MSV. 弾劾のハンニバル《完結》   作:suz.

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息抜き番外編。


番外編
マーナガルムの整備長


 さて、ここは共同宇宙港〈方舟〉にある格納庫だ。火星圏には港がふたつあって、うちひとつが今おれがいるここ〈方舟〉。もうひとつはギャラルホルン火星支部の本部基地〈アーレス〉の軍港。

 今日はこのおれ、カズマが共同宇宙港〈方舟〉の一角を、こっそりご案内しようと思う。

 

 え、誰に向かって喋ってるのかって? メタいことは言いっこナシでいこうぜ、TVでよくあるだろ? 仕事人密着のドキュメンタリーとか。最近クリュセでもそういうの増えててさあ。

『クリュセ大学コミュニティカレッジ、MS(モビルスーツ)整備課(夜間部)卒AS(アソシエート・オブ・サイエンス)——職業、メカニック(キリッ』みたいなやつ。

 ……まあ、学歴主義のプロパガンダ番組なんだけどさ。制作サイドの思惑はともあれ、整備士の日常をカメラが追ってるって設定で脳内会話すんのが最近のマイブームなわけ。

 おれ、実質一人暮らしだから独り言も多くなるのよ。許してください。

 

 んじゃ、こっからはマーナガルムの整備長ことカズマが案内人(ナビゲーター)だ。

 新苗字はなんか馴染まないから『カズマ』でいいよ。よしなに!

 

 ちなみに今はおれの日課、弁当配りの真っ最中。

 なんで整備長がランチ配ってんだよ、レンチ持っとけよ……ってツッコミは勘弁な。パイロットのメンテも整備士の仕事のうちなの。このだだっ広い格納庫を1日3回、規則正しく一周することでおれの運動不足も解消されて一石二鳥ってわけ。裏方だっていざってときは体力勝負だからな。

 

 それに〈マーナガルム隊〉じゃおれが最年長だからさ。やんちゃ盛りの弟分どもの面倒見るのは年上の役目だろ? 隊長のライドはおれより2コ下だし。今じゃあすっかりやさぐれっちまってるけど、ガキのころはおれらん中でも一等明るくて、一生懸命なやつだったんだ。絵が上手くてさ。

 ……なんかしんみりしちゃうな、この話題はやめだやめ!

 やっぱこう、自分が兄貴分だって実感すると、意味もなく年下の世話焼いてやりたくなるんだよな。この現象、名前あんのかなー。

 

 閑話休題。

 

 おれたち〈マーナガルム隊〉は、ここの桟橋と、ここから枝分かれしてるドックのいずれかを寝ぐらにしている。

 この区画は建造物そのものの死角になってる開かずの間で、アルミリア姫の権限でごっそり拝借してるんだ。空気も水も重力もあるし、火星(した)に降りるも宇宙(そら)へ出るも自在な立地条件なので、おれたちの任務にはもってこいだろう。

 もともとはギャラルホルンで使わなくなった戦艦なんかが繋留されてた場所らしいんだが、その当時は管理費などなどの諸経費がまるごと自治政府持ちだったとか。それで、脱植民地化後に連合政府が「ここの予算なに?」って突っ込むと厄介だ……ってなって、区画(ブロック)ごとモンターク商会に下賜された。

〈マクギリス・ファリド事件〉の前までは『統制局』の下にあった火星支部は、組織再編の中で『月外縁軌道統合艦隊』に吸収されたそうで、為政者様が表立ってやれない仕事を任せるにあたって、非公式の実働部隊にここを下げ渡した……ってとこだろうか。

 

 ああ、おれたちは「姫さん」「姫さん」って呼んでるアルミリア姫だけど、リアルにプリンセスってわけではないよ。

 ギャラルホルンが七星貴族(セブンスターズ)七家の合議制を取ってたころ、その一家門だったボードウィン家のご息女、アルミリア・ボードウィン嬢。まさに世界最上級のお嬢様だ。

 といってもアーブラウ領クリュセ独立自治政府首相の愛娘……って肩書きだった当時のクーデリアさんがホンモノの『お嬢さん』なのも動かぬ事実だから、それならアルミリア様は『お姫さん』ってわけ。

 たまーにこの格納庫にもやってくるんだけど、そういうときはブランカとアル・ベン・チャーリーが勢揃いしてるので、おれはそっちにかかりっきりで生身の姫君とはほぼほぼ交流がない。

 おれとしても、リアルタイムで会話するよりは、資料を添付したり参照したりできる通信のほうが何かと都合よかったりする。

 

 さぁて、一番近いハンガーが見えてきたぞ!

 

 やってきたのは、実働3〜5番組が共同で使ってるMSデッキだ。3番組の〈マン・ロディ〉が四機、4番組の〈スピナ・ロディ〉五機、5番組の〈ガルム・ロディ〉六機がずらり。

 いつもはガラガラな格納庫だが、次の任務に備えて一ヶ所にまとめて置いてある。

 

 モンターク商会の少年傭兵部隊〈マーナガルム隊〉のメンバーは、総勢にして一二〇人ってところだろうか。うち六〇人前後がこの桟橋を住処にしてて、四十数人が姫さんのお膝元、残りは(ここ)地上(した)を行ったり来たり出張したり動きっぱなし。

 おれみたいなメカニックはどの隊にでも同行するし、どこの所属っていうのはない。

〈マーナガルム隊〉自体、ガンダムフレーム1機、ヴァルキュリアフレーム3機、残りは全部ロディフレームっつう妙ちきりんなラインナップだから、特殊な4機以外は潰しがきくんだ。

 おれはどの機体の整備にも携わるから、ここの連中にも結構懐かれてるんだぜ。今ここに滞在してるメンバーはざっと四十人。

 

 呼んでみよう。おーい!

 

「弁当、持ってきたぞーっ?」

 

 ……つい疑問形になった。いや、不本意だが。鉄華団の古参メンバーみたいな、こなれた喋り方は向いていない。うっかり見栄を張ってしまったが、おれはインドアだ。内弁慶なんだ。ちくしょう。

 

「ほい、弁当。あっため……スープがまだ熱いから、気をつけて持ってくれな。ほい、お前も。お前も、はい、はい。ほいよっと」

 

「ありがとございます」

 

「うまそうっ」

 

「やった、ありがとー!」

 

「今日のべんとーなに?」

 

「うん? ああ、こっちがスープで、こっちがおかず。中にパンが入ってるから落とさないようにな。お前も、ほい。こっち側は熱くなってるから火傷に気をつけてな。……っと、みんな、弁当もらってくれたかーっ?」

 

 あ、ここ『全員』って言うとこだよな。しくった。

 

「みんな行き渡ったって」

 

「ああっ、うん。ありがとうな」

 

「カズマ火傷した?」

 

「いや、してないしてない。まっすぐにして開ければ大丈夫だから」

 

 小さいのにフォローされてしまった……。ここで「おう、ありがとな!」ってハキハキ言えるようになるのが、ひそかなおれの目標だったりする。

 整備では頼られてても、それ以外では敬われてないんだ。それどころか支えられる側。一人仕事向きのおれはいまだに、小さな凄腕パイロットたちを前につまらない人見知りをしてしまう。

 

 明日こそっ。……なんて決意を新たに、約四十個の弁当をさばいたおれはあとふたつ、格納庫をまわる。

 ここでは実働1番組から5番組まである各小隊がそれぞれのMSデッキで生活してるからだ。

 今おれが会ったのが3、4、5番組のメンバー。

 これから向かうのが2番組、通称〈ガルム小隊〉の格納庫だ。

 

 どの小隊もパイロットを中心にオペレーターやらメカニックやらが集まる感じで構成されてて、〈ガルム小隊〉が一番の大所帯。なんと元宇宙海賊、元ヒューマンデブリの面々が二十人強も集っている。

 兼任や帯同を除く固定メンバーだけで二十人オーバーというと、この〈マーナガルム隊〉では最大規模だ。

 一番隊の〈ハーティ小隊〉なんかは隠密行動が多いこともあって、専属なのはパイロット三人だけなんじゃないかってくらいまで絞り、他のメンバーは別の隊のサポートにまわってる。ここまでバラけてるのも特殊っちゃ特殊なんだけど、準メンバー陣ももれなく専門性の高い技能を持ってるせいで、任務のたびに引っ張りだこになってしまう。

 

 おっ、そうするうちに目的地が見えてきたぞ。

 

 ……ここへくるのは、実はすごく、勇気がいる。人見知りとは別の意味で。変に警戒してたほうが怪しまれる……って思うほど挙動不審になってしまう。万が一侵入者と見間違われて射殺されたらシャレにならないどころの話じゃない。

 なんせここだけ低重力だし、しかもいつも暗いんだよここ! 電気つけろよ誰か!! ……って思いながら照明をつける勇気はない。明かりがついた瞬間マシンガン構えてズラッと並んたらマジで漏らすだろう。おれは想像力が豊かなんだ。勘弁してくれ。

 格納庫内部には踏み込まず、どうにかこうにか重力のあるところで踏みとどまって、肩に提げていたガマバッグをひとつおろすと「とったどー」的な感じで掲げる。

 

「べんとうだっ! 昼メシの時間だぞーっ!」

 

 今日はわりと噛まないで言えた気がする。ほっとしたのもつかの間、向こう側から三人組が姿を現した。

 重力があるといえばあるしないといえばない中途半端な環境だってのに阿頼耶識使いは手すりもない空間をスーっときてカチッと着地。靴裏の磁石が接地する音が軽いのなんの。白いノーマルスーツが音もなくすぅーっと近づいてくるんだから、慣れてなきゃホラーだ。

 幹部三人組は器用におれの正面までくると、リーダーがでっかいどんぐり目でじいっと見上げてくる。13歳、約147cmというサイズ感にそぐわぬ存在感。

 こいつが〈ガルム小隊〉の司令塔、〈ガルム・ロディ〉1番機のパイロット『ギリアム』だ。

 隣のドッペ……そっくりさんが3番機の『エヴァン』、隊長くんの双子の弟。それからキツネ目のほうが4番機の『フェイ』だ。常にこの三人はまとまって行動していて、実はもうひとり2番機のパイロットで『ハル』ってのがいるんだが、参謀役なので裏方よろしく表には出てこない。

 

 このハンガーには〈ガルム・ロディ〉4機しか置いてないのに下手すると迷子になるくらい広いから、おれも深入りしないようにしている。

 

「ほい、これ、弁当な」

 

「ありがとうございます」

 

「えっと今日のスープ、熱くなってるから」

 

「はい。気をつけます」

 

 さすがリーダー、余裕の対応だ。ギリアムくんはどこで教わったのか敬語が使える。

 小さな司令塔のそばからはキツネっ子ことフェイくんが両手をだして、荷物持ちを申し出る。メンバーはこの広い格納庫のあちこちで息をひそめてるから、弁当は幹部三人組が手ずから配りにいってやるらしいのだ。隊長のギリアムくんが両手で手渡ししてやれるように、隊員の中で一番大きくて力持ちのフェイくんがカバンを持つんだろう。

 鉄華団でも、団長が荷物を持つなんてだめだって副団長が奪い取って荷物持ちに徹してたりした、多分、あーゆうイメージ。

 といってもおれの目の前ではあんまり会話してくれないので、ギリアムくん以外はあんまり声を聞いたことがなかったりする。

 しかもその司令塔くんがペコリと丁寧にお辞儀するもんだから、おれはそそくさと格納庫をあとにしましたとさ。

 ……まあ、あー、そうだ、気を取り直して、だ!

 

 この弁当配りの旅も終盤にさしかかって、おれが向かうのはラスト格納庫。今は休暇中の〈ハーティ小隊〉のところだ。

 3日間の休暇をねじこまれた〈ハーティ小隊〉のパイロット三人組は、はじめの2日はモンターク邸のベッドでがっつり睡眠とって、外食したり花街いったりして経済まわして、最終日の今日この〈方舟〉まであがってきた。

 一度は地上に降りた〈グリムゲルデ・ヴァンプ〉三機も次の任務に備えて待機している。

 

 おれは技術屋だし、機械いじりが趣味で特技で仕事なマニア気質だから、休暇をもらったところで格納庫から離れることはないんだけど……連中はそうはいかない。

 ライドもそうだが〈ハーティ小隊〉は専属メンバー・準メンバーを含め、それぞれ生身でも武器を持つ。暗殺、諜報、護衛、送迎、それから潜入のためには掃除夫やらベルボーイやらにも擬態するのだ。ノブリス・ゴルドン暗殺がスムーズにいったのは、こいつらが三ヶ月以上前から黒服やらホテル従業員やらに扮して手引きしていたおかげだった。

 ちょっと前にはエドモントンの街頭デモで演説(スピーチ)までしてきたくらい、連中の仕事は多岐にわたる。

 といっても筋書きを決めるのはエリオン公だし、原稿を書いたのはアルミリア姫。校閲も入ったあとのものを読み上げただけなのだが、スピーチに必要なのは内容だけじゃない。暗記力、演技力、求心力こそ評価すべきポイントだろう。

 見栄えだってもちろん大事だ。画面ごしの弟分がなかなか男前に撮ってもらっていて、おれも誇らしかった。

 

 アーブラウの番組は基本的に反ギャラルホルン寄りなので、安心して見ていられる。

 やっぱり、国境紛争の遺恨があるんだと思う。それと、旧蒔苗派の底力。アレジ代表が就任して間もなく亡くなった蒔苗老の葬儀も、前代表を弔う儀式としては地味なものだったが、生前の偉業を称える報道は何日も続いた。

 アフリカンユニオンなんて親ギャラルホルン派だから、ドルトコロニーの社長を暗殺してやってもメディアの反応はあっさりしたものだった。お隣のアーブラウのほうが詳しい状況まで発表してたくらいだ。

 

 コロニー内部へのMS侵入、骨も残さず焼き尽くした謎の炎。コロニーの安全神話を覆す武力行使。

 ギャラルホルン様は人民を庇護してはくれないぞという、動かぬ事実。

 

 安全の守り方、権威の守り方はそれぞれだから、アーブラウだって「いたずらに市民の不安を煽っている」という世論の誹りを受けている。反対に、アフリカンユニオンの報道関係者はギャラルホルンがドルト公社の役員という重要人物すら守ってくれなかった事件に苦言ひとつ呈さず、とっとと切り上げることを選択した。

 

 危ない真実には近寄らず、遠ざかること、黙って耐えることで守れる平和もある。

 ……確かにその通りなんだと思う。

 おれだって、いつの間にか、どんな番組を見ていても聞いていても、制作会社が誰から金をもらってるかが透けて見えるようになってしまって、裏事情なんか知らないほうが楽しく見てられたよなあって不満を覚えることはある。

 昔のクリュセで〈革命の乙女〉だの独立運動だのが持ちあげられっぱなしだったのも、メディアがノブリス・ゴルドンとズブズブだったせいだった。

 今のような立場にならなきゃ、知らないままいたことばかりだ。

 

 ノブリスを暗殺して以来、報道関係はテイワズが影響力を持つようになった。流通関係はモンターク商会がまるっといただいて、……そのへんはエリオン公とマクマードさんとアルミリア姫と三人の間で、何か密約的なものが交わされたんだろう。

 スクリーンの外からニュースを眺めるおれたちは、「現実ってそんなものだよなー」って諦めて、遠い目をして笑い飛ばすべきなのかもしれない。それが正しいかどうかはわからないけど。それが『普通』なのは確かだろう。

 少なくとも、プロパガンダを垂れ流すメディアに洗脳されないように、テイワズが求めてる『模範的な火星人』は、この情報を丸呑みにした姿なんだなあ……なんて一歩下がって俯瞰しようとするおれは、模範的な火星人像にはあてはまらない。

 今こうして妄想してる脳内ドキュメンタリー番組だって、いざ放映(スクリーン)ってなれば校閲と編集で99.99%別のものになっちまうんだろう。

 そんで、仕事人(おれ)自身には『反社会性』とか『適応障害』とか曖昧な病名(ラベル)がつけられて、テイワズ系の病院に放り込まれて毒でも盛られて突発的な多臓器不全で()()()()()ジ・エンド。

 ああ、やっぱ独り言は最高だな。

 

 

 さてと、やってきましたラスト格納庫!

 かなり厳重な鍵がついてるが、おれは〈マーナガルム隊〉のメカニックなので問題ない。指紋認証クリア。網膜パターン認証クリア。

 オープン・セサミで声紋認証も解錠(クリア)だ。

 扉が開く。

 

「カズマ!」

 

 真っ先に顔をあげたのは四脚可変機構を持つ3号機(チャールズ)のパイロット、トロウだった。トレードマークの青い帽子を前後ろ逆にかぶっていて、ひょうきんな少年……だと思う。明るく元気で人懐っこい。ぱっと筋トレを打ち切ると、転がるように駆け寄ってきてカバンを持ってくれる。

 

「腹減ったぁー!」

 

 って言いながら、取り出した弁当はまず隊長に差し出す。自分のぶんを確保するのは常に三番目だ。猪突猛進に見えて順列をきっちり守っている。

 搭乗機(チャーリー)は四ツ足の猛獣みたいな動きをするけど、それでなくとも最近のトロウは(けもの)っぽいなと思うことがある。

 続いて寄ってきたのは、有翼変形の1号機(アルフレッド)のパイロット。〈ハーティ小隊〉の隊長でもあるエンビだ。余暇は読書ばかりしてるくせに身長をすくすく伸ばしやがって、ひょいっと上から覗き込んでくる。

 重量の偏りから、カバンの底でもうひとつ余っているのに気づいたらしい。

 

「カズマ、昼飯まだなのか? ここで一緒に食ってけよ」

 

「いや、お誘いは嬉しいけど仕事があるから。おれは向こうで食べるよ」

 

「メカニックは休暇じゃないのか……悪いな、おれらだけ休んで。何か手伝えることは?」

 

「ないって。優良スケジュールのおかげで疲れるほど動いてないしさ。エンビたちは休暇でもなきゃまともに寝れない任務ばかりだろ? 今のうちにちゃんと休んでてよ」

 

 苦笑すると、納得いかないって顔をする。あからさまに表情に出すから、ああ、背は伸びてもまだまだガキなんだなって感じだ。

 いかに優秀なパイロットといえど生意気盛りの17歳。鉄華団発足以前からの古参団員、当時の『幼年組』、その後の『年少組』、現在の〈ハーティ小隊〉はみんな、何気ない仕草がちょっぴり幼いときがあって、それが野性味と紙一重で、少年期から青年期に至る過渡期特有の空気感を持っている。

 こういう面を見せてるのは、リラックスしているってことだろう。

 懐かしくなって思わず笑ってしまい、白眼で刺されるかと思ったが助け舟到着が早かった。さすが千里眼の2号機(ベンジャミン)、視野が広い。一番でかくて黒くて、死角からの援護射撃は実に的確だ。

 

「カズマは頭脳労働専門なんだから、出張で飛び回ってるお前とは体力ゲージの減り方が違って当然だろ」

 

「まあ、そうゆうこと。ヒルメの言う通りだよ。休養期間中のエンビを働かせたらライドの気遣いが無駄になる」

 

「そーそー。大人しく休んでな、隊長サン!」

 

 トロウが弁当の蓋を開けながら笑う。おれも自分のぶんのランチを確保して、「それじゃあ」と片手をあげた。

 本当は仕事なんてとっくに終わってるんだけど、試してみたいセッティングがまだまだ山のようにあるんだ。ブランカもグリムも、パイロットがもっと自由に、自分自身の特技を活かせる機体に仕上げたい。

 

「夕飯時になったらまたくるよ」

 

「ああ、よろしく頼む」

 

 コミュニケーション能力の高い弟分たちに見送られて、格納庫を辞す。扉が閉じる前にちらっと振り向くと、弁当を食べていても気づいてくれる。……いや、三人とも気配に敏感すぎて()()()()()()()だけなんだ。閉まる扉の向こうで、トロウがにかっと笑って拳を突き出すのが見えた。

 いいやつらだなと、ほっこりする。

 連中は警戒心が強すぎるからずっと一緒にいると息が詰まってしまうけど、疎外感はなく、おれも含めて会話がテンポよく進む。まるで頭の中の歯車に適度な潤滑油を注がれたみたいに、仕事もよく頑張れる。今ので最高速度だと思ってたシステムが実はもっとサクサク動くことがわかれば、おれの足取りも軽くなる。各機体の改良案(インスピレーション)が次から次へと湧いてくる。

 

 こういう生活が、おれはすごく気に入っているのだ。

 

 MSが並んでる格納庫に『アットホーム』なんて言葉は不釣り合いだとしても、食事をしたり眠ったり、読書をしたり筋トレしたり、気まぐれに腕相撲大会が勃発したりする生活拠点は、(ホーム)以外に言い表しようがないじゃないか。

 だから家に帰ってきたような感じがするのも、きっと変じゃない。

 

 おれが入団する前まで鉄華団は家族だったらしいから、あながち間違いでもないはずなんだ。

 死んじまった仲間が流した血と、これから戦って流すおれたちの血が混ざって、鉄みたいに固まって——いびつだけど確かな『血の縁』になる。それが鉄華団だったと聞いた。

 おれが入団したときにはもう急成長企業として『会社』の形されてたし、『家族』を継続してたメンバーとも現役当時あまり親しくなかったから、伝聞でしか知らないんだけど。

 

 民間警備会社といったって、いわば『代理戦争屋』。誰かが戦争をしたいとき、戦力を外注する組織だ。

 真面目に仕事してるだけで恨みを買って、目立てば同業者から妬みを買って、喧嘩を売られて……実際、割のいい業種じゃあない。家族を人質にとられる危険もついてまわるから、CGSのマルバ・アーケイとかいう社長さんも孤児を兵隊にしようと考えたんだろう。

 

 おれは8つのときに技術屋だった親父に先立たれて、以来、スラムで拾った電子機器を修理しては転売したり、食い物と交換したりしながら生活していた。いわゆるストリートチルドレンってやつだった。

 目覚まし時計、TVスクリーン、ランプにドローン……なんでも分解しては組み上げてた。ガラクタひとつで寝食忘れて、三日三晩はワクワクし続けられる安上がりなガキだった。

 

 あのころはTVに限らずラジオも電話も通信回線に繋がなきゃ単なる飾りで、電力供給も危ういスラムではクソの役にも立たないなんて知りもしなかった。鉄華団に入って、整備班の一員になって、ラジオが鳴らなかったのはおれの不手際じゃなく、本体が壊れてたせいでもなく、エイハブ・ウェーブによる電波妨害の影響だと教えてもらった。

 おれの住んでた人気のない貧民街は、住人が市街地に移り住んでいった残り物だったことを雪之丞さんから聞いた。親父が仕事を失うのも必然だったわけだ。

 

 理由もわからないまま、誰もいなくなってく廃屋の町で、おれは鉄くずを拾い集めていた。

 おれにとっては夢のカケラだった。

 二束三文の価値もない残骸の向こう側に、想像力豊かなおれは『日常』を夢見ていたんだ。

 

 あったかい飯があって、雨風をしのげる寝床があって。おれが機械を直せば、それが誰かの役に立って。外の世界の情報がじゃんじゃん入ってきて、そこにどんなアイテムがあればもっと便利になるか空想する。ああでもない、こうでもないって考えて、作ってみて、失敗して、もう一度作って、試行錯誤して。

 完成したら一緒に喜んでくれる家族がいて。

 おれが夢見る日常風景が、鉄華団の中にあった。残念ながらカッサパ・ファクトリーにはなかったけど、ライドに引っ張ってもらっておれはここへたどりついた。

 戦えないおれにできることは多分、ものすごく少ない。けどおれは、どうすれば今の生活を守れるのか考え続けなきゃならないと思う。

 

 人様には知ったこっちゃないこの日常を、今度こそ守り抜きたい。

 おれは、家族(ここ)が好きだ。


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