いらない娘のいきつくところ   作:林屋まつり

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七話

 

 食事を終え、0750、工廠に到着。戸を開ける。

「長門だ。艤装の確認に来た」

「あ、はーい。準備出来てるわよ」

 ひょい、と明石が顔を出す。

「簡易整備は終わってるから、あとは直接確認をしてみて」

「わかった」

「それにしても、珍しいわね。……いえ、不思議なんだけど、それ、貴女の、元の提督の選択?」

「…………そう、だな」

 頷く。確かに戦艦として、私の装備はおかしいだろう。何せ、主砲も副砲も単装砲なのだから。

「主砲って連装砲じゃあなかったっけ? 長門っていうと」

「別の、知り合いの提督が欲しがっていたようでな。いくつかの資材と交換された」

「あ、……そ、そう」

 された、と。それを聞いて明石は口籠る。確かに、私としても望んだ交換ではなかったが。

「なに、これはこれでいいものだ。改修もそれなりに重ねたから、そう悲観するほど悪いものじゃないぞ」

「ええ、そう、ね。整備もちゃんとされてるし、愛着を感じるわ」

「もちろんだっ、これで戦ってきたのだからな」

 確かにこの装備は、戦艦が装備するには貧弱だろう。ただ、それでも、今では悪くないと思っている。

「そう? …………まあ、いいか」

「何か気になる事が?」

「ううん、提督や鹿島さんから何も言われなかったから、これでいいと思うのだけど。

 ただ、秘書艦から、第一艦隊希望ってあるのよね。それなら、訓練用に予備の連装砲とかの申請もありそうだけど」

「そうか?」

「もしかしたら、……その、希望通りにはならない、かもしれないわね」

 遠慮がちに明石が応じる。とはいえ、

「ああ、それは前日に聞いている。

 これだけの規模の基地だ。いきなり自分の希望が通るとは思っていない。全力を見てもらい、そのうえでこの基地にふさわしい役割が割り振られたらそこに尽力する。

 その結果として、第一艦隊、いや、この基地の主力を担えるようになれば、それに越したことはないがな」

「そう、ならよかった」

 ほっと、安堵の吐息。

「明石の見立てでは、どう考えている?」

「そうね。……おそらく、第三艦隊ね」

 

 訓練場所として指定された港。そこには鹿島と、

「おはようございますっ! 第三の三艦隊旗艦、阿武隈ですっ」

「ああ、おはよう」

 明石の見立て通り、か。あいさつを交わすと阿武隈は少し、驚いた表情。

「どうした?」

「あ、……え、ええと、…………その、第三艦隊のあたしがいるのが意外じゃないのかなあ。って」

「ああ、工廠で明石から第三艦隊という話は聞いていた。

 第一艦隊を希望したいが、それは提督たちに適所と判断をしてもらってからでいい。いくらかつての連合艦隊旗艦とはいえ今はここの新人だ。任務にえり好みはしない」

 ほう、と阿武隈は安心したような表情。ただ、

「一応、理由は聞かせてもらっていいか?」

「はい。長門さんがいた泊地の出撃記録とか、提出されている分は秘書次艦の皆さんが一通り目を通していました。

 それで、何人かの駆逐艦の娘たちと一緒に出撃する機会が多かったみたいですね」

「ああ、そうだな」

 頷く。

「それで、秘書次艦の村雨ちゃんが長門さんの僚艦だった娘たちから話を聞いて、長門さん。凄く命中精度がよかったって。

 たぶん、動き回る駆逐艦の娘たちに当てないように、って、訓練を重ねた結果だと思うんです」

「そう、……だな」

 そう、だ。

 元の提督は建造に一時熱を入れていた。資材を溶かして駆逐艦の艦娘を乱造していた。

 そのため、多くの駆逐艦と一緒に出撃する事も度々あった。とはいえ戦艦と駆逐艦では速度が違う。だから、私はいつも後ろから支援砲撃をしていた。

 大切な仲間たちに当てないように、慎重に狙いを定めていた。……そうだ。

 じくり、古傷が痛む感触。そう、感じるのは後悔。戦艦なら、矢面に立ち盾になり守らなければいけないのに、それは、許されなかった。

 戦艦が大破し入渠したときにかかる資材と、駆逐艦を再建造する資材。それに時間や、泊地の守りの事を考え、…………彼女たちは、足の遅い私を残して、自ら率先して最前線に立った。

 私は、

「あ、……ああ。もちろん、だ。

 仲間を傷つけるわけにはいかないから、な」

 震えそうになる声を抑えて応じる。阿武隈は困ったように眉尻を下げて、一度首を横に振る。

「それで、遠征などで荷物を引いて戻ってくる第二艦隊を、追撃する深海棲艦から守る。

 そんな役割を担って欲しいんです。……ええと、なので、出撃というよりは哨戒任務、みたいな感じになっちゃいますけど」

「ああ、構わない。

 仲間を守るために戦えるなら、それで十分だ」

 

 もう、誰かが目の前で沈むのは、いやだから。

 だから、この手が届くところにいる皆を、絶対に、守って見せる。

 

 頷く私を見て阿武隈は安心したように微笑んだ。

 

 第三艦隊。主に哨戒や護衛などを受け持つ艦隊。

 戦力としては第一艦隊には及ばない。……の、だが。

「つっ」

 砲撃する。が、それは回避された。

 眼前、水面を駆け回る二人の艦娘、秋月と照月。命中精度を見るため、と。模擬戦の相手をしてもらっているが。

 砲撃。けど、回避される。

「さすがに、たやすくは当たらないか」

 舞うように水面を駆け回るのは秋月と照月、第三の三艦隊の艦娘。

 よく、狙う。彼女たちがどこに向かうか。どう動こうとしているか。それを見逃さず、その先を見据える。

 いつもよりは、…………いや、難しいか。

 僚艦がいたときは、その僚艦の動きで深海棲艦の動きもある程度絞れる。が、今、二人にそれはない。

 自由に海面を駆け回っている。……なら。

 砲撃。砲弾は照月の進行方向上に突き刺さる。彼女の表情は冷静。速度を落とす程度で対応する。

 最低限の回避行動。流石だな、と思う。けど、「そうなるだろうな」

 さらに副砲を重ねて砲撃。速度を落とす、わずかな姿勢のぶれ。それを治すための微かな動きの停止。

 ……そう、よく狙うタイミングだった。動きを狂わせ、わずかな挙動のぶれを撃ち抜くなんて、よくやっていた。

 砲撃を牽制や進路妨害に使う。直接狙うのではなく、少しずつ、誘導していく。その方向に舵を取ることで秋月と照月に模擬弾を撃ち込めるようになり、……………………ストップがかかった。

 

「お疲れ様でした。長門さん」

「お疲れ様でしたっ」

「ああ、お疲れ様。

 ありがとう、いい訓練が出来た」

 秋月と照月と言葉を交わす、二人は嬉しそうに頷く。

「第三の三、か。とはいえさすがの能力だな」

 阿武隈の言う通り、命中精度にはそれなりに自信はあったが。それでも、なかなか当てられなかったな。

 青葉は、三の艦隊を一番下っ端と言っていたが、それでもこれだけの練度があるのか。

「ありがとうございますっ! けど、防空駆逐艦としてこの基地も、なにより、」

 ふと、秋月は視線を逸らす。その先には、大阪湾。内海に至る方向。

「ここから先、通すわけにはいきません。そのためにも、まだまだ、秋月たちは上を目指さないといけませんっ」

 照月もこくこくと頷く。……なるほど、それもそうか。

 重要拠点だから、そこを守るという責任をもって訓練をする。練度を高める。ここでは当然のことなのだろうな。

「それにっ、遠征で荷物を引っ張って戻る遠征艦隊を艦載機から守るのは、照月たちの大切なお仕事ですっ!」

 そして、照月はふるふると震えた。

「山風ちゃんに迫る艦載機を撃ち落として、そのあとに、涙目でぎゅってしてもらったとき、……照月、幸せだったなあ」

「あっ、い、いいなっ」

 ふるふるしている照月に秋月は羨ましそうに応じる。……山風は人気者だな。気持ちは、わかるが。

 ともかく、阿武隈と鹿島の話も終わったらしい。「あまり芳しくないようだな」

 どこか、申し訳なさそうに瞳を伏せる阿武隈。零れた呟きに秋月と照月は困ったように視線を逸らす。

「ええと、……長門さん。

 すいません。すぐに第三の三艦隊、……というか、実戦配備は難しいと思います」

「いや、わかっていたことだ。

 問題点があるなら指摘をして欲しい。なに、すぐに克服して皆と戦えるようになって見せるさ」

 安心させるように微笑んでみたが、……あまり効果はなかったか?

 阿武隈はいくつかの書類に視線を落として、

「いえ、性能としては大丈夫、だと思います。

 確かに装備上火力は少し劣っていますけど、それは装備の付け替えと訓練で何とでもなりますし、むしろ、二人の進路に対する読みはとても的確でした。その能力は買いたい。……の、ですけど」

「砲弾がかかりすぎね。第二艦隊からストップが来るわ」

「…………ああ、それもそうだな」

 何せ、牽制や誘導で随分と砲撃をしたからな。今回、ストップがかかったのはそれが原因かもしれない。

「といっても、長く身に着けた戦術でもあると思います。

 その癖を治すとせっかくの長所まで潰してしまいますし」

 秋月と照月も困ったような表情で首を捻っている。……ただ、なるほど、どうしたものだろうな。

 癖、というのはなかなか抜けない。それを無理に捻じ曲げたら性能を落とすかもしれない。

 と、

「Heyっ! お悩みネーっ」

「あ、金剛さんっ」

 阿武隈が声をあげて秋月と照月は敬礼。

「見ていたか?」

「んー、ちらちらとデスネー、面白い事を考えたからつい口出ししたくなっちゃったデスっ」

「面白い事?」

 問いに、金剛は胸を張って、

「Testデスケド、第三艦隊、長門中心に一つ艦隊作ってみるのも面白いと思いマース」

「私を?」

「そうデス。足の速い駆逐艦や軽巡洋艦と組んでの奇襲と強襲デス。

 資材引きずって速度を落とした遠征部隊めがけて突撃する敵艦隊を不意打ちで強襲したり、役割はいろいろありマス。速力の違いは歴然デスガ、狙撃能力と高い射程で後方からの支援砲撃の専任という運用も面白いかも、デースっ」

「そう、……か、…………いや、それは、」

 それはつまり、……いや、

「私は、支援砲撃などではなく、最前線で皆を守りたい」

 私の言葉。対して、阿武隈は困ったように視線を彷徨わせ、

「これはテイトクに意見具申しマス」

 金剛は淡々と応じる。その瞳には、何の感情もない冷え切った意志。

「長門、ワタシたち艦娘に求められることは兵器としての最大戦果デス。

 個人の感情など不要。テイトクがその在り方に従いそれが最善と判断したなら、その命令に殉じて敵を粉砕。それこそが、ワタシたち、」

 金剛は、無機質に笑う。

「兵器に求められること、デス」

「艦娘を、兵器、というか?」

「そうデス。それこそ正しいあり方デショ?

 それとも、かつて、数多の軍人を殺したワタシたちが、数多の民を疲弊させたワタシたちが、……それでもなお、敗北という結果しか残せなかったワタシたちが、今更女の子だから我侭を聞いてくれとか、そんな事言う資格があると思っているんデスカ?」

「それ、……は、」

「それは今も同じデス。多くの民が疲弊していマス。守るべき国はぼろぼろになっていマス。

 それでもなお、ワタシたちは民から富を搾取してここにいマス。ワタシたちがここにいる代わりに、それを支えてくれる民に出来る事は何か、考えた事はありマスカ?」

 ……………………そう、なのだろうな。

 実感はわかない。考えた事さえなかったからだ。……だが、金剛のいう事は、正しい、のだろう。

 民が私たち艦娘に何を求めているか。それはつまり、

 

 私は護国へ運命を捧げた。

 

 提督の言葉を思い出す。そしてそれは、私たちも同じ。か。

 と、金剛は苦笑して肩をすくめる。

「ま、兵器呼ばわりが面白くないのはわかってマス。頭ではともかく心情面ではワタシも面白くないデスヨ。

 けど、その程度の覚悟は持って欲しいデス。ワタシたちはお遊びでここにいるのではないデス。負担を負わせ期待を背負い、代わりに、平穏を護るため命を懸けて戦っていマス。テイトクなら運命をかけて、とでもいうかもしれないデスケド。

 僚艦に沈んでほしくない、その気持ちはわかりマス。けど、それを理由にして艦娘の意義、いえ、軍人としての運命を果たせないのはそれこそ本末転倒デス。戦うなら、まずは覚悟を決めてくだサイ。

 鹿島、ここに所属する艦娘として、長門はしばらく任務は許可出来ないデス。しばーらく訓練と、ワタシと、テイトク、古鷹、山風からも許可が必要デス」

「ええ、わかったわ」

「……………………そうか」

 甘い、のだろうな。私の考え方は、

 


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