MSV. 弾劾のハンニバル《完結》   作:suz.

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020 インプリント

 医務室に緊張が走る。動揺が〈ヴァナルガンド〉艦内をすみずみまで揺さぶり、駆け巡るアラートと心音の境界が曖昧になる。

 ウタが冷静さを振り絞ったような声で読み上げるには、敵艦は十一隻。

 威力偵察から戻った実働4番組の〈スピナ・ロディ〉隊は、うち八隻のハーフビーク級戦艦がブリッジを格納し、好戦的な艦首をこちらに向けている状況を確かめてきたという。

 指揮官を持たない4番組は、今回こそ〈ウルヴヘズナル混成小隊〉に組み込まれているが、もともとはドルトコロニーの貧民街に生まれた元ヒューマンデブリたちだ。鉄華団のことも、両親の仇である月外縁軌道統合艦隊のこともはっきりと記憶している。ライドが先導して住処を奪った連中への報復も果たした。彼らが憎き仇の姿を見紛うことはないだろう。

 ……囲まれている。月面基地からの距離を鑑みれば決して展開不能な作戦ではない。資金力にものを言わせた物量戦はギャラルホルン特有のお家芸である。

 

 しかし、どういうことだ? 補給用らしき巡航船が後ろに四隻控えていて、その中央では赤いヨルムンガンドを戴くスキップジャック級戦艦〈フリズスギャルヴ〉の威風堂々と蛇睨みを利かせているとは。

 

「アリアンロッドの旗艦が、なんでこんな作戦に……」

 

 ラスタル・エリオン公の座乗艦がわざわざ出てきたのは、正直に言って想定外だった。

 この船がギャラルホルンという組織の中でどのような位置づけになっているのかはライドの知るところではないながら、〈ヴァナルガンド〉自体は既にアルミリア・ボードウィン嬢に売り渡したはずの品物だろう。現品を渡さず踏み倒し、漂流させた経緯がどう改竄されたにせよ、敢えて本丸を差し向けてくるほどの価値があるとは思えない。

 警告が赤々と照らしだす医務室の中で、ヒルメがライドを振り返る。

 

「なあライド、やっぱり〈ヴァナルガンド〉の索敵システムに細工がされて——」

 

「その話は後だ。火器(トリガー)のロック解除だけでも間に合ってよかった」

 

 言い聞かせるように首を振る。火器管制に何らかの問題が発生していることは〈ヴァナルガンド〉を回収してすぐにイーサンが発見し、メカニックが解除・再装填を行なった。カズマの報告によれば主砲を含む全ミサイルが昨日までに修繕されている。

 レーダー、通信システムその他――まだどこかに時限爆弾が潜んでいる可能性はなきにしもあらずだとしても、再確認に宛てる猶予はない。少なくともこの船はハーフビーク級戦艦として艦隊戦に臨めるスペックにまで蘇っている。

 

 ただ、補給の宛てがないのは痛い。互換性のある弾薬を〈セイズ〉から運び込むこともできなくはないが、それなら〈セイズ〉を戦闘に出したほうがよほど有用だ。ウタとイーサンの腕があれば砲弾の雨さえくぐり抜けられる。

 とはいえ、ビスコー級クルーザーでは防御面があまりに心もとない。

 

(どうすればいい……!)

 

 一体どうすれば、この場を最小限の犠牲で切り抜けられるのか。焦りを拳で握りつぶし、ライドは思考を駆り立てる。正直なところ、作戦立案はあまり得意ではないのだ。〈マーナガルム隊〉でも知略に秀でるのはエンビくらいで、彼の助言も今は頼れない。目を覚ます気配のないエンビを戦闘に巻き込んでいいものか、答えが出せない。

 そのときだった。

 医務室の扉が開き、白い子犬が弾丸のように駆け込んでくる。

 

「俺たちが出ます! 船の護衛は〈ガルム小隊〉の仕事だ!」

 

「ギリアム……?」

 

 MS(モビルスーツ)デッキから走ってきたのだろう。怪我人をすぐに収容するためか、医務室は搬入口から一本道になっている。ヒューマンデブリたちの生活拠点は宇宙港〈方舟〉から戦艦にやってきてもやはりMSのすぐそばだ。

 マーナガルム実働2番組こと〈ガルム小隊〉はギリアム、フェイ、エヴァン、ハルという四人のMSパイロットを中心とした編成で、子供ながら相当に腕が立つ。

 かつては奴隷のお仕着せであった錦鯉色のノーマルスーツ姿で、小さなリーダーは勇猛果敢に胸を張る。

 

「出撃の許可を! 相手は〈ダインスレイヴ〉って武器を持ってるんでしょう? 宇宙ではいつ使われてもおかしくないって、……エンビさんに教えてもらった。ハルの知識(チップ)によれば、あれはリアクターに吸い寄せられてくるから、ちょっと避けたくらいじゃ意味がない」

 

「……何が言いたい」

 

 色の異なるグリーンアイズが睨み合う。赤く染め変えられた空間にあって、二対の緑色だけは昏く鋭く、光を飲み込む闇のようにある。

 

「俺たちが囮になります。ひとかたまりになってれば、被弾するのは前衛だけだ。俺たちデブリであなたたちの道を作る」

 

「仲間を盾にしようってのか?」

 

「そうです」

 

「死ぬぞ」

 

「覚悟の上です!」

 

「……死にたくないやつもいるはずだ」

 

 ライドがうめく。しかしギリアムは動じない。

 

「いました。戦わない道を選んだやつは、最前衛に出します」

 

「なんだって――?」

 

 物騒な物言いに、ざっと血の気が引くようだった。()()()()()()()()()()()、その言葉に覚えがあったからだ。

 いつだったかギリアムを連れて地上へ降りたとき、学校に通う古い仲間を訪ねたときのことだ。小高い丘の上に厳然と建つ寄宿制の私立校にライドはギリアムを同伴させた。

 あのとき車中で交わしたやり取りが脳裏を()ぎる。おぞましい予想が背筋を這い上がる。

 

「もしかして、おまえ、……」

 

「銃弾を解体して、中身を食わせるんです。そうしたらみんな言うことを聞く」

 

「おまえは……っ、」

 

 衝動的に一歩踏み出せば、白いノーマルスーツで覆われた両肩がびくりと跳ね上がる。

 ふと、嫌なことに気付いた。冷たい汗が伝う。

 ギリアムが、()()()()()()()()のだ。いつも半歩遅れて付き従っている両翼が見当たらない。両脇はいつもいつでも腹心と片割れのふたりで固められていたはずだ。そっくり同じ顔をした双子の弟は、MSを降りた瞬間から兄貴のそばを離れなかったはずだろう。

 

「……なあおい、エヴァンはどうした? いつも後ろをちょろちょろついてくる、お前の――」

 

 

 命令よりも早く実行に移す、3番機のパイロットは。

 

 

 ぐっと呼吸が詰まり、悪寒に指先がわななく。ああ。こいつらは不条理なくらい有能な番犬だ。片腕(エヴァン)はどこにいて、何をしているのか。雄弁な緑色はもう語っている。

 腰抜けどもを薬漬けにしているころだと。

 

「 な んてことを…………ッ!!」

 

 激昂をギリアムにぶつけてしまうまいと堪える両手が御しきれない感情にわなわなとふるえ、ライドは幼い両肩を掴んだ手をほどくことができない。

 目と鼻の先でどんぐり目がキョトンとまたたく。ライドとは異なるグリーンアイズがおろおろと迷う。怯えそうになりながらもリーダー然と両足を踏ん張って立っている。

 なのに、口が達者なギリアムが並べ立てるのは今日に限って見当はずれな言い訳だ。

 

「ど うして、な……で、怒るんですか? 俺、なにか間違えましたか? あれがMSめがけて飛んでくるならっ、MSを一ヶ所に集中させて狙わせればいい! 俺たちで、守ります。何が、どこが、間違って、……っ」

 

 こぼれ落ちそうな双眸に涙の膜がふくれあがる。すぐに涙目になる(エヴァン)と見紛うが、間違いなく(ギリアム)のほうだ。

 人望のある小さなリーダー。幼い日のオルガ・イツカとはこんなふうだったろうかと思わしめた統率力、ヒューマンデブリとして生き残ってきた経験に裏打ちされた戦闘力と、臨機応変かつ緻密な連携。その要。そんなギリアムだからこそ、今このタイミングであっても気付くことができたのだろう。

 全員を生かしたかったライドの意図を読み取り、己の犯した過ちを自覚することができてしまった。頼りなく垂れ下がる黒髪を振り乱して、しかしギリアムは現実を拒絶する。

 

「でもっ俺は、俺たちは間違ってない! お れたちのっ命も、魂も、全部あなたがくれたものだ! だからひとつ残らずあなたのために使って何が悪いんだ!!」

 

 泣き叫ぶ姿は頑是無い子供がだだをこねるさまそのものだ。こんなときでもなければ、こんな内容でさえなければ、ようやくみずからの確固たる意志でワガママを言ってくれたと微笑ましく喜ぶこともできたろうに。

 

 ——あいつらは戦わない道を選んだんだ。

 

 戦場を去って学校へ行く選択をした子供たちのことをライドはそのように評してしまった。

 言葉を多く知らないギリアムの前で、だ。礼儀正しい口調に騙されて気付けなかった。この子は学校に通ったこともない、〈ハーティ小隊〉の兄貴分に教わるまで文字のひとつも読めなかった、たった十三歳の子供(ガキ)なのだと。

 ライドが何か他の表現を選んでいたなら、ギリアムが『不戦』と『薬物』を結びつけてしまう悲劇は起きなかったかもしれない。就学率向上のためにドラッグを与えられていた仲間たちのことを、薬物中毒にされて然るべき生け贄の羊なのだと受け取らせてしまったのは、あの日、あのとき水面下で起こっていたディスコミュニケーションに気付けなかったライドの責任だ。

 だからアリアンロッドという巨大艦隊を前に恐れをなした仲間を最前衛に出して『楯』にし、戦う選択をした残りが『剣』となってダインスレイヴ隊と直接交戦するだなんて非人道的な作戦を立案させてしまった。

 

 目端の利くギリアムは、アリアンロッドとの戦力差をよくわかっている。もともと生きて帰ってくるつもりはないのだろう。幼くとも〈ガルム小隊〉を率いるために兄貴分の教えを乞い、戦術家として成長してきたからこそ、こんな捨て身の特攻にも希望を見出せると考えてしまったのだ。認めるのは業腹だが、練度の高い〈ガルム・ロディ〉四機ならば、あるいは、〈ダインスレイヴ〉の射線上を遡って砲台を直接叩くことだって可能である。

 命を捨てれば目的は達成できる。確かにそうだ。その通りだ。

 だからって、こんな仲間を使い捨ての道具にするような決断をしてほしくはなかった。

 不甲斐なさで潰れそうなライドの背中に、トロウの声が投げかけられる。

 

「……団長だったら、そう指示するんじゃねえかな」

 

「トロウ……お前まで何言い出すんだよ」

 

「オルガ団長だったら、きっとバルバトスが進む道を開けって命令する。それが一番成功率が高いからな。でもライドは、団長でもあるし三日月さんでもある」

 

 鉄華団という群れの父であり母であり、居場所であったオルガ・イツカ。彼の剣となり、エースパイロットとして先陣を切った三日月・オーガス。

 今のライドは〈マーナガルム隊〉のリーダーであり、唯一ガンダムフレームを駆るパイロットだ。統率者として長期間火星を離れることはなかったが、潜在的な戦闘力において〈ガンダム・アウナスブランカ〉は、〈グリムゲルデ・ヴァンプ〉をはじめとする全MSを上回るだろう。

 一拍の間があって、ヒルメがため息めいて首肯する。トロウの諌言を引き継ぐようにタブレットを伏せて立ち上がった。

 

「ライドは『俺のために犠牲になれ』って言えないんだろ」

 

「団長だってそんなことは言いたくなかったはずだ!」

 

「でも団長は言いたくないことも言ってきた。鉄華団のために、ひとりでも多く生き残ってでっかい未来をつかむために。俺たちの居場所を守るために。オルガ団長は命令をくれた」

 

「だから俺にもそうしろっていうのか……!?」

 

「できないのか?」とトロウが剣呑に双眸を眇める。

 

「逃げも隠れもできない状況だ。腹決めるしかない、そうだろ?」とヒルメが追い打ちをかける。

 

「俺たちを使ってください! あなたがいたから、俺たちデブリは今日まで生きてこれたんだ……!」

 

 涙を拭うことも忘れたまっすぐな目が、総大将を――ハリボテの恩人を――見上げてくる。失念していた。潔くヒューマンデブリとしての運命を受け入れ、待遇に不満を抱かないギリアムもまた、この世界が望んだ『いい子』だったのだ。

 文字を覚えて本を読むことを覚えても、なぜか戦術ばっかり学ぼうとする。拾ったときから暗算の速い連中だったが、武器や弾薬、生き残りと遺体袋を数えることに長けていただけだ。めまいがした。

 年長者には敬意を払い、どんな不条理な仕事も喜んで引き受け、愚痴ひとつこぼさずキッチリやり遂げる。判断力に長け、戦闘力に優れ、その幼い身が持てるすべてを使って役に立とうとする、あまりにも都合のいい子供たち。

 これまではヒューマンデブリだったかもしれない、でも俺たちはこれから未来を作っていく戦友なんだと説いたつもりでいた。ただ、鉄華団残党『強硬派』にはアイデンティティの上書きに対して強い抵抗感があったせいで、もうヒューマンデブリじゃないんだとは言えなかった。それが使い勝手のいい消耗品だという歪んだ自認であっても、お前は間違ってるだなんて口が裂けても言えなかったのだ。

 そして、これがその報いなのだろう。

 これまで立っていた足場がガラガラと崩れていくようだ。いや、ライドははじめから、血塗れた瓦礫の上に立っていた。

 

「俺たちはデブリだ。他に何の役にも立たないゴミクズだけど、戦うことはできる。戦わせてください! 宇宙(ここ)は俺たちの持ち場です!」

 

「そんなことをさせるために、俺はおまえらを呼んだわけじゃねえ……ッ」

 

「俺は、頭悪いから……あなたの目的をわかれなかったけど。でもあなたは、ヒューマンデブリは宇宙で生まれて、宇宙で散ることを恐れないって、言ってくれた! あなたのために戦えることが、今、こんなに誇らしいんです」

 

 つたなく健気に、ギリアムは戦死を覚悟している。違う、それは俺の言葉じゃないんだ――と懺悔を述べようにも、今さら遅い。

 エンビが与えてくれた戦術を生かしたいと真面目な小隊長は果敢に殊死を願い出る。トロウが伸ばしてくれた連携の業を、ヒルメが掬い上げてくれるまで弱かった仲間たちも、今ここで力にしてみせたいと奮起している。

 

 同時に、小さなリーダーの表情には物悲しい翳りもあった。

 ギリアムたちは物心つくより前に一山いくらで海賊に買われ、使い捨てられてきたヒューマンデブリだ。遡る限り古い記憶の中では既に戦場という水槽にいた。麻酔もなしに阿頼耶識のピアスを植え付けられ、MSのコクピットで無理やり接続されて急ごしらえのパイロットになっていた。

 生きるだけで精一杯の日々を過ごしていたら、どこか遠く遠い世界の真ん中のほうでは、偉い人が〈ヒューマンデブリ廃止条約〉なんてものを作っていたらしい。唐突にデブリ狩りがはじまった。当事者たちは何が起こったのかもわからないまま戦場を追われ、干上がった水底でもがいていた。

 

 そこへ水を注いでくれた、酸素を与えてくれた恩人がライドだ。見出されてモンターク商会に匿われなければ遅かれ早かれアリアンロッドの強制査察に暴かれて、正義の銃口の前にゴミのように散っていたに違いない。

〈マーナガルム隊〉に迎えられ、戦闘経験を買われて実働2番組というシェルターを与えられ、世界のことをたくさん学んだ。あたたかい食事、静かな寝床、穏やかな日々を満喫した。

 その中で失ったものもある。

 ここには、いつ何時(なんどき)殴られるかわからない緊張感がない。失敗すれば宇宙に投げ捨てられる不安がない。息を殺していなければならない焦燥も、閉塞感もない。誰にも害されないどころか、定時になれば弁当を配ってもらえる。相変わらず人殺しを生業にしている兵隊なのに、与えられる作戦はいつもぬるま湯のように易い。

 任務の中で対峙するパイロットなんていつもへなちょこで、ギリアムたち〈ガルム小隊〉の敵ではなかった。

 なのに帰還すれば大げさなくらいの歓迎を受ける。ライドやアルミリアに過剰なくらいに労われる。

 それが申し訳なくて、くすぐったくて、嬉しくて、意味がわからなくて苦しかった。

 

〈マーナガルム隊〉を率いるライドには感謝することばかりだ。〈ハーティ小隊〉の兄貴分たちから教練を受け、戦術は驚くほど多彩になった。読めない文字は教えてもらえる。得意なことは褒めてもらえるし、弱くても死なないように鍛えてもらえる。混乱する仲間もいたが、その困惑ごと抱きしめてもらえる。

 日常は様変わりし、やさしさに飼い慣らされた番犬たちは徐々に士気を下げていった。

 次また頑張ればいいと赦してくれるヒルメに甘えてしまう。歩けないときは抱き上げて運んでくれるトロウに頼ろうとしてしまう。

 みんな子供なのだ。〈ガルム小隊〉の平均年齢はいまだ十二歳に満たず、誰も彼もがギリアムのように責任感が強いわけじゃない。二十名ほどいる隊員の中では十四歳のフェイが最も年長で、その次がギリアムとエヴァンの双子である。やっと齢二桁に足を乗せた弟分たちもいる。みなライドが大好きだ。〈ハーティ小隊〉の兄貴分を心の底から慕っている。

 

 ギリアムを頂点とする指揮系統がまともに機能する時間はもう長くないだろう。

 時限爆弾が爆ぜるように戦場で犠牲が出はじめたら、ギリアムの信用はがらがらと音を立てて崩れ去る。

 タイムリミットを前にして、これが最後だと決意した。

 

 今こそ全滅の時だ。

 

 穴だらけだった欠陥品はあたたかな手で修繕されて、すっかり自由にはしゃぎ回れるようになった。餓死を想定することさえ忘れそうなくらいに食事を与えられ、毎晩のように穏やかな眠りを得た。思考はすっきりと晴れ渡り、驚くほどの万能感がある。

 だけどライドたちが求める居場所にたどり着いたとき、きっともう〈ガルム小隊〉は生きていない。仕事をするにもギリアムたち戦場育ちの子供には、理想や志は大きすぎてつかめないのだ。この両手で握れるのは、トリガーという名の暴力のみ。汚泥の中を泳いで生きてきた(デブリ)には、夢や希望なんてまぶしすぎて直視できない。

 だからすべてを託して死んでいく役目が欲しい。道を切り開くという大役を全うし、未来に続く礎になれるなら本望だ。ライドたちなら骨を拾ってくれると確信できる。葬式をあげ、死を悼み、魂があるべき場所へ還れるようにと祈りを捧げてくれるのだろう。たとえここで死んでしまっても、屍は決して無駄にはならない。

 もう何も怖くないのだとギリアムがはにかむ。不器用な笑顔だった。

 涙の名残に揺れる緑のひとみは、すっきりと晴れている。

 

 

「あなたのいない世界に、俺たちは生きられない」

 

 

 幼い番犬(ガルム)が吐露したはじめての弱音は、あの夕焼けの中でライドが抱きしめたかった情動そのものだ。

 七年前、鉄華団が壊滅した記憶が蘇る。フラッシュバックする。あのときライドは、団長(あなた)の描く未来のために命ごとすべて捨てる覚悟があるのだと、喉を振り絞って叫びたかった。オルガ・イツカの弔い合戦に何もかも擲つことが望みだった。

 

 ずっと違う色合いだと思っていたグリーンアイズは、かつてのライドと鏡写しのようによく似ている。時間の流れに押し上げられるようにライドは成長し、見下ろす立場になった今、類似性が痛いほどよくわかる。

 無力と武力だけを併せ持つ孤児(オルフェン)たちは戦場を出て生きる術を知らず、無垢なる期待はひたむきに、名誉の戦死を望んでしまう。

 

 これが鉄華団団長オルガ・イツカが背負ったプレッシャーか。

 

 双肩を押しつぶしそうな重圧に、ライドは我知らずぐらりと一歩後ずさる。他に行く場所を持たない子供たちの『世界』のすべてになるということが、その恐ろしさが、七年ごしにようやくわかった。


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