剣狂い転生漫遊記   作:アキ山

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 お待たせしました。

 セイレムとシュバルツバースの調査をやりながらの投稿。

 南極でガキにマッカビームを食らい、現実で山の翁にリアルマッカビームを食らう。

 ……世の中って世知辛いなぁ。

 


冬木滞在記(1994)04

 冬木滞在記(1994) 9日目

 

 

 アサシンやライダー陣営に姉御とアグラヴェインの面が割れたので、今日は一人で街の偵察を行った。

 『せっかくのデートが……』と、姉御がブーたれてたが我慢していただきたい。

 デスクィーン師匠の出で立ちでなければ俺は何処にでもいる外国人なので、おかしくない程度に気配を薄めれば何の問題もなく散策ができた。

 聖杯戦争関連では特に何もなかったのだが、別件で少し妙な体験をすることになった。

 昼飯に入った中国料理店でのことなのだが、店主曰く『本格四川料理が自慢』という事で麻婆豆腐定食を食べていると、相席で若い神父が現れた。

 額に汗しながら麻婆豆腐を掻き込むこちらを驚いた顔で見ているので理由を訊ねたところ、『自分以外に麻婆豆腐を食っているのを見たのは初めてだ』という。

 聞くに、この店の麻婆豆腐はその辛さから冬木では有名らしく、ネタや罰ゲーム以外で頼む者は殆どいないそうだ。

 たしかにラー油と唐辛子をふんだんに使ったあそこの麻婆は、日本人の舌には受け入れがたいだろう。

 しかし、本場の四川料理というのはこんなもんである。

 中国の四川省というのは、盆地で湿気が多い。

 それ故、唐辛子などの辛味を多く摂取することにより、その発汗作用で体調を整えるという医食同源の下に作られた料理なのだ。

 というか、辛さの後に痺れた舌でも分かるくらいの旨味が来る分、上海にあったヘタな四川料理より全然美味いんだが。

 パンチの後の旨味という、なかなか癖になりそうな味に舌鼓を打ちながら神父と語り合った結果、妙に意気投合して悩み相談に乗ることになった。

 若神父が言うには、彼は万人が美しいと思うものを同様に感じる事ができないのを長年悩んできたらしい。

 父親が厳格な神父である事から、その認識を正そうと幼少より一神教の敬虔な信徒であったそうなのだが、少し前に起こった出来事で自分の歪みに気付いたのだという。

 その歪みというのは、自身の上司が大失敗を犯した際、懊悩(おうのう)している様を見て哀れむどころか楽しいと思ってしまった事だそうな。

 人の不幸を楽しむなどという嗜好は、神父として清く正しく生きてきた彼には到底受け入れる事はできなかった。

 だがしかし、いくら頭で否定しようとも、その時に自身を襲った心の沸き立つような感覚は頭から離れてくれない。

 かといって、自分がこのように罪深い性癖だなどと、厳格な父には口が裂けても言えはしない。

 震えながらも胸の前で手を組んで頭を垂れる彼を見て、頭の中にとある言葉が過ぎった。 

『人は天使よりも利口な生物である。何故なら、天使は悪を知らないが故に罪を犯す事はないが、人間は悪を知りながらも己が意思で罪を犯さないからだ』

 どこかの本で読んだ一説だったと思うが、詳細は分からない。

 ただ、この言葉が今の彼にはぴったりだと思った。

 俺は彼に『君の抱えた性癖は、神が与えた試練なのだと思う』と言った。

 呆然と顔を上げる若神父に、俺はさらに言葉を続けた。

 

『君の性癖は聖職者として決して褒められたものではない。しかし、それを認めたうえでなお信仰と意思によって己を律し、正しくあり続ける事を神は望んでいるのではないか?』

 

『神が君の本質をよしとするならば、治安の劣悪な場所や犯罪組織など罪を是とする場所に産まれるだろう。しかし、君は厳格な聖職者であるお父上の下に生を受けた。即ち、それこそが神の意思だと私は思う』

 

 言っておくが、俺は聖書でいう神など寸毫(すんごう)も信じてはいない。

 そんな便利なモノが実在するならば、世界はもう少し住みやすくなっているはずだからな。

 とはいえ、そんな奴の言葉でも人の心というのは動くもので、暗く憔悴していた神父の顔は見る見るうちに明るくなった。

 どうも、幼少からの他者との感覚の差や自分の本性のせいで、自己否定にばかり思考が行っていたらしい。

 物凄い力で感謝の握手をしてくる神父に、最後のアドバイスとして父親に全てを打ち明けて協力を仰ぐように言っておいた。

 父に失望されるのでは、と尻込みする若神父に『本当に子供を愛していたらそのくらいで失望しない。我が子が道に迷っていたら自分の出来る最大限の事を行って、共に道を探してやるのが親というものだ』と親としての経験で発破をかけて送り出した。

 一時とはいえ同じ卓で飯を食った仲だ、若神父が新たな道を見つける事を切に祈ろう。

 あと、帰り道で街の人を襲おうとしていた化け物を見つけたので斬っておいた。

 見た目はぬらりひょんのような爺さんで、斬ると全身がキモイ蟲になった事から、新種の妖怪かなにかだと思う。

 存在の因果自体をぶった斬っといたので復活する事はないだろうが、これが聖杯戦争の影響で呼び出されたのならば、いよいよもって度し難い。

 堅気(かたぎ)に被害が出ない内に終らせたいものだ。

 

 冬木滞在記(1994) 10日目

 

 昨日のことがあったので、今日は姉御と同伴で街へ出た。

 本人曰く、認識阻害は完璧なので見つかる事はないとの事だったが、日用品を見ていたらライダー主従に声を掛けられた。

 ライダー曰く、偶然姉御らしき影を見つけたので、ダメ元で声をかけてみたらしい。。

 今にもライダーを滅殺しかねない姉御を宥めつつ話を聞くと、騎士王の城で宴を開くつもりらしい。

 剣キチは常在戦場を旨としているので、基本的に酒精は取りませぬ。

 ブリテン時代はアホのヘタレに付き合って酒を(たしな)んでいたが、妖精郷に入ってからは姉御に誘われない限り飲んでいないのだ。

 まあ、むこうは姉御をマスターだと思い込んでいるから、護衛役の俺は口にせんでいいだろう。

 というワケで、親子揃って征服王の晩餐に参加決定です。

 マクール君は宗教上の理由で酒は飲めないらしいので、お留守番を頼んでおいた。

 戯れに買った某配管工のアクションゲームに異様にハマっていたので、ゆっくりと楽しんでもらいたい。

 

 

 

 

 聖杯戦争が始まってから何度目かの夜。

 冬木郊外に生い茂る森林地帯に建てられたアインツベルンの城は、かつて無いほどにピリピリとした雰囲気に包まれていた。

 その原因は酒樽片手に戦車で城門を吹き飛ばした征服王、ではなくエクストラクラス・ディフェンダーのマスターだ。

 彼女の姿を見た途端に、セイバーの殺気はこの上ないほどに跳ね上がった。

 征服王が事前に非戦の約束を取り付けていなければ、即座に斬り掛かっていただろう。

「なんだ、騎士王。お前さん、そこの嬢ちゃんと知り合いだったのか?」

「そこの魔女はモルガン。我がブリテンの崩壊を目論んだ大罪人だ」

 困惑を隠そうとしない征服王の問いに、殺気に満ちた視線を自分によく似た少女に送るセイバー。

 騎士王から放たれたその名に、アインツベルンとウェイバー・ベルベットは驚愕の表情を浮かべた。

 魔女モルガン・ル・フェイは、アーサー王伝説における騎士王の義姉にして不倶戴天の敵だ。

 伝承によれば、その魔術はブリテンの宮廷魔術師であったマーリンに勝るとも劣らないという。

 並のキャスターを容易く凌駕するほどの魔術師がマスターであるという事実は、聖杯戦争に参加している全ての陣営に戦慄を与えた。

 当のモルガンはというと、屈強な騎士でさえも卒倒しそうな視線や周りの反応など、何処吹く風と言わんばかりに余裕の態度を崩さない。 

「ねえ、あれって本当にアルトリアなの? 全然可愛くないんだけど」

「どちらかと言えば『アーサー王』というべきかと。人に戻る事無く理想の王であり続けた陛下、なのでしょうな」

 背後への問いかけに姿を現したのは、漆黒の鎧に身を包んだ騎士だ。

 オールバックにした黒髪と厳格そうな顔も相まって、その雰囲気は鋼を思わせる。

「サー・アグラヴェイン……」

 セイバーが零した呟きに応える事無く、鉄壁の騎士は直立不動を崩そうとしない。

「そういえば、ディフェンダーのマスターよ。あの仮面の剣士はどうしたのだ?」

 征服王の問いかけに、モルガンは手にしたグラスの中の紅い液体をゆらりと揺らす。

「あら、何故私に聞くのかしら?」

「前回この森で起きた騒乱の際、お前さん達は誰かをバックアップしているように見えた。あの時に森にいたのはランサーを除けば仮面の男だけだからな」

「……あちゃー。前回のポカがこんな形で帰ってくるなんて」

「マスター、これは仕方ありませんな」

 思わず額を押さえたモルガンは、息子の言葉に深々とため息を付いた。

「貴方の言う通りよ、征服王。彼は私達の仲間、今はこの会場に潜んでる害虫駆除に出てるわ」

「害虫駆除だと?」 

 征服王が眉をひそめた次の瞬間、闇の中から音も無く仮面の男が姿を現した。

「お帰りなさい。ごめんね、貴方の事バレちゃった」 

「構わんさ。私が何処に組しているかが分かったところで、大した問題ではない」

「それで成果の方は?」 

「問題ない。処理が完了した」

 短く答えてモルガンの後ろに控える仮面の男。

 そこが定位置だと言わんばかりに自然に収まった男に、セイバーの(まなじり)が釣りあがる。

「デスクィーン師匠! 貴様はブリテンの民と言いながら、その魔女と通じていたというのか!?」

「彼女は私の妻だ、通じていたなどとは心外だな。それに民であった事も偽りではない。これでもブリテンにいた頃は、税の滞納も無い優良市民だったのだぞ」

 しかし、竜の咆哮の如き怒号をぶつけられても、仮面の男は心外と言わんばかりに肩を竦めるのみ。

 それ以上にさらりと放たれた爆弾発言に、騎士王は唖然と口を開いた。

「妻、だと?」

「ああ」

 さも当然の様に返すデスクィーン師匠に待ったをかけたのは、丸太のような腕を組んで首をかしげている征服王だ。

「待て待て。余の知識ではそこの小娘の夫はオークニーのロット王となっているのだが、これは間違いなのか?」

「大間違いよ。私があんなヒヒ爺を夫にするわけないでしょ!」

「偽装結婚だったからな」

 仮面の男に抱きつきながらライダーに向けて小さく舌を出すモルガンと、仮面越しに分かるほどに遠い目を虚空に向けるデスクィーン師匠。

 場の男たちは何故かデスクィーン師匠に同情したくなった。

「えっと……。偽装結婚ってどういう事なんだ?」

 なんとも気拙い雰囲気の中、それでもなお発言へのツッコミを忘れない男がいた。

 ウェイバー・ベルベット。

 この人外魔境な聖杯戦争の中を、類稀なる剛運で生き残っている半人前の魔術師だ。

 その中性的な容姿にそぐわぬ切り込みっぷりは魔術師という探求の徒故か、はたまた日々行われる征服王の非常識によって鍛え上げられたツッコミ属性によるものか。

「そのままの意味よ。顔見せから挙式までの間にロット王を傀儡に仕立て上げて、実際は彼との結婚生活を楽しんだってワケ」

「うわぁ……」

 小悪魔的な笑みで放たれる言葉にドン引きするウェイバー。

 いくら騎士王そっくりな美貌とはいえ、やらかしている内容は純情な少年にはキツすぎた。

「待て。では、ガウェイン達の父親は……」

「もちろん、この人よ。ロット王なんかから、あんな良い子達が産まれるわけないじゃない」

 ここまで来て、ようやくセイバーは会話がおかしい事に気付いた。

 自分の記憶では、ロット王の嫡子たちは全て母であるモルガンを嫌っていた。

 そして、モルガンの方もガレスを除いては自分を裏切った息子達を憎んでいたはずなのだ。

 しかし、目の前の少女はそんな息子達を心底誇りに思っているように見える。

 この差異はどういう事なのか?

「あら、ようやく疑問に思ったみたいね」

 真剣な顔で口を噤んだセイバーに、モルガンは悪戯が成功した子供のような表情を浮かべる。

「それはどういう事かしら?」

 黙りこんだセイバーに代わって問いを投げるアイリスフィール。

 それにモルガンはくすくすと喉を鳴らす。

「私はこちら側のモルガンなら絶対に言わない事を会話に織り交ぜていたのよ。直接面識は無かったとはいえ、ガウェイン達の王であった彼女なら気付くとおもったんだけど……意外と時間が掛かったわね」

「モルガン、確かに貴様の言うとおりだ。ガウェイン達から伝え聞いた貴様なら、私についた騎士達を『自慢の子』などというはずが無い」

「でしょうね。彼女にとっては、全てが復讐の道具だったもの。夫も、子供も、自分自身でさえも」

「ならば、貴様は何者なのだ?」

「モルガン・ル・フェイよ。ただし、平行世界のね」

 瞬間、空気が凍りついた。

 モルガンが吐き出した『平行世界』という言葉。

 それに魔術師であるウェイバーとアイリスフィールは二の句を告げる事ができない。

「魔術師連中が驚くのも無理は無いわね。平行世界移動って、第二魔法の領域らしいし」

「そうだよ! 魔法使いである宝石翁だけが為し得るものだ! アンタが神代の魔術師だからって出来るはずがない!!」

「やったのは私じゃないわよ」

「じゃあ、誰なの!?」

 再起動を起こして食らいついてくる魔術師二人を手で押さえていたモルガンは、ピッと仮面の男を指差した。

「こちらも好きで来たわけでは無いぞ。いわゆる事故という奴だ」

「事故って、魔術実験でもしてたのかよ?」

「私は魔術師ではない。やっていたのは技の練習だ」

「技?」

「うむ。縮地法という瞬間移動の一種なんだが、少し加減を間違えてな。家族旅行の下見でハワイに行くつもりが、何故かこの世界に来てしまった」

 さらりと紡がれたあまりといえばあんまりな理由に、ついにウェイバーの頭は考えるのを止めた。

 一昔前の家族旅行計画の為に魔法の領域に足を踏み入れられては、外道に落ちてまで『■■■■』を目指す魔術師という人種が報われなさ過ぎる。

「あまり深く考えすぎないほうがいいわよ。世の中には技術を磨いて魔法の領域に足を突っ込む超人がいるんだから」

「まあアレだな。その魔法とかいう現象がソレでしか起こせないと思い込んでいるのは思考の停止だ。人間の可能性というのは奥が深い、歩法で平行世界を渡る奴だって現れるだろうさ」 

「そんなの、後にも先にも貴方だけだと思うわ」

 腕を組んでうんうんと頷く仮面の男に、モルガンは飽きれたような視線を向ける。

「ゴホンッ! 小難しい話はそのくらいでよいだろう。今宵は酒を飲み交わし、聖杯に掛ける願いの大きさを競うのが本分だ。そろそろそちらの方に移ろうではないか」

 大きく咳払いをして、話題の軌道修正を図るライダー。

 一同も非常識すぎる話題から目をそらすように、その流れに乗っていく。

「さて、この場に参加しているのは三騎、どの陣営から行く?」

「こういう時って、普通は言いだしっぺから語るものよ」

「よかろう。ならば我が大望を聞かせてしんぜよう。余が聖杯に掛ける望みは『受肉』だ」

「ちょっと待てよ! お前の望みは世界征服じゃないのか───べッッ!?」

 聞いていた願いに齟齬があったのか、征服王に噛み付くウェイバーだったが、殺人級のデコピン一発で地面に沈んだ。

「バカモノ! 己が力ではなく、杯に世界を取らせてなんとする!! 征服王が掲げる征服とは、大地に根を張り天地に向かって我を示す事にあり! だがしかし、今の余はサーヴァント。仮初の肉体では大地に根を張ることができん。それ故に受肉し、この世界における正式な命とならねばならんのだ」 

「縁も縁もないこの時代でゼロから世界征服を始める、か。流石は征服王と言ったところね」

「随分と壮大な計画だ、ブリテンでは考えられん」

 モルガンとディフェンダーはその計画の大きさに感嘆を漏らすが、セイバー陣営からはコメントは無い。

「さて、余は話したぞ。次はディフェンダー、貴様の願いを聞こうか」

「私の願いは無い。いや、もう叶ったといったほうが正確か」

「叶ったとな?」

「参考までに聞かせて欲しい。サー・アグラヴェイン、卿の願いとは何だったのだ?」

「……いいだろう。私の願いはもう一度父母に会うこと。そして、先に逝った親不孝の謝罪だ」

 二人の王に詰め寄られながらも、アグラヴェインは冷静に言葉を紡ぐ。

 その鉄面皮が微かに笑っているのは、モルガン達にしか読み取る事ができない。

「えっと……願いは叶ったのよね? じゃあ貴方のご両親って」

「そこにいるモルガンと仮面の御仁だ」

 ディフェンダーの言葉に、周囲の視線が二人に集中する。

 皆の注目を受けたモルガンは笑顔でひらひらと手を振り、仮面の男は無言で腕を組んでいる。

「彼等が親だということは、卿も平行世界の人物なのですね」

「そうです、陛下。当時、諸事情によりブリテンに留まる事が出来なくなった私は、グィネヴィアの処刑が済めば職を辞して家族と共に妖精郷へ移る予定でした。しかし、処刑場を強襲したランスロットによって命を落とした。最後の瞬間に思ったのは、私を待っている家族への罪悪感。だからこそ、父や母には面と向かって謝りたかった」

「なるほどのぅ。最後は騎士ではなく、家族を思う一人の息子として無念を遺したか。……ディフェンダー個人の願いは分かった。では、親であるマスターの願いはなんだ? 凡百の魔術師のような『■■■■』に至るなどではないのだろう?」

「私達の願いはこの子を受肉させて妖精郷に連れ帰る事よ」

「ほう、余と同じか。しかし、サーヴァントとして召喚されるのは座より送り出される複製、いわば影法師だ。それを連れ帰ったところで、真の意味で息子が帰った事にはならんのではないか?」

「分かってるわよ。だから連れて行くのよ」

「んん、どういう事だ?」

「言う必要はないわ。貴方には関係のない事だもの」

 そっぽを向いてしまったモルガンに、これ以上聞き出すのは無理と判断したライダーは、最後の一つであるセイバー陣営に目を向ける。

「最後に騎士王。貴様の願いとはなんだ?」

「……私の願いは、故国ブリテンの救済だ」

 

 

 

 

 振るわれた紅い槍は、夜闇を切り裂く閃光となって獲物の胸を穿つ。

 刃を引き抜くと同時に、その名の如く紅い血薔薇を咲かせたそれは、主の意を受けて止まる事無く旋回。

 暗がりから放たれた漆黒の刃を次々と打ち払うと、跳ね上がった穂先は髑髏を模した白い面ごと暗殺者の頭部を貫いた。

「……この程度では肩慣らしにもならんか。あの男との前哨戦として、より強い相手との立ち合いが望ましいのだが」

 アスファルトに跡を刻むほどの風圧を伴った血振りと共に、緑の槍兵ディルムッドは夜闇を睨み付ける。

 あれからランサーは夜な夜な敵を探しては街を徘徊するようになった。

 本来のマスターから令呪を剥ぎ取ったソラウは、その有り様が変化したディルムッドを恐れて近づこうとしない。

 それは彼にとっては好都合と言えた。

 打ち倒すべき強敵を定めた今、愛の黒子に絆された女の始末などに時間を割いて入られない。

 彼女が望んでいる清廉な騎士に戻る気は、もはや欠片もありはしないのだから。 

 狩り出したアサシンの始末を終えたランサーは、ビルの上から聖杯戦争の舞台となっている街を一望する。

 現世では己に比する武を持つ者など、同じく聖杯戦争に招かれた英霊だけだろう。

 征服王、騎士王、そして漆黒の狂戦士。

 脳裏を過ぎる自身の武を高めうる好敵手達、その中からディルムッドが選び取ったのはやはり騎士王だ。

 目標としている仮面の男と同じ剣士である事もそうだが、倉庫街での因縁に決着を着けたいという理由が大きい。

「……奴の居城はあの森の奥だったな」

 小さく呟き、ディルムッドはビルの縁を蹴った。

 一つ、二つ、とビルを蹴る度に風を巻いて速度を上げた彼は、そのまま夜の暗がりへと姿を消した。

 

(いとま)をいただきたいのです』  

 遠坂時臣が自身の弟子にそう告げられたのは、その日の昼を少し過ぎた頃だった。

 青天の霹靂といえる事態に震える声で訳を問えば、眼前の若神父はこう答えた。

『己の進むべき道が見えました。今の私が為すべきは、己と向き合いながら神の使徒としてより良き生を生きること。もはや魔道に関わっている暇など無いのです』

 魔道など、と言われる事に少なからず反発を覚えたが、相手は魔術の天敵というべき聖堂教会の徒。

 そういう認識であっても仕方が無いと考え直した。

 しかし、何故今なのか。

 存外の幸運によってサーヴァントを得て、再び聖杯戦争に復帰したというのに、これでは出鼻を挫かれるというレベルではない。

 しかし、彼は自身に宿った令呪を父である監督役に返還してしまっている。

 驚いたのは、彼のサーヴァントであるアサシンがその決定に従ったという事だ。

 聖杯戦争に招かれた英霊は、その身に如何なる犠牲を払っても叶えたい願いがある者が殆どだ。

 彼らにとってマスターとは仕える者ではなく、願いを叶える為の協力関係というべき存在。

 そのマスターから一方的に契約を不履行などされては、命を取られても不思議ではないのだ。

 その後、監督役である璃正神父の協力によってアサシンとの再契約を結んだが、サーヴァントの二重契約は思った以上に負担を招いた。

 溜め込んでいた宝石を魔力タンク代わりにしているので、何とか戦力として保ててはいるが、マスターによる直接戦闘は難しいだろう。

 アサシンの分体の一人からの報告によれば、現在ライダーとセイバー、そしてディフェンダーがアインツベルンの城に集まっているという。

 忌まわしい仮面の男が監視の分体を次々と討ち取る所為で、遠間から見るくらいしか出来ないが、それでも難しい局面である事は分かる。

 ここで攻め込んでは最悪三陣営全てを敵に回す事になる。

 だがしかし、乱戦に持ち込めればアサシン本来の用途でマスター一人くらいは獲れる可能性も無くはない。

 あと一手、場に混乱を及ぼす何かがあれば……。

 遠坂邸の地下工房で、男は虎視眈々と機を待ち続ける。

 

 




夜鍋

剣キチ 「今更だけど、門の近くに山小屋を建てるのはどうなのか」
モル子 「まあ、いいんじゃない。認識阻害で一般の人には分からなくしてるし、若奥様もOKだしてくれたから」
剣キチ 「こっちはまだまだ寒さが厳しいから、野宿とか強要されたら帰ってたよなぁ」
モル子 「ニニューさん特製の持ち運び式コテージセットがあってよかったわ」
青王  「たのもーう!」
えみやん「セイバー! 夜なんだから、そんな大きい声はダメだって」
剣キチ 「おや、今日のお客さんは腹ペコか」
モル子 「夜に来るって事は聖杯戦争関連なんでしょうけど、どうしたのかしら?」
剣キチ 「こんばんわ、二人とも。外は寒かったろうから、こたつに入りなさい」
モル子 「ちょうど鍋も炊けたわ」
青王  「いただきます!」
えみやん「セイバー、そんな嬉しそうに言わないでくれ。ウチが飯を食わせてないみたいじゃないか」
剣キチ 「愚妹が申し訳ない」

願い

青王  「はふはふ……うまうま……」
剣キチ 「鍋の中身が鏖殺されていく……」
モル子 「あいかわらずの食欲ね」
剣キチ 「えみやん君、そっちは大丈夫かな? 主にエンゲル係数的な意味で」
えみやん「……えーと」
モル子 「ごめんなさいね、後で食費は渡すから」
えみやん「いやいや! 大丈夫、大丈夫ですから!!」
剣キチ 「この娘って、美味い物は本当においしそうに食べるから、食べちゃダメって言えないんだよねぇ」
モル子 「作る側からしたら、凄く作り甲斐があるんだけどね」
えみやん「すっごい分かります」
剣キチ 「ところで、今日はどんな御用かな?」
えみやん「えーと、聖杯戦争が進まないからセイバーが焦ってるんだ。それでどうしたらいいかって」
モル子 「私達に意見を聞きにきたのね」
えみやん「はい……」
剣キチ 「腹ペコや、お箸を置いて話に参加しなさい」
青王  「はっ!? お鍋の温かさとおいしさに心を奪われてました」
剣キチ 「それで何を焦っているのかな?」
青王  「私には叶えなければならない願いがあります。ですが、戦争は停滞したまま動く気配を見せない。このままではサーヴァントが現界できるリミットが来てしまうんじゃないかと……」
剣キチ 「なるほど」
青王  「シローの方針で民草に被害を加える輩でなければ専守防衛を約束してますから、こちらから攻め込む事もできません。いったいどうすれば……」
モル子 「ねえ、腹ペコ。貴女はどんな願いを持っているの? もしかしてウチの子達のこと?」
青王  「はい。座に取られたガウェイン達を妖精郷に帰すこと、それが私の願いです」
モル子 「……ごめんね、腹ペコ」
剣キチ 「腹ペコや、大変言い辛いのだが……」
青王  「な、なんですか、この空気。というか、姉上はどうして謝ってるんですか!?」
剣キチ 「もうガウェイン達は妖精郷にいるんだよ」
青王  「え……」

涙ふたたび

青王  「…………」
えみやん「見事に固まってしまった」
剣キチ 「もっと早く言えばよかったな」
モル子 「前に来た時にそうじゃないかなぁって思ってたんだけど、確証がなかったから言えなかったのよねぇ」
青王  「う……」
剣キチ 「ん?」
青王  「うわあああああぁぁぁぁぁぁぁんっっ!?」
えみやん「ひさびさの号泣!?」
青王  「よかった! よかったぁぁぁぁぁぁ!」
剣キチ 「これは収まりがつかんな。姉御、よろしく」
モル子 「まかされたわ。よしよし、もう大丈夫だからね。貴女は荷物を降ろしていいの」
青王  「ううううぅぅぅっ……」

勇者

えみやん「よかったな、セイバー。ところで、どうやってお子さんを取り戻したんですか?」
剣キチ 「事故で平行世界の聖杯戦争に参加するハメになってね。それに優勝したんだ」
えみやん「えええええ!?」
モル子 「三人共帰って来てくれたんだけど、座から戻ったばかりの時は身体が無くてね。ニニューさんにお願いして義体を作ってもらったのよ」
剣キチ 「その縁で今は『フェアリー・ブレイバー』で働いてるんだよな」
青王  「フェアリー・ブレイバー?」
モル子 「ニニューさんが所属する組織よ。お陰でガウェインは『太陽の騎士』から『太陽の勇者』に進化してしまったもの」
剣キチ 「ああ。宿った義体がジェット機が変形するロボのコアパーツになるとか、思いもしなかったよなぁ」
モル子 「そうね。あの子って義体の所為で生前より声が変わったし」
剣キチ 「そうそう。なんかノリスケさんって感じになったから、慣れるのには苦労したよ」
えみやん「ちょっ!? ちょっと待ってくれ!」
剣キチ 「どうした、えみやん君?」
えみやん「なんか今、男の心をくすぐるフレーズが連発してたんだけど!?」
青王  「ガウェインがロボとか、どういう事なんですか!?」
モル子 「これはあれよね?」
剣キチ 「ああ、あれだな」
剣・モル「「続きは妖精郷で」」
えみやん「ちっっくしょおおおおおおおぉぉぉっ!?」

 妖精郷、驚異の技術力

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