MSV. 弾劾のハンニバル《完結》   作:suz.

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【前回までのあらすじ】

 マクギリス・ファリド事件から七年。かりそめの安寧、そして地獄の夜明けを経て〈革命の乙女〉は立ち上がり、そして最後の戦いが幕を開けた。
 そこには意味も大義も、守るべきものもない。
 この世界で生きていくためだけに彼らは戦場へと駆け出していく。


最終章 ウィル・オー・ザ・ウィスプ
025 戦う相手


『〈ガンダム・アウナスブランカ〉——出撃する!』

 

 狼の紋章を戴くハーフビーク級戦艦〈ヴァナルガンド〉から仄青い光線がほとばしる。飛び立つ機影が『ガンダム』であることを、アリアンロッドのMS(モビルスーツ)隊はさっそく感知したようだった。

 ざわりと空気が変質する。あらゆる注意がこちらへと向く。その極端なまでの温度変化は、阿頼耶識のないコクピット内でもありありと感じられた。

 はるか遠くに黒煙が見える。どうやらハーフビーク級戦艦が航行能力を失って傾いているらしい。制御の利かなくなった巨躯はエイハブ・リアクターが発生させる重力に従って浮遊するだけの金属塊になる。

 隙間を縫って跳ね回る光線はビスコー級クルーザー〈セイズ〉——ウタとイーサンか。

 それならあちらはまだ大丈夫そうだと、ライドは細く息を吐いた。サブモニタを一瞥する。接近してくる敵MSは四機。最前線まで突出してくる機体はすべてEB−06〈グレイズ〉。主武装は九〇ミリ汎用マシンガンで統一されている。

 会敵まで3、2、1——。弾丸の雨をくぐる。はらりと身をそらしてかわす。なおも果敢に向かってくる機体と装備と、浴びせられる感情の渦がどうも噛み合わない。

 

(何だ……?)

 

 奇妙な違和感に、緑色の双眸を眇める。

 決定打となる打撃武器を持っているMSが見当たらないのだ。

 

(それにこの感じ……殺気とは何かが違う……!)

 

 嫉妬、羨望——何らかの我欲。手に入れたいというプリミティブな願望。戦略も連携もそっちのけでマシンガンを撃ち尽くす〈グレイズ〉をいなしながら、ライドは戸惑いを禁じ得ない。

 鹵獲が目的なのか。確かにエイハブ・リアクターを二基搭載したMSは七十二柱のガンダムフレームのみであるし、ギャラルホルンはいまだ、ツインリアクターの機体を実現できていない。

 だがギャラルホルンは最も多くのガンダムフレームを所有してきた組織だろう。この〈ガンダム・アウナス〉だってファリド家が取り潰されたときギャラルホルンに売却された経緯がある。

 三百年前の骨董品にもはや意味などないのだと、ギャラルホルンは全世界に向けて示したはずだ。

 

 七年前、純血の英雄ガエリオ・ボードウィンが、ラスタル・エリオン公やイズナリオ・ファリド公の後押しを得、逆賊マクギリス・ファリドを断罪した。

〈マクギリス・ファリド事件〉によって命の価値は血統にあるという、この世界の真実が証明された。

 革命軍は壊滅。クーデターに加担した犯罪者集団も駆除され、悪名ごと闇に葬られた。路肩に咲く花に誰も気付かないように、〈鉄華団〉という民間警備会社があったことすら記憶の彼方に置き去られていく。

 

 命の糧が戦場にあった時代は、そうして非可逆の終焉を迎えた。

 だからギャラルホルンは形骸化した英雄伝説(ガンダムフレーム)を手放せたのだろう。

 

 ……自分で放棄したくせに、大人は勝手だ。

 ライドは吐き捨てるように嘆息すると、ぐっと操縦桿を握りしめ、ボタン式のトリガーを引く。ビームで牽制しつつ旗艦〈ヴァナルガンド〉に取り付かせないよう注意を引きつける。目くらまし程度にしか役に立たないことなど百も承知だ。マシンガンが豆鉄砲なら、ビームは水鉄砲も同然である。

 近接戦闘に備え、リアアーマーに懸架していたランドメイスを構えようと手を伸ばす。

 ところがライドの眼前で、熱線をもろに喰らった〈グレイズ〉がモノアイをぶつりと暗転させた。

 

(動きが止まった……っ?)

 

 まるで打ち上げられた魚のようだ。力なくただよう〈グレイズ〉を目の当たりにして、ライドは目をまたたかせる。ビーム兵器はMSには効かないはずではなかったか。

 だが、その挙動には見覚えがあった。

〈獅電〉のときと同じ現象だ。MA(モビルアーマー)と対峙したとき、ライドが乗っていたイオフレーム・獅電はビームの熱に電気系統をやられ、動けなくなった。

 ロディフレームに熱線が無効であることはチャド・チャダーンが証明しており、〈マン・ロディ〉に足をつけて地上戦に対応させただけの〈ランドマン・ロディ〉は確かにビームを通さなかった。

 いつぞやアバランチコロニー付近で戦った〈ジルダ〉もどきも同様の耐性を持っていた。ロディフレーム、ヘキサフレームとも厄祭戦中期に製造された機体であり、当時のMSにとってビーム耐性は必要最低限の機構だったはずだ。

 カズマの見立てによれば、ヴァルキュリアフレームにも理論上無効。〈グレイズ〉はその後継機と聞いていたから、当然ビームは弾くものとばかり思っていた。

 だが厄祭戦終結以降に製造・開発された量産型(マスプロダクト・モデル)という点では〈獅電〉と共通する。

 

「……それなら、あいつらは止められる!!」

 

 いかに水鉄砲といえど宇宙空間で光は無限にまっすぐ進む。ダインスレイヴ隊はみなグレイズフレームだ。射出専用〈グレイズ〉と随伴機〈フレック・グレイズ〉、あれらがビームで動きを止められるなら。

 駆けすがってくる〈グレイズ〉をランドメイスで強制的に黙らせながら、ライドは片手でコンソールパネルを弾く。モニタにダインスレイヴ隊の位置関係を表示させた。

 扇状に展開していたのだろう部隊は中央を強行突破され、番犬たちに群がられて風穴をじりじり拡大させられている。

 三段構えの中段は約七割、上段・下段約二割が機能を停止。……両端の砲台は概ね無事だ。あの弓さえあれば残弾はいくらでも追加できる。月面基地には〈ヴァナルガンド〉ひとつさっくり沈められる弾数が揃えてあるだろう。無駄撃ちはギャラルホルンのお家芸だ。

 

「あいつを墜とせれば……!」

 

 照準を合わせ、照射。宙域をまばゆく照らす光の柱が一直線に描き出された。咆哮の切っ先がダインスレイヴ専用グレイズに到達、そして横薙ぎに払う。

 ところがビームの強襲は〈フレック・グレイズ〉から残弾を取り落とさせただけに終わった。隊列は何の乱れも見られない。

 

「効かない……!?」

 

 ただの量産型とは違うのか。困惑とともに、第三射撃のためコンソールパネルを叩く。襲ってくる〈グレイズ〉にビームを浴びせるが——やはり効果がない。距離が問題だったのかという疑念はあっさりと砕かれる。

 

(あいつが整備不良だっただけかよ……!!)

 

 鋭い舌打ちが鞭打つようにコクピットに響いた。ライドはランドメイスを薙ぎ払い、〈グレイズ〉の腹を刈り取るように払い除ける。

 新たに接近してくる四つのエイハブ・ウェーブの反応もやはり〈グレイズ〉。装備も同じマシンガンだ。頭部を狙ってくる弾丸の雨をくぐる。肩を狙われれば身をそらしてかわす。滑るように着弾を避けつつ、ライドもまたサイドスカートから同じ九〇ミリマシンガンを掴みとった。

 牽制、しかし〈グレイズ〉は姿勢制御プログラムによりすんなりと回避する。もとよりオートコントロールに長けた〈グレイズ〉だ。ならば照準システムも正常だろう。

 なぜか攻撃パターンが一定なのは、パイロットの意図と解釈していい。

 頭部や肩部をしきりに狙ってくるせいで、くぐるか反るかで回避できてしまうのだ。

 だから殺意がまるで感じられないのだろう。頭にコクピットブロックを搭載しているヘキサフレームと違って、ガンダムフレームの頭はただのセンサーだ。パイロットどころか、カメラアイとアンテナくらいしか積んでいない。

 メインカメラを破砕する以外にも、手足を捥ぐなり武装を強制解除させるなり、あるいはコクピットを潰してパイロットを殺すなり、やりようはいくらでもあるはずだ。

 量産型のパイロットたちは、相手の動きを止めることを想定していないようにも感じられる。ツインリアクター機であるガンダムフレームに機動力でかなうわけがないのに、推進力の対策もされていない。

 こいつらの動きは、まるで、胸部コクピットブロックにパイロットが乗っていることを想定していないかのような——。

 

(なんだこの違和感は…………!!)

 

 逡巡している間にも、敵MS隊は〈ヴァナルガンド〉に近付いてきてしまっている。こちらのMSは二十二機きりで、うち二十機をダインスレイヴ隊攻略とアリアンロッド旗艦撃墜に回していて防衛ラインを作る余力は残されていない。トロウが双肩のヘビーマシンガンで追い払ってはいるものの、直援機は〈グリムゲルデ・ヴァンプ〉3号機たった一機である。艦を盾にして死角にもぐりこまれたらブリッジをやられてしまう。

 その時だった。

 愛機(ブランカ)のセンサーが新たなエイハブ・ウェーブの信号を拾う。

 

 機体の形式番号はEB−06g 〈グレイズエルンテ〉。

 

 腰部・脚部のブースターを強化した〈グレイズ〉の発展型だ。近接戦闘用の武器を持った六機の編隊。月面基地から離脱したときに見た覚えがある。左腕の小型ラウンドシールドからバルカンがほとばしる。

〈グリムゲルデ・ヴァンプ〉3号機のコクピットでトロウが低く喉を唸らせた。

 

『このやろう……ッ!』

 

 跳躍。四ツ足で飛びつき腕部マニピュレーターをガツンと蹴飛ばす。衝撃に腕ごと捥がれた〈グレイズエルンテ〉は、しかし左腕のバックラーで果敢に応戦する。

 体当たりをするように押し返し、獣の喉笛へバルカンを連射する。

 

『 ——ぐ、 やりやがったな!』

 

 空色の獣が身を起こすような一挙動。変形を解いた〈グリムゲルデ・ヴァンプ〉3号機の左腕——ヴァルキュリアシールドが〈グレイズエルンテ〉のバックラーをじりじりと押し戻す。右手がサイドスカートから引き抜いたのは、エンビから預かってきたハンドガンの片割れだ。

 押し付けるようにして発砲する。連射。ガンガンガンと至近距離で撃ちまくれば〈グレイズエルンテ〉はなすすべもなく身悶える。なおもトリガーを引き続け、ついにバックラーは完膚なきまでに打ち砕かれた。

 そのうちに〈ヴァナルガンド〉を狙おうとした一機をドロップキックの要領で弾き返す。

 黄金色のカメラアイが凶暴に光を散らす。

 医務室では兄弟(エンビ)がまだ眠っているのだ。目も覚めないうちに船を沈めさせるわけにはいかない。

 トロウとて仕事内容がアルミリア・ボードウィンの護衛であることは理解している。だが雇用主の命令よりも、家族の生命のほうがずっと大切に決まっている。

 取り落とされていた斧鉞(ブロード・アックス)をとっさの機転でつかみとると、振り向きざま〈グレイズエルンテ〉をフルスイングでぶん殴った。回避運動が間に合わず、胴を潰されて吹っ飛ぶ。パイロットは原形もないだろう。

 獰猛に息を吐いたトロウが顔をあげれば、そこには見覚えのある機体があった。飛来する碧の彗星。ライドもはっと気付く。

 

〈レギンレイズ・ジュリア〉——あの女騎士の機体だ。

 

 トロウの双眸が煮えたつように色を変える。〈グレイズエルンテ〉の右腕マニピュレーターがぶらさがったままの巨大斧を両手に構えると、闖入者に斬り掛かった。

 

『お前が————!!』

 

 斬撃をジュリアンソードが受け止める。凄絶なスパークが両者のモニタを染め、鍔迫り合いに腕がギリギリと軋む。操縦桿を握る腕をほんの少しでもゆるめれば弾き返されてしまう。一歩たりとも譲れないせめぎあいの中、ジュリエッタが上擦る声を張り上げた。開きっぱなしの通信回線から直接呼びかける。

 

『わたしは月外縁軌道統合艦隊(アリアンロッド)指揮官ジュリエッタ・ジュリス! 目的はアルミリア・ボードウィン嬢の保護です! 無益な戦いはやめてください!』

 

『だったらそっちが退きやがれ! いつもいつも先に仕掛けてくるのはギャラルホルンのほうじゃねえか!!』

 

 過剰な戦力をもって殲滅にやってくる。みんなでやれば怖くないとでも思っているかのように、絶対安全圏から撃ちまくるのがギャラルホルンの常套手段だ。

 CGSを襲ったときも、鉄華団を潰したときもそうだった。情報を封鎖するも偽装するもギャラルホルン様次第、ありもしない罪状をでっち上げて世論を意のままに操作して、さも正義の鉄槌を振り下ろしたように支配者側の勝手な都合を振り回す。

 それでなくともエンビが傷だらけで戻ってきて以来、トロウは虫の居所が悪いのだ。

 頭部バルカンを連打し、〈レギンレイズ・ジュリア〉を猛攻する。

 

『こ の、犬ッ……!』

 

『お前こそ権力の犬だろうが!』

 

『わたしはアルミリア様を迎えに来たのです!!』

 

『自分で連れてきておいてッ……勝手なんだよお前らはァ——!』

 

 黄金色のモノアイが剣呑な光を発し、ブレードアンテナに稲妻が駆け上がる。関節がギギギと軋みをあげ、武者震いのような震動とともに〈グリムゲルデ・ヴァンプ〉3号機は殻を脱ぎ捨てるように変形した。両手足のホバーユニットから青い炎がほとばしる。

 突撃形態(ビーストモード)。武器を手放し、体当たりのまま突っ込む。

 

『うぉおらぁああああぁあああああ!!』

 

『邪魔を、——ぉおおおッ!』

 

 流されるまいとジュリエッタはフットペダルを踏みしめる。脚部、腰部、背部スラスター全開、猛々しく噴き上げられた奔流が力を見せ付けあう。〈グリムゲルデ・ヴァンプ〉3号機も善戦するが、両者譲らぬ拮抗にはほどなくほころびが見え始めた。

 ヴァルキュリアフレームはもとより軽量ゆえの機動性を特色とした機構である。〈レギンレイズ〉の高機動発展型には純粋なパワーで劣る。推進力では〈レギンレイズ・ジュリア〉に軍配があがった。

 各部ブースターが奔騰すれば、まるで仄青い光の塊のようだ。餓狼を力任せに圧倒し、奔流は彗星のように加速する。

 両機もろとも〈ヴァナルガンド〉に激突した。

 

〈グリムゲルデ・ヴァンプ〉3号機のシグナルをロスト。

 

「トロウ!! おい、応答しろトロウ! トロウ!!」

 

 呼びかけても〈ヴァナルガンド〉の船体に遮られてLCSが届かない。薄情なグレイズエルンテ隊は上官だろうジュリエッタを見捨ててライドのほうへと群がってくる。トロウの救援に向かう余裕はない。ランドメイスを一振りして距離をとるが——〈ダインスレイヴ〉が装填準備をはじめている。

 ここでこいつらを足止めしたところで意味はないのだろう。先行した〈ガルム小隊〉のおかげで弾数はかなり減っているようだが、中央に風穴が開いたためか逆扇上に陣形を変更し、より攻撃的に〈ヴァナルガンド〉を狙う格好になっている。

 こちら側にはジュリエッタ・ジュリス准将がいるのだとしても、アリアンロッド艦隊がアルミリア・ボードウィンごと〈ヴァナルガンド〉を沈めるつもりで弓を引くなら女騎士は確実に巻き添えを喰う。

 彼女とて所詮は民間出身の軽い神輿、戦死者にして『次』を立ててしまえば済むことなのだろう。

 目撃者のいない戦いであればこそ、情報統制も容易だ。

 

 そして禁断の砲台が、断続的に矢を放つ。

 

〈ダインスレイヴ〉が発射されれば近いものから順に被弾していく。一掃だ。着弾とともに吹っ飛ばされ、不明瞭なうめき声が短く途切れると同時に押し流されていくさまは、まさに掃討の一言がふさわしい。MSが、影という影が宙域から遠ざかっていく。〈グレイズ〉も〈グレイズエルンテ〉も転がる石ころもろともすべて巻き添えにしながら、鉄杭は無数に降り注ぐ。

 急襲する凶弾のひとつが天啓のように目にうつった。スローモーションのような一瞬。

 ああ、これは。

 

「止 まれぇえええええ————!!」

 

 このままではブリッジに命中する!! 無意識に突き動かされるように手を伸ばしたのは必然だった。

 被弾の瞬間には、あっと声をあげる暇もない。間に合えと願って伸ばしたマニピュレーターを鉄の杭が貫通する。命中したのは手のひらだというのに〈ガンダム・アウナスブランカ〉の上体がぐわんと振り回された。コクピットまで揺さぶる衝撃とともに右肘の関節が砕け、肩が外れる。アラートというアラートが叫びだす。

 それでも理性をかき集めるように顔をあげれば〈ヴァナルガンド〉に被害は見て取れない。当たりどころがマシだったのだろう。運がよかった。外装が一部ハリネズミと化したくらいでハーフビーク級戦艦は沈まない。

 だが、通信回線からはコクピットを貫かれた断末魔が聞こえてくる。苦悶、喉が潰れたようなうめき声。最期に家族の名前を呼ぶ兵士の涙。スラスターの機能が停止し、あるいはカメラアイを潰されて帰投できないと救援を呼ぶ情けない悲鳴。

 ああ、とライドはそっと目を伏せた。

 こうした声を敢えて聞かせて戦意を喪失させようとでもしているのだろう。死を目前にした人間のあがきは、確かに心に訴えるものがある。危険と隣り合わせの宇宙空間ならばなおさらだ。正気の人間ならばきっと恐怖に駆られ、焦燥によって冷静さを削り取られる。

 人を殺しても平然と生きていられる(ライド)たちがいかに異常か、思い知らせる心理戦のつもりか。

 精神攻撃に屈してやる気はさらさらないが、これほどまでの犠牲を出してもギャラルホルンは変わらないのだろうと思えば、何もかも無駄に思えてくる。体制を維持することが『大義』であると、疑わない者だけが生存を特赦される楽園(ディストピア)

 不適合者は〈ダインスレイヴ〉で一掃してしまえば、不満の声などあがらない。

 コクピットに火花が散る。〈ガンダム・アウナスブランカ〉も右腕を持っていかれた。息も絶え絶えの〈グレイズ〉が這い寄り、最期に一旗あげてやると吠えるかのように拾いものの斧を振りあげる。

 運よく生き残ってくれたビームで応戦するが、出力が安定しない。

 これまでか。

 覚悟を決めそうになった刹那、目の前に迫った〈グレイズエルンテ〉のマニピュレーターがぐしゃりと砕け散った。

 砂嵐を移すだけになっていたサブモニタの一角がパッと灯る。

 

『ライド!! 無事かッ?』

 

 ハッと顔をあげれば、ぎょろぎょろと特徴的なカメラアイと目があう。〈グリムゲルデ・ヴァンプ〉2号機の千里眼だ。バイザーを開いて露出させたアイセンサーは〈ダインスレイヴ専用グレイズ〉と同様の高精度光学ズームを搭載している。漆黒の機体は宇宙に溶け込むような保護色で、浮遊するスペースデブリによって恒星の光が遮られがちな宙域では見落としてしまうのだ。

 

「ヒルメ……! ああ、よく戻った!」

 

『今すぐメインカメラを破壊しろ! 連中の目的はおれたちの掃討じゃない、ガンダムの首級(クビ)だ!』

 

「はぁ!? いきなり何を……ッ、ブランカに阿頼耶識はついてねーんだぞ!」

 

 右腕を失い、ビームも頼れそうにない。スラスターのガスも残りわずか、満身創痍の上にメインカメラまで失ったら戦闘の継続は不可能だ。

 二の句が継げないライドのサブモニタに新たなウィンドウが割り込んでくる。

 

『ライドさん!!』

 

「お姫さん……?」

 

 なぜ〈ヴァナルガンド〉のブリッジにアルミリアがいる? 中枢ブロックに隠れていろと言い含めたはずなのに、艦長席からパネルに身を乗り出してくるのはアルミリアだ。

 涙でいっぱいの青いひとみから、涙は落ちない。長いまつげに割られた水滴が無重力にきらきら舞い散る。

 

『〈ガンダム・バエル〉にっ……、バエルに乗ってください!』

 

 MSでは戦えない、わたしの代わりに、どうか。

 涙の訴えに、目が覚めるような心地だった。アルミリアだって叶うのならば自身がバエルを駆って亡き夫の足跡を追いたかっただろう。ハーフビーク級戦艦〈ヴァナルガンド〉もガンダムフレーム第一号機〈ガンダム・バエル〉も、マクギリス・ファリドが死出にともなった形見の品だ。

 戦えるようには育てなかった籠の鳥。戦いたいときに戦えない苦しみを、戦う力の得難さを、ライドは知っている。そんな背中をヒルメが押す。

 

『行け、ライド! お前がバエルで戻ってくるまで、ここは死守する!』

 

 メインモニタに重なるように道が描きだされる。〈グリムゲルデ・ヴァンプ〉2号機からQCCSで飛んできたのは〈ヴァナルガンド〉への帰り道だった。

 漆黒の機体が寄越してきたのはそれだけではない。マニピュレーターが放り投げた()()を、左手でどうにかつかみ取る。

 エンビの戦線復帰が無理ならばと、トロウとヒルメでひとつずつ持ち出していたハンドガンだ。

 

「……拳銃自殺とは穏やかじゃねぇな」

 

 軽口をたたきつつ受け取ると、〈ガンダム・アウナスブランカ〉のこめかみに銃口をあてがう。装甲の隙間に押し付け、めりこませれば不完全でも破壊できるだろう。意を決してトリガーを引く挙動はどうしてか、祈りに似ている。

 

 発砲。

 

 刹那、白い装甲が砕け散る。同時に砂嵐が覆ったモニタの向こう側で、漆黒の機体が親指をたててみせた気配がライドにも確かに伝わった。


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