自宅待機を利用してアトランティスとオリュンポスを連続制覇したんですが……もう異聞帯に行くのは嫌だよぅ。
ぶっちゃけ、ガチのガチ勢じゃなかったらノーコンティニュークリアとは無理じゃなかろうか。
カイニス・双子・ゼウス等々、冬の城ヘラクレス(レベル100・スキルMAX・フォウMAX)がいなかったら勝てなかったんですが。
なんにせよ、新しい設定がワンサカだったのでこっちも焦ってます。
空間割ったらあんなん出てくるとか水晶蜘蛛が参戦するかもとか、色々と予定を煮詰めないと。
「じょ……冗談じゃないわよ! なんなの、あの化け物は!?」
夜闇に包まれる森の中、褐色の肌をした女が這う這うの体で走っていた。
赤い髪と男好きする豊満な肉体を揺らして足を動かしているのは、シルビアという魔王軍幹部の一人だ。
妖艶と評するに値する容姿の正体は、幾多の魔獣を素材として肉体を構成するグロウキメラと呼ばれる強力なモンスターである。
数刻前まで彼女が率いていた魔王軍紅魔の里侵攻隊、それを壊滅させたのは突如として参入してきた一人の騎士だった。
身のこなしは音を置き去りにし、その膂力はオーガを真正面からねじ伏せ、放つ魔力は余波だけで周囲を焼き付くす。
それに加えて特殊精錬された魔法金属を両断する技量で振るわれる聖なる炎を巻き上げる剣と、魔王軍からしてみれば彼の騎士はまさに厄災の化身だった。
属性相性の不利も相まって、その脅威度は今まで手を焼いていた紅魔族など比では無い。
住人全員アークウィザードという頭のおかしい村に連戦連敗を重ねる中、やっとの思いで補充した部下はあっという間に消し炭に化け、そして指揮官である彼女もこのザマだ。
「ようやく、あのトンチキ種族共の打開策を見つける事が出来たのに……」
今回の作戦で彼女は侵攻部隊を陽動に、里のどこかに隠されているという古代の遺産を手にするつもりだった。
『魔術師殺し』と呼ばれるあらゆる魔法を無力化する兵器を手にすれば、魔法攻撃特化の紅魔族など一捻りにできるはずだったのだ。
しかしその策もあの騎士が現れた事でご破算となった。
希望的観測で聖炎が魔法属性だったとして、それを差し引いても奴と戦って勝てると思うほどシルビアは自惚れていない。
「何の成果もあげられずに退くのは癪だけど、あの騎士が私達の脅威になるのは間違いない。ここは情報を持ち帰るのが最優先ね」
奴こそが魔王を倒すと言われている勇者の可能性もあるのだから。
そう結論付けて魔王軍幹部の矜持を捨てて、小動物のように森の中を隠れ進んでいたシルビア。
しかし彼女の努力も、闇の中から伸びてきた手が紅色の頭にかかった事で無に帰した。
「───見つけましたよ」
耳朶を打つ穏やかな男性の声を受けて、シルビアの肢体にぶわっと冷や汗が浮かぶ。
「残念ですが逃がす訳にはいきません。貴方の首は私が妻を娶る為の証となるのですから」
いかなる魔獣も凌駕する剛力で、シルビアの身体は地面から引き上げられた。
「チィィッ!?」
咄嗟に両手の爪を魔獣のモノへ変換して、彼女は自身を捕らえる腕を切り付ける。
しかし人間の腕など紙切れのように寸断する剛爪は、金属を引っ掻く音と共にバラバラと破片を撒き散らす。
「あぐっっ!?」
反射的に顔の前に持ってくると、目に移ったのは血塗れになった自身の指先。
「無駄ですよ。我が鎧は最高級の魔導合金に二人の女神の加護が施されている。神造兵器クラスでなければ傷を付ける事は出来ません」
絶望的な宣告に思わず力が抜けた瞬間、シルビアはうつ伏せに地面へと組み倒された。
背骨に固い何かが当てられる感覚に続いて、ズシリとした重みによって彼女の体は地面へと押さえ付けられる。
恐らくは自身の身を地面に縫い付けるよう、騎士の片膝に体重が掛けられているのだろう。
そして歯噛みする間もなく背後から喉に押し当てられたのは、あの忌まわしい聖剣の刃だ。
「き……貴様は何だ!? 魔王様を倒す使命を受けた勇者だとでも言うのか!?」
血を吐くようなシルビアの問いかけに騎士は小さく笑う。
「私はそんな大それたモノではありません、妻を迎えに来た一介の騎士です。もっとも、魔王はもう城ごと焼き尽してますがね」
「そんな……」
事も無げに言われた言葉に戦慄するシルビア。
他の人間ならば一笑に付しただろうが、この騎士の脅威を身をもって知った今ではそれもできない。
「さて、ラグネルも待っている事ですし、手短に済ませてしまいましょう」
グイッと頭を上に引き上げられ、白刃の前へと姿を晒すシルビアの喉。
「まって! 私の身体を好きにしてもいいから、命だけは!?」
完全に心を折られた彼女は、魔王軍幹部という誇りも矜持も投げ出して命乞いの言葉を叫ぶ。
しかし───
「不要です。生憎と同性愛の趣味はありませんので」
首より先にあっさりと一刀両断されてしまう。
「むこうで色仕掛けを使うなら、せめて下顎のヒゲくらいは剃っておく事をお勧めしますよ」
もはや言葉も出ないシルビアは、上から自身を覗き込む騎士の目を見て絶望した。
その翡翠の瞳はまるで底の無い奈落のようだったからだ。
「ラグネルとの恋路を邪魔をする者は誰であろうと許さない。それが例え神や魔王だとしてもね……」
その言葉と喉を奔る灼熱が、シルビアの感じた最後の事だった。
◇
どうも。
生首を手土産に嫁取り交渉に行こうとしていた長男をゲンコツで止めた剣キチです。
むこうの親御さんとの事情は聞いたが、本当に持っていくんじゃない。
アルトリアだって敵将の首を持って来られるの、本当はキモいから嫌だったって愚痴ってたんだぞ。
魔王軍相手にノリノリで破壊の限りを尽くしていたけど、魔術師である以上は紅魔の里の人達がインテリの可能性は高い。
少しでも心証を上げる為にも、そういう蛮族っぽい習慣は封印しときなさいな。
「ガウェインさんって、いつもああなんですか?」
「普段は礼儀正しくて冷静な奴だよ。あれでも円卓の筆頭騎士だったからね」
「戦場では次男の方が先に暴れ出すからな。基本的に抑え役は奴に回っていたのだ」
ガウェイン達が消えた方向を見ながら発したサトウ君の質問に答えを返す俺とアグラヴェイン。
その長男がヒャッハーした場合は、この子がストッパーになってたんだけどね。
何気に貧乏くじを引かせる形になっていた事に関しては、ちょっとだけ申し訳ないと思う。
「カズマ。今まで聞きそびれていたのですが、その円卓の騎士というのはそれほど凄いのですか?」
そうしていると今度はめぐみんちゃんが話題を振って来た。
そう言えば、俺達もサトウ君も説明する機会がなかったなぁ。
「ああ。ブリテンっていう島国が抱えてた騎士団なんだけど、王であるアーサーを含めて13人いるメンバーの一人一人が伝説に残るくらい一騎当千の強者だったんだよ」
「その実態は自己中・コミュ障・女癖悪しと、どうしようもないロクデナシ集団だったがな」
「アグラヴェイン。一応お前達もその一員だったんだからフォローをしなさい、フォローを」
「そうです! 円卓の騎士はそんな者達ばかりじゃありませんでした! ランスロット様とか」
「ソイツが一番人間のクズではないか」
ランサー……そこはベディヴィエールと言ってしてほしかった。
「ランスロット様はクズじゃありません! 少なくとも私の世界では立派な騎士でした!」
「そうか? 私も第四次聖杯戦争で君の世界のあの男と顔を合わせたが、とてもそうには見えなかったがな」
あの時は騎士王に認められたのをいい事に、自分の不倫を棚に上げまくって、お前をブリテン崩壊の引き金って責めてたもんな。
「だいたい、どうしてアグラヴェインにい……コホンッ! アグラヴェイン様はランスロット様を嫌うんですか!?」
「王妃との不義という死罪を許した父と王の温情を裏切り、さらには自分と兄二人を殺されたのだ。嫌わない方がどうかしていると思うがな」
キッパリと言い放つアグラヴェインに、ランサーは口をつぐむ。
ぶっちゃけ、個人を嫌う理由としては十分すぎてお釣りが来るだろう。
つーか、ウチの男兄弟全員がランスロットに負けた事を引きずっている節があるからな。
フランスで会った時、生け捕りにしてリベンジさせてあげたらよかったかもしれん。
「カズマ。アグラヴェイン卿のセリフはどういう事なんだ? 言葉の通りなら彼は一度死んでいる事になるんだが」
「俺もその辺はよくわからん。けど伝説だとガウェインさんもアグラヴェインさんも、ランスロットって仲間に殺されてるんだよ」
「彼等がここにいるのは、生前の功績が認められて英霊って高位存在に昇華したからよ。まあ、英霊なんて人類の危機くらいにしか現れないから、おいそれと召喚できるモノじゃないんですけど」
「じゃあ、なんで今ここにいるんだよ?」
「知らないわよ。むこうの仲間に優れた魔術師でもいるんじゃないの」
サトウ君の説明にアクア神のフォローが入る。
……この流れは少々面倒くさい事になるかもな。
「それで、そのランスロットという者は何故ガウェイン達を殺めたのですか?」
「あー、それはな────」
そうして始まるサトウ君の知るランスロットやらかし話。
それに加えてアグラヴェインが俺達の世界の事を補足説明した結果……
「なんですか、そのランスロットという男は!」
「控えめに言って人間のクズだな。どうしようもないダメ男は私の好みだが、忠孝や義理を裏切る者は願い下げだ」
「俺が知ってる歴史でもたいがいアウトなのに、そっちのランスロット輪を掛けてヒデェよ! 王様に不倫を許されて一緒になる事を認められたのに、それを全部ひっくり返すとか恩知らずにも程があるだろ!!」
ランスロットの株価が大暴落してしまった。
ぶっちゃけ俺は口を挟んでいないし、アグラヴェインも事実しか言っていないのにこの始末。
ランサーなんてフォローを入れる事もできずに、『ランスロット様……』とその場に崩れ落ちるだけである。
加えるとラグネルちゃんの自殺の遠因になったというのもあるんだけど、そっちは口にするのは止めておこう。
これ以上、奴の評価を下げるのは忍びない。
「ランサー、お前さんはランスロットの事を尊敬していたんだな」
「うぅ……ランスロット様は私の憧れだったんです。師として武術の稽古も付けてもらいましたし、騎士として後見人にも……」
「あー、これはアレだな」
「ええ、アレですな」
この子もランスロットと関わった女性によくある『理想の騎士』というガワに騙された類だ。
アイツって外面の良さと厚さは相当なモノだったからなぁ。
その奥に人妻マニアでファザコンなうえに、実はコミュ障という本性が隠れてるなんて想像もつかないだろう。
男衆の中だとトリスタンなんかは猥談してたから、奴の素を割と知ってるんだけどさ。
あと同じガレスでもウチの長女は、見た瞬間に配下の魔獣総出でブチコロスくらい殺意マンマンです。
「とりあえず、この話は此処までにしよう。俺達の過去なんて面白くもないしな」
奴との関係はとっくの昔に割り切ってる俺としては、この話題を続けてランサーとの関係に支障が出るのは困る。
少々強引にブリテン話を打ち切ってみると、何やらタブレットを弄るアグラヴェインの姿が目に入った
三男の影からちらりと覗いた画面には、ラグネルちゃんを隣に彼女の父親と話すガウェインの姿が。
「やめとけ、アグラヴェイン。例え兄弟でもそう言ったものは見るべきじゃない」
「ですが、義姉上に関わる事です。反対されてヤツが暴走したら、大惨事を招きかねません」
いつになく真剣な顔をこちらに向ける三男にため息が漏れる。
以前からの事だが、アグラヴェインは色恋沙汰が関わると家族に対する信用度がだだ下がりするきらいがある。
原因は言うまでもなく姉御の暴走と自分の出生だ。
あれを聞いた時に俺が一日部屋に引き籠っちまったのが、あの子にしてもショックだったんだろう。
言っても詮無い事だが、子供の前だったんだし平気な顔しとけばよかったな。
「心配すんな。万が一何かあったとしても、俺が事前に止めてみせるさ。だからお前も兄ちゃんと顔を合わせ辛くなるような事はしなくていい」
「ですが───」
アグラヴェインが難色を示している間にも、隠密型ドローンと繋がってるであろうタブレットはガウェイン達の会話を拾い上げる。
『あの時は国の命ではなく私と次男は己の判断で動きました。私怨で剣を振るうなど、騎士としては恥ずべき事。なにより妻を置いて危険な戦に臨むのは、後ろ髪を引かれる思いはありました。それでも私欲の為に愛する弟を討った仇を放っておく事は、私にはどうしてもできなかった!』
「…………」
「…………」
何とも言えない空気が流れる中、一つ咳払いして素早くタブレットの電源を落とすアグラヴェイン。
薄っすらと顔が赤くなっているのに関しては見なかった事にしよう。
あんな話をしているって事は、ラグネルちゃんに前世の記憶がある事を父親に打ち明けたんだろうが……
さて、どうなる事やら。
◇
ゆんゆんの父である紅魔族の族長、ひろぽんは娘の話に目を閉じた。
娘を嫁に欲しいという騎士との二度目の話し合いは、思いがけない娘の告白から始まった。
ゆんゆんにはラグネルという女性として生きた前世の記憶があり、ガウェインはその夫だったそうだ。
その記憶があるが故に、娘は紅魔族の習慣に馴染む事が出来なかったらしい。
ひろぽんも娘が里から浮いている事に気付いていたし、友人がいない事も気を揉んでもいた。
しかし、そんな理由があったとは思いもしなかった。
前世や転生と言う言葉には紅魔族として心惹かれるものがあったが、娘の将来を決める場である事を鑑みて騒ぐのは自重しておいた。
「本当はもっと早く伝えるべきだったんだけど、お父さんやみんなに気味悪がられるかもって思ったら、怖くて言えなかったの」
震える声でそう言った後、深く深く頭を下げたゆんゆん。
そんな娘をどうして責める事ができるだろうか。
「ゆんゆん、お前は彼の事が好きなのかい?」
少し震える声でそう問いかけてみれば、娘は涙を湛えた赤い瞳を真っ直ぐにこちらへと向けた。
「私はガウェイン様を愛してる。これはラグネルだった時から変わらない。ゆんゆんとして生まれてからも、ずっと持っていた想い」
それを聞いた時、ひろぽんは反対する事を諦めた。
娘の言葉が真実ならば、抱いたその慕情は本来なら叶うハズの無い物だ。
異なる世界、異なる時代に喪った夫。
そんな相手と再びまみえる事など、それこそ奇跡でも起こらなければあり得ない。
そして今、それは成った。
死したる騎士は英霊となって黄泉返り、変わらぬ愛を胸に妻の生まれ変わりである娘の前に立った。
ならば、これ以上野暮な横槍を入れるのは父親がすべきことではないだろう。
───そう言えば娘の友人に作家志望の子がいたはずだ。
今度、このネタを与えて物語を書いてもらおう。
「わかった。ゆんゆん、お前の思う通りにするがいい」
「ありがとう……お父さん」
「ありがとうございます! 必ず娘さんは幸せにします!」
涙を流しながら同時に頭を下げる娘達の姿に、ひろぽんの胸に冷たい隙間風が去来する。
こんな日がいつか来ると覚悟していたが、子供が自分の手を巣立っていくのは寂しい物だ。
とはいえ今日は娘の新たな門出が決まった日、しょげ返るワケにはいかない。
「ガウェイン君。良ければ君と娘の話を聞かせてくれないか?」
ひろぽんの言葉にガウェインは快く頷いた。
彼と娘の前世であるラグネルという女性の出会いは色々と特殊なモノだった。
彼の叔母であり君主であったアーサーがある騎士と謎掛けの勝負をした際、醜い老婆となる呪いを掛けられた彼女と出会ったらしい。
そして国を掛けた知恵比べの中、王の頼みによって彼等は婚姻を結ぶ事になる。
結婚当初は出会い方や互いの人となりが掴めていない事もあって、やはり戸惑う事が多かったそうだ。
特にラグネルが気に掛けていたのは万人が顔を背ける醜女に見える事だったそうなのだが、ガウェインは女神の分霊である母から受け継いだ加護によって、呪いに惑わされる事無く彼女の本当の姿を見抜く事ができたらしい。
それ故に彼は彼女の気立ての良さや知識に感服し、あっという間にベタ惚れしてしまったそうだ。
そうして暮らしている内に、ガウェインはラグネルに掛けられた二つの呪いを解き(本人曰くまったく気付いていなかったらしい)ラグネルは少し幼い容姿に豊かな胸を持つ美しい娘へとその姿を変えた。
それからは子供に恵まれなかったモノの(ゆんゆんの考察では半神半人であるガウェインの存在の格の高さが関係しているのでは? との事)、ラグネルとガウェインは幸せな生活を送った。
ある時は共に出た冒険で緑の騎士に完敗した夫を慰め(なんでもその騎士の正体はガウェインの父親で、彼の慢心を正す為に変装していたらしい)、騎士として夫を仕事や戦に送り出し、休日にはゆったりと同じ時を過ごす。
そして話は避ける事が出来ない事柄へと移っていく。
即ち、前世における別れの時だ。
同僚と王妃の不義が原因で引き起こされた内乱の中、ガウェインの下の弟が命を落とした。
共に驚いていたゆんゆんの言では、当時の彼女は弟が死んだとだけ知らされ事の詳細は伏せられていたらしい。
弟の仇はガウェインの父の弟分だったという。
前世の娘とも交流があったそうなので、夫が意図的に伝えなかったのだろう。
「あの時は国の命ではなく私と上の弟は己の判断で動きました。私怨で剣を振るうなど騎士としては恥ずべき事。なにより妻を置いて危険な戦に臨む事は、後ろ髪を引かれる思いがありました。それでも私欲の為に愛する弟を討った仇を放っておく事は、私にはどうしてもできなかった!」
ガウェインが言うには当時の彼の国は空気中の魔力が減衰しており、半神半人の彼等兄弟はその力を十全に発揮できない状況だったそうだ。
それに加えて相手は国で五指に入る実力を持つ騎士。
お世辞にも勝算が高いと言えない戦いだったのだろう。
仇討ちは敗北に終わり、彼等兄弟は命を落とす事となった。
そして彼の死を知った娘は、失意の中自ら命を絶ってしまった。
それが前世における彼等の結末。
話を聞いたひろぽんは深く深く息を吐いた。
ゆんゆんの前世が辿った最後を思えば、眼の前の騎士に文句の一つを言ってもいいのかもしれない。
生まれてから今まで叶わぬ想いを抱き続ける苦しみなど、彼には想像もつかない事だからだ。
だが、彼は喉に絡みついた言葉を飲み込んだ。
身内が殺されても怒る事なく保身に走るような男なら、娘が惚れるワケがないし自分も絶対に認めはしない。
仮に自分が彼の立場なら間違いなく仇討ちに奔走しただろう。
だからこそひろぽんは別の言葉を吐き出した。
「ガウェイン君。騎士である君に戦いへ出るなとは言えん。───ただ一つだけ約束してほしい」
「なんでしょう?」
「今度こそ娘を置いて逝くようなことはしないでくれ」
これはひろぽんの父としての願いであると同時に、娘を嫁にやるための唯一の条件だった。
彼もまた若い頃は冒険者として多くの戦いを経験した身だ。
鉄火場に立つ者に『絶対に死ぬな』などと言うのは無茶だと自覚している。
それでも彼は言わざるを得なかった。
その言葉を聞いたガウェインは床へと片膝をつくと腰に佩いた太陽の聖剣を抜き放つと己が眼前に掲げた。
「この身を加護せし太陽に誓って必ず」
それは騎士としての宣誓。
ガウェインが見せる事が出来る最大の誠意だった。
◇
紅魔の里の騒動から三日後、俺達がこの世界を離れる時が来た。
ガウェインはラグネルちゃんを連れてカルデア経由で妖精郷に戻り、むこうで燃料補給と引継ぎを行ってからこっちに帰って来るそうだ。
結婚式に関しては人理焼却事件が解決した後、紅魔の里で行う予定だとか。
さすがは我が息子、俺の労働意欲に火をつけるのが上手い。
これは他の特異点をブッチしてソロモンの元に乗り込む事も検討せねばなるまい。
「ありがとう、サトウ君。色々と世話になった」
「いや、俺達は殆ど何もしてませんけどね」
「そんな事はありません。今回私達が目的を達せられたのは、貴方達がこの世界のイロハを教えてくれたからこそです」
そう言いながらガウェインはサトウ君に筒状のモノを渡す。
「なんスか、コレ?」
「私の故郷で生産されているマジックセーバーです。柄のスイッチを持って魔力を込めてみてください」
「初級魔法の要領でやればいいのかな……」
そう言いながらサトウ君が魔力を込めると、虫の羽音のような低い音と共に水色に発行する魔力刃が形成される。
「うおおっ、ライトセーバーじゃねーか! これで俺もジェ●イの騎士に!!」
「カズマ、カズマ! さっそく名前を付けましょう!! みゅんみゅん刀というのはどうでしょう?」
「ぜってーヤダ!!」
歓声を上げるサトウ君が剣を振り回す度にヴォンヴォンと吼えるライトセーバー、そしてそれをキラキラした目で見ているめぐみんちゃん。
それ、鉄くらいならバターみたいに斬れるから気を付けてね。
「ところでアクアさんは大丈夫なのでしょうか? なんだか口から魂が抜け出てるように見えるんですけど」
「気にしないでくれ。故郷に帰ろうと思ったら拒否されたらしい」
ランサーの指摘とダクネス卿の返答に目を向ければ、そこには完全に背中が煤けているアクア神の姿が。
「なんでよぉぉぉぉぉぉぉっ!? 魔王を倒したら天界に帰れるって言ったじゃない!! なのに『現世のフォローでそれどころじゃないから、こっちが落ち着くまで帰ってくんな!』ってぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
「人理焼却の影響で、現世に繋がりがある神霊達も余裕が無いようですな」
仮にも女神が恥も外聞もなく幼児みたいに泣きじゃくる光景に、思わず顔を引きつらせる俺とアグラヴェイン。
うん、アレは酷い。
「それじゃそろそろ行くか。アルトリアがいるからって、いつまでもモードレッドを放ってはおけないしな」
「ええ」
お土産に面白そうな魔道具をウィズ女史の店で買ったし、忘れ物は無いはずだ。
「みんな、世話になった。またこっちに来るから、その時には茶でも飲もう」
「では失礼する」
「結婚式には呼びますので、是非参加してください」
「皆さん! また一緒にご飯を食べましょう!」
口々に別れの言葉を告げる俺達。
そしてトリを飾るラグネルちゃんは大きく息を吸い込むと、サトウ君と一緒にはしゃいでいるめぐみんちゃんに指を突きつけた。
「めぐみん、一時勝負は預けるわ! 決着は私が帰ってきた時に付けるわよ!!」
「私としては別に付けなくてもいいのですが……。まあ、ゆんゆんも前世という属性を手に入れてイキっているのでしょう。そこまで言うのなら嫁に行く前に存分に泣かせてあげるので、せいぜい楽しみにしておいてください」
心底面倒くさいという感じのライバルにガックリと肩を落とすラグネルちゃん。
なんやかんや言っても、この子だってあの里の影響をモロに受けてるよなぁ。
負けるな、ラグネルちゃん!
手前ミソだが、ガウェインは十二分に良い男だ! 女性としては完全に勝ち組なハズだぞ!!
◇
人理修復記50日目
長男の嫁取りも無事に終わって一安心の剣キチです。
長男の運転でカルデアに帰ると、置いてけぼりにした娘たちがブンむくれで自分のサーヴァントに膝枕されてました。
聞けば『一緒に冒険したかった!?』と怒って泣いてふて寝までしたそうなので、ずいぶんと手を焼いたのではなかろうか。
ブーディカ女史、マルタ女史、それとアタランテ。
相手をしてくれて本当にありがとう。
娘たちのそんな不機嫌な顔も、お土産を渡した途端に笑顔に変わったんだけどね。
二人に買ってきたのは身に着けるとネコ耳と尻尾の幻影が出る指輪。
この指輪、身に着けた者の特徴を読み取って最適な幻を自動生成するらしく、モードレッドは子ライオンでミユちゃんはクロネコだった。
二人の格好は顔を真っ赤にしたモーさん以外、概ね好評を得られたようだ。
あとアタランテが鼻血を吹いて倒れた事に関しては、今回の働きに免じて見なかった事にしておく。
後はジャイアントトードの肉を大量に買ってきていたので、夕食にエミヤにから揚げにしてもらった。
普通カエル肉と聞けばある程度は敬遠するはずなのだが、レイシフトメンバーはワイバーンで奇食に慣れてしまったようで、立香ちゃんを筆頭にガンガン食っていた。
うむうむ、腕白かつ逞しく育ってくれて剣キチは満足である。
あと俺達が留守にしている間に第三特異点が発見されたらしい。
その名も『封鎖終局四海:オケアノス』
次は海か……。
とりあえず磯焼と刺身は期待できそうかな。