MSV. 弾劾のハンニバル《完結》   作:suz.

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【前回までのあらすじ】
 二年前のノブリス・ゴルドン暗殺以来、〈モンターク商会〉は目覚ましい躍進を遂げていた。
 仮面の少女が代表をつとめる火星随一の武器商。しかしその実体は、ギャラルホルンの権威の足許でうごめく脆弱な獣の群れにすぎないのだった。


第二章 勝てば官軍、負ければ生け贄
002 ブランカ


 ランドメイスを振り上げる。そして鋭く振り抜くさまは、まるで死神の鎌だ。

 かつては〈ゲイレール〉の主兵装のひとつとしてギャラルホルンに正式配備されていたという巨大ピッケルは、何とも悪趣味な姿をしている。ひと薙ぎで新たな首を刈り取ると、ライドはモニタにざっと視線を走らせた。

 

 戦闘はひとまずここまでか。

 人質にとった輸送用ランチ一機を除き、宙域に動けそうな敵影はもうない。迎撃に出てきた〈ジルダ〉のまがい物はみな頭部を潰され、あるいは吹き飛ばされて漂流している。

 残骸の海からは、ランチのブリッジで怯えるコロニー労働者数名の声が頼りなく寄せて返すのみだ。

 

 スパークが弱々しく痙攣するばかりのMS(モビルスーツ)はいずれもヘキサフレームの粗悪品で、乗っていたのも明らかに兵士ではなかった。引き金に手をかけるのも初めてだったのだろう素人パイロットの射撃は何ともお粗末なもので、ちょっと避けてやるだけで破れかぶれになって突進してきた。

 

 勝手に焦ってくれたおかげで、呆気なく全滅。ライドたちの姿を捉えているのは、もはやアバランチコロニー群の非常用センサーくらいのものだろう。

 タントテンポの警戒網だけあって精度は折り紙付きだろうが、どうせ(ブランカ)に目を奪われて、引き連れている四機の番犬たちまでは見えていない。

 

 ASW−G−58〈ガンダム・アウナス()()()()〉――右肩には盲目の狼、左肩には稲妻のシンボルをそれぞれ描いた白い悪魔。

 

 その名が示す通りのカラーリングはカメラの露出計を狂わせ、暗色の輪郭をより曖昧にさせる。

 釘付けにされたセンサーでは、ライドが従えている黒褐色の〈ガルム・ロディ〉四機を正しく捕捉することは不可能だろう。アリアドネのコクーンがエイハブ・ウェーブを観測していても、スペースデブリに遮られて不明瞭なまま見失う(ロスト)

 厄祭戦中に砕けたという月の破片が飽和する〈ルーナ・ドロップ〉では、LCSによる通信も不確かだ。

 

「よくやった、ギリアム! お前ら〈ガルム小隊〉は撤収の準備をしろ。予定ポイントで合流する」

 

『はいっ!』

 

 ヘルメットの内蔵スピーカーごし、実に景気のいい返事(イエス・サー)が跳ね返ってきたと思えば、間髪開けずに〈ガルム・ロディ〉3番機が人質にしていたランチをブーストハンマーでぶん殴った。

 爆ぜるように飛散した破片の中には人影も混じっていて、……あの速度で吹っ飛べば、まず生きてはいないだろう。ノーマルスーツを着用していなかった脇の甘さが命取りになった。

 コロニーで運用されている主要なランチは短距離輸送用のためかナノラミネートアーマーがなく、MSの戦いに巻き込まれた時点で生存率はゼロに等しい。

 無惨に粉砕された小舟は、衝突防止灯を心細げにまたたかせると完全に沈黙した。

 すると四機の〈ガルム・ロディ〉がわっと獲物に群がり、ひしゃげた外装をひきはがしにかかる。今回のターゲットであるコンテナをもぎとると手早くワイヤーフックをひっかけ、視界の悪い岩場をすいすいくぐって撤収していく。

 さすが元宇宙海賊のヒューマンデブリというべきか、実に手際がいい。

 遠い目をして〈ガルム小隊〉を見送るライドは、いつも苦しいような悲しいような、やりきれない気持ちなった。

 

「お前らが全員十代()()のガキだって割れても、どうせ誰も信じねぇんだろうな……」

 

 いや、教育熱心な学校では、少年兵とは残虐で凶暴で、人を殺して生きる害獣と教えているくらいだ。ヒューマンデブリとはそういう生き物なのかと、ただ納得されるだけかもしれない。

 鉄華団も、きっとそうだった。何も知らない第三者の目には、物騒で野蛮な人食いネズミ、破壊と殺戮を繰り返すテロリストでしかなかったのだろう。

 働き者の〈ガルム小隊〉だって、ただ与えられた仕事をこなしているだけで海賊と見紛う。

 

 ブリッジを破壊するのは、通信管制が生きている限りアリアドネからの半強制的な交信を受け、位置情報を提供し続けるせいだ。行き先を知られたくないなら航行機能そのものを物理的に停止させるしかない。

 そうやって発信器を無効化すればアリアドネが睨みを利かせる正規航路に近づいても探知されずに済む。

 同時に疑似重力発生装置も制御不能になるため、無重力に支配された船は弛緩しきった人体同様、慣性のまま漂流するしかなくなる。

 システムの機能停止を皮切りに酸素はみるみる減っていき、あとは乗組員が全員窒息するまでの短くも長いカウントダウンだ。

 周囲に外装作業用のMSが明らかに戦闘破壊された様相で転がっていれば、ギャラルホルンも警戒する。初期対応の遅れは致命傷となり、救助隊員の安全を守るため救いの手を差し伸べられない救助マニュアルによって死人の口は封じられる。

 

 そうした対応の遅さを逆手に宇宙海賊がのさばり、正規航路をちょっと逸れただけでそこはもう無法地帯である。

 ブリッジに銃口を突きつけて脅し、操縦士が不要になったらあっさり殺す……、海賊育ちの〈ガルム小隊〉は掠奪のやり口をごく自然に身につけており、統率もよくとれている。任務遂行に迷いはなく、ミスもない。今回もうまく撤収してくれるだろう。

 

 本作戦の目的は、とある積み荷の回収、そして運び屋の殲滅だ。

 アバランチコロニーの農業プラントから輸送されるコンテナを強奪し、乗組員のIDを確認・焼却処分した上で、積み荷は火星のモンターク邸まで持ち帰る。

 事前に提供された情報によれば労働者による『不当な持ち出し』という話だったから、コンテナの中身はどうせ武器か何かだろう。タントテンポもまたテイワズ同様マフィアに近い実体を持っている。

 送り先の手に渡っては都合の悪いものを壊したり、奪ったり――今のライドはそういう仕事をしている。ラスタル・エリオン公にとって不都合な存在を排除して回る、ある種の掃除夫だ。

 戦闘を一通り終えれば沈黙したMSのコクピットを検分し、あるいはランチから跳ねとんだ死体の身元確認を行なう。生き残りがいれば殺害する。

 

 IDの照合を終えたら()()だ。

 ビームによる焼却処分を行なうのである。

 

 このガンダムフレーム〈アウナス〉は初代ファリドが厄祭戦を戦った機体で、元来ビーム兵器など搭載していなかった。七年前まではギャラルホルン本部〈ヴィーンゴールヴ〉の地下祭壇に奉られていたという骨董品だ。

〈マクギリス・ファリド事件〉を受けてファリド家はお取り潰しとなり、ガンダムフレームは売却。パーツごとに競売にかけられたところをモンターク商会が買い集めて改修、そこにマクギリスが独自に保管していたMA(モビルアーマー)〈ハシュマル〉のビーム放射器を移植した。(伝説の英雄が乗っていたという三百年来のアンティークをバラして売る、という行為がいまいちライドには理解できなかったが、ギャラルホルンにはそういう慣習があるらしい)

 

 骨も残さず葬ることのできる熱線は生も死も等しく焼き尽くし、痕跡を残さない。今日ここで絶命した労働者たちも、行方不明扱いになるのだろう。

 さすがにヘキサフレームも厄祭戦当時の機体なので、コクピットブロックはビームを通さず、イオフレーム〈獅電〉のように電気系統をやられるといった醜態も晒さない。

 おかげでハッチをこじあけて、パイロットを直接焼かなければならない。

 せめて殺した相手への憎しみでもあれば、こんな胸の悪くなる仕事も呑み込めたろうに……、こういうときほど強く思う。

 

 曲がりなりにもライドは少年兵育ちであるし、死体など見慣れている。折れ曲がっていても、臓物をぶちまけていても、今さら動じることはない。

 とはいえ処理する遺体はいつも戦士だったのだ。

 遺体が家族のものであれば、仇は必ずとると誓って遺体袋のファスナーを閉じた。交戦した相手であれば、ギャラルホルンであれ海賊であれ、ヒューマンデブリであっても敵対した以上仕方がないと思えた。

 だが、この任務中ライドたちが打ち砕いてきたコクピットの中身はすべて解放を求めただけの労働者で、機体はヘキサフレームの粗悪品。SAU正規軍が配備している〈ジルダ〉からフードを剥ぎ取ったような機体は、オセアニア連邦のコロニーあたりから流れてきたシロモノだろう。

 

 メインモニタの真正面、アバランチコロニーを一瞥する。眉根が歪むのは、あのコロニーにはテイワズフレーム〈百里〉〈百練〉、ロディフレーム〈ラブルス〉のような堅牢な機体が複数存在することを知っているからだ。

 ヘキサフレームは頭部にコクピットを持ち、手足はひょろりとしている。頭をかばえるような長物でも持っていない限り急所はガラ空きである。

 だから〈ジルダ〉にはフードのようなコクピット防衛装甲が足されたのだろう。

 

 もしもバケツ頭の〈ラブルス〉で出撃していたなら、こんなにもあっさりと刈り尽くされることはなかった。

 

(そこまで織り込み済みで、つかまされたのかよ)

 

 不要になったヘキサフレームを、乗りこなせもしないMSを。

 いつか弓を引きそうだから、(やじり)を丸め、弦をゆるめて、希望に見立てて差し出したのか。

 

 胸糞悪い思考を打ち払うように、ライドは頭を振った。

 今はとっとと仕事を済ませて撤退するのが先決だ。月が近いだけに、いつアリアンロッドの本隊と鉢合わせるとも限らない。

 監視カメラの前で機影を少なく見せかけたところで、ギャラルホルンは金持ちよろしくハーフビーク級戦艦を差し向け、物量で攻めてくる。

 

 清濁併せ呑む賢君ラスタル・エリオン公のため、八年ばかり前に没した密偵ガラン・モッサの代わりを担ってやっているというのに。ギャラルホルンは味方ではないのだから、まったく嫌になる。

 

 汚れ仕事を引き受けるライドら別働隊の存在がアリアンロッド本隊に知らされることはなく、新司令ジュリエッタ・ジュリス准将とは一切の連携を行なわない。

 見つかれば当然のごとく武力介入を受け、問答無用で殲滅されるのだろう。〈レギンレイズ〉によるド派手な物量戦はギャラルホルン最強最大の艦隊〈月外縁軌道統合艦隊〉の真骨頂だ。

 

 諜報、暗殺、いらなくなった艦船や人材の廃棄、――そういうギャラルホルンが表立ってこなせない仕事が『依頼』の顔をしてモンターク商会に降ってくる。

 数ある任務に私怨による復讐を紛れ込ませてやれば、あのラスタル様の思惑だなんて誰も考えやしない。

 

(……結局おれたち宇宙ネズミは、弾避けとして便利に使われるだけだ)

 

 需要と供給の天秤がつりあう限り、そこには善も悪もない。

 コクーンの前に敢えて姿を見せると、ライドはため息のようにバーニアをふかした。カメラの視線が集まる気配を感じて、これみよがしに踵を返す。

〈ガンダム・アウナスブランカ〉が阿頼耶識システムに対応していないのは、パイロットが宇宙ネズミではないというアピールのためだ。警戒用カメラの管理者たちは、学もないガキがまさかMSを操縦できるだなんて思っちゃいない。

 火葬される死体を直視して嘔吐できたころが懐かしい。

 あのころはまだ今よりマシな()()だった気がする。

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

 モンターク商会が保有する少年傭兵部隊〈マーナガルム隊〉。それがライドの今の居場所だ。

 総指揮官のライドを頂点に、エンビを中心とした実働1番組〈ハーティ小隊〉。ギリアムを隊長とする実働2番組〈ガルム小隊〉。彼ら二隊を作戦の要に据え、5番組までの連隊となっている。

 構成員は、そのほとんどが海賊船や民兵の組織から保護した幼いヒューマンデブリたちだ。

 

 二年前、ギャラルホルンと火星連合の間で取り交わされた〈ヒューマンデブリ廃止条約〉は、彼らの居場所を根こそぎ奪い取っていった。

 条約の制限を直接受ける各民間企業――警備会社、傭兵斡旋所――はしらみつぶしにアリアンロッドの抜き打ち監査を受けた。差し押さえられたヒューマンデブリたちは、その場で銃殺刑に処されたという。

 逃げ出そうとしたヒューマンデブリばかりか、ここを処刑場にされては困ると願い出た社員まで()()され、デブリ狩りがはじまったという噂はまたたく間に全宇宙を駆け巡った。

 

 社員の生活を守るため、関連企業はこぞって生け贄を差し出した。

 このまま殺されるのは可哀想だ、どうか生き延びてくれと願いをこめて宇宙へ放流した会社もあったという。そんなことをすれば限られた酸素を奪い合い、蠱毒のように殺し合って窒息、全滅……という最悪の結末にたどり着くことは目に見えていたろうに。

 

 一連の争乱の渦中で、放り出されたIDは本人に還元されることなく宙に浮いた。

 

 奴隷のレッテルを貼られた子供たちは、人間に戻る機会を永遠に失ってしまったのだ。

 

 とはいえギャラルホルンだって、正規航路の外は海賊が跋扈する危険区域でなくては都合が悪い。でなくば輸送船や客船がみかじめ料を支払わなくなってしまうからだ。逆らうことなくヒューマンデブリを差し出した宇宙海賊は必要悪として看過され、今後とも圏外圏の治安を()()するため、非正規航路に迷い込む艦船を襲う。

 

 鉄華団残党が戦闘職に就けなくなったのも、民兵の弱体化――ひいては海賊の保護――を狙った政策の一環だろう。

 ギャラルホルンに通行料を払って安全な正規航路を行くか。護衛を雇って危険な非正規航路を抜けるか。惑星間航行を行ないたいなら選択はふたつにひとつ。どちらにせよまとまった金がいるが、安全は金で買える。

 吝嗇(ケチ)な貧乏人が消息を絶っても「自業自得」だという風潮は、実にあっさりと完成した。

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

 作戦開始から十二日目。

 予定通りのランデブーポイントで〈ガルム小隊〉のランチと落ちあい、無事に共同宇宙港〈方舟〉まで戻ってきた。

 民間輸送船がまばらに停泊する桟橋のそばに古い格納庫があって、そこがライドたちの()()()だ。

 軍民とりまぜて発着する船着き場からはちょうど死角になっており、実は上下水道が生きていることすら誰にも知られていないという。

 従業員にも認知されていない格納庫はしんと静かで、いつも薄暗い。

 

 着艦を確認するとライドはコクピットを出て、おもむろにヘルメットを取った。癖の強い赤毛がやっと開放されて、汗の粒がきらきらと重たいグレーの闇に散る。

 ギャラルホルンの一般兵と同じ仕様のパイロットスーツは、背中が少し窮屈だ。

 喉元のファスナーに手をかけたところでドリンクボトルが飛んできて、片手でキャッチした。

 

「よう」と一言、整備士のカズマがふわりと飛んでくる。

 

 チョコレートドリンクを投げて寄越した張本人・カズマは、このモンターク商会の少年傭兵部隊〈マーナガルム隊〉で二十代に達しているふたりのうちの片割れだ。

 ゆるくカールのかかった黒髪が特徴的で、無重力にふわふわ揺れる天然パーマのせいで緊張感のない風体ではあるが、整備の腕は抜群にいい。

 背中に阿頼耶識がなくとも今のライドには気のおけない戦友である。

 

「任務お疲れさん。ブランカのご機嫌はどうだった?」

 

「今回のセッティングは特によかったぜ。ビームの出力も安定してる」

 

「だろ? やっぱ話のわかるパイロットはいいよなァ」

 

 整備のし甲斐がある、と白い歯を覗かせたカズマは、鉄華団壊滅後にカッサパファクトリーに就職し、三ヶ月と持たずに離職した前歴がある。

 おやっさんの愛称で親しまれるナディ・雪之丞・カッサパが興した工場ではMW(モビルワーカー)だけでなくMS(モビルスーツ)の修理・整備も請け負うが、仕事はすべて依頼された通りにしか行えない決まりだ。

 不完全な整備のせいでパイロットに死なれるのは後味が悪いからといって支払われた対価以上の便宜を図ってはいけない。整備費用をケチるのならばしょうがない。

 経理のスペシャリストである才媛メリビット・ステープルトンが会社経営の中心にいる限り、ただの便利屋に成り下がるような真似は厳しく取り締まられる。

 見積もりを出し、リスクやデメリットも説明して、双方が合意した上で発注された仕事だ。親切心による契約外労働は、後の禍根となりかねない。

 

 機械いじりが趣味で生き甲斐、余暇は食事と睡眠その他生理的欲求ぶんだけあればいい――というカズマには馴染みかねる職場だった。

 鉄華団の同期でもあるザックとも折り合いが悪くて退職、今は〈マーナガルム隊〉専属のメカニックとして、この格納庫に常駐している。

 

「おれがいない間、何か変わったことは?」

 

「なーんにも! いつも通り平和だよ、宇宙(うえ)地上(した)もね」

 

 カズマは肩をすくめて、ため息をついてみせた。

 本当に何もないのだ。クリュセ市警が組織されて以来、たいていのことが金銭授受でもみ消せるようになってしまったので、事件も事故も起こりようがない。

 

 昔はテレビもラジオも〈革命の乙女〉クーデリア・藍那・バーンスタイン嬢の話題で持ちきりで、地球経済圏の圧制に苦しむ火星植民地域がいかに独立を求めているかを十五分単位で繰り返し繰り返し報じていたものだったというのに。

 火星連合が発足してからはテイワズ系企業のCMが増え、ニュース番組は縮小。教育系のバラエティ番組が読み書きくらいできて当たり前、テストの出来が悪いと親や先生に見捨てられてしまうかも――といった新常識をふりまいている。

 連合政府は発足当初から識字率の底上げ、および就学率の向上によって惑星規模の貧困から脱却したいという方針であったから、方向性そのものに変更はない。バーンスタイン議長閣下の念願かなってクリュセにおける退学率は限りなくゼロになった。

 毎朝の『きょうの天気』のバックグラウンドには、うきうきと登校する学童たちの姿がリアルタイムで使われている。

 

「相変わらずか……」

 

 ライドは独り言ち、眼下に臨む愛機の白さに目を細めつつ甘いドリンクを飲み干した。

 ダストシュートに向かって投げ放つと、センサーが察知して蓋を開ける。空になったボトルは狙い澄ましたようにゴミ箱に吸い込まれていった。

 

「このあとギリアムを連れて地上に降りようと思ってる。荷物の段取りは、カズマ、お前に任せてもいいか?」

 

「よしきた任せろ。〈GNトレーディング〉名義、〈モンターク商会〉宛てでいいんだよな」

 

「そう聞いてる。……悪いな、ブランカの整備を急がせちまう」

 

 いくつかあるダミー名義のひとつを使って、強奪してきた貨物を地上に降ろすのだ。同時に〈ガンダム・アウナスブランカ〉もコンテナごとモンターク邸に届けなくてはならない。

 こんな辺鄙な場所でファリド家のガンダムフレームがほぼ完全体で見つかれば、ギャラルホルンから疑いの目が向いてしまう。強制査察などされたらヒューマンデブリの全滅は免れないので、帰還のたびアルミリアの膝元まで持ち帰る必要がある。

 いつもはカズマが整備を終えるまでここで待ち、貨物コンテナとしてモンターク邸まで戻るのだが、今日は一般のシャトルを使って先に降りるつもりだ。

 

「いーよいーよ。夕方の便でベンとチャーリーが帰ってくるからついでだ」

 

「助かる。そういや〈ハーティ小隊〉も今日帰還か」

 

 SAUでの作戦は無事に完遂したのかと、無意識が安堵のため息を漏らす。〈グリムゲルデ・ヴァンプ〉2号機、コールサインはベンジャミン。同じく3号機、コールサインはチャールズ。

 1号機を駆るエンビは引き続き諜報任務のためアーブラウへ渡っておりしばらく戻らないが、ヒルメとトロウ、帯同していた整備班・医療班は〈グリムゲルデ・ヴァンプ〉二機とともに火星に帰ってくる。夕方の便ということは、五〜六時間もすれば到着するだろう。

 ヴァルキュリアフレームもまた一般企業が所有していること自体が不自然なシロモノなので、カズマのチェックが済み次第モンターク邸に送られる。

 ここに残るのは〈ガルム・ロディ〉をはじめとする汎用機だけだ。

 

「ってか、なんでまたギリアムを? 取り巻きひっぺがすの面倒だろう」

 

 特にあの3番機の……とカズマが口角をひきつらせる。

 宇宙海賊から買い取られてきたヒューマンデブリで構成されたマーナガルム実働2番組〈ガルム小隊〉はギリアム、フェイ、エヴァン、ハルという四人のMSパイロットを中心とした編成で、子供ながら腕が立つ。メンバーはみなライドによく懐いているし、カズマにも敬意を払ってくれるのだが、何とも言えない近寄りがたさがあった。

 中でも〈ガルム・ロディ〉3番機を駆るエヴァンは隊長ギリアムと一卵性双生児にあたり、どこへいくときもべったりなのだ。

 いつもなら苦笑を浮かべるところだが、今のライドにはそうできない理由があった。

 

「……なんだか嫌な予感がするんだ」




【登場メカニック】

【挿絵表示】

■ASW-G-58 ガンダム・アウナスブランカ
通称: ブランカ
搭乗者: ライド
動力源: エイハブ・リアクターx2
使用フレーム: ガンダムフレーム
武装:
 ランドメイス
 90mmサブマシンガン
 ビーム放射器
 アンカークロー
 ガントレットシールド
備考:
 ファリド家のガンダムフレームだったもの。M.F.事件後にファリド家が取り潰しになり、売り払われたところをモンターク商会が買い取った。機体カラーは『ブランカ』の名の通り、バエルに似たホワイト系に塗り直されている。ビーム兵器を搭載し、主に暗殺作戦で運用。監視カメラには残らずとも宇宙において白いMSは非常に視認性が高く、言わずもがな目撃させることを目的としたMSである。
 右肩にはマーナガルム隊のシンボルとして目隠しをされた狼『ブラインドフェンリル(Blinded Fenrir)』を描き、左肩に雷電号と同じ稲妻のノーズアートを描いている。
 アウナスは別名を『アミー』といい、「友人」を意味する。ガエリオ・ボードウィンを殺害したマクギリス・ファリドに、もう友人はいなかった。

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