裂けた地面にできている小型のクレーター。
流樹は体に斜めに出来た切り傷をアヌビスの権能『
開始から三十分経過し両者はどちらも息を切らしながら楽しそうに笑っていた。
「本物にして偽物、この体に宿すは革命を示すものにして、九の尾を持つ妖の王」
流樹が聖句を唱え発動したのは、一ヶ月ほど前に手に入れた新しい玉藻前から簒奪した権能『妖狐の覚醒《ウェイク・キュウビ》』。
黒髪の頭に二つの狐耳が生え、腰から黒い毛の九本の尾が扇状に広がる。
「ずいぶんと可愛い見た目になったね」
「俺に言われても困る」
『妖狐の覚醒』は『明星の光源《ルミナス・スター》』や『監督官の冥狼』とは違い、攻撃ではなく体に妖狐の霊魂を宿し身体能力を強化する権能だ。
指の爪がゆっくりと伸び、狐が獲物を狩るために使う爪へと変わっていく。拳を握っては開いてを繰り返したり肩を回して体の調子を確かめていく。
「問題ないな」
バキ、と地面を砕きながら立っていた位置から数メートル先にいるドニの目の前まで一瞬で移動し、ドニに向かって爪を突き立てるように腕を伸ばした。
「おっと!」
咄嗟に剣を使い攻撃を防ぐが体勢が悪かったのか後ろに吹っ飛ばされ、すぐに剣を振りかぶりながら戻ってきた。
衝突する爪と剣。
全てを切り裂く剣に削られ徐々に爪の形が歪になっていくが、すぐに新しい爪が生えてきてそれもなかったことになる。
「まさか、近接戦をすることになるなんてね。最初から使えばよかったのに」
「初めて使うから調節が必要なんだっつうの!」
そこからは乱舞だった。
お互いの攻撃を防ぎ、避けて隙を見つけては攻撃を繰り出す。
火花と血が散り、両者とも体のあちこちに攻撃を受けながら。
そして近接戦に分配が上がるのは必然的にドニの方だった。流樹の動きはカンピオーネと獣の本能という勘によって支えられているものだ。
少しづつ流樹の回数は減り、ドニの剣撃の回数が増えていく。
「どうしたの、攻撃する回数が減ってきたよ?」
「分かってて言われると腹立つな!」
下からの斬り上げを両手の爪で防ぐことは不可能だと感じ取った流樹は傷を負うことを承知で腕を交差することで防いだ。
「っつ!」
体が宙に上がる隙をドニが見逃すことはなかった。
「隙あり、はっ!」
今度の攻撃は突き、体を捻り繰り出される突きは流樹の肩を狙った。
とっさに掌を剣先に向かって伸ばし突き出された剣を掌で受けた、剣は掌を貫通し狙っていた肩から頬を掠めた。流樹は片膝を地面に着く形で着地した。
「生気なき肉体よ。冥界へ渡る魂よ。我は汝らを導きし先導者にして管理人。肉体は静かに眠り、魂は冥界で裁きを受けるだろう!」
地面に着き、次の攻撃が来る前に聖句を唱える。
聖句を唱え終えると同時に戦場のあちこちから白い包帯がドニに向かって伸び全身を絡めとる。
「おおっと!?包帯か、でもこんなものじゃ僕の動きは止められないよ」
自分を縛る包帯を引き千切ろうと腕を無理やり動かす、包帯は一本、二本と千切れていく。
「よっと」
ドニの気が剣から包帯に逸れた隙を狙って剣から伸びる包帯を流樹は掴み取り力一杯引っ張る。剣はドニの手の中から離れた。
「いけ」
掛け声と共に上空から三十センチ程の大きさの光鳥が降りてくると、宙を舞う剣を爪で掴みとり、再び上空に昇っていく。
上空に昇っていく光鳥と入れ替わるように降りてきたのは光鳥、それも羽を広げたサイズは全長六十メートルはある。
「デカすぎないかい?」
「くたばれ」
全身から包帯を生み出し球体状に自分を包み込む。
羽を羽ばたかせ一層加速した光鳥がドニに直撃した。
ゴオオォォォッ!!
騒音と衝撃波、眩い光に包まれた。
「玉藻前と同じ方法を使ったけど、これで死んでなかったら勝ち目ないよな」
自分を包む包帯を解除して、出来たばかりのクレーターの中心を見に行くとそこに居たのは上半身裸で膝まで燃えた長ズボンの変態が仰向けに大の字で倒れている光景だった。
「手足の一、二本は最低でもいけると思ったんだけどな」
威力もタイミングも十分だったはず、と何がダメだったのか思考しているとドニの手には砕け散ったナイフがあった。
「持っていたナイフで光鳥を斬って威力の軽減をしたのか」
「そうだよ」
よっと、と言いながら体を起こし、歩み寄ってくるドニ。
「昼食の時にくすねといてよかったよ」
「それでも生きてるってのは驚きだ。決闘は続けるのか?」
「いや、今回は僕の負けだ。久々に楽しかったよ!」
ドニはゲームをクリアしきった子供のような笑顔で笑っていた。対して正面に立っている流樹ははぁ~、と溜息を零した。
「僕に勝った賞品ってわけじゃないけど、いい事教えてあげるよ」
「いいこと?」
「カンピオーネの一人、サーシャ・デヤンスタール・ヴォバンがまつろわぬ神招来の儀をやろうと世界中から巫女や魔女を集めてるらしいよ。君の国にも関係するかもしれないから気をつけてね」
巻き込まれなきゃいいけど、と思ったことがフラグだと後悔するのはもう少し先の話しである。