剣狂い転生漫遊記   作:アキ山

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 筆が乗ったぞ、ジョジョォォォォォッ!!

 というワケで、二話目の投稿です。

 いや、アーサー王伝説ムズイわ。
 
 というか、アーサーの幼少期って資料無いし。

 ねつ造の嵐ですが、それでもいいとおっしゃる胸の広い方は読んでやってください。

 今回の執筆のお供は『鬼哭街』のサウンドトラック。

 戦闘シーンはひたすら『SworddancerⅠ』流してました。

 さすがニトロ+、脳内麻薬ドバドバです。
 



日記2

 三度目人生記(10年8ヶ月12日目)

 

 

 不肖アルガ、これより修羅に()る(訳 ちょっと山籠もりで修行してくるから、心配しないでね)。

 城での顛末にこの一文を添えて姉ちゃんに手紙を返したら、今度はテレパシーで遠距離通話できるようにするから、ほとぼりが冷めたら帰って来いという返事を頂いた。

 あのペテン野郎に食らった傷は精霊さんに貰った薬を飲んだらすぐに治りました。

 ありがとう、精霊さん。

 お蔭で鍛錬にも一層力が入ります。

 というワケで、現状の目標は肉体作り+基礎固め。

 それが終わったら前世の終盤で開眼した秘剣『六塵散魂無縫剣(りくじんさんこんむほうけん)』の再習得である。

 この『六塵散魂無縫剣』という技だが、ぶっちゃけるとアホみたいに疾い十連刺突である。

 どのくらい疾いかというと、突きが速過ぎて横薙ぎを放っているように見えたり、5発目までが超音速で至近距離から撃たれた機関銃の弾を全部斬り落としたり、さらにその上で相手の首を刎ねるくらいだ。

 ちなみにこの技、速度だけじゃなくて精妙さも要求されるので、上記の剣速を保ったままで舞い散る花びらを狙い通りに両断するくらいでないと修得したとは言えません。

 さすが幻と言われた秘剣、ハードル高すぎである。

 前世で開眼したのって、サイバネ暗器使いとロシアンマフィアの軍事サイボーグに追い詰められた時だもんなぁ。

 あの時は、ホーミングで飛んでくる高性能袖箭(しゅうせん)(小型の仕込み弓矢だと思いねぇ)と二丁マシンガンの弾丸を全部捌いて、相手をぶった切ったっけか。

 あれって使うと腕がガタガタになるんだが、切り札としては申し分ない。

 城の時に修得していたら、ペテン師の首刎ねられたと思う。

 では、秘剣修得を目指してベン・ネビス山に向かって出発だ!

 

 三度目人生記(11年8ヶ月8日目)

 

 

 ネビス山で山籠もりを初めてもうじき一年。

 我、未だ秘剣開眼ならず。

 いざ意識してみると本当に難しい。

 現状では音速を超えるのは最初の一撃のみで、精度の方も狙い通りに行くのは前半五発と散々である。

 これが『六塵散魂無縫剣』だなんて言ったら、前世の兄弟子である濤羅(タオロー)(あに)ぃに大笑いされるわ。

 まあ、今生では俺もまだ十一歳。

 身体もまだまだ出来ていないのだから、今は基礎固めに重点を置いてこっちは気長にやっていこう。

 あとネビス山だが、山だけあって自然の宝庫。

 謎の生物だって盛り沢山である。

 というか、釣りをしていたら馬が釣れるとは思わなかった。

 懐きそうになかったので、その場で捌いて喰ったけど。

 顔見知りになった猟師さんに聞いた話では、シーホースというらしい。

 殺して喰ったと言ったら腰を抜かしてたなぁ。

 あと、ちょくちょく襲ってくるファハンとかいう一つ目一本足の巨人もウザい。

 最初は秘剣の練習台にしてたのだが、50を超えた頃から死体の処理も面倒になって来た。

 まあ、放っておいたらブラックハウンドが喰ってくれるんだけどな。

 近頃はあいつ等も学習したのか、死体を捨てに行ったら群れで待ってる事があるし。

 それと、拠点にしている小屋にブラウニーが来てくれるようになった。

 ヤロウの独身生活なので、家事を手伝ってくれるのは本当に助かる。

 彼等のお礼には焼き立てのパンやクリームなんかを供えるらしいのだが、パンどころか小麦もないので果物と蜂蜜で代用している。

 こんな剣術キチの餓鬼だが、見捨てないでくれるとありがたい。

 

 三度目人生記(12年6ヶ月12日目)

 

 

 山籠もり生活ももうじき二年である。

 この頃は成長期なのか身長の伸びがいい。

 測ってみたら、なんと170手前だった。

 やはり魔獣の肉を食ってるのがいいのだろうか。

 久しぶりに会ったお袋さん達もビックリしてたし。

 あと、姉ちゃんからのテレパシーを受ける魔術を掛けられました。

 おかげで事あるごとに姉ちゃんから着信があるし、寝る前には何があったのかを報告するハメになってしまった。

 相変わらずのブラコンぶりに、弟はお姉様の将来が心配です。

 アルトリアについてだが、姉ちゃん情報ではエクターとかいう親父殿の部下に預けられたという。

 自分が養育するとか言っといて、なにやってんだよ、あのペテン師は。

 まあ、こっちも心配ではあるから、山を降りたら様子でも見に行ってみるかな。

 あ、少し前にお隣さんができました。

 相手はギリー・ドゥーという黒髪の妖精さん。

 人間を襲ったりする妖精もいるが、彼は穏やかで気さくな性格の持ち主だ。

 初対面で何をやってるのかと問われたので、山籠もりと答えたら首を傾げられた。

 どうやらブリテンでは山に籠って修行を行うのはメジャーではないらしい。

 その後お互いボッチである事で意気投合したのもあって、今では仕留めた獲物を交換したりする仲になった。

 いつまでここにいるかはわからないが、仲良くしていきたいものである。

 剣術の修行に関してだが、この頃は内家の神髄である氣功術を中心に強化している。

 酸性雨だのスモッグだのが毎度の如く襲い掛かるマッポー的な環境汚染だった前世とは違い、この世界の自然は素晴らしい。

 そのお蔭か、氣の巡りもとてもよくて軽功術や隠形なんかも前世より効果があがっているのだ。

 まあ、前の習慣そのままに電磁発勁を修得してしまった時は、鬱になってしまったが。

 こんなサイバーのサの字もない世界でなんに使うねんって話である。

 使ったら代償で内臓痛めるのに無意味すぎる。

 あと、前世では時間の都合で習得を諦めた硬氣功も身に着ける事が出来た。

 これで服を抜けてくる攻撃もある程度は防ぐことが出来るはずだ。

 『六塵散魂無縫剣』に関しては、やっと二発目が音速を超えました。

 平行して秘剣の応用で、通常斬撃の音速越えも研究中である。

 しかし、あれだな。

 自分の食い扶持取る以外は、時間を全部修行に傾けられるっていいよね。

 山籠もり、サイコー!!

 

 三度目人生記(13年5ヶ月24日目)

 

 

 私アルガはこの度、人間社会に復帰いたしました!

 いやぁ、山暮らしが心地よすぎて危うく世捨て人になるところだった。

 姉ちゃんが呼び出してくれなかったら、仙人ルートまっしぐらである。

 というか、ヨーロッパ在住の仙人ってなんだよ。

 今回下山した目的だが、姉ちゃんの努力が実ってアルトリアを引き取ったエクターの住処がわかったのだ。

 というワケで、妹の様子を見に行くことにしたわけだ。

 前に喰ったシーホースとは別に川で釣ったケルピー(こっちはシバキ倒して鞍を付けたら大人しくなった)に跨ること一週間。

 時には浮浪者に見られ、またある時には山賊団を撫で切りにし、またまたある時には海岸線で邪妖精ナックラヴィーの群と死闘を繰り広げた。

 いや、奴等自体はあんまり強くないんだけど、見た目がグロかったんだよ。

 片目しかない生皮を剥かれて筋肉剥き出しになったケンタウロス。

 こんな珍生物、なかなかお目に掛かれないと思うぞ。

 30匹くらい出て来たんで皆殺しにしたら、なんか漁村の人達から滅茶苦茶感謝された。

 魔獣肉の燻製と魚の干物を交換してくれたのは感謝である。

 そんな感じで七難八苦の末にエクターの住み家に着いた訳だが、その場所があまりにも貧層だった。

 普通の民家に物置小屋と馬小屋が一つづつ。

 あとは猫の額くらいの荒れ放題の牧草地。

 仮にも王女が暮らす場所なのに、これはないわ。

 親父殿の部下って事は騎士なんだろ。

 それなのに、なんでこんな町外れのあばら家に住んでんだよ。

 まあ、現状の俺の住み家である山小屋に比べたら全然マシだけどね。

 そんな感じで唖然としていると、不審者に見られたのか木剣を手にした10歳くらいの坊やに威嚇されてしまった。

 二、三回噛んで放った名乗りからすると、エクターの倅らしい。

 その後ろに隠れて、おっかなびっくり様子を伺ってるのがアルトリアなんだろう。

 お袋さんや姉ちゃんそっくりの金髪幼女だから、一発でわかったわ。

 ここでアルトリアの兄である事を名乗っても良かったのだが、俺はあえてそうしなかった。

 目つきは死ぬほど悪いが俺も顔自体はお袋さん似なので、信じてもらえる可能性は高いと思う。

 けど、今回は様子を見に来ただけで連れ戻す気は無かったし、俺が迎えに来たと知れたら親父殿やペテン師がいらん事をする可能性が高い。

 あの胡散臭い男は兎も角、もう一方は長年顔を合わせていないとしても親である。

 邪魔だからと斬り捨てる訳にもいくまい。

 お袋さんや姉ちゃんに会わせられないのは悪いと思うが、今は元気に育っていることが分かれば満足である。

 ただの通りすがりという事でケイ君(10歳)を誤魔化して、俺はその場を離れた。

 帰りにエクターと思わしき人物と会ったので、『妹を泣かせたら殺す』と殺気を叩き付けておいた。

 うん、あのおっさんがエクターで間違いないよな。

 俺を見て『王子……』って言ってたし。

 末妹の行方も分かったし、これからは修行ばっかりやってるわけにもいかなくなりそうだ。

 差し当たっては姉ちゃんに連絡して、アルトリアがお袋さん達と暮らせるようにせんとな。

 ん……俺?

 さすがに俺は無理だべ。

 廃嫡食らった上に絶賛勘当中の身だもん。

 ま、顔出しに忍び込むのが精々でしょうよ。

 

 三度目人生記(13年9ヶ月27日目)

 

 

 ようやっと帰って来た、我が愛しのホームグラウンドであるネビス山。

 行きも大概だったが、帰りも帰りで酷かった。

 まず、とある湖を通りかかったところ、「唸る獣」とかいう怪物の襲撃に遭った。

 この化け物は頭と尾がヘビ、胴体は豹で尻はライオン、足は鹿というキメラだったのだが、なんと乗っていたケルピーを喰いやがったのだ。

 松風(その場のノリで命名)を失った事と徒歩で帰るダルさへの怒りから、下手人を『鳳凰吼鳴』『沙羅断緬』『貫光迅雷』という地獄の戴天流コンボで八つ裂きにしてしまった。

 それだけならまだ良かったのだが、今度は何故か近くにキャンプを張っていた騎士が襲ってきた。

 身の丈ほどの剛槍で全弾フルスイングしてくる男らしいスタイルだったが、内家拳の神髄はそういう輩に技で勝つことにある。

 必殺の威力が込もった突きを波濤任櫂で捌き、そのまま首を一閃。

 転がった兜の中から王冠を被った首が出て来たんだけど、大丈夫だよね、きっと。

 他にも一夜の宿を貸してくれたのが鬼女のハッグで、シチューの具にされかかったり(逆に奴を頭から叩き込んでやったが)

 全長10メートルはありそうなワームに襲われたり。

 まったく、相変わらずブリテンは人外魔境である。

 ま、これからは今まで通りの山籠もりライフが待っているのだ。

 嫌な事は忘れて楽しく行こうじゃないか。

 乾燥フルーツや魚の干物をお土産に持って来たのだが、お隣のギリーさんは喜んでくれるだろうか?

 

 三度目人生記(14年11ヶ月27日目)

 

 

 親父殿が死んだ。

 なんでも半年ほど前から病を患っていたらしい。

 六歳の時に別れて以来、結局一度も顔を合わせることは無かったが、今にして思えば少しは会っておけばよかったかもしれない。

 それとは別に王が崩御したという事は次代の国王を擁立する必要があるのだが、拙い事に病に伏せってからの親父殿の諸侯への影響力は殆ど無い。

 力の有る家臣はブリテンから独立を宣言しており、今の王国は有って無いようなモノらしい。

 姉ちゃんも自身とお袋さんの身の安全の為に、ロット王とかいう王様に嫁ぐことになっていたのだ。

 しかし、この時期に親父殿が逝ったとなると、家臣の中からバカなことを考える奴が現れないとも限らない。

 親父殿が死んだのなら勘当も無効だろうし、混乱が落ち着くまでは傍にいた方がいいだろう。

 最近空路は確保したので、ブリテンの城まで一日も掛かるまい。

 というわけで行くぞ! ワイバーンの庄之助君!!

 

 

 

 

 夜の帳が降りる頃。

 かつての栄華の火が消えたブリテンの城を、モルガンは息を切らせながら走っていた。

 後ろには病でやつれてはいるものの、その美貌に陰りを見せない母のイグレーヌ。

 そして、彼女達を追う騎士や貴族たちが続く。

 国王である父ウーサーが病に伏せった時から、領地を持たない家臣たちは自分や母に野心や肉欲の籠った目を向ける事が多くなった。

 親子ほど年の違うロット王からの求婚を飲んだのも、そんな下種共から母と我が身を護る為だ。

 だが、まさか王が死んだその日に奴等が行動に移すとは、聡明なモルガンでも読めなかった。

 月の物が来ている所為で魔力も減衰している今、憎きマーリンに頭を下げて覚えた魔術も役に立たない。

 状況の悪さに目が眩みそうになりながらも謁見の間に飛び込もうとした彼女だったが、運命の神はそれを許そうとしなかった。

 あと一歩のところで手を引いていたイグレーヌが力尽きてしまったのだ。

「おいたはそこまでですな、王女殿下」

 母に続いて床に倒れ伏したモルガンの前に、一人の貴族が立ちはだかる。

 たしか宮廷貴族でもうだつの上がらない、中の下に位置していた男だ。

 父が力を失って大貴族たちが独立してからは、繰り上がった地位にモノを言わせてかなりあくどい事を行っていたと思う。

「どういうつもりだ、貴様等……っ!?」

 体を起こして精一杯の怒りを込めて睨みつけるも、男の浮かべた嫌らしい笑みは消えようとしない。

「分かりませんかな? 貴女は今宵私と結ばれるのです。そして、私は次の王となる」

 男の放った言葉をモルガンは理解できなかった。

 否。

 脳が理解を拒んだという方が正しいか。

「……ッ! 血迷ったか!? 私はロット王と婚約しているのだぞ!!」

「存じております。ですが、問題はありません。彼の王には貴女の代わりに我が家臣の娘を差し出しましょう」

「そんな世迷言で彼の王が納得すると……っ!?」

「しますとも。その時になれば私はブリテンの王ですからな。王同士の話となればあちらも無茶は申さぬでしょう。もし、それでも納得がいかぬというなら、賠償金でも更なる寵姫でも与えればよい」

 モルガンには目の前の男が理解できなかった。

 力も人心も失った斜陽の国で新たに王になったところで、待っているのは身の破滅だけなのに。

「何故、この国の王位など……。この国は最早終わっているのだぞッ!!」

「終わっているからこそ、ですな。このタイミングで王座を握れば、国庫に残った資産全てを手にすることが出来る。国としては雀の涙でも、我らのような弱小貴族には一財産だ。それを懐に入れればこの国になど用はない。すべてをそのままに他の場所に立てばよいだけ。あとは貴女やイグレーヌ王妃のような、絶世の美女を好きにできるという特典もある」

 あまりにも下劣な考えに、モルガンもイグレーヌも言葉を失った。

 目の前の男はこの国を立て直すわけではなく、我欲の為に王となってブリテンの全てを吸いつくすと言ったのだ。

「下種め……っ!!」

「いかにも」

 モルガンが放った精一杯の侮蔑も男は意にも解さなかった。

 そのまま彼女の細い腕を掴んで床に組み伏せる。

「次代を担う王女の純潔、それを奪う事こそが夫としての証です。ならば、ここで貴方を抱く事が私達の婚姻の証になる」

 言葉と共に吹き付けられる生臭い息に、モルガンは湧き上がる吐き気を抑えた。

 男の拘束から必死に逃れようとするが、少女の力では圧し掛かった巨体はびくともしない。

 隣で上がった悲鳴に目を向ければ、母も数名の騎士に押さえつけられていた。

「私の配下となる者達ですから、彼等にも役得を与えてやらねばなりますまい」

「やめて! 母様は……母様はご病気なのです!!」

「ならば尚の事ですよ。病が進んで肉が削げてしまっては抱く意味が無くなってしまう」

 悪意に満ちた言葉に、モルガンの視界が怒りで真っ赤に染まる。

 自爆覚悟で魔術を紡ごうとするが、それも察した男が首を締め上げる事で封じられてしまう。

「観念するのですな。さすれば、天国を見せて差し上げますよ」

 涙と苦しさで視界が霞む中、モルガンが思ったのは弟の事だった。

 強く、明るく、バイタリティの溢れる弟。

 彼がここにいてくれたら。

 父やマーリンの策略などによって歪められずに、彼が王位を継いでいればこんな事にならなかったのに、と。

 己の矜持や想いが絶望に押し潰されそうになる中、モルガンは凛という音を聞いた。

 凌辱の場にそぐわない涼やかな音の後、彼女に圧し掛かっていた男の首がゴロリと落ちた。 

 赤い噴水を噴き出す前に後ろに放り投げられた男の身体に代わって現れたのは、全身黒ずくめの少年だ。

「すまん、姉ちゃん。少し遅れた」

 自身と同じ金の髪を掻き上げながら、申し訳なさそうに碧の瞳を伏せる彼にモルガンの頬から先ほどとは別の涙が流れ落ちる。

「あ……アルガ……」

 もつれる舌で弟の名を呼ぼうとした彼女の身体を柔らかく温かいものが包み込む。

 目を向ければ自由を取り戻した母が後ろから抱きしめてくれていた。

 視界の隅に頭を失った騎士の身体が映ることから、彼女も弟が助けてくれたのだろう。

「二人とも、よく頑張ったな。もう大丈夫だから、安心してくれ」

 ゴツゴツと無骨な、それでいて温かい手に頭を撫でられてモルガンはささくれ立った心が落ち着いて行くのを感じた。

 後ろで彼の登場に動揺する不埒者達の声が響くと、頭を包んでいた心地よい感覚が消えてしまったが。

「ちょっと待っててくれ。すぐに片づけてくるから」

 そう言い残して疾風のように姿を消す弟。

 そして間もなく灯りの届かない闇の中からけたたましい断末魔が響く。

 そこに至ってようやくモルガンは小さな笑みを口元に浮かべた。

 ああ……あの子は私を助けに来てくれた。

 やっぱり、私に必要なのは───

 

 闇の中でその騎士は恐怖に体を震わせていた。

 手元すらわからない黒に染まった視界の届かぬ先から聞こえてくる断末魔。

 今倒れた犠牲者は、自分とどれだけ離れているのか?

 二十人はいた仲間はあとどれだけ残っているのか?

 そして、自分はいつまで無事でいられるのか?

 疑問が浮かんでは消える度に胸の鼓動は早まり頭は真っ白になっていく。

 ああ、まただ!

 甲高くも涼やかな音と共に響く断末魔、また一人やられた!!

 いったい自分の何が悪かったというのだ!

 近頃宮廷を牛耳っていた男の誘いに耳を傾けた事か?

 王妃に欲情していたことか?

 巻き上げた税をチョロまかしていた事か?

 それとも! それとも!! それとも!!!

「ふざけんな! ふざけんな!! ふざけんなぁぁぁぁぁっ!!! 死にたくねえ! 俺は死にたくねえ!?」 

 過去の悪事が頭を巡る中、絶叫と共に騎士は手にした剣を我武者羅に振るう。

 自身の安全の寄る辺というべき腕の重みは、例の音と共に消え失せた。

 ようやく闇に慣れた目が薄ぼんやりと見せるのは、根元から綺麗に断たれた愛剣の姿。

 目の前のあり得ない光景に我知らず顔が笑みを浮かべた瞬間、騎士の首は宙に舞った。

 

 母娘二人の悪夢のような夜は明けた。

 彼等の家族にして元王国の第一王子は、今回の企てに加担した逆臣120余名全てを斬殺した。

 人の姿が失せた城の内部は、その余韻を残す様にいたる所に血糊がベッタリとこびり付いていた。

 僅か数十分で全ての敵を(ほふ)った少年は、回収していた姉と母の荷物を手に二人を(うまや)へと連れて行った。

 そしてそこにあった王族用の馬車に荷を積み、二人に乗るように促した。

「ねえ、アルガ。どこに行くつもりなの?」

「城は姉ちゃん達にとって安全じゃなくなったし、取り敢えず落ち着ける場所にな」

「それはどこなのですか?」

 母の問いに少年は、幼い頃に浮かべていた悪戯を仕掛ける時と同じ笑みをみせる。

「ネビス山にある俺の家。ヤロウの一人暮らしだから少しばかり汚いけど、安全性は保障するぜ?」 

「まあ」

「そんな事言って、実は片付いてるんでしょ? 貴方って凝り性で几帳面なところがあるから」

 釣られて固かった表情を崩す母娘に、少年の笑みが少し苦い物に変わる。

「期待されると困るんだが……。ま、精々失望されない様に掃除でもしましょうかね」

 そう言って猿のように軽い身のこなしで御者席に座るアルガ。

 母と姉が車の中に座るのを確認すると、彼は繋がれた駿馬に軽く鞭を入れる。

 ゆっくりと進み始める馬車の中、眠りに落ちた母の隣でモルガンは窓越しに見える黒いコートに包まれた背中をジッと見つめていた。

 その目に宿るのは情と欲が入り混じった妖艶な炎。

 もし御者席の彼が後ろを振り返っていたのなら、その瞳に見覚えがある事に気づいただろう。

「あの男はもういないし、王城も捨てた。……私達を隔てるモノは無いわ。フフ……フフフフッ……」

 朝の陽ざしが差しこむ室内に、鈴を転がすような声が響いていた。    

     

 


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