いらない娘のいきつくところ   作:林屋まつり

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三十六話

 

「でー、話し込んで怒られたんデスカー?

 まだまだ子供デスネー、おこちゃまデスネー」

「うるさいな」

 昼食、向かい合って座る金剛がけらけら笑う。笑われた。

 向こうでは潮と楽しそうに話し合う僚艦のみんながいる。そちらを一瞥して、にやー、と意地悪く笑う金剛を睨む。

「そういう金剛はどんな事を考えてるんだ?」

「喫茶店なんていいデスネー、紅茶大好きデース。淹れるのも飲むのもネ。

 んー? やりたい事がないならワタシの喫茶店の下働きなんてどうデース? 荷物運びとー、掃除とー、やってもらいたいことがたくさんデース」

「遠慮する」

 にやー、と笑う金剛。手を振って追い返す。

「ま、気長に考える事デスネー、急いて考えても仕方のない事デス」

「そうだな。……………………そうだ。金剛」

「何デース?」

「金剛は、その、前島には行ったことがあるのか?」

 第三艦隊の旗艦である彼女なら信頼はされているだろう。出来れば話を聞いてみたいが、

「ある、というか、ワタシはそっちから来たんデス」

「そ、……うなのか?」

 意外だ。金剛は苦笑。

「まー、テイトクに引き取られた時はかなりダメダメだったんデース。

 おね、……前島の責任者に面倒を見てもらって、あとは、……まあ、いろいろあって戦線復帰できたんデス」

「そうだったのか、……すまん。無神経な事を聞いた」

 なぜかいろいろと言い合う事はあるが、明るく面倒見のいい性格と思っている。だから、失念していた。

 提督が建造した艦娘は二人、秘書艦殿と第一艦隊旗艦、古鷹だけだ。他の娘は、提督に捨てられた。その過去を無神経に触れていいわけがない。

「いいデスヨ。昔の事ですからネ。ワタシは気にしないデス。

 それに、……あー」

「金剛?」

「ワタシの場合、完全に自業自得デス。以前のテイトクに恨みも何もないデス。いえ、優しくていいテイトクでしたヨ。……と、話が逸れたネ」

 寂しそうに、自嘲するように、微笑む金剛。それ以上聞けず、金剛もひらひらと手を振って、

「考え込んでいるならそっちでお話もいいと思いマス。

 テイトクもいろいろ気にして様子見期間を取ってマスケド、まあ、半月もすれば許可は出ると思いマス」

「それならよかった。

 そこではどのような事を学んでいるのだ?」

「基本的には野菜作りのですネ。栽培スケジュールの作成からそれにあった農作業、その過程でちゃんと採算が合うか計算。どうすれば販売できるか、で、それ使って料理したりお菓子作ったりした方が売れるか。どんなふうに梱包しようか。それをどうやって広告しようか。どこで売ろうか。

 そういった生産から販売までを一括で考えるための訓練デス。まあ、面積とか、土地柄の問題があって採算そのものは机上訓練みたいになっちゃってますケド、で、その途中で自分が向いてそうなところとか、興味を持ったところがあれば改めて相談してそっち突き詰めていきマス。

 梱包凝るのが楽しくてアクセサリーの作り方を教えてもらったりとか、広告作る過程で絵が上手だからデザイナーの勉強とか、デスネ」

「む、……それも興味があるな」

「Hey、長門ー? 職務放棄デスカー? これだからおこさまはお困り様デスネー?」

「うるさいな、興味があるだけだ。やるべき事はやる」

 にやにや笑う金剛に手を振って応じると、不意に春風が身を乗り出してきた。

「お野菜作りはわたくしも興味あります。

 見学だけでもさせていただけないでしょうか?」

「OK、だと思いマス。……んー、萩風も興味あるでしょうから、誘って一緒に行くといいデス。

 もちろん、お休みの日だけ、……というか土曜日だけデス。訓練とかの後にも時間はあるけど、新人さんはゆっくり休まないとNoデス。日曜日も週明けの事を考えて、予習復習休養、デース。これは上官命令デス」

「はいっ」

 ふと、

「そうだ。金剛。

 その責任者というのは睦月か?」

「睦月、さん?」

 おっとりと首を傾げる春風。……確か、

「ああ、提督の、二人目の艦娘と聞いている。前島にいる娘の面倒を見ているとか。…………ん?

 金剛もか?」

 そういえば、面倒を見てもらって、とか言ってたな。

「し、……知ってた、デス?」

 なぜか固まる金剛。頷く。

「知ってた。秘書艦殿曰く物凄いお姉ちゃんぱわーを身に着けた、とか」

「お姉ちゃんぱわー? ですか」

「いや、私も解らないが、包容力とかそういう意味ではないだろうか?

 難しい事情を抱えた娘の面倒を見ていると面倒見もよくなるだろうし」

 それ以上の理由もあるだろうから何とも言えないが。

「何でも、お姉さんがいるのに、その座を奪い取って妹にしちゃうとか何とか」

「そうですか? ……ふふ、でしたら長門さんも気を付けないと。

 陸奥さんがいらっしゃいますしね」

「ん、いや、その睦月に会ったことはないが、睦月型一番艦の睦月の容姿は知っている。

 あの幼い少女に陸奥が甘え慕う光景は胸が熱くなるな」

「……………………え? あ、はい、確かに、…………ええ、と、和む? かもしれませんね」

 なぜか曖昧な笑みを浮かべて応じる春風。

「そーそーっ、天津風もその睦月の事をお姉ちゃん、って呼んでたんだよ。

 陽炎型なのにねー」

 ひょい、と顔を出す時津風。そうだな、確かに前例が「金剛もか?」

「No Comment」

「あ、うん、わかった。はは、そうだな。金剛には姉はいないし、姉の座を取られたと嘆く者はいないな。うむ」

「…………何デス、何デスカ? その、生暖かい笑顔は?」

「普段は旗艦としてしっかりしている金剛が睦月に甘える光景か、それもまた、胸が熱くなるな」

「どんな発熱ポイントデスカっ?」

 顔を真っ赤にして怒鳴る金剛。落ち着くように一呼吸ついて、

「ま、戦後、やる事なければワタシの喫茶店で雑用としてこき使ってあげマース。

 それが嫌ならちゃんと決めなヨー?」

「言われるまでもない」

「という事なら午後は改めて、基地の運営で大切な事デスネ。

 深海棲艦が何なのかは聞いていると思うので、ちゃんと考えなヨー」

「ああ、もちろんだ」

「ねえねえ、金剛。こういう授業って他にもあるの?」

 時津風の問いに金剛は頷いて、

「第一、第二、第三艦隊で月ごとに勉強会やってマース。あと、秘書次艦たちもデスネ。

 あとは不定期デス。部下の少将やほかの中将の運用については資料も随時届いているので、テイトクか秘書艦さんが有用と判断したときは全艦娘を集めて勉強会をしたりしマス。

 次の第三艦隊の勉強会は任務時の位置取りや効率的な経路についての意見交換デス。その時は時津風も参加してもらいますヨ」

「お勉強かー、難しいのやだなー」

「やでもちゃんと受けないとダメデース。

 確認テストで赤点取ったらテイトクが補習始めますヨー」

「補習?」

「那珂は同じ書類を二十回、延々と書き直され続けたらしいな。

 大量のダメ出しで那珂は目が死んで、付き合った天津風がトラウマを背負ったらしい。提督は仕事に関して容赦はしないな」

 確か、と。思い出しながら言ってみる。金剛は、何を思い出したのか死んだような目をしていた。

「HAHAHAHAHA、カクゴ、しなヨ?」

 

「午後から基地の運用についてだよね。またみんなでお話合いかなー」

 それを望む、と。楽しそうに時津風。けど、

「どうでしょう? 午前中は話し込んでちゃんとお話しできなかったし、講義中心になるかもしれないわね」

「えー、あたしみんなとお話がいいなー」

 ぽつり、呟いた萩風の言葉に不満そうに応じる時津風。けど、初月はぽつりと、

「話し合いだとしても今度はちゃんと基地の運営に関してじゃないとだめだ。

 何度も横道にそれていると秘書艦さんからも怒られる」

「秘書艦さんに、……怒られ、る」

「…………だ、だめだ。それはだめだ」

 くっ、……体が震える。これが武者震いというのならまだしも、まさか、このビッグ7が恐怖で震えるとは。

「な、長門さんっ? ど、どうしたんですかっ?」

 名取が慌てたように声をかける。……ああ、

「い、……いや、なんでもない、ああ。……なんでも、ない」

「と、時津風、大丈夫? 顔、青いよ」

 振り返るとゆらゆら揺れている時津風を瑞鳳と萩風が介抱している。

「な、……何があった、かも?」

「あの、長門さん。ど、どうしたの?」

「ああ、……文月、五月雨、名取も、秘書艦殿を怒らせてはいけない」

「ええと、……秘書艦殿、って、雷ちゃん、ですよね。暁型三番艦の、駆逐艦、の」

「情けないと思うならそう言っても構わない。駆逐艦に怯える戦艦など無様と笑ってくれていい。

 皆の身の安全が確保できるなら、私はいくら笑われても構わない。だからちゃんと聞いて欲しい」

 皆の目を見て真摯に伝える。

「…………と、ともかく、真面目に授業を受けよう。

 僕たちにとっても有益な事だし、必要な事だから」

 

 午後もまた白衣を羽織り眼鏡をかけて意気揚々と現れた秘書艦殿。……もとい、先生と。

「む、むむ」

 恥ずかしそうに俯いて潮も続く。彼女も先生に合わせて、黒縁眼鏡をかけて白衣を羽織っている。

「潮も先生スタイルね。可愛いじゃないっ」

 楽しそうな瑞鳳に潮は顔を赤くして俯く。

「そっ」先生は潮の肩を叩いて「雷とお揃いなのっ、ねっ?」

「は、……はい」

「頼りになるベテランの先輩先生と、新人先生、みたいな?」

「そうよっ! 艦娘としても先生としても雷は潮の先輩さんよっ! どーんと頼っていいのよっ」

「え? ……あ、あの、頼るというか、わ、私、お手伝いを」

「あ、そうだったわねっ。……むむむ」

「先生?」

 なぜか難しい表情を浮かべる先生。どうしたのだろうか?

「難しいわね。潮がたくさんお勉強して先生になるのは雷もいいと思うの。

 けど、けどっ! それで睦月みたいにお姉ちゃんぱわーを高めたら他の娘から雷に頼ってもらえなくなっちゃうわっ!」

「睦月?」

 萩風が首を傾げる。

「ああ、前島の娘たちの面倒を見ている娘らしい。

 提督の、二人目の艦娘だとか」

「前に前島に遊びに行った時も大和さんをぎゅってしてなでなでしてたのよっ! 雷だってなでなでしてあげたいのにっ!」

「なん、…………だと」

「…………あの、長門さん。どうしてそんな衝撃を受けてるの?」

 胡散臭そうな瑞鳳の視線。

「い、いや、なんでも、ない」

 胸を抑えて応じる。

「長門さん?」

「ああ、先生や睦月が大和をなでなでする光景は素晴らしいと思う。

 だが、潮の先生スタイルも胸が熱くなるな」

「……………………落ち着いて、長門さん。落ち着いて、なに言ってるかよく解らないから」

「そうねっ、潮は第三の一艦隊だから、長門さんの上官でもあるわねっ!

 むむむっ、とすると、長門さんに頼ってもらうのは潮ねっ! 雷の宿敵候補ねっ!」

「そうか、……潮が先生か。…………ああ、次の勉強会が楽しみだ。

 その時はぜひ、白衣と眼鏡を頼む」

「えええっ? あ、あのっ、そ、そういうんじゃない、ですっ!

 そ、……それに、その、わ、私は、……ひ、秘書艦、さんを、お慕いして……いや、あの、尊敬していますから、しゅ、宿敵なんて、そんな」

「ええと、先生。まだ潮ちゃんは新人先生で、ちょっと頼りない、かも」

 おずおずと手をあげる秋津洲。潮もこくこくと頷く。

「そう、それじゃあ仕方ないわねっ! じゃあ、潮は後輩さんとして先輩さんの雷にたーくさん頼りなさいっ!」

「は、はいっ! 秘書、あ、じゃなくて先輩さんにたくさん頼らせてもらって、一人前の先生になれるように精進しますっ」

「ええ、それがいいわねっ! それじゃあ、午後のお勉強を始めるわっ! みんなっ、午後も真面目に受けないとだめよっ!」

 それはもちろんだ。当然、考えるべき事。

「どうやって戦っていくか、か」

 規模不明の敵艦隊。それに対してどうやって戦っていくか。

 それはもちろん、方針として提督や秘書艦殿、そして、基地の艦娘全体でも共有されているだろう。それを改めて話し合う必要があるか。

 否、と以前なら答えたかもしれないな。

「さあっ、どんどん意見を言ってねっ! けど、まだ雷たちを頼っ、……た、…………た、」

「先輩っ! まだ頼ってもらっちゃだめですーっ」

 なんとなくふるふるし始めた先生を潮が抱きしめる。禁断症状か何かだろうか?

 


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