教室に入ると、まず目に入ったのは壁全体を覆うようなプラズマディスプレイだった。
そこから少し目を離せば、生徒一人一人に用意されているであろうシステムデスクとリクライニングシート一式が見える。更によくよく観察すれば、個人エアコンや冷蔵庫、各種飲料やお菓子なんてものまで用意されていた。
噂には聞いていたけれど、まさかここまで優遇されているとは。
「おーい!優子~!…に、あれ?夏目君?」
教室の奥の方で、緑色のショートカットに黄色の瞳を爛々と輝かせた女の子ー工藤愛子が手を振っていた。
「愛子、同じクラスなのね」
と駆け寄ると、愛子も嬉しそうにニコニコ笑っていた。
そして、アタシの後ろで我関せずと設備を眺める夏目に目を向ける。
「優子がAクラスなのは予想ついてたけど、夏目君もAクラスなの?」
「ああ、猛勉強したからな」
「ふぅん…夏目君て設備に興味無さそうだな~って思ってたんだけど…あ、もしかして優子と同じクラスになるため?」
「そうだ」
「あはは、相変わらずこっちが恥ずかしくなっちゃうくらいのべた惚れっぷりだね~」
と愛子が流し目でこちらを見る。
…アタシだって恥ずかしいんだからやめて欲しいんだけど…!!
「夏目のことはもういいでしょ!ところで席は決まってるの?」
「ううん、自由席みたい」
「…ならここにするわ」
「じゃあ俺は隣に」
「落ち着かないからせめて後ろにしてくれない?」
「わかった」
その辺の席に適当に荷物を置く。夏目はアタシの席の後ろに荷物を置いた。
「……ここ、空いてる?」
すると、黒髪の綺麗なロングヘアーの美人が夏目の隣に立っていた。面識はないけどアタシは知っている、うちの学年の首席の霧島翔子さんだ。
噂では色々聞いていたけれど、想像以上の美人に一瞬言葉が詰まる。それくらいに、彼女は浮き世離れしていた。
「空いてるぞ」
霧島さんの登場により静まり返っていた教室だったが、
「………隣、いい?」
「いいぞ」
「………ありがとう」
ふっと笑うと着席する霧島さん。夏目も用は済んだとばかりに席に座り、適当に設備を弄くり始めた。
「ってちょっと待ちなさいよ!!!アンタ、もっとこう…男なら思うことはないの!?!?」
「俺は一途だからな、優子以外に目移りなどせん」
「~~っ!!アンタはまた恥ずかしいことを…!!」
「?違うのか??なら…ハッ!俺を試しているのか!」
「霧島さん相手に??優子ってば大胆~!!」
「ち、が、う!!何でそうなるのよ!!?」
「……大丈夫。私が好きなのは雄二だけ」
「霧島さんまでーーって、雄二?」
霧島さんから出た名前に首をかしげる。確か、霧島さんって女の子が好きって聞いたんだけど…雄二、という名前はどう考えても男の名前だ。
「霧島さんって、女の子が好きなんじゃないの?」
と愛子がアタシと同じことを思ったのか質問していた。
「……そんなことない。私は、ずっと雄二が好きなだけ」
「…もしかして、霧島さんが告白を断ってきたのは女の子が好きなんじゃなくて、その雄二って人と付き合ってるから?」
「……ううん、付き合ってない。けど、私は好き」
「「えぇ!?!?」」
まさかの片想いという事実にアタシと愛子は声を揃えて驚いてしまう。こ、こんな美人の告白を断る贅沢者がいるなんて…!
「え~ねえねえ、その雄二君ってどんな人なの!?」
「……凄くカッコいい」
「他には?」
「……不器用だけど、優しい」
アタシと愛子で質問すれば、霧島さんは顔を赤らめつつも答えてくれた。恥ずかしがっている様は、正直女子のアタシから見ても可愛い。
「……私だけ話すのも恥ずかしい。……優子と愛子は、何かないの」
いくつか質問していると、霧島さんが恥じらいながらそう返してきた。
愛子はアタシと夏目を見て満面の笑みを浮かべる。…う、嫌な予感。
「優子と夏目君はーーむぐっ」
「やめなさい!!!」
「俺は優子が好きだ!!」
「ちょっとぉーー!?!?」
せっかく愛子の口を塞いだのに!!何で自分から言うのよ馬鹿!!!
夏目の堂々した告白に、霧島さんはもちろんクラス全体までざわつき始めた。
「……二人は付き合っているの?」
「俺は付き合いたい…と思ってる!!」
「わざわざ紛らわしく言うんじゃないわよ!この馬鹿の片想いだからね!?」
ああもう、何で告白してるコイツより私の方が恥ずかしいのよ!!
「……夏目は堂々と言えて羨ましい。…私は」
と言うと、霧島さんはうつむき、スカートをくしゃりと握りしめた。
「……雄二のことが好き。それなのに…日が経つに連れて、自分の気持ちがまやかしなんじゃないか、雄二の言う通り、勘違いなんじゃないかって思ってしまう……」
「あの時のことも、気持ちも鮮明に覚えているのに、雄二の答えを聞くたびに怖くなってーー」
「なんだ、お前の気持ちはその程度なのか」
霧島さんの独白を遮ったのは、
「一方通行の気持ちは辛い。俺も同じだからな、よくわかる。…だが、お前がその気持ちを疑うことは、お前を苦しめるだけじゃなくて…相手も疑うことになる」
「っ!」
「あの時好きになった優子も、自分の気持ちを疑うのも、俺は嫌だ。」
そう言い切るアイツの目は一点の曇りもない、真っ直ぐな光を帯びていた。
「……私も嫌」
「だったら信じろ、自分の気持ちと相手を」
「……うん」
「そして相手を信じて自分の思いをぶつける!これが愛!!」
「……具体的に、どんなことをしたらいい?」
「そうだな…手始めに既成事実を作るとか…あとは周りを牽制したり…」
「ちょっともう手始めの段階からジャブ強すぎない?」
「………その後は」
「キス」
「段階飛ばし過ぎじゃない!?」
「…やってみる」
「霧島さん!?!?お願いだから夏目の言うことは参考にしないでよね!?!?」
夏目と意気投合した霧島さんは、その後担任の高橋先生が来るまでずっと二人で恋愛談義をしていた。
…夏目からおかしな影響を受けてなきゃいいんだけど。