剣狂い転生漫遊記   作:アキ山

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 師走の所為で上手く時間が取れない。
 
 今回は少なめになってしまいました。

 申し訳ない。


冬木滞在記(1994)09

 冬の始まりが訪れても緑の葉を付け続ける木々に覆われたアインツベルンの城。

 その地下室でアイリスフィールは、先日まで夫が横たわっていたホムンクルス用のメンテナンスベッドに身体を預けていた。

「具合はどうですか、アイリスフィール」

 無骨な鉄扉を開いて現れたのは、彼女のサーヴァントであるセイバーだ。

「大丈夫よ。ありがとう、セイバー」 

 仰向けに横たわりながらも自身に向ける笑顔の弱弱しさに、セイバーの表情が曇る。

 己が主を襲った不調、その原因をセイバーは知っていた。

 彼女、アイリスフィール・フォン・アインツベルンは聖杯の担い手、いや願望器たる片割れ小聖杯として、本来の機能を動かし始めているのだ。

 セイバーが聞いた話では、アイリスフィールは第三次聖杯戦争のおりに不慮の事故によって小聖杯が破壊された事を省みて作り出された、聖杯内蔵型ホムンクルスなのだという。

 彼女は言わば『小聖杯にホムンクルスのガワを被せた存在』らしく、儀式の燃料たる脱落した英霊の魂が注がれて小聖杯が起動すれば、外装であるホムンクルスの機能は失われていく。

 そして最終的にアイリスフィールというホムンクルスは死に絶え、残るのは完成された小聖杯だけになるのだ。

 それを聞いた当初、セイバーは激しく混乱した。

 当たり前だ。

 剣を預けて勝利を約束した主が、聖杯となって命を落とす事になるのだから。

 しかし、そんなセイバーの動揺を(いさ)めたのは、他ならないアイリスフィールだった。

 彼女は自身の死を受け入れていたが、諦めていたわけではない。

 今回の聖杯戦争で過去三回では降臨しなかった聖杯を降ろし、アインツベルンの悲願であるこの儀式を成功させる。

 そして、娘や後の世代が自分のような責務を背負う事の無いように、今回で聖杯戦争を終らせるのだ。

 そう語る彼女には、アルトリアが手に入れる事の無いであろう強さがあった。

 身を挺して我が子を護らんとする母の強さが。

 それがあったからこそ、セイバーは掲げていた誓いを再確認したのだ。

 だが、力なく横たわる彼女を見て、その命を惜しんでしまうのはどうしようもなかった。

 昨夜、自身の腕に掛けられていた不治の呪いが解呪され、同時にアイリスフィールは自力で動く事が出来なくなった。

 脱落したのはランサーと見て間違い無い。

 涼やかな騎士と強者の血を欲する猛き獣、全く違う二つの顔を持つ男だったが、決着をつけられなかったのは残念に思う。

 これで脱落したのは二騎。

 医療用ホムンクルスの言では、二騎の魂でここまでアイリスフィールの人間性が圧迫されるのは有り得ないらしい。

 それに対して本人は『黄金のアーチャーを取り込んだ時点で身体的衰えがあったので、かの英霊は並みの英霊三騎分の魂の容量があったのでは』と推測している。

「右手も治ったんでしょ? なら、聖剣も使えるわね」

「はい。今なら征服王やアグラヴェインにも遅れは取らないでしょう」

「うんうん。聖杯戦争も後5騎、こっから一気に巻き返しといきましょう。魔力の事なら心配要らないから、バンバン聖剣ブッ放してもいいからね」

「アイリスフィール、淑女がブッ放すというのは拙いでしょう」

 冗談めかして口にするマスターの言に、セイバーは苦笑いを返す。

 自身の宝具である『約束された勝利の剣』は火力がありすぎて市街地には不向きだ。

 アイリスフィールの言うような使い方をしたら、この冬木市はあっと言う間に焼け野原になってしまう。

 それ以前に、いくら魔力が有ったとしても汲み取る時点でマスターには負担がかかるのだ。

 セイバーには、今のアイリスフィールにそんな重荷を背負わせるつもりはない。 

「固い事は言わないで。セイバーと話している時くらいは、私はただのアイリスフィールでいたいのよ。だって───」

「だって、何なのですか?」

 悪戯っぽく笑うアイリスフィールに問いを返しながら、セイバーは思う。

 こうやって言葉を交わせば交わすほど、自分の中の決意が揺らいでいく。

 アイリスフィールの犠牲の元に完成した聖杯でブリテンを救い、イリヤスフィールを呪われた運命から解き放つ。

 キリツグが死んでから何度も確認し、心に刻み付けた事だ。

 そのはずなのに……

「だって、貴方は私のはじめてのお友達なんだもの」

「……ッ!? ……ありがとう。光…栄…です……」

 屈託の無いアイリスフィールの言葉に、セイバーは独りでに震える声を必死に抑えた。

 友達。

 王になってから、いやレクターやケイと暮らしている間も、自分にはそんな者はいなかった。

 王になるまでは訓練や勉学漬けで周りの子供達と遊ぶ事もできず、選定の剣を抜いてからは友と呼ぶべき者達はそれ以前に臣下だった。

 自分にとってもこんな風に何気ない事で笑い合う友人は、彼女がはじめてだったのだ。

 アイリスフィール、貴女は残酷な人だ。

 言わなければ、気付かなければ、私は王の責務として全てを飲み込んで聖杯を手にできたのに……。

 必死に笑顔を浮かべながら、セイバーは心の内で慟哭する。

 逃れえぬ責務とそして別れに。

 

 

 

 

「ランサーが脱落したようだな」

 遠坂の地下魔術工房、そこに備え付けられていた霊基盤に目を向けていた時臣は、小さく呟きを漏らす。

「これで、残るは五騎という事ですね」

 部屋の影に潜んでいた百貌の統括役である女アサシンの言葉に、盤に目を落としたまま首肯した時臣は、顎鬚(あごひげ)を擦りながら考えを巡らせる。

 現状、自身は二騎のサーヴァントを使役している。

 しかし、アサシンはその分体の大半が討たれた事で弱体化し、サーヴァントとしての戦闘力は期待できない。

 実質的にはバーサーカー一騎と考えたほうがいいだろう。

 ならば、単体でライダーと同盟を組んだディフェンダーを相手取るのは無謀でしかない。

 現状を打破するには───

「アサシン」

「はっ」

「すまないが君の分体を一騎、アインツベルンの拠点に特使として送ってくれないか?」

 時臣の口にした特使という言葉に、アサシンは首を(かし)げる。

「特使……ですか?」

「そうだ。我々だけでライダーとディフェンダーを相手取るのはリスクが高い。ならば、こちらも同盟を結ぶしかあるまい」

「その為のメッセンジャーという事ですね、承知しました」

「頼む。ところで、一つ聞きたいのだが」

「なんでしょうか?」

「何故、綺礼との契約解除に素直に応じたのかな? 君達にとって、彼の判断は裏切りも同然だったろう」

 自身に背を向けたままの時臣の問いに、アサシンは言葉を選ぶようにゆっくりと唇を開く。

「……たしかに、前マスターの契約破棄には思うところがあります。あれが私利私欲や命惜しさならば、我々は消滅覚悟で彼を殺めていたでしょう」

「では何故?」 

「我等も神の名の元に殺生を行ってきた者。異なる教義とはいえ、その生涯を掛けて信仰の道を進まんとする者を討つ事はできません。それに……少し羨ましかったのです。醜悪であろうと、本当の自分を知りえた彼が。それを受け入れた上で己を律し、正しき道を進まんとするその高潔さが。私達が綺礼様に喚ばれたのは、『本当の己を探す』という共通点があった故ですので」 

 羨望、友愛、そして少しの嫉妬。

 何時もの平坦な声とは違い、様々な感情を乗せたアサシンの言葉を耳にした時臣は、口元に小さく笑みを浮かべた。

「礼を言おう、アサシン。魔道から身を退いたとはいえ、綺礼は私の弟子であった者。彼がそれだけの評価を得たと言うのは、私も嬉しい」

「いえ。それより、マクールの行方がわかりました」

 時臣の謝意が気恥ずかしかったのか、露骨に話題を変えようとするアサシン。

 対する時臣は、彼女の口を衝いた名に小さく眉根を寄せる。

「マクールというのは、所在不明になっていた君の分体の一人だな。生きていたのか?」 

「はい。どうやらディフェンダー陣営に囚われ、寝返ったものと思われます」

「君の分体は宝具によって身体を得た多重人格のはず。本体である君に叛意を持つなど、可能なのか?」

「主殿。我等は個にして全、全にして個です。『妄想幻像(ザバーニーヤ)』によって分かれた分体は全てが平等。私が統括役を担っているのは向いているからであって、何らかの権限を持つわけではありません」

「なるほど。むこうには神代の魔女であるモルガンがいる。分体一人程度ならば聖杯の術式から切り離し、使い魔として使役する事も不可能ではないか。それで、どのように処理するつもりだ?」

「セイバーとの同盟締結後、奴が単独行動に出たのを見計らって襲撃を掛けます」

「うむ、頼むよ」 

 主の言葉を耳にしながら、アサシンは考える。

 勝ち組であるディフェンダー陣営に組しているマクールを討つのは、今の自分たちでは荷が重いだろう。

 しかし、もし失敗したとしても、それはそれで構わないのだ。

 彼等『百貌のハサン』は、時臣に話したように『個にして全、全にして個』なのである。

 仮に自分達が全滅したとしても、マクールと言う男が生き残れば『百貌のハサン』は生きている。

 さらにマクールが個人として生きたならば、座にある本体にも多重人格ではなく一人の男としての人生の記録が刻まれる事だろう。

 それはきっと、聖杯に掛けた自身の願いと同じくらい値千金の価値があるものになるはずだ。

「では、こちらも活動を開始といこう。バーサーカーを使役する以上、私も前線に立たねばならない。それにアインツベルンとの顔合わせもあるしね」

「主殿」

 そう言葉を残して颯爽と工房を後にしようとする時臣を、アサシンは鋭い声で呼び止める。

「なにかね、アサシン?」

「服を着ましょう」

 ランプの薄明かりに照らされた彼は、やはり腰ミノ一丁だった。

 その後、『優雅に、華麗に、大胆にっ♡』だの『遠坂は舞踏で根源を目指すのだ!』だのとゴネる時臣を説き伏せるのに、アサシンが多大な労力を払ったのは別の話。 

 

 ※その頃のマクール君。

 

 よ~し、よしよし!

 最終ラップも私のマ●オが先頭なのは変わらぬようですな。

 こちらも迅速の名を持つ者、ゲームであろうとその名に恥じぬ存在でなければならぬ。

 あとはこのまま後続との距離をキープしておけば───

 ッッ!?

 あれは剣士殿のク●パッ!?

 いつの間に私の後ろに!

 ……というか、待って! 待ってくだされ!!

 その赤甲羅は!?

 この局面で、それを放つなどと言う鬼畜行為は断じて認められぬッッ!!

 このペースでいけば、新レコード間違いなしなんですぞ!?

 貴方達がランサーと闘ってる時も、延々と挑戦してやっと辿りついた千載一遇のチャンスッ!?

 やめて、とめて! 人のココロがあるのならぁぁぁぁぁぁっっ!?

狙撃(シュート・ヒム)ッッ!!」

 ウボアァァァァァァァァァッッ!?

「ねえ、アグゥ。このゲームって、曲がろうと思ったらそっちに体傾いちゃわない?」

「……そうですな」

「むう、確かに」

「お前等、人の家でゲームばっかりして! 同盟の話はどうなったんだよっ!!」

 

 

 

 

 冬木滞在記(1994) 14日目

 

 

 聖杯戦争に関わって、二週間である。

 そろそろ決着を付けんと、サーヴァントの面々が地上に残れなくなるらしい。

 流石にそれは拙いので、ここらでマジになろうと思う。

 姉御の使い魔に加え、配管工シリーズを制覇したマクール君をド●クエで釣って派遣したところ、アサシンは御三家の一つである遠坂邸を根城にしている事が分かった。

 初戦の倉庫街から姿を見せないバーサーカーを除けば、参加者の所在を掴んだ事になるわけだ。

 で、ゲームも一段落したところでライダー陣営と協議した結果、先にアサシンを始末して次にセイバーを攻めるという算段で話はついた。

 というワケで、明日の夜に遠坂邸に突貫決定である。

 アサシンは残り僅かなので、ウェイバー君とマクール君に気をつけてさえいれば問題は無い。

 セイバーに関しては、ランサーが脱落した事で右手が治療可能となったはずだ。

 それはマスターの魔力が続くならば、聖剣ビームが飛んでくるという事でもある。

 思えば、ブリテン時代はエクスカリバーと斬りあったことが無い。

 果たして、今の俺の手で星の聖剣を斬る事が可能だろうか?

 これは是非とも試して……いや。

 今回はダメだ、今回は。

 俺一人だったらバッチコイだが、今回は姉御もいるし息子の命が掛かってる。

 この辺は自重すべきだろう。

 そういう事だから、セイバーには悪いが聖剣を使う暇も与えずに完封させてもらう。

 予想されるイレギュラーはバーサーカーの乱入だが、それに関してはこっちで請け負う事になっている。

 セイバーとバーサーカーの双方を相手取って大丈夫か? と姉御に心配されたが、その辺の対策に抜かりは無い。

 詳しい事はまだ言えんが、剣キチ君を信じなさいと言う奴だ。

 まあ、もし上手くいかなかった時は、俺が双方ぶった斬ればいいだけだしな。

 ブリテン時代は二人にガウェインを加えて相手にしても、完封できたのだ。

 今回も上手く立ち回って見せようじゃないの。




 

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