剣狂い転生漫遊記   作:アキ山

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 お待たせしました。

 本編完成です。

 プライベートの忙しさと水着剣豪攻略で、オマケを書く時間が無かった……。

 次回はなんとか更新したいなぁ。


剣キチが行く人理修復日記(18)

 不死の軍団出現から15分。

 

 普段の怠惰っぷりを放り投げたアルトリアの奮闘に加えてジークフリートの『幻想魔剣・天魔失墜(バルムンク)』、そしてガヘリスの重機動トレーラーによる砲撃によって1万騎の不死隊は二割にまでその数を減らしていた。

 

 しかし、彼等が敵戦力を削る事が出来たのはここまで。

 

 如何に対軍宝具やオーバーテクノロジーといえど、一万もの英霊を壊滅させるには至らなかったのだ。

 

 殿としてトレーラーを操っていたガヘリスは有効射程のギリギリまで砲撃を続けていたものの、彼等の先鋒が砲撃の近距離射程を踏み越えるのと同時にアルトリアとジークフリートを乗せて後退。

 

 常の彼なら接近してきた敵にトレーラーを突撃させるくらいは行うのだが、結婚式の後で簡易診断を行ったゴルロイスから『これ以上損傷が進めばガウェインのジェットの牽引を受けても妖精郷に持ち帰るのは難しくなる』と警告を受けていた。

 

 それに加え、助手席には妻であるエスィルトと宝具の撃ち過ぎで疲弊したアルトリアが乗っている。

 

 いかに脳筋万歳な彼と言えど、これでは無茶が出来る訳が無い。

 

 こうして砲撃部隊が撤退した事により、不死隊は正統ローマ軍を射程内に捉えることになる。

 

 落ち窪んだ深淵に深紅の殺意を燃え上がらせ、まるで一個の弾丸のように敵軍へ突撃する不死隊。

 

 しかし、一番槍の誉れを得ようとした槍兵は顎から頭半分を粉砕されて宙を舞う事になった。

 

「この私の前にこれだけの死霊を呼び出すなんて、いい度胸してるじゃない」

 

 不死隊の切っ先を撃ち砕いた人物、それは合金製のナックルを打ち合わせるマルタだった。

 

 ルーラーとして召喚された彼女はタラスクとのコンビネーションが主となるライダークラスの時とは違い、『ヤコブの手足』と呼ばれる特殊な格闘術を駆使する。

 

 この闘法の創始者である聖人ヤコブは、神(一説によれば大天使と言われる)を相手に一晩中取っ組み合いの喧嘩を行ったという。

 

 しかも自身が根を上げる事なく相手を根負けさせたうえ、神から“イスラエル”の名を賜ったという伝説があるのだ。

 

 その際に使用されたのが『ヤコブの手足』であり、この武術はヤコブからモーセ、そしてマルタへと受け継がれた。

 

 極まれば大天使さえ打倒するという剛拳は、かつての使い手が一万二千の配下を持つ堕天使を撲殺したとの逸話も存在する程である。

 

 聖女本来の浄化に加えて魔を討ち砕く拳を振るう彼女は、不死の属性を付与された不死隊の天敵だ。

 

「集団でワラワラと迷い出て───臭いしあの子たちの教育に悪いのよ! 一人残らず主の御許までぶっ飛ばしてあげるわ!」 

 

 宣言と共に足を止めていた不死隊の先陣に飛び込んだマルタは、手ごろな死霊へと拳を振るう。

 

 風切り音を置き去りにした一撃はフックの軌道をなぞって、被害者のテンプルに食らいつくと同時に頭部を粉砕する。

 

 その隙を突かんと不死人と化した兵が振り下ろした剣は容易く躱され、同時に跳ね上がった膝が腐肉の奥にある霊核を打ち砕く。

 

 さらには捻りを加えた跳躍からの旋風脚は、その軌跡で聖なるハイロウを描きながら群がろうとしていた不死隊の上半身を消し飛ばす。

 

 聖女が見せる救世主は救世主でも世紀末チックな勇ましさを合図として、次々に不死隊へと食らいついていくカルデア所属のサーヴァント達。

 

 エイリークが手にした赤斧で盾を構えた槍兵の一団を薙ぎ払うと、その間隙を埋めるようにグンヒルドの放った火炎が人型の松明を量産する。

 

 戦車は無くとも対軍戦はお手の物と言わんばかりに、クー・フーリンは真紅の瞳に凄絶な光を宿して次々と不死隊の心臓へ穂先を叩き込んでいく。

 

 健脚を活かした機動射撃で手当たり次第に兵の頭を射抜き、さらには宝具で後陣へ矢の雨を降らせるアタランテ。

 

 少々危なっかしくも聖剣で相手を打ち払うリリィに、ヤクザキックにクラレント投擲と無手勝流で敵軍を薙ぎ払いながらも未熟な騎士姫のフォローを忘れないモードレッド。

 

 そして邪竜の鎧の鉄壁の防御と竜殺しの大剣の攻撃力で、敵陣を食い破っていくジークフリート。

 

 いずれも一騎当千の英霊達。

 

 彼等の奮戦によって、不死隊はマスターの控えるガラスの馬車や後方へ退避したネロ帝と正統ローマ軍へ辿り着けずにいた。

 

 しかし、時間が経過していく毎に徐々にだが戦況はカルデア側にとって旗色が悪いモノになっていく。

 

「くっ、厄介な……」

 

 振るった干将でガイコツの剣士の首を刎ねながら、エミヤは苦虫を噛み潰した。

 

 彼に渋面を強要しているのは、不死隊の持つ想定外の強さと常軌を逸したしぶとさである。

 

 現在牙を剥いている死人達は、イスカンダルの持つ『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』と同じく宝具による連鎖召喚によって世に現れた英霊の成れの果てである。

 

 その特殊な召喚方法ゆえに彼等の能力は本来のものよりも抑えられ、さらにはその象徴たる宝具も使えない。

 

 『不死の一万騎(アタナトイ・テン・サウザンド)』や『王の軍勢』の本質は数による蹂躙であり、単体では正規召喚されたサーヴァントには及ばないはずなのだ。

 

 しかし、ここで二つの要素がその前提を覆す。

 

 一つは彼等の王であり召喚主であるダレイオス三世に施された狂化が不死隊全員へと伝播している事である。

 

 もとより狂戦士のクラスは、力の弱いサーヴァントに狂化を施すことで、理性と引き換えに能力を向上させる事を基本戦術としている。

 

 そしてダレイオスから伝わった狂化はその本分を果たし、連鎖召喚によって低下した彼等の能力を補完する形となったのだ。

 

 さすがに正規召喚を受けた時と同等まではいかないが、それでもステータスは並みの英霊クラスまで向上している。

 

 そしてもう一つは逸話から彼等に施された不死性である。

 

 その身を動死体や骸骨へ貶める代償に、脳か心臓部を破壊されない限り動き続けるタフネスを得るこの能力。

 

 これが狂化と相性がすこぶる良かった。

 

 共に思考と理性を代償にして能力を強化するスキル、それらが合わさった事で『不死隊』は名前通り、敵軍の血肉を求める狂える死の軍団と化したのだ。

 

 少数で多人数を相手に知る時は、如何に少ない手数で相手を行動不能にするかが肝要となる。

 

 脳や心臓といった急所などそうそう狙えるモノではない為、基本は足を潰して機動力を削ぐか、もしくは重傷を負わせて出血や痛みで足を止めるのが常道だ。

 

 しかし、不死隊には前者はともかく後者は通じない。

 

 前者にしても腕で這いずって襲い掛かってくるため、有効打と言うには少々難がある。

 

 こうして対軍戦のセオリーが通じない事は、カルデア側にとって大きな負担となった。

 

 いかに総数の八割が削られたとはいえ、不死隊の残存勢力は二千余り。

 

 いかに名うての英霊達とはいえ、それだけのバーサーカーを相手取るのは容易な事では無い。

 

 歴史の中で数多くの英雄を死に追いやった『数による蹂躙』という名の矛を突き付けられた事で、じりじりと戦線を下げていくカルデアのサーヴァント達。 

 

 徐々に迫りくる死の大軍にマスター達が苦虫を噛み潰す中、その光景に二ヤリと口角を吊り上げる男がいた。

 

 ガラスの馬車の屋根に腰かけ、楽し気に足をバタつかせているマスターの最終防衛線を任されたサーヴァント、アンリ・マユだ。

 

「いやぁ、絶景絶景。ご立派な英霊様が英霊未満の壊れた悪霊共に追い詰められるとはねぇ。こりゃあ、なかなかに見れない光景だぜ」

 

 仲間の苦戦を嗤うその様は名前通り悪神を思わせる。

 

「とはいえ、立場上ここでのんびり観戦ってワケにもいかねぇのが雇われる側の悲しいところか。ま、旦那を怒らせたら座にいる本体ごと斬られかねねぇし、偶にはクソ雑魚ナメクジも役に立つところを見せねぇとな」

 

 そう独り()ちると、彼はおもむろに馬車の屋根から飛び降りた。

 

 地面に降り立った彼は、張り付けたような笑みを消さぬまま小さく両手を広げる。

 

「さて、こっからは本邦初公開って奴だ。しっかし聖杯のバックアップ無しでコイツが使えるようになったうえに内容が全然別物になってんだけど、旦那の開いた世界ってのはどうなってんのかねぇ……」 

 

 やる気の感じられない溜息と共にその身に刻まれた文様の淵が蒼色に輝きだすと、次の瞬間にはアンリ・マユからドス黒い魔力が立ち上る。

 

 そして彼を中心として地面に黒い影が広がり、ボコボコと泡立つそこから次々と黒い人型のケモノが顔を覗かせ始めた。

 

「寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。ここで無様に吐き出されるのは敗者に弱者の成れの果て。見果てぬ欲望に身を焦がしては、聖杯なんてペテンに引っ掛かったノータリン共でございます」

 

 アンリ・マユの嘲笑と共に、産み落とされた異形達はあらゆるモノへの憎悪に塗れた悍ましい咆哮を上げる。

 

「『無限の残骸(アンリミテッド・レイズ・デッド)』 廃品共の再利用だ。ブッ壊れるまで戦い続けろ、今度こそなぁ!!」

 

 主の号令を受けて、我先に死の軍勢へと牙を剥くケモノの群れ。

 

 あるモノは腕を騎士剣のような幅広の刃へと変えて斬りかかり、またあるモノは長短二振りの槍となった手を構えて突撃する。

 

 遠距離から剣を模した黒い矢を放つモノもいれば、黒に染まった魔力弾を放つモノ、さらには背に墨汁色のヒトデのような触手を生やしたモノもいる。

 

 身の丈ほどの巨剣を手に暴れまわるひときわ大きな個体に、拾った剣を浸食して我が物とする個体。

 

 さらには異形の天馬や戦車を駆る個体ときて、異様に伸びた右腕で相手の心臓を抉り取る個体まで。

 

 本能の赴くままに暴れまわるケモノ達だが、見る者が見ればその戦い方は聖杯戦争に於ける7つのクラスの何れかが該当しているのは容易に読み取れるだろう。

 

「よう、死にぞこない共! お高い英霊様の相手なんざしてないで、ガラクタ同士仲良くやろうぜ!」

 

 突如として現れた援軍というにはあまりに不気味な異形の群れに、半ば呆然と躯とケモノの潰し合いを見るカルデアのサーヴァント達。

 

 しかし、その一瞬の隙を見逃さない者達がいた。

 

 彼等は戦況の変化を敏感に察知すると、護衛として張り付いていたガラスの馬車周辺から音も無く移動する。

 

 ケモノと死者の殺し合いとなった戦場を誰にも気取られる事なく奔る影。

 

 それは不死隊の後方に控えた狂える王に近づくにつれ、次々と数を増やしていく。

 

 一方、不死隊の行軍に合わせて巨象を駆っていたダレイオス三世。

 

 乗り込んだ戦象の歩行速度の関係で軍の最後尾からやや後方に位置していた彼は、本能が前面に出た事で鋭敏になった感覚によって微かな違和感を感じ取った。

 

 理性を奪われたバーサーカーらしく、即座にその在処へ手にした斧を振るうダレイオス。

 

 しかし振るわれた刃が何かを捉えるより先に、鋭い痛みを伴って得物は彼の手から離れてしまう。

 

 反射的に向けた視線の先には、手の甲を貫通する形で黒曜石を思わせる肌に浅く突き立った黒塗りの短剣の姿があった。

 

 この段になって初めて、ダレイオスは自身が包囲されている事に気が付いた。

 

 彼を取り囲むのは黒装束に髑髏の仮面を付けた暗殺者達、その77名。

 

 それは自身が行けない代わりにオルガマリーが派遣した百貌のハサン。

 

 主である女性と幼児の人格を除いた自称『百貌ボーイズ』の男達であった。

 

「英雄を討つのが群衆であるならば、背後より王を刺すは我等が役目。狂える王よ、その首貰った!!」

 

 基底のザイードの発した宣言を皮切りに、一斉にダレイオスへと襲い掛かる百貌達。

 

 本来であれば王を護る事も不死隊の役目なのだが、狂化の影響で前進制圧に特化した彼等はダレイオスを置き去りにして戦線へと突撃している。

 

 今ここにいるダレイオスの味方は騎獣たる戦象のみだった。

 

 形勢は誰が見てもハサン達に軍配が上がる中、それでもなお猛り狂うダレイオス。

 

 本能のままに振るわれる二対の戦斧はまさに暴風と言えるものであった。

 

 だがしかし、それらが百貌達を捉える事はない。

 

 もとより正面から勝負をする気の無い彼等は初手で黒塗りの短剣ダークに紛れて投擲した目潰しでダレイオスの視界を奪うと、騎獣である戦象を足止めしつつ射程外から短剣を放ち続ける。

 

 7つのクラスの中でも非力と称されるアサシン、その霊基を宝具で80の分身に分かれたのが彼等である。

 

 当然ながら分裂した人数分だけステータスは下がっており、その戦闘力はマスターの命を奪うことは出来ても正面からサーヴァントの防御を抜くには力不足と言える。

 

 しかし彼等は暗殺者という職業故に他のクラスが持ち得ないアドバンテージを持っていた。

 

 それはどうすれば人が死するのかを知り尽くしているという事だ。

 

 人体にはどのようにしても鍛えられない急所というモノが存在する。

 

 眼球、口内、鼻腔、耳孔、睾丸、肛門等々。

 

 ダレイオスの表皮に薄く刺さる程度でしかない彼等の投擲術でも、その急所を捉えたなら必殺の一手へと昇華させるのは不可能ではない。

 

 そして彼等は『専科百般』という、それを実現するスキルを持っている。

 

 全方位から放たれる短刀の中、先の目潰しと同じく投げ入れられた黒塗りの小袋。

 

 ハサン達の狙い通りにダレイオスの顔の前で袋は破裂すると、間を置かずに空気を振るわせるほどの絶叫が迸った。

 

 先ほどの袋の中身は薬品に精通した分体が手ずから毒草や香辛料を基に調合した劇薬だ。

 

 その効果は人体の粘膜に取り付く事で焼けるような痛みを相手に与えるというもの。

 

 英霊となろうと狂気に侵されようと、鼻や目といったデリケートな部分の粘膜を侵されるのは耐えがたいものだ。

 

 理性を封じられていたからこそ、ダレイオスは身の内から湧き出る悲鳴を抑える事が出来なかった。

 

 武器すら手放し、両手で目と鼻を抑えて大音量で悲痛な声を上げる狂気の王。

 

 その好機を彼を取り囲む暗殺者達が見逃すわけがない。

 

 投擲術に特化した一人がダークを投げ放つと同時に、ゴズールは素早く大地を蹴った。

 

 放たれた短剣はダレイオスが身に着けた金の首飾りによって弾かれると大きく上向きに軌道を変える。

 

 その切っ先が向かうは大きく開かれた口腔の中。

 

 同時に最大限に気配を殺したゴズールも、猛り狂う戦象の背を蹴ってダレイオスの懐へと飛び込んでいる。

 

「終わりなり!」

 

 短剣を放ったハサンの宣言と同時に黒塗りの刃が王の口へと吸い込まれ───

 

「よっしゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 上顎へと突き立った瞬間、口からはみ出ていた束頭はゴズールのアッパーによって打ち上げられた。

 

 杭をハンマーで叩くような形で打ち込まれた短剣は完全に顎肉の中へと埋没し、その切っ先は脳幹の位置にあった彼の王の霊核を狙い違わずに貫いた。

 

「オォレィィッッ!!」 

 

 時を同じくしてザイードが渾身のステップを決めると戦象は姿は消し、足場を失ったダレイオスの身体は小さな痙攣を最後にうつ伏せで地面に叩きつけられた。

 

 彼の身体が黄金の粒子となって消滅を始めると、それに合わせるように呼び出された不死隊は次々と姿を消していく。

 

 76人の百貌達が大なり小なり傷ついている中、無傷なのは仮面越しでもドヤ顔を浮かべている事が分かるザイードのみ。

 

 それでも彼等は怒らない。

 

 何故なら、ザイードがその役目を十全に果たしたことを知っているからだ。

 

 今回最大の障害であった戦象の足が止まっていたのは、巨体の廻りを踊りながらちょこまかと動き回っていた彼の功績である。

 

 基底のザイード。

 

 百貌の中では偵察の他に、その踊りで敵のヘイトを集めて囮となる事が担当の男。 

 

 現在の目標は『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』を己がステップで完全回避すること。

 

 そして彼女募集中。

 

 こうして百貌のハサンの大金星によって、不死の軍団を退ける事に成功した正統ローマ軍。

 

 もっとも(とど)めの瞬間にセンターを飾ったのはやり過ぎだったようで、帰隊した後ザイードは校舎裏ならぬガラスの馬車裏で残る76名からシメられることになったそうな。

 

 

 

 

 時はしばし(さかのぼ)り、別の戦場を映し出す。

 

 連合ローマの陣地の中、氣功を封じられたアルガは四方から迫りくるローマ兵の攻撃を凌ぎながら反撃の機会をうかがっていた。

 

 包囲網の中で防戦を強いられる様は一見すれば窮地に見えるが、実はそうではない。

 

 この乱戦の中にあってアルガは平静を取り戻していた。

 

 その剣腕によって窮地に立つ機会のあまりない事から、家族も含めて劣勢に立てばアルガは脆いと考える者は多い。

 

 それは間違いである。

 

 彼が真価を発揮するのは、むしろ逆境に立たされた時だ。

 

 前世の上海に張り巡らされていた現代より進んだハイテク技術による警備は、氣功術を駆使しても欺く事は困難であった。

 

 生物を介さない機械の目は、遮断した気配だろうと天地合一による圏境であろうと区別なく看破する。

 

 それ故に対ハイテク技術として電磁発勁があるのだが、外法の練氣が齎す肉体的な負担の大きさを思えば容易に切れる札ではない。

 

 そういう事情もあって、その隠形の腕前とは裏腹にアルガは潜入が発見されるという状況には慣れているのだ。

 

 天地を返された事で乱れた気脈の流れは未だ完治していないが、それでも現状での体内状況は把握している。

 

 そこから何が出来て何が出来ないかも正確に割り出した。

 

 ここまでお膳立てが整えば焦る必要などありはしない。

 

 もとより戦闘など万全な状態で戦える方が少ないのだ。

 

 ならば常に手の内にあるカードを把握して、限られた手段で勝負を掛けるのは戦士として当然の素養と言えよう。

 

(相手の『意』を読むのは可能。こちらの『意』に先んじて剣を振るう事もできる。さらに一発だが因果の破断にまで刀を昇華させる目途も付いた。ならば───) 

 

 軍師の指示によって波状攻撃を繰り返す兵士達を凌ぎながら、アルガは少しづつ手にした剣の振りを変えて行く。

 

 サイバネ武術家や幻想種といった対人外用の一刀から剣術本来の姿へと。

 

 一振り、二振り。

 

 剣が煌めく度に輝閃のキレが増し、紅い飛沫を伴って死体が数を増やす。

 

 一人斬っては余計な軌道を捨て、十人打ち捨てれば無用な力が抜け、百の屍を築いた頃には不要な部位を狙う事が無くなった。

 

 それに伴って、兵士一人に掛ける時間も短くなっていく。

 

 三合打ち合って倒していたのが二合へ減り、それもやがて一合となり、最後には打ち合う間も無く相手を斬り伏せる。

 

 眼前の全てを両断するような鋭さで(とう)を放つ常の彼からは、想像も付かない程にコンパクトになった剣の振り。

 

 全ての無駄を削ぎ落したその閃きは、歩法・体術と噛み合う事で攻防一体の妙剣と化す。

 

 ある相手は頭上に掲げた剣が振り下ろされるよりも早く頸動脈を掻き切られた。

 

 またある相手は踏み込んだ足が払われると同時に心臓を串刺しにされた。

 

 彼等の背後に控えていた槍兵は、放った刺突は相手の影すら捉える事すら出来ず、槍の反対側を取られてすれ違い様に肝臓を切り裂かれた。

 

 さらに弓を引き絞った射手は、アルガが拾い上げた矢をダーツのように放ったことで右目諸共脳を貫かれた。

 

 派手さも見る者を魅了する華麗さも無く、刃に掛けた者の損傷すらも必要最小限に抑える様は戴天流とは一線を画す物。

 

 同時にそれは合理性を突き詰めた剣術でもあった。

 

 そも人間を殺傷するのにその体を両断する必要は無い。

 

 眼球を通して脳を突き刺せば即死。

 

 心臓を突いても1秒、脇腹から肝臓を斬りつければ3秒、頸動脈や気道を断てば10秒足らずで相手は死に至る。

 

 ならば、手にした器械を全力で振るう必要がどこにある?

 

 剣の理を以て一切の無駄を排し、最速・最短で必要な急所の身を突く事により、一刀の下に人を殺める。

 

 これこそがオークニー時代の蛮族狩りで研鑽し、中末期のブリテンで完成した一軍をも個人で捻じ伏せる剣法。

 

 我流『剣理殺人刀(けんりさつじんとう)』である。

 

 剣は人斬り包丁であり剣術は殺人術。

 

 多くの剣士が自覚しつつも認められない心理を体現するようなアルガの(わざ)は、外法を良しとする魔術師のウェイバーすら顔を蒼褪めさせた。

 

 それほどまでにその剣は血生臭く、冷徹で機械的だったのだ。

 

 また、この刀法による影響はウェイバーのみに留まらなかった。

 

 同僚が作業のように殺される光景は、連合の主が持つ神懸かったカリスマに支配されていた兵士達の足をも留めるに至った。

 

 徴兵された民ではなく職業軍人である彼等は、戦場で果てる際でもローマ軍人の誇りを穢される事を酷く嫌う。

 

 その自負は洗脳染みたカリスマに侵されていようと変わる事はない。

 

 だからこそ、彼等は恐怖した。

 

 何の感情も無く、ただ精肉所のブタの如く処理される同僚の姿に。

 

 無為に無価値に打ち捨てられる屍の山に。

 

 そして兵士たちの動きが止まるという事は、包囲網の中で縫い付けられていたアルガが解放される事を意味する。

 

 多くの兵士が無意識に足を竦ませた刹那の間、彼はそれを見逃すことなくその場から抜け出した。

 

 これが戦況が大きく覆る一手となった。

 

 密集する兵士の間をすり抜けるように移動しながら、次々と彼等の命を刈り取っていくアルガ。

 

 卓越した足捌きに加え、圏境が封じられたとはいえど彼には並のアサシンを凌駕するほどの気配遮断は健在。

 

 それを併用すれば、今まで檻の役目を果たしていた兵士達が一転して身を隠す遮蔽物と成り果てる。

 

 今まで向かってきた者しか食らう事のなかった死の顎が、今は無差別に兵士へ牙を突き立てている。

 

 瞬殺無音。

 

 誰も気づくことなく次の瞬間には仲間が躯となる悪夢染みた現実に、周辺に集っていた連合ローマ兵達は一気にパニックを起こした。

 

 軍師とは手足となる兵があって初めて戦功をあげる事が出来る。

 

 逆に言えば兵が使い物にならなくなっては、ウェイバーが練り上げた策も意味が無いということだ。

 

「……ッ、バケモノめッ!!」

 

 血飛沫と共に木霊する犠牲者の断末魔を耳にしながら、三国一の軍師の智を受け継ぐ男は苦々しく吐き捨てる。

 

 アルガを包囲網に閉じ込めてからは、万が一に備えて場所が特定されないよう兵士達に紛れていた。

 

 しかし策が破られた以上、彼も座して見ているわけにはいかない。

 

 幸い道術を修めた諸葛亮の眼力で、アルガの氣の乱れが完治していないのは確認できている。

 

 つまりは透明化を伴う特級の気配遮断を初めとする異能は使えないという事だ。

 

「獣が檻を破ったならば、さらに強固な物に入れるまで! これぞ大軍師の究極陣―――」

 

 起死回生の一手として宝具を展開しようとしたウェイバーであったが、それは突如として脳裏に過った映像によって遮られた。

 

 開戦前に互いに繋げたパスが運んできた光景は、黄金と朱で彩られた劇場でネロ・クラウディウスの放った炎熱を伴う斬撃が愛馬ごとアレキサンダーを斬り伏せているという物だった。

 

 彼の皇帝の『王道』を見極めると少数を率いて出陣した主の背中を見た時から、こうなる事は覚悟していた。

 

 しかし朋友が討たれる場面を見せられては、如何に魔術師たらんと心掛けているウェイバーでも平静ではいられない。

 

 そうして生み出された心の間隙、それが彼の命取りとなった。

 

「―――待っていたぞ。お前がその護りを解く瞬間を」

 

 氷のように底冷えする声は、焼けつくような胸の痛みと共にやってきた。

 

 喉を逆流する血を零しながら呆然と視線を下げれば、そこには狙い違わず心臓を穿つアルガの姿が。

 

 悲鳴すら上げられないウェイバーを尻目に、アルガは胸に突き立った刃に捻りを加える。

 

 それだけで胸の霊核は容易く砕け、大軍師の力を受け継ぐ魔術師の命脈は尽きた。

 

 小さく呻きを上げながら地面へ沈むウェイバーを冷然と見下ろしながら、アルガは倭刀を一閃して刃の血を振り払う。

 

 歩法・縮地。

 

 速度に頼るのではなく、特殊な足捌きと相手の呼吸を読む事によって、対象の視界と意識の死角へと入り込む秘技である。

 

 幕末の天才剣士と言われた沖田総司もこの技の使い手であるが、彼女のそれをスキルレベルBランクとするなら仙術としての縮地法を体得したアルガはEX。

 

 内勁を使用できない現状でも、沖田と遜色ない動きは維持できているだろう。

 

 ウェイバーがアルガの接近に気づかなかったのは宝具発動の為に己の廻りに展開していた奇門遁甲の陣を収めていた事に加えて、氣功を介さずとも瞬間移動に近い挙動のとれるこの歩法に()るところが大きい。

 

 今回の戦いでウェイバー・ベルベットに抜かりがあるとすれば、自身が参加した第四次聖杯戦争で見たものがアルガの全てだと断じた事だろう。

 

 彼が注視すべきは氣功でも暗殺でもなく、アルガという剣士が千数百年に亘って磨き続けてきた武だったのだ。

 

 もっとも英雄王暗殺や聖剣の真名解放を真っ向から迎撃するなど、彼の剣士は魔術界隈だとあり得ない事を連発していた。

 

 諸葛孔明から受け継いだ知識からその源泉が氣功ではないかという推測を得れば、目を奪われるのは仕方が無い事だと言えるが。

 

 ウェイバーが倒れたのを合図とするかのように、周辺にいる兵士たちは次々と全速で戦地を離脱し始めた。

 

 敗戦時によくある壊走と異なる点は、各々武器を捨てて思いのままに散り散りになるのではなく、武装はそのままに皆が同じ方向へ走っていくことか。

 

「随分とまぁ整った敗走だな。連合ローマは負けた時の撤退訓練に力を入れてるのか?」

 

 兵達の一糸乱れぬ逃走ぷりに半ば感心したアルガは、横たわるウェイバーに問いを投げる。

 

「彼等は連合ローマの長の持つ異様とも言えるカリスマに当てられた人形も同然だ。あれも彼からの『指揮官が討たれれば、速やかに撤退せよ』という命令に従っているだけに過ぎん」

 

 口の中に溜まった血を吐き出したウェイバーは、しかめっ面を崩さぬままに答えを返した。

 

 傷による苦痛はあるモノの、肉体機能の低下があまり見られないのはエーテルで身体を構成しているサーヴァントの特徴だろう。

 

 でなければ、心臓部を破壊されてここまで悠長に話など出来はしない。

 

 こんな時まで考察を止められない己に内心で呆れるウェイバーを他所に、アルガは得心がいったかのように小さく頷いた。

 

「なるほど、今までの兵達に恐怖が見えなかったのはそういうワケか。ところで一つ質問いいかい?」

 

「自分が殺した相手に気楽に話しかけるとは、貴様もなかなかにいい性格をしている。───ジャケットの胸ポケットに煙草が入っている。一服させてくれれば答えよう」

 

 ウェイバーの言葉に従って、アルガは左胸のポケットに収まっていた煙草の箱を取り出した。

 

 幸い血痕はここまで飛び散っていない為、最後の一服を味わうのは問題ないようだ。

 

 その中から一本取り出すと、同じく箱に入っていた100円ライターで先端を炙ってウェイバーに咥えさせた。

 

 その際、何かあった時には速やかに止めをさせるよう全ての作業を左手だけでやっているあたり、彼の警戒心の高さがうかがえる。

 

「───私の最後の我儘を聞いてくれて礼を言う。それで、何が聞きたい?」

 

 美味そうに肺いっぱいにため込んだ煙を吐き出しながら、ウェイバーはアルガを促した。

 

 それに応じて、剣士は胸に留まっている疑問を口にする。

 

「大した疑問じゃないんだ。───アンタ、どこかで俺と会ったかい?」

 

 アルガの言葉にウェイバーは虚を突かれたように眼を瞬かせたが、すぐに得心がいったのか、煙草を咥えた口元に薄く笑みを浮かべる。

 

「……気付かないのも無理は無いか。たしかに私は貴様と出会っているぞ、第四次聖杯戦争時の冬木でな」

 

「あの時のサーヴァントにお前さんのような奴はいなかったと思うが?」

 

「ああ。当時の私はサーヴァントではなくライダーのマスターとして参加していたからな」

 

「ライダーのマスターって……もしかしてウェイバー少年か!?」

 

 盛大に驚くアルガに、ウェイバーは不快そうに眉根を寄せる。

 

「少年はよせ。そもそも私はあの時すでに19歳だったのだ、そう呼ばれるいわれはない」

 

「そいつは失礼した。つーか、お前さん英霊になれたのか」

 

 謝罪しながらも、記憶の中にあるウェイバーと眼前の男の差異に心の中で『進化の秘宝でも使ったのか?』と疑いを持つあたり、この男もなかなかに失礼である。

 

「そんなワケがあるか。私が英霊として現界しているのは、この身を依り代にして諸葛孔明として召喚されたからにすぎん。言うなれば疑似サーヴァントというヤツだ」

 

「諸葛亮かよ。そう言えば演義か何かで奇門遁甲使ってたっけか、あいつ。けど、それを聞いて得心がいったわ。諸葛亮の道術に加えてお前さんの知識があれば、こっちの氣功を封じに来るのは当然だもんな。あの時、俺の手札もある程度見てただろうし」

 

 納得顔で何度か頷くと、アルガはそのまま踵を返した。

 

「もう終わりか? 正統ローマの将なら他に聞くべき事があるだろうに」

 

「聞いても答えないだろ。お前さんは何だかんだ言っても義理堅そうだし、自分が所属した陣営の情報を漏らすようには見えん」

 

「買い被りだな。私はそこまで出来た男ではない」

 

 そう答えると同時に、限界を迎えた肉体がゆっくりと金色の粒子となって薄れていく。

 

 自身が消えゆく中、ウェイバーには恐怖も後悔も無かった。

 

 この身は自分というカタを依り代にした諸葛孔明であり、ここで死んだとしても本物のウェイバー・ベルベットの死ではない。

 

 それにアレキサンダーが討たれた時点で自分がこの特異点で為すことは何もないのだ。

 

 ならば人理を破壊する側に利用されない分、ここで消え去る方がマシというものだろう。

 

 フィルター近くまで燃え尽きた煙草で一服を楽しんだのを最後に、ウェイバーはこの特異点から退去した。

 

 金色のエーテルとなって天へと上ったウェイバーを見送った後、アルガは視線を前に戻して口を開いた。

 

「ありがとうよ、ウェイバー少年。道術による天地返しなんて貴重な体験させてくれて。お陰で氣脈を封じられた際の対策っていう新しい課題が見えた」 

 

 そう言い残すと頭の中で様々なプランを練りながら、彼は正統ローマ軍への帰路を踏み出すのだった。

 

 




今回の元ネタ

『剣理殺人刀』

 装甲悪鬼村正で使われた楽曲の題名。

 個人的には村正を代表する名曲の一つだと思います。

 語呂が素敵だったので拝借いたしました。

『不死の一万騎』

 FGOだと不死隊のみんなが組体操でデッカイ象を作って、敵軍に突っ込む愉快な宝具。

 『王の軍勢』っぽくしたのは、EXTELLAでダレイオスが出現すると死霊が湧いて出るというシチュエーションを流用した為。

 ちなみに死霊が湧き出るのは、『不死の一万騎』の副作用だそうです。

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