剣狂い転生漫遊記   作:アキ山

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 お待たせしました、異聞でごじゃりまする。

 今回は超が付くほどに難産だったうえに、広げ過ぎた風呂敷にこちらが死にそうでおじゃる。

 だがしかし、私は反省しない!

 後悔はするけど、反省はしないぞぉぉぉっ!!

 余談

 NEWガンブレがあんまりの出来ということで、その分を使って手が出なかったアーマードコアを購入。

 1・2・3・4と飛び越してACfaからプレイした馬鹿でございます。

 初ネクストの感想は『ダブルオーライザー(ガンブレ)よりはやーい(涙)』
 
 手動旋回とかオートロックオンじゃないとか、コントローラーのボタンをフルに使う操作とか!!

 VOBとかいうトンでもブースターで特攻してる途中で、初っ端のアームズフォートに叩き落とされた私は、リンクスじゃなくてカモノハシだと思いました。

 オペ子の罵倒がキッツいわー。  


異聞『剣キチが第五次聖杯戦争に転生していたら(11)』

 士郎達が剣の世界に足を踏み入れる少し前、厚い雲から漏れ出る赤光に照らされた荒野の中を陣は駆けていた。

「行けッ!」

 この世界の主であるアーチャーの指示で地に突き立っていた剣は浮かび上がり、その切っ先を獲物へと向けて殺到する。

 迫り来る刃の群れは、一射につき三十は下らない。

 そんな物騒な雨を、手にした『原罪(メロダック)』一振りだけを頼りに彼は切り抜けていく。

 自身を包囲する剣群の中で層の薄い場所を瞬時に見抜き、内勁を込めた一刀によって贋作を斬り捨てて突破口を開く。

 口で言うのは容易い作業だが、実際に行うとなると話は違う。

 状況を一瞬で把握する判断力と襲い来る鋭利な剣の群れを前にしても動じぬ胆力、そしてミサイルのように飛来する刃の中で狙った物を打ち払う技量が必要となる。

 そして陣は、そういった離れ業をもう十度以上も繰り返しているのだ。

 この事実は、彼の剣腕が如何(いか)に飛び抜けているかを如実(にょじつ)に示していると言えよう。

 だがしかし、赤い弓兵とて考え無しに波状攻撃を行っているわけではない。

 刀剣による包囲突撃の回数が両手足の指の数を上回った頃、自身を包囲する剣のドームを斬り裂いた陣の背中に冷たいものが(はし)った。

 これまでの攻撃とは異なる全てを薙ぎ払うような『意』に、彼は空いた手で顔を(かば)いながら全力を込めた軽身功と共に大地を蹴る。

 そして次の瞬間───

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 耳を(つんざ)く爆音と共に、剣群の檻は紅蓮の火球に包まれた。

 『壊れた幻想』

 投影した武具を構成する魔力を暴走させ、使い捨ての爆弾へと変えるアーチャーの隠し技だ。

 広域殲滅はもとより、宝具の真名開放でも仕留められない相手への追撃や撤退時の目晦(めくら)ましなど、その運用方法は多岐に渡る。

 宝具とは、英霊の奥の手であると同時に彼等の伝説のシンボル的存在である。

 それを使い捨ての道具とするこの秘技は、宝具を投影できるというアーチャーのみに許された反則技であり、正統な英霊ほど引っ掛かる格上殺しという物騒な側面を持つ。

 そういったこともあり、鷹の目に巨大な炎のドームを映していたアーチャーは心の中で勝利を確信していた。

 宝具に満たない名剣とはいえ、あの状況下で二十以上の同時爆破である。 

 相手に逃れる術は無く、そして人間である陣には爆発に耐えられるはずがない。

 そうして一息付こうとしたところで、彼はその鈍色の瞳を見開く事となった。

 灼熱の檻と化した巨大な火球から、黒い影が飛び出してきたからだ。

 荒野を二度、三度転がって体勢を立て直したそれは、紛れも無く陣であった。

 頭から(おお)っていた小さな炎が(くすぶ)るコートを投げ捨てた、彼の身体には大きな外傷は見当たらない。

 奥の手を切り抜けられた事に舌を巻いたアーチャーであったが、煤汚れの付いた彼の顔に浮かぶ鬼を思わせる笑みを目の当たりにしたことで、すぐさま追撃を開始する。

 対する陣も傍らに突き立っていた一振りを左手で掴むと、即興の二刀流で迫り来る剣を次々と斬り落としていく。

 鋼を刃が断つ甲高い音が絶え間なく響き、着弾した剣によって巻き上げられた砂がヴェールとなって赤い弓兵の視界を妨げる。

 そうして放った剣達が姿を消すと、風によって晴れた砂埃の中から右に漆黒の騎士剣を携え、左に持った鋭利な太刀を肩に預ける陣が現れる。

「倭刀か。悪くない」

 傍らに光る見事な刃紋の刀身に目を向けながら、満足そうに笑みを浮かべる陣。

 そんな彼に更なる剣が襲い掛かるものの、倍となった斬撃は襲い来る刃を次々と斬り捨てていく。

 先ほどまでは層の薄いところを狙って突破していたが、今の陣は違う。

 増大した手数に物を言わせて、正面突破でアーチャーへと突撃しているのだ。

「クッ!? 厄介な……ッ!」

 彼の手に収まった事で自身の制御から離れたのが、名刀『童子切安綱』である事を見抜き、アーチャーは歯噛みする。

 生みの親を裏切った鬼殺しの刃は、投影で作り上げた贋作とはいえ、名剣だろうが魔剣だろうが構わず斬り捨てていく。

 これには流石の正義の味方も堪ったモノではない。

 『無限の剣製(アンリミテッド・ブレイドワークス)』は本来、このような消極的な運用をするものではない。

 この固有結界の真骨頂は、無限にある剣から相手に対して最適な武具を選び、憑依経験によって担い手の技量を借り受ける事で戦況を優位に進めるというものだ。

 もちろん引き出せる技量には限界があるが、そこは宝具の真名開放や『壊れた幻想』によって爆破するといった搦め手によってフォローする形になっている。

 アーチャーが積極的に行っているミサイルよろしく剣群を飛ばす事は、特定の英霊を相手にする以外は牽制や真名開放の為の隙を作る程度にすぎない。

 では何故、本来のスタイルに立ち戻らないのか?

 それは陣の技量ゆえだ。

 眼前の相手が持つ隔絶した剣腕を見たアーチャーは、憑依経験で引き出した技術では太刀打ちできないと判断したのだ。

 アーチャーが投影した武具から引き出せる技術は、通常の担い手で四割程度。

 天才と呼ばれる者ならば、二割かよくて三割が限界である。

 それでは、陣と打ち合ったところで数合保てばいい方だろう。

 当然、多大な隙が生じる真名開放など行えるはずがない。

 それに今の陣は先ほどまでとは明らかに違う。

 こちらが固有結界を発動してから、加速度的に陣の技が冴えてきているのだ。

 最初の剣群の射出を合図とするかのように鋭さを増す少年の挙動。

 それは今では剣速は音を上回り、身のこなしも亜音速へと足を踏み入れる始末。

 はっきり言って、こちらが宝具を使用する前とはまるで別人である。

 これは詰まるところ、序盤の攻防は手を抜かれていたということにほかならない。

 刃を交え始めた時に陣が今の動きを取っていたのなら、アーチャーはとっくに座へと還っていただろう。

 無論アーチャー自身もそのことに気づいてはいるが、『舐められている』などと冷静さを欠く真似はしない。

 もちろん内心では忸怩(じくじ)たる思いを抱いてはいるものの、それを表には出さずに遠距離からの攻撃に終始しているのだ。

 さて現在の戦況だが、一見すればアーチャーが一方的に攻めて立てているように見える。

 己の(はらわた)の中に敵をおびき寄せ、休む間もなく四方八方から攻め立てる。

 普通に考えれば必勝のパターンであり、このまま進めば体力の尽きた陣が討ち取られるのも遠くないと思うだろう。

 しかし、内実はそうではない。

 聖杯戦争が始まる前、もしくは初戦でアーチャーと当たって今の状態に追い込んでいれば、そうなったかもしれない。

 しかし今の陣は英霊随一の技量と剛力を持つヘラクレス、剣技ならば人類史でも三指に入る佐々木小次郎を降している。

 その経験はまさに値千金であり、『六塵散魂無縫剣』も含めてたった二度の立ち合いで、その剣腕を別人と呼べるレベルまで引き上げた。

 他にも五年前に討ち取ったギルガメッシュとの一戦において、剣を射出するという戦術を学んでいる事も大きい。

 手槍など一部の例外を除いて、武具は振るう物という固定概念は誰しもが持っているものだ。

 アーチャーやギルガメッシュの戦法は、そういった認識の空白を衝く初見殺しの効果も有するのである。

 剣群と爆発によって足止めは出来ているものの、戦況を見る弓兵の表情は厳しさを増していく。

 奥の手であった『壊れた幻想』もまた、大した戦果も無く切り抜けられてしまった。

 あちらの勘の良さを思えば、同じ手が二度通じると考えるのは悪手に過ぎるだろう。

 剣群の射出に紛れて矢へと改造した剣を真名開放と共に射るという手も講じてみたが、他の剣で多少傷付くのも厭わずに最優先で斬って捨てられる始末だ。

 さらには固有結界という大魔術である彼の宝具は、展開を維持するだけで湯水のように魔力を消費する。

 このままでは陣が息切れするよりも早く、凜の魔力が枯渇するだろう。

 結界が無くなれば、待っているのはこの身の破滅だ。

 この世界の衛宮士郎が自分自身ではない事を知った以上、仮初の生に未練などない。

 だが、眼前の剣士を野放しにしたまま座に還るのだけは避けねばならない。

 これは抑止の守護者ではなく遠坂凛のサーヴァントとして、そしてこの冬木を故郷とする者としての想いだ。

(遅れてゴメン、アーチャー!) 

 焦れる心を抑えながらも現状を維持していたところに届いた念話。

 内心で喝采の声を上げながらも、アーチャーは冷静に返事を返す。

(リン、衛宮士郎とは合流できたのか?)

(ええ。でも、共闘は断られてしまったわ。貴方の援護に入ったら、衛宮陣を殺しかねないって)

(仕方あるまい。そもそも我々と奴らでは目的自体が大きく違う、現状を見ればそうなるのも無理からぬことだ。それよりも令呪による強化を頼む)

(どうするの?)

(目の前の化け物に一発逆転のカウンターパンチをお見舞いしてやるのさ)

(……勝算はあるのね?)

(少なくとも、このまま剣を放ち続けるよりはな)

(わかったわ)

 逡巡は一瞬。

 凜はすぐさま迷いを捨て、魔術回路を起動させる。

(タイミングはこちらで指示する。頼んだぞ、マスター)

(ええ。貴方も気を付けてね)

 念話を打ち切ると、アーチャーは自身の傍に突き立っている血色の槍を引き抜いた。

 そうして陣との間合いを詰めると、剣群が目晦ましになるように突きを繰り出す。

「弓兵らしい遠距離戦は終わりか、アーチャー?」

「そういう事だ。それよりも衛宮陣、貴様に聞きたいことがある」

 もはや剣を振るう事無く降り注ぐ剣の雨を躱した陣は、死角から放たれたアーチャーの突きも危なげなく受け流す。

「なんだ?」

「貴様はなぜ聖杯戦争の邪魔をする? 目的は聖杯か?」

「あんな糞壺に興味など無い。あるのは貴様等だ」

 返答と共に飛んでくる断頭の刃を、弾かれた勢いに抗うことなく回転させた朱槍を割り込ませることで防ぐアーチャー。

 頸動脈ギリギリ手前で真紅の柄に噛み付く太刀の姿に、思わず背中に冷たいモノが奔る。

 今のは皮一枚で槍の柄を割り込ませることができたが、もう一度やれと言われて出来る自信は無い。

「我々だと?」

 改めて陣と打ち合えるのは精々数合である事を悟ったアーチャーは、童子切を跳ね除けながら遠心力を込めて下から穂先を跳ね上げる。

「古今東西の英雄、剣豪と刃を交える事が出来るのだ。これを見過ごす剣客など阿呆の極みだろうさ」

 だがしかし、槍の刃は軽く身を逸らせた陣を捉える事は出来ずに、その身の数センチ横を通り抜けただけに終わる。

「無謀の意味すら(かい)さん愚か者かと思えば、その実はただの戦闘狂か。では、貴様と『この世全ての悪(アンリ・マユ)』との繋がりは?」

 弓兵の鋭い詰問と共に、風を巻いて胴へと牙を向く石突き。

 それも切っ先を先端に合わせ、そこから獲物を絡め捕る蛇のように柄を奔る漆黒の刀身によって跳ね除けられてしまう。

「さてな。しかし、何故貴様がそんな事を聞く?」

「『この世全ての悪』が誕生すれば、この街はもとより多くの人間が犠牲になる。それを止めようとするのは当然のことだと思うがね」

 確たる信念を込めたアーチャーの答えに、陣が返したのは嘲笑であった。

「……何が可笑しい?」

「妄執を抱いて迷い出た悪霊が一端(いっぱし)の口を利くと思ってな。貴様、正義の味方にでもなったつもりか?」

「悪霊とは随分な言われようだな」

 陣の物言いによってアーチャーの眉間に深い皺が寄った。

 気分を害しているのは明らかだが、かといって我を忘れるほどに頭に血が昇っているわけではないようだ。

「如何に生前に偉業を成した聖人や英雄であろうと、未練や我欲によって黄泉返り、生者に害を与えるならそれは悪霊に他ならん。街の事にしても、元凶の一部を担っている貴様が口にしていい物ではあるまい」

 (あざけ)りを多分に含んだ声にアーチャーは言葉を返せなかった。

 眼前の男が為しているのは、参加者から見れば聖杯戦争の重大な妨害行為だ。

 しかし、街に住まう一般の人々からすればどうであろう?

 魔術も聖杯戦争も知らない彼等からすれば、怪しいオカルトによって呼び出され、こんな街中で超常の力を振るうサーヴァントなど害悪以外の何物でもない。

 そして、そんな化け物達を打倒して回っている陣は、結果的に街を守っているという事にならないだろうか。

「───なるほど。そういう見方をするならば、私はまさに悪霊だな」

 槍を引き、一端間合いを取ったアーチャーは目を閉じてその貌に自嘲の笑みを張り付ける。

 たしかに、目の前の少年の言は一理ある。

 身を焦がす妄執であろうと、切なる願いであろうと。

 死者が現世に生きる人々を害してよい理由になるはずがない。

 聖杯という願望器を餌に外法の理に生きる魔術師に呼び出されたサーヴァントなど、いかに座から送られた分霊であろうと英霊の名に値しないだろう。

 自身の選択の結果に耐えられず、消滅を願って過去の自分殺しなどを画策した己など、その最たるものだ。

「ならば、悪霊らしく貴様を地獄の道連れとすることにしょうか!」

 自嘲を普段通りの皮肉屋の笑みに変えたアーチャーは、気炎と共に三段突きを放つ。

「面白い物言いだ。だが、貴様ごときでは俺を憑り殺す事などできん」

 濃密な殺意が乗った高速の刺突を、陣は一撃目は身を捻る事で躱し、残る二撃は原罪の描く輝線によって打ち払う。

 戴天流・波涛任櫂。

 即興の二刀流であってもその技の冴えが鈍る事はない。

 最後の一撃を半ば弾く形で受け流された事で、大きく体勢を崩すアーチャー。

 無論、刹那とはいえその隙を見逃す陣ではない。

 役目を終えた魔剣に代わって、返す刀で振るわれた童子切は、その煌きと共に弓兵の左肩から右脇腹に掛けてその刃を奔らせた。

「ぐあっ……!?」

 漏れ出る苦鳴、そして血飛沫と共に一歩足を後退させるアーチャー。

 断ち割られたボディーアーマーが犠牲になったお蔭か、刻まれた傷は浅くは無いが致命にはまだ遠い。

 両手を槍から離さないものの反撃ができる体勢ではない弓兵へ、止めとばかりに陣は魔剣を振り上げる。

(今だ、リン!!)

「遠坂凜が令呪を以って命じる! アーチャー、その攻撃を成功させなさい!!」

 凜の手の甲に刻まれた二画目の令呪がその姿を消すと同時に、アーチャーの身体から魔力が迸る。

 負傷によって萎えたはずの足腰には力が漲り、ただ持っていただけの槍は構えと共に鋭利な穂先を陣へと向ける。

「貰ったぞ、『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルグ)』!!」

 真名を言霊に乗せると同時に、夜闇に赤い軌跡を描く魔槍の刃。

 先んじて感じ取った『意』によって迎撃態勢を整えていた陣は、その穂先を払わんと下げていた童子切の刃を翻す。

 一見何の変哲も無い刺突は、本来なら太刀の輝線に絡め捕られ虚空に消えるはずだった。

 しかし魔槍はまるで意志を持つ生物のように童子切を潜り抜け、複雑な赤い軌跡を描いて陣の心臓へと突き進んで行く。

 驚愕に目を見開いた陣だったが、次に貌を支配したのは鬼もかくやの嗤いだ。

「カァッ!!」

 吐き出す気炎と共に、先ほどの童子切の倍する速度で振り下ろされる漆黒の魔剣。

 次の瞬間、結界の中に響いたのは金属同士が上げる甲高い悲鳴、そして肉を断つ鈍い音だった。

「馬鹿な……」

 (ほとばし)る魔力、武具達がぶつかり合う衝撃。

 様々な要因によって巻き上げられた砂埃が晴れた先に見えた光景に、アーチャーは呆然と言葉を漏らす。

 手にした赤い呪槍の穂先は三分の二ほどを残して切断され、断たれた先は陣の胸にその半分ほどを埋め込んでいる。

 これでは先端は肋骨にすら届いていないだろう。

「残念だったな」

 牙を失い朽ちていく赤き魔槍、その様を冷たく見下ろしながら陣は童子切を鞘走らせる。

 刃金の滑る音と共に放たれた刃は、陣を止めようと走り出した士郎、そして弓兵の窮地を救わんと間合いを詰めてくる二騎のサーヴァントを置き去りに、傍らにあった剣を盾にしようとしたアーチャーの胸板を諸共に斬って捨てた。

 鮮血を噴き上げながら、大の字に崩れ落ちる抑止の守護者。

 同時に周囲に広がっていた剣の丘もその姿が薄れ、あっと言う間に元の住宅街へと姿を変えた。

「ゴホ……ッ! 何故……」

 喉からせり上がった血塊と共にアーチャーが吐き出した疑問、それを聞いて陣は右手に携えた魔剣を肩に預ける。

「───我が一刀は意に先んじて鞘走り、無心の内に敵を斬る。そして内家剣士が鋼の刃を持てば、其が齎すは因果の破断。森羅万象あらゆるモノを両断する、絶対不可避の破壊なり」

 紡がれた口伝に、アーチャーは傷の痛みも忘れて絶句する。

 つまり陣は、『刺し穿つ死棘の槍』の真名開放の最大の強みである因果逆転の呪いを断ち切る事で、彼の宝具が誇る心臓への絶対不可避の一撃を無効化したのだ。

 これはアーチャーの知る事がない事実だが、彼が槍に得物を持ち替えた時点から陣は警戒レベルを一段階引き上げていた。

 何故なら二刀流に比べて、彼の槍術は明らかに板に付いていなかったからだ。

 陰陽の中華刀を振るっていた時のスタイルは、才無き者が何千何万と型通りに刃を振るい、自身に足りないモノを何とか補おうと思考し改善を続ける。

 言わば凡人の達する極みと言うべき剣だ。

 だが、あの魔槍の軌跡は違った。

 あれは武の要点は修めたものの、直感と野生を重きに置いた天才肌が振るう槍だった。

 現にアーチャーが振るった槍はムラが多く、干将・莫耶を振るっていた時に比べればそのバックボーンはあまりにも薄かった。

 完熟された二刀流を捨てて、そんな半端な技を選ぶ理由は何か?

 そう考えれば、槍に隠された隠し玉の存在など自ずと見えてくるというものだ。

「───私の、敗北だな」

 先の一撃で心臓部の霊核を破壊されていたアーチャーは、静かにそう呟くと身体が魔力へと還っていく中で静かに目を閉じる。

 自身の願望に抑止の守護者としての責務、そして凜のサーヴァントとしての務めも全てが中途半端で終わってしまった。

 だが、それを悔やんだところで今更だ。

 宝具を開帳し、令呪を切ってまで敗れたのだ。

 ならば、敗者は大人しく消えるべきだろう。

「……すまない、リン」

 消えゆく弓兵の目が最後に移した光景は、必死の形相で木刀を振り下ろす衛宮士郎と、その頬に薄く傷を負った陣の姿だった。

 

 

 

 

 吹き抜けた真冬の夜風が弓兵の残滓であったエーテルを空へと吹き上げていく。

 身を切るような円蔵山からの颪を身に受けながら、士郎と陣は互いに睨み合っている。

 全力疾走による加速に加えて剣に全身を預けるように振った為に、二度、三度とアスファルトを転がる羽目になった士郎だが、多少の擦り傷など気にする事なく立ち上がると、手にした木刀の先端を義兄弟へと向ける。

 対する陣は、そんな士郎を興味深げな視線を送っている。

「陣……お前……!」

 厳しい表情のまま、陣を睨みつける士郎。

 彼の中で燃えるのは、アーチャーを殺めた陣への義憤……ではない。

 目の前で義兄弟が他者を手に掛けるのを止められなかった、己の無力さに対する怒りだ。

 陣がアーチャーを手に掛けた事については思うところが無いわけではないが、義兄弟がサーヴァントを殺めているなんて今更だし、士郎自身もその辺は諦めている。

 ぶっちゃけてしまえば、ほぼ一般人の士郎にとって同じ釜の飯を食ったライダーやセイバーを除けば、顔も知らないサーヴァントがどうなろうと知った事ではない。

 それは同盟相手であったアーチャーに対しても同様だった。

 どことなく虫が好かないのに加えて、食事時などのコミュニケーションに参加しようとしないので、人となりも分からない。

 そうかと思えば、何故か自分しか知らないプライベートを何故か知っているうえに自分への当たりはキツく、さらには理解できないような事を言ってくる。

 こんな態度を取られては、さしもの士郎も好意など抱けるワケがない。

 桜の言葉を振り切って飛び出したのはアーチャーの為ではなく、単に身内が目の前で殺しを犯そうとしていたからだ。

「シロウ、下がってください! 戦闘なら私が!!」

 士郎の(かたわ)らに駆け寄り、不可視の剣を構えるセイバー。

 しかし、士郎は彼女の言葉に首を横に振る。

「セイバー、俺にやらせてくれ。あいつを止めるのは俺の役目だ」 

「ですが……!?」

「下がれ、セイバー。俺もそいつの剣に興味がある」

 さらに言い(つの)ろうとしたセイバーは、思わぬところから出た声に言葉を飲んだ。

 戻した視線の先には魔剣をアスファルトに突き立て、残った童子切の刀身を肩に預ける陣の姿がある。  

「ふざけるな! 貴様の相手をマスターにさせると思っているのか!?」

「そういきり立つな。貴様のマスターと軽く手合わせをするだけだ。マスターを殺す必要が無いと分かった以上、無暗に弱者を手に掛けようとは思わん」

 証拠だと言わんばかりに、セイバーの目の前で太刀の刃を返す陣。

「セイバー。悪いけど、ここは任せてくれ」 

 それを受けて、士郎は再び彼女の前に出る。

 その右手に刻まれた令呪が淡い光を発しているのを見て取ったセイバーは、渋々ながらに後ろへ下がることにした。

 下手に令呪を行使されては、いざという時に助けに入れないからだ。

「陣……」

「内家拳はともかく、戴天流剣法は門外不出の技。貴様、どこで学んだ?」

「それは───」

 一度言葉を切ると、深呼吸と共に士郎は覚悟を決めた。

「俺に勝ったら教えてやるよ。その代わり、俺がお前に勝ったら、聖杯戦争から手を引いて家に帰るんだ」

 まるで硬い石のような言葉を、喉に(つか)えそうになりながらも士郎は吐き出した。

 自分の振るう剣、そのオリジナルに対してのこの啖呵(たんか)

 まさに命知らず以外の何物でもないそれを叩きつけた彼は、あえてニヤリと笑って見せた。 

「いいだろう」  

 そんな士郎の決死の笑みに応えるように、陣は童子切を右手に(たずさ)えて自然体に構えた。

 それを受けて士郎もまた雲霞秒々の構えを取る。

 先ほどとは打って変わった張り詰めるような静寂の中、士郎のスニーカーが砂を噛む音だけが微かに響く。

 微動だにしない陣に対し、相手の様子を探りながらゆっくりと、義兄弟を中心に円を描くように移動を続ける士郎。

 一呼吸、二呼吸……。

 両肩にズシリと圧し掛かるプレッシャーの中、乱れそうになる息を必死に整えながら、士郎は打ち込むべき隙を探す。

 背後、側面、頭上、足元。

 幾度視線を巡らせても、自分が付け入る場所など欠片も見当たらない。

 セイバーとの打ち合いのように『意』を探ってみても、泰然(たいぜん)と待つ陣が相手では梨の(つぶて)だ。

 一周、二周と回る度に士郎の中を焦りが蝕んでいく。

 剣の道に浅い彼は知る由も無いだろうが、これも陣の放つ氣に当てられた影響だ。

 『二の打要らず』と(うた)われた拳豪である李書文は、その膨大な発氣で相手を呑む事によって、拳を()てる事無く相手をショック死させるといわれている。

 今、陣が士郎に為している影響もそれに近い。

 剣氣によって絶えず重圧を加え続ける事で相手の思考や視野を狭め、むこうから隙を晒すように仕向ける。

 剣術や古武術で言うところの『氣当たり』

 陣が意図して行っているわけではないところが、両者の実力の差だと言えよう。

 そうして士郎の足が十度目の円を描いた時───

「うおおおおおおおおおっ!!」

 裂帛の気合と共に、彼は大きく踏み込んだ。

 何度周りを巡っても義兄弟に隙は見当たらず、時が経つほどにまるでコールタールの中にいるかのように周りの空気が重くなる。

 このままではジリ貧と踏んだ彼は、一撃狙いの賭けに出たのだ。

 大股で走り込みながら、木刀を大上段に振り上げる士郎。

 彼が放つは、相打ち覚悟の打ち下ろしである戴天流・放手奪魂。

 こちらの隙を餌に、迎撃に動く相手の『意』を探る事で死中に活を見出そうというのだ。

 だがしかし、士郎は気づいていない。

 その考えこそが罠。

 陣の氣によって思考と視野が狭まったからこそ選んだ、悪手であるということを。

 辺りに響くほどの音を立てる踏み込みと共に振るわれる一刀、それは立ったままの陣の頭頂部を捉え───

「!?」

 まるで立体映像を殴りつけるかのように、そのまま目標の身体を通り過ぎる。

 あまりの事に目を見開いた士郎だが、次の瞬間には腹部に強烈な衝撃を受け、反吐で跡を残しながら吹き飛ぶ事となった。

「ふむ……この程度か」

 斬ってはいないが軽く血振りをしながら陣は呟く。

 その視線の先では、打たれた腹部を押さえながら地面にのたうつ士郎の姿があった。

「シロウ!」

「先輩ッ!!」

 駆け寄った桜に介抱される士郎。

 二人を護る様に立ちはだかる二騎のサーヴァント越しに、その姿を見降ろしながら彼の義兄弟は口を開く。

「『一刀如意』の域には達しているが、目付、剣筋、技の入りや体捌きもまだまだ甘い。伝位で言うなら、初伝を終え中伝にようやく指を掛かったところか」

 容赦の無い品評に、桜に支えられた士郎は悔しさに歯噛みする。

 セイバーから一本取った事で己の強さに自信が持てたのに、いざ本番となればこのザマだ。

 普段は挫ける事が無い彼でも、さすがにこれは堪えた。

「先輩を馬鹿にしないで! 先輩は剣を始めて二日しか経っていないんです! そんな急に強くなるワケないじゃないですか!!」

 陣の視線を蔑みと捉えた桜は、陣を睨み返しながら声を張り上げる。

 その言葉に陣は鉄面皮だった顔に、驚きの表情を張り付けた。

「二日だと? 『一刀如意』の域に至るには、才ある者でも十年近くは修練を必要とするはずだ。貴様、どんな手を使った?」

 陣の問いに、士郎は口に残った反吐を吐き捨てた後で言葉を紡ぐ。

「全部……教えるよ。そういう約束だったもんな」

 そう前置きをして、士郎は自身の憑依経験の事を陣へと語って聞かせた。

「なるほどな……」 

 眼前の少年の能力は、陣にして反則と言わざるを得ないモノだった。

 彼の言葉が真実だとすると、彼は高名な担い手を持つ剣があれば、如何なる流派も手に取るだけで学ぶことができるということになる。

 そんな稀有な能力の持ち主を前にした陣の脳裏に、ふと前世における最後が過る。

 青雲幇ナンバー2にして、戴天流の兄弟子であった劉豪軍。

 自身を消すために送られたサイバネ武術家の包囲網を突破しようと無理に無理を重ねた為に、奴と相対した時点で己の身体はほぼ死に絶えていた。

 結果、剣筋を見切っていたにも拘らず、大した抵抗もできないままに奴の剣で首を刎ねられた。

 負けは負けと認めているが、雪辱というモノはなかなかに拭い難い。

 その為に陣は、今回の騒動が収まったらこの世界に戴天流が存在するかを確認し、あわよくば手合わせしようと思っていた。

 しかし、中国の武林、殊更に内家拳を主体とする流派は酷く排他的だ。

 健康体操と化した太極拳のように、表面の部分であれば外国人に教える事もあるだろう。

 しかし、武術本来としての面は門外不出として硬く封じられているし、その奥義に至っては言わずもがなだ。

 日本の餓鬼が単身で乗り込んだところで、むこうは手合わせはおろか門を開く事も無いだろう。

 では、目の前の少年はどうか?

 自身が残した(らしい)木刀からその経験を吸い出すという手段で、彼は二日という驚異的な短期間で内家の神髄、その一端を手にする事が出来た。

 今はまだ未熟な剣だが、条件さえ整えてやればあるいは届くかもしれない。

 ───あの鬼眼麗人の剣に。

「決めたぞ。お前に試練を与えてやろう」

 突然の陣の言葉に、士郎をはじめ場にいる者達は困惑の表情を浮かべる。

「試練って……どういう事だよ?」

「今の貴様の剣は見るに堪えん未熟なものだ。しかし憑依経験という異能があれば、実戦と経験を積むことで真に迫る事ができるかもしれん」

「その為の試練を貴方が与える、ということですか?」

「そうだ。その剣がこちらの模倣というのなら、俺以上の適任者はいまい」

「ふざけないで! そんな試練、先輩が受ける必要なんて無いでしょう!!」

 ライダーの言葉に頷く陣に、桜は士郎の頭を抱き寄せながら噛み付いた。

「必要ならあるさ。貴様らが聖杯で願いを叶える為には、俺との闘いは避けられんのだからな」

「それはどういう意味だ!?」

「先ほどアーチャーが口にしていた『この世全ての悪』 あれを支配しているのは俺だ」

 陣の言い放った爆弾発言に、士郎達は思わず息を飲む。

「信じられんと言う顔だな。ならば戴天流の指南も兼ねて、面白いモノを見せてやろう」

 そう言うと士郎達から少し距離を置くように移動した陣は、街灯に照らされた民家の壁面、その陰の部分に手を向けて小さく『やれ』と誰かに命じるように口にする。

 すると深い黒となった影に波紋が発生し、そこからズルリと一つの人型が這い出てくる。

 黒い靄に覆われた細身の長身ながら鍛え抜かれた体躯を持つ男。

 その手には長短二本のシンプルな槍が握られている。

「それは……」

「シャドウ・サーヴァント。大聖杯の記録を元に、盃を満たす呪詛の汚泥から作り上げられたサーヴァントの模造品だ。そこのセイバーは見覚えがあるだろう」

 陣の言葉に他の者の目が一斉にセイバーへと向く。

 件の彼女はショックを隠しきれないながらも、周りからの眼力に押されるようにゆっくりと口を開いた。

「あれは第四次聖杯戦争に召喚されたランサー、ディルムッド・オディナです。キリツグの非道と自身のマスターによる裏切りで脱落することになりましたが、高潔な騎士であった彼の者があのような姿になるとは……」

「勘違いするな、こいつはただの模造品だ。魂も無ければ、奥の手である宝具も使えん。もっとも───」

 言葉を切ると同時に陣が胸中で指示を出すと、棒立ちだったシャドウ・ランサーは風を巻いて陣へと躍りかかった。

「身体能力や技量に関しては、本物と何ら遜色はない。……このようにな」 

 黒い旋風と化した長槍、そして閃光の如き刺突を放つ短槍を慣れた様子で回避しながら、陣は自身に襲い来る穂先の嵐を前に言葉を続ける。

「さて、指南その一だ。戴天流に限らず、内家拳の神髄は『一刀如意』。即ち、攻撃の前に放たれる相手の意を読み取り、そして意よりも疾く打を放つ事にある。貴様にあの黒子の意は分かるか?」

 迫る亜音速の連撃を体捌きで躱し続けつつ放たれた問いに、士郎はハッキリと頷いた。

「ならば次だ。相手が只人であれば、読んだ意のままに攻撃を躱し、もしくは捌けばいい。しかし、それでは人外の膂力や速度を持つ輩の相手は出来ん。こちらも相手の後の先を取れるように、速度を上げる必要がある。そこで軽身功の出番となる」

 言葉と共に、陣はシャドウ・ランサーへの対応を変える。

 先ほどまでの回避一辺倒から、手にした童子切を活かした捌きへと。

「軽身功とは我が身の重さを限りなく無くす事で、この身を縛る重力のくびきを解き放つ業だ。それに内勁による強化が加われば、このようにサーヴァント相手だろうと速度で遅れを取る事はなくなる」

 耳を劈く金属音と共に、まさに槍衾と言わんばかりの刺突の雨を次々と捌いていく陣。

「こうして速度において隔絶した差が無くなれば、物を言うのは技量となる。『軽きを以て重きを凌ぎ、遅きを以って速きを制す』という内家の神髄のとおり、相手の攻撃を受け止めるのではなく、流し・絡め捕る事に主眼を置くのだ。そうすれば───」

 言葉と共に短槍の刺突に剣を合わせる陣。

 街灯を受けた童子切の刀身が輝線を描くと、それに誘われた短槍は大きく逸れて虚空を穿つ。

 その結果、前へと重心が掛かっていたシャドウ・ランサーの身体が大きく泳ぐ事となった。

「自ずと相手は隙を晒す事になる。後は、それを見逃さずに急所へと喰らい付けばいい」

 陣の講釈を表すかのように翻った童子切の刃は夜闇に白の軌跡を残し、鈍い肉斬り音と共にシャドウ・ランサーの首が宙を舞った。

「以上の指南が、戴天流の基本的な運用だ。得るモノはあったか?」

 黒い煙となって消滅する模造品をバックにした陣の問いに、士郎は言葉を返すことができなかった。

 木刀より読み取った戴天流よりも遥かに清廉されたその動きに、目を奪われていたからだ。

 そんな士郎の周りにいた者達もまた、声を発することができなかった。

 桜は先ほどの応酬を理解どころか見る事すらかなわず、少し離れたところで見ていた凜は、陣が劣化品とはいえサーヴァントを呼び出せるという事実に戦慄を覚えた。

 ライダーは眼前の少年に接近戦を挑むのは無謀という認識を新たにし、セイバーは自身の記憶と遜色ない動きを見せたランサーを容易く葬った陣への警戒をさらに強めた。

「さて、今ので俺の言葉が真実である事が理解できただろう。聖杯戦争の正常化、もしくは大火災の再来の阻止。どちらにしても、呪いの坩堝と化した大聖杯とそこに巣食った『この世全ての悪』をどうにかする必要がある。そして、それが可能なのは俺だけと言うことだ」

「貴方、『この世全ての悪』の呪いで操られていたんじゃないの!? だから聖杯戦争に生身で乗り込んで、奴の手先としてサーヴァントを狩っていたんじゃ……?」

「あんな薄汚い化け物のいい様になるものか。奴に掛けられた呪いなど、とっくに解呪しているに決まっているだろう」

 ショックから事態の飲み込めない士郎達に代わって声を上げた凜の言葉を、陣は鼻で笑い飛ばす。

「じゃ……じゃあ、サーヴァントと戦っていたのって」

「剣士としての性だ。英雄と称されるほどの使い手がいるのだから、死合わない理由はあるまい。だからこそ、近接戦闘が不得手なアーチャーやキャスターは放っておくつもりだったのだがな」

 人の悪い笑みと共に返された答えに、凜はその場で崩れ落ちた。

 要するに、自分が危機感によって無暗に藪を突かなければ、アーチャーを失わずに済んだわけだ。

 10年前から聖杯戦争の準備に明け暮れた身として、泣くに泣けない話である。

 そんな凜など気にする事も無く突き立った『原罪』に手を掛けると、陣は調息と共に氣を込める。

 すると、剣全体を侵していた呪詛は見る間に陣へと吸い取られていき、その手が離れた後には黄金の刀身が煌く立派な聖剣へと戻っていた。

「試練の内容は難しくない。俺が放つシャドウ・サーヴァントを倒して剣の腕を上げる、それだけだ」

「勝手な事を言わないで! 先輩はそんなもの、受けたりしません!!」

「貴様の意志など関係ない。俺はそいつに言っているんだ」

 さらに言い募ろうとする桜をライダーが抑える。

 陣一人ならば勝算はあるが、シャドウ・サーヴァントを呼び出されては勝ち目はない。

 桜の気持ちは分かるが、ここで陣の機嫌を損ねて士郎以外を皆殺しになどされては堪らないのだ。

「サーヴァントと人間には隔絶した差があります。ただ刺客を送っただけでは、シロウが成長する前に命を落とすのでは?」

「心配するな。それに関しては奴の成長具合を見て調整するさ。限界を一つ越えれば勝ちの目が見える程度にな」

「そのような危険な目にマスターが遭うのを、私が見過ごすと思っているのか?」

「貴様を使ってシャドウ・サーヴァントを倒すのなら、それでも構わん。その時は所詮そいつはその程度、俺の見込み違いだったと思うだけだ」

 セイバーの言葉にそう答えると、陣はここには用は無いとばかりに踵を返した。

 サーヴァント二騎の事など意にも介さない大胆不敵な態度だが、その裏には奇襲は絶対に通じないという確固たる自信が見て取れる。

 そうして夜闇に向けて歩みを進めていた陣は、街灯の光が切れるギリギリのところで足を止めた。

「その剣はくれてやる。呪詛は残していないから、憑依経験とやらの糧にするがいい。それと───」

 そうして振り返った陣は、鈍い金眼に士郎をしっかりと捉えて口を開く。

「お前がここまで上がってくるのを待っているぞ、シロウ」

「あ……」

 言葉にならない声を漏らす士郎をよそに、陣は今度こそ夜闇の中へと消えていった。

 

 

 

 

「オーッス。オタク、ちょっとやりすぎじゃね?」

 大空洞に戻った陣を迎えたのは、アンリ・マユから放たれるジトっとした視線だった。

「何の話だ?」

「シャドウ・サーヴァントの事だよ。いつの間に呼び出せるようになったんだよ?」

「半年ほど前だ。お前が惰眠を貪っている間に、呼び出していた分を全て倒してしまったことがあってな。試してみたら成功した」

「なんだよ、それっ!? 自分でできるようになったんなら、オレに頼む必要ねえじゃん!!」

「お前はそれしかやってないだろ。働け、引きこもり」

 抗議の声を上げる同居人に容赦ない言葉を浴びせながら、陣はパイプ椅子に腰を下ろす。

「くそぅ……ヒッキーと言われても反論できねえ。ところでよ、オタク兄弟分の事を思い出したのか?」

「何の話だ?」

「いや。さっき、名前で呼んでたじゃんか」

「……さてな」

 アンリ・マユの問いに適当な答えを返した陣は、一段と脈動を早める大聖杯に目を細めるのだった。  

 

 

 




 アチャ男 『町の住民の為にも、こいつはここで倒す! ゲイ・ボルグ!!』(善意)

 暗黒剣キチ『覚えたぞ(アヌビス神のスタンド風)』

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