剣狂い転生漫遊記   作:アキ山

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 ようやく完成いたしました。

 これにて第四次聖杯戦争も終結です。

 いやはや、随分と時間がかかってしまいました。

 次はルーマニアか……。

 取り溜めていたアポを見なければなるまい。

 


冬木滞在記(1994)終

 こうして二週間以上に及んだ第四次聖杯戦争は幕を閉じた。

 聖杯が正しい形で降臨したのが初めての事ならば、聖杯を介してでは無いとはいえ、三組の主従が願いを叶えることが出来たのもまた類が無い事だ。

 では、生還することが出来た6組のその後を見ていこう。

 

 まずはライダー主従であるウェイバー・ベルベットと征服王イスカンダル。

 

 ウェイバーはモルガンから渡された聖杯を手に、ロンドンの時計塔へと凱旋した。

 同期の生徒たちからは聖杯がどうこうよりも生き残ったこと自体が奇跡と言われ、『生還者(リターニングマン)』という何とも微妙な綽名(あだな)を付けられる事となった。

 また、時計塔の上層部からは小聖杯を持ち帰ったという事実を評価された。

 それに伴い、今まで省みられる事の無かった彼の論文も講師達の目を集め、新しい視点を用いた魔術へのアプローチという事で再評価を受ける事になった。

 そうして生徒過程を終えた彼は、ゼミ時代に見せた後輩への卓越した指導手腕を買われて、とある縁で仲を結びなおしたケイネス・アーチボルトの傘下で時計塔の教鞭を取る事となる。

 眉間に皺を寄せ、問題児ばかりが集まる自身のゼミへのストレスをゲームで発散する彼も、時折送られてくる差出人の無い手紙を見る時だけは口元に笑みを浮かべていたという。

 

 征服王イスカンダル。

 聖杯の魔力によって現代に蘇った彼は、己が征服する世界を見て回るとマスターであったウェイバーに言い残し、その身一つで旅に出た。

 ある時はアマゾン奥地の秘境。

 ある時は南米にある古代インカ文明の遺跡。

 またある時は世界最高峰の山であるエベレストに登り、それを終えると今度は南極の極点へと足を伸ばす。

 このようにして、彼は生前に見ることの出来なかったこの星の様々な顔をその目に捉えていった。

 その道程はまるで、かつての生で辿り着くことが叶わなかった『この世の果て(オケアノス)』を見つけようとするかのようであった。

 風の向くまま、気の向くままに世界中を巡るイスカンダル。

 気が付くと、そんな彼の手には大冒険家という新たな称号が収まっていた。

 同時に行く先々で目の当たりにした前の生とは比べ物にならないほどに複雑化した世界情勢、そして己が眼鏡に適う勇者が現れない現代人の姿は、彼に武力による世界征服は不可能という判断を下させる一因となった。

 こうして古代の戦装束から探検家の装備へと装いを改めた彼は、その消息が途絶えるまであらゆる場所を飛び回ったという。

 そうして、イスカンダルの名には征服王の他に冒険王という新たな銘が刻まれる事となった。

 

 ランサーのマスターであったケイネス・アーチボルト。

 本国イギリスに戻った彼を待っていたのは、聖杯戦争の敗者というレッテルと回復しきらない身体と魔力回路を一から鍛え直すリハビリの日々だった。

 天才・神童と名声を思うがままにし、その評価ゆえの傲慢さを隠そうとしなかったケイネスには時計塔内部にも敵が多い。

 そういった者達がアーチボルトの政敵に摺りより、今回の失態をダシにケイネスの失墜を狙って動き回ったのだ。

 しかしそんな小物など、敗北と挫折を知り、内に潜んでいた魔術への情熱を自覚したケイネスの敵ではなかった。

 常人には堪えられない程に過酷なリハビリによって短期間で復活を遂げた彼は、月霊髄液に保管されていたモルガンとの魔術比べの記憶を公開。

 千年以上の時を生きた神代の魔女に肉薄したという戦果は、聖杯戦争の敗北という汚名を洗い流して余りある評価を呼び込んだ。

 加えて、ウェイバー・ベルベットが持ち込んだ小聖杯から聖杯戦争の術式の概要を解明した功績で、彼は最年少で降霊科の学長の地位を手に入れる事となった。

 失いかけていた地位と名誉を手にした彼だが、魔術師としてはもちろん講師や研究者としても一線を退く事は無かった。

 自身の知識や才覚に加えて、小聖杯の解明に際して縁を結んだウェイバーの視点や理論も飲み下し、生涯を魔導の探求に費やし続けたのだ。

 こうして降霊科に留まらず多くの方面で功績を遺した彼は、死後『現代のパラケルスス』と呼ばれるようになったという。

 

 間桐雁夜。

 実家への恐怖と嫌悪、遠坂葵への思慕と時臣への嫉妬と憎悪。

 そして間桐桜への情から、己が身体を蟲に食わせながらも聖杯戦争に参加した男。

 心霊治療に明るい聖堂教会に保護された事、そして主である間桐臓硯が死滅した事が幸いし、右半身には麻痺が残ったものの一命は取り留めた。

 姪の桜は重い障害がある者に育児は難しいとの判断から、自身を保護してくれた神父の厚意によって言峰家へ預けた。

 彼女の処遇についての交渉の際、雁夜は憑き物が落ちたような表情を浮かべながら、拍子抜けするほどあっさりと桜の身柄を璃正神父へ任せたという。

 何故なら言峰教会で敗北した後、病床で冷静に己を省みる機会を得た雁夜は遠坂葵への思慕を断ち切ることが出来たからだ。

 ストーカー気質で狂気的な執着が有ったとはいえ、間桐雁夜は一般人である。

 貴族気取りの資産家であった遠坂時臣ならまだしも、教会でガチにケチャダンスを踊る中年相手に嫉妬しろというのは無理な話だろう。

 それを前提に置いてしまえば、そんな男を選んだ遠坂葵への想いも揺らぎ始める。

 『恋は盲目』『あばたもえくぼ』と言うものの、一つの欠点が目に付けば他のアラも気になってくるのが人間というもの。

『妙なところで気が強い』

『追い込まれるとヒステリックになる』

『責任等々を他人に転嫁しがち』

 幼馴染として長い付き合いだが、今まで可愛いと思ってきた部分も媚熱が冷めれば鼻につく。

『俺が初恋の熱に狂っていただけで、葵さんも他人の物になった後まで想い続けるほど、魅力的じゃなかったんだなぁ』

 妙に冷え切った頭でシーツの海の中で初恋にピリオドを打った雁夜。

 その後、教会の支援を受けながら魔術師としての間桐家を終らせた彼は、兄の鶴野と共に臓硯の遺産を分配。

 その後は治療を受けている間に一目惚れしたシスターと一緒になり、一神教の教徒として余生を過ごしたという。

 

 遠坂時臣

 『人類最古の英雄王』『複数のアサシンによる他勢力の情報収集』『サーヴァントの二重契約』など、グレーどころか反則スレスレの手を用いて聖杯戦争の勝利を画策した時臣。

 しかし、世界は残酷である。

 数多の策を張り巡らせた時臣もまた、願いを叶える事無く聖杯戦争から脱落してしまったのだ。

 全てが終わった後、ウェイバーの温情で自宅に帰された彼は数日の間真っ白に燃え尽きていた。

(『■■■■』への到達を夢見て、その為に持ちうる全てを費やして準備を整えていたのに、何故こうなった?)

 頭を抱えながら自問するものの、望む答えなど返ってこない。

 なんとか精神の再構築は終えたものの、何かにつけて沈みがちになっていた時臣。

 そんな父を見かねた凛は、彼を元気付けようと小学校で学んだダンスを披露した。

 振り付けも動きも拙く、時折転びそうになるようなダンス。

 だが、そこに込められた父を想う心は、時臣の魂を大きく揺さぶった。

 そう、彼は娘の舞に聖杯を前にした時に届きそうになった境地を見たのだ。

「今度こそ見えたぞ、水の一滴!!」

 黄金の光に包まれながら、やはり腰ミノ一丁になった時臣は、愕然とする娘の前で猛然とケチャダンスを踊り始めた。

 発声、足捌き、腰のキレ。

 その全てが凛を歯牙にも掛けないような完成度を誇っていた。

 ただし、鬼気迫るような表情で踊り狂う父親に怯えた娘は、大声を上げて泣いていたが。

 その後、『やはり、遠坂は舞踏によって■■■■を目指すしかない!!』と悟った時臣は、手持ちの宝石を売り払って『遠坂ダンススクール』を設立。

 妻の葵と共に社交ダンス界に旋風を巻き起こす事になる。

 また、彼の真に迫ったケチャダンスは本場インドネシアのバリ島にも認められ、日本で初めてのケチャダンスインストラクターと公式に認められる事となった。

 まさに順風満帆な彼だが、目下の悩みは遠坂の姓を捨てて『禅城』を名乗っている娘のことだったりする。

 

 言峰綺礼

 アサシンのマスターを辞した彼は、すぐさまイタリアに飛んで修道院に預けていた娘を引き取った。

 以前は『人間として欠陥があるかもしれない自身の傍におけば、悪影響を受けるかもしれない』と遠ざけていたのだ。

 しかし、自身の闇と向き合い神の名の下にそれを律していくと彼が覚悟を決めた以上、娘のカレンを自分の傍から離す理由は無い。

 それに雁夜から託された桜の事もある。

 他人の娘を育てて実の娘に手を差し伸べないなど、道理が通らないではないか。

 もろ手を挙げて賛成する璃正の協力を得て、イタリアに移住した言峰一家。

 代行者などという教会の闇ではなく、一介の神父として人々と向き合う日々を過ごしていると、ある日桜に手紙が届いた。

 自室ではなくリビングで、不器用ながらも懸命に封を開ける桜。

 だが、彼女が取り出した便箋に紛れて出てきた写真を見た瞬間、綺礼の時は止まった。

 そこにはアメリカの伝説的ロックスター、エルヴィス・プレスリーのような衣装を身にまとい、ミラーボールの下で『フィーバー!!』のポーズを取る時臣の姿が写っていたのだ。

「ぐ……ぶっ………!?」

 思わず吹きそうになるのを、綺礼は代行者時代に鍛えた精神力を振り絞って堪えた。

 コメディアンなど人を笑わせる意図を持つ者はともかく、真剣に何かに取り組んでいる人を笑うなど、神の信徒としてあってはならない。

 とはいえ、圧倒的不意打ちで放たれた絵面のインパクトは相当なものだ。

 風の噂でダンスに傾倒するようになったとは聞いてはいたが、どう考えても娘に送る写真ではない。

「サクラ。このおじさん、誰? 知ってる人?」

「………知らない」

 愛娘であるカレンの問いに、間桐家から助け出された直後の様な死んだ目で答える桜。

 その容赦の無さが、ことさらに腹筋を攻め立てる。

(ぐふっ……!? もう少し、もう少しで『波』が引く。そこまで堪えれば私の勝ち……ッ!)

 心の中で挫けそうになる自分を必死で叱咤激励する綺礼。

 だがしかし、現実は非情である。

 綺礼の信仰を打ち破る刺客は思わぬ所から現れた。

「なんだこれは? 時臣君は錦●旦の真似でもしているのか?」

「ブッフォッ!?」

 遅れて入ってきた璃正の言葉に綺礼の腹筋はついに崩壊した。

 アメリカンロック・スターを気取るのならば、まだダンサーとして格好はつくだろう。

 しかし、それが日本の往年のスターではただのモノマネ親父である。

 このように我慢していたところにツボを突かれて決壊した場合、何故か自分の意思で笑うのを止めるのは困難である。

 元凶を視界に入れないようにしようとすれば、こちらを体のいいオモチャだと勘違いしたのか、無表情で桜が例の写真を顔の前に持ってくる。

(時臣師め…このような楽しい事を…………ッ!?)

 笑いすぎて出てきた涙に歪む視界の裏で、綺礼は嘗ての師に罵倒を浴びせる。

 ともかく、言峰家は今日も平和であった。

 

 第四次聖杯戦争の敗退によって魔術協会に小聖杯を回収されたアインツベルン家は、その秘儀の多くを外部へと流出する()き目にあった。

 戦争終了当初、当主であるアハト翁ことユーブスタクハイトは魔術協会へ小聖杯の返還を求めた。

 しかし、向こうの返答は『こちらの構成員が勝ち取り協会に提出した物品である以上、所有権は魔術協会にある。製作者だからといって返還の義務は無い』と突っ張ねられるばかりだった。

 アインツベルンの悲願である失われた第三魔法『魂の物質化』を取り戻す為の装置、それが聖杯だった。

 サーヴァント・マスター共に考えうる限り最強の人材を揃え、必勝の態勢で臨んだはずの聖杯戦争は蓋を開けてみれば死者が出たのはこちら側だけ。

 聖杯となる予定のホムンクルスはいいとしても、最強と目していたマスターが大会唯一の死者になったのだから笑えない。

 四度目の失敗には落胆したものの、終ったものは仕方が無いと気分を入れ替えたアハト翁は、60年後に行われるであろう第五次の準備に取り掛かった。

 まずは胎児の時点でイリヤスフィールに施していた調整の殆どを解除し、彼女が順当に成長できるようにした。 

 これは翁が人間とホムンクルスの混血である彼女を次代の聖杯、そしてアインツベルンのマスターを産み出す胎盤にすると決めたからだ。

 人間とホムンクルスの混血というレアケース、今後のアインツベルンの魔術の発展の為にも隅々まで調べたいという欲はある。

 しかし、アインツベルンの第一義は第三魔法の再現。

 その為ならば、如何なる物であろうと惜しむことはない。

 そうして次の聖杯戦争に向けて着々と準備を進めていたアインツベルンだが、10年ののち予想だにもしない事態が発生する。

 なんと魔術協会に流出した技術情報によって、準備期間中であった冬木の大聖杯が奪取されたのだ。

 この事件の首謀者は時計塔の一大派閥たるユグドミレニアだった。

 事件の後、冬木を遠く離れたルーマニアで引き起こされた聖杯戦争にアインツベルンは参加を表明。

 彼らの技術の結晶にして悲願への足がかりである聖杯奪還に送り込まれたのは、母の生き写しのように成長したイリヤスフィールその人だった。

 だがしかし、この時アハト翁、いやアインツベルンの全てを司る人工知能『ゴーレム・ユーブスタクハイト』は知る由もなかった。

 前回の聖杯戦争で両親を失い、自身の身体を好き勝手に弄ばれた彼女がアインツベルンを怨んでいた事を。

 そして、彼らの手から逃れる好機を虎視眈々と狙っていたという事を。

 結果を言えば、この聖杯戦争はアインツベルンの勝利に終った。

 しかし、勝者たるイリヤスフィールは相性召喚で呼び出したサーヴァントを受肉させた後、大聖杯を木っ端微塵に破壊してしまったのだ。

 最悪のタイミングで行われた復讐によってアインツベルンが混乱している間に、彼女はサーヴァントとお付のメイド2人を伴って姿を消した。

 その後、アインツベルンは大聖杯を復元しようと躍起になったが、現代に残された技術ではそれを為す事は出来なかった。

 そして聖杯復元に私財の殆どを投入した彼らは、かつては錬金術の大家と言われていたのがウソの様に衰退し、人知れず断絶したという。

 なお、イリヤスフィールが召喚したサーヴァントだが、長袖のシャツにジーンズという現代風の衣装に身を包んだ橙の髪の少年で、片手に紅い聖骸布を撒きつけ数多の武器を扱ったと言われている。 

 

 

 

 

 冬木滞在記(1994)最終日

 

 今日はめでたい事があった。

 妖精郷に移ってから長年想い続けてきた息子達を、ようやく英霊の座から奪還することが出来たのだ。

 時間にしてざっと千年以上、協力してくれた陛下や『フェアリー・ブレイバー』のみんなには本当に足を向けて寝られない。

 今度、冬木土産を持っていくとしよう。

 ザクッと経緯を説明すると、聖杯でアグラヴェインを受肉させた俺達は急ぎ荷物を纏めて妖精郷へと帰還した。

 モードレッドを始めとした家族との帰還の挨拶もそこそこに、事前の連絡で奪還準備を整えていた作戦本部へ移動。

 そこでニニューさんを始めとしたスタッフと合流した。

 建物一棟はありそうな謎の機械や、亀の甲羅みたいなバックパックに両肩にゴツいツインキャノンを装備した陛下を見るに、『フェアリー・ブレイバー』の今回の作戦に掛ける意気込みが伝わってくるというものだ。

 俺達が現場に赴いてすぐに、当作戦の責任者であるニニューさんから各員へ向けての説明があった。

 謎の機械は『時空間干渉装置』というらしく、詳しい原理は分からんが世界の裏側にある妖精郷で使えば、同じ位相の英霊の座への道を開くことが可能らしい。

 だが、これ一つで向こうに行けるほど簡単なものでは無いらしく、『フェアリー・ブレイバー』の観測によると英霊の座には外部干渉を防ぐ為の障壁が張られているらしい。

 そこで陛下が背負った『タラスク・ユニット』に装備された新武装『ブレイズ・バスター』の出番が回ってくる。

 ニニューさんのマッド魂と『フェアリー・ブレイバー』技術班の悪ノリが悪魔合体したこの大砲は、なんと『約束された勝利の剣』の四倍の出力のビームを発射することが可能らしく、こいつを使えば件の障壁も貫通することが可能なんだとか。

 まあ、あれだ。

 妖精郷ってファンタジーですよね、なんてツッコミは無粋なのだろう。

 で、障壁を破壊した後は俺とアグラヴェインが英霊の座に突入。

 分霊であるアグラヴェインは座に帰れば本体へと導かれるはずなので、それについて行く形でガウェイン達の座の場所も特定して連れ帰るといった具合だ。

 英霊の座の位置を特定していながら、息子達を奪還できなかった最大の理由である『ガウェイン達の座の場所がわからない』という問題はこれでクリアできたわけだ。

 ちなみに、奪還方法云々についてはただ一言『ぶった斬ってきなさい』という素敵な言葉を頂いた。

 シンプルイズベストっすね、わかります。

 なんだかんだと準備を挟むこと約五分。

 いざ、作戦開始と相成った。

 まずは時空間干渉装置が起動し、重い振動と共に空が歪む。

 かき混ぜられたクリームのようになった青空がぱっくりと口を開くと、その先には漆黒の闇に数多の光が煌く星空のような空間が広がっていた。

 次に待っているのは陛下の砲撃である。

 ニニューさんの合図と共に、両肩のキャノンから黄金の閃光をぶっ放す陛下。

 姿勢固定用のパイルバンカーを使ってなお後ろに下がるほどの砲火は、妖精郷と英霊の座に施された結界に風穴を空けた。

 そして第三段階のGOサインが出ると同時に、陛下の腕力を借りて俺とアグラヴェインは英霊の座へ突入した。

 英霊の座は、無重力のようであってもしっかり足場があるという何とも言葉にし辛い空間だった。

 そこに入った事で導かれるように加速するアグラヴェインに付いて行くと、程なくして迎撃部隊が現れた。

 武装した船に乗ったいかにも海賊と言わんばかりの髭面のオッサンに、鷲の上半身に下半身が馬という妙な生物に跨った桃色の髪の女の子。

 獣人っぽい女狩人や頭に角の生えた巨漢、意のままに空間に杭を生やすことが出来る槍使いや、尖り耳の大魔術師。

 そして、翡翠の髪に貫頭衣を来た青年を連れた黄金の王。

 他にも例を挙げていけばキリのないほどの古今東西の英雄オールスターである。

 対するこちらは孤剣一振り。

 肉体を武器に変える男と黄金の王の火力が凄まじく、二人を退けた頃にはこちらも満身創痍の状態だった。

 それでも泣き言など言っていられない。

 家には息子たちの帰りを心待ちにしている家族がいるのだ。

 事前に渡されていた薬液や治療魔術が仕込まれた符で応急処置をしつつ、進み続けるアグラヴェインを見失わないようにしながら雲霞の如く集まる英霊を相手取る。

 とはいえ、多勢に無勢な感は否めずに流石に命の危険を感じ始めていたそんな時、全力で内勁を込めた刃を振るうと空間全体に悲鳴が木霊した。

 老若男女、そのどれでもありいずれでもない。

 そんな不思議な声に驚きながらも振るった剣を見てみると、空間がぱっくりと裂けてそこから血の様な赤黒い液体が流れていた。

 どうやら、振り抜いた剣が無意識の内に世界の因果を捉えていたらしい。

 『英霊の座とは、人類の集合無意識である阿頼耶識の中枢に近い場所にある』

 奪還作戦を練る際にニニューさんが言っていた事を思い出した俺は、英霊たちが阿頼耶識の悲鳴に戸惑っている隙に空間を(はし)る因果へ向けて、手当たり次第に剣を叩き込んだ。

 途端に迸る血飛沫と阿頼耶識の悲鳴。

 罵倒やら制止する声、泣き声に恨み言。

 脳内をワンワンと反響するそれらを聞き流して刃を振るい続けること数十手、漸く目当ての言葉が吐き出された。

 そう、命乞いだ。

 人の集合無意識やら阿頼耶識やらと大層な名前が付いているが、要するに滅びたくない・死にたくないって想いの集まりだ。

 そんなしょっぱいモノなんだから、痛い目を見せてやれば泣きを入れてくると読んでいたのだが、案の定である。

 ここまで事が運べば、後は交渉の時間である。

 これ以上傷つけられたくないのなら息子を返せ。

 あと、アルトリアと契約を結んでいるなら破棄しろ、と要求をぶつけてやったわけだ。

 もちろん相手は難色を示したが、空間の中でも特に柔い部分をゆっくりと抉りながら説得してやると、熱い手のひら返しを見せてくれた。

 うむ、やはり交渉事には誠意を込めた言葉が一番である。

 こうして息子達を取り戻した俺は、最後の最後に渾身の内勁を込めた六塵散魂無縫剣を空間の急所に叩き込んで英霊の座を後にした。

 なに、ゲスい?

 何を今更、言うのが千年遅いぞ。

 そんなワケで息子が帰ってきたのだが、当然ながら三人とも肉体がない。

 聖杯を使ったときの様に受肉できないかを姉御に聞いてみても、さっきの作戦で妖精郷の魔力が減少していて無理だとか。

 夫婦揃って途方にくれているときに、声を上げたのがニニューさんだった。

 陛下が使っている義体のノウハウを活かして、兄弟三人分の身体を造り上げるというのだ。

 妖精郷の魔力の回復が何時になるのかはわからんし、それまでガウェイン達を放置し続けるのも悪影響が出る可能性を思えば遠慮したい。

 という訳で、息子たちは姉御と俺が魔力を与えて保たせるようにして、義体の制作をお願いしたのだ。

 そして今日、件の義体も完成して移植に成功した三人が無事に帰ってきたというわけだ。

 まあ、『ガウェインヨ』『そんな! 声まで変わって!?』とか、

 ガウェイン  『追加機能でジェット機と合体して、ロボットになれるんです!』

 ガヘリス   『俺はパワーシャベルとブルドーザー、ダンプの三体合体だ!!』

 アグラヴェイン『私はパトカー。……どうしてこうなった』

 家族一同『どんな追加機能!?』

 なんて騒動もあったが、まあ三人が元気であれば目出度いというモノだろう。

 本当に久々に家族も揃った事だし、当面はゆっくりしたいと思う。

 取り敢えずは、中断していたハワイ旅行だろう。

 日記の〆を慶事で終えられた事と力を貸してくれたみんなに感謝の意を表して、結びの言葉とさせてもらう。

 

 これからもウチの家族が幸せでありますように。

 

 

 

 

 屍山血河、死屍累々。

 眼前に広がる光景を表すのならば、こんな言葉だろう。

 地面が見えない程にブリテン騎士の遺骸で埋め尽くされたカムランの丘。

 かつては絶望と共にこの光景を目の当たりにしたアルトリアだが、聖剣を杖に頂きで佇む彼女の顔に浮かんでいるのは諦観と酷い怯えだ。

 モルガンとの和解に成功した為にモードレッドはおらず、今回の原因は食料難を解決できなかったアルトリアへの不信が諸侯の反乱を招いた事に端を発したもの。

 アルガに教わった農地改革は一定の成果を挙げたが、広範囲に行う事による急速な神秘の枯渇はそれを内包するブリテン人に悪影響を及ぼすことがわかった為に、断念せざるを得なかった。

 食料自体はフランス領を通して輸入を行っているが、それを購入するにも高額の資金が必要となる。

 国外への交易が乏しく、目新しい特産品の無いブリテンの各諸侯が食料を資金で賄えば、経済的に立ち行かなくなるのは自明の理と言えた。

 そうやって積もりに積もった諸侯の不満が爆発した結果が目の前に広がる光景だ。

 一度目と違ってガウェインを始めとした円卓の騎士の欠員は少なかったが、そんな事は慰め程度にしかならなかった。

 いかに強靭な騎士を擁していたとしても、国軍の半数を手に掛けたとあっては国家として成り立つわけがないのだから。

 もっとも、アルトリアにとってこの結果に至ってしまっては原因など、大した問題ではなかった。

 彼女が怯えているのは、再び選定の剣を抜いた頃へと戻される事だ。

 アルトリアがこの結末に辿り着いたのは二度目。

 しかし、やり直しに至ってはその限りではない。

 ある時は卑王ヴォーティガーンとの闘いで『全て遠き理想郷』が間に合わずブレスによって消滅した。

 またある時はペリノア王との闘いで、一瞬の判断ミスから首を刎ねられた。

 ブリテン統一を果たした後に性別詐称が露見した事で国民の前で魔女として公開処刑に処された事もあれば、不老という聖剣の加護が海外に露見したのを切っ掛けにフン族の王アルテラがブリテンへと侵略。

 ピクト人を始めとする異民族に加えて、東西ローマ帝国相手に破竹の勢いで勝利を重ねる破壊の王への対処は出来ずにブリテンが滅亡した事もあった。

 酷い場合には、戦場の流れ矢に当たって命を落としたりもした。

 他にも最初の時には免れることが出来た様々な死因が彼女を襲い、命を落とした後は決まって選定の剣を抜いた直後に戻るのだ。

 そうやって幾重にも及ぶ失敗と滅亡の果てに、アルトリア・ペンドラゴンは再びこの場へとたどり着いた。

 丘の上に立つ彼女は、この約束の滅びがどれだけの奇跡の連続によって紡がれた物かを理解した。

 マーリンも、異界のモルガンも言っていたではないか。

『ブリテンの滅びは世界に約束されていた』と。

 にわか知識を手に己が抗ったところで、悪化はしても好転などするはずがないのだ。

 だとすれば、もう全てを偽って重責を背負い続けるやり直しなど───

「アルトリア」

 背後からかかった声に振り返ると、そこにはこの世界のモルガンがいた。

「姉上」

 やり直しの前のような狂気の魔女とは違い、この世界の姉は聖杯戦争で異なる世界の彼女が口にしたように、心優しく情の深い淑女だった。

 成果の出ない改革や諸侯からの反発に頭を悩ませている時、王ではなく肉親として接してくれる彼女の温かさはアルトリアの精神的支えとなった。

 彼女との関係が改善できたのは、多くの事が上手くいかなかったやり直しの中で数少ない成果と言えよう。

「もういいでしょう? これが貴女の結末なの。人理に刻まれたこの終わりを無理に歪めようとすれば、世界から修正を受けてしまう」

「どうして姉上が『やり直し』の事を知っているのですか?」

「……ごめんなさい。オークニーへ静養に来る度、貴女は寝ている時はずっと魘されてたから。それで心配になって思考を読ませてもらったの」

「そうですか」

 深々と頭を下げるモルガンに、アルトリアは静かに言葉を紡ぎ始める。

「……姉上、私のしてきたことは間違っていたのでしょうか?」

 玉座に就いていた時には想像もできないような弱気なアルトリアに、モルガンは痛ましい物を見るように表情を曇らせる。

「やり直しを始めてから、何度も失敗しました。ブリテン統一の道半ばで果てる事もあれば、蛮族討伐で命を落とした事もあった。それでもこの結末を避けるため、穏やかに眠る様に国を終わらせようと苦心してきたんです。もし姉上の言う通り世界が邪魔をしているのなら、なんの為に私は繰り返しているのでしょう?」

「───アルトリア、妖精郷に行きましょう。今ならやり直しの輪廻から逃れられる。妖精郷は世界の裏側だから、アラヤも手が出せないはずよ」

 人形の様に表情が無い顔で涙を流す妹に、意を決したモルガンは手を差し伸べる。

「しかし………」

「このままだと貴女は心が擦り切れるまで、何度も崩壊が約束されたブリテンを背負う事になる。そうして心が折れてしまったら待っているのは抑止の守護者、つまりは世界の奴隷よ。私は妹がそんな道を辿るのを、黙って見ていることなんてできないわ」

「しかし、私はブリテンの王……」

「もうブリテンは無いわ。なら貴女はアーサー王ではなく、私の妹アルトリアよ」

 未だ戸惑いを見せるアルトリアをモルガンが抱きしめると、小柄な妹が埋めた胸の辺りに温かい雫が広がっていく。

 声を殺して泣くアルトリアの背をあやす様に軽く叩きながら、モルガンは自身の力によって妖精郷の扉を開く。

 眼前に広がる扉を潜ろうとしたその時、モルガンは声を聴いた。

 それは老若男女、その何れでもなくすべて当てはまる不可思議な声。

 人類の集合無意識、アラヤの声だ。

 声は言う。

 契約は未だ果たしていない。

 騎士の王を現世に留めよ、と。

 脳へと直接響く彼等の言葉に、モルガンの顔に笑みが浮かんだ。

 それはアルトリアに向けていた物とは別の、魔女のような残忍さを秘めた嘲笑だ。

(異な事を。アルトリアと貴方達の契約は破棄されたはずですわ。異なる世界にいるアルガの脅迫に、そちらが屈した時点で)

 念話によるモルガンの返答に、アラヤの声に動揺が浮かぶ。

 慌てて適応されるのは異世界の騎士王のみと反論するものの、破棄の際にどこのアルトリアかは明言されていない事を指摘されれば、ぐうの字も出なくなる。

 最後にモルガンが『これ以上妹に付きまとうなら、もう一度彼を(けしか)ける』と告げると、脳内に響いていた声はピタリと止んだ。

 抑止の守護者による実力行使に出られなかったことに安堵の息を吐きながら、モルガンは再び妖精郷へ足をむける。

(アルトリアの記憶を見た時に、起源にアクセスしておいて正解だったわ。けど、まさかあの子が生きていた上に結婚までしていたなんて……。女性のクセに眠らせた上で既成事実を作るとか、いくら何でもやり過ぎよ、別世界の私)

 覗き見た平行世界の記憶に悶絶した事を思い出しながら、モルガンは妹と共に異なる世界へと消えていった。

 

 

 

 

 第四次聖杯戦争 被害報告。

 

 参加者による死亡者 3名(衛宮切嗣 久宇舞弥 アイリスフィール・フォン・アインツベルン)

 

 脱落サーヴァント  4騎(アーチャー ランサー アサシン バーサーカー)

 

 一般人への被害   無し(期間中に儀式殺人と思われる被害者は二名あり。しかし、犯人が参加者でなかった為除外)

 

 倒壊家屋      一棟(冬木ハイアット・ホテル)

 

 破損施設     二か所(湾岸倉庫収容施設 アインツベルン所有の邸宅)

 

 

以上  

 

 




 拙作にお付き合いくださり、ありがとうございます。

 なんだかんだと寄り道しましたが、何とか結びまで持ってくることが出来ました。

 これも一重に読んで下さる皆様方のお陰でございます。

 話の方は続いて行きますが、この場を借りて厚く御礼申し上げます。

 厳しいご意見、楽しい感想、本当にありがとうございました。

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