MSV. 弾劾のハンニバル《完結》   作:suz.

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[Epilogue]


終幕

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 あんたにこの手紙が届いたってことは、おれはもう戻らないんだろう。

 おれの機体が動かなくなったら投函されるようにカズマに頼んでおいたんだ。

 

 っても、これを読んでるのが誰なのかはサッパリわからない。

 おれはユージン・セブンスタークという名前の男にこの手紙を送ったが、鉄華団の生き残りはみんな偽名を使って、捏造したIDで生き延びてる。

 だから、これを受け取って読んでるあんたが副団長本人なのかどうか、おれに確かめるすべはない。わざわざ紙とインクなんて高級品使って、届く保証ないって不便だよな……。

 

 すこし、昔話をしようか。

 おれはクリュセ郊外の娼館で生まれて、引き取る父親がいなくて捨てられた。女に生まれてれば商品にできたんだろうが、男のガキは金にならない。ま、フツーそうだよな、とびっきりの金髪美少年でもない限りさ。おれはブロンドじゃないし、赤毛ってそのうち色素が安定して茶髪になる確率が高いんだってさ。

 おれみたいなのはフツーに傭兵として出稼ぎさせて、弾避けになって死なすのが一番安全で、一番儲かるようにできてた。今だってそうだ。ヒューマンデブリが廃止になっても、売人どもは別の仕事見つけてうまくやってる。海賊も見逃された。

 

 火星の学校じゃ、おれらみたいな少年兵を生来のテロリストって教えてるみたいだけど、違うよな。

 生まれながらの生け贄じゃねえ?(笑)

 運が悪かった、生まれが間違ってたってんならそうなんだろう。

 だけど、もしも生まれ変わりってのがあるなら、そのときも間違って生まれてきたいとおれは思うよ。

 そうしたら困ってるガキが目に見えるだろ? 自分の目の前が平和だからって、見えないものを見ないフリしなくて済む。自滅するかもしれなくても、行き場のない連中と一緒になって本当の居場所を探しに行けるだろ。

 

 ここじゃないどっかを目指して進み続けるほうが、おれには性に合ってるらしい。

 だからさ、おれはこれでよかったんだ。IDなんか変えなくたって、一生お尋ね者だって。

 案外しあわせに生きられるってことを学んだよ。

 

 さて。

 察しのいいあんたならもうわかったと思うが、おれの復讐はこれでおしまいだ。

 テロリストは生け贄として死んで、狼にプライドをかじられた汚い大人が新しい戦いをはじめるだろう。

 ここはそういう世界だ。そうだろ?

 

 それじゃ、愛をこめて!

 鉄華団実働二番隊(筋肉隊)副隊長 ライド・マッスより。

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

「ライド…………ッ」

 

 便箋に綴られた文字は、お世辞にもきれいではないくせに思い切りよくセンスがあってあいつらしい。

 手紙を読むユージンの双眸がくしゃりと歪む。便箋を握る手がどうしようもない感傷にふるえた。

 

 そのときである。

 聞き覚えのないブレーキ音が外からいくつも響いてきて、ユージンはハッと顔をあげた。

 

 火星連合議長のオフィスに来客予定はないはずだ。反射的に窓まで駆け寄れば、やはり見覚えのない高級車。さらに護送車じみたつくりのトラック二台、三台と続く。

 停車したすべての影にギャラルホルンのエンブレムが見て取れた。

 

 開け放たれた扉から降り立つ緑色は、見紛うはずもないアリアンロッドの軍服だ。

 仮面じみたヘルメットで顔を隠した歩兵がぞろぞろと降り立ち、――ざっと五十人、いや、もっとだ。

 

 噂の強制査察か。

 鋭い舌打ちが静寂を鞭打つが、オフィスビルは兵士たちに取り囲まれてしまった。先頭を歩く女騎士は、館内に足を踏み入れたのだろう。

 ここは十五階だ。ビルごと封鎖されては逃げ場もない。

 

 どうすべきかと奥歯を噛んだそのとき、デスクの上のタブレットがビィィと叫び出し、ユージンは両肩を大げさなほど飛び上がらせた。

 ……まったくタイミングが悪い。心臓が口から飛び出すほど驚いてしまったが、送信元はクーデリアだ。

 内容はラテン語の格言が一行きり。

 

 

「“Hannibal erat ad portas(戸口にハンニバルがいた)”.……?」

 

 

 そのフレーズは確か、危険が迫っているという意味ではなかったか。

 さっと血の気が引くがここから飛び降りることは不可能だ。そうこうするうちにもオフィスの扉が次から次へと開けられていく。

 銃声は聞こえてこない。おそらく誰かを探しているのだろう。

 

 ついに目の前の扉が開かれ、ぞろぞろと響く足音が室内へなだれ込んでくる。

 先導する月外縁軌道統合艦隊ジュリエッタ・ジュリス准将が白いブーツの踵を鳴らした。

 マシンガンの銃口に見つめられて、ユージンは諦めたように両手を挙げる。

 

 ジュリエッタの目配せで、兵士のひとりがおもむろに銃をおろして進み出た。

 開いた両手で仮面を脱げば、癖の強い赤毛がようやく開放されたとばかりに揺れる。

 

 

「お迎えにあがりました。元鉄華団副団長、ユージン・セブンスターク殿」

 

 

 

 

 

 

 The END.




鉄血のオルフェンズ完結一周年おめでとうございました。

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