剣狂い転生漫遊記   作:アキ山

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 お待たせしました、冬木滞在記14の完成です。

 この頃はスランプなのか、筆の進みが伸びない……。

 こういう時はパーッと旅行なんかに行きたいものでございます。

 とりあえず、どっかにいこうかな。

 女帝様にアホほどチョコを作らされた慰労も込めて……。



冬木滞在記(1994)14

 目を回していたセイバーが意識を取り戻したのは、アグラヴェイン達の受肉から数分後のことだった。

 目覚めた彼女は征服王を見ると引き()った悲鳴を上げていたが、あんなアナコンダを見せられればそれも仕方があるまい。

「なんだ、騎士王ともあろう者が逸物(いちもつ)程度で情けない声を上げよって。騎士達に揉まれ、モードレッドの父親であった貴様なら、あの程度見慣れたものであろうに」 

 そんなセイバーの反応に気分を害した征服王は、太い腕を組みながら不機嫌そうに彼女を睨み付ける。

 しかし、言われてみればたしかに妙だ。

 セイバーの生前の軌跡を考えれば、こんな初心なねんね的な反応をする事はないと思うのだが……。

「人聞きの悪い事を言うな! 私はあんな男性の象徴を見慣れるような生活など送っていない! モードレッドの事だって、何一つ身に覚えなどないんだ!!」

 羞恥と混乱から、アホ毛から湯気を出しながら真っ赤な顔で怒鳴るセイバー。

 ふむ。

 これはどういう事かな、姉上?

「どうって……こっちのモルガンの記憶だと、モードレッドを造った時はね───」

 続けて放たれた暴露話はこうだ。

 ある日の深夜、セイバーの寝室に忍び込んだモルガンは、寝ているセイバーに魔術を施してアレを生やした。

 そして起きない様に眠りを深くする香を()き、睡眠の魔術を掛けたうえで、手で遺伝情報を搾り取ったらしい。

 そうやってまんまと目的のブツを手に入れた彼女は、男根の魔術を解除して空間転移でキャメロットを後にしたそうな。

 どこかで聞いた事がある手口なのは置いといて、はっきり言ってコレは酷い。

 伝承では姉弟同士の禁断のラブロマンスのように語られているのに、蓋を開ければ病院での検査が如き作業である。

 あと、モルガンという存在は夜這(よば)いしないと死ぬ呪いでも掛かってるのだろうか?

「えーと……夜這いにしてはセイバーの扱い、ぞんざい過ぎない?」

「そりゃあ、本人は夜這いだなんて思ってなかったもの」

「じゃあ、なんなんだ?」

「素材の採取」

「ヒデェ」

 思わず漏れたこちらの感想に、姉御は不思議そうに首を傾げる。

「酷いって、当たり前じゃない。あっちのモルガンはセイバーの事を憎みはしても、愛してなんていなかった。用があるのは彼女を倒す力と、ブリテンの次期王となるべき血脈を齎す遺伝情報だけだもの。だったら体を重ねる必要なんて無いし、この方法のほうが手間がかからないうえに確実でしょ」

 たしかにその通りだけれども、あまりにも塩対応ではないだろうか。

 これだとただの実験動物じゃん。

「待て、モルガン! では、モードレッドは本当に私の子ではないということか!?」

「遺伝上という意味では親子に間違いないわ。こっちの私の卵子を使った受精卵を素体にしたみたいだし。まあ、製造方法は培養槽を使ったホムンクルスと同様のものだから、正しい定義で親子かと問われればノーだけど」

 こっちのモードレッドがマジの人造人間だった件について。

 つーか、近親交渉で生まれてる時点で普通の親子じゃない……って、スッゲーブーメランが飛んで来そうだから、この発言は控えよう。

 しかし、聞けば聞くほど酷い話である。

 これではセイバーも認知なんかせんわ。

「そもそもモルガンの主人格は旧ブリテンの事が原因で、性行為にトラウマを持ってたのよ。そんな彼女が夫であるロット王以外に身体を許すわけないじゃない」

「ああ、それがあったな。けど、擬似人格ってそういったマイナス要素を受け継ぐのか?」

「形成する際に使用されたのは強い感情だもの。そういったものが混在しても不思議じゃないわ」

 姉御の言葉に思わず頷くが、納得がいくと今度は別の疑問が頭を(もた)げてくる。

 なぜ、この世界のモルガンはそんな回りくどい事をしたのか?

 搾り取られても目を覚まさなかったのなら、寝首なんて幾らでも掻けただろうに。

「それは王の人格の所為ね。あの場面でアーサー王を暗殺してしまっては、間違いなくブリテンは崩壊してしまう。かの人格が望むのは王の玉座、国が滅んでは意味が無いわ。だからこそ対アーサー用という理由のほかに、彼の王を排した後の代わりとなる旗頭兼傀儡(かいらい)としてモードレッドが必要だったのよ」

「姉御、何故に俺の心が読める?」

「愛の力よ」

 アイェェ……。

「父上、母上もそこまでにしましょう。ショックでセイバーが消滅しかかってますから」

 アグラヴェインの言葉に目をやれば、身体中から光の粒子を放ちながら薄くなっていくセイバーの姿が。

 光に包まれた姿は幻想的なんだけど、蝋人形みたいな無表情に死にきった目がアンバランスすぎて怖い。

「早まるな、セイバー! お前が願いを叶える番が回ってきたんだぞ!」

 打ち上げられた魚みたいにグッタリと横たわるセイバーは、こちらが励ましの声を掛けるとほんの少しだけ目に光が戻る。

 現金とは言うまい。

 黒歴史を更にドス黒く塗り替えられたんだ。

 そんな現実を抹消できる機会が巡ってきたのなら、飛びつきもするだろうさ。 

「私はブリテンを救済する……。そして、こんな筈じゃなかった現実をやり直すのだ!!」

 嘗て無いほどの気炎を吐きながら体を起こそうとするセイバー。

 なんというか、聖杯戦争初期とは別の意味の必死さが見えて、目頭が熱くなる。

 せめてもの支援として、抱え上げて聖杯の傍らに座らせてやると、彼女は黄金の杯に向けて願いを言い放った。

「聖杯よ! その万能の力を以って、我が故国ブリテンを滅びから救済したまえ!!」

 中庭全体に響き渡るほどの声量で放たれたセイバーの悲願。

 だが願いが掛けられたにも関わらず、聖杯には何の動きも無い。

「どうだ、姉御?」

「やっぱり、無条件の救済というのは無理のようね。この聖杯の願望器としての性能は物事の過程を省略して結果を出すというもの。過程、すなわち手段や方法が明確でなければ、願いは叶えられないわ」 

「つまり、セイバーの願いを叶えるには、聖杯に明確なブリテンの救済案を提示して、それを実行させねばならんというわけか」

 『なかなか条件が厳しいのぅ』と顎鬚を(さす)る大将。

 その条件だと道中で俺がセイバーに説いた案くらいでは、ブリテンを救う事は無理だろうなぁ。 

「それに加えてブリテンの救済は人類の歴史、言い換えれば世界の改変よ。現状の聖杯だとそれを成すには力不足だとおもうわ」

「やはり、この聖杯では私の願いを叶える事はできないか。ならば───」

 次の願いを紡ごうとしていたセイバーは、ピタリとその舌を止めた。

「どうしたのだ、セイバー?」

 訝しむ大将の視線を受けながら、セイバーは姉御の方へ顔を向ける。

「モルガン。願いを叶えたら、私と聖杯はどうなるのだ?」

「急にどうしたの?」

「いいから答えてくれ!」

「……魔力を使い果たした聖杯がどうなるかは分からないわ。でも、聖杯の使用はこの戦争の終結を意味するでしょうから、大聖杯からの各マスターとサーヴァントへのバックアップは断たれる事になる。そうなれば、貴方は現界を保てずに消滅するでしょうね」

 突然の剣幕に気圧されながらも返した姉御の答えに、セイバーはまたもや顔を青褪めさせる。

「なんという事だ……。このままではアイリスフィールとの誓いを果たせないではないか」

 呆然と呟くセイバー。

 彼女の口から出た誓いとやらに興味が出たので、問いを投げてみる。

「アイリスフィールって、お前のダミーマスターを担っていた女性だよな。聞くところによると、死んだって話だが……」

「セイバーのパスが途中で断たれているところからの推測よ。もしかしたら、主従契約を破棄して逃亡したのかもしれないわ」

「いや、アイリスフィールは命を落としている。目の前の聖杯は彼女の形見のようなものなのだ」

 悲しげな視線を聖杯へ向けながら、セイバーはポツリポツリと彼女との事情について話し始めた。

 要約するとこうだ。

 アイリスフィールという女は、聖杯を胎内に宿す事で安全に冬木へと運び込む為に作り出されたホムンクルスである。

 聖杯戦争の道具として製造された彼女であったが、準備期間中に知り合ったセイバーの元マスターであるエミヤキリツグと夫婦関係にあり、娘まで設けていたらしい。

 2人はアインツベルン家の命令によって、娘を本家に置いて戦争に参加したわけだが、その結果は惨憺たるものだった。

 夫であるエミヤキリツグは俺の手で討ち死に。

 アイリスフィールの方も、体内の聖杯が完成に近づく程に人としての機能を失っていき、死を待つだけの状況に陥ってしまった。

 そして遠坂と同盟を結んでの最終決戦におり、余命幾ばくも無いと悟った彼女はセイバーにある頼み事を行った。

 それは、完成した聖杯をアインツベルンに持ち帰る事で聖杯戦争に終止符を打ち、娘を自分と同じような聖杯戦争の道具にさせないようにしてほしいというものだった。

 そして、短い付き合いながらも自分の事を友人と呼んでくれる彼女に報いるために、セイバーは託された願いを叶えると誓ったそうな。

 この話が終った時、俺と姉御はとっても微妙な顔をしていたと思う。

 だって、『取引するとしたら魔力使った後の空の聖杯じゃなくて、完璧な状態じゃないとダメだろう』とか『改造される恐れのある実家に子供を置いていくな』とか。

 さらには『子供作っといて、理想云々とか青臭いもん追いかけてんじゃねーよ』等々、ツッコミどころが満載なんだもの。

 とはいえ、2人とも鬼籍に入ってるし赤の他人だ。

 俺も姉御も大人であるからして、口に出して咎めるのは控える程度のエチケットはある。

「なるほど。それで、貴女はどうしたいの?」

「どう、とは?」

「彼女の遺言を守ってその子を助けたいというのであれば、ライダー達と同じ方法で受肉させてあげる。ただし、ブリテン救済の代案があったとしても魔力残量の関係から不可能になるか、もしくは成功する確率は大幅に減少するわ」  

「……ッ!?」

「さらに言うなら、今の貴女は征服王や息子のような英霊じゃなくて、生の終りを迎えていない生霊。肉の器を手に入れてしまえば、存在はそこに固定される可能性が高い。そうなれば、貴女は聖杯戦争の参加権も元の時代に戻る術も失う事になる」

 紡ぎ終えた姉御の言葉に、セイバーはゆっくりと視線を地面に落とした。

 俯いた事でヴェールの様になった前髪の奥から覗く表情からは、濃い苦悩が見て取れる。

 夜の静寂の中、ギリッという奥歯を噛み合わせる音が響く。

 誰もが言葉を発する事無く待つ事しばし。

 月明かりが映し出す己の孤影をジッと睨みつけていたセイバーは、ゆっくりと顔を上げた。

 後悔、自己嫌悪、羞恥、失望。

 渦巻く多くの負の感情を捻じ伏せているのは、確固とした決意だ。

「───受肉は不要だ、モルガン。私は聖杯を使い、今一度ブリテンを救う旅に出る」

「それが貴女の選択なのね」

「……アイリスフィールは私を友と呼んでくれた。心の奥に閉じ込めていた少女としての私を否定しないでいてくれた彼女は、私にとっても主従が関わらない初めての友だった。しかし、私はブリテンの王なのだ。彼女が遺した望みを捨ててでも、祖国の救済を放棄することはできない」

 血を吐くような独白に、ここにいる誰もが口を挟もうとしなかった。

 恩知らず、薄情、不忠者。

 主と奉じた人間の最後の望みより、自身の責務を優先するセイバーを罵る言葉は山とあるだろう。

 しかし、『初めての友』と認めた人間を裏切らざるを得ない彼女の苦悩は、いかほどの物であろうか。

『玉座は豪奢な牢獄であり、王は国家の奴隷』

 何処かで見た言葉だが、セイバーにはこれが当て嵌まるような気がする。 

「聖杯よ。その力を以って、私の意識と知恵を選定の剣を抜く前の私に届けてくれ」

 最初のときの様な勢いに乗ったものではなく、噛み締めるように願いを口にするセイバー。

 すると、願いを掛けられた黄金の杯はその眩さを増し、聖杯を中心に発生した光の柱がセイバーを包み込む。

 そして、城の敷地を塗り潰すほどの目も眩むような光の後には、先程に比べて色褪せた杯が転がるだけだった。

「さっきまで渦巻いていた魔力が欠片も感じられない……。本当に聖杯は願望器として機能したんだな」

 役目を終えて物質に戻ったのか、爪先に当たった聖杯を拾い上げるウェイバー君。

 傍らにいた大将も、彼が手にした杯を神妙な顔で覗き見る。

「坊主。セイバーの奴は願いを叶えたのか?」

「さあね。姿が無いところを見ると、たぶんそうなんだろ」

「知識と意識を過去の自分に転移させる、か。選定の剣を抜く前の未熟な彼女なら、今のセイバーの意志力で内面を塗り潰して乗っ取る事も可能でしょう。……考えたものだわ」

「つまり、セイバーはもう一度過去をやり直す機会を得たということですか」

「そういう事になるわね。もっとも、そのやり直しがハッピーエンドになるかどうかは分からないけど」

 アグラヴェインの言葉に姉御は呆れ顔で肩を(すく)めて見せる。

 たしかに、やり直すということは上手くいった場面で失敗する危険性もあるという事。

 蛮族との戦で命を落としたり、陛下に負けたりする可能性だってあるわけだ。 

 まあ、あれだけの決意をもって旅立ったのだから、野暮な事は言うべきじゃないか。

 どんな形であれ知り合った仲なのだ、成功を祈ってやるのが人情というものだろう。

「何だかんだとあったが、これで聖杯戦争も終わりか」

「最後は締まらなかったがな。ところで、お主等はどうするのだ?」

「妖精郷に帰るさ。俺達の願いはここからが本番なんでな」 

「本番ってどういう事だよ?」

(さっ)しが悪い奴だのう。そんなものは決まっておろう。こ奴等は『座』におるディフェンダーの本体やその兄弟を取り戻す気なのだ」

「ええええぇっ!?」

 征服王の大将が言い当てたこちらの目的に、()頓狂(とんきょう)な声を上げるウェイバー君。

 なんというか、けっこうリアクション芸人の気があるよな、この子。

「英霊の座って、アラヤやガイアに統治されたこの世界の防衛機構だぞ!? そこから英霊を連れ出すなんて、どうやるんだよ!?」

「そんなもの、余も知らぬわい。だが、あの魔女と聖剣を切り裂く剣士がおるのだ、何か秘策があるんだろうよ」

「それに関しては『妖精郷、脅威の技術力』ということで納得してちょうだい。それじゃあ、私達も行きましょうか」

 何処かに飛ばしていた念話が終ると同時に、こちらを促してくる姉御。

「なんだ、もう行ってしまうのか」

「むこうで準備が整ったらしいから、善は急げという奴よ」

「という事は、さっきの念話の相手はニニューさんか」

「ええ。この騒ぎが始まってから、定期的に進捗状況を報告していたのよ」

 さすが姉御、抜かりない。

 つーか、ニニューさんに話が行ってるってことは、陛下や『フェアリー・ブレイバー』の連中も動いてるってことだよな。

 これはまた、えらい騒ぎになりそうだ。 

「改めて三人纏めて余の臣下になるように交渉するつもりであったのだが、家族の身が掛かっておるのでは仕方あるまい。また会う事もあるだろうから、その時まで取っておくとするか」

「そん時は酒でも飲みながら、あんたのプレゼンを聞かせてもらうよ」

「よかろう! 夜通しで我が大望を披露してやるから、楽しみにしているがいい!!」

「ベルベット君、その聖杯は持って帰りなさいな。使い物になりそうもないけど、聖杯戦争の勝者の証だし、魔術の研究素材としても一級のはずよ」

「言われなくても持って帰るけど、これってアインツベルンと揉めることにならないか?」

「もちろんなるわよ。けど、その辺は征服王と協力して切り抜けてね」

「やっぱり厄介事のタネじゃないか!?」

 そんなこんなと雑談を交わしている内に、こちらの出発準備は整った。

 とはいえ、縮地法で跳ぶだけなので準備とかはいらないんだけど。

「それじゃ行くわ。元気でな、2人とも」

「うむ、また会おうぞ!」

「あ、そこで枯れ果ててる変人は放っておいていいからね」

「……この寒空の下で腰ミノ一丁の人間を簀巻き放置とか、やっぱり魔女だ」

 豪快に笑う征服王と微妙な顔のウェイバー君に見送られて、アインツベルン城を後にする。

 さて、行き先は懐かしの我が家である妖精郷───

「そうだ。アルガ、みんなのお土産を置いたままだったから、ホテルに寄ってくれる?」

 ……何時の間に買ったの、姉御?  




 とあるカルデアの風景

 ヴァレンタインデー。
 それは女性が意中の相手にチョコレートと共に甘い想いを伝える日。
 当然、人理を護る砦であるフィニス・カルデアもその例外ではない。
 今を生きる職員も生を終えた英霊たちも、心に秘めた感謝や思慕の想いを胸に各々準備を進めていた。
 そんな中、人気の少なくなったカルデア食堂に二人の男がいた。
 一人は妖精郷から来た剣士アルガ。
 そしてもう一人は『血斧王』の異名を持つバイキング、エイリーク・ブラッドアクスだ。
 カルデアのいたる所で見られる男女、もしくは同姓の楽しげな声もここにはない。
 今日という日に限っては、この二人の周りはまるで人払いの結界が張られているかのように、誰も寄り付かないのだ。
「エイリーク殿、貴方もですか」
「そういうアルガ殿もなのだな」
 一方はお茶、もう一方はジョッキに入ったエール酒を前にした男達は、お互いの様子を見て、その原因を察した。
「「家内(妻)が申し訳ない」」
 謝罪は同時。
 女性たちが寄り付かないのは当然の事だった。
 この二人は第二亜種特異点である『伝承地底世界 アガルタ』をほぼ戦わずして壊滅に追いやったという前科があるのだ。
 その原因は彼等の細君であるモルガン・ル・フェイとグンヒルドという、二人の魔女にある。
 亜種特異点は三つの国を女王が支配する、女性上位の世界であった。
 それ故に彼女達にとって地上から降ってくる男は奴隷兼繁殖の為の子種でしかなく、その認識はレイシフトで訪れた彼等にも適応された。
 片や凄腕剣士、片や筋骨隆々の逞しいバイキングの王。
 二人がエルドラドのアマゾネスとイースの女海賊の目を集めるのは当然といえた。
 しかし、彼女達は知らなかったのだ。
 二人が細君という人類史屈指の魔女の監視下にある事を。
「まさか発言一つで三つの国が滅ぶとは……」
「というかウチの嫁とそちらの奥さん、どうやって知り合ったんでしょうね?」
「なんでも既婚の魔女によるコミュニケーションがあるらしくて、そこで意気投合したらしい。俺やアルガ殿がカルデアで働いてるのも、親近感を強める一因だったそうだ」
「おおぅ……」
 謎のネットワークに姉が参加していた事を知って絶句するアルガ。
「だが、この状況はある意味ありがたい。カルデアの中で家内が暴発したら、目も当てられないからな」
「たしかに。アガルタは本当に酷かった。未だにエルドラドのバーサ―カーさん、こっちを見ると悲鳴を上げて逃げていくもんなぁ」
「ドレイク船長もそうだ。あと、不夜城のキャスターなんて、俺を見た途端に『死んでしまいます』と言い残して気絶したんだが」
 あんまりと言えばあんまりな状況に、男達は深くため息をついた。 
 さて二人が口にした惨状だが、始まりはアマゾネスの女王である『エルドラドのバーサーカー』が口にした種馬発言だった。
 戦意を高める為か、それとも挑発のつもりか。
 今となっては知る由も無いが、彼女のその一言は間違いなくアガルタ崩壊の引き金となった。
 魔女とは独占欲が強く嫉妬深いものである。
 それはモルガンにしてもグンヒルドも変わらない。
 知らないとはいえ、そんな二人を前にしての堂々たる寝取り発言である。
 当然だが、二人の怒りは沸点を超えた。
 二人の魔女の『悪』夢のコラボレーション。
 その最初の犠牲者は『エルドラドのバーサーカー』の副官だった。
 逞しく日に焼けた肌に突如として黒い染みが浮かび、嘔吐と米のとぎ汁のような水様便を滝のように垂れ流して地面に倒れたのだ。
 この症状は瞬く間に他のアマゾネスに感染し、『エルドラドのバーサーカー』は戦わずして兵を退かざるを得なくなった。
 そう、彼女達が呪いと共に振り撒いたのは、魔術によって即効・超強化された『コレラ』と『ペスト』だったのだ。
 かつて世界中で猛威を振るい、一億を上回る人間を殺めた極悪の感染症は、アガルタの都市群をあっという間に壊滅させた。
 魔女の加護で感染を免れたカルデアの面々が訪れた都市は全てが死に絶えており、水の都には女海賊の死体、不夜城には住民や官吏の躯。
 エルドラドにはアマゾネスの屍が山積みにされていたという。
 そのあまりの惨状は、強化されたヘラクレス『メガロス』が一目見ただけで逃げ出したと言えば理解できるだろう。
 その後、呪詛に炙りだされた魔神柱を討ち、呪いと感染症に塗れながらも魔神柱との契約によって死ねずにいた黒幕を介錯した事で、第二亜種特異点は終わりを告げた。
 人員的にも物資的にも、全くと言っていいほどに負担の無い特異点修復だった。
 しかし、魔女が引き起こしたこの世の地獄はカルデアの面々も目にしており(その際、某婦長が現場に乗り込もうと暴走して、別の騒ぎも起きたが)事情が知れた当初は、職員・サーヴァントを含めて女性は誰も彼等に近寄ろうとしなかった。
 ほとぼりが冷めた今では普通にコミュニケーションが取れるが、こういったイベントでは敬遠されるのも仕方が無いと言えよう。
 マスターである藤丸立香が同性からのチョコを両手に抱えているころ、男二人は静かに食堂で盃を傾けていたという。
 あと、余談だが彼等にもヴァレンタインのチョコは届けられていた。
 エイリークには言うまでもないが妻であるグンヒルトが、アルガにはモルガンと娘であるチビモードレッド、ガレスからであった。
 当人曰く『自分達にはこれで十分との事らしい』

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