MSV. 弾劾のハンニバル《完結》   作:suz.

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[ Prologue ]


第一章 復讐は何も生まないなんて
序幕


P.D.333----------------

 

 

 

 

 平原に点在する林に隠れるように、その小さな要塞はある。

 上空から見渡せば広大に過ぎる草原の中には、背の高いポプラが濃い緑を寄せ合っている斑点がポツリポツリと数えられるのだ。その約半数ほどに、かつてSAU軍の〈ジルダ〉が隠してあった。

 国境紛争時に使われた古い補給拠点である。建造からはもう十年近くが経つ。前線にほど近く、急ごしらえの基地群であっただけに、老朽化したコンクリートからは赤錆びた鉄骨が突き出している。重砲をもらってしまった不運な森もいくつかあり、その豪快な吹き飛び具合はアーブラウとの国境はどちら側かが一目で見て取れるほど。

 戦後ハリケーンにでも見舞われたのか、朽ち果てようはまさに廃墟だ。最寄りの街からざっと一二〇マイルは離れているせいで、無秩序なギャングの落書きもない。

 残されているのは洗い流されなかった血痕と、そして風雨によって抉られ、拡げられた弾痕くらいのものだろう。

 カナディアンロッキーを臨むこのバルフォー平原のただなか、ポプラの林に潜みながら、無力な兵隊たちは死神の足音に怯えていた。

 いくら前線に近くとも補給拠点には整備士がおり技術者がおり、炊き出しをする給養員たちがおり、兵站を運んでくる需品部隊が行き来するものだ。戦うばかりが戦争ではない。医師や看護師といった非武装の救護スタッフも帯同している。

 戦闘員も非戦闘員もみな配置に従ってそれぞれの仕事をした。訓練と違っていつ終わるとも知れない過酷な環境に、なすすべもなく命を刈りとられていった。

 

 国境線を幅広く接したアーブラウとの戦争には、SAU政府もただ北へ北へと兵を送り続けるほかなかった。

 外交のチャンネルが何者かによって封鎖されていたせいだ。やむをえずギャラルホルンに要請し、地球外縁軌道統制統合艦隊が調停を持ちかけようと試みたが、情報が届くことはなかった。

 

 あとになって判明したことだが、アーブラウ防衛軍は人材不足から採用時の経歴チェックがザルで、とある傭兵の介入を受けたらしい。

 ガラン・モッサという偽名の男だ。傭兵部隊を率いてふらりと現れ、至極すんなりとアーブラウ防衛軍の実質的な指揮官として居座った。

 彼に雇われていた民間の傭兵たちは、リーダーこそ紛争で失ったが、もともと各地を転々としていた好戦的な戦争屋である。貸与されていた〈ゲイレール・シャルフリヒター〉を持ち逃げする格好で戦線を離脱し、今も次なる戦端をいまかいまかと待っている。

 SAUの古い基地に身を隠し、今日もバーボンの瓶を掲げる。彼らにとっては痛々しい戦火の爪痕さえも生きる世界を構成しているパーツのひとつだ。珊瑚礁に生きる魚のように、彼ら傭兵は戦場跡地を自由に泳ぐ。法規に縛られず、MSの無登録所有も見咎められることはない。

 戦争を稼業として生きる彼らに特定の敵はいない。戦乱のない場所では酒をたしなみ、色を好む。仕込みをしたら、あとは小競り合いが起きるのを待つばかりだ。

 まだ日も沈まない初夏の午後九時、夕食後の余暇を楽しむ傭兵たちは聡いスポッターに見つめられていることなど気付きもしない。

 

『……こちらベンジャミン。ターゲット確認。人数、武装ともに情報通り』

 

 黒人の男が報告する。まだ十代の少年とは思えないほど落ち着いた声音だ。スポッターを担う機体のカラーリングは、夜闇にこそ紛れられる漆黒(ブラック)

 この季節、平原は午後十時すぎごろまで明るいため、黒は保護色にならない。狙撃手は目標から北に三キロばかり離れた古要塞に身を隠し、その千里眼で戦場予定地を見つめている。

 

『アルフレッド、了解』と隊長機が軽い調子で返答した。一際鮮やかな鮮紅色(スカーレット)の装甲には隠密性のかけらもない。琥珀色のバイザーで覆われたアイ・センサーが獰猛に光を散らし、『チャーリー、いけるか?』と笑う。

 

『いつでも!』

 

 東洋人の男が威勢良く応答する。同じく十代後半の少年だ。ポプラの森に伏せた機体は大空のように青く、こちらも保護色とはほど遠い。

 しかし実によく隠れている。MSの頭部を探して見上げればまず間違いなく見逃す地面すれすれの位置で、モノアイがぎらり剣呑にきらめいた。

 うつ伏せに倒れたかと見紛う姿勢でも、双肩のヘビーマシンガンは標的となる廃屋をとらえている。獣の両耳のようなブレードアンテナ、鋭い金目はまさにワーウルフだ。

 右肩には〈狼〉のシンボル、左肩には稲妻がそれぞれ描かれている。

 三機に共通する両肩のノーズアートが、彼らの所属を物語る。

 

『――二〇五七。〈ハーティ小隊〉、攻撃行動に移る』

 

 隊長機がミッションレコーダーに宣言する。

〈ハーティ小隊〉——厄祭戦末期に九機のみロールアウトしたというヴァルキュリアフレームをかき集め、その改修機のひとつであった〈グリムゲルデ〉に似せて作った〈グリムゲルデ・ヴァンプ〉三機を中心とする実動部隊だ。

 1号機にエンビ、2号機にヒルメ、3号機にはトロウが搭乗している。

 鉄華団の魂が息づく狼たちが牙を剥く。

 

撃ち込め(オープンファイア)!』

 

 エンビの鋭い号令を合図に重砲が鳴り渡る。轟く咆哮とともに()()()()たのは3号機だ。ポプラの森を焼き尽くすように、両手足から青い炎がほとばしる。軽量ゆえの機動性を誇った本来のヴァルキュリアフレームにはなかった四脚可変機構を実現させ、四ツ足のホバーだけではない、野獣の駆動が大地を蹴って加速する。側頭部のバルカンが牽制の銃火を放つ。

 これから野営だという傭兵のキャンプは、一息にして色めき立った。

 騒然とする廃墟を狙って撃ち込まれた砲弾が爆ぜる。爆音、悲鳴。炎の海からは戦場慣れした傭兵たちがぽろぽろ駆けでてくる。

 

「くそっ……何だ、ここがばれたのか!?」

 

「散開、散開だ!! どこの誰が襲ってきたのか知らんが――!」

 

「了解だ、合流ポイントで落ち合おう。死ぬなよ!」

 

 手際よく散っていく機影を、スポッターは見逃さない。コクピットのヒルメはヴァルキュリアライフルの狙いをさだめて、友軍機へ報告する。

 

『――ターゲット、(こっち)側へ退避してくる。〈ゲイレール・シャルフリヒター〉が五機だ』

 

『こちらチャールズ! 基地の投棄を確認した。生存者はゼロ!』

 

 置き去りの残骸たちを踏みつぶしながら3号機のトロウが吠えた。足許では砕けて潰れたスイカがじりじりと焼けこげていく。

 

『オーライ、こっちも予定通り二機を目視』

 

 挟撃にする、とエンビは続ける。北では狙撃手タイプの2号機が罠を張って待ち構え、南東からは高火力タイプの3号機が追いすがる。三機連隊の隊長機である1号機のコクピットで、エンビは好戦的にくちびるを舐めた。

 右腕にヴァルキュリアブレードを展開する。

『ヒルメ』と呼ぶ。黒の2号機は頭部装甲を展開し、高精度センサーを露出させている。千里眼形態(ガンカメラモード)の視界は既に〈ゲイレール・シャルフリヒター〉のコクピットを正確に捉えている。

 

『いつでもいける』

 

『トロウ』と低く笑う。蒼の3号機は消し炭へと変貌していく炎の森からのそりと現れると、スタートダッシュに姿勢をぐっと低くした。

 

『待ちくたびれた』

 

 あとはエンビの号令がひとつ響けばいいだけだ。

 

 

『殲滅しろ』

 

 

 野放しの処刑人どもをひとり残らず喰い殺せ――と。

 

 狼が猛る。




【登場メカニック】

■V04vm-0191 グリムゲルデ・ヴァンプ1号機
搭乗者: エンビ
コールサイン: A(アルフレッド)
動力源: エイハブ・リアクター
使用フレーム: ヴァルキュリアフレーム
武装:
 ヴァルキュリアブレード
 ハンドガンx2
 ガントレットシールド
備考:
 高機動型、近〜中距離戦仕様。リアアーマーがグライダー状に展開し、滑空が可能。三機連隊の中核を担う隊長機だが、戦術的役割は主にアタッカー。機体配色は『鮮紅』で最もグリムゲルデ(マクギリス機)に近い外観。背部補助翼のみ『藍』色で、宇宙戦や野戦においてはほぼ保護色にあたる。
 左肩に稲妻、右肩には『ブラインドフェンリル(Blinded Fenrir)』のノーズアートが藍色で描かれている。


■V09vm-0192 グリムゲルデ・ヴァンプ2号機
搭乗者: ヒルメ
コールサイン: B(ベンジャミン)
動力源: エイハブ・リアクター
使用フレーム: ヴァルキュリアフレーム
武装:
 ヴァルキュリアライフル
 スナイパーライフル
 90mmマシンガン
 アンカークロー
備考:
 後方支援型。中〜遠距離戦仕様。背部に大型ブースターユニットを装備しており、飛行が可能。頭部センサーを開いてモノアイを露出させた『千里眼(ガンカメラ)モード』に変形し、遠距離からでも不安定な上空からでも獲物を正確に捕捉できる。機体配色は『漆黒』、宇宙戦や野戦においては保護色に近いが、両肩のノーズアートは白い。


■V06vm-0193 グリムゲルデ・ヴァンプ3号機
搭乗者: トロウ
コールサイン: C(チャールズ)
動力源: エイハブ・リアクター
使用フレーム: ヴァルキュリアフレーム
武装:
 ヴァルキュリアシールドx2
 ヘビーマシンガンx2
 頭部バルカンx2
 ロングバレルレールガン
備考:
 近距離戦特化、四脚可変機。『突撃(ビースト)モード』に変形すれば重戦車のごとく、MSのホバーの倍近いスピードで疾走する。飛行ポテンシャルがないため離脱時はブースターユニットを持つヒルメ機との連携が不可欠。機体配色は『蒼』、ノーズアートはヒルメ機と同じ『白』。宇宙戦では最も目立つ、囮に適した配色。

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