いらない娘のいきつくところ   作:林屋まつり

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九話

 

「ここ、か」

 部屋の場所は変えられ、ネームプレートも、一緒に下げられる名前は、榛名、ではなくなっている。

「春風、か」

 呟いて、戸を開ける。中に入る。

 敬礼するのは、提督の言う通り四人の艦娘。傍らには雷がいる。

 雷、か。……この基地の、秘書艦。

「お疲れ様。秘書艦殿。環境整備、感謝する」

 敬礼に、秘書艦殿は満足そうに頷き、そこにいた艦娘たちは少し目を見張る。

「ええ、金剛さんから聞いているわ。

 第三艦隊、予備艦隊ね。長門さんの僚艦たちよ」

「ああ」

 視線を向ける。瑞鳳、それと春風、時津風と、初月か。

「本日付で第三予備艦隊、旗艦を拝命した長門だ。

 みんな、よろしく頼む」

 たがいに敬礼を返す。

「長門さん、彼女たちについての書類は机にあるから、あとで目を通しておいて。

 部屋はここと隣の部屋を好きに使っていいわ。けど、大騒ぎしちゃだめよ。他の娘達もいるんだからっ!」

「わかった」

「ここの娘達は長門さんと同じでほとんど新人さんなの。運用方法にも手探りなところが多いから、阿武隈さんたちは長期的な視点で本当に一から運用をしていこうって考えているんだと思うわ。

 だからわからない事があったらみんなでお隣さんに聞きに行くのもいいかもしれないわね。もちろん、雷たちをどーんと頼ってもいいからねっ」

「……秘書艦殿は忙しいのではないか?」

 頼りたい気持ちもあるが。対して秘書艦殿はぶんぶんとファイルを振り回して、

「確かに忙しいけど、それが秘書艦のやる事なのっ!

 出撃とかしないけど、代わりに出撃するみんなをばっちりサポートするんだからっ! 四の五の言わずに頼りなさいっ!」

「あ、ああ、わかった」

「明日は一日おやすみにしてていいわ。

 けど、明後日からはばっちり訓練だから明日のうちにみんなでどんな風にやっていこうとかいろいろお話しておいてね。最初から艦隊行動の訓練だから、ある程度は息を合わせられるようにしておかないとだめよっ!

 それと、長門さんは旗艦さんだけどまだ新人さんでもあるから、相談役は第三の三艦隊旗艦の阿武隈さんに頼んだわ。金剛さんが一番偉い娘ね。指揮系統はそんな感じっ!

 運用に関してしれーかんとの相談は阿武隈さんや金剛さんがすることになってるからそっちに任せていいわ。長門さんたちの事で阿武隈さんたちが見苦しいおでぶさんなおっさんと会う事になるけど、それがお仕事だから仕方ないわねっ! 心苦しいとは思うけど、割り切ってねっ!」

「……そ、そうだな」

「明後日の朝一番に、阿武隈さんが来てくれるから、あとはそっちからお願い。

 秘書艦からは以上っ! 何かわからない事があったらどーんと聞いてねっ」

 むんっ、と胸を張る秘書艦殿。特にない、大丈夫だろう。

 

「さて、改めて部屋をどうしようか」

 二部屋、二人と三人か、表のネームプレートには春風とあったが、暫定的なものだろう。

 私はそれで構わないが、他のみんながどう思うか。

「その前に、長門さん。聞きたいことがあるのだけど、いいか?」

「ん?」

 初月がおずおずと手を上げる。

「かつての連合艦隊旗艦が、これではほぼ水雷戦隊の旗艦、軽巡洋艦としての役割になる。

 その、……不満は、ないのか?」

 …………皆、気になる事は一緒か。

 だから、

「ない」

 一切の疑問を抱かせないように、素直に即答する。

 断言に皆が目を見張る。……ああ、そうだろうな。

「私はテストを受け、その評価と、信頼できる提督から拝命という形でこの場にいる。

 だからこそ、水雷戦隊旗艦という役割を全力で果たす。不満などない。皆とともにこの基地の力となれればそれは十分誇りに思える」

「そっか、……それを聞いて安心した」

 ほっと、初月が安心したように頷く。

「それで部屋だな。なにか、希望はあるか?」

「私はどこでも、長門さんはいいの?」

「背も高いですし、広く使える部屋の方がよいと思います」

「む」

 新造の艦隊だ。可能なら旗艦として出来るだけ皆と接したい。それを考えるなら三人の部屋がいいだろう。

 が、春風のいう事ももっともだ。この中では戦艦である私が一番大柄だ。三人部屋に入りほかの皆に狭い思いをさせるのも申し訳ない。

「そうだな。では、二人の部屋は私が使わせてもらおう。

 あと一人だが、」

「あっ、あたしがいいっ」

「で、では僕が、いろいろと話を聞かせてくれると嬉しい」

「かつてビッグ7と謳われた長門さんと同室できるなんて、幸いですっ」

「う、……む?」

 ずい、と迫る三人。……ええと?

「あはは、ま、やっぱり憧れはあるしね」

 瑞鳳も困ったように笑う。……さて、どうしたものか。

 

 じゃんけんの結果同じ部屋には初月となった。鹿島に言われたことを思い出し、早いうちに布団を確認。昨夜使ったのと同じ、いい感じだ。

「初月、そちらは大丈夫か?」

「ああ、大丈夫だ。……いや、正直驚いている。

 その、想像以上に好待遇で」

「初月は、他の所から来たのか?」

 問いに、初月は頷く。

「もともとは、別の泊地の代将の所にいた。ただ、泊地が深海棲艦に直接攻撃を受けてしまって、……建物が破壊されただけで艦娘も人も死傷者はなくて、緊急出撃して深海棲艦自体はすぐに沈められたのだが、提督は、それをきっかけに辞めてしまった。

 そのあとはしばらく呉鎮守府で待機していたのだけど、数日前に提督、安倍中将に引き取られたんだ」

「そうか、……大体私と同じなのだな」

「長門さん、も?」

「ああ、……いや、泊地が攻撃されることはなかったが。

 ただ、前の提督は、…………その、私の力不足もあるが、駆逐艦の艦娘を何人も沈めてしまって、な。それで、続けられなくなったんだ」

「そう、か」

 困ったように初月は応じる。一息。

「だから、もう私は目の前で誰も沈ませたくない。

 これをこの艦隊の基本方針としていきたい。それで、いいか?」

「もちろんだ。もう沈むのはごめんだし、誰が傷つくところも見たくない。

 そうならないよう、戦っていこう」

 初月も力強く頷く。さて、春風たちにも話さないとな。

 と、扉が開く。

「なーがーとっ」

「っと、お、っと」

「時津風さん、いきなり抱き着いてはいけませんよっ」

 飛びついてきた時津風と、ぱたぱたと入ってきた春風。

「ああ、いや、気にしなくていい。これくらいは大丈夫だ。

 そっちはどうだ?」

「ばっちりっ」「ええ、とても素敵なところです」

 二人に遅れて瑞鳳も顔を出す。……さて、

「みんな、聞いている通り、明後日から訓練だ。明日、それぞれどんなことが出来るか、改めて話し合おう」

「そうだね。…………遠距離からの砲撃支援を前提とした水雷戦隊かあ。

 いろいろ考えてみないとね」

 瑞鳳の言葉に頷く。速力の差や、前方で走り回る僚艦を避けての砲撃など、考えないといけない事、訓練をしなければいけない事は多い。

 だが、それを期待されているのなら、全力で応えなければならない。考える事も必要だろう。

 …………一つ、息を吐き出す。

「そう、そして、その砲撃は私が行う事になる。

 必然的に私は皆の後ろにいることになるだろう。……だから、皆に頼みたい」

「頼み?」

「ああ、……どうか、私の目の前で沈むなんて事はしないでくれ。

 戦艦でありながら皆の盾になれないのはもどかしいが、だからこそ、私は全力で皆の危難を撃ち砕く。皆も、生き残ることに全力を尽くしてほしい。

 危ないと思ったらすぐに下がっていい。後ろには私がいる。絶対に守る。……だから、無理だけはしないで欲しい。もう、目の前で誰かが沈むところは、見たく、ないんだ」

 ぞわり、と。寒気を、拳を握って耐える。……ふと、

「大丈夫だよ。長門さん」

 瑞鳳が私の手に触れる。初月と、春風、時津風も続いて、

「私たちは沈まないから、……沈まないように、明後日から頑張ってこ」

「だいじょーぶ、やばくなったらすぐに頼るからっ!

 代わりに前線はばっちり任せてよっ」

「ええ、もちろんです。皆さんで、一戦一戦、確実に生き延び、戦果を挙げていきましょう。

 長門さんのその言葉、絶対にお守りします」

 初月も、改めて頷く。…………ああ、よかった。

「そうだな、そういってくれると、嬉しい」

 


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