いらない娘のいきつくところ   作:林屋まつり

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五話

 

 夕食時、なのだろう。食堂には多くの艦娘がいた。

「あっ、提督っ」「こんばんわっ、司令官っ!」「提督っ、お疲れ様ですっ」

 食堂に入ると一斉に声をかけられる。やはり、こうしてみると慕われているのだな。

「ふむう、こんばんわあ。みんなも元気そうだなあ。安心したよお」

 そんな反応を満足そうに見て、《一日一善》と大書された掛け軸を見て感慨深そうに頷き、提督はカウンターへ。

「こんばんわ、提督さん」

 食堂の間宮が笑顔で挨拶をする。提督は頷き、

「間宮さんっ、しれーかんのおゆはんだから、カロリー控えめにしてねっ、これ以上おでぶさんになったら達磨さんから風船さんに進化しちゃうわっ!」

「あら、では、最終形体は気球さんですね」

 ころころと笑って応じる間宮。……いや、そういうものなのか?

「はい、提督さん。本日の定食です」

「ふむう、お刺身かあ、有り難いなあ。

 お料理も上手だし、間宮君はいいお嫁さんになれるよお」

「あら、お上手っ」

 ころころと嬉しそうに笑う間宮。そして提督は雷に割り箸で刺された。

「ごふっ」

「しれーかんっ、女性にお嫁さんとかそういう話をしちゃだめよっ! 可愛い男の子が照れながらお嫁さんになってください、っていうの以外は全部だめなんだからっ!」

「そうですねえ、ふふ、提督さんにお嫁さんになってくださいって言われても、全力でお断りしちゃいますねっ」

 にこやかに応じる間宮。まあ、私も断ると思うが。それは口に出さなくてもいいと思う。

「そうかあ、私は生涯独身かなあ。まあ仕方ないなあ」

「それでいいのか?」

 艦娘である私がいうのも難だが、結婚というのは人の幸福として大切な事だと思う。

 問いに、提督はのんびりとした、よく言えば縁起の良い視線を向ける。口を開く。

「私は軍人だからなあ。護国のためには私事にかまけている暇はないなあ。

 この徽章を身に着けたその瞬間、軍人になると決めたその瞬間に、私は護国へ運命を捧げた。だから、結婚なんて人並みの幸福、……いや、護国、以外に求める現象は存在しないなあ」

「そう、か」

 のんびりと口を開く提督。……けど、その意志は、…………なん、なのだろうか?

 よくわからない。ただ、いつも通りのんびりと語る提督に、ぞくり、とした。

 

 食事を受け取り、空いた席に提督は腰を下ろす。彼の隣に雷が座る。私は雷の隣へ。そして、自然、席を探していた艦娘たちが集まってきた。

「提督っ、金剛お姉さまも、お疲れ様ですっ」

「Oh、榛名っ! お疲れ様デースっ」

「おかえりなさい金剛お姉さまっ、あっ、司令っ」

「やあ、比叡君、榛名君。こんばんわ」

「二人とも、一緒におゆはん食べまショウっ」

「はいっ、比叡、同席させていただきますっ」「榛名も、失礼しますっ」

「あ、山風君はどこかにいたかなあ? お話しておきたい事があるなあ。

 まあ、ご飯のあと「必要ならすぐに呼んで」」

 不意に、割り込む声。熊野を傍らに山風がいる。少し不機嫌そうな表情。

「おやあ、タイミングいいなあ」

「もうっ、しれーかんはおばかさんなんだからっ! 執務室で山風とお話するって言ったでしょっ! 連絡しておいたわよっ」

 雷が割り箸で提督を突く。山風は頬を膨らませて「お仕事なら、提督、が、言わなくちゃ、だめ」

「また蹴っ飛ばされたいんですの?」

 熊野も、じと、とした視線を向ける。

「うむむう、……すまんなあ。

 それじゃあお話しようかなあ。山風君、熊野君、おでぶさんなおっさんと一緒にご飯でいいかなあ?」

「別に気に「ちぃーっす、鈴谷も同席するよーっ」あら?」

 どんっ、と提督の左斜め前にお盆が置かれた。

「鈴谷?」

「あっ、長門さん。今日だっけ?

 第二の二艦隊旗艦、鈴谷だよ。よろしくっ」

「ああ、よろしく」

「仕事の話っしょ。鈴谷も聞いておくよ」

「そうかあ、鈴谷君も私と一緒にご飯食べてくれるかあ。よかったよお」

「仕事ならねー、提督マジで優秀だから話聞くだけでも意義あるし。

 それ以外は、…………たまにぷにょぷにょしてて、きもっ、って思ったことあるけど、まあ、目を瞑ればいいじゃんっ」

「そうだなあ、ぷにょぷにょしててきもいかもしれないが、よろしくなあ」

「そーなったら山風ぎゅってすれば癒されるしっ! 問題なしっしょっ」

「そうだなあ。……そうだなあ。

 鈴谷君、実はなあ、お仕事の話なんだよなあ。だから、山風君が夜更かししないように見ててあげてくれないかなあ」

「ぃよっしっ、山風っ、今夜鈴谷と一緒に寝よっか。ぎゅぎゅってしてあげるっ」

「ふぇ? ……え、え?」

「お断りしますわ。山風さんを抱きしめて眠るのはわたくしですわ。

 鈴谷に用はなくてよ?」

 どんっ、とお盆を置いて鈴谷を睨む熊野。間に挟まれた山風はおろおろしている。

 鈴谷は熊野を睨んで、

「はあ、なに言ってるし?」「そちらこそ何を言っているんですの?」

「あ、はう、だ、だめだよお。

 あたし、一人でも寝れるから、大丈夫だよお。一人でも、ちゃんと、お仕事出来る、から」

 おろおろし始める山風。鈴谷と熊野はそんな彼女を見て幸せそうだ。

 けど、

「山風君。

 私はねえ、山風君のことを信頼しているよお。――――その言葉以外はね」

「ひうっ」

 山風が小さく声を上げる。食堂が、静かになる。いがみ合う鈴谷と熊野も、沈黙する。

 その理由はわかる。ぎちり、と。凍てついた歯車が圧し潰す。そんな、寒気。動いているのはただ一人、秘書艦の雷だけが変わらず食事を続けている。

「山風君。君は第二艦隊の旗艦だよ? その君が体調を崩したらこの基地全体に迷惑がかかる。

 それでも一人で無理をするというのなら、熊野君に旗艦を譲りなさい。艦娘としての行動は、提督として、許さない」

「…………う、うん、……ご、ご、ごめん、……な、さい」

 それを聞いて、提督は「ふむう」と呟く。その一言で寒気は吹き飛び、……深く息を吐き出す。

「それなら、間を取って雷君が一緒に寝るとか、どうかなあ?」

「雷が? まあいいわよ。

 寝不足も困るしねっ! 山風っ、添い寝だって雷にどーんと頼りなさいっ」

 むんっ、と胸を張る雷。

「ぐっ、……そ、それはちょっと見てみたい、かもっ」

「秘書艦さんと山風さんが抱き合って眠る。…………こ、これはこれでいいかもしれませんわっ」

「そうだなあ、ちっちゃい女の子が抱き合って眠る姿は可愛らしいかもなあ」

 ふむん、と頷く提督。雷はにっこり笑顔。

「その時はちゃーんとしれーかんは動けないように鎖で拘束しておくからねっ!

 鹿島さん、手錠と鎖と目隠しは用意しておいてね」

「優しくしてくれると嬉しいなあ。……ふむう、まあ、そういうわけだよお。

 山風君。頑張り屋さんなのはいいけど、頑張るところを間違えてはいけないんだよお。一人でやるなんて言わないようにねえ」

「うん、……じゃ、じゃあ、…………あ、あの、鈴谷さんと、熊野さんと、三人、で」

「ええ、まあ、それがいいですわね」「よっしっ、ま、落としどころっしょ」

「そうだなあ。幼女二人が抱き合って眠っているところを私が見に行ったら、……ふむう。

 鈴谷君、どうかなあ?」

「え? ちょっち魚雷ぶち込んでみるかも」

「殺されるのかあ」

「大丈夫ですわっ、提督には贅に、……バルジがたくさんありますわよっ!

 魚雷の爆発が直撃しても、きっと大丈夫ですわっ」

「これは魚雷の爆発にも耐えられるのかなあ」

 ぺちんっ、と腹を叩く提督。「それはすでに人体ではない」

 鹿島がこくこくと頷いた。

「さて、それじゃあお話しておこうかなあ。……ん、んんー?」

 提督が首を傾げる。軽く頭を下げ、手を合わせて席を代わってもらっている艦娘がいる。

「第二艦隊の艦娘ね。一応、聞こえるところに移動しておこうって事だと思うわ」

「そうか」

 雷の言葉に納得した。直接話をするのは山風だとしても、第二艦隊なら他人事ではないのだろう。

 そして、他の艦娘たちも声のトーンを落とす。

「この後の資材確保だけどなあ。第三の二艦隊を護衛として出して、そのまま警戒任務に移るんだよお」

「うん、聞いてる。

 通常と、あと別に、安全そうな、短いルート、提案したから、そっちなら、大丈夫、と思う」

「けど、テイトクは通常経路で、第一の二艦隊を警戒待機。防衛線を一つ下げて遅滞戦術での対応を提案したデス。

 その場合、交戦が必要になったら第一の二艦隊。OK?」

「はい、大丈夫です。いつでも出撃できます」「大丈夫ですっ、気合っ、入れてっ、行けますっ!」

 榛名と比叡は頷く。

「そっちの経路? ……いいけど。

 なら、燃料は少し余分に準備、必要。ご飯食べたら、用意しておく。あと、護衛任務が終わったら、絶対に連絡を入れるようにして、ええ、と。……あの、鈴谷、さん。

 連絡はいるの、たぶん、遅くなると思う、の」

「りょーかいっ、鈴谷明日内勤だし、ちょっち夜更かししても問題なし。

 山風ぎゅーってしながら連絡待ってるわ」

「うん、ありが、と」

「うむ、それじゃあお仕事のお話は終わりだなあ。

 みんなも、ご飯に戻りなさい。上官も一緒だけど、……ふむう、食欲失せたらごめんなあ」

 ぽんっ、と提督は手を叩く。それを契機に再び食堂にざわめきが戻る。

「食事時でも臨戦態勢か」

 いつでも仕事に移れるように、という事なのだろう。提督は困ったように頬を掻いて、

「よくないよなあ。よくないと思うんだよなあ。こういう事。

 ご飯はリラックスして食べないといけないんだけどなあ。……やっぱり、事が事だし、仕方なかったんだよお。長門君、食事時に仕事の話なんてしてごめんなあ」

「いや、むしろ感心した。話が聞けて良かったと思っている」

 当事者である山風たちはともかく、他の艦娘が聞いていたのはそれだけ仕事に対する意識が高いという事だろう。それは、いい事だと思う。

「そうかあ、それならよかったよお。

 今回は緊急だけど、いつもは仕事は忘れてのんびりご飯食べて大丈夫だよお。上官がいると緊張する、かもしれないけど、……それは慣れてくれると嬉しいなあ。鈴谷君は慣れてくれたかなあ?」

「ってか、え? 提督ってその外見で緊張感与えるって思ってたの? マジで?」

「達磨さんですわね」

「提督、縁起よさそう。たまに、拝んだりしてみる、の」

「そうかあ、それかなあ。

 長門君、たまにだけどなあ。艦娘とすれ違うと手を合わせられるんだよお。あれはそういう意味だったのかなあ」

「まあ、そうだろうな」

「私の扱いは、縁起物なのかなあ」

「なんか、そこらへんでぽけーっとしてるとなんか縁起いい感じするんだよね、提督ってさ。

 ちょっち手を合わせてみよっかなって思うくらい」

「散歩中になんとなく見かけたお地蔵様くらいの縁起の良さですわ」

「基本的には緩みますね。提督さんがいると」

 鹿島にも言われて「そうかあ」と、提督は腹を叩く。ぺちんっ、と音。

「貫禄ついてると思うのだがなあ」

「そうよ、しれーかんは貫禄あるわよっ!

 貫禄って重みって意味もあるらしいわっ!」

「物理的貫禄、ってやつデースっ」

「精神的貫禄は、全然っ! まったくっ! これっぽっちもっ! ないですっ!」

 びしっ、と指を突き付ける比叡。けど、榛名は拳を握って「提督っ、貫禄たくさんありますっ」

「そうかあ、貫禄がたくさんあるかあ。

 物理的だけでも嬉しいなあ」

「……嬉しいのか?」

 


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