「失礼する!」
Cクラス戦を終えた放課後。昼休みに続きAクラスのドアが勢い良く開かれた。
そこに立っていたのは、微妙に色の合わないカツラを被り、女生徒の制服を着た
「…根本…君?」
Bクラス代表の、根本恭二
「ぐっ、俺達Bクラスは、戦争の準備をしている…!!」
「ハァ?戦争の準備も何も、Fクラスに負けてるから無理じゃない」
試召戦争のルールの1つ。『負けたクラスは三ヶ月間の宣戦布告の禁止』。彼らBクラスは今日、Fクラスとの戦争に負けたから無理なはずなんだけど…。
「いや、和平交渉で引き分けにしたからBクラス…更にいえばDクラスも戦争する権利はあるんだぜ?木下優子サン」
根本君の後ろからFクラス代表の坂本君、それから吉井君、姫路さん、土屋君、島田さん、秀吉が顔を覗かせた。
「引き分けでも宣戦布告は不可能じゃないかしら?」
「ルールには負けたクラスとしか書かれていないからな、引き分けなら別に出来るだろ?」
「屁理屈言うわね」
「屁理屈結構、屁理屈だって理屈の内。…そうだろ、根本クン??」
そう言って坂本君が根本君に意味深に視線を送ると、根本君は苦い顔をした。
…根本君は卑怯だって専ら噂だけど、Fクラス戦の時も何かしたのかしら。ま、この様子だと坂本君には及ばなかったようだけど。
それよりもーーわざわざBクラス代表にこんなことを言わせて坂本君本人もけしかけてくる、となると
「…Cクラスと戦わせた後にBクラス、更にDクラスと戦争して弱らせてから戦争しようと言うのかしら?いや、何かーー規約?条件?とかを吞まないと襲わせるぞって脅し?」
「察しがいいな、その通りだ」
「で?その規約だか条件は何かしら」
「Aクラスとの試召戦争の内容を、代表同士の一騎打ちにしてもらいたい」
「…一騎打ち?」
「そうだ」
「…………その提案は安易に呑めないわね。代表が負けるとは思えないけど…貴方達の今までを見れば、何かあるのは明白だわ」
「おっと、警戒してるのか?最底辺如きに」
「ただの最底辺クラスが格上クラスに勝てるとは思ってないわ」
「お褒めいただき光栄だな」
「やめて頂戴、微塵も思ってないくせに」
「二人とも、笑顔だけど目が笑ってないね…」
「ちょ、ちょっと怖いです…」
失礼ね。
「まあまあ、立ち話もなんだしさ、皆座りなよ~」
「せっかくだし、お茶を出そうか」
「悪いな」
「うわぁ~!ソファーふっかふか!!」
「流石Aクラスね~」
愛子が苦笑いを浮かべながら中央のソファーを勧め、久保君は自分の席でアタシの分を含めた七人分のお茶を淹れ始めた。Fクラスから来た六人は、設備に感嘆の声を漏らしている。
…何でこんなに緊張感がないのかしら…一応アタシ達、戦争の話をしているのよね…??
「…俺、帰っていいか?」
「むしろさっさと帰れ、目に毒だ」
「お前らが着せたんだろ!?」
「…坂本君って…そういう趣味が…」
「勘違いするなよ木下姉、明久の趣味だ」
「ちょ、ちょっと雄二!?確かに根本君の制服が欲しいとは言ったけどーー」
「「「うわぁ………」」」
「待ってええ!?!?これには深い事情があるんだって!!!って聞いてる?皆して目を逸らさないでってばぁ!!!!」
「じゃ、じゃあ俺はこれで…」
「尻に手を当ててガードしないで!?というかそういう趣味があったとしても、根本君や雄二だけはこっちから願い下げだからねっ!?!?」
何でだろう、今久保君の目が輝いた気がする。
「…とにかく、話を戻すわよ。それで、一騎打ちの件だけどーー「…………雄二の提案、受けてもいい」だ、代表!?」
「…………その代わり、条件がある」
「何だ」
「…………勝った方が、負けた方の言うことを聞く」
そういうと、代表はちらりと姫路さんに目をやった。
ああ、雄二ってどこかで聞いたことがあるなと思ったけど…そういえば彼は、坂本
…Fクラスの人達は坂本君や姫路さん以外、何か勘違いしてるみたいだけど。
「…代表がここまで言ったんだし、一騎打ちの勝負は吞みましょう。ただし、代表のみじゃなくてお互いのクラスから五人選出して、勝ち数の多いクラスの勝利…というのはどうかしら」
「わかった、その代わり科目の選択は全部俺達でいいな?」
「ダメよ。今までの戦績を見た限り科目によっては少なくとも、姫路さんと土屋君はAクラスと十分戦える点数がある。…そうね、そっちが3、こっちが2、これでどう?」
「…わかった、吞もう」
「雄二、いいの?」
「こんだけ譲歩してもらえりゃ十分だ」
「開戦時刻は明日の…」
「午後にしてもらえるかしら?Cクラスとの戦いの補充が不十分なのよ。ま、不十分なままでも勝ちたいというなら午前中でも構わないけど?」
「いや、俺は世の中学力だけが全てじゃないと証明するのが目的だからな。万全を期してもらわなくちゃ困る。」
「随分と崇高な目的をお持ちなのね。…まあ、それについてはおおむね同意するわ」
「…意外だな、アンタこそガチガチの勉強推奨派だと思ってたんだが」
「アタシが推奨派なら秀吉の奴はとっくにガリ勉よ。……そうね、身近にそういう馬鹿がいるのよ」
「…どういう意味だ?」
「そのままの意味よ。世の中、学力だけが全てじゃないと証明してる馬鹿がいるの」
「ソイツは興味深い、明日会えるか?」
「ええ、いいわよ」
脳裏によぎるのは
凝り固まっていたアタシの概念とか常識とか、ーー厚く被った仮面さえも壊した大馬鹿野郎。
「話がそれたな、午後からというなら14:30より開戦はどうだ?」
「それなら構わないわ」
「よし、じゃあまた明日、だな」
と坂本君が立ち上がると、他の五人も慌ててお茶を飲んで立ち上がった。…まだ熱かったみたいで、吉井君は咽せてたけど。
「んじゃ、お邪魔しましたーっと」
「お邪魔しました~。久保君、お茶ありがとう!美味しかったよ!」
「お邪魔しました。お茶までご馳走様でした、とっても美味しかったです!」
「………………邪魔した」
「お邪魔しました~!お茶、ありがとうね!緑茶って初めて飲んだけど、結構美味しかったわ」
「お邪魔したのじゃ、明日またよろしく頼むのう」
個々挨拶を残して去っていく六人。嵐のように騒がしかったAクラスは、一気に静まり返った。
「………優子、どういうこと」
「どういうって」
「………惣司郎のこと。雄二ならすぐに調べをつけて、対策を打ってくる」
「そうね、坂本君のことでしょう、土屋君の情報網を使って確実な対策を打ってくる。逆にそこが狙い目なのよ」
「……そこが?」
「恐らくあっちが出してくる代表は坂本君、吉井君、姫路さん、土屋君、秀吉。けど、向こうにとって確実に勝てる対策があるのは坂本君と土屋君のみ」
「………姫路は?」
「姫路さんは対久保君用かと…でも二人の学力は互角だから、運頼りに近い」
「………確かに」
「そこで、よ。勝つためには三勝する必要がある。でも確実に勝てるのは二人のみ。だから勝つ可能性を少しでも上げるために、アタシに秀吉を、そして恐らくーー夏目に吉井君を当ててくるわ」
「………どうして吉井?」
「夏目は教科によってFクラスレベルまで下がるものがある。対して吉井君も成績は変わらないけど、長けた操作能力でBクラス数人から逃げ切ったという噂も聞いてるわ。ーーつまり、科目によっては吉井君は夏目に勝てる、そう考えるでしょうね」
「………なるほど」
「それを見越してーー愛子!少し良いかしら」
「はいはーい!どうしたの優子」
「土屋君の情報網に、こういう情報を引っ掛けて欲しいんだけど」
「…!このくらいならお安い御用だよ~!」
「頼むわね」
Aクラス対Fクラスの一大決戦の時が、刻一刻は近付き始めていた。