夕食を終え、入浴を済ませる。そこで、鹿島から興味深い話を聞いた。
「第一の一艦隊が」
「ええ、今、旗艦が提督さんの所にいるわ。
会いに行ってみる?」
「ああ」
第一の一艦隊旗艦。この基地でも、上位の実力者か。
今の私にとっては雲の上だろうが、それでも興味はある。鹿島と一緒に執務室へ。
「提督さん。古鷹さんはいらっしゃいますか?
長門さんが挨拶をしたいそうです」
古鷹?
「ふむう、いるよお。
そうだなあ。会っておくのもいいなあ。入っていいよお」
「失礼します」「失礼する」
戸を開ける。「古鷹か」
秘書艦である雷と、古鷹がいる。
「初めまして、長門さん。
第一の一艦隊旗艦、古鷹です」
「本日着任した、新人の長門だ。
まだ未熟な身だが、折を見て話を聞かせてくれればありがたい」
「ふふ、それなら、もう報告は終わりましたから、少しお話しましょうか?」
「それはありがたい。では聞きたいのだが、第一の一艦隊、旗艦というとやはりこの基地では一番強いのか?」
単純な性能で言えば違うと思う。正直、最初は戦艦かと思っていた。
だが、第二の一艦隊旗艦、山風は決して数字では表れない優秀さを持つ。重巡洋艦だから戦艦に劣るとは限らないだろう。
対し、
「そうですよ」
気負う事なく、古鷹は頷いた。……苦笑。
「意外ですよね。重巡洋艦の私が一番強い、というのも」
「…………そうだな。すまない。単純な性能比較ではやはり戦艦の方が高いと思っている。
もちろんそれだけとは思わないが」
「いえ、それで正しいです。単純な性能比較で、私はここでは一番強いのです」
「そう、…………なの、か」
驚きだ。そんな雰囲気が通じたのか、古鷹は左手を見せる。
「指輪?」
「はい、一定の性能を持つ艦娘のみが付けることが出来る特殊な指輪です。
これに認められると本来の性能上限を突破して、理論上は無制限の強化が可能になるのです」
「そんなものがあるのかっ!」
驚いた。理論上は、という言葉は気になるが、無制限の強化というのは凄いな。
なるほど、それがあれば確かに重巡洋艦でも戦艦の性能を超えられるかもしれない。…………これは、胸が熱いな。
「ふむう、……だがなあ、長門君」
ふと、提督が声をあげた。
「そのなあ、やっぱり艦娘なら、それは興味があるよなあ。つけてみたいよなあ」
「ああ、もちろんだ」
一定の性能を持つ艦娘のみ、という事はまだ私ではつけられないのかもしれない。長く、訓練が必要なのだろう。
だが、それでも、艦娘としてその高みを目指さないなど、出来ない。
「未熟な私が言っても不相応な高望みだろう。
だが、やはり手を伸ばさないなど、出来ないな」
「いやあ、それはそれでいいよお。
私は、艦娘の能力は多岐に渡ると思ってるからねえ。高い性能を持つ艦娘を目指すなら、相応の評価はするつもりだよお。
もちろん、戦力を持たなくても優秀な艦娘もいるし、山風君や金剛君のように性能に基づく戦力としてではない、知識や経験に基づく対応能力も、高く評価しているよお。
だから、」
不意に、提督は苦笑。
「鹿島君、俯かなくてもいいよお。君は優秀だよお。
もし鹿島君が私の事を提督と認めてくれるなら、誰が何と言っても、私の意見を信じてくれないかなあ」
「……あ、えと、そのつもりは」
「視線が下向いてたわよ。鹿島さん。
それに、ちょっと口元が歪んだわ。こういう時って大抵自嘲するみたいに笑うのよね。治そうとしているみたいだからうるさくは言わないけど。
自信がないのは、まあ、ともかく、……とりあえずしれーかんのいう事は信じてみたら?」
「…………はい、ありがとうございます。秘書艦さん」
気づいていたの、か。
見ていたが雷は顔をあげていなかった。ずっと、書類にかかりきりになっているように見えた。
それでも「大抵はね。視界の範囲内なら見えるわけだし、視線と口元を見ればある程度は何考えているか見当がつくわ」
「……え?」
「不思議そうにしていたからね。長門さん」
提督にも視線を向けると、彼も微笑んで頷いた。
「…………お、お見通しか」
「一応、これでも提督だからなあ。…………そうだなあ。
女の子の顔をじろじろ見る、……見るのも、いい、かっ?」
「いいわけないでしょっ! しれーかんに見つめられても気持ち悪いだけよっ!」
雷が手元のペンを投擲。提督の額に突き刺さった。
「ふふ、そうですよ。鹿島さん。大切なのは自分の目指す位置に届く能力を持てばいい。鹿島さんが求めている位置に必要なのは、性能ではないのでしょう。
そして、長門さん。性能を求めるなら高望みなんて言わなくていいですよ。最初はみんなそうですから、目標に届くまで、目指すのを止めなければいいだけのことです」
「はい」「そうだな」
鹿島と頷く。「ふむう」と提督は頷いて、
「だがなあ、その指輪。
一部ではケッコンユビワ、という風に扱われているんだよなあ。基本、大本営が管理して提督に預けられて、提督から艦娘に渡される。という流れなんだがなあ。
私からそういう指輪を貰うのは、いやだよなあ。おでぶさんのおっさんだもんなあ。…………いやだよなあ。間宮君に笑顔でケッコンオコトワリと言われたからなあ。
古鷹君にも嫌な思いさせたなあ。ごめんなあ」
「そういえば、さんざん悩んでたわよね。それ渡すの。
もうっ、おっさんがうじうじ悩んでも気持ち悪いだけよっ! すぱっ、と渡さないからだめなのよっ! ねっ、鹿島さんっ」
「うふふ、そうですね。そういう時はちゃんと男性も度胸をつけていただかないと」
当事者の古鷹も苦笑して頷く。
「そ、……そうかああ。気持ち悪かったかあ。
うむむ、古鷹君は、いやじゃなかったかあ」
「見た目は下の下ですけど、提督の優秀さはよく知っていますから。
能力を認めてもらえて、この先、さらに伸びる事を期待してもらえたと思えば嬉しいですよ」
「そうかあ、それはよかったよお。たくさん悩む必要はなかったんだなあ」
「はい、無駄です」
きっぱりと古鷹に言われて提督は俯いた。
「……………………ま、まあ、その、相応の能力があれば、長門君にも渡すから。
ケッコンっていう名称にこだわらず、受け取って欲しいなあ。その、私から受け取るのが気持ち悪いのなら、い、雷君、に渡してもらおうか、なあ」
「なんで雷が渡すのよっ! おでぶさんでおっさんでへたれさんって、どんだけだめだめさんなのよっ!」
「そうですよっ、提督さんっ! そういうものはちゃんとご自身で渡さないとっ! 男の人だって、度胸、ですっ!」
「提督、それはちゃんと提督が能力を評価し期待しているという証ですっ! それを、自分で渡さないのは提督として絶対にだめですっ!」
三人に言われて提督はゆらゆら揺れ始めた。……見た事もない反応だ。達磨のようだ。
「…………いや、提督の優秀さはわかっているつもりだ。
能力を評価してもらえるのは嬉しい。有り難く受け取ろう」
「そうっ、それならよかったわっ!
また指輪片手にうじうじ悩んでるしれーかんなんて、気持ち悪いの見なくて済むものっ! 心底安心したわっ! ほんっと、気持ち悪いのよっ!
可愛い男の子が告白したいけど恥ずかしいから悩んでるところは可愛いけどっ、おでぶさんなおっさんがやっても気持ち悪いだけよっ!」
「気持ち悪いの見せて、ごめんなあ。雷君」
提督は俯いた。
「長門さんの希望は、第一艦隊ですか?」
不意に古鷹が問いかける。私は頷く。
「ああ、そのつもりだ。
いきなり新人が割り込むことが出来るとは思わないが、それでも第一艦隊を希望したい。厳しい道のりになりそうだが」
零れた言葉に古鷹は苦笑。
「いえ、第二艦隊に入るよりずっと楽ですよ?
第二艦隊に所属する艦娘は皆、並みの提督より高い管理能力を持っています」
「みな?」
「はい、第二艦隊は六人で一艦隊で、三個艦隊。あとは予備艦です。それで、二の一から三の艦隊は一週間先まで資材の推移を各自判断して、朝に意見交換しています。
漠然と、ではなく、過去の深海棲艦の発生状況やそれに対して出撃する艦娘の資材使用実績、遠征で得られる想定の資材や遠征にかかる資材、様々な要素を織り込み、必要十分な資材の獲得をするための判断をできるのが、第二艦隊です。
山風さんや秘書艦さんは一月先まで見えているのではないですか?」
「ええ、そのくらいできないと秘書艦なんて務まらないわよ。
しれーかんなんて、それに加えて部下の少将の資材状況まで見越して指示飛ばすからね。ほんと、真似できないわ」
「ふむん、私はこれでも中将だからなあ。偉い人だからなあ。私は凄いなあ」
のんびりとしたどや顔の提督。
「た、……確かに、それは真似できないな。
第二艦隊、……か、凄いな」
「まあ、どこの艦隊に行くかは訓練とテストを重ねて追々の判断ね。
長門さんの希望は聞いたわ。絶対に希望通りになる事は期待しないで欲しいけど、参考にはするわね」
「ああ、わかった。例えどの艦隊に所属する事になっても、全力で対応しよう」
もっとも、第二艦隊は難しいだろうが。
「ふむう、さて、それじゃあそろそろ寝ようかなあ。
雷君、鹿島君、古鷹君、お疲れ様。ゆっくりお休みしなさい。長門君、明日から訓練に入ってもらうよお。いろいろ思う事はあるだろうけど、頑張って欲しいなあ」
「ああ、わかった。全力で当たろう。提督も、お疲れ様」
「みんな、お疲れ様っ! また、明日から頑張りましょうねっ」
「はい、お疲れ様、おやすみなさい」
「お疲れさまでした」
挨拶を交わして、私たちはそれぞれの部屋に戻った。
朝、思ったより早く起床し、どうしたものかと思ったが。ふと、窓の外を見た。
「自主訓練、か」
運動場を走っている艦娘がいる。榛名からいろいろ見て回るといいと言われたし、行ってみることにした。
ランニングをしている艦娘。……と、
「おはよう。なにをしているのだ?」
運動場の一角、芝生に何人かの艦娘がぼんやりとしていた。
そして、その中央、ぽかんとした表情で突っ立っている提督。……確かに、なんとなく縁起がよさそうだ。今度手を合わせてみようか。
「おはようございます。長門さん」
「おは、よう」
「オハヨーゴザイマース」
古鷹と山風、金剛の三人もいた。何をするわけでもなく、金剛は大の字で、古鷹は足を崩し、山風は膝を抱えて、それぞれぼんやりとしている。
「やあ、おはよう、長門君。
早いんだねえ」
「いや、皆の方が早いようだが。……というか、なにをしているのだ?」
「日向ぼっこ、好き」
膝を抱えて座る山風が小さく呟く。提督は重々しく頷いて、
「運動している女の子を見ているのは、いいかなあ? 陸奥君、胸が揺れるなあ」
「そんな事言ってると秘書艦さんに殴られますよ」
しんみりと呟く提督。古鷹は苦笑して応じる。
「ふむう。……金剛君、だめかなあ?」
「ダメにきまってるでショー、その外面でえろおやじなんて最悪デース。変な事言ってるとBurningKickぶちかましちゃいますヨー」
寝転がったまま金剛がのんびりと応じた。
「司令官は胸が大きい女性が好みですか?」
金剛同様大の字で寝転がっていた青葉が起き上がる。提督は「ふむうう」と頷いて、ぺちんっ、と腹を叩く。
「脂肪が詰まってるんだろうなあ。どうかなあ? 私の腹も似たようなものかなあ」
「青葉、今まったりモードなのでスルーしますけど、その発言は大抵の女性を敵に回しますよ」
「ふむうう」
唸る提督。……それにしても、
「陸奥か」
長門型二番艦、私の妹にあたるのだな。
と、向こうも気づいたらしい。ランニングから外れてこちらに来た。
「長門。ああ、そういえば、昨日着任したんだっけ?」
「ああ、そうだ。ここでは後輩になるな」
「ふふ、そうね。そうなっちゃうわね。一番艦の先輩っていうのも不思議だけど」
「陸奥は、ここでは長いのか?」
問いに、陸奥は「そうねえ」と、少し思い出す程度の間をおいて、
「古参っていうほどでもないけど、それなりに長いわね。
所属は第一の一艦隊。古鷹の、直属の部下よ」
「そうか、なら、私の方が教えられることは多そうだな」
「ええ、……ええ、そうね。一番艦とかあまりこだわらず行きましょう」
私に、というよりは自戒するように陸奥は言う。頷く。
「ああ、その方がこの基地にとっても、お互いにとっても有益だろう。……ふふ、そうだな。
何なら陸奥先輩、とでも呼ぼうか?」
「あ、それは遠慮するわ」
…………いや、軽い冗談のつもりだが、そんな風にまじめに引かれると、ちょっと気になるな。
ともかく、見ていると、ランニングも終わったらしい、走っていた艦娘たちも解散していく。
「これから朝食か? なら、一緒にいいか?」
「ええ、もちろんよ」
芝生でぼんやりしていた提督や艦娘たちも起き上がる。古鷹や山風もいるし、有意義な話が聞ければいいな。……提督はどこで食べるのだろうか?
それを聞いてみようと、彼に視線を向けると、
「ふむう、……それじゃあ、そろそろ戻ろうかなあ。
山風君、金剛君、古鷹君、今日はどんな印象があるかなあ?」
「風は、なし。波も穏やか、だと思うの。
資材確保、少し余分に持っても、大丈夫だと思う」
「ちょっと雲が気になりましたケド、崩れるほどじゃないデス。
警戒線引き下げちゃってますから、逆に引き上げてもいいかもしれないデスネ。天気のいい時にがっつり索敵デースっ」
「同感です。警戒待機予定の第一の三艦隊で、射程重視の装備を整えておきます。金剛さん。装備は索敵重視、引っかかったら遅滞防衛の撤退戦をお願いします。警戒線で布陣、前進しながら狙撃で仕留めるように言っておきます」
「Yes、お任せデース」
三人のやり取りを聞いて、青葉も含め何人かの艦娘は納得したような表情、あるいは眉根を寄せ、雲の形などを話し合う艦娘もいる。
提督は満足そうに頷いて「ふむう、……そうだなあ。それでいいよお」
「天気、か」
「そうだよお。天気予報は随時チェックしてるけど、こうやって実際に見てみるのが一番だからなあ。
波が高かったり風があったりすると資材の運搬が大変になったり、射程にも影響が出たりするからなあ」
「なるほど、……ただぼんやりしているだけではなかったのか」
感心した。が、提督は、なんとなく渋い表情。
「お仕事の時間以外はぼんやりしていてもいいと思うんだがなあ。
みんなあ、おやすみは大事だよお」
「ほぼ常時臨戦態勢の提督が言っても無駄ですよ」
穏やかに微笑み古鷹。山風もこくこく頷く。
「ふむう、…………ふむう? といってもなあ。……………………陸奥君、どういえばいいんだろうなあ?」
「みんな好き勝手やってるんだから口出すな。……って言われたんだと思うけど?
提督、コンディションの維持は徹底して教えたでしょ? ちゃんとみんなわかってるわ。だから気にしなくていいわよ」
「ふむう、……そうかあ。それならそれでいいなあ」
「朝は頭が回るから考え事に最適デス。秘書艦たちなんてみんな早起きじゃないデスカー」
「そうなのか?」
「そうデス、秘書艦が朝は早く起きて夜早く寝た方がいいから早寝早起きネっ、っていう事で、秘書艦たちは0500にはお仕事デス。
テイトクもそのくらいでショー?」
「私は0400にはお仕事してるよお。
やる事がたくさんあってなあ。この時ばかりは雷君も泥みたいな珈琲と氷砂糖を用意してくれるからねえ、嬉しいんだよお」
「……そ、そうか」
泥のような珈琲、というのが非常に気になったが。ただ、山風は「氷砂糖、好き」と、小さく言っているのでいいのかもしれない。
0600、大体いつも通りの起床と思ったが、提督から見れば一仕事終えて一息つく時間なのだろうな。
「さすがにその時間には起きられないネー
早起きがBestなのは知ってても0500が限界デース。山風は辛かったでショー?」
「山風君は低血圧だからなあ」
「うん、……しばらく、秘書艦さんに起こしてもらったの。
頑張って、早起き、出来た」
むんっ、とどうも自慢らしい。誇らしそうにしている山風。
「けどまあ、長門君。無理に早起きしなくていいよお。
まだ昨日来たばかりだしねえ。それで急に生活のサイクルを捻じ曲げて潰れられたら、それこそ困るんだよお。起床はこの時間でいいから、まずは慣れる事だなあ。
ふむう、これは、…………そうだなあ。気遣いじゃなくて命令と受け取ってくれていいよお。周りに引きずられて余計な事をするな、……なんて命令は、どうかなあ?」
「む、了解した」
早起きもいいな、と思ったが。命令と言われては仕方ない。環境の変化か、思ったよりも影響はあるのかもしれないな。
提督は歩き出す。艦娘たちも、それぞれ言葉を交わしながら寮に戻る。
「提督は、朝食は別か?」
「ふむん、別だよお。
執務室で雷君たちと今日の運用について話をしないといけないからなあ。長門君、上官は気にせず、ゆっくりと食べておきなさい。
今日から訓練だから、差し障りのないようになあ」
「ああ、わかった」