MSV. 弾劾のハンニバル《完結》   作:suz.

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014 レトログレード

 ――本当にこれでいいのかしら……本当に、これで……っ

 

 部屋に閉じこもって泣いていた、女の声を覚えている。母の嘆きだ。正しくエリオン家当主の座にあった父にはふたりの妻がいた。

 ひとりは政略結婚の正妻、もうひとりは士官学校時代から連れ添った内縁だった。

 正統な血筋に生まれたラスタルと、妾の子ジュリアス。奇しくも数日違いで生まれた腹違いの兄は、母親譲りのブロンドにブルーグレーのひとみが野暮ったく、姿かたちのどこをとってもエリオン家の表札そのものであったラスタルとは似たところがひとつもなかった。

 異母兄はおっとりとして素直で、少し鈍臭いところがあったが、思慮深く、読書家であったと記憶している。紙のあたたかみ、ページをめくるときの音が好きなのだと照れたように笑っていた。そんなところまで、こちらのほうが合理的だとタブレットで読書をするラスタルとは正反対だった。

 同じ母のもと、乳兄弟として成長した幼少の日々。あのころは、どこにでもいる『似ていない兄弟』にすぎなかった。

 しかし、いつのころからだったろうか。ジュリアスはなぜだか、彼とは血のつながらないはずの、ラスタルの母のようなことを言い出したのだ。

 

 ――ねえ、ラスタル。僕たちは本当にこれでいいのかな?

 

 世界のあり方への、素朴な問いかけだった。

 

 ――ぬるま湯の合議制をとりながら、軍事力で世界を管理する……そんな二律背反に、誰ひとり問題意識を持っていない。セブンスターズは、ギャラルホルンは、本当にこのままでいいのかな?

 

 異母兄は問う。厳しいお父様の前じゃ言えないけれど、きみならばわかってくれると思って……と、懇願のような目を向けられるたびに、ラスタルは母の嘆きを思い出した。

 正統なる妻としてエリオン家に嫁いできた、ボードウィン家の息女だった。世継ぎを作って生むだけ生んで、息子は父親のもとで内縁の妻が育てているのだから、忸怩たる思いもあっただろう。ラスタルよりもジュリアスのほうが誕生日が十日ばかり早いのだ。エリオン家の長男であるジュリアスは妾の子ゆえ、正統な血筋のラスタルは次男坊ゆえ、エリオン家の『嫡男』とは一体誰なのかと陰からひそひそ笑う声は絶えなかった。

 彼女は、エリオン家のお荷物だった。表舞台に立つときにだけ正妻として求められ、でなくば部屋を出てくる権利もない。お嬢様育ちのせいで子育てどころか紅茶ひとつ自分では淹れられないのだ。深窓の令嬢として育ち、若くして『花嫁』という政略結婚の道具になり、夫の帰りを待つ家具であったはずが、『妻』の役目も『母』の仕事も別の女がすべてひとりでこなしてしまう。

 今のままでいいのかと、本当にこれでいいのかと、ただ泣いてばかりいた母。純粋無垢でうつくしい淑女という商品であったがために、ひとりでは生きていくことさえままならない。現状を悲観し嘆くばかりで、行動の起こしかたひとつ知らない無力な女だった。

 円満とは言いがたかった家庭で、ふたりの母親とも異母兄とも距離を測りかね、いつもどこかで『飢え』に苦しんだ子供のころ。

 誰からも愛されるクジャン公が父であればと何度も思った。

 

 ――おお、お父上の少年時代そっくりじゃあないかエリオンのぼうずよ! このヨーク・クジャンに、お名前を教えてくれないかな!?

 

 初対面の子供をひょいと抱き上げてみせたクジャン公は細身で、よろめきそうになったら部下たちが押し寄せるようにして支えていた。

 

 ――はっはっは! 近ごろは足腰が弱くていかんなァ! みなの支えがあってこそのわたしだ、うむ、ありがとうな!

 

 朗々とした声はやかましくもあるのに、景気がよくて不快さがない。深く刻まれた目尻の皺が垂れ下がる笑顔は太陽のようで、不思議な愛嬌のある御仁だった。ヨーク・クジャン公はよく笑う方だった。周りにはいつもキラキラと希望を目に宿した家臣たちがプライベートを潰してまで付き従っていた。

 厳しかった父に忠臣はおらず、いつも閑散としていたエリオン家にも太陽があればとため息をついたこともある。

 まだ言葉も覚束ない一人息子を置いてクジャン公が亡くなられたとき、ラスタルは初めて彼が幼少よりずっと病弱であったのだという、秘められていた事実を知った。ずっと剛胆で、声の大きな御仁とばかり思っていたのに。明朗快活であった姿はすべて空元気であったらしい。病は気からと言うのなら、気から病をはね除けてやろうぞと、抗いながら生きたことを葬儀の場で聞かされた。

 なかなか世継ぎができないことを気に病み続けていたことも。晩年ようやく子供ができたことを、それは喜んでおられたのだとも。

 

 どうか、どうかイオクをよろしく頼むぞ――と、今際の病床で流された一滴の涙が、長い長い闘病の果てにはじめて見せた彼の弱さだったことも。

 

 嫡男イオク・クジャンは顔立ちこそ母親似であったが、生き生きと朗らかな物言いや、大げさなしぐさが年を経るごと父親に似てくる。それが()というものなのだろう。健康優良児として産まれてきてくれたクジャン家の新たな太陽は、ただ笑っているだけで家臣たちをしあわせにする。まるで晴天の使者かのような血族だ。

 先代クジャン公のためにも立派なご当主に育てあげねばと、クジャン家ゆかりの臣だけでなく、ギャラルホルンの誰も彼もが奮起した。

 

 それからいくばくもしないうちに、ジュリアス・エリオンが死んだ。

 事故死だった。

〈ゲイレール〉の整備中、誤ってキャットウォークから転落したのだという。エリオン家の長男だというのに葬式に先んじて遺体は火葬され、弔いの花を手向けた棺桶の中に遺体はなかった。

 妾の子ジュリアスではなく、正統な血筋のラスタルこそ次期エリオン家当主にふさわしいと誰もがしゃべりたて、半分だけ血を分けた兄の死は、風のように忘れ去られていった。

 純血でなければ嫡男とは呼べない。ギャラルホルンはそういう組織だったらしい。

 士官学校で一緒だった旧友だけで集まって、自棄酒をあおった。

 

 

 それから(ジュリアス)のことは忘れたように生きていたが、あるとき、思いがけない出会いがあった。

 立場に縛られて動けないラスタルのため、傭兵として〈ヴィーンゴールヴ〉の外へ出ていた旧友――当時は『ブレア・ジュリス』と名乗り、やがて『ガラン・モッサ』として散った男――が、懐かしい面影をともなっていたのだ。

 ラスタルは折りを見て、肉と酒を手にお忍びで傭兵たちの野営地を訪ねていたのだが、あるときバーベキューグリルの上で珍しいものが焼かれていた。

 マシュマロである。

 野営地の一角、むさ苦しい傭兵団の誰かが持ち込んだにしては不釣り合いに可愛らしい甘味(スイーツ)だ。

 どうしてこんなものを……とラスタルが首を傾げれば、ブレアは「おうよ」と笑んだ。

 大柄な肩をひょいと逸らせば、隣にはキトンブルーの双眸が愛くるしい少女がひとり。八歳くらいだろうか。ホットココアのマグを両手で包んで、「こどもあつかいしないでください」と不服そうにくちびるを尖らせる。舌足らずだが、何とも小憎らしい物言いの子供だった。

 

 ――驚いたか、ラスタル! こいつは『ジュリエッタ』だ。

 

 きのこのようなブロンドをぐしゃぐしゃかき回して、友は鷹揚に笑った。この娘も傭兵団の一員として立派に仕事をしており、もう銃もナイフも爆弾だって自在に扱える戦士に育っているという。

 MS(モビルスーツ)の操縦も見込み充分、実に将来有望な女戦士(アマゾネス)の卵なのだと、自慢げに笑う。

 

 ――ジュリアスに娘が生まれたら、こんな感じだったかもなあ!

 

 

 

 

 

「―― さま、 ……ラスタル様?」

 

 呼び声に、ふっと意識が浮上する。いつの間にか眠ってしまっていたようだった。重たいまぶたをこじあければ、あのときの少女がラスタルをのぞき込んでいる。

 

「ジュリエッタか 」

 

「ラスタル様、どうかなさいましたか」

 

「いや……」

 

 ただ、懐かしい夢を見ただけだ。ラスタルがまだ、月外縁軌道()()統合艦隊のいち兵士であったころ、事故死させられた異母兄のことを思い出していた。そして窮屈な〈ヴィーンゴールヴ〉を抜け出し、傭兵のキャンプで夕食を囲んだときのことを。

 ブロンドにブルーグレーのひとみ、拾い子の名はジュリエッタ。

 実に不思議な巡り合わせだと今でも思う。『ひげのおじさま』と傭兵を慕うのでジュリエッタ・ジュリスと名乗らせたが、やっぱり『モッサ』にしておけば……などと、傭兵の偽名が変わるたびにむぐむぐと文句を言っていた。

 異母兄の娘のつもりで養育し、いずれは後継者の椅子に座らせるつもりだ。はじめはガランの後釜に据えるつもりだったのに、十五年の月日の中で、いつしか情が湧いてしまったらしい。

 傭兵の後任として使える駒は他にいる。

 

「少し、居眠りをしてしまったようだ」

 

「お疲れなのではありませんか」

 

「そんなことも言っておれん。月面基地の修復に取りかからねば」

 

「わたしはラスタル様の剣となり、楯となりたいのです。どうか何なりと――」

 

「ジュリエッタ」

 

 呼べばすんなり押し黙り、遮ったつもりもないのに命令を待つ忠犬のように、ジュリエッタは眉尻を下げた。拾ったころはほんの小さな子供だったのに、すっかり美人になった。養父としてのひいき目もむろんあるだろう、成長を見守ってきた娘のような存在が、可愛く見えないわけがないのだ。

 アルミリア・ボードウィンがモンターク商会を引き継ぎ、鉄華団の生き残りを雇って密偵の役目を請け負ってくれたおかげで、ジュリエッタは手許に置くことができた。

 自身の後釜に据え、この子にはどうか安寧に生きてほしい。民衆からは相当な恨みを買っているだろうラスタルがいなくなっても生きていけるように、ガエリオ・ボードウィンに嫁がせるつもりだ。母をボードウィン家にお返しするという、意趣返しでもある。

 ファリド家のハーフビーク級〈ヴァナルガンド〉、そして〈ガンダム・バエル〉は()()()()()()()

 

 三百年前、厄祭戦を終わらせた英雄の搭乗機――〈ガンダムバエル〉。

 かつては錦の御旗として崇められもした。しかし支配者が変われば、旧時代の神も、新時代の悪魔になりうる。逆もまた然りだ。

 近日、アウナスともどもその首級をもって出自不問の栄誉栄達をもたらすだろう。英雄の時代は終わり、旧時代の信仰はかたちを変える。三百年前に人類を守った悪魔(ガンダム)は、今度は万人に奇跡を呼ぶ、出世の引き金となる。

 それこそが最適化されていく世界の正しいあり方だろう。

 指導者は七人もいらない。七十二柱もの英雄に守られていた時代は終わったのだ。旧時代の遺物など崇める愚者どもは、そして歴史の闇に葬られる。

 みなが単一の神を信じるようになれば。争いをなくすことが可能だろう。そのためには敵が必要だ。無辜の民を傷つけることのない、思慮と思想あるパイロットを乗せた()()が、新たなる神話を作る。

 

「ジュリエッタ。お前は、『人らしく生きたい』と考えたことはあるか?」

 

「ラスタルさま……?」

 

 当惑にキトンブルーの双眸がまたたく。重いまぶたは野暮ったくも見えるが、目の大きな顔立ちのジュリエッタにはちょうどいい塩梅だ。

 これが()()()というやつかと、いまだ独身のラスタルは自嘲気味に笑んだ。

 

「人であるのだから、人でなく生きることなどできん。獣ならば人のように生きたいと願うやもしれんが――」

 

「……獣の考えることは、わたしにはわかりません」

 

「そうか。『獣』だからこそ奴らは『人』に焦がれるのだろう」

 

 幸運な女騎士は、従順に目を伏せた。ああ、とラスタルは頷く。

 家畜を御すのはこうも容易で、獣を狩るのもひどくたやすい。退屈だが、退屈であるほどいいのだ。平穏とはそういうものだと、ジュリエッタも大人になればわかるだろう。何も起こらないことが、兵士の仕事など存在しない世界が、何よりの平和なのだと。

 思考を摘み取り、思想を削ぎ落とし、人はみな『普通』の範疇の中に収まるように育てばいい。そうすれば争う必要性はなくなるだろう。その世界には復讐も報復もない。役目を理解し、力の及ぶ限りで精一杯生きていればしあわせに生きられるのだから。

 

 みな、美味い肉を食いたいのだ。動植物、魚、労働力、女子供を食い物にできなくなるとあれば、当然反発が起こる。これまで当たり前に使い捨ててきたものに好き好んで対価を支払いたい者はいない。

 肉には肉の、ただ黙って喰われているという重要な役割がある。

 ものを考える子供など可愛くない、物言う女など生意気だと思っているのはテイワズも同じだ。従順であればこそ幸福を享受できるのだとレールを敷いて物心つくよりも前から刷り込んでやれば、女子供を円満に懐柔できる。

 子供とは無邪気で愛くるしく、学校と勉強が大好きで、大人の言うことをよく聞くものだというプロパガンダも、圏外圏じゅうに行き渡ったころだ。やがては内々で『常識』という名のルールから逸脱しそうな杭を打ちあうようになるだろう。『このままでいいのか』と体制に疑問を抱く不穏分子は、自然と淘汰されていく。

 もしも反乱に発展するならばギャラルホルンが出動し、治安維持を行使してやればいいが、――それはまだ先のことだ。

 

「釘を刺しておかねばならんな」

 

 先ほど、基地内に侵入していた諜報員をひとり捕らえてしまった。尋問は兵士に一任してある。汚れ仕事にジュリエッタを関与させたくないと、わざわざ執務室まで呼びつけたのだった。

 目尻の皺を深くし、ラスタルはふうとため息をついた。

 

「心が痛むよ」

 

 言葉に反して、くちびるは愉快げに歪む。

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

 作戦開始から十九日目――月面基地を離れて六日目。

〈グリムゲルデ・ヴァンプ〉1号機を回収するはずだったランデブーポイントに、エンビの姿はなかった。

 肩すかしを喰らったような安易さでアルミリアが救出できた矢先の事態に、艦内には動揺が広がりつつある。連絡を取ろうにもビスコー級クルーザー〈セイズ〉がいるのは非正規航路の真っ只中。こんなデブリ帯でMS(モビルスーツ)を見つけるなんて、砂漠で米粒を探すようなものだ。

 いくら鮮紅色の機体が目立つ色彩とはいえ船体各部カメラの映像は岩石で遮られて虫喰い状態である。これではお互いが双方向から探していたって合流は容易ではない。

 

「エンビからの連絡は?」

 

「まだ、何も……」

 

 ウタが力なく首を振る。この任務中、火星から月までの道中はMSのコクピットで待機することも視野に入れていたから、みな保存食はひと月分ほど積んであった。にしても、コクピット内の酸素は十日もしないうちに尽きるだろう。

 カウントダウンは残り四日。〈グリムゲルデ・ヴァンプ〉三機の中でも1号機(アルフレッド)は高機動型だし、エンビはよく動き回るから推進材の残量も心配だ。スラスターのガスが尽きたらMSは動けない。

 そろそろ連絡があってもおかしくないころなのだが……。

 

「どこかで入れ違ってしまった、とかかな……」

 

「ありえねえよ」

 

「でも俺、もしかしたら見落としちまってたかも……っ」

 

「エンビと俺たちに限って、ありえねーって言ってんだよ!」

 

 イーサンが間髪入れず噛み付いて、ライドもああと首肯した。そうだ、ウタが弱音を吐く必要はない。鉄華団残党で構成された〈ハーティ小隊〉は、同じ戦術で育ってきたのだ。鉄華団時代に培った知識や、学校で覚えた憤り。共有する過去あってこそ、戦略的に思考したとき限りなく同一の『最善』をはじき出す。以心伝心の連携は、餓狼の群れの中で構築された価値観のもとで算出される『最も合理的な選択』を取り続けるからこそだ。

 ウタがポイントを再計算するとき、エンビもまた同じデータと数式を用いて計算を行なっているだろう。

 もとより〈グリムゲルデ・ヴァンプ〉2・3号機は二機セットで、1号機は単騎で、それぞれ動ける機体性能である。隊長が別行動をとることくらい、〈ハーティ小隊〉にはよくあることだった。

 しかし、エンビが六日も()()()()()()となると、……さすがに初めてだ。

 前例がないだけに、捜索・哨戒に撤することしかできない。ヒルメとトロウも疲れているだろうし、またそのうち駆り出さなければならないことを思えば、一分でも長く休息をとらせてやりたい。

 代わりの実働部隊が必要だろう。

 

「イーサン、〈ガルム小隊〉を呼んでくれ」

 

 

 

 

 

 艦内放送をかければ、ほどなくブリッジの扉が開いた。

 番犬たちのリーダーは右腕と左腕を従えて、グリーンのひとみでライドを見上げる。

 

「任務ですか」

 

「そうだ。昨日ついたばかりだってのに悪いな、ギリアム」

 

「いえ。呼んでもらえて、うれしいです」

 

 ギリアムの言葉に、噓はないのだろう。ライドも「そうか」と中身のない通過儀礼を返す。

 拠点防衛組として火星の共同宇宙港〈方舟〉に残っていたメンバーを呼び寄せたのだ。これまでモンターク商会を手足に使っていたラスタル・エリオン公に切り捨てられたのであれば、火星の拠点も安全ではない。

 マーナガルム実働2番組〈ガルム小隊〉は元宇宙海賊の勘をもってデブリ帯を最短距離でくぐり抜け、昨日ビスコー級クルーザー〈セイズ〉に合流した。アルミリアの歓迎を受け、相変わらず格納庫で寝起きしている。……まったく、相変わらず頼りになる子供たちだ。

 

「早々だが、哨戒をお前ら〈ガルム小隊〉に任せたい。戦闘にならないように周囲を見張っててくれるか」

 

「はい!」

 

 相変わらず景気のいい返事(イエス・サー)である。両翼も即座にこくりと頷く。糸目のフェイとどんぐり目のエヴァンは、ギリアムがいなければ口もきかない犬猿だろうにタイミングばっちりだ。むしろ一卵性双生児であるはずのギリアムとエヴァンのほうが感情の発露に差異がある。そっくり同じ顔をしているせいか、見せる表情の違いがよくわかるのだろう。

 三人揃ってブリッジを出て行き、センサーが自動的にドアを閉める。

 そして――、知らず知らず息を詰めていたのか、イーサンが長々とため息を落とした。

 

「……ちっこくても元デブリは迫力あるぜ……」

 

「弟くんのほうは天然っぽいけど。戦闘になったら結構やるもんね」

 

「そうじゃねえよ……」

 

 ぐしゃりとブロンドを乱して、イーサンは頬杖ごと火器管制席に沈んだ。何とも言えない顔をするのは、ブリッジクルーという非戦闘員ゆえの葛藤だった。

 あの双子にはアストン・アルトランドの面影がある。……というのは、ああいった褐色肌かつグリーンアイズの相違点が認知できない白人特有のイメージなのだろう。宇宙海賊〈ブルワーズ〉から鹵獲されてきたヒューマンデブリ特有のガツガツした戦闘員のイメージを、人種という大雑把な共通点を持つ子供に重ねてしまうのは、ただの偏見でしかない。

 同じオリーブ色の肌を持つウタは、『褐色』といえばヒルメのようなチョコレート色を連想する。

 双子の年齢を「十三歳くらい」とぴたり言い当ててみせたのもウタだけで(アルミリアが回収したIDに十三歳とあった)、イーサンにとって異人種の年齢は謎そのものである。トロウもいつまでたっても幼いままいるように見えるし、ヒルメの表情がいまだにうまく読みとれない。〈ハーティ小隊〉でもことさら色素の薄いイーサンに見えている世界は、微妙に色が違うらしい。

 そんなもの今に始まったことではないかと、ため息をつく。

 

「まあ、あの連携は脅威だよな。〈イサリビ〉ならまだしも〈セイズ〉の兵装じゃ防ぎきれねえ」

 

 個々の力は強くなくとも、四機まとめて相手するなら相当な腕が要る。強襲装甲艦であればMSを振り払うこともできるだろうが、ビスコー級クルーザーの装甲に戦闘に耐えうる厚みはない。

 かたや厄祭戦を戦った〈ガルム・ロディ〉四機、かたや厄祭戦後に製造された〈セイズ〉一機。

 死ぬのはどっちか、火を見るよりも明らかだ。

 ああも鋭い牙を持つ番犬の群れを艦内に飼って、思うさま虐待できる海賊連中の気が知れない。飼い主もろとも全滅してやる覚悟さえ決めれば、強襲装甲艦二隻くらいサクッと沈めてしまえる戦力だろうに。

 

(エヴァン)が甘ったれなぶん兄貴らしくなったんだろ」とライドがたしなめ、そしてブリッジは沈黙した。

 

 ライドやイーサンの目に映るギリアムの姿が十歳そこそこの子供(ガキ)だとしても、中身は子供でいられなかったヒューマンデブリのリーダーなのは周知の事実である。

 

 

 いつまでも子供のままいたかったリタとは違って。

 

 

 

「……それに、ギリアムの隊にはチップ持ちの参謀がいる」

 

 知識を外科的に埋め込まれ、整備や戦術、厄祭戦当時の兵器のことまで知っているメンバーが〈ガルム小隊〉に属している。〈ガルム・ロディ〉2番機のパイロットをつとめるハルは後遺症により下肢が不自由なため、無重力環境でなくばギリアムたちと行動をともにすることができないが。

 責任感が強くカリスマ性のあるリーダー、混戦に強い戦力と、知識によってサポートする参謀、そして以心伝心の連携――まるで鉄華団のミニチュアだ。命令には必ず最短でもって答える。

 マーナガルム実働1番組〈ハーティ小隊〉同様、2番組〈ガルム小隊〉もまたライドの指示を待たずとも戦略的に判断できるのが強みである。隊長を中心に動く共同体、いわゆる『群れ』として、ひとつの動きをするのが得意だ。

 

「あいつらほど優秀な番犬(ガルム)はいねえよ」

 

 目を伏せるライドは隊長として、この苦しいような悲しいような、やりきれない気持ちをどうしていいかわからない。

 あいつらは信頼できる兵隊だ。

 不条理なほどに。


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