バカな筋肉と優等生   作:諦。

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如月ハイランド編、最終話です!


最終問題

 

気の済むまでチンピラ二人組をのした後。

俺は柱の陰からこちらを窺っていた奴に声を掛けた。

 

「覗き見とはいい趣味してんな、夏目」

「人聞きの悪い事を言うな、坂本。俺は忘れ物を届けに来ただけだ」

 

忘れ物?、と、聞き返すと、夏目が黒い鞄を俺に押し付けてきた。

……あぁ、翔子が持ってたやつか。揺らすなと言っていたが、結局何だったんだろう。後で見てみるか。

 

「じゃあ、頼んだぞ」

「あ、ちょっと待て」

 

呼び止めたのは、ほとんど反射だった。

何となく、今しか聞けないだろうとそう思って。

 

「……?」

 

夏目が振り返る。

目つきこそ鋭く感じるが、真っ直ぐな瞳で俺を見つめている。

 

ーーあの時感じた、形容し難い何かの感情。

翔子と同じ、直向きに一途な思いを持ち合わせているコイツなら。

明久とよく似ているコイツなら。

その感情の答えを知っているかもしれない。

 

 

「なぁ、夏目。お前はどうしてーー木下姉のことが好きなんだ?」

 

 

コイツの感情の原点が知りたい。どうして好きになったのか、何をもって好きと判断したのか。それがわかったらーー何となく、俺の求めた答えに辿り着ける気がした。

 

「何でって……」

 

夏目がゆっくりと口を開く。

 

 

「アイツが秀吉にかけていた、腕ひしぎが見事だったからだ」

 

 

コイツに聞いた俺が馬鹿だった。

 

「……それだけか?」

「それだけ、とは失礼な言い方だな」

「だって…もっとこう……何かないのか?助けてもらったとか…」

「無いな」

「……なんでそんな、自信持って言えるんだ」

 

期待していたのとは随分違った答えを返され、呆れ半分でそう尋ねる。しかし夏目は、そんな俺とは対照的に真剣な目で俺を見つめていた。

 

「くだらないと笑われようが、何だそれはと呆れられようが、あの日の俺が抱いたあの気持ちは何一つ間違っていない」

 

 

「それを正しいだとか間違っているだとか決めるのは、他人ではなく俺自身なのだから」

 

 

その、あまりにも真っ直ぐな言葉に思わず黙ってしまった。

夏目はきっと、怒って先の言葉を言ったわけではない。俺に説教をしているつもりもない。そうわかっているのに、何故かその言葉はナイフで刺されたかのように俺に突き刺さり、胸が痛みを訴えた。

 

「……そうか」

「?」

「……忘れ物、届けとくぜ。じゃあな」

「ああ」

 

ひらり、と手を振れば夏目も背を向けて歩き出す。

この時抱いた痛みの正体を、俺はいつか知ることになるのだろうか。

今はまだわからず、知りたくもないのでよぎった思考は無理矢理シャットアウトさせた。

 

 

             ⭐︎

 

 

「よっ。随分待たせてくれたな」

「……雄二」

 

如月ハイランドの中にあるホテルの前で待つ事しばし。玄関からとぼとぼと翔子が出て来た。

泣き腫らしたのか、目元は真っ赤になっている。

 

「帰るぞ」

 

夏目から預かった鞄を抱え直し歩き出せば、翔子は黙って後ろに続く。

しばらく無言の間が続き、人気のない道に出た頃、翔子がゆっくり口を開いた。

 

「……雄二」

「なんだ?」

「…………私の夢、変なの?」

 

例のバカップルに言われた事を気にしているらしい。振り向くと翔子は顔を俯かせていた。

……長い付き合いだから、顔が見えなくとも何となくどんな表情をしているかはわかる。

 

「……まぁ、あまり一般的ではないな」

「……」

 

翔子が黙り込む。

コイツの言葉が本当のことなら。七年という長い年月、ずっと揺るぎない夢を抱いて生きてきたわけだ。それなのに、その夢を大勢の人の前で笑われ、否定された。その心情はとてもじゃないが推し量れない。

…だが、だからと言って嘘を吐いて慰めるつもりもない。

 

「この際だから言っておく。お前の気持ちは、過去の話に対する責任感を勘違いしたものだ」

 

七年前に起こった出来事。翔子が俺に好意と勘違いした気持ちを抱くようになったきっかけ。俺は今でもあの時のことを後悔している。もっと上手くやれたのではないか、と。

あんな事があったせいで、コイツはくだらない事に七年もの時間を費やすことになってしまった。だからお前の気持ちは勘違いだと俺はコイツに教えてやる必要がある。……これ以上、無駄な時間を過ごさせない為に。

 

「……ゆう、じ……」

 

翔子が息を呑む。俺にこんな事を言われて傷ついたのかもしれない。

 

「けれどもーー」

 

コイツが傷つく必要なんてどこにもない。

おかしいのはコイツの勘違いだけで、一人の人間を長い間想い続ける行為自体は、胸を張れる誇らしいことのはずだ。

だからこれくらいは伝えてやりたい。全てが間違いなのではなく、気持ちを抱く対象を間違えていただけでーーお前のその夢は、立派なものなのだから。

 

「ーーけれども、俺はお前の夢を笑わない。お前の夢は、大きく胸を張れる、誰にも負けない立派なものだ」

 

拾ってきたヴェールを頭に被せてやる。

せっかくの体験だったんだ、このくらいのお土産はあったっていいだろう。

 

「……雄二、これ……」

 

何故かその顔を見てはいけない気がして咄嗟に顔を逸らす。

…っとそうだ。あと一つ、言っておかなきゃいけない事があったんだった。

 

「それと、翔子」

 

沈みゆく夕陽を眺めながら、

 

 

「弁当、美味かった」

 

 

軽くなった黒い鞄を、翔子に向けて放った。

翔子が、目を丸くしながら鞄を受け取る。

 

「……お弁当、気付いてたの?」

「ほら、さっさと帰るぞ。遅くなると色々勘違いされるからな」

「……雄二」

「特におふくろの奴はいくら言ってもーー」

 

「雄二っ!」

 

ここ最近では記憶にない、翔子の大きな声を聞いて思わず立ち止まる。

 

「……なんだ?」

 

平静に、努めていつも通りの態度と声で言葉を返す。

そして少しだけ振り返ると、赤い光の中、自らのヴェールを持ち上げーー

 

 

「私、やっぱり何も間違ってなかった」

 

 

満面の笑みを浮かべる幼馴染がそこにいた。

 

 

             ⭐︎

 

週明け、学校にて。

 

「おい、明久」

「おはよう雄二。どうしたの?」

「よくもまあ、如月ハイランドでは散々やってくれたな?」

「あはは、何言ってるのさ。あのチケットは夏目君に渡したのを雄二も見てたでしょ?それに、僕はその日一日中家でゲームしてたんだから、如月ハイランドになんて行けるわけないじゃないか」

「……シラを切ると言うのなら、まあいい」

「な、何言ってるのさ。変な奴だなぁ」

「ところで、お前にプレゼントがある」

「え?なになに?」

「今話題の恋愛映画のペアチケットだ。気になる相手がいるなら一緒に行くといい」

 

必要以上に大きな声で告げてやった。おそらく、教室内にいる全員に聞こえていただろう。

 

「ペアチケット?う〜ん、そんなものもらってもな……」

「それじゃあな」

 

強引に明久の手の中にチケットを握らせ、明久の席から離れる。すると、

 

「ア、アキっ!そういえばウチ、週末に映画を観たいと思ってたんだけどっ!」

「あ、明久君っ!私も丁度、観たい映画があってーー」

「ほぇ?二人ともどうしたの?あ、そうだ、観に行きたいなら二人で観に行きなよ!僕は特にーーあいだだだだッ!?!?もげちゃう!人体の大事なパーツが色々と取れちゃうからぁっ!」

 

遠くから案の定、悲鳴が聞こえて来た。

……全くザマァないな。余計な事を企むからだ、馬鹿野郎が。




次回!夏目がついに優子を呼び出し!?真剣な眼差しで語りかける、その内容とはーー。波乱から始まる勉強合宿編です!

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