連絡先を交換し、少将たちとも話して、それぞれの基地に戻る名取たちや陽炎たちを見送る。寮に戻ろうかと話をしていたところで、
「皆はこれから時間あるかなあ。
お勉強の事を聞きたいんだけど、いいかなあ?」
不意に提督がのんびりと問いかけた。今日の勉強の事か。
「ああ、わかった。大丈夫だ」
萩風や秋津洲も頷き、執務室へ。
「ふむう? ……むむ、ちょっと狭いかなあ?」
提督は首を傾げる。執務室は広い。提督の使う机と、秘書艦殿の使う机。中央には六人、向かい合って座る長机がある。
ただ、私たちは萩風、秋津洲を交えて七人。提督は自分の机でいいとしても、一人余るか。
「ん、大丈夫じゃない? あたし長門の膝の上でもいいし」
「「え?」」
「ん、……ああ、それでも構わない」
時津風は小柄だし、膝に乗っても負担には思わないだろう。
頷いて座る、時津風は嬉しそうに私の膝に座り、「…………どうした?」
初月と春風が、じと、とした目でこちらを見ている。
「あ、長門の膝に座りたい? だめだめーっ、早い者勝ちーっ」
背を預けて上機嫌に時津風が応じる。……いいものか?
「ふむう? …………ふむ」
「あれ? じゃあ私の膝にー、とか言わないんだ」
そんな私たちを見て変な声を上げながらゆらゆら揺れる提督。意外そうに瑞鳳。……確かに言いそうなものだが。
瑞鳳の言葉に提督は重々しく頷いて、
「ここでそれ言ってもなあ。みんながどん引きするだけで誰も突っ込んでくれないだろうからなあ。空気悪くなるだけだからなあ。
新人さんを相手にするのは、気を遣うんだよお」
「芸人さんかも?」
「…………提督、気を遣うところがよくわからない」
首を傾げる秋津洲に、溜息をつく初月。
「あのお、……司令官様」
「うむう?」
おずおずと春風が挙手。首を傾げる提督に、
「その、……今更かもしれませんが、よいのですか?
司令官様はわたくしたち艦娘を軍人と仰っていただけましたが、だからといって、……その、張り倒されたりするのは」
「そうですね。司令。……ええと、……一言少なくすればよいと思うのですが」
萩風も頷く。提督は困ったような表情で、
「二人とも優しい娘だねえ。……ただ、必要なんだよお。
春風君、私と初めて会った時の事、覚えているかなあ?」
「……あ、…………それ、は、「怯えていたね?」」
提督の言葉に、困ったように口籠っていた春風は、目を見開く。……そして、沈黙。
「気づいていないとでも思っていたかな。私に一度も視線を向けなかった。口調が早口だった。時計に視線を何度も向けていた。顔は俯いて手は不自然に強く握られていた。
君がいた泊地は知らないけど、おおよそ命令には絶対に服従しろ、とでも教え込まれていたんだろうね」
春風の肩が震える。……苦笑。
「おかしい事じゃないよお。こんな事を言われたらいやかもしれないけど、よくある事だからなあ。
それでもちゃんと挨拶が出来たのだから、立派だよお」
「そう、……なの、ですか?」
「泣き出す娘もよくいるしなあ。ここじゃあないけど、男性に話しかけられただけで、嘔吐した娘もいるらしいからなあ。
困ったものだよ」
それは、どんな事をされて来たのか。……不安そうに揺れる春風の手を握る。
「誰が不幸かなんて比べるつもりもない。けど、私は提督だからなあ。
怯えられて、意見を伝えられないというのはとても困るんだよお。もちろん、遠慮をされるのもなあ。
必要な武装があるのに、我侭を言って怒られる、実力不足と判断されて捨てられる。その結果として言い出せず出撃し、結果として敗北して防衛線を突破される。そんな事になるわけには、いかないなあ」
「それは、……いえ、けど、わたくしは、」
「今の、春風君なら大丈夫。と思ってるよお。
けど、ここに来た当時のままならどうかなあ。年の離れた、男性の中将を相手に、現場判断から武装をください。と、言えたかなあ?」
「…………………………………………いえ」
俯いたまま、小さな、小さな声での、否定。
「春風」
「ふむう、春風君、槍玉にあげてしまってごめんなあ。
ただ、そういう娘も多くいるんだよお。それだと困るからどうしたらいいかいろいろ試してなあ。その結果は、……まあ、見ての通りだなあ」
「そのために、道化を演じているという事か?」
初月の問いに「どうかなあ?」と、提督。
「それなりに楽しくなってきたんだけどなあ。
まあ、だから、萩風君、春風君、優しいのはいい事だけど、私の事は気にしなくていいよお。代わりに遠慮せず、硬くならずお仕事をして、生活をしていきなさい。それが、私の目的にも沿うからなあ」
「「はい」」
二人は頷く。提督は満足そうに頷き返して、
「こんな話をしたら、鈴谷君は熊野君の肩を叩いてじゃあ遠慮しなくてもいーんじゃんっ、とか笑って、榛名君は感激ですっ、って泣き出して、高雄君はばかだと言ったと思ったら感謝したり、山風君は提督、嫌い、とか言われたりなあ。
みんないろいろだなあ」
…………なら、……私は?
私は、……提督の話を聞いて、どう思った?
「あっ、そうだっ! ねー、ねーっ、しれーっ!
やりたい事やってくー、ってのはいいけどさ。そういうのどうすれば見つけられるの?」
「そうだなあ。図書室にはいろいろな本があるからなあ。……………………ふむう」
「しれー?」
「今度誠一君が遊びに来たら、その時はお話を聞いてみるのもいいかもしれないなあ。
誠一君は、艦隊行動とは別の、……戦うことが出来なくなった娘達の面倒をいろいろ見てるから、参考になると思うよお」
「誠一君? しれーの友達?」
「そうだよお。元帥さんだなあ」
え、……と。時津風は固まる。
「提督の友達なんだよね。元帥さん」
「そういえば、地下で言っていたな。……その、」
あまり、能力が高くないとか、利用されやすいとか。
「そうだよお。長門君と瑞鳳君には話したなあ。
お仕事は出来ないし、権限も削ぎ落されたけど、地位だけはあるからなあ。そのコネを使って解体を命じられた娘を引き取って、私や、他の中将のいる基地。あるいは、前島の娘達みたいに艦隊行動とは別の、生活できるような技術を取得できるようにいろいろ紹介したりしているんだよお。
その都合で誠一君も勉強していたからなあ」
それから、提督は懐かしそうに目を細めて、
「誠一君、脇目も振らず頑張って、気が付いたら周り中に年頃の女の子だらけになっておろおろしてたなあ。熊野君なんか見てるだけで背中を蹴飛ばしたくなるとか言ってたなあ。
女の子との接し方をおっさんに相談されたんだけど、私もおっさんでなあ。…………相談してたら周りにいた娘たちがじわじわと距離を取ってなあ」
「……どこにも出口なさそうだね」
「まあ、確かに気持ちはわかるが。…………いや、すまない」
その、年頃の女の子である私にはどんなアドバイスをすればいいのか。
「そう言うわけだから、遊びに来たら、……ふむう。秋津洲君や萩風君も興味あるかなあ?」
「それは、もちろん、かも、……あ、じゃなくて、あるわ。
あたしのことだもん、ちゃんと決めないと」
「そうかあ。……じゃあ、今度はおっさん二人と秋津洲君とお話かなあ」
「それは嫌かもっ! は、萩風ちゃんっ、助けてっ」
「ええっ?」
全力で拒否した秋津洲と、慄き遠ざかる萩風。
「…………誠一君、……やっぱり無理そうだなあ。
ああ、そうそう、時津風君。呉鎮守府には雪風君もいるからなあ。もし行く機会があったら一緒にどうかなあ?」
「あっ、雪風いるの? 行く行くーっ」
「あ、あの、司令。私も、」
同じ陽炎型である萩風もおずおずと手を上げる。提督は頷いて「もちろんいいよお。ただ、雪風君も多忙だから、いつになるかは分からないけどなあ」
「はい、ありがとうございます。司令」
ほっとしたように頷く萩風、初月は難しい表情で、
「鎮守府直属の艦娘か、僕も興味あるな」
「すっごく優秀なのかな? 鎮守府直属だと」
瑞鳳の言葉に、提督は苦笑。
「初月君、瑞鳳君、少しだけ、違うよお。
雪風君は鎮守府直属じゃあない、呉鎮守府の統括者。実質的な意味では、大本営の、No2、だよ」
は?
「大本営、……の?」
「雷君はこの情報を開示するのは消極的なんだけどなあ。といっても、みんなは格下の艦種だからと見下ろしたりはしないし、いいと思うからなあ。
そうだよお。横須賀、呉、佐世保、舞鶴、各鎮守府の統括者は皆、駆逐艦の艦娘だよお。雪風君は呉、のだね」
「そういうのって、軍人の、大将とか、ではないのか?」
提督のいう事は、想像も出来ない。大本営の統括、それは、艦娘の出撃とは、全く異なる次元の話だから。
「海軍大将はもういないよお。
実は駆逐艦の艦娘に命令されていたなんて知れ渡ったら、士気低下の可能性もあるから隠しているんだよお。大将代行権限を使ってねえ」
「秘書艦さんも、中将代行、といらしていた少将の方々に言われていましたね。
大将代行とは、大将の、秘書艦という事ですか?」
「表向きはなあ。
ただ、大将は昔の政治家が文民統制の名目で無理矢理収まったお飾りでなあ。深海棲艦と対抗できるというアドバンテージを最大限活用して、海軍、ひいては大将の権力を高くした。
高い権力は当人たちの疑心暗鬼を生む。というわけで、権力を振るう際のスケープゴートとして艦娘を使うために、その権限を代行する権限が作られたんだよお。……もっとも、その権限が中将位である私たちの満場一致で決まった、その場で大将たちは秘書艦たちに殺されたけどなあ」
「ころ、……され、た。大将が?」
「その場で、というと、司令も、ですか?」
「いたよお。大将たちはその権力で民を圧迫しようとしたからなあ。
彼女たちの在り方は民の平穏を護る事、それを害するなら提督だろうが容赦しないようだね。そのためにわざわざ代行権限を作るように大将に話を持っていったんだけどなあ。
というわけで、今の大本営を統括しているのは、代行権限を使って大将を裏に置いた艦娘なんだよお。まあ、大体は私たち中将とその秘書艦で決めてるけどなあ」
「…………提督を信頼しないわけではないが、……その、正直なところ、信じがたい話だ」
私の言葉に、皆も頷く。……確かに、極まった能力を持つのなら、たとえ駆逐艦が上官であっても構わない。大本営の長が駆逐艦の艦娘であっても、それはそれでいいのだが。
やはり、……事実とは、思えない。
沈黙する私たちに、提督は笑った。笑って、
「君たち艦娘はね。君たち自身が思っている以上に多くの選択肢があるよ。
大本営の中枢に至り、絶大な権限を持つ娘もいる。指輪に認められ、一騎当千を実現する娘もいる。提督にいい様に使われて心を壊す娘もいる。兵器を自認しただの兵器として使い捨てられて沈んでいく娘もいる。戦えない自分と向き合って、それでも歯を食いしばって戦う娘たちを支える娘もいる。戦うことを止めて、まったく別の生き方を必死で探す娘もいる。
それじゃあ、……新人君。まだ、どうしたらいいかわからない、と思っているみんな、」
問う。
「君たちは、この世界に何を望んでいく?」