人生で二度目となる飛行機と人生で二度目となる海外。今回は決闘が四分の一、観光が四分の三だ。
「前回の旅行は地獄だったから、今回は決闘があっても観光できるだけでもマシに思えそうだ」
紙コップに入ったブラックコーヒーを啜る。
『間も無く着陸に入ります。座席に座りシートベルトを絞めてください』
コーヒーを飲みほし、シートベルトを絞めて窓から外を覗くと、イタリアの町の全体を見ることができた。
飛行機からのんびりと降りながら、荷物レーンから着替えを入れたドラム型のカバンを掴みとり、空港の中を歩いていると前方から、金髪に薔薇のように赤いドレスを着た美少女が歩いてくる。
美少女は目の前まで来ると、止まったのちに、
「お待ちしておりました、『明星の王』こと月宮流樹様。私は赤鋼黒十字《しゃくどうくろじゅうじ》に所属するエリカ・ブランデッリと申します。エリカと呼んでいただければ幸いです」
ドレスの端をつまみ上げ、優雅に挨拶をする。
「え~と、エリカが案内人ってことでいいのか」
「はい。ドニ卿との決闘の場所はこちらで確保済みですので、そちらまで私のメイドの運転する車で向かいます」
出迎えから送迎まであるとは楽でいいな、と思いながら前を歩くエリカの後ろをついて歩く。
空港の外に出ると一台の黒い車が止まっており、側に立っていたのはメイド服の恐らくエリカの言っていたメイドだろう。
「エリカ様、運転の準備は出来ております。初めまして私はエリカ様のメイドでアリアンナと申します。では、決闘の地までは私が運転させてもらいますので」
後部座席に座り揺られる車で街を走っていく。流れていく建物、遠くに見えるコロッセオを眺める。
「やっぱり街中で決闘なんてことにはならなかったか」
「王同士が街中で決闘なんてしたら街が更地になってしまいます」
横に座るエリカの言うとおり、まつろわぬ神とカンピオーネが戦っても被害があるのだ。それが王同士だとしても変わらない被害が発生することだろう。
車は街中を抜けて畑を越えてその向こうの人が踏み入らない大自然の中にまで来ていた。
ゆっくりと車は止まり、車から降りるとそこには黒いYシャツに金髪の頭にはサングラス、肩には釣竿ケースを肩にかけている男が立っていた。
「やあ、来てくれて嬉しいよ流樹。僕のことはドニでいいよ」
「よろしくさん、ドニ」
ドニの差し出してきた手を握り返す。
手の平に感じる剣タコの硬い感触が今までどれだけ剣を振ってきたかを思わせた。
「審判は赤銅黒十字のエリカ「いらないよ、そんなの」
エリカの言葉を遮ってドニは既に肩にかけた袋から魔剣や聖剣でもない普通の剣を取り出していた。
「王同士の勝ち負けに審判なんて必要ないよ!」
地面を蹴り一瞬にして流樹の目の前まで移動したドニ。
ドニの持つ剣が流樹の首を斬ろうと振るわれるが、流樹はカンピオーネの本能と反射でかわした。
「あっぶね!いきなりすぎるだろ!」
「本番はここからだよ。ここに誓おう、僕は、僕に斬れぬものの存在を許さない。この剣は、地上の全てを切り裂き、断ち切る無敵の刃だと!」
ドニの右腕が肩から指先まで綺麗な銀腕に変わった。
ドニの持つ権能『斬り裂く銀の腕《シルバーアーム・ザ・リッパー》』は聖句の通り地上の全てを斬り裂ける。読んだ資料によれば、手に握った木の棒やペーパーナイフでも効果は発動する。
「最強の剣とかどこのチートキャラだよ。空に浮かびし星にして空を舞いし鳥。灰からいでて星となり輝く光と炎を放つ、流れる星は絶えず空を鳥の如く飛び渡る!」
聖句を口にしたことで流樹も権能を発動する。
流樹の周りに光の玉が生まれ、それらは鳥の形へと変わっていく。
「アハハ!光の鳥を見るのなんて初めてだよ。じゃ始めようか」
「やろうか」
始まる決闘に巻き込まれないように近くにいたエリカは遠くに退避していった。
「いけ」
命令を出すと二十羽を超える光鳥たちがドニに向かって真っ直ぐ飛んでいく。
「よっと」
ドニが剣を真っ直ぐに振り下ろすとその直線上に光鳥は真っ二つにされ消滅したり
光なんて触れられないものも斬れるのかよ、本当にチートだな。悪態をつくものの流樹の口元は僅かに上がっていた。
斬られずに残った光鳥はドニを傷つけようと足の爪を構えて襲いかかる。
肩や二の腕に切り傷を刻み、光鳥は旋回しながらもう一度攻撃を仕掛けようと戻っていく。
「威力はそこまでないのか、でもちょっと邪魔かな」
旋回しても戻ってきた光鳥に向かって剣を数回振るだけで、数十匹いた光鳥はバラバラに斬られ消えてしまった。
「ここからは僕から行こうか」
地面を勢いよく蹴りながら流樹に迫ろうとするが、流樹は後ろに下がりながら同時に光鳥を生み出しドニを攻撃するように命令し続けている。
「光の鳥じゃ僕にダメージを当てられないよ」
自身に迫り来る光鳥を斬り続けている、ドニに対して流樹はニヤリと笑う。
「それはどうだろうな」
ドニによって斬られた光鳥半分にされた体をそれぞれ収束させ、そして爆発を引き起こした。
うぉ!?間抜けな声を漏らしながらもろに爆発を受け、煙の中から出てきたドニは服のあちこちが焦げて黒くなっているが顔は一層楽しいと言いたそうな顔になっていた。
「まさか鳥が爆発するなんてね」
「さて、攻撃すると爆発する鳥をお前はどうやって対処する?」
僅かな会話の間に流樹は数十羽の光鳥を生み出し攻撃の準備に入っていた。ドニも剣を構え直し二人は同時に動いた。
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エリカは人生で初めて王同士の戦いというものを目にしていた。
神から簒奪した権能を駆使した戦い、魔術では再現することの不可能な現実。
「これがカンピオーネの力なのね」
地上の何人からも支配されない存在、それは何も魔術が効かない体を持っているからでも言霊の奥義を習得しているからでもない。全てを退ける権能という"力"を持っているからこそなのだ。
天才と呼ばれ絶えず努力を続けていようと届かない高みにいるカンピオーネという上位存在。
王同士の戦いを見ていて初めて自分は心の何処かで慢心をしていたことを実感した。自分だってもしかしたらカンピオーネになれるんじゃないかと、まつろわぬ神を倒すことが出来るのではないかと。だが、目の前に光景を見ていれば分かる次元が違うと。
「まさに王、ね」
王の隣に、対等な立場に立てるのはまつろわぬ神か同等の力を持つ王しかいない、故に王は王同士で引かれ合う無意識に。