落ち込むから」

 

「(……ありえる)」

 

膝をついて見上げる俺の前にしゃがんで頭をかき混ぜるように撫でてくるワジさんはニコニコと……なんか、俺と組手始めてからずっと楽しそうに笑ってる気がする。……くそ、髪の毛ぐっしゃぐしゃなんだけど、この人が向けてくる感情には好意的なものしかないから怒るに怒れない……おもちゃで遊んでる的な?……この人にとってはその程度ってわけか……それはそれで悔しい。

そして俺を撫でながら顔を覗き込んできたかと思えば、今の微妙な気持ちが出ているだろう表情をアミーシャに見せるなと言う。もちろん俺的にもこんなかっこ悪いところを見せるつもりは無いけど、責任逃れというかワジさんが理由だってことを隠したいからなのかと思えば、アミーシャが気にするからだとか。彼女は今回のこの訓練……いや、関係ないことだとしても予備知識で回避可能だった出来事があれば、教えなかった自分のせいだと思い込んでしまう可能性が高い。さすが、アミーシャのことを大事にしてる人達の1人なだけあって、この人も彼女のことをよく分かってると思う。怒ってる姿が可愛いから止めないってところとか、俺も同じことしてるし。

 

……ホント、いろんな才能の原石みたいな子だね。可能なら僕の手で育ててみたいよ

 

「……?……ワジさん、何か言った?」

 

「別に?君が猫みたいだから、もっと遊びたいな(可愛がりたいな)ーって」

 

「隠せてないし言ってんじゃん……」

 

やっぱりこの人には勝てそうにない。ていうか、アミーシャの知り合いってこんな人達ばっかなの……?

 

 

 

 

 




「さて、どうする?今ので体力は回復してあげられたと思うけど、もう一戦いっとくかい?」
「……それはありがたいし大分魅力的な誘いだけど、そろそろあいつら放っておくのも勿体無いって気がしてきたんだよね」
「……なるほど、一理あるね。それに……あの子達対僕等2人って言うのも面白そうだ」
「でしょ?」



「……なんかあの2人、すっごく仲良くなってない?」
「ワジさんって歳上だよね……でも性質っていうか雰囲気がカルマと似てるからかな……」
「フケずに楽しそうにやってるからいいんじゃない?」
「楽しそうなのはいいんだよ……ただ……ねぇ、気のせいだといいんだけど、あの2人、めっちゃ笑顔でこっち見てるような気が……」
「……おもちゃを見つけたような顔デスネ。嫌な予感しかしない……」



「さて、そろそろ休憩できたかな。時間ももったいないし、続きやろうか」
「今度は俺等2人対お前らね」
「は、ちょ、カルマ!?なんでお前ワジさんと徒党組んでんだよ!?」
「ワジさん1人ですら勝てないのにカルマ君までそっち回ったら……!」
「ていうか、なんでいきなりそんな事になってんの!?」
「いや、この人と連携試したくなって」
「まあ、この子と連携試したくなって」
「「「鬼!!!」」」


++++++++++++++++++++


『インターミッション~訓練~』まで時間軸が戻って再スタートです。キーアが言っていた通り、大枠の流れは変わりません。ただ、これを1回目と同じととるか、違うととるかは読者様次第です。描写しなかった場面ですし。

今回は全体を通してカルマ視点となってます。
前半(というより大半)は1回目の数々の出来事を辿っています。カルマ自身は夢だと判断してますが、それは如何に?という感じでしょうか。でもすっかり忘れてしまいますから、夢でもいいのかもしれません。

ワジさんとの戦闘訓練は、戦闘描写を上手くかけずに苦労しました……。浅野君とは違った意味で似たもの同士だと思います、この2人。でも、同族嫌悪な感情を向け合う浅野君とは違って、ワジさんとなら気が合うって感じに仲良くなりそうな気がします。

では、次回でまた。


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