MSV. 弾劾のハンニバル《完結》   作:suz.

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P.D.333: 補食動物の牙

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 薄すみれ色の短髪がガラスに写り込んでいる。青いひとみの男は退屈そうに眦を落とし、そして目を伏せた。

 窓の向こうは暗礁である。壁一面のガラス窓とアーチ型の天井が展望台らしさを演出してはいるものの、気の利いたBGMひとつかかっていない。

 

「何もないところだな、宇宙というのは」

 

 憂鬱な独り言が、静寂にほどける。今のガエリオには答えてくれる部下もいない。ジュリエッタは任務中だろう。ちょうどアルミリアが訪ねてくると聞き、会談に立ち会おうと提案したところ、ラスタルには丁重に遠慮されてしまった。

 ひとりの時間を持て余し、月面基地の一角にある展望台まで足を伸ばしたのだが、見えるのはただ岩石ばかり。車いすでは身を乗り出すこともできないが、のぞき込んだところでどうせ三六〇度同じ景色だ。

 本当に何もない。当基地で最もうつくしい展望台だとアリアンロッド兵士から口々に勧められ、不便を押してこんな辺鄙な区画までやってきたのに、時間の無駄だったらしい。

 ああ、と無為なため息がこぼれた。

 外を眺めるために作られた大窓だろうに、そこにあるのは〈ルーナ・ドロップ〉と呼ばれるスペースデブリの密集地だ。目を楽しませるものひとつなくて何が展望か。木々の緑も、空の青も、海の紺碧も、ガエリオにとって当たり前の光景が宇宙(ここ)にはない。

 いつも夜中の曇り空のような黒で、大岩小岩がひしめいていて。

 内装の装飾も黒ずんでいるし、これでは体を悪くしてしまいそうだ。

 話のわかる側近でもいればよかったのだが、あいにく部下はみな軍人気質。暇つぶしの種にと面白い話ひとつできない連中と余暇を共にしては気が休まらない。

 ガエリオの所属は『貴族院』であり、月外縁軌道統合艦隊の管轄下にあるこの月面基地では部下を連れ歩くことができないのだ。ガエリオをここまで送り届けた戦艦〈スレイプニル〉のクルーたちは上陸はせず、艦内でいつも通りの生活をしている。

 基地内を自由に動くことができるのは、かつてアリアンロッドに身を置いていたガエリオただひとりである。

 といっても、ただラスタルに気分転換を打診されただけの旅なので、これといって目的もない。病院と自宅を往復するだけの生活からの逃避も、これではただ問題を先送りにしただけだ。

 しかもこの月面基地、増改築を繰り返しているため段差が多く、車いすでは不便が多い。間取りもあれやこれやと不便で、ガエリオは前々からあまり好きではなかったのだった。

 ラスタルのスキップジャック級戦艦〈フリズスキャルヴ〉内のほうがよほど過ごしやすかったなと、いつしか遠ざかっていた過去を振り返る。

 アリアンロッド艦隊に身を寄せ、ラスタル・エリオンの側近として戦っていたヴィダールの時代。

 あのころになってガエリオはようやく、マクギリスの語る『腐敗』が間違っていたことに気付いたのだ。

 

 勉強も訓練でも子供のころから常に一番だったマクギリス。憧れていたのに、隣に並びたいと思ったのに、ガエリオに隠れて()()をしていた。

 学生時代は父上たちに隠れてギャラルホルンの詭弁を嘆き、監査局時代はこれ見よがしに賄賂を断っておいて、自分はベッド・テクニックで成り上がっていたのだ。そんな淫売が今さら実力主義だなんて、みずからの罪を隠蔽したいだけではないか――とガエリオは憤りを覚えた。本当に本当の実力でなりあがったわけではないくせに。

 袖の下を受け取って、うまくいくのならそれが一番だろう。マクギリスだってイズナリオ様に対価を差し出していたのだ。選り好みはよくない。問うべきは手段ではなく結果であったはず。

 

(……いや、七年も前に死んだ男だ。今さら思い出すのもおかしな話だな)

 

 自嘲がちに、窓に映るガエリオはくちびるを歪める。友でも何でもなかった男を、思い出すたび胸の奥が痛んでしょうがないのだ。だから忘れようとした。思い出さないように箱にしまって鍵をかけ、痛みごと忘れてしまいたかった。

 ラスタル・エリオンの統治のもと、世界は安寧を取り戻したのだから。

 あんな反乱が起こることも、もうないだろう。治安を乱すような腐敗を二度と赦さないために、ギャラルホルンは再編された。

 ガエリオは、面倒だがやはりセブンスターズの一員である以上は相手を見つけなければならないし、早く結婚を、世継ぎをと急かされる不自由は甘んじて受けている。(不本意だが実にローテクな車いすに乗せられており逃げるに逃げられないのだ)

 何度見合いをしても心にぽっかりと開いた風穴を埋めることはできず、気に入った女がいないと嘆いていたら、ラスタルから「ジュリエッタはどうか」と提案を受けた。

 彼女なら気心も知れているし、憎まれ口を叩きながらも受けてくれるだろう。可愛げがないし出自も悪いが、根は素直だし、もっと肉がつけばガエリオ好みの女になる。もともと婚約の噂も結婚の噂もまことしやかに流されていた。

 一回りほどの年齢差があるのであまり実感が湧かないにしても、あのジュリエッタも花嫁になるのかと思うと感慨深い。アリアンロッドの総司令官を『寿解任』という形で降り、兵士たちから祝福される姿を思い描けば、存外悪くないと思えた。

 こんな陰気な宇宙要塞より、地球本部〈ヴィーンゴールヴ〉のほうがよほど居心地がいい。ジュリエッタだって、宇宙なんかより地球にいたいに違いない。月面基地はあちこち改修した名残の段差ばかりで何かと不便だし、老朽化も深刻だとラスタルがこぼしていた。

 

「……ん?」

 

 ふとガエリオの目に留まったのは、ちいさな光の粒だった。砕けた月の破片に埋もれるようにして、きらり輝く青い惑星(ほし)

 岩石ばかりの暗礁で、ひとつだけ尊い青の光。

 

 ああ、ここにいたのか。――ガエリオはごく自然に微笑んでいた。

 

 道ゆく兵士たちがしきりにこの展望台を自慢してきたのは、地球の姿を見ることができるからだったのだろう。

 かつての英雄たちもこうして地球を眺めたのかもしれない。厄祭戦よりも過去のことなど記録にないし、ガエリオは当然認知していないが、三百年以上前にも世界は存在したことくらい理解できる。

 月が欠けるほどの戦禍であったという未曾有の大災害、厄祭戦。人類の二十五%を死滅させたという惑星間戦争を生き残った遺物として、月面基地は一種の縁起物であるらしい。

 戦中甚大な打撃をこうむった月に残る唯一の施設だ。頑丈さこそが取り柄なのだとしても、外観は野暮ったいし、内装もつぎはぎだらけで、もう少しどうにかしてほしいものだ。

 そんなことを考えた矢先だった。

 

 不意に、何か不穏な音がした――ような気がした。

 ずいぶん遠いが、ドォンと打ち下ろすような轟音だ。ガラスはびりびりと余韻にふるえている。体感できるほどの揺れはなかったものの、ここまで伝わってきているのだから相当な規模の爆発があったのだろう。

 耳を澄ませば、何かが滑り落ちる摩擦のような音が続いて聞こえてくる。

 すると、突如。

 

「う、 ぉおおっ?」

 

 ふわん、と車いすがフロアを離れた。持ち上げられたついでに、ガエリオ自身も宙に浮いてしまう。飛んでいきそうになった膝掛けをたぐりよせるが、車いすをつかみ損ねてしまった。

 腕を伸ばしても、ふわふわ、ふわふわと浮遊するばかりで届かない。ついにはその場でくるんと一回転してしまった。

 ああもう、これだから宇宙は――! 苛立ちをどうにかおさめる。

 

「おいっ、誰か! 誰かいないか!」

 

 冷静ぶって声を張りあげても、反応はない。展望台に続く廊下はどれもガエリオを無視してしんと静まり返っている。

 そこへ、かつりと響いた靴音がひとつ。

 どうにか顔をあげれば、くすんだオレンジ色をまとった男が立っていた。ギャラルホルンの兵士ではない。

 

「誰だ、お前っ…… そのノーマルスーツは!」

 

 見覚えがある。野暮ったいシルエット、インナースーツが剥き出しのデザインは衝撃を吸収しそうになく、非文明的な火星人の野蛮さを物語るようだと思っていた。

 マクギリスと結託していたテロリストグループが着用していたパイロット用のノーマルスーツ。確か、背中に特殊なアダプタがついている――吐き気をもよおすが、今のガエリオはそんな醜態は晒さない。

 

「薄汚いネズミめ、どうやって入ってきた!」

 

 気丈に糾弾すれば、不敬なオレンジ色はようやくヘルメットのバイザーを開いた。ダークシェードの向こうから現れたのは、白人系の少年だった。

 男かと思ったら、子供だ。体格はそれなりのくせに、顔立ちにはまだあどけなさが残っている。生意気そうなグレーの双眸が、ぱちくりとまたたく。

 なぜお前がここにいるのかと問いたげだが、それはガエリオの台詞である。

 

「……あんた、もしかして『新時代の英雄』ガエリオ・ボードウィンか?」

 

 もしかしてとはご挨拶だが、無様に空中浮遊中なので格好がつきかねる。ガエリオは「ああ」と短く肯定してみせた。英雄、というのはあくまでプロパガンダでも、今のガエリオが担っているのは確かにそういう役割だ。『女騎士』だけでは締まらないから、つがいとなる『英雄』が隣に立っている。おかげでジュリエッタとの仲はずいぶん前から噂されていた。

 すると宇宙ネズミは勝ち気そうな双眸を嫌悪感たっぷりに眇めて、ガエリオを睨めつける。目つきの悪さからして荒くれた育ちなのだろう、こんな旧式の車いすで健気に静養しているガエリオに何の配慮も見せはしない。

 磁石の仕込まれたタイヤのせいで横転している車いすを一瞥して、忌々しげに吐き捨てた。

 

「……あんたみたいなやつがいるから、俺たちはいつまでたっても自由になれないんだ」

 

「なんだと?」

 

「あんたの妹が何を背負ってて、どんな目に遭ってきたのかも、どうせあんたは知らないんだろう」

 

「貴様……妹を知ってるのか? アルミリアに何をした!」

 

 まさか彼氏だとでも言うんじゃなかろうな——と、嫌な予感がガエリオの脳裏をよぎる。月面基地を訪れるアルミリアの用件とは再婚の話だったのか。妹には今度こそ身の丈にあった男をと考えなくはなかったが、同世代とはいえ火星のネズミなど論外だ。そんなことのために火星への留学を許可したわけではない。

 マクギリスで一度失敗しているのだから、どうか今度は地球人から、まともな男を選んでほしいのだ。火星にもアインのような誇り高い男はいるとはいえ、上官への忠義忠節のために命を捨てるような男は結婚に不向きだ。火星人はアルミリアをしあわせにはしてくれない。

 そんなガエリオの心中など推し量ることもなく、身の程知らずな小僧は「連絡くらい自分でとれよ」と嘆息した。

 家族なら、と続ける。

 そして手の中の拳銃をガエリオに向けた。

 

「ギャラルホルンにとって火星は『出がらしの惑星』らしいな。そこに住んでるのは『労働力』で、阿頼耶識がついてたら『宇宙ネズミ』。……なんでそう呼ばれてるか、あんたは疑問に思ったりしないのか?」

 

「何を……言っている……?」

 

「あんたの妹が自分の頭で悩んで、考えたことだ」

 

「貴様、やはりアルミリアをっ!」

 

「……ずいぶん似てない兄妹なんだな」と不遜なネズミは胡乱げに目を眇めた。

 そして言葉がクリアなアーブラウ訛りに切り替わる。どうやらこの少年は、年齢相応に落ち着いた話し方もできるらしい。

 

 

「運よく安全圏に生まれた人間が、運悪く屠殺場に生まれた人間を消費する……、そんな軍事独裁のもとで安逸と暮らせる人間性が俺には理解できない」

 

 

 目を逸らして語る姿が学生時代のマクギリスに重なって――、ガエリオは秘めた記憶にカッと火が点るのがわかった。教養を感じさせる物言いで、小難しい理屈を捏ねて、騙そうったって無駄だ。流暢な演説にたぶらかされたりはしない。

 

「善き支配者が、無垢なる民を治めるのが正しい秩序のあり方だろう!」

 

「労働者を消耗品として使い捨てるのが『善き支配者』なのか? 俺を『ネズミ』と蔑むのが、正しい秩序?」

 

「言わせてもらうがな! お前たち火星人が地球に侵攻したせいで、どれほどの被害が出たと思う!? 俺は部下を失い、友を失いっ――友だった男に殺されたんだぞ! 親友だと、ともに腐敗を正す同志だと俺はずっと信じていたのにっ……裏切られたんだ!」

 

「……えっと。逆賊マクギリス・ファリドのことなら、討ったのはあんただよな? 本当か噓か知らないけど、養父に虐待されてた過去を全世界に暴露して袋叩きにしたくせに、どの口が言うんだ」

 

「な にを……ッ」

 

「俺たち『獣』の志が、あんたたち『肉食者』と同じなわけないだろう。喰い物にされるのが嫌で武器を取ったんだから、――」

 

 

 搾取者(あんた)を殺さずにはいられない。

 

 

 餓狼が唸るように低く、少年は静かに吐き捨てた。落ち着いた言葉の裏に剥き出された鋭い牙がありありと感じ取れる。記憶の底から蘇ってくるマクギリスとの思い出が、泡のように脆く崩れていくようだった。

 ガエリオのくちびるが戸惑いながらわななく。ああ。マクギリス、お前は。

 生まれが悪くて、でも努力家で。なのにベッド・テクニックで成り上がった腐敗の象徴で。勉強ができて、強くて、人気者で格好よくて。

 何をやらせても一番だったお前の隣に、並び立つ男になりたかった。

 

 

「 マ クギリ ス……ッ!」

 

 

 ――政治抗争に腐心し、民間人を虐殺してなお権力の座にあり続けようとするアリアンロッド(かれら)こそ! 腐敗したギャラルホルンの象徴である!

 

 耳の奥に蘇る、青年将校の演説。

 

 ――平和と秩序の番人であるギャラルホルン。それはセブンスターズの面々が特権を享受するための、都合のいい戯れ言にすぎなかった!

 

 マクギリスが暴力革命に踏み切ったとき、ラスタルには何の相談もなかった。エリオン家の当主へ一言あって然るべきだろうに。何事も定められた手順を踏み、組織や上官、恩人の名誉を傷つけぬよう配慮すべきだ。

 ギャラルホルンを刷新したいから協力してくれと願い出てくれたなら、ガエリオは率先して協力した。カルタだって。七星会議を賛成多数で可決させるくらい、ラスタルとカルタに相談すれば造作もなかったはずだ。イシュー、ボードウィン、ファリド、エリオン、クジャンの賛成によって、残る二家の老人たちを追い詰めることができた。

 なのに、マクギリスはそうしなかった。あいつは目に見える『力』に変換できるものに固執したのだ。権力、気力、威力、実力、活力、勢力、そして――暴力。

 あいつは愛情や信頼、この世のすべての尊い感情を蔑ろにした。

 そう思っていた。

 そう思いたかった。

 ついにガエリオの青いひとみから涙がこぼれおちる。我が身を抱きしめて孤独の痛みに耐えるガエリオに追い打ちをかけるように少年は銃口をつきつけた。

 ゴリ、と背中に硬い金属がめりこむ。

 

「この状況で、俺に協力を求めて『ともに戦おう』なんて言わないよな? 誰と戦うのか理解できてるから言えない。ともに戦っても、俺に抗っても、結果的にあんたは死ぬ」

 

「マクギリスは協力なんか求めなかったッ……だから、」

 

「“だから、俺は悪くない?” それとも“だから、俺も命乞いはしない?” ――あんた何喰って生活したらそんな平和ボケできんの?」

 

 さっきは英知すら感じさせた口調が復讐に煮えたち、最後は乱暴に締めくくられる。激情と、暴力的な闘志と害意。その変化が、ガエリオには手に取るようにわかった。

 銃口がガエリオの背中をぐいと押し、無作法な左手がガエリオの前髪をわしづかむ。

 力任せに向き合わされる現実。火星からやってきた、いまだ幼い復讐鬼。殺伐としたグレーの双眸に、宙に浮いたままのガエリオがうつっている。青いひとみは涙で不安定に揺れている。ああ、カルタならば仁王立ちして、この万年みそっかすとでも嘲笑してくれただろう。

 ガエリオたちセブンスターズの面々が特権を享受し、安全に暮らせる世界を、ギャラルホルンは守っている。そこはガエリオにとって少しばかり窮屈だが、愛おしい日常だった。カルタがいて、マクギリスがいて。アインと出会って。

 奪われたくなかった。壊されたくなかった。

 だから楽園を踏み潰したマクギリスを憎んだ。

 あいつは貧しく野蛮な火星人による地球侵攻を黙認し、手引きすらした。そのせいでガエリオはあまりに多くを失った。

 ところがガエリオが生きる日常の裏側で、マクギリスは何もかも奪われ続けていたという。

 火星人の血を『人間ではない』と蔑むギャラルホルンのルールに、苦しんだのはアインも同じだ。弱冠九歳で婚約させられ『子供のくせに』と陰口を叩かれ、アルミリアから笑顔が消えた。コロニー出身者は明日の夢も見られないと嘆いたマクギリスの部下がいた。

 地球圏の豊かさは、各植民地を組み敷いた上に成り立っている。その頂点に君臨するギャラルホルンは、四大経済圏からの出資によって運営されている。

 搾取してきたことを認めたくないあまりにギャラルホルンはマクギリス・ファリドを『裏切り者』と呼んだのだ。ただ安逸と生きていただけで『加害』であった現実を直視できかねた。だって。出された食事は残さないボードウィン家の美徳と、植民地の労働者から絞り出した甘い汁を啜る豊かさとは、同時に呑み込むことができない。ガエリオは何もしていないのに、悪いことなんて何もしていないのに。

 友に寄り添いたい思いに噓はなかった。なのにガエリオの友愛も、カルタの愛情も、マクギリスにとっては狼が兎に舌舐めずりするような捕食者の欲望としか映っていなかったなんて。認めたくない。信じたくない。だって、知らなかったのだ。

 ガエリオは所詮、ギャラルホルンの〈法〉と〈秩序〉に基づき、マクギリスたちを食い物にしてきた『罪の集合体』のひとかけらでしかなかっただなんて。

 それでも唯一の友人であったと言ってくれたのは、マクギリスのほうだった。

 

「あ……ぁああ………っ 」

 

 慟哭するガエリオを冷めたひとみで見つめ、トリガーに指をかけた獣はシニカルにくちびるを歪めた。嘲笑のかたちだ。なのにグレーのひとみは笑っていない。空調が異常をきたしたかのような寒気がガエリオを襲う。冷たい狂気が展望台を支配し、気温が一度も二度も下がったように錯覚する。

 まさか撃つというのか。無抵抗の人間を。武官でありながらパイロットであることをやめ、二度と戦わないと覚悟を決めたギャラルホルンの英雄(シンボル)ガエリオ・ボードウィンを。

 あのとき仮面を外したマクギリスのように、また。

 

「なあ、あんたも考えてみろよ? あんたたちの秩序がただの肉としか扱わない女子供(ドーブツ)にだって、あんたを喰い殺せる牙はあるんだぜ」

 

 獰猛にトーンが落ちる。――そして。

 

 

復讐(くいころ)される気分はどうだ?」

 

 

 銃声が響いた。




【次回予告】

 目を開けてくれ……いや、もう少しだけ眠っててくれ。ボロボロになってでも帰ってきてくれたお前に、おれたちのために折れないでいてくれなんて言えるわけないのに。目を覚ましたお前が変わってしまってたら、おれはどうしていいかわからない。
 次回、弾劾のハンニバル。

 第6章『喪主は七年前に死んだ』。

 おやすみ、エンビ。あとでゆっくり話をしよう。

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