いらない娘のいきつくところ   作:林屋まつり

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三十五話

 

 深海棲艦とは何か、それを聞いて、改めて先生は手を叩く。

「さて、そんなわけで深海棲艦との戦争は終わりが見えないのよ。

 この前提、この敵対者とこれからどうやって相対していくか、雷たち艦娘がどうしていくか。それをみんなで考えてみて」

 そう言って先生は扉に向かって歩き出す。まずは自分たちで考えろ、という事か。

「あ、あの、秘書艦、さん」

「潮は残りなさい。解らない事とかあったら相談に乗ってあげてね」

 心配そうに先生を見る潮。先生は彼女の肩を叩いて、耳元で何か、小さく囁く。潮は顔を赤くして、けど嬉しそうに微笑み。

「は、はいっ、頑張りますっ」

「ええ、期待してるわよっ! 潮はちゃんと出来る娘なんだからっ、もっと胸を張りなさいっ!」

「はいっ!」

 先生に背中を叩かれ、潮は嬉しそうに笑って応じた。

 

 みんなで机を移動させ、話し合いやすいよう、まとまって向き合う形で座る。

「どうやって相対していくかか」

「長期戦を視野に入れる、という事ですよ、ね」

 名取。けど、

「長期戦、といっても終わりが見えないのでは、計画の立てようもない。

 規模も、発生数も、いつまで戦争を続けるかも、不明か」

 初月が難しい表情で言う。萩風は溜息。

「終わらない戦争というのも、苦しいですね」

「提督が投げ出していなくなっちゃうかも、って、先生のいう事も解るなー」

 時津風はぐったりと溜息。……そうだな。

 平穏のためには戦い抜く。その覚悟はある。

 けど、確かに私たちにとっても苦しい。「はい、萩風ちゃんの言う通りです」

 おっとりと微笑む潮。

「言う通り、ですか?」

「いくら覚悟はあっても、苦しい事は苦しいんです。

 先が見えないのに戦い続けるというのは、私たち艦娘にとっても辛い事です」

 潮の言葉に、…………沈黙。

 確かに、それは辛い、な。

「だから、兵員の確保や兵站の管理、戦術などより、もっとずっと大切な事があるんです。

 戦い続けるために必要な事です」

 潮は、微笑み、問う。

「この戦争が終わったら、何をしたいですか?」

 

「戦争が、……終わった、ら」

 考えた事、なかったな。

 文月も、未知の言葉を聞かされたように、呟く。

「け、けど、あのっ、戦争は、終わらない、って。

 あ、終わらない。じゃなくてっ、あ、あのっ、」

 五月雨も言葉を紡ぎ、けど、潮は困ったように微笑む。

「はい、けど、大切な事です。

 夢みたいな話でもいいです。けど、……終わらない戦争にいるからこそ、未来を夢見るのは、必要な事、です」

 照れくさそうな言葉。それを聞いて、

「ああ、そうだな。それは大切な事だな」

 夢のような事かもしれないが、大切な事なのだろう。

「う、……うん、大切な事、かもっ!

 潮ちゃんもいい事言うわねっ、凄いかもっ」

 秋津洲の言葉に潮は照れくさそうに俯いた。

「い、いえ、……わ、私も、……あの、提督に、そんな風に教えていただいて。……す、すごいっていう事は、ない、です」

「それ、前島の娘も?」

「前島?」

 不意に問いかけた瑞鳳の言葉に名取は首を傾げる。……違う基地から来たのだから知らない、か。

「ああ、この基地だが、……その、いろいろ抱えすぎて戦えなくなった娘も、引き取っているらしいんだ。

 ここは離島だが、隣の、前島ではそういった戦えなくなった娘が、艦娘だけで生活の糧を得るための訓練をしている」

「あの、……聞いているかは分からない、ですけど。

 提督を含めて、中将の会合で、深海棲艦撃滅後の艦娘について話し合いをしていました。潮ちゃんから教えてもらったんです」

「……自分から?」

 妙な事を言い出した潮。瑞鳳は不思議そうに問いかけ、

「あ、……ご、ごめんなさいっ、違いますっ!

 前に、秘書艦さんに横須賀鎮守府に連れて行ってもらったときに会った、穂積中将の秘書艦さんです」

「横須賀鎮守府、行ったことがあるのか?」

 大本営の中心地だ。それは、興味があるな。

 問いに、潮は困ったように、

「その、……私、気が弱くて、だめな娘、だから。……あの、提督が、いろいろ経験を積めば自信もついてくるって、気を利かせていただいて。

 秘書艦さんの、お手伝いさんとして同道させていただきました」

「どうだったっ? どうだったっ?」

 きらきらと問いかける時津風。潮は曖昧に笑みを浮かべて、

「中将さんや、中将さんの秘書艦さんが集まっていました。あそこに比べれば深海棲艦に囲まれたほうが、心穏やかに過ごせます」

「……………………あ、はい」

「……あの、潮ちゃん。

 確か、……その、漣ちゃんも、いるんだよね」

「そういえば、秘書艦殿の姉の響も名を連ねていたような。……それでも、か?」

「はい、その響ちゃんは全体主義と恐怖統治を是としているので、秘書艦さんとは、その、……かなり険悪です。

 絶滅主義者の潮ちゃんと、交渉と駆け引きを使って敵対者も利用した方が効率がいいって考える漣ちゃんも、……仲は良くない、です」

「こわ」

「ううん、……敵艦でも、出来れば助けた方がいいと思うのに。

 潮ちゃん、どうせそのうち輪廻転生するから、生かしても殺しても同じです。とか、不思議な事を言っていました」

「……あの、だ、大丈夫なのですか? その潮ちゃん」

 萩風が恐る恐る問いかけるが、大丈夫とは到底思えない。

「よくそれで話し合いが進むな」

 話を聞くに、同じく中将の秘書艦である朝潮は病犬とか言われる人殺し。提督育成計画などをぶち上げた伊予中将や部下が撲殺される横で淡々と書類仕事をする葛城中将といい。よくまともに話が出来るな。

「皆さん、民の平穏を第一に考える立派な軍人です。一つの目標に向かっているので、雰囲気はともかく、話し合い自体はスムーズに進みます」

「……あ、うん」

 そうかもしれない、そうかもしれないのだが。……なんというか、それでいいのか?

「ええと、それで、……艦娘は終戦後、日本中にある離島でそれぞれ暮らすという方向で話を進めているそうです。

 さっきお話に出た前島の娘は、その先鞭をつける事を期待されている娘でもあります。……ただ、やっぱり、戦う事が第一義なので、なかなか進んでいないです。けど」

「まあ、それは仕方ないな」

「そうなった時、きっと楽しい未来を夢見ていられれば、終わりの見えない戦争でもそれを糧に乗り越えていける。

 って、秘書艦さんも言っていました」

「楽しい未来、……か」

 先は遠く長い。生きて終戦を迎えられるか、その可能性は決して高くはない。

 けど、

「そうですね。……それに、先生のお話では、今この瞬間、《がらくた》様の気まぐれで終戦となる可能性もあります。

 そうなったときどうするか、それはわたくしたちが自分で考えないといけない事、です」

 春風の言葉に頷く。けど、

「難しい、ですね」

「そうだな」

「こればっかりは、……僕の予想だけど、少将はともかく、提督は、こちらの意思を示さなければ何も教えてくれないと思う」

 初月は眉根を寄せ、時津風は「どうかーん、しれー、意地悪なところあるしね」と肯定。

「……提督も、でしょうか」

「司令官は優しそうだけどね。……けど、深海棲艦との戦争が終わったら、司令官も役割は全うした事になるんだよね。

 そのあとのことまで面倒を見てください、っていうのは甘えすぎ、かな~」

 難しい表情の五月雨に、文月も頷く。

「はい、……あ、武藤少将はわかりません、けど、提督は、絶対にはぐらかします」

 きっぱりと断言する潮。「経験者?」と、瑞鳳の問いに、

「はい、職場の部下の私生活まで面倒を見るつもりはないなあ。面倒を見て欲しかったら娘にでもなるかなあ、潮君にパパって呼ばれるのもいいのかもなあ、って。

 反応に困ってたら秘書艦さんが提督を滅多打ちにしていました」

「……提督の真似、上手ですね」

 萩風が困ったように言う。同感だ。……まあ、つまり、

「こればかりは私たちが自分で考えなければいけない事だな」

「はい、……提督も、希望は聞いてくれますし、必要と判断すれば応えてくれます。相談にも乗ってくれます。

 けど、何の希望も出さなかったら何もしてくれない、です。……最悪、」

 潮は、溜息。

「最悪、この基地と島を残して、さようなら、後は勝手にやって、となります」

「うぇー」

「それは、さすがに困るかも。……困るけど、……困るけどー」

 確かにそれは困る。困る、が。だから何とかしてください、とだけいうのは甘えすぎだろう。

 思わず考え込む私たち。…………けど、不意に、

「春風?」

 くすくすと春風が笑う。初月の問いに彼女は微笑みを浮かべたまま、

「確かに、皆さまのおっしゃる通り、難しい事ですし、とても、困る事になります。

 けど、基地にも、前島には、先輩はいます。司令官様も相談に乗っていただけます。お休みもしっかりとれているので考える時間もあります。僚艦の皆さんや、萩風さんや秋津洲さんといった一緒に考えてくれる同じ基地の娘もいますし、他の基地にいる名取さんたちもおります。そんな皆さまと一緒に考えれば、きっと解決できます。

 …………ただ、そう思うと、戦争が終わったら、どんなことをしていきたいか、どんな風に生きていきたいか。……そんな、夢みたいな希望を、大切な皆さまと語り合うのって、とても贅沢な事だな。ってそう思うと嬉しくて」

 春風の言葉に、潮は嬉しそうに微笑み、私たちは思わず顔を見合わせ、

「ああ、そうだな。……うん、凄く贅沢だ。

 そんな事を叶えてくれる場所にいるのだから、あとは自分でやらないといけないな」

「戦争が終わったらかあ。……大挺ちゃんと空輸のお仕事していきたいかも」

「お料理を作るお仕事とか、あるでしょうか。

 健康レシピ、いろいろ考えるの楽しいのですけど、……そういう職業あるかな。図書室で本探してみようかな」

「卵焼きを作るだけの生活を送りたいわ」

「……ずいほー、それ、楽しいの?」

 不思議な事を言い出す瑞鳳に時津風が引いた。「わたくしも、お料理を作っていきたいですっ」と春風は萩風と手を取り合う。

 先の事、……か。…………ふむ。

「幼子の世話をする仕事は、可能だろうか」

「艦娘に世話をする必要がある幼子はいないから、不可能です」

「…………そう、……か、」

 

 鐘が鳴る。と、同時にじゃらじゃらと音がして、

「というわけでお昼休みよっ! みんなっ、ちゃんと考えてくれたっ?」

 扉が開く、白衣に眼鏡を装備した秘書艦殿、……もとい、先生だ。

 問いに、胸を張って応じようとするが、

「秘書艦さん。前例通り、……ええと、だめな感じです」

 楽しそうに、少しだけ困ったように、潮は駄目だしした。

「だめ? ……前例通り?」

 瑞鳳も不思議そうに問うが、確かに前例、というのが気になる。対して先生は腰に手を当てて、

「もーっ! みんな、だめじゃないっ! どーせ戦争が終わったら何やろうとか、そんな楽しい未来の事しかお話しないで、深海棲艦とどうやって戦っていくかほとんど考えなかったんでしょっ?」

「め、面目ないです」

 瑞鳳は頭を下げた。まさしくその通りだ。流石先生、お見通しだった。

「特に、長門さんっ! 旗艦さんなんだからねっ! お話が楽しいのはよくわかるけど、ちゃーんと止めないとだめよっ!」

「すいません。先生」

 言い訳できないな。随分と話し込んでしまった。素直に謝る。

 先生は厳しい表情から一転、困ったように笑って、

「気持ちはわかるし、みんなたいていそうなのよ。

 戦う事がなくなった、未明の将来、そんな風に言われても最初は皆困るのよ。けど、希望を出し合うと話が進まなくなっちゃうのよね。楽しくて」

「お見通しか」

 まさにその通りだ。

「それはこれから、ずーっとずーっと話し合っていかないといけないことよ。

 ここにいるみんなでだけじゃなくて、同じ基地の娘とも、これから新しく来る娘とも、他の基地にいる娘ともね。だから、だめって言われたくなかったらこれからたくさんお話しようね。って、約束するの。名取さんたちみたいな他の娘とは、どうやって意見交換をするか確認して、現実的なお話をしないとだめよっ!」

「はい、すいません」

 謝るしかないな。

「みんなで協力してもいいし、雷もお話には付き合うわ。

 けど、これはそれぞれ、個人で決めていかないといけない事よ。使い潰されて捨てられる、っていうのを容認できないのなら、ちゃんと考える事ね。なんの希望も提示しないでただ面倒を見てください、なんておばかさんのいう事だもの」

 どこか突き放すように言う先生。ただ、そんな言い方しかできないのだろう。

 それに、…………どうしたものだろうな。

 仮に、……そう、例えば、戦争後、大本営が生活のすべてを面倒を見てくれる。というのなら、

 それなら、みんなで話し合う必要もない。希望を、夢を語り合う事もない。そんな必要はない。それはそれで楽でいいだろう。

 けど、そんな時間が贅沢と思い、楽しいと感じてしまった。だから、突き放されくらいでちょうどいい。

「そう、それじゃあお昼休みを挟んだら午後もお勉強よっ! 今度はちゃんと基地の運用の事も考えないとだめよっ!

 じゃあっ、午前中の授業は終わりっ! 起立っ! 礼っ!」

「「「「ありがとうございましたっ」」」」

 


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